僕らヒーローアカデミア   作:グレート・ジェイ

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セロファン その二

 4

 

 瀬呂は学校を休んだ。まず初めに自分が出来ることを知りたかったのだ。少し試してみてわかった。こりゃあ確かに個性を持つ人間は危険視されるはずだ。握ったリンゴは一秒の間もなく粉砕され、軽いジャンプで天井に頭をぶつけた。試す順序が逆だったら、危うくここを追い出されるほどの大穴を作ってしまっていただろう。それはまずいので場所を移す必要があった。心当たりはある、少し遠いが。

 財布と携帯、タオルなんかをバッグに詰めて、家を後にした。途中で菓子パンを買ったりして、なんだか遠足みたいだと思った。実際、そんな気分だった。

 乗車カードにいくらか金をチャージして、電車に飛び乗った。自分と同じくらいの年齢の人間は二時間前にこうしてなければ、遅刻と判定されるだろう。まばらにいる人の視界を出来るだけ避けるように端の席に座ると、携帯を取り出して個性について調べ始めた。

 曰く、超能力。曰く、危険な物。曰く、人類の進化の形。過激なサイトには個性持ちは全員犯罪者予備軍だから政府が管理しろなんてものもあった。瀬呂はそれを鼻で笑って(自分でも強がりだって思ってしまった)携帯をしまった。目的地は遠い。少し眠ることにした。

 三時間ほど経って、瀬呂は山の中にいた。交通費は痛い出費だったが、ここならば誰にもバレずに自分の個性を思う存分試すことが出来る。

 瀬呂は思いっきりジャンプしてみた。景色が勢い良く変わって、開けた。

「え?」

 高くそびえたつ木々より高くジャンプしてしまったのだ。これはさすがに予想外だ。もう一つ予想外なのは、着地の事だ。

「うぉおおおおあああ!!? うぎゅ!」

 思いっきり顔を打ち付けた。鼻血が垂れてくる。そんなことまではっきりわからなくてもいいのに。

「オーケー」倒れ伏したまま強がりを言う。「五分後に再開と行こう」

 宣言通り五分後には立ち上がっていた。自分の個性はあのくっつく物質を出すことだ。一日中壁に貼りついていられる粘着性の物質、それを使いこなすことは大きな課題だ。

「ほぁ!」

 とりあえず、そんな声を上げて腕を突き出してみる。……何も起こらない。

「とぉ!」「あちょう!」「えいや!」「あいや!」「発射!」「出ろ! 出やがれ!」

 いくら叫んでもうんともすんとも反応しない。あの物質が飛び出るどころか、肘が変形することもない。いきなり手詰まりであった。

「勘弁してくれよ」昨日のコップを思い出した。壁にくっついたコップを。物質が射出される。「幸先悪いぜ………はぁ!?」

 地面に向かって真っすぐに長方形の物質が肘から伸びている。大慌てで腕を引くといとも簡単に千切れた。また尻もちをつく。しかし今回は笑みがこぼれた。

「ふふふ、ふ!」

 瀬呂は腕を突き出した。脳内でコップが舞うのと同じように、肘から舞うようにして物質が射出される。次に起こったことは全く意図しないものだったが、後にもしかしたらあれは自分の本能ってやつが個性の使い方を教えてくれたんじゃないか、と瀬呂は思った。

 肘の奥で何かが回転して、巻き尺のように物質を肘の中に引き戻した。ピンっと来た。瀬呂は物質を一本の木に張り付けた。そして、巻き尺を引き戻す。予想した通りに瀬呂の体はターザンの要領で、木にぶら下がった。

「ふふふ、ふふははは!」

 おかしくてしょうがなかった。物質を素早く木から引きはがすと、当然体は浮遊感に包まれた。しかし、そのまま地面に真っ逆さまとはいかない。素早く別の木に向かって物質を――いや、もうこの名前は適切ではない。テープ、そう呼ぼう――テープを射出した。テープが巻きとられる。瀬呂の体は空中を移動する。この移動方法は便利で、速い、何より気分がいい。テープが幾度も射出され、幾度も巻き取られ、瀬呂の体はグングン進む。木々の間を飛んでいく鳥のように瀬呂は自由を感じた。そして、木に激突して地面との再会をはたしたのだった。

「オーケー、要練習ってわけね。五分後に再開と行こう」

 

 5

 

「なあ、瀬呂、なんか筋トレでも始めたのか?」

「何で?」

「いや、なんとなく」上鳴がそう言って、瀬呂の腕を触った。「地味に筋肉ついてない?」

「地味にって……放せ、放せ。俺はホモじゃないぞ」

「な! 俺だってホモじゃねぇよ!」

 上鳴は瀬呂の腕を放して、顔をふざける様に顔をしかめた。金髪の頭と軽そうな口調を持つ上鳴は、外見通りの面を持っている一方で、優しさや正義感といったものも確かに持ち合わせている。そんな彼は瀬呂が腕を触られて、個性を持っているということがバレることを不安に思ったことを、感じ取ったのでさっさと腕を放したのかもしれない。

「で、結局筋トレ始めたの?」

「あー…まぁそんなところかな?」

「お前ちょっと前も風邪で休んでたし、健康づくりにはいいんじゃね?」

 いい友人である上鳴に嘘をつくのは心苦しいことだったが、さすがに本当のことは言えない。第一、目が覚めたら筋肉がついていましたなんて、誰が信じてくれるんだ。

「筋トレはいいぞ」突然現れた佐藤が言った。

「うわ、なんだよ、佐藤。びっくりすんじゃんか」

「体はすべての基本だからな。筋トレはとてもいいことだ」

「無視か。無視なのか、いいだろう食らえ!」

 上鳴は渾身のデコピンを佐藤へと繰り出すが、佐藤は悠々とそれを躱した。

「ははは、お前のように貧弱な男の攻撃など食らうかぁ!」

「なんだとぉ!? 筋肉馬鹿め! 成敗してくれる!」

 両手をデコピンの形にして追いかける上鳴と、自慢の筋肉を利用して奇妙なポーズをとりながら逃げる佐藤の追いかけっこを眺めるのは、もちろん楽しいことだった。たまにヤジを飛ばせば彼らは反応する。二人は友達である。上鳴誘われて雄英高校のゲーム部に入部したのは正解だった。

 だが、友達にも言えないことというのは存在する。彼らと遊ぶのは楽しいが違った興奮を持ったこともある。

「あ、わりぃ。今日もう帰るわ」

「えー、ギャラガしてけよー」

「ちょっとやることがあってな」

「そっか、じゃあなー」

「筋肉と和解しろよ」

「なんじゃそりゃ」

 二人に別れを告げて、瀬呂は家に帰った。あの日からひと月の歳月が流れようとしていた。瀬呂はベッドの上に投げ出してある、衣装――瀬呂お手製のヒーロースーツ――を手に取った。

 なかなかいい出来だ。もちろん瀬呂の主観的感想である。大した技能もないのに完成したことは称賛に値するものの、ヒーロースーツというよりはパジャマパーティーといった方がしっくりくる出来だった。だが瀬呂は気に入っていた。スーツに手を通し、仕上げにフルフェイスマスクを装着する。

「完璧だ」

 これで正体はばれない。問題はヒーローとは何をするべきなのだろうということだった。とりあえず、スーツを脱いでバックパックに詰める。人を助ければいいんだ。とにもかくにもそうしよう。

 外を歩くといつも通りに平和だった。全くこういう時に限って、間の悪いことだ。瀬呂は頭を振ってそんな考えを振り払う。ヒーローたるものが、平和を尊ばなくてどうするんだ。

 適当にぶらぶら歩いて、ゆっくりと自分の感覚に没入していくと、改めて自分の体に起きた変化を感じることが出来る。人々が行きかう息遣いが聞こえる。足音も。目には夕焼けの赤が何種類にも重なって見えた。誰かが言う。「今日のご飯は何?」誰かが答える。「スパゲティ」

 悪くない気分だった。ミートソースの香りが鼻をくすぐった気がした。風はわずかに体を撫でた。

 そんなことをしているうちに、いつの間にか辺りはすっかり暗くなってしまっていた。瀬呂は高校生だ。あまり出歩いていると補導されてしまう。今日はあきらめて帰ろう。出鼻を挫かれてしまったが、こんな日もある。家に引き返そうとした瞬間、確かに聞こえた。

「勘弁してくれ!」

 ついに来たか。瀬呂は走り出した。そして、スーツを着ていないことに気が付いた。前に裏路地であったことを思い出して、非常にためらわれたが、意を決して裏路地に飛び込む。そして再び走り出した。その時のはもう瀬呂はヒーローになっていた。

 瀬呂の下宿している町は都会と呼べるだけの場所だった。長い時間、人が行きかっている。それだというのに、裏道はこんなにも閑散としているのかと瀬呂は驚いた。いつもならばしんと静まっているのだろうか、それともこれがいつもの風景なのか? 一人の男が一人の男をナイフで脅している。行動は迅速に開始された。

 素早くテープが飛び(訓練の成果でテープは真っ直ぐ飛んだ)、脅している男のナイフに当たり、勢いそのまま男の手ごとナイフを壁に貼り付けた。

「な、なんだこりゃ!?」

「うわ!?」

「さっさと逃げなおっさん」

「え?」

「なんだてめぇは!?」

「ほら早く早く」

「あ、ありがとう」

 そう言って脅されていた男は逃げていった。お礼を言われたものの瀬呂の気分的には謝りたいくらいだった。スーツを着るのに手間取ったせいで、助けるのが遅くなってしまった。けががなくて一安心だ。次からはスーツは中に来ていよう、瀬呂は心に誓った。

「おい! てめぇこの野郎ふざけた格好しやがって!」

「なんだと? かっこいいだろう!」

「ふざけんなこの野郎! 何なんだよてめぇは!? ヒーロー気取りか!?」

「気取りじゃない! 俺はヒーロー、セロハンマンだ!」

 ビシッとポーズを決めるも反応が悪い。表情も訝しげだ。

「………」

「…なんだよ」

「…だせぇ」

「はぁ!?」

「なんだよセロハンマンて、これセロハンテープなのか?」

「わかんねぇけど、それっぽいだろ?」

「それにしたってだせぇよ。ていうか個性持ちってそんな感じになるんだ、きめぇ」

「うるせぇ! ……じゃあそうだな、俺はヒーロー、テープガイだ!」

「だせぇ」

「セロボーイ!」

「だせぇ」

「ペッタンマン!」

「すこぶるだせぇ。安易にマンとかつけるからだせぇんじゃねぇの?」

「じゃあ…セロファンでどうだ!」

「それは、結構いいな」

「まじ? ありがとよ」

 そう言って瀬呂は両手からテープを飛ばして、男を簀巻きにした。鮮やかな手並みだと自分をほめたいくらいだ。

「そのうち警察が来るから、もう悪さすんなよ」

「くっそ! 覚えてやがれ!」

 瀬呂はテープを飛ばしてその場から立ち去った。やったことはちょっと勇敢な高校生くらいの事で、正直個性を使ってするような人助けなのかは疑問に思える。だが、人助けは人助けだ。警察に匿名で電話をかけた後、瀬呂はちょっとだけ胸を張れるような気がした。

 こうして、ヒーローセロハンマン改めセロファンの初めての活動が終了したのである。

 


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