キツネとカミサマ   作:ろんめ

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Ⅵ-159 だから、”交渉”は”脅し”じゃないんだって!

 後日、日を改めて――流石に狐耳を付けたまま出掛けるのは嫌だったからな――俺たちは神社づくりの人手や材料を集めるために図書館を訪れた。

 

 幾らオイナリサマが神様だと言ったところで、ここキョウシュウではその名前も広まっていない。

 かと言って無理に労働力を集めようとしたらオイナリサマのことだ、間違いなく流血沙汰になってしまう。

 

 …だったら、顔の広いフレンズにまとめてお願いをすれば良いではないか!

 

 という訳で、他らなぬ俺の立案で図書館に赴き、博士たちに協力を募ることにしたのだ。

 

 普段は卓越した策略で事を進めるオイナリサマだが、何故かこの辺りのことに関しては脳筋さながらの強引さを発揮してくれて厄介極まりない。

 

 …はぁ、文句を言っても仕方無いか。

 

 

 閑話休題。斯くして、俺たちは博士たちに力を貸してもらうための交渉を持ち掛けたのだが…

 

「じゃあ、このプランで良いですよね?」

「はは、はい…わ、()()()()()()は、全力を()()()()してきょ、きょっ…!」

「博士、ダメです…我々は何時如何なる時も…冷静…ちんちゃくに…ひ、ひぃ…!?」

「…なんだ、この状況」

 

 俺が少し席を外した数分間の間に、交渉の席は一方的な恐喝の行われる場所へと目覚ましい変化を遂げた。

 

 いや、マジで目覚ましい。眠気が全部吹き飛びやがった。

 

「おかえりなさい、神依さん。交渉は見ての通り順調ですよ」

「見ての通りって…何処を見ればいい?」

 

 よく見ろ、博士たちガクガクじゃねぇか。交渉とかいう段階丸々すっ飛ばしてるじゃねぇか。

 

 だが、ものの数分でこんなに状況を悪化させた彼女の手腕だけは評価に値する。ああ、これ以上なく()()()()力だ。

 

「悪いのは博士たちですよ、私の言うことを聞かないんですから」 

「俺たちがしに来たのは話し合いだろ、怖がらせちゃ意味ない」

「それは、分かっているつもりですよ…?」

「…本当か?」

 

 理解しているのならこんな事態は引き起こさない。

 

 流石に大丈夫だろうと高を括って一瞬でも目を離した俺が愚かだった。

 

 まあ、一旦オイナリサマは置いておこう。問題はそこで縮こまって震えている博士たちだ。

 

「おーい、大丈夫かー?」

「…むりなのです」

「かえってください…なのです」

 

 さて、彼女たちは精神に重大な傷を負っているらしい。

 

 ホッキョクギツネの件と言い、オイナリサマは精神攻撃が得意と思われる。嫌な得意技だな、豊穣の神様らしくお花でも咲かせていればいいものを。

 

「…どうしました?」 

「別に、何でもねぇよ」

 

 博士たちをぶっ壊した張本人であるオイナリサマは、椅子に腰かけて優雅なティータイム。

 

「呑気してる場合か…?」

「まあ、神社の建設は焦る必要のある計画ではありませんから」

 

 それに話が出来る状態でもないから、と言って紅茶を一口。

 

 確かに言う通りではあるが…二人を追い詰めた張本人に言われても、納得感という奴が無いな。

 

 それでも事実は事実、生憎俺にも打てる手はない。

 

「それならまた日を改めるか?」

「いいえ、今日のうちに話を押し通してしまいましょう」

「だけど焦る必要はないって…」

 

 俺が逸ってそう問い詰めると、オイナリサマは目を伏しがちに首を振る。けど口が笑ってるのが丸分かりだ。

 

「確かに、建設()()()()は焦らなくても大丈夫です。ですが少し脅かしすぎました。もしかしたら次は、話すら取り合ってくれないかもしれませんよ? …まあ、それなら説得を諦めて、直接働いてくれそうなフレンズさんたちに当たれば良い話ですけどね」

「…ぐ」

 

 飄々と言い放つオイナリサマに俺は唇を噛んだ。

 

 全く、何が『焦る必要はない』だ。思いっきり急ぎまくってるじゃないか、こんな方法で回りくどい説得の道を絶とうとしてくるなんて。

 

 オイナリサマが避けたいのは計画の長期化、即ち俺が結界の外にいる時間が長くなることだろう。

 

 しかし、彼女にとってのリスクを背負ってまでも建設したい神社。

 

 やれやれ…裏には何が隠されてるんだろうな?

 

「じゃあ、待つとするか。焦らなくても良いんだろ?」

「…ふふ。ええ、そうですね」

 

 小さな意趣返しを事も無げに流したオイナリサマ。

 

 強引に見えた『話し合いモドキ』も…それさえもが彼女の策の一部だとしたら、何と恐ろしい。

 

 綿のようにふわふわした神様の横姿が、何か強固な意志を持ったものに見えたのだ。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 そうだ、ここでオイナリサマが新しく建てようとしている神社について振り返っておこう。

 

 俺も詳しい話を聞くまでは、神社の畳を撫でながら『これは神社じゃなかったのか…?』なんて馬鹿なことを考えていたからな。

 

 どんな計画であれ確認は重要だ。

 

 

 そういうわけで…はい、単刀直入な結論。

 

 オイナリサマが建てたいのは、結界の出口を守る言わば”ハリボテ”の神社。

 

 一見無駄とも思えるその決断には、幾つかの理由があった。

 

 まず一つ目に、神様としての視点。

 

 さて、結界の出入りについて考えてみよう。

 

 『何もない空間からオイナリサマが現れる』…その現象はやはり”神秘的”と表現されこそするものの、神様としての威厳は少々欠けてしまう。

 

 結界を利用しつつ体裁を保ちたい。

 

 そのためにはやはり慣れ親しまれた形式――つまり神社を利用するのが一番であるらしい。

 

 

 そして二つ目の理由が、この島のフレンズ。

 

 ここでオイナリサマ(神様)の視点から離れて、キョウシュウに住むフレンズたちの立場に立って考えてみるとしよう。

 

 例えば…オイナリサマの力を頼ったり、何か相談をしたいと思ったフレンズがいたとする。

 

 彼女たちはオイナリサマの居場所を訪れようとするだろう…そして今のままでは、何も無い草原を探して回ることになるだろう。少し前の祝明達と同じように。

 

 ハリボテを造ればそうはならない。故に建てる。

 

 

 三つ目。これは彼女曰く重要ではないが…自分の存在を知らしめるため、らしい。

 

 キョウシュウには、守護けものに関する言い伝えや伝説が全くと言って良いくらい出回っていない。

 

 オイナリサマ然り、四神然り…まともに知っているのは博士たちのような少し賢いフレンズに留まる。

 

 その現状を変えたい…という思いがオイナリサマにはある。

 

 

「…で、良かったんだよな」

「はい、完璧です♪」

 

 その旨を、ようやく話が伝わりそうになってきた博士たちに伝える。

 

 何事も、意欲や動機は話し始めの重要な切り口だからな。

 

 あ、学校に出すレポート課題に変な動機や感想を添えるのはNGだぞ。

 ああいうのは事実と、それを総合して導き出せる考察だけにするのがルールだって…理系の先生が言っていた。

 

「なるほど、そういう理由で…」

 

 まあ、博士はその称号を冠しておきながら理系ではないし大丈夫だろう。

 

 少々怪しい動機付けに思えるが、まだ精神薄弱の気がある二人の心にはスッと入って来る言葉だったらしい。

 

 ま…脅迫に比べたらそうだろうな。

 

 

「オイナリサマにも考えがあるんだ、難しい頼みじゃないし考えてくれるとありがたい」

「なるほど、少し…奥で助手と話し合ってきても良いでしょうか」

「ああ…いいよな、オイナリサマ?」

「はい、大丈夫ですよ」

 

 博士は疲れたような笑みを浮かべて、弱々しげに”ありがとう”と口にして奥に姿を消した。

 

 弱みに付け込んでいるようで後ろめたいが、とりあえず交渉は順調な兆しを見せている。

 

「うふふ、やっぱり私より神依さんの方がお願い向きですね」

「そりゃ…そうだろ」

 

 俺は博士たちとは親交があるし…何より脅迫なんて手は使わない。

 

「私の想いも伝わったようで…嬉しいです」

 

 オイナリサマは不敵に微笑む。その”想い”とやらも俺は…全部建前だと思ってるんだけどな。

 

 

 

 ――さあ、ここからは俺の心に秘めた裏話。

 

 そもそもの話…()()オイナリサマが、そんな些細なことに気を配るはずがない。

 

 この際自意識過剰だと謗られても構わないから言っておく…彼女の最優先事項は俺だ。

 

 神様としてのアレコレとか、ましてや島のフレンズのこととか…本心ではどうでもいいと思っているに違いない。

 

 ああ、賭けてやろう。向こう一か月の自由でもどうだ? ハハ、自由なんてそもそも無いって? 頭が痛くなるね。

 

 …ふぅ、軽口はさておき、オイナリサマがこんな嘘をつくメリットは何だろう?

 

 本当のハリボテは神社ではなく、掲げた大義名分なのではないだろうか。

 

 ここまで言ったら愈々察しが付かなくなるな、オイナリサマの目的とは?

 

 俺が今持っている情報で断定は出来ないが、推測だけは述べるとしよう。

 

 

 彼女の目的は…神社の『建設』、その作業の中にある。

 

 

 それは建てること自体かもしれないし、その過程の作業かもしれない。下手をしたら…建材が欲しいだけかもな?

 

 まあそんな冗談はさておき、この嘘が博士たちを説得するための有効な材料になるのは確か。

 

 始めから降りられる船でもないし、精々沈むまで乗り続けてやるとするさ。

 

 

 

 俺は声を掛けられて、本に落としていた視線を上げる。

 

 博士と助手が怯えるように細くなりながら横並びで立っていた。俺は更に優しい声色を心がけ、二人に尋ねる。

 

「結論は…出たか?」

「はい。我々は、()()()に紹介と手引きをすることに決めたのです」

「詳しい内容は今から…ですよね?」

「ああ、決めていこうか」

 

 俺は姿勢を正しながら、むず痒い背中をこっそり掻きむしる。

 

 お二人? あの傍若無人の博士たちが、俺たちをこんな風に呼ぶのか?

 

 オイナリサマ、あんたがほんの少しの間に与えた傷はどうしようもなく大きいよ。俺はむしろ、この二人には傲慢なままでいて欲しかった。

 

「ええと…ご要望は…」

「全部話すと長くなるから、前もって紙に書いといた。頼むのが難しいフレンズとかがいたら言ってくれ」

「わ、分かりました…なのです」

 

 すっかり丸くなってしまった口調の物悲しさを、まるで残滓のように後を引く語尾が強くする。

 

 俺は歯噛みしながら、薄っぺらな紙を差し出した。

 

 博士はそれを読み、助手と時折顔を見合わせて相談しながら、箇条書きにされた名前の頭にマルとバツを付けていく。

 

「割と、ダメな子も多いんだな」

「はい、前にジャパリまんを吹っ掛けすぎたりしてしまって…」

 

 力に任せて脅し紛いのこともしていたのだろうか。それにしても、今の状態を因果応報と切り捨てるには哀れ過ぎる。

 

 そして、作業の印として名前に〇×が付けられていくフレンズたち。

 

 その行動に確認を超えた意味がないと分かっていつつも、俺は背中に妙にぬめった汗を流すのだった。

 

 

「…こんなもの、でしょうか」

「そうか…まあ、十分じゃないか?」

 

 オイナリサマに紙を手渡す。軽く目を走らせて、彼女は頷いた。

 

「そうですね、これだけ協力してくれれば問題はないでしょう」

 

 うっすら口角を上げて紙を畳み、俺の隣に腰掛けた。

 

 まさか、まだ何かあるのか…?

 

「ご安心ください、今日はこれきりです。急いで負担を掛けても仕方がないでしょう?」

「…ああ、だな」

 

 正直、”どの口が言うんだ”…と返してやりたかったがあえなく断念。俺に神様を挑発する勇気はなかった。

 

「そ、それで、一体何を…?」

「そう震えないでください、ただのお礼です。ほら、前のお宝探しの時も手伝って頂きましたし」

 

 そういやそうだったな。アイツ一人を貶める為によくやるよこの神様も。

 

「お、お礼…?」

「この前は私の思い通りに良い宝探しが出来ました。それはあなた方のお陰です。ですから、今回もお願いするに至ったのです」

 

 おい、俺が言ったことだぞ。

 

 横目で軽く睨むとオイナリサマは俺に向けて手を合わせた。全く、そんなんでチャラに……するしかないんだろうな。

 

 けどまあ、博士たちの対応も軟化している。これくらいの嘘は目を瞑ろう。

 

 

「ですから、この先も何かあったら…よろしくお願いしますね?」

 

 

 …そう思った矢先、オイナリサマは想定外の爆弾を二人の元へ投げ入れた。

 

「ひっ! は、はいぃ…!」

 

 荘厳な姿から放たれる威圧に博士たちの様子も逆戻りだ。

 

 オイナリサマはとことんまで、この二人に安寧を与えたくないらしい。…いや、本当にそうなのか?

 

 もしや俺が、ほんの少し前までこの二人と一緒に生活していたから?

 

「…っ」

 

 目が合った。

 

 稲穂のように美しい黄金は、しかし正気の輝きを失っている。煌めく月のような光が、彼女の狂気を表すが如く光っていた。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 もやもやした気持ちのまま帰ろうとした俺たちを、控えめな声で助手が呼び止める。

 

 不機嫌そうな顔をしたオイナリサマを寸前で制し、俺は助手の言葉を待つ。

 

 助手はオイナリサマに窺うような視線をチラチラと向けながら、ゆっくりと喋り始めた。

 

「最後に…よもや、後れを取ることは無いでしょうけど一つだけ。この頃…セルリアンの数が多いようです。どうか――」

「問題ありません。神依さんだけは、私が何に代えてもお守りしますから」

 

 強い語調でオイナリサマが遮った。やはり我慢できなかったと見える。

 

「そうですか…ええ、無駄な言葉でした。…それでは」

 

 助手は深く頭を下げ、それを最後に姿を消した。

 

 

 やれやれ、『俺だけは』…か。

 

 まあ、だろうな。

 

 それと…セルリアンか。

 

「何も無いといいけどな…」 

「私が、神依さんには指一本触れさせませんよ」

 

 オイナリサマがそう言うが、俺の中の不安は薄れない。むしろ根強くなっている気もする。

 

 けど、それ以上考えても漠然とした不安以上のことは分からず、俺は考えるのを止めた。

 

 後から考え直してみれば俺は…オイナリサマに甘えていたのかもしれない。

 

 何が起ころうとどうせ、俺に危害なんて加わりやしないのだからと。

 

 ああ、薄ら寒い。

 

 

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