その対魔忍、平凡につき   作:セキシキ

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Q ほとんど詰みとなる一手を打たれた場合、どうすればよいか?

「さて、と。まずはぁ……」

 

元対魔忍のリーダーである彼女は、わざとらしく悩ましげな所作を見せると―――恐らく最初から決めていただろうが―――その視線を、花蓮達を飛び越え更に後ろ、宗次が狙撃を行っているビルの方へと目を向けた。

 

「―――彼処からかな」

「マッズ……ガイドマン!そこからはなれ……!」

「遅いよ。ミケ」

「了~解!」

 

一瞬で狙いを把握した紅羽が警告を発しようとするが、それよりも早くミケと呼ばれた元対魔忍が猛然と飛び立つ。花蓮を始めとした対魔忍達は誰もが反応出来ずにそれを見送り―――否、ただ一人舞だけが迎撃を行うも、放たれた紙気の軌道を縫うようにして回避されてしまった。その行く先は勿論。

 

「たっ――――」

『あれはこっちで迎撃する!しばらく援護出来ないから、自分のことは何とかしろ!』

 

通信機から宗次の怒号が響き、花蓮は自分が彼の名前を呼ぼうとしていることに気付いた。宗次が情報の隠蔽を重視していることを知っていながらそれをみすみす破ろうとしていた事実に歯噛みしていると、その忸怩たる思いを切り裂くように銃声が連続して響く。

 

花蓮が勢いよくビルの方へと顔を上げると、更に数発の銃声が鳴り―――ビルの屋上が紅蓮の爆発に包まれた。辺りに爆音が轟く。

 

「……なっ、ぁ―――」

「ミケの忍法は投擲物を爆弾に変える異能。巣穴に隠れる臆病者にはもったいなかったかしら?」

 

絶句し声も出ない花蓮達を尻目に、リーダーの女は嘲りの色を深めた。ミケとか言う元対魔忍の能力に信を置いているのだろう、負けることを全く想定していないような口振りだ。花蓮は宗次の元へと駆けつけようとして、何とかそれを捩じ伏せた。彼は、自分で何とかすると言ったのだ。ならばこそ、今自分に出来ることを全力でするべきだ―――!

 

「花蓮ちゃん、行ける?」

 

未練と共に視線を断ち切り、残った二人組に向き直る花連に紅羽はゆっくりと近づきながら声を掛ける。彼女も堕ちた対魔忍二人への警戒を緩めず、身体を真っ直ぐそちらへ向けながらだが。

 

「……はい、大丈夫です。紅羽さんは、あの三人と知り合いなんですか?」

「情けないことにね。五車学園時代の同級生だよ。一年近く前に任務中で失踪して、KIA扱いになってたけど……まさか敵に捕まって、しかも魔族の狗に成り下がってるとはね」

「どんな忍法を使うか、わかります?」

「うん。アキちゃん……いや、リーダー格のは生体探知―――つまり生物の体温を探知する忍法だけど、訓練重ねて接近戦の技巧は上忍の中でもトップクラスだったから、絶対に打ち合わないで。もう一人は風力操作、クナイとかを大量に飛ばしてくる。こっちも上忍クラスの戦闘力持ってるから、基本は私たちで何とかするよ」

「……了解です」

 

悔しいが、上忍クラスの敵となれば花連では格が違い過ぎる。餅は餅屋、紅羽の言う通り彼女らの相手は二人に任せ、自分たちはオークの対処に専念すべき、なのだろうが……。

 

(舞さんの能力は万能な戦闘型だから大丈夫だろうけど、紅羽さんの分野は潜入……近接戦闘が得意な相手では……!)

 

実際、花蓮の想像を裏付けるように紅羽の表情は台詞と裏腹に険しいものだ。十中八九、紅羽も彼我の実力差を理解していて、その上で言ったのだ。『自分たちが守る』と。

 

「あらあら、敵を前にして悠長にお話しぃ?私も混ぜてくれないかしら?」

 

と、リーダーの女はそう言って二人を嗤った。その表情は余裕そのものであり、自身の敗北なぞ考えていないようだ。それはそうだ、対魔忍側は二十名足らずで狙撃兵も潰され、更には確保した捕虜と一般人の運搬と護衛に人員を割かなければならない。それに対して魔族側は上忍クラスの元対魔忍が三人に加え、銃器で武装したオーク百体が二方から包囲している。この状況では、対魔忍の勝ち筋などないに等しい。だからこそ彼女の表情から嘲りの笑みが消えることはなく、勝利の確信から、かつての同志を甚振るという戦法を選んでしまったのだ。

 

「私が出るまでもないわ。タマ、貴方が出なさい。あの端正な顔を、クナイで針山に変えてしまいなさい!」

「了解」

 

女の高らかな号令と共に、タマと呼ばれた元対魔忍が一歩前へ出る。その両手の指には幾本ものクナイが握られており、強襲時に襲ったクナイの雨が、彼女の仕業であったことを嫌でも実感させる。タマは内心を伺わせない無表情をマフラーで更に隠し、同じく感情を感じさせない凍てついた眼差し(宗次が見たならばジト目、と評するだろうそれ)を花蓮と紅羽に向けつつ、ジリジリと距離を測っていた。その動きに合わせてか、オークたちも少しずつ距離を詰めるべく動き始めた。

 

「フフフッ!ああ、楽しみだわ……皆からチヤホヤされて、上忍にもなったあなたが下等なオークに犯されて泣き叫ぶ様を見るのは!胸糞悪い笑みを浮かべてたその顔が、絶望と苦痛と快楽に歪んでいくのを、この眼で見ることが出来るなんてね!」

 

醜い嫉妬心を隠そうともせず、リーダーの女は高らかに笑う。それはきっと、彼女が抱え続けた紅羽への思い。誰とでも仲良く出来、上忍になれるほど優秀な能力を持つ忌むべき女。しかも、その女はこちらの心を知らず笑いながら友達面をして話し掛けてくるのだ。どれだけ憎んだことだろう、どれだけ羨んだことだろう。―――でも、それも今日で終わりだ。

 

両腕を精一杯曇天へと掲げ、深く刺さった楔から解放を宣言するかのように万感の念を込めて高らかに号令を下した。

 

「さぁ、オーク共!哀れな対魔忍共をすりつぶしなさい!ご主人様からお許しは出てるわ、捕まえた女はお前たちの好きにして構わないわ!欲望のままに犯し尽くして、尊厳を踏みにじって、自分たちがどれだけ愚かで惨めな存在かを思い知らせてやりなさいっ!ざまぁないわね蘇我紅羽!あんたの無能さが、仲間たちを地獄に叩き落とすのよ!あ、はは……アハハハハハハ!ヒィハハハハハハハハハハハハハハハハハクペ!」

 

静寂が支配する街中に響き渡らせるような笑い声、その最後に横入りした間抜けな声と共にリーダーの女は左右に分かれ、花蓮たちの視界から一瞬にして消えた。

 

「は?」

 

誰かが、緊迫した場に似合わぬ疑問符を上げる。花蓮はそれを無視して構えをとり……その視界は、勢いよく噴き上がった鮮やかな真紅によって覆われた。

 

「――――は?」

 

今度は花蓮が間抜けな声を上げる番だった。いや、花蓮だけではなく、紅羽や舞、タマと呼ばれた元対魔忍すら、目の前の現実が理解出来ないと、異口同音に声を発した。その視線の先には、真っ二つに裂けた身体が重力に引かれて崩れ落ち、赤色の噴水を天高く撒き散らしているリーダーの女だったナニカがあった。

 

憎き女への嘲りと怨恨を込めて大笑したその女は、正中線を綺麗に両断され、無様な肉塊となって朽ち果てたのだった。

 

 

「口上を述べるのは勝手だが、戦場で注意を怠るのは武人としてはあるまじき失敗だったな。背中が無防備すぎて思わず切ってしまった」

 

 

あまりにも脈絡なく訪れた無惨な死によって場を覆った静寂を破ったのは、新たな舞台役者にしてその死を齎した者だった。リーダーの女が数瞬まで立っていた真後ろに、それはその存在を露わにしていた。

 

その白髪の女は、まるでビキニのような胸当てと丈が殆どないスカートで褐色の裸を大胆に晒しながらも、肩と腕は黒い鎧と白い具足下で覆い、その先の手に握られている刃長三尺ほどの太刀が血を滴らせながらも白銀の輝きを放つ。

 

突如現れた白髪褐色の女。その位置と手に持っている刀を見れば、彼女こそそこに転がっている死体を作った下手人だと誰もが理解出来るだろう。そしてその女は、自らに全ての視線が集まっていることを理解しながら、その上で悠然と、その名を告げた。

 

「我が名は、キシリア・オズワルド。主命により、貴様らの命貰い受ける」

「キシリア……オズワルド……!?」

 

慄く様に、花蓮は驚愕の声を絞り出すかの如く漏らす。対魔忍として見習いである花蓮でさえも知るその名。金と闘争を対価として鉄火場を請け負う鬼族の傭兵。一流の剣豪であり、その刃は疾く駆ける疾風の如くあらゆるものを切り裂くという。裏社会に身を置き生きるならば、必然耳にする女の名だ。

 

先程の上忍崩れなどとは違う、名有り(Named)というわかりやすい格上。任務中初めてそれを目の前にし、生まれて初めてそれと敵対したことで、花連を始めとした学生たちは怯み竦んでしまう。それは上忍もフォローし切れない致命的な心の隙だ。

 

―――そして、だからこそ誰もが勘違いをした。()の狙いを。

 

それに一番初めに気付いたのは、白銀のように煌く殺意と闘意を一心に浴びたタマと呼ばれた元対魔忍だった。それこそ猫のような俊敏さでその場から飛び退くと、刀に付着した血を振り払っていたキシリアに向けありったけのクナイを投擲した。忍法の風力操作によって更に増速したそれは最早、ライフル弾もかくやというべき速度へと達していた。だがそれでも、疾風には届かず全て躱され弾かれる。鉄の豪雨は、まるで春先の暖かなそよ風のようにいなされてしまった。

 

しかしそれを放った者にとってもこの結果は想定済みであり、放った瞬間にはすでに彼女は宙高く飛び上っていた。そこから更に一斉射。必殺の威力を秘めたクナイを全て牽制に使い、迫りくる死の剣閃から逃れようと決死の後退を開始する。

 

「クハッ!逃がさんぞ!」

 

当然、キシリアは追撃するためクナイを全て振り払いながら跳躍。苛烈と言っていい程の金属音を撒き散らせながら夜の工場へとその姿を消した。

 

急転直下の出来事に誰しもが唖然とし動きを止める中で、紅羽は瞬時に思考を回復させ、その状況から取るべき最善の行動を導き出した。

 

「舞!反対側の50、一人で抑えられる!?」

「―――ッ。勿論です、全員が逃げ切るまで、完璧に封じ込めて見せます!」

「じゃあお願い!敵の殲滅より、足止めを優先して!皆、西側の敵を突破して撤退するよ!B班は回収対象の保護を最優先!いいね!?」

『……はいっ!!』

 

彼女の指示によって、対魔忍という戦闘集団は息を吹き返す。脳筋でありおつむがあれな連中だとさんざ馬鹿にされている彼らだが、不測の事態に陥ろうとその固い信念と掲げた正義の御旗によって即座に戦闘単位としての機能を回復できる強みがある。正義にしろ愛国心にしろ、心の拠り所を外部に持つ者は寄りかかる相手がある分倒れにくい、ということだろう。

 

閑話休題(まあ、それはそれとして)

 

同じく戦士として回帰した花蓮は再び愛刀を正眼に構え、オークの大群を見据える。逸る心を抑えながら、あくまで冷徹に機を待つ。今の花蓮は、謂わば一発の銃弾だ。引き金が引かれ撃鉄が落ちる瞬間を待ち―――

 

「吶喊ッ!!」

『了解ッッ!!!』

 

後ろに引いていた足を蹴り上げ、前方へ跳躍することで彼我の距離を一瞬で詰める。そしてその勢いを刀に伝導させるが如く袈裟懸け、が、突撃銃に半ば食い込ませるようにして防がれてしまう。

 

(やはりオークとは言え精鋭、下手に加減すればこっちがやられる……!)

 

相手の動揺が一切ない動きに否応なく敵の錬度を悟り、花蓮は使用を控えていた忍法を躊躇なく発動させる。

 

花蓮の足元から伸びた氷結の凶手は、地面を這いオークへと迫ると、瞬く間に両足をまるまる食い尽くした。

 

「あ?―――な、なんじゃぁこりゃぁ!?!」

 

唐突に冷気以外の感覚を失った自身の脚部に驚愕の声を上げる敵を無視し、花蓮はその足を蹴り飛ばす。片足を失ったオークは当然、自らの重量を支えきれずもう一方の足をへし折りながら地面へと吸い寄せられていく。そこを見逃さず、懐から抜いたクナイで、首元を一閃。

 

「一つッ!」

 

突撃銃から刀を乱雑に引き抜き、周囲を見回して次の標的を選定。近くのオークをそれに定め、再度突撃する。彼我の戦力差は1対5。早く動かなければ、その分他の仲間が危険に晒される。故に迅速に行動しなければならず、余力を残すことが許されない。

 

 

死闘はまだ、始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

作戦開始からおよそ40分、決死の戦闘が始まってたから数分程経過した。未だ戦闘は続き、悲しいかな状況は悪化の一途を辿っていた。

 

戦闘中のオーク群の数は半分以下にまで減少していた。しかし対魔忍側の疲労も激しく、今の今まで戦死者が出ていないのが奇跡と言わざるを得ない状態だ。

 

そもそも、敵が精鋭50に対して此方は戦闘出来る人員は10名程しかおらず、その殆どが戦闘経験の浅い学生対魔忍。しかも先とは違い、後方からの的確な援護射撃もない。確保した対象および民間人の運搬と護衛のためB班が動けない今、戦闘に参加出来る彼らも連戦により疲弊。最大戦力の舞は後ろを一人で請け負っているため動けない。そして仮にそれらを撃破出来たとしても、後ろにはほぼ無傷のオーク50体が控えている。はっきり言ってしまえば、この戦場は最初から詰んでいたのだ。

 

馬鹿でも分かる最悪な状況。それを理解しながら、誰もが諦めず得物を振るい続ける。誰一人欠けることなく帰還すること、それが彼らの使命であり、共通の望みだったからだ。

 

誰もが絶望しながら、それでも諦めきれず抗う中、今まで用途を失い沈黙を保っていた無線機が勢いよく息を吹き返した。

 

『C(チャーリー)!右だ!』

 

そのあまりに待ち望んだ声に思わず歓喜の声が漏れそうになるが、以前使用した符丁をわざわざ使用して自分を呼んだ彼の言葉を信じ、右方へと剣を振るう。

 

ガギィン!!

 

刀の先から甲高い金属音と共に、尋常ではない衝撃が腕へと伝わる。そのあまりの重さと鋭さに腕の筋肉が痺れるのを感じながら、距離を取ろうと左側に跳躍、何とか刀を構え直す。

 

「ほう、今の奇襲を防ぐか。これは中々楽しめそうだ!」

 

花蓮を襲った褐色の剣士---キシリアは、愉快そうに口角を吊り上げながら、一足で開いた花蓮との距離を詰める。

 

「ハッ!!」

「ぐ、ぅうッ!」

 

キシリアが振り下ろした刀を何とか受け止める花蓮だったが、余りにも鋭い剣閃に苦悶の声を漏らした。ギリギリで何とか防いだものの、ただの一打ちで力量の差を理解せざるを得なかった。

 

(早すぎる……剣筋は何とか見えるけど、反応が間に合わない……!?)

 

一撃で満足せず、追い縋ってくるキシリアの連撃に辛うじて刃を合わせてはいるものの、その剣戟は流麗にして苛烈。尖鋭な刃が、まるでそうあるのが当たり前であるかのような自然さで花蓮の身体を切り裂こうと迫る。

 

刀を垂直に立てることで唐竹を流し、返す刀で迫る逆袈裟は此方も逆袈裟を合わせる事により刃を跳ね上げる。今度は花蓮が袈裟切りで頸を狙うも、キシリアは閃光の如き速さで刀を戻し受け止める。それどころか、キシリアはぶつかり合っている刀を自慢の膂力で正面へと押し出してくる。当然花蓮もそれを押し返さざるをえなくなり、鋭い打ち合いは一転鼻を突き合わせながらの鍔迫り合いへと移行した。

 

「く、ぅう……!」

「スンスン……ほう、成程。そういうことか」

「―――っ!?どういう、ことです!」

「なに、私とお前は、似ているということを確認したまでだ」

「誰が……っ!」

 

鼻を僅かに鳴らし何か納得したように呟くキシリア。彼女の言に従えば花連とキシリアは似た者同士であるとのことだが、花蓮はそれを盲言として処理する。戦闘狂の魔族と護国の使命を胸に戦う対魔忍とでは根本から違うし、それよりも現状の危機を脱することこそが彼女にとって重要なのだから。

 

その細腕からは想像出来ない怪力に必死で抗いながら、隙を探り機を測る。ギリギリのところで拮抗を保ちつつ足元へ視線を僅かに向ける。勿論その程度の動き、剣士であるキシリアに見抜けないわけがない。ほぼ反射的にその視線を追い―――

 

「はあああぁ!!」

「ぬぅ……!?」

 

意識に生まれた刹那の間隙を狙い、鍔迫り合いしている腕を跳ね上げることでキシリアの刀を自身の長刀諸共上に弾き飛ばす。得物を手放すのは不本意ではあるが、彼女を相手に致命的な隙を作るにはそれくらいしなければならないだろう。

 

互いに無手となり両手を空へと向けた一瞬、望外のチャンスを逃すことなく、能力を全力で使用させ可能な限り全速力で足元から氷を伸ばす。強制的に武装解除させそこに生まれた隙を突いて凍てつかせる、これが花連が絞り出した逆転の一計だった。最低でも、足さえ凍らせることが出来ればどうにかなると踏んだのだ。

 

―――だが、彼女が相手をしていた傭兵は、彼女の思っていた以上に修羅場を越えてきた戦士だったのだ。

 

「ほう、悪くない手だ。しかし……!」

 

即座に自身に迫る脅威を気配のみで探知したキシリアは、それが脚へと絡みつくまでの一瞬を後退の為に使った。あまりにも短いその時間では僅か2歩ほどしか下がることが出来なかったが、彼女にとってはそれで十分。

 

更に稼いだ2歩分の時間で、キシリアは刀を佩いていた鞘を腰布から逆手で引き抜き、凄まじい速度で足元へ突き立てる。ただそれだけの動作で、花蓮が伸ばしていた氷ごとコンクリートを吹き飛ばした。

 

「く…っ!?そんな―――」

「咄嗟にしてはいい判断だ。剣の筋も中々悪くない。だが―――!」

「ご、はぁ!?」

 

能力で張った氷ごと足場を崩され、花蓮は辛うじて踏ん張りその場で留まることが出来た。が、キシリアは鞘を得物としたまま神速の刺突、怯んで動けない花蓮は避けることが出来ず強烈な衝撃と共に弾き飛ばされてしまう。

 

「まだまだ未熟。しかも僅かだが雑念が混ざっているな。そんな(もの)では、私には届かない!」

「がほっげほ……く、ぅ……!」

 

打撃された腹部を抑えながら何とか身体を引き起こすが、その瞳に映るのは自身の刀を手中に戻し上段でそれを構える敵の姿だった。

 

明確な死の未来予想に背筋を悪寒と怖気が奔る。何とか逃れようと身体を動かすも、処刑台に備えられたギロチンのように、白銀の刃は花連の頸部へと振り下ろされた。その刃は音速にすら迫り、例え訪れる未来を理解してたとしても花連にはそれを避けることは出来ない。出来ることは。精々瞼で蓋をし走馬灯を駆け巡らせる程度しかない。反射的に目を瞑り、今までの人生がサイレントムービーのように脳内を走る。セピア色のフィルムが誰かの横顔を映す、その寸で。

 

 

―――ギイィィィィン……

「く、ぬぅう……!?」

 

耳をつんざくような金属の衝突音とキシリアの苦悶の声によって花連の意識は現実へと引き戻された。眼を開くと、刀を持つ腕をこめかみの横まで引き刀身を顔の正面に位置するように構えている---謂わば霞の構えをしている―――キシリアの姿があった。その顔は苦虫を噛んだような表情であり、また右の二の腕が血で滲んでいることに気付いた。

 

「……チッ!」

 

舌打ちの後、今度は刀身を水平に構え直す。直後どこからか小さな物体が飛来し、刃とぶつかり合った。今度は先ほどより耳障りな、金属同士が擦れるようなギャリギャリという異音が響き、飛来した物体―――フルメタルジャケットの弾丸は肉体を貫くこと叶わず地面へと突き刺さった。

 

この状況下で、針のように精密な狙撃を可能とし尚且つ花連を助けるために行動する人物など、ただ一人しかいない。

 

「――――――っ!!」

「二発とも頭を精確に……そうか、本気というわけか」

 

キシリアは何かを納得したように花連を一瞥すると、一足飛びで後退。再び地面に鉛が突き刺さる。さらに幾つもの紙気やクナイが彼女へと迫るものの、いち早く察知しその全てを切り払う。

 

キシリアはそのまま踵を返すと、撃ち込まれる弾丸を切り裂きつつ全速力で後退、後方のオークの群れへと突っ込み、無傷で温存されていた彼らを切り裂き始めた。

 

「氷室ちゃん!大丈夫!?」

 

呼吸を整えることで痛みを和らげながら何とか立ち上がると、紅羽が慌てた様子で駆け寄って来た。彼女は慣れた手つきで花連の身体をまさぐり、大した傷を負っていない事を理解してようやく肩の力を抜いた。

 

「とりあえずどこか斬られたわけではないみたい。すぐに助けてられなくてごめんね」

「いえ、一瞬の事でしたから仕方ありませんよ。それに、彼が助けてくれましたから」

「そっか、彼、無事だったんだ……そうならそうと、ちゃんと報告してほしいね、ガイドマン?」

『無茶言わないで下さい。こっちだって、色々あって手一杯だったんですから』

 

会話の最後に通信機を点けた紅羽の冗談めかした言葉に、今まで通信を切断していた宗次が不服そうに答える。たったそれだけで、花蓮は安堵の息をつくことが出来た。

 

「無事、だったんですね」

『は?あの程度で一々くたばるわけないだろ。いくら何でも舐めすぎだっつーの』

「でも、あの対魔忍はどうやって?かなりの実力者みたいでしたけど」

『ん?屋上に仕掛けておいたクレイモア点火して吹き飛ばした。取り逃がしがないよう、全方位からの一斉起爆だ』

「あっ」

「あっ」

 

クレイモア地雷。湾曲した箱型の指向性対人地雷で、最大の特徴は箱の中にC-4爆薬と共に700個もの鉄球が封入されていることだ。この地雷が起爆したら最後、正面60度の範囲に700個の鉄球が強烈な速度と共にばら撒かれることとなり、最短でも50m圏内が地獄絵図と化す非常に危険な代物だ。そんなものを精々10m四方というごく狭い範囲で、しかも全方位から浴びせられたのだ。まさに蜂の巣状態だっただろう、ミンチよりひでえや。

 

ちなみに、クレイモア地雷はC-4爆薬と同じくらい高頻度で二次創作に登場する爆発物である(メタ発言)

 

容易に想像できる惨状に二人が頭痛を堪えていると、オークを一人で抑えこんでいた舞が警戒は緩めず近づいて来た。顔はオークとその中で大立ち回りを演じるキシリアを捉えたまま、花蓮へと声を掛ける。

 

「花蓮さん、無事ですか?」

「七瀬さん、先程はすみませんでした」

「いえ、負傷がないなら何よりです……もう一人、今更出てきた人もいますしね」

『ド頭ぶち抜きますよ?』

 

舞と宗次の殺伐としたやり取りに、思わず苦笑が漏れる。対魔忍としての矜持や正義を重視する舞と、何より自身の安全を優先する宗次はどうしても反りが合わないらしくこうして嫌味を言い合っているのだ。紅羽も同様に苦笑しつつ、表情を戻し舞へ問いを投げる。

 

「それで、どう?」

「厳しいですね。オークはともかく、あの傭兵を相手にするには紙気の残りが心許無いです。あれの矛先が他へ向いているうちに離脱するべきかと」

「そっか。彼女がこっち来たってことは、あの子はやられたと見て間違いないかな。まああれは自己責任だから知らないけど。対象を抱えたままだと速度そんなに出ないから敵に再捕捉される可能性が高いし……」

 

顎に手を当てぶつぶつと独り言をつぶやきながら紅羽は状況を打開する術を思考する。普段の任務は単独で潜入するものが多くいざというときも彼女一人が逃げ切れさえすればそれでよかった。だが今回は違う。確保した仲間と民間人、そして彼女の後輩である仲間全員を連れ帰らなければならなかった。だからこそ、彼女は迷うことなくその札を切る。

 

「……ガイドマン、聞こえてる?」

『通信良好、聞こえます』

「私がこういう事聞くのどうかとは思うけど、君打開策あるでしょ?わざわざそっちから連絡取ったってことは、反撃の位置取りが出来たってことだよね?」

『えぇ……まあそうなんですけど……。もうちょっとこう、自分の手で解決しようってプライドとかないんですか?』

「ないよ。皆を確実に逃がし目的を達成する手段があるのなら、それするのがいいに決まってるじゃない」

『へぇ……』

 

どこか嬉しそうな宗次の感嘆から数瞬、沈黙が下りる。暗闇の中にさす一筋の光明を前に、花蓮は息を飲みながら次の言葉を待つ。そして。

 

『わかりました、やりましょう。ただし……』

「ただし?」

『……この状況下で確実性を上げるために、チャーリー、お前の力が必要だ。まだ余力はあるか?』

 

一瞬、頭が真っ白になる。予想外すぎる彼の要求に忘我に包まれ、少し遅れてようやく、どこかで望んでいた言葉が投げかけられたのだと気付いた。

 

―――お前にしか出来ない、お前の力が必要だ。

そんなことを言われたら、応えなんて一つしかないじゃないか。

 

「―――はいっ!」

 

身体を駆け巡る猛りを表すかのように、花蓮は力強く首肯した。まあ、紅羽と舞に生暖かい目で見られているのに気付いて赤面し俯いてしまうまでが御約束というものだが。

 

『よし、作戦を説明する……って言っても難しいことはしないんだが。チャーリー、お前の忍法使えば氷の壁創れるよな?』

「え?ええ、一瞬でとは行きませんが、以前訓練したので出来ます。能力範囲は半径10mまでなので、それ以上は難しいですけど」

『十分十分。それじゃあ、合図したら目印に沿って一対の壁作って欲しいんだ。そうだな……壁と壁の間隔は2mくらいで』

「それはいいんですが……何を目印にすれば?」

『見ればわかる。まあ任せろい』

「ええ……?」

 

思わず胡乱げな声が漏れる。確かに作戦はシンプルで分かりやすく、間違えようがない。ないのだが、最後の返答があまりにも曖昧で困る。実行役としてはもっと正確に情報を伝達して欲しいのだが、恐らく彼の中では既に流れが出来上がっているのだろう。そして、その情報の有無は作戦の正否には影響しないのだ。

 

判断に窮し紅羽へと視線を向けるが、彼女は苦笑するばかりだった。彼女も既に花蓮と同じ答えに辿りついているのだろう。そして恐らく、彼女の心は決まっているのだ。

 

呆れを表すようにフゥ……と息をつく。それが彼に届いたかは分からないが、腹を括らねばならないようだ。

 

「わかりました、やります。タイミングは任せましたよ?」

『おう、一切合切何とかしてやる。っと、その前に戦闘中の奴らを後退させてくれますか?あと対象を確保してる奴らに移動準備を』

「わかったよ。……A班後退!B班は移動の準備!舞、周辺警戒と護衛お願い」

『『了解!』』

「了解です。花蓮さん、あなたなら出来ますよ。頑張って」

「―――はいっ!」

 

紅羽の指示によって、状況は動き出す。オークと交戦していた者たちは即座に戦闘を中断し離脱、紅羽たちの後ろに集結した。B班も確保した対象を担ぎ、何時でも動ける体勢を整える。後は宗次の合図次第だ。

 

対するオーク達も、対魔忍が後退した隙に残った人員を即座に再編成し部隊を立て直した。キシリアと戦闘中の部隊は動けなくとも、彼らはまだまだ意気軒昂であり、疲弊している対魔忍相手に怯みはしないのだ。

 

対魔忍とオークの睨み合い。対魔忍は全員がひとまとめになっているのに対し、オークは部隊を道路上に散開させ誰一人逃がさない構えだ。互いに動かず、両者の間に緊迫した空気が流れる中、五感が強化された紅羽だけがそれを捉えた。遠くから微かにまるで空気が抜けるような、ポンッという音が6つ耳朶を打つ。そして、ひゅぅぅ……という何かが落ちるような音が数秒、徐々に大きくなっていき―――

 

激しい爆音と爆炎と共にオーク達が吹き飛んだ。

 

「んなっ!?」

「ほほぉ、なるほど確かにいい案だ」

 

誰かが驚愕の声を上げるなか、紅羽は彼の一手に感心の意を示す。敵の意識がこちらに集中しているタイミングで完全に認識外からの迫撃、気勢を削ぎ指揮を乱すには最大効率の奇襲だろう。

 

続けて五発。追加攻撃によってオークはその場に伏せるか端の方へと退避し、それ以外は肉片へと変わっていた。散開していたため損害こそ小さかったものの、オークの統率はないものも同然であり、集団として戦闘力をほぼ喪失していた。更に。

 

「……成る程。見れば解る、とは正にその通りでしたか」

 

感情が表に出ない舞が珍しく、驚目を見張らせてそうぼそりと呟いた。目の前の光景に、思わず感心するしかないと言った様子だ。紅羽や花蓮も、声に出さないだけで内心は同じであった。

 

爆発によって焦げ付いた地面の焼け跡が6つ、彼女達の前に直列で並んでいたのだ。まるで、彼らの奮闘を讃えるために敷かれたレッドカーペットのように、真っ直ぐと。それは、誰が見ても一目で分かる『目印』だった。

 

『チャーリー、「目印」は見えるか?』

「はい、問題なく」

『よぉし……やれ』

「―――――はいっ!」

 

宗次の合図に力強く声を返し、花蓮は地面へ掌を叩きつけ忍法を発動させる。彼女を起点に発動したその力は、バキッバキッという産声を上げながら猛然と空気を凍てつかせていく。空気中の分子運動を事如く停止させ侵食した氷は天へと伸び、五秒と掛からぬ間に一対の氷の壁を作り出した。これで敵からの横やりを受けず、戦線から抜けることが出来るだろう。

 

「かっ……はぁ……!」

 

壁を作り終えた花蓮は、絞り出すように息を吐き出した。長さ10m、高さ3mほどの壁を二つも、しかもこの短時間で作り出した負担は凄まじく、花蓮の体力を根刮ぎ奪っていったのだ。

 

自身を支える力すら絞り尽くしてしまった花蓮は、一瞬視界が明滅すると同時、身体がふらりと揺れ地面へと吸い寄せられていく……

 

「おおっと、大丈夫?」

 

その途中で、横から紅羽に抱きとめられる。花蓮は感謝を伝えようとするが、頭に靄がかかったような感覚に襲われ言葉を紡ぐことが出来なかった。彼女の様子がおかしいことを察した紅羽は花連に肩を貸して立たせると、部隊長として仲間に命令を下す。

 

「よし、皆!撤退するよ!全員このまま壁の間を直進して包囲網を抜ける!舞、殿任せた!」

「任せてください。先陣は頼みましたよ」

「勿論!――――――全隊、前進!」

 

紅羽の号令により、対魔忍たちは最後の力を振り絞る。氷の壁によって出来た道を踏破するため足を動かし前へと進む。

 

「まてぇい!手前ら、逃がすと思ってんのか!」

 

と、彼らの前に一体のオークが機関銃を構え立ちふさがる。恐らく後方に配置され且つ爆撃から逃れた運のいい個体だったのだろう……それ自体が不運だったのかもしれないが。

 

『こちらで始末します』

 

耳に付けたイヤフォンから宗次の淡々とした声が聞こえる。そしてその一瞬後、立ちふさがったオークの頭蓋がまるで柘榴が如く木っ端微塵に弾け飛んだ。首から上は全て粉々の状態で辺り一面にベチャリと撒き散らされ、半ば千切れ飛んだ首から頸椎が覗く。どう考えてもライフル弾の威力を逸脱した結果だった。

 

死んだことを自覚していないかのように立ち尽くすオークの死体の脇を抜け、オーク達が乗ってきた兵員輸送車に辿り着いた時に数秒遅れてやってきた恐らく銃声であろう爆発音が、身体の芯までズンと響いた。

 

「全員乗車、急いで!」

 

未だ思うように動けない花蓮を助手席に放り込むと、紅羽はエンジンキーに手をかける。一瞬間を置いて車が震えエンジンが猛り始める。

 

紅羽の指示に合わせ、対魔忍たちは次々と内部へと乗り込んでいく。全員が乗り込んだ事を確認し、舞は輸送車の上へ飛び乗り爪先で天井をゴン、と叩いた。

 

「それじゃあ、出すよ!後舞、上に付いてる機関銃、そこらへんに捨てといて!」

『いいんですか?』

「こんなん付けて街中走ってたら怪しさMAXでしょ!やっちゃって!」

『了解です。ハァッ!』

 

真上から金属が切断される音が聞こえた。外すだけでいいのに……と呆れていると、隣で力なくうなだれている花蓮が小さく呻いた。

 

「まって……ください……。まだ、かれ、が……」

「彼なら大丈夫だよ。元々、ここで別れる手筈だったんだ。予備の拠点に用意してたホテルで一泊するんだって。ここでキャンセルしたら足付くかもしれないからーってね。いやー凄まじい用心深さだねぇ」

 

紅羽の言葉を何とか咀嚼し、ひとまず息を吐く。しかし、花蓮はどうしても心の靄を払うことが出来なかった。理屈ではないナニか……女の勘とでも言うべきそれが、彼女の意識の底から警鐘を鳴らしているのだ。

 

彼女達を乗せた車は、真っ直ぐ帰還の途に着く。車の上で舞が周辺を警戒しているが、敵の追撃に出くわす事無く無事に五車学園に辿り着くだろう。彼女達の任務は、無事終わりを告げたのだった。しかし。

 

(そうじさん……)

 

花蓮は車に揺られながら、残してきた宗次の安否を想う。どうしても心に巣くう不安は、消えることはなかった―――――

 

 

 

 




A:相手の意識外から横殴りして盤上をひっくり返す

投稿が遅れてしまいまことに申し訳ない。ようやくこの話終わる……。
とは言ったものの、実はまだまだ書きたかったことが残っていたり。

決戦アリーナ、ついに舞さん復刻しましたね!ポイントでの報酬だから確実に手に入るのはうまあじ。そしてエロい。ぶっちゃけ通常絵が一番好きです。今話は舞さんのエロさをパワーに頑張って書き上げました。

あとフェリシアちゃんも復刻されたけど、こっちはドロップかランキング報酬だから流石に手に入らないな。もし手に入ったら18禁版のエロシーン書くわ。

次回に行く前に、今回の裏話とかの書きたかったことを幕間という形で投稿します。そっちは結構短めの話になると思うけど、早めに上げるから許して

-追記-
フェリシアちゃんが手に入らなかったので、18禁版はなしです。やったね

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