キツネとカミサマ   作:ろんめ

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Chapter Ⅳ 神とキツネと、逃避行。
Ⅳ-132 誤算と意外な忘れ物


「ただい…まっ!?」

 

 僕を取り囲む虹色の光が無くなると、ほぼ同時に…というかそれよりも早く誰かが僕の体に飛びついてきた。

 

「おかえりノリアキっ! さ、行こ!」

「い、行こうって…何処に…?」

「分かるでしょ、ほら…えへへ」

 

 相変わらずの飛び具合だなあ、と僕の口元は緩む。

 

 腕を引っ張られながら僕は、キタキツネが向かおうとしている先を考えた。

 

 まあ…旅館以外にないけどさ。

 

「ねぇキタキツネ、別に歩けない訳じゃないしそんなに引っ張らなくても…」

「でも疲れてるよね、お布団敷いてあるから一緒に寝よ!」

「そ、そう……え?」

 

 寝ちゃうんだ、こんな真昼間から。

 

「そんな、流石に生活リズムが…」

「うふふ。今更そんなこと気にしても仕方ないんじゃないかしら?」

「ギンギツネ…!?」

 

 今度は後ろから抱きつかれた。…あ、柔らかい。

 

「でも、ギンギツネも”昔は寝過ぎないで”って言ってたのに…」

「…ああ、それね。別にあんなの、ノリアキさんが二人と寝る時間を短くする為だけだったのよ」

 

 そっか、自分の性格に上手く隠した嫉妬心だったんだ。本当にやり手だね、あの日まで全く尻尾を掴ませなかったのも納得だな。

 

 そんなギンギツネの尻尾は今、僕の腕の中に潜り込んでいるのだけれど。

 

 二人に挟まれながら()()()()と歩いていると、不意にギンギツネの手が首元のマフラーへ伸びた。

 

「これも長く洗濯してないでしょ? 私が洗ってあげるわ」

「ダメ、ボクが洗うよ」

「珍しいわねキタキツネ、どうして?」

「…ノリアキが巻いてたマフラーだし、プレゼントしたのはボクだから」

「うふふ…そう言われちゃったら、私も手を引くしかないわね」

 

 言葉通りギンギツネの手はマフラーから離れて僕の腰へと回され、キタキツネは丁寧な手つきで僕の首からマフラーを取り払った。

 

「えっと、なるべく早く洗うからね…!」

「うん、よろしくね」

 

 仕舞う場所に困ったのか、キタキツネはマフラーを彼女の首へと巻き付ける。

 

 彼女の髪色と同じマフラーはその装いとも非常に噛み合っていて彼女の姿を可憐に引き立てる。

 

 もしかしたらキタキツネが着けた方が似合うのかもしれない。だけど多分、()()()()()()じゃないのだろう。

 

 

 僕がキタキツネを眺めていると、後ろからギンギツネの腕らしき暖かい感触が首を包む。

 

「ノリアキさん。キタキツネのが無くなっちゃったから、首元が寂しいんじゃないかしら?」

「え? …まあ、そうだね」

「うふふ、そうでしょ…!」

 

 今一つ意図の掴めない言い回しに戸惑う。

 

 程なくして僕は、ギンギツネの腕だと思っていた柔らかい感触の正体に気づいた。

 

「これって、マフラー…?」

「正解よ! 折角だから私も贈り物をしようと思って、あなたが向こうに行っている間に編んじゃったの」

「……ちぇっ」

 

 キタキツネの舌打ちを鼻で軽く笑い、ギンギツネはため息をたっぷり吐きながらマフラーの調子を整える。

 

 視界の隅に映った毛糸の縫い物は、ギンギツネの髪色と同じく美しい銀色の光を跳ね返していた。

 

「…ありがとう、ギンギツネ」

「喜んでもらえて嬉しいわ、大切にしてね?」

 

 マフラーを編んでくれた好意への嬉しさと、キタキツネのマフラーを外す瞬間を狙った狡猾さへの驚きと、これから二人のマフラーをどういう風に身に着けようかなという贅沢な悩み。

 

「あはは……ん?」

 

 

 …ドン! ドン! バタン!

 

 

「な、何の音…?」

 

 色々な想いがゴチャゴチャになった脳内は、旅館の中から聞こえてきた激しい打撃音によって綺麗に均されるのだった。

 

 

―――――――――

 

 

「ノリくん! おかえり! ずっと会いたかったよー!」

「え…えぇ…?」

 

 結論を言ってしまえば、音の正体はイヅナだった。

 

 イヅナは縄で縛られた体をうねって移動していた。相当急いでたからだと思う、乱暴な移動はあちこちに脚をぶつけてやかましい音を出していた。

 

「ノリくん、向こうは大丈夫だった? 怪我はない?」

「むしろ、イヅナの方が心配だけど…」

 

 勢いよく脚をぶつけてしまったに違いない、平気に見えても痛がっているのではないだろうか。

 

「私は平気! 見ての通り頑丈だからね!」

「そうね。イヅナちゃんは頑丈だから、放っておいても問題はないと思うわ」

「でも、この縄は無理な…」

「さ、行きましょ、ノリアキさん」

「いやいや、ほっとけないよ!」

 

 よりにもよってイヅナを縛られたまま放置するだなんて、僕には到底出来っこない。

 

 早く縄を解いてあげよう。

 

「今自由にしてあげるからね。ええと…この…縄は…」

 

 …どうしよう。

 

 すごく、見覚えのある縄だ。目的は伏せるけど、本当に高い頻度で使った。

 

 …そっか、この縄ならイヅナが抜け出せないのも仕方ないね。

 

「よし…これで、良いはず」

「ありがとう! やっぱりノリくんは優しいねっ!」

 

 全力で抱きつかれて、容赦のない接吻を浴びせられた。

 

 もう慣れた筈のアプローチも、しばらく貰っていないと刺激的に感じられる。

 

「むう…」

「悪いねキタちゃん、今日のノリくんは私が貰うから」

「何それ!? そんなの許さないよッ!」

「許さないってどういうこと? 貰うものは貰うんだから今日は諦めなよ」

「うふふふふ、それは私も黙ってられないわね…!」

「あ、えっと…」

 

 三人は流れるような会話で修羅場に入っていく。

 

 終わり方も同じくらい滑らかだったら楽になるんだけど、どうして物事というのは宜しくない方ばかり起きやすくなっているのだろう。

 

「大変だねぇ…赤ボス」

「…ノリアキガ無事デ、ウレシイヨ」

 

 まあ、三人とも引き際は弁えている。

 

 そして、僕が介入しても結果は変えられない、出来るのは黙って受け入れることだけだ。

 

「赤ボス、お煎餅ってある?」

「案内スルネ、ツイテ来テ」

 

 決定が下されるその時まで、僕はゆっくり休んでいよう。

 

 …多分、その後はのんびりする暇なんて無いだろうから。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「やっぱり、こうなっちゃうよねぇ…」

 

 ()()なものが終わった後、僕は暖かくなりすぎた布団の中で自堕落に転げ回っていた。

 

 けれど一先ず、これで直近の波乱は一つ終わった。イヅナたちも、一応満足して今はゆっくり眠ってくれている。

 

 今夜は、落ち着いてこの十数日間の旅の思い出を振り返ることにしよう。

 

「……ん?」

 

 そこで、違和感を覚えた。

 

 僕は、とっても大切なことを忘れちゃってないかな?

 

 何だっけ、絶対に忘れてはいけないものだったはずなのに。

 

「あれ、あれれ…?」

 

 またイヅナに記憶を弄られたのかな。だったら気にしなくていいんだけど、どうも今回はそんな気がしない。

 

 単純に僕が忘れているだけだと思う。

 

「うーん…分かんないなぁ…」

 

 これではおちおち気を休めて思い出に耽ることも出来ない。

 

 喉元に引っ掛かった言葉と魚の骨は大罪なのです!

 

「…やっぱり落ち着かない!」

 

 布団の中で燻っていても何も思い出せないと思い、体を動かすことにした。

 

 そして、何かを触っていればふと閃きが降りてくるかもしれない。

 

「旅行の荷物があった…は…ず」

 

 あれ…そういえば荷物って……あ!

 

「思い…出した…!」

 

 

 ――イヅナのジャパリフォン、神依君に預けたままだった!

 

 

「忘れてた~! 今から図書館に行っても…あはは、迷惑だよね」

 

 魔法陣に入ってから神依君の姿は見てないけど、多分戻ってきてからは図書館に直行しているはず。

 

 もう一度ホッカイに戻るって話もしてたし、早ければ明日には相談しに来るかもしれない。

 

「…うん、明日になったら取りに行こっか」

 

 いやー、スッキリした。

 

 連絡用にって渡してたんだけど、返してもらうのをすっかり忘れてた。

 

 これで落ち着いて…って気分でもないか。何だか一気に眠くなっちゃった。

 

「でも、イヅナには悪いことしちゃったかな…」

 

 どうせなら僕のを渡した方が良かったかも、と後悔にもならない()()()を考えながら、僕は瞼を閉じて眠りに就いた。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「…いえ、カムイはまだ帰って来てないのですよ」

 

 翌朝、図書館を訪れた僕が聞いたのは予想だにしない博士の返答だった。

 

「う、嘘でしょ…?」

「嘘をついてどうなると言うのですか、事実として我々はあの日から一度もカムイの姿を見ていないのです」

「…そんな」

 

 神依君、どうしちゃったんだろう。

 

 彼はずっと図書館で寝泊まりしていたから、帰って来るならここだって僕は確信していたのに。

 

「それより、我々は料理が食べたいのです」

「今は何とかヒグマに作らせていますが、やはりアイツの料理が最高なのです」 

「コカムイ、お前も作れるのではないのですか?」

「…いや、今はちょっと」

 

 神依君のレクチャーのおかげで虚無の状態よりかはマシになった。

 

 けれど、彼本人の料理と比較されるなんて堪ったものではない。彼の料理が上手すぎて。

 

「全く、我々の給仕係という役目も忘れてアイツは何をしているのですか」

「折角頼まれていた本も見つけたというのに、これでは渡せないのですよ」

 

 憎まれ口とも取れる言葉を声に出しつつも、二人の目には憂いの色が浮かんでいる。

 

「…神依君のこと、心配なんだね」 

「なっ!? ……まあ、そうとも言いますね」

「な、なにせ…我々の胃袋の危機なのですから」

 

 神依君は、この場所に帰るかどうか悩んでいた。

 

 けれど博士たちだって心配してくれてるんだから、帰ってあげても良いと僕は思う。

 

「じゃあ、僕は神依君を探してくる。会えたら、ここに来るよう伝えておくよ」

「では、お前に頼むとするのです」

「任せて、なるべく早くするからさ」

 

 博士たちに見送られながら、僕は一度雪山に戻ることにした。

 

 旅館の前で修羅場を繰り広げていたイヅナたちなら、神依君が戻ってくる現場を見ているかもしれない。

 

 …ホント、何処に行っちゃったんだろう?

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「…ううん、私は見てないよ」

「…ボクも」

「私も、カムイさんのことは知らないわ」

 

 僕が尋ねるなり、三人はまるで示し合わせたかのように興味なさげな声でそう答えた。

 

「…ぶっちゃけ、見逃した可能性は?」

 

「まあ、ありえなくは…無いかな?」

「そもそも興味ないもん…」

「私も、魔法陣なんて全然気にしてなかったわ」

 

 あはは…本当にブレないね。

 

 だけど、これは希望が残っているとも言える。良かった、三人が神依君への興味を持っていなくて。…色んな意味で!

 

「うーん…こうなったら、電話でも掛けてみた方がいいかな…」

「電話って、どうして?」

「ええと、連絡用にイヅナのジャパリフォンを持ってもらってたんだ。…結局一度も使わなかったけどさ」

 

 状況が状況だから遠く離れたことさえ殆どなかったし、その珍しい瞬間でさえ電話を掛ける機会も着信音が聞こえることもなかった。

 

「多分、それは正解だと思うよ」

「イヅナ、どういうこと?」

「だって私のジャパリフォン、パスワードを入れないと何も出来ないようにしておいたから」

「…え?」

「何もって、本当に全部?」

「そう。発信、着信、メールの確認、ぜーんぶダメにしてあるの」

 

 …せめて、掛かってきた電話くらい出させてあげようよ。

 

「それで、パスワードって?」

「……5561、だよ」

 

 『5561』…語呂合わせだとしたら、『5561(コカムイ)』かな?

 

「そう、その通りだよ!」

「…ああ、()()()んだね」

 

 やれやれ、イヅナは全然変わらないな。むしろそれが可愛いんだけど、パスワードの件はマズいよ。

 

「…ねぇ」

 

 と、そこで。今まで沈黙を貫いていたキタキツネが手を挙げた。…いや、クリアして喜んでいるだけだ。

 

 呆れたように笑って、ギンギツネがイヅナに尋ねる。

 

「多分語呂合わせなのは分かるけど…『ノリアキ』でやらなかったのは何でかしら?」

 

 …ねぇ、それ、重要かな?

 

「し、仕方ないでしょ!? だったらギンちゃんは出来るの? 数字が語呂合わせ出来るようになってなかったの、忌まわしいことに!」

「同意するわ、数字の読み方を考えたヒトは死んだ方が良いわね」

「ボクもそう思う。本当にひどいよね」

 

 僕の感性が間違っていなかったら、ひどいのはこの会話の方だと思う。

 

 …と言うか、多分もう死んでるから。

 

 

「ま、まあ! その話は置いといて…神依君は、今何処にいると思う? 帰ってきて、図書館に行ってないなら何処にいるのかな?」

「想像なんだけど、一ついいかしら?」

 

 ギンギツネは想像と言いつつも、その考えに自信がある様子だった。

 

 僕は頷いて、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「もしかしたらだけどね…帰って来てないんじゃないかしら、彼」

「帰ってきて…ない…?」

「本当に帰ってきたのなら図書館に行かないのは妙だし、何かしらの痕跡も残すはずよ。彼が何も言わずに()()()()()()姿をくらます必要なんて何処にもないわ」

「そう…だね」

 

 だけど、帰って来ていないのなら一体どうして…?

 

「可能性は二つ。一つは、彼がホッカイに残る道を選んだという可能性」

「…もう一つは?」

 

 促すと、静かに頷いてギンギツネは口を開く。

 

 

「もう一つは…オイナリサマが、彼を無理やり向こうに引き留めてしまった…という可能性ね」

 

 

 彼女の言葉を聞いた僕は…何も、言えなかった。

 

 耳に引っ掛かった言葉が、まるで自分のことのように何度もリフレインするのだ。

 

 そして小さな決意が、僕の心の中に芽生えた。

 

 

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