やはり俺がゴーストスイーパーの弟子になったのは間違っていた。 作:ローファイト
誤字脱字報告ありがとうございます。
というわけで、バレンタインイベントです。
前後編になります。
バレンタインイベント開催。
総武高校、海浜総合高校、六道女学院のクリスマスイベントに次ぐ三校合同イベントだ。
といっても、俺がやる事はほとんどない。
企画、運営は一色率いる生徒会が全部サラッとやってしまったようだしな。
クリスマスイベントの成功以来、生徒会の結束は強くなり、求心力も高まって活発化したようだ。
一色は俺にめんどくさいやら、なんやら不満を言ってくるが、本人は本人で結構やる気だ。
それと、今回のこのイベントは料理教室のような物だから、当日俺ができる事といえば、食材や調理資材、調理器具の準備や運搬ぐらいだ。
後出来るとしたら、由比ヶ浜が調理器具や食材を手にしないように見ておく事か……。
由比ヶ浜は何の料理をしても同じものが出来る才能を持ってる。そう出来上がる物は全て炭だ。
だから、由比ヶ浜に料理をさせてはいけないのだ。
まあ、それも、今日は雪ノ下が由比ヶ浜にも指導するらしいから、幼稚園、小学生低学年向けコースに交ざらせて。……いや、それでも雪ノ下は苦労しそうだ。
イベントは予定時間通り開催される。
続々と参加者が到着し、会場は結構大盛況だ。
コミュニティーセンターの料理教室だけでは間に合わないため、となりの文化教室も借りて2室で行ってる。
それぞれ、キヌさんと雪ノ下が中心に切り盛りしてる状態だ。
雪ノ下は幼稚園や小中学生コースと初心者コースを担当。
キヌさんは中級者や上級者コースを担当してる。
それぞれ、サブに何人か料理できる学生が付いている。
奉仕部への依頼者である三浦は初心者コースに、一緒に海老名姫菜も隣にいる。
そして、お目当ての葉山隼人は戸部や大和などと何時もの友人連中と参加していた。
まあ、食べる方がメインだろうがな。
三浦はちょっと気合い入り過ぎ感はあるが、楽し気でもある。
これで葉山も気兼ねなく、三浦の作ったチョコを食べてくれるだろう。
よかったな三浦。
もう一人の依頼者の川崎沙希は妹京華、あだ名はケーちゃんを連れ、幼稚園、小学生低学年コースに保護者として参加。
「ハーちゃんだ!ハーちゃんおはよう~」
ケーちゃんは俺を見つけ、俺の腰あたりに飛びつくようにしがみついてきた。
「おはよ。ケーちゃん。元気だったか?」
俺はそんなケーちゃんを妹スキルを使い、頭を軽くなでる。
ケーちゃんは気持ちよさそうに目を細める。
「うん!ハーちゃんは?」
俺を見上げて元気に返事をし、俺にも聞き返してくれた。
「げんきだぞ」
小町にもこんな時代があったな。
俺の後をずっとついてきてたな。俺が見えなくなると泣きべそかいて。今じゃそんな素振りはまったくないけどな。
「悪いね比企谷」
川崎が申し訳なさそうに、俺にしがみついてるケーちゃんの頭を撫でていた。
「いや、俺は今日は出番なしだ。雪ノ下先生がきっちり教えてくれるだろう」
「この子、何故か比企谷に懐いちゃって、今日は世話になるよ」
川崎は困ったような顔をしながらも、優しく微笑んでいる。
学校での川崎とは大違いだな。妹の前ではいつもこんな感じだ。
学校でもそんな笑顔を見せれば、自然と人も集まって来るだろうに。
それぞれのブースでチョコ作りが始まっていく。
こうなると、完全に俺の出番は無い。
俺は、ウロチョロするだけだ。
俺は早速、キヌさんが担当する中級者、上級者コースの教室を見て回る。
一色が上級者コースでチョコを作っていた。
上級者コースはある程度料理や菓子作りが出来る人達のコースだ。
一色、大丈夫か?
「一色、お前料理できたのか?」
「フフン、女子として当たり前じゃないですか。私こう見えても、お菓子作りは得意中の得意なんですよ」
「マジか」
意外だな。いや、そうでもないかもしれない。男子に好かれる要素として、料理が出来るというアドバンテージが絶対的に必要だ。そのために習得したのかもしれない。
「先輩、ハイ味見」
一色はそう言って、溶けたチョコをスプーンにすくい、俺の口元にそのスプーンを持ってくる。
俺は思わずそれを口にしてしまった。
「どうですか先輩?」
上目遣いで聞いてくる一色。
なにこれ、あれ?一色ってあれ?
この感じはなんだ?
「う、うまいな」
俺はその言葉を口にするので精いっぱいだ。
「そうじゃなくて、苦いのか甘いのか、丁度いいのかってことを聞いてるんですが」
頬を膨らませながら、ちょっと怒り気味で言ってくる一色。
「……いや、俺は丁度いいと思うぞ」
「甘党の先輩が丁度いいということは、ちょっと甘めかな……葉山先輩はクールにビターな方がいいのかな?それとも」
一色は俺の感想を聞くと、ブツブツと言いながら、考え始める。
……どうやら、本当に味見をさせるだけが目的だったようだ。
葉山に作るチョコの参考にするためのようだ。
ふぅ、焦らせやがって。
俺はそんな一色を後目に、この場を去ろうとすると。
「先輩、後でまた、味見お願いしますね」
「あー、はいはい」
俺は適当に返事をする。
中級者コースでは折本の姿もあった。
今は、キヌさんが一生懸命に教えていた。
一瞬、折本と目が合うと、笑顔で手を振って来た。
俺はそれを頷いて返す。
まあ、元気そうで何よりだ。
一応、二日前に、参加するとわざわざ電話があった。
今年になっても、ちょくちょく電話を掛けてくる。
話す内容は、あいつが一方的に世間話をして、俺が相づちを打ってるだけだがな。
キヌさんもいつもの笑顔だ。
俺はキヌさんが一生懸命に皆にチョコの作り方を教える姿を見て、どこかホッとする。
昨日のキヌさんを見て、やはり、キヌさんもここでこうやってチョコを作る女子達と同じなんだなと思う。好きな人が自分以外の同性と一緒にいる。それだけで嫉妬をしてしまう。そんなどこにでもいる女の子と一緒なのだと。
俺はこの教室を出て、隣の雪ノ下が担当する初心者や中学生以下を対象としたコースを見回る。
初心者コースでは、三浦が出来上がったチョコをその場で葉山に食べさせていた。
葉山も、気兼ねなく、そのチョコを口にする。
その横で、海老名姫菜が作ったチョコを戸部が食べ、大げさに感動してる姿がある。
何だかんだと、うまく行ってそうだな。
そんな和やかな雰囲気の初心者コースなのだが、一人だけ別次元で戦ってる人が居た。
その人物は黒々としたオーラを纏ったように見え、とてつもない気合いを入れながらチョコを作る。
出来たチョコはイタチョコ……痛チョコ。
そう、三十路の女教師は、まるで魔女が気合いを入れ毒物を作るかのような形相だ。
目を血走らせ、ブツブツと何かを呟きながら、不気味な笑みでチョコを作っていたのだ。
出来上がったでっかいハート型のチョコには、『シズカから愛を込めてとダーリンへ』とホワイトチョコでデカデカと描かれていた。気合いを入れすぎてか、文字は半分溶け、おどろおどろしい感じに。
「で、出来たぞ!!ついに完成だ!!これでダーリンも私の虜に!!はーっはっはーーー!!」
平塚先生。それ、とてもチョコを作ってる人の言動じゃないですよ。まるでマッドサイエンティストが脅威のロボを完成させたような言い回しですよ。
この三十路女教師の周りには不気味がって誰も近づかない。
その周囲だけがもはや異次元と化していた。
君子危うきに近寄らずだな。
これは…ダメすぎだ。
それと残念ですが、横島師匠には明日のバレンタインデー当日にはチョコ渡せないですよ。
横島師匠は今、修行という名の軟禁状態なんで……
俺は高笑いをする平塚先生に声を掛けずにその場を去る。
幼稚園、小学生低学年コースでは、ケーちゃんが顔にチョコを一杯つけて、笑顔でチョコの型取りを行っていた。
「あ~、ハーちゃんだ!ハーちゃんペンギンさんのチョコ食べて!」
ケーちゃんは元気いっぱいの笑顔で、既に焼き上がってるチョコを俺に手渡してくれる。
「うまいぞ、ケーちゃん。いいお嫁さんになるぞ」
俺は一口でそのペンギンチョコを口に入れ、ケーちゃんの頭を撫でてやる。
ケーちゃんは『えへへへ』と笑顔で喜んでいるようだ。
「お嫁さんって、あんた。まだ京華には早すぎる」
川崎は何故か俺を一睨みしてくる。
「川崎、普通に誉め言葉だったのだが、特に意図とかないぞ」
このシスコンは何を考えてるんだ?
「そ、そうだよね。あははははっ、いくら何でもね」
誤魔化すように笑う川崎。
「由比ヶ浜さん、何故そこに桃缶を?なにも入れなくていいわ」
隣では雪ノ下の悲鳴に近いそんな声が聞こえてくる。
「えーー、桃缶良くない?」
えーー、良くないと思う。
由比ヶ浜、なぜチョコに桃缶?お前の髪の色と合わせるつもりか?チョコに桃入れたら、チョコの色に染まるだけだぞ!
「どう伝えればいいのかしら」
雪ノ下は額を指でおさえ、呆れ悩む。由比ヶ浜に教えるのに相当苦労してるようだ。
今しばらく、由比ヶ浜のチョコは食べない方がいいな。
バレンタインイベントは成功だな。
会場は(極一部を除き)楽し気な雰囲気に包まれてる。
誰かを思い、チョコを作る。ただそれだけなのだが、作る方も受け取る方も幸せになるのだろう。
こういうのも、たまには良いかもな。
ただし、その裏では、嫉妬に狂った男女や妖怪や悪霊が跋扈してるのは、プロのゴーストスイーパーとしては忘れてはいけない。
誰かの幸せの裏には、必ずそれをよかれと思っていない存在がどこかに居るのだ。
そろそろか……
俺はイベント会場を後にし……
コミュニティーセンターを出て、敷地内のちょっとした公園まで、歩む。
真冬とあって、公園には誰も居ない。
いや、念のために俺は人払いの結界を張っていた。ある特定の人物以外を対象に。
「ぜえぜえ……つ、ついたぞ……女子高生のちち、しり、ふとももーーーー!!甘酸っぱい恋のささやきーーー!!そして、普通のチョコーーーーーーーー!!」
そこには見るからに全身ズタボロななりで、訳が分からんたわごとを叫ぶ青年が、杖を突きながら歩いてくる。
「来ると思ってましたよ。横島師匠……随分痛めつけられたようですね」
そう、斉天大聖老師にとんでもない修行をさせられ、妙神山に軟禁されてるはずの横島師匠が現れたのだ。俺はこれを予想していた。この人の並みならぬ煩悩はそれさえも吹き飛ばすと確信していたからだ。
「チョコ――――!!ちち、しり、ふとももーーーーー!!」
「もう、理性も殆ど残ってないようですね。しかし、ここは行かせませんよ」
俺は札を構え、霊気を解放し、霊視空間把握能力と霊視空間結界、身体能力強化を発動する。
今の師匠は斉天大聖老師にかなり痛めつけられてるはずだ。今の俺でも何とか抑える事は出来るはず!
ここは通しませんよ。横島師匠!!
「じょーーーしこうせーーーーー!!」
横島師匠は獣のような体勢で飛び掛かって来る。
何て霊圧だ!こんなにボロボロになりながらもこれかよ!!
俺はサイキックソーサーで最大出力防御を取りながら、回避行動に移る。
しかし。
「この、すっとこどっこいーー!!」
「ギャーーーーース!!」
俺の後ろから、凄まじい霊力を内包した霊気の鞭が伸び、飛び掛かる獣と化した横島師匠の顔面にクリーンヒットする。
横島師匠はその攻撃で、地面に落ち痙攣する。しかも霊気がスパークして横島師匠を包み込んでいた。
霊気によるスタンか!?
この霊気の鞭を横島師匠に振るった人物が、後ろから俺の横に並び、持っていた神通棍をコートの中にしまう。
「おキヌちゃんも小竜姫もまだまだね。このケダモノがその位で、諦めると思う?」
その人物は俺よりも少し身長が低いぐらいの女性だ。
厚手のコートの上からもわかるスタイル抜群の美女は、半目で倒れてる横島師匠を見据えながら呆れたように言う。
「ですね」
「あんたは流石にこいつの弟子だけあって、わかってるじゃない」
SランクGS、美神令子。どんな妖怪や悪霊、魔族まで、手玉に取り悉く倒してきた。日本でも最高峰のゴーストスイーパー。
「そうですね。でも美神さんはなぜここに?もしかして心配して来てくれたんですか?」
「んっんー、たまたまよ。たまたまここを買い物ついでに通りかかっただけよ!」
咳払いをして、こんな言い訳をする美神さん。
千葉まで何の買い物なんだか、言い訳が下手過ぎ。
「ぷっ、そういう事にしておきます」
俺は思わず吹き出してしまった。
「なによ!なんか文句でもあるわけ!?」
なんだかんだと言って、美神さんはキヌさんの事が心配なのだ。
多分、俺や横島師匠の事も。
「いいえ、何も」
俺は思わず笑みがこぼれた。
「バレンタインチョコの何がいいのか?ほんと男って馬鹿よね。日本のバレンタインデーなんてお菓子会社のタダの商売広告じゃない。それを男も女もそれに乗って、好きだ嫌いだって、やってらんないわよ」
美神さんは手慣れた手つきで、気を失った横島師匠をぐるぐる巻きにする。
「ほんと、そうですね」
俺はそれを手伝って、木の上に吊るした。
「私達的には、バレンタインデーは西洋系の悪魔のほとんどが活動をしない日ってことぐらいね」
美神さんは手袋の上から埃を張い、再び俺と並んで、吊るされた横島師匠を見上げる。
「確かに。でも、人は何かの切っ掛けが欲しいんじゃないですか?それが恋愛だろうと、だから皆この日にお祭り騒ぎをするんですよ」
俺もならって、意識の無い横島師匠を見上げる。
「あんたって本当に今時の高校生?また爺さんみたいな事を言って」
「それはそうですよ。普通の高校生がゴーストスイーパーなんてやらないですよ」
「まあ、それもそっか。……折角だしおキヌちゃんの顔でも見に行くか」
美神さんは横島師匠を一瞥してから、コミュニティーセンターに足を向ける。
「それ、騒ぎになりません?」
俺もそれについて行く。
美神令子は有名人だからな。騒ぎになる事間違いなしだな。
「別にいいじゃない。あんたの事は他人のふりをするし。あんたもあんたで、こましゃくれた事を言ってるけど、バレンタインデーにチョコ貰うんでしょ?」
「まあ、義理ですがね」
「……あんた、それ、本気で言ってる?」
美神さんは歩む足を止め呆れた顔を俺に向けた。
「はぁ、そうですが」
「師弟揃ってこいつらは……あんた!鈍感にも程がある!そのうち刺されるわよ!これは忠告よ!」
美神さんは何故か怒ったように俺に言ってくる。
「はぁ」
全く身に覚えが無いんだが。
美神さんは少し怒り気味で、コミュニティーセンターへと、再び歩き始める。
俺はその後を少し離れ歩く。
という事で、次回は後編
久々に美神さん登場ですね。