その対魔忍、平凡につき   作:セキシキ

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みんな。


------待たせたな。


幕間 凡人と氷花の一日

鬱蒼と生い茂る樹木と、枝葉の隙間より差し込む光。それが、現在氷室花蓮の視界に映る全てだった。

 

手入れが為されずに放置されていた雑草や木の枝を縫う様に、それでいて物音一つ立てないように細心の注意を払いながらゆっくりと進む。僅かな木の葉の揺れでも、()は見抜いてしまうかもしれないからだ。

 

こうやって移動し始めてから、一体どれだけの時間が経っただろうか。時計の類は身に着けていないため、太陽の位置から大体の推測しか出来ない事に歯痒さを覚える。

 

ふっ、と吐息と共に無駄な感傷を追い出す。ここで焦りを出しては、ここまで時間を掛けた意味がなくなる。頬を流れる汗を拭い、意識を切り替える。幸い目的地までの距離は長くない。もう少しの辛抱だと自分に言い聞かせる。

 

一歩一歩、場所によって匍匐も交えながら着実に歩を進めていく。幾ばくかの時を費やし、花蓮は目指した場所へと辿り着いた。

 

そこは、比較的平坦な地形となっている森林を見渡せる小さな丘の上だ。周りと同じように草木が生い茂っているため伏せれば紛れ込めるし、森の殆どを視界に入れることが出来る。絶好のアンブッシュポイントだ。ここを戦場とするならば、スナイパーはまずこの丘に陣取るだろう。

 

花蓮の予測を裏付けるかのように、丘の上に他よりも僅かに背丈が高い雑草が生えている箇所があった。恐らくギリースーツで偽装しているのだろう。移動中に、そこから僅かにはみ出る黒い筒状の物ーーー銃身も確認している。

 

「動かないで」

 

そこにいる()()に聞こえるよう、ピシャリと言葉を叩き付ける。ここまで近付けばどれだけ隠れてもバレてしまうだろう。それならば言葉で先制攻撃を加える事でアドバンテージを取る。

 

僅かな動きも見逃さぬよう警戒しながら、ゆっくりと慎重に歩み寄っていく。視線と拳銃のサイトを合わせ、引鉄に指を掛けて微かに引く。

 

今回の目的を考えれば直ぐに撃ち込んでもいいのだが、どんな仕込みがされているか分からない。撃つならば確実に、一撃で決めなければならない。

 

罠の有無は足先の感触に任せ、視線はひたすら不自然な雑草へと向ける。どんな動きにも対応出来るよう意識を張っているが、今の所特に動きがない。僅かな身動ぎすらせず、ただそのままにーーー

 

(……え?)

 

一瞬、違和感が過る。全神経を視線の先へ。そこには先程から一切、呼気すら感じられない程微動だにしない膨らみが。

 

「ーーーーーしま」

 

囮。

 

その言葉が脳裏を過ぎった瞬間、花蓮は胸部に強い衝撃を受け、勢いに抗し切れず背中から地面に倒れ込んだ。

 

 

 

△ ▼ △ ▼ △

「今回得るべき教訓は、『最適解は相手とも共有される』というとこかな」

 

胸部と背部の痛みに顔を顰めながら横たわる花蓮の前に田上宗次が姿を現したのは、彼女が倒れてから数分後の事であった。

 

「……つまり、宗次さんがこの場所で待ち構える事を読んだ私の考えを読んだ、と?」

「そゆこと。待ち伏せに適した地点が限定される以上、相手も把握してることを前提にしないとね。それなら逆に、ここを狙撃出来る場所で網を張れば虚を突けるって寸法よ」

 

花蓮なら此処が最適だと導き出せるって思ったよ、と彼は楽しそうに付け足した。

 

(……私を信頼していたからか、私の思考が筒抜けになっているからか)

 

どっちなのだろう、と少し考える。どちらにしても、悔しいことに変わりはなかった。

 

得意気にしている宗次が近寄ってくるのに合わせて、花蓮も上半身を起こす。

 

「……っ」

 

身体を起こした拍子に胸部に鈍い痛みが走り、思わず視線を落とす。森林地帯用の緑と茶色で彩られた迷彩服の上に、ショッキングピングの液体がぶちまけられている。宗次が放ったペイント弾が直撃した結果だ。

 

「……宗次さん、痛いです」

「ペイント弾当たった程度で何を。実弾使わないだけマシだろ」

 

とりあえず苦言を呈してみるが、真顔でとんでもない返しをされる。

 

普通なら何を馬鹿なことを、と一笑に付す所だが、対魔忍になったばかりの彼は実弾を使用してまさに命懸けの訓練を行っていたという話だ。説得力が段違いである。

 

何を言っても暖簾に腕押しだと諦め、花蓮は立ち上がって背中の土を払った。

 

「……今、何時ですか?」

「あーっと……13時だな」

「……始めたの、8時でしたよね……」

 

つまり、あの行軍を5時間も続けていたということになる。ここまでの苦労を意識してしまうと、改めて疲労感がどっと溢れてくる。

 

この森は、五車学園のすぐ近くにある盆地だ。普段から対魔忍の訓練などで使用される事が多い場所で、敢えて原生林として放置されている。手入れがなされていない森林を想定した訓練を行うためだ。

 

今回宗次がこの森の使用許可を取ったのは、自然環境化で敵に見つからないように行動する技術を身に着けるためだ。

 

鬱蒼と乱立する木々が視界を遮ってくれるとはいえ、それは敵に見つかり辛いことと等号にはならない。歩けば雑草は踏まれて潰れ、押し退けただけでも枝葉は折れる。森林に踏み入る事は、そこに生きる自然を傷付ける事と同義だ。

 

そして、傷付けられたそれらは何者かが存在した痕跡へと変わる。痕跡が見付かってしまっては、どれだけ隠密に精を出しても意味がない。

 

故に自然を往くために必要なのは、自分が存在した痕跡を残さぬ技術だ。足跡は勿論、地面を這った痕、落ち葉乱れすらも全て消して移動するスキル。目的地までにかかる時間よりも、『存在したという事実が残らなかった』という結果が重要視される。本来の意味で隠密を志すならば、必ず習得しなければならない技術と言える。

 

尤も、宗次自身もこの技術は未習得なのだとか。足跡は兎も角、草木の痕跡を隠蔽する事と目的地までの最適なルート(最短ではなく、発見を避ける事が出来る移動ルートだ)の選定に難が残るらしい。

 

彼いわく「俺別にレンジャーじゃないし。最悪無傷で逃げ帰れば問題ないからな」とのこと。勿論、彼の『逃げ帰る』には味方の安否は関係ないので、問題ないわけがない。

 

 

閑話休題。

 

 

そんなわけで、最低限必要な森林行軍の技術を磨くための訓練を朝早くから行っていたという事である。目標は相手の撃破、想定する戦場の範囲はこの盆地のみと、至ってシンプルなルールだ。武装に関しても実弾禁止、という制限のみであり、忍法の使用も含めて行動は自由だ。尤も、花蓮の忍法は隠密は不向きであるため使用しなかったが。

 

必要なのは単純な戦闘能力ではなく、戦場における最善を選び取る思考力と相手の行動を読み裏を掻く読みの強さ。まさに宗次の得意分野である。

 

「それで、今回の評価は?」

「うーん……60点かな?」

「それは……随分辛口ですね」

 

幾ら花蓮にとって始めての試みとはいえ、満点の内6割の点数。実質赤点を突き付けられては思わず唇も尖るというものだ。

 

眉間にしわを寄せる花蓮の様子を見て、宗次は慌てたように続ける。

 

「違う違う。最適な行動を取るのは満点だ。限られた範囲とはいえ、俺が選びうる狙撃地点を特定しその射程に入らないルート選択は最高と言ってもいい。荒削りだけど十二分に通用すると思う」

 

だから問題は残りの半分だ、と彼は笑った。

 

「さっきも言ったけど、現状における最適解ってのはある程度場馴れしてるか思考が回る奴には解るもんだ。だから敢えてそれを使わなかったり、逆に最適に対するメタ張り……つまりカウンターかな?そういった選択肢を選ぶのも戦術に組み込まれる訳よ」

「最善を模索しつつ、それを相手が想定していた時の裏まで予測した上で立ち回る……ということですか?」

「そういう事。まあ、俺が実力の低さを予測数と事前準備の手数で補ってるからこういう答えに行き着くだけだな。ある意味じゃ、森ごと全て焼き払うことも答えになる訳だ」

 

まあ、そこらへんはそれぞれだよなぁ。そんな曖昧な答えで彼は話を締めた。結局の所、彼が言いたいことは一つに集約されるのだろう。

 

 

戦場に唯一(ただひとつ)の答えなんてない、だから考えろ。

 

 

なんて身も蓋もない、彼らしい考え方だろう。これに文句を言っても、「俺もやったんだからさ」と返されるのが関の山だ。思わずくすりと笑ってしまう。

 

「……あんだよ」

「ふふっ、いいえ?」

 

突然笑ったからだろう、何処か不満そうな彼にもう一度笑みを深める。戦場ではトコトン冷酷な癖に、こうやって向かい合えば年相応な反応を返してくれる彼も、花蓮にとって好ましい一面だ。

 

話している間にも偽装用に持ち込んだギリースーツと狙撃銃ーーー彼が普段使っているSR-25だーーーを回収した宗次の手を取り、今度は意識して微笑んだ。

 

「さ、そろそろ戻りましょう。お腹空いちゃいました」

「……はいはい、仰せのままにー」

 

彼の投げやりな了承を受け、花蓮はその手を引いて歩き出す。どこか満更でもなさそうな彼の気配に、再び頬を緩めながら。

 

 

△ ▼ △ ▼ △

「……で、これは?」

「夕飯です」

 

あの後持ち込んだ弁当(宗次はカロリーメイトのみ)で昼食を済ませ、午後の戦闘訓練も滞りなく終了し。花蓮は一緒に夕餉を取ろうと宗次を自身の部屋へと誘った。

 

全ての訓練が終わったのは午後5時ごろ。普段は日が落ちるまでは訓練に勤しむのだが、今日は花蓮からの要望があり早めに切り上げたのである。

 

そしてその結果が、テーブルに並ぶ料理なのだった。

 

茶碗には艶々に輝きを放つ炊きたての白米が盛られ、その脇には出汁巻き卵や酢の物、味噌汁がそれぞれ控えている。

 

そしてその存在を主張する大皿には、主役である肉じゃがが鎮座していた。よく煮込まれ出汁の染みたじゃがいもやニンジン、牛肉等の色彩豊かな食材が食欲をそそる香ばしい匂いを湯気と共に放っている。

 

有り体に言えば、極々一般的な日本の食卓であった。

 

「いや、それは判るんだが……え、作ったの?お前が?」

「はい。と言ってもまだレパートリーは少ないので、これくらいで手一杯ですが」

「いやいや、十分過ぎると思うけどなあ……」

 

花蓮の謙遜ーーー本人は本気でそう思っているがーーーを否定しつつ、宗次はそれらを眺めている。

 

これらの料理は花蓮がこの時のために前日から仕込んだものだった。事前に食材の準備を済ませていたため、訓練が終わった後の少ない時間からでも丁度宗次の腹が空く時間に間に合わせることが出来た。

 

「さあ、どうぞ召し上がって下さい。日頃のお礼です」

「う……むむ」

 

手の平を差し出して促してみるが、宗次は難しそうな顔を作って唸るだけだった。手は自らの顎へ向かい、箸には手を付けようとしない。花蓮も、この結果は予測済であったが。

 

花蓮が知る限り、田上宗次という男は人が作った食事を食べる事を嫌う。基本自分で作るか、大量生産品しか口を付けようとしないのだ。食堂等を利用することも、極めて稀である。結局の所、彼はとことん慎重で臆病な少年なのだ。

 

勿論その理由を花蓮は察しているし、彼の性格を考えれば致し方ないことだとは思う。だから、これは彼女にとって賭けなのだ。

 

ここで彼にハッキリと「NO!」を突き付けられる可能性の方が高い事を理解している。ここで彼が自分の作った料理を食べる必要性は無いに等しい。何の前触れもなくご飯を作りました食べてください、なんて彼からしたら怪しさしかないだろう。

 

それでも、氷室花蓮という女は田上宗次という男に伝え切れない感謝の念を抱いている。助けられ、追い続ける背中(もくひょう)を与えられ、技術を教えられ、様々なモノを与えて貰った。

 

いつか絶対にその帳尻は合わせる覚悟だが、それはそれとして今この瞬間に何か返したい、自分に出来る事をしてあげたい。

 

任務で彼の負担を減らす事はまだ出来ない。彼を戦いから遠ざける事もまた然り。ならばせめて、彼の求める日常を。その中の安らぎを少しでも。そう思ったが最後、彼女は自分の感情を止める事が出来なかった。

 

「……冷めちゃうわよ?」

 

自分自身で白々しさを感じながら、花蓮は再度食事を勧めた。多分、これが最後だ。ここで彼が食べなければ、どれだけ言っても意味はないだろう。互いに、それは分かっていた。

 

それでも花蓮は何処か願うようにそう言わざるを得なかった。食べてくれないかも、と分かっていても。届かないかも、と諦めていたとしても。

 

 

食べて欲しいというのが、本心なのだから。

 

 

「…………頂きます!」

「あっ……」

 

かくして、少女の願いは届いた。

 

まるで戦場に赴く兵士のような、食事をするとは到底思えない表情で、彼は大皿から肉じゃがをよそう。そして箸でじゃがいもを掴むと、一瞬躊躇してから口の中に放り込んだ。

 

ギュッと目を閉じたままじゃがいもを咀嚼する宗次を、花蓮は呼吸も忘れてジッと見つめる。

 

何秒経っただろう。宗次は歯の動きを止め喉仏を動かし、それを呑み込んだ。そしてゆっくりと目を開き、一言だけ、短く音を発する。

 

「……うまい」

 

それを皮切りに、彼は自然な手付きで食事に手を付け始めた。白米の甘みを噛み締めてからよく味の染みた出汁巻き卵を堪能し、酢の物を摘んで味噌汁を啜る。そしてほう、と一息吐いてから言葉を選ぶ様子を見せつつ口を開いた。

 

 

「うまい。何というか、あれだ。家庭の味?絶品!て感じではないけど、暖かいというか安心する味がする」

 

 

それは、花蓮が一番欲しい言葉だった。

 

 

「はぁぁ〜……」

「おいおい、そんなに大きな溜息吐くなよ……」

「だってこれは、宗次さんが……」

「分かってるって。冗談冗談」

 

彼が笑っている様子に、再び安堵の息が漏れる。ただ食事を食べてもらえる事が、こんなに喜ばしいものだとは思わなかった。思わず、高鳴る胸に手を当てる。

 

「ほら、さっさと食べちまおうぜ。せっかくの料理が冷めちまうよ」

「……誰のせいだと?」

「悪かったって。そんなピキんなよ」

 

笑顔の宗次に再度促され、花蓮は自分も食事に手を付ける。うん、中々いい出来。

 

「しかし、この肉じゃが旨いなあ。何かコツとかあんの?」

「ふふっ、下拵えに手間をかけただけですよ。じゃがいもを切る時、面取りと言って……」

 

料理を口に運びながら、二人の会話は続く。宗次が感想を言って花蓮が自慢げに工夫を語ったり。逆に宗次が普段の食事について言及されて目をそらしたり。

 

 

どこにでもあって、しかし誰かさんには彼方へ消え去ってしまったありふれた団欒は、もう少しだけ続いたのだった。

 

 




祝ッ!SR氷室花蓮実装ッッッ!!!!

感想欄で「花蓮実装来ましたね」とのお知らせを受け久々にRPGXに舞い戻り、「おおまじで来てるってSRかよ残酷だな運営!?」と叫びつつ引いてみたら10連でお迎えできたので番外の執筆が決定しました。これがメインヒロインの風格か…。

というか花蓮さん、テンプレ系融通聞かない委員長キャラだったんすね…マズイ、それは想定していなかった…!今更修正聞かないしこのまま行くしか…っ

個人的に宗次君が覚悟を決めて花蓮の手料理を食べ、それに対して「安心する」という感想を返した点が最大のラブシーン。対魔忍世界に生きる彼にとっては、何が入ってるか把握できない食事という行為は命懸けなのだ…

最後に、投稿が遅れてたうえ本編ではなく番外編であることを謝罪します。ほんとにごめんなさい。少しずつ書き進めてはいたのですが、仕事で気力が根こそぎ吹っ飛ばされる毎日でして…情けない限りです。
あと少しで次話が完成するので、もう少しだけお待ちを…。

花蓮に関してはめっちゃ筆が進むことが証明されたので、番外や幕間が増えるかもしれない…

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