その対魔忍、平凡につき   作:セキシキ

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お久しぶりです。明けましてしようと思ってたら一年の3/4過ぎてたってま…?

早く、早くこの章終わらせんと…書きたいのが溜まりに溜まってるんじゃ…!


chase

爆炎が暗闇を彩り、轟音が大気を震わせ、閃光が地面を照らす。

 

まるで遊園地のナイトパレードで行われるド派手な音と光の演出が、首都の一角で再現されているようだった。

 

見る者全ての目を惹きつけ、魅了するその輝きは全て、サイボーグとガイノイドの戦闘で発生している無機質な余波でしかなかった。

 

 

 

頭上で激しく繰り広げられる戦闘を、アイナ・ウィンチェスターは爆走する装甲バンの中から眺めていた。

 

「あれがG機関のサイボーグか……おっかねえなあ」

 

目標であるガイノイドの性能は知悉している。拠点強襲を目的とした打撃特化のウェポン・パックに高い空中戦闘を可能とするブースタユニット、そしてそれらの統合運用を可能とする人工知能を搭載したハイエンドモデル。

 

人間からの指示を介さずとも状況を自己判断し、ただ一機であらゆる作戦を遂行する事を目的に開発された躯体だ。正直、単純な戦闘能力ではs分遣隊では相手にすらならないだろう。

 

そんな相手に対して、姿を現したサイボーグは互角以上に渡り合っているのだ。

 

空戦能力は持っていないようだが、ビルや電柱を足場に跳躍を繰り返し飛翔するガイノイドへと肉薄している。幾度も拳を繰り出し、反撃を紙一重で交わし続けるその姿は、さながら獣のように苛烈だ。

 

互いに有効打こそないが、状況の推移は明白だ。このまま戦闘が続けば、サイボーグの方に形勢が傾くだろう。とはいえ今此方から出来る事はないに等しい。

 

だから、彼女は待ち続ける。牙を剥くべき瞬間を、決して逃さぬように。銃把がギシリと軋んだ。

 

「頼んだぜ、相棒。このクソッタレな盤面をひっくり返してくれよ」

 

△ ▼ △ ▼

「ハァァァッ!!」

 

一つの影が宙を跳ねる。対魔忍頭領である『井河アサギ』と同じ顔を持つその女は、気合と鋼鉄の脚を振り抜いた。オリジナルの井河アサギと同レベルの膂力から繰り出される蹴撃は、分厚い装甲ですらバターのように引き裂く致命の一撃だ。

 

『2番から5番、防護フィールド展開』

 

しかし絶死の運命は、無機質な声と共に覆される。ガイノイドの周囲に浮遊していた自動浮遊砲台(ビット)が動き出しバリアを展開、サイボーグレッグと激突した。

 

『エネルギージョイント接続。ブレードフィールド展開───抜刀』

「ちぃ……!」

 

再びガイノイドの機械音声。今度は左前腕に取り付けられたレーザー発振器からレーザーブレードが発生、そのまま電磁バリアと鎬を削る義足へと振り下ろされる。『井河アサギ』は咄嗟にバリアを蹴り出す事で飛び退く。ブレードが足裏を掠めた感触に冷や汗をかきながら、近場の電柱へ着地する。

 

「中々やるじゃない。謳い文句は伊達じゃないわね」

『……』

 

『井河アサギ』が称賛の言葉を送るが、ガイノイドはそれに一瞥を返すのみ。敵対者に興味がないかのように背部ブースターが点火し、逃走を始めた。

 

「……!逃さないわよ……っ」

 

当然それを見逃す故はなく、『井河アサギ』は足場を強く蹴り跳躍、全速で追走の体勢へと入る。ビルの外壁や電柱など、足場になりそうなものは手当たり次第に利用してガイノイドの後方に付ける。

 

(駄目ね、追い付けない……!)

 

しかし、そこから距離が縮まることはなかった。追撃の気を察してか、ガイノイドが速度を上げたのだ。『井河アサギ』の移動速度と、ガイノイドの逃走速度が全くの等号である以上、彼我の距離が変わらないのは道理と言えよう。

 

とはいえ、相手には撤退すべき先はないはずだ。研究所から脱走して間もない()()には後ろ盾になる組織などなく、居着く場所すらない。振り切られさえしなければ、問題はないだろう。

 

(なら、あの防御をどう突破すべきか。それを考えるべきね)

 

それならばと、『井河アサギ』は思考を巡らせる。此方からの攻撃を何度も防ぎきっている、面倒なバリアの攻略法だ。

 

事前に伝達されている情報が確かならば、強襲型のウェポン・パックは本体に一切防御・索敵用の装備を持たない。両腕のレーザーブレードや右腕に固定されたガトリングガン、バックパックのミサイルコンテナ、更に対人用の放電装置など、搭載容量の全てを攻撃系の装備に振り当てる徹底ぶりだ。

 

故に、攻撃面以外を補うのが周囲に漂うビット……謂わば『子機』の役目だ。

 

この子機は全部で12機装備されており、うち周囲で本体を守る防御用が7、上空で索敵を行うものが5と割り振られている。

 

索敵用のそれは今関係ないので意識から外すとして、問題は防御用の子機だ。単体出力こそ微小であるが、複数同時に運用することで高出力のバリアを展開することが可能となる。その防御性能は、先の攻防で証明されている。

 

しかしその性能も無敵ではない。事実『井河アサギ』の攻撃によりその数は5つまで減じており、またミサイルも撃ち尽くした。

 

(この速度での戦闘なら、敵部隊も横槍は挟めない)

 

(電撃もこの手足(義手義足)ならば防ぎ切れる)

 

(機関砲は重量のせいで取り回しが悪い。横移動で避け切れるし、能力で凌げる)

 

(レーザーブレードは脅威だけど、右腕が機関砲で塞がれてる。そちらから狙えば問題ない)

 

今この戦場を構成する要素を一つ一つ並べ、この瞬間で仕掛けるべきだと結論づける。全力攻撃で防御を削り切り、そのままこの戦乙女(ワルキューレ)モドキを地面に叩き落としてくれると意気込んだ。

 

「さぁ……行くわよっ」

 

獣の様な笑みを浮かべ、『井河アサギ』は一瞬膝を弛める。その僅かな刹那で、彼女は己が出しうる力をその鉄脚へと押し込め、押し込め、押し込め───跳躍。

 

足場にした屋上の床が弾け飛ぶ程の力によって行われた全力の飛翔は、彼女の身体を戦乙女へと容易に届かせるに至った。

 

二人の移動速度が同じとはいえ、それは巡航速度の話だ。不意をついて全力を出せば、一瞬だけでもその初速はブースターの飛行速度を乗り越える───!

 

『電磁障壁展開、続けて右腕機関砲にて迎撃。駆動開始』

 

対するガイノイドは、不意の接近に動じる事なく最適解を瞬間的に演算する。前面に再びバリアフィールドを展開、更に右腕に取付けられた3つの銃身がくるくると回転を始める。攻撃はバリアで防御し、動きが止まった所をガトリング砲で薙ぎ払うつもりだろう。面白味はないが、堅実で合理的な対処法だ。しかし。

 

「そんなもので、この私がやられると思って?」

 

『井河アサギ』は不敵な笑みを浮かべたまま、両腕を前面へと突出す。目の前の光景が見えていないような間抜けな行為、何も知らない者から見ればそう映るだろう。だからこそ、彼女だけが理解出来る。それこそが、彼女の力を活かす最適解だということが。

 

 

キィィィィィン………

 

 

機械特有の甲高い駆動音が、突き出された両腕から響く。そして。

 

『!?!?』

 

次の瞬間、ガイノイドは強烈な重圧に晒されている事を自覚した。躯体自身が持つ観測機能に加え、上空に展開していた子機が観測した周辺情報のデータまで総動員。データベースと照らし合わせ、類似現象から重力操作系の能力で有る事を特定する。

 

 

重力場発生装置【ネメシス】

 

 

『井河アサギ』のサイボーグアーム内部に搭載された新兵器、自在に重力場を生成、操る事が出来る特務機関G謹製の代物だ。

 

最新兵器の定めか、精密な整備が必要な点を除けば小型で強力な武器であり、『オリジナルの井河アサギ』にはない『井河アサギ』が持つ自信の拠り所でもある。

 

 

当然そこまで把握出来るわけではないが、ガイノイドは素早く現状における対処法を策定する。

 

まず避けねばならないのは飛行ユニットの破損及び墜落。これがなければ、目の前のサイボーグから逃れる事は出来ない。次に躯体の損傷。これもまた同様だ。

 

対処手段は、バリアフィールドによって発生する斥力で防ぐ事だけ。これで躯体への重力干渉は最小限に抑えられるはずだ。子機の負担を度外視し、フィールドの出力を最大まで上昇させる。

 

一方、『井河アサギ』もフィールド出力の上昇を感知した。ガイノイドが真っ向から重力場を耐え切る腹積もりなのも同様だ。

 

「上等じゃない……!」

 

その勝負、受けて立つ。

 

『井河アサギ』も【ネメシス】の出力を限界まで引き上げる。重力場で発生する圧力が跳ね上がり、付近の人工物を押し潰す。唯一形を残すのはガイノイドとその周囲を取り巻くビットのみ。だが、それすら綻びかけている。

 

ミシリミシリと、ビットが悲鳴を上げ始めているのだ。僅か数秒の攻防で、圧倒的だったその防御の源が絶たれようとしていた。だが、『井河アサギ』の顔には冷や汗が流れていた。

 

(最大出力は長くは保たないけど、このまま押し切るしかない……!)

 

本来重力場の使用は、瞬間的に高出力の展開が推奨されていた。高出力を長く維持すると、サイボーグアームとレッグがオーバーヒートし動かなくなるからだ。義肢が動かなくなれば、『井河アサギ』は動くことも出来ない文字通りの置物と化してしまう。

 

既に最高出力までギアを上げて数秒、機能不全まで正に秒読みに入っている。だがここを逃せばガイノイドは学習し、もう不意は打てなくなるだろう。チャンスは今しかないと判断し、彼女は重力場を展開し続ける。

 

「ハァァァァァァァッッ!!!」

 

咆哮が響く。全てを賭けた乾坤一擲の一撃。不可視の攻防は終幕へと移ろい───

 

 

バキィィ!!

 

 

遂に、ビット5機が破壊されるという結果へと至った。

 

(来たッッ!!)

 

瞬間、クローンアサギは重力場の発生を停止させる。演算領域は停止寸前、重力場の再発生には時間を要するだろう。

 

「これで決める!」

 

そんな事はもう些末なこと。これが届けば十分と、『井河アサギ』は腕を引き絞り、拳を振るった。彼女の膂力を十全に乗せた一撃、殻に籠もらず防げる訳がない。

 

勝った。刹那に『井河アサギ』はそう確信しただろう。

 

 

だからこそ、敗因はその刹那だった。

 

 

『……!!』

 

自身を守る盾を失ったガイノイドは、咄嗟に前傾姿勢を取る。その程度で避けられるような生易しい攻撃ではないが、当然彼女も理解している。これは回避ではなく、攻撃への一手なのだから。

 

前傾姿勢によって、ガイノイドが守りきった背部ユニットが『井河アサギ』の視界に晒される。空を翔るためのジェットエンジン。そして、中身をを全て撃ちきったミサイルコンテナ。

 

───次の瞬間、背部に接続されていたミサイルコンテナが切り離され、『井河アサギ』へと飛翔する───!

 

「な、ナニぃぃぃぃぃ!?!?」

 

驚愕の絶叫を上げながらも、『井河アサギ』の肉体は冷静に対処を開始する。拳の行き先を飛翔物へと変更し、撃ち落としにかかったのだ。

 

強烈な一撃に、コンテナが拉げる。更に、機密秘匿用に内蔵された炸薬が点火。下手人へ一矢報いらんとばかりに爆発する。

 

「ぐぅ……!?」

 

咄嗟に身体を丸め、手足で生身の部位を防御する。爆炎が特殊スーツ越しに身体を舐め熱が肌を炙る。しかし、破片は義肢が全て食い止めた。一瞬遅れ、衝撃。

 

爆風に全身を叩かれ、『井河アサギ』は後方に弾かれる。身体が回転し視界が揺さぶられる中、何とか四肢を使った五体投地で着地。

 

「ハッ……ハッ……ハァ……ッ」

 

肺が求めるまま、打ち上げられた魚のように呼吸を繰り返す。土下座と言っても過言ではない体勢も相まって、見る者は侮蔑を誘われるだろう。必殺の機を逃し反撃を受け、今は地べたに膝を突いている。何とも無様、何とも哀れ。

 

 

だが、その瞳が。一瞬足りとも離さない、獲物を狙う鋭い獣の眼光が。それを否定する。

 

獣のような有様でありながら、彼女は未だ獲物を狙う狩人なのだ。

 

 

『防御兵装、全機破損。躯体及び飛行ユニット、損傷軽微。()()()()健在、演算能力低下を見込む。武装展開開始』

 

そして、『井河アサギ』に対するソレも、決して彼女を侮蔑する事はない。それどころか、あくまで障害でしかなかった彼女を排除すべき敵として認識した。左腕のブレードが展開し、ガトリング砲も回転を始める。確かに周囲を舞う盾は無くなったが、本体への影響は殆どない。

 

対して、『井河アサギ』の戦力は半減している。義肢の演算回路がショート寸前で、虎の子である【ネメシス】が使用不可になっているのだ。先程までの機動戦闘も最早望めないだろう。

 

だが、この状況でも天秤は振り切れていないと彼女はほくそ笑む。

 

(今の状態では、逃げられても追撃出来ない。でも、彼方から近づいてくれるのなら……!)

 

今の彼女に出来るのは、白兵戦のみ。なればこそ、相手から向かって来てくれるならば好都合だ。息を整え、ゆっくりと立ち上がる。右腕を前に突出し、半身の構え。筋肉を弛緩させ余計な力を抜きつつ、何時でも動けるように意識を研ぎ澄ませる。

 

見つめ合う、一人と一機。緊張が高まり、時間が引き伸ばされるかのような錯覚すら覚える。今すぐ動いてしまおう、と訴える理性の悲鳴を、戦士の直感が抑え込んでいく。

 

ただ、じっとその時を待ち。刹那刹那をやり過ごし、そして───

 

「『ッッ!!』」

 

両者が、同時に動いた。

 

クローンアサギが踏み込むと同時、ガイノイドがガトリング砲の銃口を向ける。『井河アサギ』は咄嗟に地面を蹴り身体を横へずらす。その一瞬後に強烈な発砲音とマズルフラッシュ、そして真横を銃弾が通り抜けた衝撃波。

 

M197機関砲をベースに専用のチューンを施された砲身の束が、その腸に秘めた直径20mmの牙を解き放つ

 

冷や汗を流す間もなく、『井河アサギ』はガイノイドを中心とした円を描くように駆け出し、弾丸の嵐がその軌道に追随する。弾痕の追随速度に、猶予が無い事を悟る。

 

「クッ!!」

 

『井河アサギ』は走っていた方向とは逆、つまり銃弾が追って来る方へステップを軽く踏む。それと同時に、軸足として接地したままの左足を地面に滑らせ、開脚するように伸ばす。更に上体を地面へ倒すことで、銃撃の真下をスライディングで通り抜けた。

 

即座に体勢を立て直しガイノイドへと真っ直ぐ向かっていく。ガイノイドは想定内だと言わんばかりに、慌てることなく銃口を向け直す。再び銃弾が『井河アサギ』を襲うまで一秒もかからないだろう。

 

そして、彼女にとって必要な時間はそれよりも短い。

 

「───シッ!!」

 

気合一閃、『井河アサギ』は拳を振るう。狙いは現状脅威となっているガトリングの銃身だ。空気を切り裂き、ただ破壊を求める無骨で合理的な暴力が走る。

 

もしも鉄拳が着弾する瞬間に砲身が腕部から分離(パージ)されなければ、ガイノイドは右腕ごと吹き飛ばされていただろう。

 

拳が、空を切る。

 

『エネルギージョイント接続。ブレードフィールド展開───抜刀』

「……ッ」

 

お返しとばかりに発振器が閃き、ブレードが『井河アサギ』へと迫る。ガトリングが外れた事で、右腕の発振器が開放されたのだ。青白い輝きが視界を埋めていく。目玉が灼熱で蒸発する寸で、ギリギリのタイミングで首を傾け、辛うじて横にやり過ごす。避け切れなかった髪先から嫌な臭いが漂う。硬直する身体を無理矢理動かしガイノイドを蹴り、反動によって距離を取る。

 

『白兵用戦闘プロトコルロード、実行開始』

 

何とかブレードの射程外へ逃れた『井河アサギ』が体勢を立て直すより早く、ガイノイドが追い縋る。振り下ろされた光刃を、地面へ身を投げ出して辛うじて避ける。だがそこへ、ガイノイドは更なる追撃をかける。左右のブレードで切り下ろし、突き、薙ぎ払う。当たれば鋼鉄の義肢ですら容易く溶断されるだろう攻撃が、絶え間なく『井河アサギ』へと襲いかかる。その威力を鑑みれば、距離を取るのが常道だろう。

 

「私に接近戦を挑むのね。上等じゃない!」

 

『井河アサギ』はそう嗤うと、逆に光刃の範囲内へ自ら飛び込んで行く。白兵戦は、オリジナルのアサギが最も得意とする間合いだ。【井河アサギを超え自分が本物だと証明する】ために戦う彼女にとって、自身の土俵でもあるその勝負から逃れるという選択などあり得ないのだ。

 

上下左右から、幾度も必殺の一撃が迫る。今の彼女にはそれを防ぐ手段はない。故に全て避ける事で対処した。

 

振り下ろされた刃はその軌道を見切り、突き出された刃は身体を捻り、横薙ぎにされた位置より体勢を低くする。決して足を地面から離さず、無理のない最小限の動きのみで攻撃を全て回避して行く。

 

攻撃の隙を見つけて一撃、という目論見は早々に破棄した。ガイノイドの動作には、隙と呼べるものが一切存在しなかったからだ。恐らく事前設定(プリセット)された攻撃動作から、隙が生じない組み合せを適宜接続する事で無駄のない挙動を実現しているのだろう。その動きは機械的かつ合理的で、間隙を見い出せるような部分はない。更に機械の躯体が、肉の身体では不可能な挙動を可能としている。多少無理な体勢からでも動きに支障は発生しないのだ。

 

だが動作が正確無比であるのは逆に、()()がなく予測が容易という弱点でもある。凡百の戦士であれば正確な軌道と速度を見切る事が出来ず胴体を両断されるだろうが、今相対している女にとってその程度まやかしと変わらない。

 

最強の対魔忍と同一の身体能力、オリジナルに劣らぬ努力、そして数多の闘いで培った戦闘経験。超一流の戦闘者である彼女にかかれば、『正確な動作』など『予想が容易い児戯』でしかないのだ。肉体では再現出来ない挙動とて、効率重視の動きでは予想もつく。故に、対処法も簡単に思い付いた。

 

白い軌跡を描く剣戟と掌打を交わらせながら、動きを測り先を読み、機を伺う。必要なのは、刹那に全てを流し込む事だ。ただ一点に、全霊を叩き込む事が出来るタイミングをひたすら計る。

 

幾十、幾百……休む事なく手足を振い続け、()をぶつけ合った果ての果て、遂にその時は訪れた。

 

極限まで無駄が省かれた高速の突きを、神速の掌底で迎撃。ブレードではなくその発生元たる前腕部の発振器を握り潰す勢いで掴む。ぐしゃりという音。これでブレードは一つ封じた。

 

『……!』

 

刹那の間隙もなく、逆のブレードが振り下ろされる。刃の先は当然、ガイノイドの枷となった左の義手だ。

 

真っ直ぐ、淀みなく振るわれた剣閃は、無駄が一切ないが故にクローンアサギの掌底に迎撃された。弾かれた腕に引っ張られ、ガイノイドの身体が大きく仰け反る。この闘いの中で見せる最大の隙であり、そこを戦士は見逃す事はない。

 

「ハァッッ!!」

 

気迫で喉を震わせ、鉄脚が槍のように放たれる。真っ直ぐに突出された前蹴りは吸い寄せられるようにガイノイドの胸部へと撃ち込まれ、抵抗の余地なくソレは大きく後ろへ吹っ飛んだ。

 

更に掴まれたままの右腕は、蹴りによって加えられた力に耐えきれず半ばで引き千切れ、無残な姿をクローンアサギの腕の中に残した。

 

『出力最大、緊急制動……!』

 

ガイノイドの背から一際強く火が吹き出し、慣性を打ち消す。逆方向から同量の力を加える事で無理矢理静止したが、その代償に躯体各部に少なくない損傷が発生している。蹴撃による直撃を受けた胸部へのダメージは勿論、反動で右腕も肘から先が失われている。

 

「あら、まだやる気なのね。よかったわ」

 

『井河アサギ』は掴んだままの残骸を放り構えを取る。綱渡りのような紙一重の戦いを繰り広げた後だというのに、息一つ切らさずに。

 

『敵性個体、脅威度を上方修正。遠距離攻撃による対処を至高とする』

「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない。判断が遅いわよ?」

 

『井河アサギ』が口角を引き上げ嘲る前で、ガイノイドは半ばで断たれた右腕を真横へと向ける。微かにジジッ…と機械音が鳴ったかと思うと、分離し転がったままのガトリングが飛翔、右上腕に当たる部分へと再接続された。

 

(なるほど。分離、接続も思いのままって事ね。このまま飛ばれたら少し厄介だけど……この距離なら、問題ないわ)

 

彼我の距離を目測し、躯体が飛び上がるより先に肉薄出来る事を確信する。後は、飛翔の隙を与えず詰めるだけだ。

 

自身が勝利する未来図が確定した事にほくそ笑み、地面を思いきり蹴り出す。機を図る必要すらない。既に、場の『流れ』は完全に支配したのだ。

 

前触れもなく突貫してきた『井河アサギ』に対し、ガイノイドの反応は一手遅れた。即座に後退を選択する点は流石と言えるが、相手が悪すぎたのだ。行動の先を奪われ、初速ですら上回られている以上、攻撃を避ける手を、ソレは持たない。

 

一人と一機の予想は、今ここで完全な合致を見る。すなわち、鉄腕の正拳突きによる詰み。逃れる術はなく、外れる余地もない。賽の目は既に投げられた。その目を覆す手段は、()()()()にはない。最高速度で肉薄した『井河アサギ』は、想い描くままにその拳を振るい───

 

 

 

瞬間、ガイノイドが大きく横へ吹き飛ばされる姿を、彼女の瞳は捉えた。

 

 

 

(───)

 

 

瞬間、『井河アサギ』の思考が白紙になる。拳は、またもや空を切ることと相成った。

 

(避けられたいや違う完璧な一撃だった外すわけがそうだ真横にずれてなんで外部からの干渉近くに気配はないヤツ以外誰も見てないつまり敵はこの場にいない遠くからの攻撃つまり狙撃次の目標は───)

 

結論を出した次の瞬間、強烈な衝撃が彼女の身体を駆け巡った。

 

 

△ ▼ △ ▼ △

「フゥゥ……」

 

ゆっくりと息を吐き、()は肉体の緊張を解く。引金を引く指以外の活動を意識的に停止していた身体が、一気に息を吹き返す。

 

次いで、狙撃用に敢えて視野狭窄させていた意識を引き戻す。一点しか見えなかった視界が、俯瞰的な視点へと切り替わる。

 

狙撃に特化した極度の集中状態から戻った事を認識し、再度スコープを覗き込む。

 

「第一射、目標に命中。背部フライトユニットに直撃し墜落。第ニ射は防がれた。障害は健在、しかし敵影は認めず。完全に視界外だ」

『こちらCP、了解。各分隊を目標の確保に向かわせます』

 

俺の報告を聞き、CPが即座に指示を伝達する。一先ずターゲットを地上に引き摺り降ろすことには成功した。これで何とか五分五分まで持ち込むことには成功しただろう。後は彼等次第だ。

 

しかし、この銃……というよりスコープ凄いな。敵の位置予測もそうだが、算出した位置と目標との距離から何処を撃てばいいかも教えてくれる。ガイノイドの行動予測はかなり高い精度だったな。

 

逆に、アサギっぽい奴に対する予測精度はそこまでじゃなかったな。聞いていたように、パターン化された行動でなければ計算も容易ではないということだろうか。

 

さて。一先ず仕事はしたが、この後どうすべきか。ここからだと、ガイノイドが墜ちた場所がビルに遮られて見えないんだが……っと。

 

『δ3、聞こえますか?これより目標の確保を開始します』

「承知した。私はどう動く?ここからでは支援が出来ないが。射線の通る地点に移動するか?」

『はい、次の移動先はこちらで指示します。近くに止まっているバイクを使用して下さい』

「了解」

 

指示を確認してから、バレットM82の分解・格納を手早く済ませ立ち上がる。多分、さっきの狙撃で此方の射点は敵に割れているだろう。万一の事を考えると、さっさと移動した方がいい。

 

ライフルを仕舞ったケースを背負い立ち去る───前に、一度だけ振り返る。俺が聞くことのない銃声の上がる、その先を。

 

ほら、何とかしてやったぞ。後はお前等が頑張る番だぜ、兵士諸君?

 

 

 

△ ▼ △ ▼ △

『状況、確認……』

 

狙撃を受け錐揉みしながら落下したガイノイドは、ぎこちない動きで立ち上がろうとする。しかし、墜落の衝撃で拉げたのか左脚が機能を果たせず、再度地面に突っ伏した。

 

全身をエラーチェックにかけるが、その結果はビープ音の嵐。背部のフライトユニットは大破、躯体もあちこちが破損している。腕部ガトリングやブレード等の武装類は損傷がないため戦闘に支障はないが、これでは逃走は難しいだろう。

 

辛うじて生きていた姿勢制御用の脚部スラスターを稼働させ浮遊し、何とか体勢を立て直す。重荷にしかならない背部のユニットをパージ、躯体重量を軽くする。

 

『索敵、開始。8番から12番、広域スキャン』

 

上空に停滞させていた偵察用ドローンが展開し、半径2kmの範囲をスキャンし始める。最優先すべきは横槍を入れた狙撃手、次いで相対していたサイボーグだ。

 

サイボーグはすぐに見つかった。生死までは確認出来ないが、先程戦闘していた地点と位置座標はほぼ変わらない。

 

だが、問題の狙撃手は影も形もなかった。狙撃に適した地点は把握しているにも関わらず、その全てに生体反応なし。それどころか、発砲形跡のある狙撃銃すら範囲内に存在しなかった。

 

これはつまり2km圏内に狙撃手が存在しないという事であり、あの射撃は2km以上の超遠距離から行われたという事実を示していた。

 

『脅威レベルを再設定、敵スナイパーを脅威Aと認定し、退避ルートを……』

 

ガイノイドの言葉が、ふと止まる。追走していた軍用車両とは別に、一般車両と判断したバンがニ台、猛烈な勢いで接近しているからだ。更に軍用車両も別方向からガイノイドがいる路地へと向かっているのが確認出来た。

 

フライトユニットが破壊された今、先のように高速での移動は出来ない。浮遊に用いている脚部スラスターはあくまで姿勢制御用の物であり、精々一般人が走るのと同程度までしか速度は出せないのだ。逃走しても追い付かれる事が目に見えている以上、採るべき選択肢は迎撃一択である。

 

 

そこへ、靴がコンクリを叩く音が鳴り響く。

 

 

一歩一歩、少しずつ近付いてきた()()は、一対の拳銃()を突き付けて、口角を不敵に引き上げた。

 

 

「よう。どちらが早いか勝負だぜ、タフガール?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。1月1話って言った途端これだよ。本当に、申し訳ないっ。出来れば今年中にはこの話終わらせた所存。

前回「銃撃戦増えると思う!」って言っといてすぐにサイバネバトル繰り広げてるのがなぁ…銃撃戦シーンが参考にならねえ(自業自得)


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