キツネとカミサマ   作:ろんめ

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Ⅵ-164 黒い槍刺す神の丘

「ふぅ…俺もそろそろ帰るか」

 

 周りに誰もいないのを良いことに、俺は大きなため息をつく。そして、手元の黒い槍に目を落とした。

 

 戦いが終われば、もう武器は必要ない。オイナリサマに言われた通り、役目を失った物体は消滅してしまう。

 

 俺は手に持った槍を見つめて、名残惜しい気持ちを乗せて呟いた。

 

「とうとうコイツもお役御免か……ん?」

 

 何だろう、槍の様子がおかしい。

 本当に名残惜しかったから、まだ消えるよう念じていない。つまり、何か別の現象が起きているのか…?

 

 握った槍はブルブルと震えている。

 まさかこんな風にして消える訳は無かろう、俺は念の為に槍を体から遠ざけて、成り行きをじっと注視する。

 

 …そして、その瞬間はやって来た。

 

「――うわっ!?」

 

 突然のことだった。

 

 槍の震えは頂点に達し、俺の手元から脱出して、宙に浮いて暴れ始めたのだ。

 

「お、おい…っ!」

 

 声を上げても、槍は言うことを聞かない。

 

 むしろ戻って来るよう叫ぶ度、反抗するように暴れ方が激しくなっているように見える。

 

 俺は痺れを切らして叫…ぼうとするのを堪え、深呼吸。槍を怒らせないよう、穏やかに言い聞かせる。

 

「分かった、お前のことを消したりなんて絶対にしない。だから、戻って来てくれ…」

 

 すると槍の態度は一転、コロッと大人しくなって俺の手元へと戻ってきた。

 この槍、やっぱり意思があるのか?

 

 というか…どうしようか、コレ。

 

「消えないなら、どっかに仕舞えたら良いんだが…おっ?」

 

 もう一度槍を握ると、今度は俺の身体が変化し始めた。腕の辺りがブヨブヨと柔らかくなり始め、その部位から槍がずぶずぶと体の中に入っていく。

 

 そうか、俺の体はセルリアン。

 

 だから、その力を使って”再現”した物は、俺の意志で自由に体の中に取り込むことが……え、出来んのそんなこと?

 

「何か原理が違う気もするが…ま、似たようなもんか」

 

 理由は知らんがとりあえず、槍を収納することは出来る。

 だから次に俺は、槍を自在に出すことが出来るのか試してみることにした。

 

「念じりゃ出てきてくれるか…?」

 

 頭の中で『出ろ』と一言、それで答えは明らかになる。

 

「…へへ、素直になっちまいやがって」

 

 毎回”再現”する必要なく使える武器。

 

 ああ…実に便利だ、コイツが俺の相棒だな。

 折角だ、名前でも付けてやるとするか。

 

「”ロンギヌス”…いや、殺意が高いな」

 

 流石に伝説上の()()()()()と同じ名前を付ければ、オイナリサマの心中も穏やかにはならない。

 

 もっと別の名前が無難だな。思いつかないが。

 

「略して”ロン”…とか、どうだ?」

 

 そう声を掛けてやると、喜ぶように槍はうねる。

 

「じゃ、決まりだな」

 

 ”ロンギヌス”の形を失わず、万が一指摘された時は”(ロン)”だと誤魔化せる素敵な名前。

 俺のささやかな反逆の意志を宿した黒槍。

 

 新しい仲間を胸に忍ばせ、俺はオイナリサマの元へ帰ってゆくのだった。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 あれ以来、セルリアンの襲撃もその他のトラブルも全くと言って良い程なく、神社建設の為の建材は順調に集まっていた。

 数日もしないうちに十分な量が確保できる計算だ。

 

 ならば、建設計画が次の段階に進むのも道理に適ったことである。

 そして次段階の問題は、何処に神社を建てるかというものだった。

 

 そして突然こう言うのはアレだが…正直なことを白状すれば、神社の位置などはどうにでもなる。要はこの神社、結界の出口を置くだけの門だ。

 

 オイナリサマの結界は――ホートクから移動してきた時のように――出口の場所を変えられる、それも比較的簡単に。

 

 場所に関心を向けるとなればそれは…外の神社の本来の目的に添うような、謂わば信仰上の言い分を叶える為のこだわりでしかありえない。

 

 …だから、意外だった。

 

 オイナリサマが、神社を建てる場所にここまで固執するとは思っていなかったのだ。

 

「神様は、人々が訪れやすい場所に居を構えるのも大切なんですよ」

「奥の結界に閉じ籠ってるだけだろうに、そんなに重要か?」

「それでも彼らにとっての本命は神社です。参拝する方々にとって大事なことなら、力を入れるのが道理というものでしょう」

「へぇ、そんなもんか」

 

 どう考えても嘘くさいオイナリサマの言い分は聞き流す。

 

「神依さん、ちゃんと聞いてます?」

「聞いてるさ、今回はやけにその…フレンズたちを気に掛けるんだなって」

 

 俺なりの皮肉だった。だがオイナリサマの解釈は違った。

 

「うふふ…もしかして、妬いてくれてるんですか?」

「そんなんじゃないが?」

「照れなくていいんですよ。心配しなくても、私の一番は神依さんですから安心してくださいっ!」

「はいはい、信じてるぜ」

 

 信じるまでもない程、確かなことだからな。

 

「…お、見えてきたな」

 

 駄弁っていれば、時間というものは炎天下の氷のように溶けて消える。

 俺たちの前に、多くの木々と蔦に囲まれたロッジが姿を見せた。ここに来るのも久しぶりだ、大した思い出などないが。

 

 俺はノックをしようと扉に近づくが、オイナリサマは吊り橋の前で立ち止まったまま動かない。

 

「神依さん、こっちに来てください!」

「…何だ?」

 

 呼ばれるままにそちらへ行くと、オイナリサマは木に張り付いた蔦を引っ張って遊んでいた。

 

「べ、別に遊んでたわけじゃないですよ! その、知見を広める為です…!」

 

 無意識のうちに目が険しくなっていたのか、彼女から焦ったような白々しい弁明が飛んで来た。心配しなくても体の方が白い、腹の中は知らないけど。

 

「責めてないさ、時間はたっぷりあるんだろ?」

「そ、そうですね…あ、この植物は『アイビー』という名前でですね、素敵な花言葉があるんですよ」

「へぇ、どんな花言葉なんだ?」

「……『死んでも離さない』」

 

 思わず絶句した。俺は石像のように固まった首を捻り、ゆっくりとオイナリサマの方を見た。

 

 ”どうですか”と…そう尋ねるように、彼女は黙って輝かしい目をこちらに向けている。

 

「…そうか」

 

 辛うじて返事が出来ただけでも、俺にとってはこれ以上なく僥倖だった。

 

「まあ…そろそろ入るか。そのアイビーとやらも、帰る時にじっくり見ればいいだろ」

「そうですね。別に、お家で育てても良いわけですから」

 

 ボソリと呟かれた言葉を捨ておけず、俺は口を挟む。

 

「…別の花にしないか? もっと、鮮やかな花が好きだ」

「でしたら、書斎の本で探してみましょう♪ うふふ、帰ってからが楽しみですね…!」

 

 満面の笑みを咲かせたオイナリサマと、無花果(イチジク)のように何も咲かない気持ちの俺。

 

 真っ白な天然の薔薇の隣で、俺は真っ黒な造花の薔薇にでもなってしまいそうな心地だった。

 

 

「お邪魔します…」

 

 ロッジの扉を開ける。

 

「ええと…誰だっけ」

「アリツカゲラさんですよ、いますか?」

「はい、例のご用件ですね」

 

 先に足を踏み入れようとした俺を止めてオイナリサマが進み、勝手にアリツカゲラと話し始めた。

 

 俺はトントン拍子で話を付けていくオイナリサマを、液体窒素に浸された薔薇のようにカチコチに固まった状態で眺めているだけだった。

 

「これはまた…随分と、神妙な顔をしてるじゃないか。どうしたんだい?」

 

 オオカミの問いかけにも、碌な答えを持ち合わせていない。

 

「どうもしないさ…多分」

「ふふ、要領を得ないね?」

「神依さん、神社を建てる予定の場所に行ってみることになりました!」

 

 一方的に結論を押し付け、俺を強く引っ張っりながらオイナリサマはロッジから出ていく。

 心なしか、オオカミを見る目が暗く淀んでいるようだった。

 

「わ、引っ張るなって…!?」

「ああ、妬かせちゃったかな? いや、良い顔だね、アレは…」

「またオオカミさんはそんなことを…では、私は行って参りますね」

「うん、気を付けて」

 

 やたらと短いロッジの訪問。

 

 オイナリサマはムスッとした表情で押し黙りながらも、アイビーを引き千切ってポケットに突っ込むことを忘れなかった。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「…もう少し、ですね」

 

 しばらく歩いた道のりの上で、アリツカゲラがそう呟く。

 

 俺はその一言を聞いて周囲を見回し、浮き出た疑問に首を傾げた。

 

 少なくとも俺の目には、ここが今まで通り過ぎて来た道中と何か違う場所のようには見えなかったのだ。

 

 草むらも、遠目に見える木も、小さな池も、他と変わらず普通にあるのに。

 

 一体どうして、そこそこ長い道のりを歩いてまでこの近くに神社を建てるのだろう?

 

「なぁ、この辺に建てる理由でもあんのか?」

 

 俺は尋ねた。どちらかではなく二人に対して。

 答えたのはオイナリサマだった。

 

「まあまあ、予定地はもう少し先ですよ。ほら、あそこに小高い丘があるでしょう? 神社はその上に建てる計画なんです」

「それだって、ちゃんとした理由はあるんだろ?」

 

 微笑んで首で肯定すると、オイナリサマは俺の手を引いて少し立ち位置を変えた。

 

 もう一度丘を指差すオイナリサマ。従うように視線を向けると、さっきの場所よりも頂上の様子がよく見える。

 

「程良い登りやすさと、セルリアンが出た時の対処のしやすさ。この二つが主な理由ですね。勿論、見晴らしもとても素敵なんですよ?」

「見晴らしね…気にすることか?」

「しーっ、それは言わないお約束です」

 

 遠回しな指摘は、彼女の微笑ましい口止めに打ち破られた。

 

 フレンズ達を誤魔化すための数ある理由の一つであるなら、俺としても無策に突っついていざこざを増やす意味は無い。

 

「まあ、良い場所じゃないか?」

 

 …それにしても、自分の口から出てきた空っぽな褒め言葉には辟易したが。

 

 

「では、そろそろ再出発と行きましょう」

 

 アリツカゲラの号令で、俺達は残り僅かな道のりを歩き始めた。

 

 少しの時間で到着し、来た道を振り返って目にした下の草原の光景は、オイナリサマが言っていた通りの壮観だった。

 

「確かにこういう場所なら、参拝に来たフレンズ達も気にいるかもしれないな」

 

 小高い場所とであることもポイントが高い。

 土地の高低差とは、身分の高低差に繋がることがある。

 

 俺の家の神社も同じく、長い階段を上った先にあった。

 

 必ずしもそうとは言えないが、神様の鎮座する場所はやはり高い場所の方が良いと思う。

 

「神依さん、気に入ってくれましたか?」

「ああ…そうだな」

 

 これで神社が実際に使われるのであれば万々歳だったが、生憎それは見掛け倒しとなってしまうのだ。

 この土地が素晴らしくあればあるほど、俺は虚しい気持ちを覚えるというもの。

 

「私もこんな素晴らしい場所を紹介出来て、しかも神様が御住みになられるなんて…はぁ、感激です…」

 

 それでも、他人の感動に水を差す程俺はバカじゃない。

 

 何より、オイナリサマのトップシークレットだからな。バラそうにも出来やしないさ。

 

「だがそうなると、建材の運搬がネックになるな…」

 

 現在、集めた建材は湖畔近くの雨に当たらない場所に保管してある。

 

 湖畔とこことは山を挟んで正反対。丸太一本運ぶにも、かなりの労力を必要としてしまう。

 

 どうにか、俺の”再現”の力を使って楽をさせてやれないものか。

 

 重機…とかは良いかもな。

 ”再現”するために使うサンドスターの量を考えなければ…名案だ。

 

「それについては、私に考えがありますから…今夜、昔話のついでに」

「あるのか? なら、それも聞いてから考えるとするか」

 

 丘の頂点を見て、瞼を閉じて想像する。

 ここに建てられた神社の姿を、それとなく思ってみた。

 

 何だかんだ言って、みんなの努力の結晶になるんだからな。

 

 協力者の中に俺も入っている以上、何も感じないはずがない。

 

「…いい神社になって欲しいな」

「なりますよ、私の祝福があるんですから」

「なるほど、流石は神様だな」

 

 ぶっちゃけ、かなり信用できる言葉だ。誰よりも強いオイナリサマが、出来ると言ってくれたんだから。

 

「じゃあ、帰るとするか?」

「いえ、その前に…」

「……? あっ!」

 

 驚きの声はアリツカゲラで、何かと思えばセルリアン。

 

 オイナリサマがこちらを向いて、”倒せ”と視線で言っている。

 

 別にルートを工夫すれば避けられるし、大した戦意も俺にはないが…

 

「やれって言うなら仕方ない、槍でも…」

「弓です、弓が見てみたいですっ!」

「えぇ…? まあ、分かった」

 

 子供みたいな駄々をこねたオイナリサマだが、子供の我儘が一番厄介。しかも、最強クラスの存在に言われては尚更。

 

 無駄に楯突いて命を散らす趣味は俺にはないので、大人しく弓を”再現”することにした。

 

 初めて扱う武器だけど…例の適応力もあるし、セルリアンは小さいのが数体いるだけだし、倒せるだろ。

 

 雑念を振り払って、矢を弦に掛けゆっくりと引く。

 

「わぁ…カッコイイです…!」

「静かにしててくれ、集中できない…」

 

 狙いを定め、まず一射。鋭い射撃がセルリアンを貫いた。

 すかさず次の矢を番い、順番に撃ち抜いていく。

 

 数分と経たないうちに、セルリアンは皆姿を消した。

 

「うわあ…すごいですね…」

「流石神依さんです、弓の扱いもバッチリですねっ!」

「そうらしいな、上手く行って良かったよ」

 

 晴れ晴れとした称賛も、貰い物の力を使ったからか素直には喜べない。

 

 言葉通りには受け取れず、突っぱねるのも申し訳なく。

 

 宙を泳いだ手で弓を塵と消し、揃って丘を後にした。

 

「私も、弓を使って戦ってみたいものです…!」

「え? あ、あぁ…そうか」

 

 アリツカゲラの言葉に戸惑い、至近距離から飛んで来るオイナリサマの痛い視線に居心地の悪さを感じた、微妙な帰り道。

 

 出来ることなら、少し前の空気のままで過ごしていたかった。

 

 

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