キツネとカミサマ   作:ろんめ

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Ⅲ-130 望みの在り処

「…そうだ、代わりと言っては何ですが、私の話も聞いてくれませんか?」

「ああ、俺でよければ聞くさ」

 

 俺がそう答えると、オイナリサマは途端に頬を膨らませる。

 

「…神依さんだから、話すんですよ」

「……あ!」

 

 そうか。これもオイナリサマなりのお返しなのだろう。

 

 しかし、ついさっきの自分の言葉まで忘れるとは…なんか、緩み切ってるな。

 

「…おほん。隣、座りますね」

「あ、あぁ…」

 

 オイナリサマは俺の右隣りに座って、悠々と背もたれに身体を預ける。

 

 こうして見ると…案外小さいんだな。何がって…背が。

 

「む、その目は…失礼なことを考えていますね?」

「ハハハ…覚じゃないって言ってたはずだが…」

「分かりますよ、私は()()なんですから! 多少は小柄かもしれませんが、その分この体にはサンドスターが濃密に詰まっているんですよ!」

「なんか、蜂蜜みたいな言い方だな」

「…うふふ、罠に引っ掛けられないよう気を付けてくださいね?」

 

 クスクスと屈託なく笑うオイナリサマは、先程までの心なしか冷たい雰囲気は何処へやら、昼間見た通りのキレイな神様に戻っていた。

 

「それで、何の話を聞かせてくれるんだ?」

「もう、神依さんはせっかちですね。大した話じゃありません…お別れの前に、お喋りしたかっただけです」

 

 一度そこで言葉を切って、遠い目をして本棚を見る。

 

「あなたが帰ってしまったら、ここもまた寂しくなりますからね」

「…誰か、呼んだりとかはしないのか?」

「さあ、呼べるようなお友達もいませんし……()()()()も、呼んだとして来れない状況でしょうし……あ」

 

 沈んだ空気を感じ取ったのか、オイナリサマはオーバーリアクションに手を叩いて立ち上がる。

 

「何か飲み物を持ってきますね。今度はそうだ、カフェオレなんてどうでしょう?」

「…カフェインまみれで眠れなくなりそうだな」

「だったら朝まで語り明かしましょう、今持ってきますね!」

 

 白い尻尾を大きく揺らし、話なんて一切聞かずに彼女は消えた。

 

 まあ、そういうのも偶には悪くない。…何か忘れているような気もするが。

 

 

「神依君…お粥はいつ来るのかな…?」

 

 

 でも、大事なことだったらそのうち思い出すだろ。

 

 カフェオレを待っている間、俺はさっき貰ったばかりの御幣をブンブンと振り回していた。

 

 幾つになっても、こういう棒を振り回すのって楽しいんだよな。先端によく揺れる飾りとかが付いていると尚のことワクワクする。

 

 何でだろうな、本能ってやつか?

 

「神依さん…あ」

「あ…悪い」

 

 お盆を持って戻ってきたオイナリサマに、子供っぽくはしゃぐ姿を見られてしまった。

 

「大丈夫ですよ、私も喜んでもらえてうれしいです」

「……ど、どういたしまして?」

 

 違う、そういう返答はおかしい。俺は眠さと恥ずかしさの相乗効果で、もう碌に頭が回らなかった。

 

「とりあえず、これでも飲んで一息つきましょう」

「…助かる」

 

 これで、状況も頭の中もリセットだ。

 

「うふふ、何のお話が良いでしょうかねぇ…」

「…俺は、ここにある本が気になるな」

「いいですね。だったら、さっき私が読んでいた本のお話でもしましょう」

 

 オイナリサマがひょいと指を向けると、ポルターガイストのように本が浮きあがる。

 

 摩訶不思議な力で手繰り寄せられた本の表紙は意外なもので、驚いた俺はつい題名を読み上げてしまった。

 

「『おいしい林檎の育て方』…?」

 

 本の後ろから目の上だけを見せて、白い狐耳がぴょこんと跳ねた。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「――それなら、サラダに入れるのも悪くないんじゃないか?」

「なるほど、さっぱりした味わいの林檎ならそれもアリですね!」

 

 あれから数十分、俺たちは料理の話題で大いに盛り上がっていた。

 

 というのも、お互いに料理を研究しながら、その成果をまともに話せる相手がいなかったのだ。

 

 俺の場合なら祝明やイヅナとそういう話をする機会は少なかったし、博士たちに至っては気にしているのは料理法ではなく食べられる料理そのもの。

 

 火が怖くて料理の出来ない身だとは知っているが、俺からすれば寂しいことこの上ない。

 

「やっぱり、自分の知らない料理のお話は興味深いですね…!」

 

 オイナリサマも、結界の中で一人だったから話す相手が物理的にいなかった。

 

 例えいたとしても、この話題で語り合えるフレンズである保証もない。

 

 …そんな訳で、俺たちは揃いも揃って頭の中にこの情熱を燻らせてきた。

 

「俺も、こんな話は大昔に母さんとしたくらいだ」

「…お母様、ですか」

「ああ…って、どうした?」

 

 見ると、美しい黄金色の瞳に蝋燭の影が映って揺らめいていた。否、ただの光の現象ではない、もっと昏い色だった。

 

「いえ…何でもありません」

「…そうか」

「…あ、次はこれなんてどうでしょう、『カレー大全』!」

 

 軽く頭を振って新しい本を勧めるオイナリサマの瞳からは、既にさっきまでの色は消え失せている。

 

 俺も元に戻った彼女の様子を見て、藪を突っつくような真似はしなかった。

 

「カレーか、それなら散々作ったから自信があるぞ」

「本当ですか、楽しみです!」

 

 その後は彼女の雰囲気が突然変わるようなこともなく、俺たちは長い時間を料理の話題で語り明かした。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「…ああ、もうこんな時間か」

 

 流石に夢中になりすぎたのか、窓から僅かに見える空は段々と白んできている。

 

「うふふ、楽しい時間はあっという間ですね」

「そうだな。だけど、そろそろ寝ないと…わっ!?」

 

 本殿へ帰るために立ち上がろうとすると、オイナリサマに肩を掴んで抑えつけられた。

 

「いいじゃないですか、とことん夜更かししちゃいましょう?」

「俺は、少し眠いぞ…?」

「じゃあ、眠くならないように喋りましょう、真剣な話をしましょう!」

「……それ、逆効果じゃないか?」

 

 ひっそり呟いた言葉はオイナリサマには聞こえなかったのか、或いは完全に無視されているようで。

 

 話の途中に取り出した本は全て浮いて本棚へ消え、代わりに一冊の分厚い本が俺の手元へとふわふわ漂ってきた。

 

「…これは?」

「それが何の本かは、見てみれば分かりますよ」

「…それもそうか」

 

 ぼやける視界を何とか凝らして、表紙の文字を読み上げる。

 

「『神様の居場所』…?」

 

 載せられた写真には大きく鳥居が映り、奥には小さく狐の像も見える。

 

「ヒトが書いた、『神様』についての本です。私にとっては、悪趣味な本としか言いようがありませんが」

「……」

 

 理由を尋ねようとする口を押さえて、表紙をめくる。

 

 そして数秒考える間もなく、オイナリサマがこの本を悪趣味と形容した訳を悟った。

 

 真っ先に目に入った第一章の見出しは、『現代に生きる”死んだ神”』。

 

「…な、なるほどな」

 

 確かに、生きている神様がこれを読んだらいい気分はしないだろうな。

 

 かと言って、著者にその可能性を考慮しろというのも酷だが。

 

「見出しこそ悪趣味ですが、内容は興味深いものですよ」

「…ふむ、そうらしいな」

 

 この章で取り扱っているのは、”人々と神の関係の変遷”らしい。

 

 要は、今と昔――とりわけ近代に入ってから――では神様の在り方がそれまでよりも大きく変化したのだという主張である。

 

 言われてみれば、実際にそうかもしれない。

 

 この本では、科学の発達に伴って、日常生活の中で神の占める割合が減った。神頼みではなく、『科学頼み』で物事を解決する割合が大きくなったと書かれている。

 

 それによって、一つの、もしくは幾つかの宗教の在り方が変わるのではない。

 

 それは神に代わる全く種類の異なる信仰の対象であり、言うなれば新たなる『神』であり、それまでの神を否定してしまうと。

 

「そして、そんな中でも残り続ける”死んだ神”…ね」

「本当に趣味が悪いですよね、私はこうして生きているのに!」

「ハハ…多分、この本を書いた人はそれを知らないんだぞ」

 

 なるほど、ここに書かれている考察は興味深い。

 

 そして、この本に対するオイナリサマの憤りも大体は理解できる。

 

「だけど…どうしてこの本を俺に?」

「それはきっと、不安になってしまったから…ですね」

 

 俺から本を取り上げ、パタンと閉じて胸に抱く。

 

「私は神様でした。フレンズになる前のことは覚えていませんが、それだけは確実なことです。でも…神様って、誰かに望まれるべき存在でしょう?」

 

 …そうか。

 

 目次でチラッと見えた第三章のタイトルは、『神様が生まれる時』。

 

 そして小見出しから、大まかな内容も類推できる。

 総合して考えれば、そこに『ヒトが望むことで神が生み出された』と書かれている可能性は十分に高い。

 

「元々神様は…望まれなければ存在できないんです…」

 

 不安に思うのも無理はない。

 

 外との交流を絶ってしまった彼女は、自らが望まれているかどうかを知ることが出来ない。

 

 いやもしかしたら、今も『オイナリサマ』のことを知り、信仰するヒトやフレンズは居るかもしれない。

 

 『稲荷』という云わば強力な”ブランド”を持つ彼女なら、不思議なことでは無い。

 

 だが…ここに閉じ籠っている限り、それを知る術はない。

 

「外に出てみようとは…思わなかったのか?」

「…いいえ」

 

 オイナリサマはページをめくり、焦点のバラついた眼で本をボーっと眺める。

 

「本当は知っているんです、このパークには、私を敬ってくれる方が沢山いることくらい」

「なら、どうして…」

「…私が、守護けものだからです」

 

 手を止め、顔を上げ、じっと俺を見つめて彼女は言う。

 

「私は『オイナリサマ』、ジャパリパークの守護けものです。どんな輝きを抱えて生まれようと、結局のところ本当の神にはなれない。お稲荷様としての自分を自覚してしまっているのに、私はフレンズの『オイナリサマ』であることしかできない」

 

 元々持っていたはずの存在意義と、与えられた使命との乖離。

 

 それはまるで前世の記憶に苛まれるような、魂に深い罅を入れるわだかまり。

 

「でも、私は絶対にへこたれません。だって…神様ですから!」

「…っ!」

 

 荒れ狂う感情に蓋をするように、オイナリサマは引き攣った笑みを浮かべる。

 

 そして今ばかりは、彼女が発した『神様』という言葉を、その通りに受け取ることなんてできなかった。

 

「…神と、守護けものか」

 

 今にして思えば、彼女は会話の中で神様という言葉を何度も、まるで俺たちに刷り込むように強く口にし続けてきた。

 

 或いはそう刷り込もうとしていた相手は、俺たちではなく彼女自身であったのかもしれない。

 

 

―――――――――

 

 

「…うふふ。今夜は、沢山聞いてくれてありがとうございました」

 

 オイナリサマは気が付けば普段の調子に戻り、先程まで漂わせていた悲痛な雰囲気など彼方へと置いてきた様子だった。

 

「それと明後日になれば、魔法陣を起動する準備は整います」

「…そうか、早いな」

「ええ、神様の仕事はとっても早いんです」

 

 重ねた言葉は、くすんだ白色。

 諦めきれない心を、事実という糸が縛り付けている。

 

「今日は遅くまで付き合わせてしまいましたね、どうかゆっくり休んでください」

 

 …俺なら、その事実を変えられるんじゃないか?

 

 俺はヒトだ。体がどうあろうと、宿る魂は外の世界の人間だ。

 

 オイナリサマだって、俺にこの話をしたのは、何かを期待したからじゃないのか? そうだとすれば、これ以外に在り得ない。

 

 

「おやすみの前に、一ついいか?」

「はい…なんでしょう」

 

 ヒトが、神様に手を伸ばす。

 

「俺は、稲荷を知ってる。フレンズとしてじゃない、神様としてのお稲荷様を知ってる」

「…ええ、そうでしょうね」

 

 でも、立場は逆になんてならない。

 

「他の奴は知らない、俺にどうにかできる話じゃない。だけど俺は…俺一人くらいなら、あんたが神様であることを望める」

 

 ヒトが望んで、神が叶える。かつて築いた関係のまま。

 

「例え俺以外に『お稲荷様』をそんな奴がいなくても、ヒトとして俺は神としてのあんたを望み続けられる」

 

 望むことはただ一つ、神が神であり続けること。

 

「……それじゃ、足りないか?」

 

 一瞬の沈黙の後、そよ風に上書きされてしまいそうなほど小さな水音が、二人きりの書斎に響く。

 

「いいえ…十分です…! …ありがとう、ございます」

 

 俺の望みは、優しい神様によって聞き届けられた。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 …乾いた紙の音が、本棚に跳ね返り大きな耳へ入っていく。

 

 この書斎で起きる全ての音は、今この瞬間彼女だけのものだ。

 

「やっぱり、ありませんね…」

 

 彼が眠りに就いた後も探し物をしているらしい彼女は、見るに芳しい成果を得られていない様子。

 

 さても楽しそうに、ページをめくり続ける。

 

「うふふ…見つかるといいですね…」

 

 彼女が読んでいる本の名前は、『世界の神隠し事典』。

 

 きっと、彼女の探しているものが見つかることは無いだろう。

 

 何故ならば、神様のものが隠された神隠しなんて、今までのどの時間にも…古今東西にも…ありはしなかったのだから。

 

 

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