その対魔忍、平凡につき   作:セキシキ

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明けましておめでとうございます(激遅)
気付けば年明けから年度明けになってますが、2章投稿していきますよー!

章タイトルからネタバレ発生してますが、気にしない方向で行きます




第二章 ウィッチ・ミーツ・ボーイ!
マギーズ・ミーツ・デス!


東京都、品川駅。

 

元々東京駅と並ぶほどの巨大ターミナル駅であり、近年リニア新幹線の開通及び地下鉄延伸に伴って周辺の大規模開発が行われ、高層ビル群と商業施設が立ち並ぶビジネス街へと成長を遂げていた。

 

昼には多くのサラリーマンが街を行き交い、夜になっても電灯が街を照らし、オフィスから人影が消えることはない。莫大なコストがこの街に呑み込まれ、それを遥かに上回る利益が排出される。今や品川は、新宿を始めとした副都心に勝るとも劣らない一大商業地へと変貌を遂げたのだ。

 

しかして大きな光の裏には、それを貪る闇が蠢くもの。天へ延び行く塔の一室で、それは密やかに執り行われていた。

 

「よく来てくれました、北山さん。我々は貴方の決断を称賛します」

「あ、ありがとうございます、梁さん」

 

高層階に居を構える外資系IT企業『雷電通迅』の応接室にて、二人の男が握手を交わしていた。

 

一人は高価なブランドスーツを着こなし、柔らかく微笑む壮年の男。『雷電通迅』の日本支社長である梁・梓睿(リャン・ジルイ)。

 

そして彼に手を握られているのは、対照的に草臥れた安物のスーツを纏った眼鏡の男、北山誠二。

 

本来不釣り合いな両者が顔を合わせているのは、格上である男からの呼び掛けによるものだった。

 

「さあ。立ち話もなんですから、掛けて下さい」

「は、はい……」

 

梁に促され、恐縮しながら北山はソファに腰を下ろす。一瞬ぎょっとしたのは、その感触が彼の人生の中で最上だったからだろうか。

 

「どうですか?うちはインテリアには凝っていまして。いいソファでしょう?」

「え……あ、えっと。はい、とても」

「それは良かった。それで、例の物は?」

「は、はいっ。ここにあります」

 

北山は慌てた手付きで、傍らのビジネスバッグを漁る。すぐにお目当てが見つかったようで、雑に引っ張り出されたのは分厚いファイルだった。

 

「電子端末へのコピーがセキュリティ上不可能だったので、紙に印刷してきました。重いですけど……」

「いえ、ありがとうございます。」

 

深くソファに腰掛けた梁はそれを受け取ると、中の資料へと目を通していく。内容に感心するかのように、度々頷く様な仕草を見せる。

 

「外務省と米連の国防会議の議事録……完璧です、北山さん。我々の注文(オーダー)通りです」

「で、では……これで私はっ」

「はい。我が国へ()()()させて頂きましょう。本社幹部の席と、国籍も共に」

「あ……ありがとうございます!」

 

梁の言葉に、北山は座ったまま深々と頭を下げる。地面に向いたその瞳には仄暗い喜びと優越感で満ちていた。

 

国立大学を卒業し外務省に就職を果たしたエリートでありながら、北山誠二という男はその現状に満足出来ていなかった。官僚といえば聞こえはいいが、その業務は国を支えるための謂わば土台だ。目立つのは更に上へ立つ者ばかりであり、その上で誰とも知れぬ国民のために粉骨砕身することが求められる。更に付け加えれば、この男は出世街道から外れてしまった負け組だった。

 

終わらぬ業務に求められる奉仕。時には不正への加担を強いられ、しかし一切栄誉が得られず満たされぬ承認欲求。彼は限界だった。

 

そして、そこへ付け込むように舞い込んだ悪魔の誘い。日本の今後を左右する、米連との軍事協定会議の情報を掴んで欲しいという依頼。見返りは、新たな国での生活とこのままでは届かない地位と富。

 

彼は、一も二もなく頷いてしまった。今のままでは手に入らない栄誉のため。そして、自分を馬鹿にしてきた奴らを見返すために。

 

祖国の重大機密を自己満足で売り払った売国奴は、蔑んだ視線を向ける梁に気付く事なく、ほくそ笑んだ。

 

「……では、此方の資料は預からせて頂きます。ありがとうございました」

「は、はい。えと、それで……私はこのあと、どうしたら?」

「……北山さんには、今から私がチャーターした小型機で、中華連合に飛んで頂きます」

「……え!?今から、ですか!?」

「勿論です。既に外務省は、貴方の行動を把握しています。移動手段は用意してありますので、これから飛行場へ向かってください」

「でも、あの……荷物とか……」

 

尚も渋る北山に、梁は呆れたように溜息を吐いた。この男は何も理解していないのか、と嘆くように。わざとらしく。

 

「いいですか、北山さん。この国の警察は優秀です。悠長に荷造りしていたら、貴方は機密文書を持ち出した犯人として捕らえられてしまうでしょう。そうなったら、この約束は反故にせざるを得ません」

「そ、そんなぁ……助けてくれないんですか?」

「一企業に、そんな権限あるわけないでしょう?目的を果たしたいなら、今すぐ動くしかないんです。それとも、牢屋に行先を変更しますか?我々はとめま───」

 

 

ピシッ。ピシャッ。

 

 

小さな音が聞こえた。

 

梁は、不自然にもそこで言葉を切った。何時までも続きがない事を訝しんだ北山が、次を催促しようと視線を上げる。

 

そこには、額に穴を開け、ポタポタと液体を垂らす、梁が座って───

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃ!?!?」

 

北山が悲鳴を上げ、思わず後退ろうとして、背もたれにぶつかり止まる。しかし、何故動きが止まったのか理解出来ないのか必死に後退ろうとする。

 

彼の視線の先で、梁は息絶えていた。

 

悲鳴を聞いて控えていた護衛たちが異常を察知する。足早に駆け寄り様子を確認する。後頭部から額にかけて穿孔、脳が破壊されて即死だった。

 

「狙撃だと!?馬鹿な、一体何処から……」

 

護衛の一人が、驚愕と共に窓へと目を向ける。

 

輝き続ける摩天楼。その光に傷を付けるように、大きなガラスに小さな穴が一つヒビを入れている。

 

彼は、更にその向こうへと焦点を合わせ───それが、彼の意識の終焉となった。

 

 

 

 

 

 

△ ▼ △ ▼ △

命中(ヒット)

 

短くそう言葉を吐き出し、ライフルのボルトに手を掛ける。排莢はまだしない。スコープの向こう側では、頭に穴を開けた男が項垂れている。対面で話していた男は必死にソファを後退りし、控えていた部下が慌てた様子で駆け寄っている様子が確認出来る。

 

一拍置いて、双眼鏡を覗き込んでいた七瀬が口を開く。

 

頭部命中(ヘッドショット)、確認しました。対象の生命反応停止」

「よし、パターンaだ」

「了解。起爆します」

 

彼女の言葉と共に、視線を向けていたオフィスを爆炎が吹き飛ばした。その轟音はビル風に掻き乱されながら、俺達がいるビルの屋上まで届いた。時間にしておよそ3秒程。IT企業を偽装した中華連合のフロント企業は、支部長と応接室を吹き飛ばされたのだ。

 

「……爆破確認。状況は?」

「生命反応なし。オフィス内の生存者はいません」

「資料はどうだ?」

「……跡形もないですね。大半は爆風で粉微塵になって外へ、残りも灰になってます。あ、弾丸も他の破片に紛れてバラバラになってますね」

 

そこまで確認し、俺は構えを解きスコープから眼を離した。鮮明に見えていた一室は聳え立つビルの何処かへと消えてしまっている。

 

夜中であっても煌々と光を放つ摩天楼の群れ。俺達が狙撃ポイントに選んだここも、再開発によって建設された高層ビルの屋上だった。

 

「よし、任務完了です。撤収しましょう。使用した紙気は回収、もしくは焼却してください。証拠、残さないで下さいよ?」

「分かってます、誰に言ってるんですか」

 

むっとした様子を見せつつも、七瀬は手慣れた手付きで紙気を手元に回収してみせる。恐らく、回収出来ないものは炎に突っ込ませて燃やしてでもいるのだろう。

 

それを横目で見て、俺も撤収作業を開始する。発砲し仕事を終えたボルトアクションライフル───レミントンM700からスコープを取り外し、バイポッドを畳み、ゴルフバックに偽装したガンケースへと収納する。

 

レミントンM700。古い狩猟用の銃だが、アメリカ軍や自衛隊を始めとした各国軍や警察などで使用された実績のある名銃だ。使用可能な弾薬も数十種と非常に多く、流通数も多いため万一の時でも足が付きにくい。一撃離脱の暗殺向きと言えるだろう。

 

薬室内の薬莢は敢えて排出しない。隠密任務の性質上、どうせ空薬莢等の痕跡は消さなければならないのだ。次弾を撃たなくて済むなら、わざわざ手間を増やす必要はない。

 

続いて伏射の痕跡も消してしまえば、それだけで俺達がいたという事実はこの場には残っていない。まあそもそも、ビル風が吹き荒れる中での狙撃など本来不可能なわけだから、死因は爆死として処理されるだろうけど。後は、俺達がここから離れればいいだけだ。

 

「痕跡なし、行きましょう」

「はい。ちゃんと手を握ってて下さいね?」

「……途中で離すのは無しですよ」

「ふふっ。はい、分かってます」

 

鈴のように笑う七瀬が差し出した手を、戸惑いながら握る。俺のものより小さく、まるで赤子のそれを触ったかのように柔らかい掌を努めて無視し、俺は縁から下を見下ろした。

 

標的のオフィスと屋上が同じ高さになる場所を選んだとはいえ、高さは200mを超えている。生唾を呑む音も何処か他人事のように聞こえた。

 

「私がいれば大丈夫ですよ。それとも、抱えて上げましょうか?」

 

俺の様子が面白いのか、くすくすと笑いながら七瀬がからかってくる。忍法ないんだから怖いに決まってるだろ!という言葉を何とか抑えて、先を促すのが精一杯だった。

 

「要らないです、そんなの。とっとと済ませましょう」

「了解しました……行きますっ」

 

七瀬の合図に合わせ、コンクリートから宙空へと身を踊らせる。

 

その次に待つのは当然、次の地面へ向けた自由落下である。

 

 

「──────ッッッ!!!!」

 

 

絶叫アトラクションで急降下するかのような内臓の浮遊感と、重力加速度に捕まった恐怖で声なき悲鳴が闇をつんざく。今の俺達は、ニュートンが発見した林檎だ。違いは唯一つ、行き着く先が土かコンクリートかというだけだ。

 

歯を食いしばりながら、ぐんぐんと近付く終着点を睨み付ける。俺一人ならこのままミンチになる運命だろうが、その運命を打ち破る力を相方となった少女は持っているのだ───いやすみません、まだですか!?早くしてください死んでしまいます!?

 

「……ふふっ。やぁっ!」

 

掛け声と共に、数十枚の紙が俺達を取り囲む。七瀬舞の異能であるそれらが輝くと同時、俺達を縛っていた重力という楔が断たれた。

 

地面へ向かっていた身体は運動エネルギーを失ったようにふわりと浮き上がり、音もなく着地した。

 

「き、きもちわりぃ……」

 

内臓がぐちゃぐちゃになったような感覚に、思わず口元を抑える。さっさと横になりたいくらいにはキツい感覚だが、悠長な事を言っている暇はない。位置がバレないよう手を尽くしたとはいえ、追手がかかる可能性はゼロではないのだ。急いで撤退するため、気合で姿勢を持ち直す。

 

「おや、大丈夫ですか?少し休みましょうか」

「ご心配なく、動くのに支障はありませんから。誰かさんが最初から減速してればこうはならなかったんですがねぇ?」

「へえ、酷い『誰かさん』もいたものですね」

 

お前じゃいっ!!

 

互いに皮肉を投げ合いながら、手を止めることはしない。着用していた黒い防弾コートとボディアーマーを手早くガンケースへ仕舞い込む。戦闘用の装備を脱いだ後には、事前に着込んだ白いYシャツとジーンズというラフな格好をした男が残されるのみ。傍から見ればゴルフ帰りの青年にしか見えないだろう。

 

一方、七瀬の作業はと言えば俺のそれより簡単だった。彼女が着用する白い対魔忍スーツはそもそも、彼女の異能である紙気によって造られている。能力を解除するだけで、七瀬は対魔忍からニットのセーターとロングスカートを着た一般女性へと早変わりする。そのまま何食わぬ顔で路地から出て群衆に紛れる。

 

木を隠すには森の中。一般人と区別が付かない俺達を特定するのは、専門の技能か異能を持つものでなければ困難だ。

 

その後繁華街を中心にぶらぶらと歩き回り追手がいない事を確認した俺達は、事前に予約しておいたセーフハウス兼ホテルにチェックインしたのだった。

 

 

△ ▼ △ ▼ △

『外務省の機密文書を盗み出した官僚の始末と、持ち出された情報の抹消』、これが今回俺達に割り当てられた任務だ。これだけ見れば、対魔忍を動員する任務ではない。

 

依頼を受けたタイミングがギリギリだったのもあるが、何より問題だったのは逃げ込む先が中華連合のフロント企業だった事だ。幹部クラスは中華連合の息がかかっているにしても、従業員は何も知らない一般人。何時ものように切った張ったの大立ち回りをするには、品川という立地も相俟って人目が多過ぎる。

 

合法的に確保しようにも、法手続きしている間に売国奴は海を超えてしまう。故に、超法規的措置が可能且つ厄介なオーダーに応える能力がある対魔忍に白羽の矢が立ったというわけだ……いや、だからって俺に任せないで欲しいんだけど。

 

まあ俺には異能はないから、求められたのはアイデアマンと現場指揮官としての約割だろう。その証拠に、「手隙の人員であれば好きに動員しても構わない」という条件を提示された。実質、白紙の小切手ということだ。

 

作戦決行時間と想定される状況から、俺は七瀬のみを招集し作戦を決行した。

 

「───よし、盗聴機やトラップなし。オールクリアです」

「……全く関係ない偽名で予約しておいて、よく其処まで神経質になれますね……」

「備えあれば憂いなし。私の好きな言葉です」

「何の話ですか?」

 

……とりあえず、チェックインしたホテルでの安全は確保出来た。まあいつも通りといえばそうなのだが、気を抜いていい理由にはならない。

 

ガンケースを壁に立て掛け、俺はもっとも大事な話題に移る。

 

「それで七瀬さん、どっちのベッド使いますか窓側ですかそうですかじゃあ自分は廊下側使いますので気にしないで下さいっ」

「うわぁ……」

 

うわぁじゃねえよ死活問題なんだよ。

 

「そんなに窓側嫌なんですか?普通はそっちが好きな人多いと思いますけど……」

「何言ってるんですか?外から狙撃されやすいんだから、わざわざ危険を犯す必要ないでしょ。流石に不意打ちは対処出来ないし」

「うわぁ……」

「何が『うわぁ』ですか」

「不意の狙撃に対処する能力もないんですね……」

「このやろうっ」

 

その後、愚にもつかないやり取りが30分繰り広げられるのだが、割愛させてもらおう。

 

無駄なやり取りに飽いたのか、七瀬は「お先にシャワー浴びて来ますね」と浴室へ引っ込んでいる。俺もさっさと汗を流したいのだが、面倒は御免なので銃を整備して時間を潰していたところだった。

 

「……お、ニュースになってんじゃん」

 

つけっぱなしにしていたモニターからは、とある高層ビルの前で繰り広げられる喧騒が流れてくる。多くのパトカーや消防車、救急車が高らかにサイレンを鳴らし、慌ただしくビルに出たり入ったり。それの様子を映しながら、状況を届けようと声を張るキャスター。

 

現場の状況は定かではないが、ビルの一室が爆発し尚も炎上中とのこと。負傷者は少ないものの二次被害を避ける為ビル内は閉鎖され避難中らしい。被害者は現在確認中……おお、怖い怖い。平和な日本でも、こんな事件が起こるんだね。

 

まあ、俺達がふっ飛ばしたビルなんですけどね!

 

「うーん、まだアイツラの死体は見つかってないみたいだな」

「部屋に仕掛けた紙気を纏めて起爆させたんですから、木っ端微塵でしょう。もしかしたら、遺体も見付からないかもしれませんよ?」

 

俺の独り言に、風呂から出て来た七瀬が応える。ついっ、と視線をそちらに向けると、真っ白なバスローブを来た七瀬が、髪を拭きながら此方に歩いていた……いや、何でバスローブ?

 

「……何でしょうか」

「いや……何でバスローブ着てるんです?」

「……ハンガーに掛かってたからです」

「任務中なんですけど……というか、男の前でそんな格好して、襲われても文句言えませんよ?」

「……もういいですっ」

 

え?何が?

 

そう言う間もなく、七瀬はつかつかとベッドに歩を進め、純白のシーツへと飛び込んだ。此方に背を向け、顔も枕に埋めているためガラスを見ても表情は読み取れない。いや、ほんとになに……?

 

まあ理解出来ないものは仕方がないので、汗を流すためそそくさと浴室へ入る。うわ、あいつわざわざ湯船にお湯張ってたのか。通りで時間かかると思ったら……。

 

並々と残っている残り湯を無視し、俺はシャワーの栓を捻った。本当は俺も呑気に入浴したい所だが、流石に任務中……いつ襲撃されても可笑しくない状況で、無防備を晒したくはない。最低限身体を洗って汗を流し、浴室を後にした。

 

何があっても良いように、予備の戦闘服に着替えて部屋に戻ると、ベッドに仰向けで寝転んだ七瀬が先程のニュース番組を眺めているところだった。その格好で寝転ぶと胸が見えそうですけど?

 

「どうですか?」

「……出るの早すぎです。数分じゃ、大して変わりませんよ」

 

俺の質問に、七瀬は呆れたように答える。まあ、その通りなんだけどね。ほら、会話の取っ掛かりとしてさ?

 

俺の意図を汲んでか、視線はそのままに続けた。

 

「避難は大方完了しました。被害者は未だ不明ですが、避難した社員からの聞き取りで来客者と支社長、警備員数名が応接室に居たことが判明しています。時期にリストに加わるでしょうね」

「肉片の有無は関係なさそうですね」

「状況から爆破テロが疑われているでしょうけど……発砲音を聞かれていないのは幸いです」

「そりゃあ、そのためにわざわざビル風が多い場所を選びましたから」

 

 

ビル風。

 

 

建造物に当たった風が周囲に流れ、多大な影響を与える風害だ。都心部の大きな建物に多く見られる現象で、今回のような高層ビル群の間に風が吹き荒れるのは有名な話だろう。

 

勿論、設計段階である程度は対策しているだろうが、完全に無くなるわけじゃない。再開発が完了した品川駅周辺の風害は、根強い問題として残っていた。

 

高層ビルへと吹く風は、外壁から流れる事でその方向を変え、流れを変えた風達が重なり合う事で新たな強風となる。それは大口径弾の弾道すら容易に捻じ曲げる、まさに天然の要害だ。見晴らしのいい場所に身を晒していた彼らは、その実鉄壁の要塞に立て籠もっているに等しい状態なのである。

 

……そして、だからこそ油断する。

 

「……だから、私だけを連れて来たわけですか」

「はい。七瀬さんの忍法は多岐に渡りますから。この状況では、幾らでも使い道があります」

 

勿論、あの部屋を爆破するだけでも事は足りる。だが、それでは不測の事態も有り得る。偶々そいつがいる場所だけ爆風が弱まっていたら?護衛が勘付き、庇ったら?そいつが実は異能力者で、爆発から身を護れるとしたら?可能性は常に付き纏う。そして、爆煙のせいで俺達からはそれを観測出来ない。

 

万が一仕留め損なった上逃げられでもしたら、反撃されるリスクが発生する。反撃されれば、戦闘になれば、死亡する()がどうしても発生する。

 

それを、許容する気はない。

 

相手が油断して想定していない『狙撃』によってけりを付けるのが一番確実。最低でも、それで敵の大将さえ潰せればいい。後は売国奴を資料諸共細切れに出来れば、この任務は完了する。

 

だが、敵が想定していないというのはその実、『普通じゃ出来るわけがない』という事実の裏返しだ。正攻法では弾丸は届かない。

 

設計図から防弾設備がないのは確認出来たが、肝心の弾が脳天まで届かないのでは何の意味もない。何故弾が届かないのか?不規則に吹き荒れる突風が、小さな金属片を攫っていくからだ。

 

ならば答えは簡単だ。ビル風がなければいい。()()()()()()()()()()()()()()()。それを可能とする人間は、目の前に居る。

 

「射線上に紙気を配置しビル風を逸らす。紙気は小さいから視認が困難で、防御範囲も(ほそ)く限定すれば探知されない。後は、そこに弾丸を通すだけ……相変わらず、無茶苦茶なこと考えますね……」

「そうですか?隠密性と実効性を兼ね備えたいいアイデアだと思うんですけど。実際、七瀬さんなら出来たでしょ?」

「まあ、私の能力ならば容易ですが……田上さんもよくやりますね。針の穴に糸を通すようなものでは?」

「ハッ。数百m程度、選抜射手(マークスマン)なら十分な距離ですよ」

 

思わず鼻で笑い飛ばす。目と鼻の先と言っていい距離で、銃の信頼性が高い。外的要因がない静止目標なぞ、必中確殺が当然の間合いである。

 

そしてトップさえ潰せば、情報はそこで止まる。支社長の死亡を目視と紙気を用いた観測で確認出来れば、後は全て吹き飛ばすだけで中華連合への情報漏洩阻止は完遂出来る。

 

故に、七瀬舞が必要だったのだ。索敵、風への防御、止めの爆破、そして最悪の場合追手との戦闘。それらを単独で可能とするのは、この女を置いて他にいないだろう。

 

「……何か、便利な道具扱いされてるみたいです」

「でも、実際やりやすかったでしょ?」

「……ええ、まあ」

 

不承不承と言った感じで、七瀬も頷く。

 

何度か任務を共にして分かったが、この人おつむはアレでも能力はピカイチだ。能力の汎用性も、使い方も一流と言って支障がない。戦闘の指針が『頭対魔忍』してるのを除けば、非の打ち所がないのだ。

 

だから、俺は考えた。『思考部分は俺が担当すれば、めちゃくちゃ強いのでは?』と!そして、その方針はドンピシャだったわけだ。

 

これからもこの方法で行けば、大分楽に任務を進められるだろう。何でか知らんが、ちゃんと言う事聞いてくれるし。いやー!いい道g……もとい仲間が手に入ってよかったー!

 

「……さて、話はこれくらいにしてとっとと寝ますか。手早く戻ったら、報告して任務終了ですね」

「何だか、嬉しそうですね?」

「ええ。これが終わったら数日休暇なんで。突発業務を片付けた後の休暇……最高ですね!」

「ああ、だから手早く終わらせようとしてたんですね……珍しく」

「何時も手早く済ませようとしてますけど??」

「まあいいです……私も寝ますけど、襲わないで下さいね?抵抗出来ないからって、夜這いとか……」

「いやしませんよ!?人を何だと……ったく。おやすみなさいっ」

「はい、おやすみなさい」

 

それを最後に、俺は眠りに着いた。任務の余韻も、明日への高揚もなく、深い眠りへと。

 

 

△ ▼ △ ▼

 

「……ばか」

 

小さな声は、虚しく響いて闇へと消えた。

 

 

 

 




個人的に、能力面で宗次と相性のいいキャラは舞だと思ってます。紙気とは一体?となるほどの汎用性なので、上手く使えば手札がめちゃくちゃ増えますから。

あと、今回の舞台である品川は、現実で構想されている「リニア新幹線開通+地下鉄延伸」が成し遂げられた後をイメージしてます。現実の品川は高層ビル乱立とかしてないので、「近未来ではこうなってんだな」くらいで考えていただけると

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