「……成る程。街で買い物してる帰りに偶然その子に出逢い、成り行きでヤクザの下っ端を殺してしまった、と」
「その通りだよ……」
「うん、何やってんの?」
俺が置かれた状況をささっと説明したところ返ってきた言葉がこれだった。俺が聞きてえよ。
はあ、と呆れたように息を漏らす女に再び目をやる。
鷲田明梨。俺が以前戦い、捕えた風遁使いの元対魔忍。現在は俺の奴隷……もとい出稼ぎ要員として便利屋をさせている。
ゆくゆくは能力を活かした諜報員として使いたいので、必要な物を揃えて放し飼いし、傭兵として活動させていたところなのだが……
「しっかし、何でこんなところに?」
「何でって……アナタが私をこの街に連れてきたんじゃない。それすら忘れたの?」
そう言って、彼女は眉を顰めた。
あれは、以前の任務で敵対していた彼女を捕獲した後の話だ。
手駒にしたとはいえ、抜け忍である彼女を手元に置いておくのはリスクが高い。もし他の対魔忍連中にバレてしまったら、どんな厄介事が発生するか分かったものではない。ゆえに、とっとと野に放って仕事をさせることにしたのだ。
その仕事……とりあえずは傭兵稼業をさせるにあたり、拠点として連れてきたのがこの街だった。ここなら紹介出来る伝手もあるし、五車からそこそこ近いので様子も確認しやすい。試金石とするにはうってつけの場所というわけだ。
彼女の活動はそれなりに軌道に乗っており、戦闘以外の仕事も俺の手を借りずに達成出来るようになっていた。なので一々面倒を見なくても大丈夫だろう、としばらく放置していたのは確かにあるが……
「そっちじゃねえし、忘れてもねえよ。何でこんな路地裏にいるのかって話だ」
「ああ、そっちね。大した事じゃないわ、街を歩いてたら鴨居組の連中が騒いでたから、様子を見に来たの。ただの野次馬よ」
銃声を辿るだけだから追い掛けるのは楽だったわ、なんて彼女は宣った。まあ何ともやる気が感じられない態度ではあるが、お陰で命を拾ったの確かだ。
「本当に助かった。ありがとな」
「……いいわよ、別に。アナタが死んだら私が困るから……それで、彼女は?」
そう言って、視線が呆けた顔をした少女……リリスへと集まる。
「コイツはリリス。魔女だとさ」
「……魔女ぉ?何でそんなのと一緒にいるのよ」
「成り行きだよ、成り行き。十割こいつのせいだけど」
「そ、そんなに言わなくてもいいじゃないですかビショップさぁん!?」
「……ビショップ?」
あやっべ偽名教えてたの忘れてた。
「……タイム!!」
「えっ!?あ、はい!どうぞっ」
とりあえず腕でT字を作り
「……で?どういうこと?」
「適当な偽名名乗ってたの忘れてた……」
「何でそれ忘れるの?というか偽名使う意味ないんじゃない?」
「だってほら、魔女に名前教えると魂支配されるとかゲド戦記で見たし……」
「普段はリアリストなのに、たまに知識が二次元に偏るのはどうしてよ」
半眼で俺を見遣る鷲田から目を背ける。仕方ないじゃん、根はオタクなんだから……。
「……はぁ、とりあえず名前はビショップでいいのね?」
「頼む。アイツと別れるまで、名前騙ってるの悟られたくないんだ」
「ふーん、何で?」
「絶対聞き出そうとして五月蠅いから……」
もし偽名使ってるのがあいつに気付かれてもみろ。絶対聞き出すまで騒ぎ立てるぞ。
『ええ〜〜!?教えてくれた名前、嘘だったんですかぁ!?じ、じゃあ本当は何て言うんですか?教えて下さいよ〜!』
とか言って。相手するのめんどいわ。
「はいはい、分かったわよ。まったく、調子狂うわね」
「まあわざわざ名前呼ぶ事も少ないだろうけど、一応な……おう、お待たせー!」
「むぅ……お二人で内緒話なんてずるいですっ。何話してたんですか!」
「それ言ったら内緒話の意味がねえだろ。まあ必要な事だったとは言っておく」
むむむ、と頬を膨らませるリリスを適当にあしらい、壁に凭れ掛かる。まあ嘘は言ってないからな。俺にとっては必要な話だったから。
「で、何でこの子はアイツラに追われてたの?」
「いや、知らん。俺もこれから聞こうと思ってた所だ」
「…………は?何で追われてるのかも知らないで庇ってたの?」
「庇ってないんだが!?巻き込まれただけなんだが!?」
何だその言い方!まるで俺がヤクザからコイツ助けたみたいな!甚だ心外である!
「……まあ、追われてる本人がいるしそっちに訊けばいいか」
「だな。んで?そこんとこどうなん?」
俺と鷲田が揃ってリリスの方を向く。すると、リリスの表情に陰が落ちた。微かに俯きながら、彼女は口を開く。
「多分……あの人達からのお願いを断ったからだと思います」
「『お願い』?」
「はい。この街をならず者達が支配しているせいで皆怯えて暮らしてるから、彼らを倒すのに協力してくれないか……と」
「……怯えて暮らしてるだぁ?」
リリスから語られた弁に思わず声が漏れた。確かにならず者───ヤクザやらマフィアやら───が街を牛耳ってはいるが、それに怯える程度の人間はそもそもこの街に来ないぞ?
そりゃ、外部から立ち寄る人からすれば普通の繁華街にしか見えないからナワバリ云々を知るはずもないだろうけど……この街で暮らす人間は、寧ろ現状に感謝してる奴の方が多いはずだ。
この街を統べるルールとは、日本の法律ではなくならず者の掟だ。極端な話、ナワバリ主の邪魔をせず尚且つ面子を傷付けなければ何をしてもいい。最悪、金等を貢げば解決する場所だ。法の外側に生きる人間にとって、かなり都合が良い場所のはずだ。
それを、ネガティブなイメージで……しかも当の支配者が語るということは……。
「自分達を正義ってことにして、邪魔な勢力を潰す魂胆か」
「でしょうね。鴨居組は、そうやって勢力を拡大してきたみたいだし」
「……そもそも、鴨居組って何だ?俺が前に来た時は無かったはずだが」
「知らなかったのも無理ないわ。ヤクザの下部組織……しかも木端の連中だったから。よほど踏み込んだ調査をしないと、名前すら出て来ない程にね」
「前来たの数ヶ月前のはずなんだが……何があった?」
一応、この街の勢力図は調査している。魔族に縄張りを追われたヤクザを始め、日本に入り込んだイタリアンマフィアやチャイニーズマフィア、ギャングなどが犇めきあっている場所……謂わば魔族にパイを奪われたアウトロー達の寄合所帯と言った所だ。
この情報は数ヶ月前、鷲田を連れて来たタイミングで更新している。つまり、その鴨居組とやらはこの数ヶ月で街の中心を一部牛耳れる程に組織を急速拡大させたということになる。
「詳しい事は知らないけど、親組織を吸収して伸し上がったって聞いてるわ。結構エグイことやってたとか」
「まあ、そんなもんだろうな。マトモな手段でここまで急拡大出来るわけがねえ」
とはいえ、裏の世界では下剋上など珍しくもない話だ。そして、それを成すための手段が人道から外れる事もまた然り。
結局の所、闇の中では力と策謀だけが全てだ。どれだけ身を守ろうとも安息はない。常に奪う側に立つこと、それだけが身の安全を担保する。ここが『対魔忍』の世界である限り、だ。
まあつまり、何をされようと自業自得でしかないわけだ───俺の結論を、鷲田は否定した。
「どうやら、そう単純な話ではないみたいよ。」
「ほう?」
「───噂では、魔法を使っていた……とかね」
「魔法ですか!?」
不意に飛び出たまさかの単語に、思わずリリスが驚きの声を上げる。鷲田はそれに頷くと、言葉を続けた。
「さっき言ったエグイ手段……まあ構成員を拷問して情報絞ったり、家族を拉致して人質にしたりって感じだったんだけど、どうも普通じゃ不可能な状況が多かったんだって。子供を拉致した時が一番分かりやすいわね。出口が一つしかない部屋に入れて何重にも警備を固めたのに、全てすり抜けた上に一切気付かれなかったって話よ」
「……この世界では、不可能ではないとはいえ」
「ええ。こんな木っ端が保持出来る力ではないわ」
この世界が『対魔忍』である以上、忍法や超能力などの異能ならば不可能ではない。だがそれを実行出来る人間にも限りがある。そして優秀であればある程、大きな組織や力ある人間に属するもの。
今回の場合、数百人からなる警備に悟られず目的の物を手に入れる能力とそれを行使する側の組織が持つ力───格と言えるものがどうも釣り合わない。こういう場合、個人的な友誼や恩で動くパターンもあるが……どうもそういった縁に恵まれる人間ではなさそうなんだよな、コイツラの頭ってのは。
「他の組織が調べたりは?」
「してるみたいだけど、全然駄目ね。深くまで探りを入れた連中は、漏れなく行方不明者のリスト行きよ」
「裏があるのは確定だな」
魔法にせよ忍法せよ、或いは魔族にせよ。そういった常道から外れた『誰か』が、鴨居組なるヤクザの栄光に大きく貢献しているのはほぼ確実だ。
そしてソイツは、どういう理由か知らんがリリスを手中に収めようとロックオンしている───
「思ってた以上に厄ネタだったな」
「今回ばかりは同情してあげるわ」
「あ、あのッ!!」
「うおっ」
突然発したリリスの大声に、思わず肩が跳ねる。え、なに?急に何なの?
「そ、そのヤクザさんのアジトって、何処か知ってますか!?」
「アジト……本拠ってこと?まあ知ってるけど……」
「教えてくれませんか!?私、そこに行かないといけないんですっ」
「え、まじ!?」
逃げるだけでも手一杯だったのに、今度は乗り込むつもりなの!?どう考えても無理だぜ!?俺手伝わないからな!?
「何でわざわざ……アイツラの狙いはアンタでしょ?鴨が葱背負って行くようなものでしょ」
「うぅ……でも、でもベリリクが……」
「「ベリリク?」」
思わず鷲田と顔を見合わせる。
「私のお世話をしてくれてる、白い犬みたいな使い魔です。あっ、使い魔って言っても、私じゃなくておばあちゃんのなんですけど……」
「で、その使い魔がどうしたって?」
話の続きを振ると、リリスは俯きながら続けた。
「ヤクザさんにお願いされた時、お断りしたんです。今は急ぎのお願いをされているから、って」
「それで?」
「そしたら、周りの人達が急に襲い掛かってきたんです!ゴーレムなんかもいて……何とか逃げ出せたんですけど、ベリリクが捕まっちゃって……」
「ソイツ、使い魔なんだろ?魔法なり何なりで逃げられなかったのか?」
「相当強力な封印術式だったんです。解除するには時間が足りなくて、それで私っベリリクを置き去りにして……!」
そう言って彼女は、膝の上で強く手を握り込んだ。相当力が入っているのか、微かに震えているのが見て取れた。
まあ、状況的に仕方ないとはいえ相棒を見捨てたのだ。感情が荒ぶるのも当然だろう。俺はリリスを一旦放置し、鷲田へ確認を取る。
「使い魔……しかもそれなり以上の実力持ちを拘束出来る能力者がいるそうだが、分かるか?」
「無理よ。どう考えてもこの街にいていいレベルの使い手じゃない。先代からの引き継ぎってことはある程度時間を重ねてるんでしょう?下手な魔族よりも強力な使い魔相手よ」
「だよなぁ」
リリスの細かい事情は知らないが、祖母から契約を継いだのならば、最低でも半世紀は研鑽を重ねた魔女が使役していた使い魔だ。しかも孫のお守りを任せるのならば、低く見積もっても中級魔族よりは格上、下手すると上級魔族に相当する高位な存在だろう。
それを封印し抑え込めるなど、並の実力ではない。それこそ
「そうなると……効果が高い代わりに縛りが厳しい、とか?特定条件でなければ起動しないとかありがちじゃないか?」
「或いは、そのベリリクって使い魔に特化した封印とか」
「まあそっちの方が確実ではあるが、コイツラの情報を持ってる前提だぞ。しかもかなり細かく深い、パーソナルな情報だ。おいリリス、心当たりは?」
多少の知識はあるが、俺や鷲田は魔法に関しては門外漢だ。
「……分かりません。ベリリクの事を良く知ってるのは、おばあちゃんくらいで……」
「なら、そのおばあちゃんが協力者で罠を仕掛けた可能性───」
「───ありえませんっ!!」
勢い良く立ち上がり、リリスは俺を睨めつける。その様子を見て俺は、自分の発言がどれだけ迂闊なものだったかを悟った。
「おばあちゃんは……正義の魔女なんです!悪い魔族をぶっ飛ばして、皆を守った凄い人なんですっ!それが、そんな悪い事する人達の手助けなんて、するはずがありませんっっっ」
瞳に涙を溜めながら、それでも彼女の視線は真っ直ぐに俺を貫いた。溢れる感情で一杯一杯になりながらも、必死に想いを叩き付けてくる。
ああ、これはミスったな。俺にとってはただの確認作業だったが、彼女にとっては地雷───いや、何より大切な芯をぶち抜いてしまったらしい。
「……悪い、可能性を潰しておきたかっただけなんだ。お前のばあさんを悪く言うつもりはなかった、すまん」
「い、いえっ!私もつい怒鳴っちゃって……ごめんなさいっ」
頭を下げた俺に釣られるように、リリスも勢い良く頭を下げる。別にお前が謝る必要もないだろうに……いや、素直に謝罪されればこういう反応をする奴か。
謝罪も終わり、互いに前を向いている。だが漂う空気は何処となく重いままだ。ぶっちゃけ気まずいな……。
続ける言葉が思い付かないまま数秒が経過したとき、柏手のような乾いた音が響く。見れば呆れた様子の鷲田が胸の前で手を合わせている。仕切り直しということだろうか、正直言って助かった。
「そうなると、アナタの御祖母様以外にアナタ達を詳しく知っている謎の存在、っていうのがいることになるわね」
「情報のアドバンテージで負けてるな」
俺達の意識が向いたのを確認して、鷲田は先程のやり取りを簡潔に纏めた。
現状、俺達が知っている情報は強力な魔術、もしくは異能持ちが鴨居組の中にいる可能性が高いという程度。逆にアチラがリリスを狙い撃ちにしている以上、情報を握られているのは確実だ。このまま奴等の本拠地に乗り込んでも返り討ちに遭うのがオチだろう。
そうなると、俺が取る選択肢は一つだけだ。
「……うん、行くなら一人で逝ってくれ。俺は帰るわ」
「え……ええぇぇぇ!?一緒に来てくれないんですかビショップさん!?」
「やだ」
何で俺が一緒に戦う前提なんだよ。普通に嫌だよ、ヤクザとの正面対決なんて。さっきは成り行きでそうなっただけなんだから、後は自分で何とかしてくれ。俺は関係ないからよ〜!
「……でも、そうも言ってられないわよ?」
「え?」
鷲田はそう言って、俺にスマホの画面を見せた。そこに映されているのは、かなり画質が粗い写真が数枚と報奨金という文字。写真に写っているのは、街の大通りと二人組の男女……というか、これさ。
「え、俺か?」
「裏のネットワークで回ってきたの。アナタ達に関する情報をかき集めてるわ。しかも金に糸目をつけずに」
「わっ、最低でも10万円って書いてありますね!活動歴や居住地が分かれば100万円ですって!」
「おいおいおいガチで探しに来てるなぁ!?」
「余程この子にご執心なんでしょうね。草の根掻き分けても見つける勢いじゃない?最低でもこの街には二度と近付けないでしょうね」
瞠目する俺を他所に鷲田は淡々と言ってのける。
冗談じゃねえ、この街を拠点として安定させるのにどんだけ苦労したと思ってるんだ……!こんな交通事故みたいなアクシデントで、せっかく作った補給地点を失ってたまるかってんだ!
「……ほら来た、アナタ達の指名手配よ」
「うえぇ!?し、指名手配ですか!?」
「へぇ、それぞれの首に1000万ですって。中々豪勢ね」
「感心してる場合か!?」
「だって私、関係ないもの」
彼女が見せる指名手配を見るに、俺は生死を問わないらしい。リリスが生きていなければビタ一文払われないのに比べると酷いもんだ。頭さえあればどうなってもいいとか書かれてやがる。
「……最悪の状況だが、やるしかないみたいだな。このまま俺の情報を集められるのを黙って見てるわけにもいかねえ」
「それもそうね。まあ奴等の目的であるリリスはこちら側にいる上に戦力としても期待できる。ここは彼女の目的に便乗して───」
「ああ。奴等が完全に体勢を整えるよりも早く───」
「鴨居組を叩きのめして、指名手配を解除させないとね」
「奴等を皆殺しにして、二度と危険がないようにしないとな」
「え?」
「え?」
前話ラストに登場しましたが、何時かの抜け忍もとい鷲田明梨ちゃん本格参戦です。みんな結構覚えてたみたいで嬉しい。明梨を街に連れてきた話も書きたいですね。
今更ですが、前回から使用している偽名は『虐殺機関』の主人公が使っていたものを拝借しています。ほぼフレーバーみたいなものですが
感想や評価、誤字脱字のご指摘何時もありがとうございます!執筆のモチベーションになるので、どんどん頂けると助かります!(強欲)