キツネとカミサマ   作:ろんめ

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Ⅶ-182 風邪ひきキツネのその後は

 瞬間、体を包む空気がひんやりとした温度に変わる。急な変化に驚いて、きゅっと身体が強張った。

 

 何度転移をしてもやっぱり、この感覚には慣れそうにない。

 私はかじかんだ手を擦り合わせて、そそくさと旅館に入っていった。

 

「お帰り、イヅナ。…あれ、ホッキョクギツネは?」

 

 中では早速見つけたノリくん。

 急いでいる風だったけど、立ち止まってまで声を掛けてくれた。

 

 でも…その第一声は気に入らないな?

 

「…もう、真っ先にそれを訊くの?」

「あ、ごめん…」

 

 しょんぼりノリくん、耳がぺったり。

 尻尾も心なしか下がり気味。

 

 あはっ、かわいい…!

 

「うふ、冗談だよ。ホッキョクちゃんは、もう少ししたら帰って来る筈だから」

「そっか。…何をしてるのかは、教えてくれないんだよね?」

 

 今度はおずおず控えめに。

 耳が私を注視するようにピクピクと動いて、これも可愛らしい。

 

 …っと、ちゃんと答えてあげなきゃね。

 

「うん、もうちょっとだけ秘密。楽しみにね?」

「あはは、そうしておくよ」

 

 よいしょ、と桶を持ち直して、ノリくんは温泉の方へと向かう。

 

 桶にはタオルも入っていたし、まだキタちゃんの看病が終わっていないのかも。

 

 あの子ったら、まだノリくんの時間を独り占めしてるのね?

 

「あーあ、私も風邪ひいちゃおっかなー」

「あら、それはおススメしないわよ?」

「……ギンちゃん」

 

 暖簾をかき上げ、キッチンの方からギンちゃんが姿を見せた。

 料理中だったのかな、右手には包丁が握られているね。

 

 …怖いってば。

 

「…あぁ、()()は気にしないで? 野菜を切ってたのよ」

「逆に聞くけど…もしも私がそれ持ってたら、気にしないこと出来る?」

「アハハ、無理ね」

 

 合点がいったように頷き包丁を眺めて、ギンちゃんはキッチンに消える。

 

 またすぐに戻ってきたら、ひらひらと手を振って今度は何も無いことをアピールしてきた。

 

 お道化た様子に思わず息が漏れる。

 

 そんな私を見て笑ったギンちゃんは一転。

 緩んだ頬を引き締めて、冷たい声色で尋ねてくる。

 

「…それで、首尾はどうかしら?」

「追い出す方は大丈夫、締め出す方は難しいかな」

「ふぅん…やっぱり、そんな感じなのね」

 

 雪のように冷たく言い放つギンちゃん。

 

 この物言いには私もピキンと来た。

 そう、まるで氷にひびが入るように。

 

「それってどういう意味?」

「別に。流石のイヅナちゃんもこの程度かー、って思っただけよ」

「っ…!」

 

 …許せない。

 

 調査隊(アイツら)の内情を探って、追い出すために四苦八苦してるのは私だよ?

 

 なのに、どうして宿の中でぬくぬくと怠けてたギンちゃんにそんな謂れを受けなきゃいけないのかな?

 

「ふふ…まあまあ、一旦落ち着いて話しましょう? 結論を急いでも、良い解決策は出てこないわよ」

「はぁ……そうかもね」

()()、じゃなくて絶対そうよ。でも安心して、私に考えがあるの」

 

 くふふと笑った顔を向け、私を奥へと誘うギンちゃん。

 

 ああ、これ以上なくムカつく。

 

 でも何が一番腹立たしいかと言えば…私だけじゃ本当に何もできないことだ。

 

「どうしたの、イヅナちゃん?」

「…行くよ、すぐに」

 

 絞り出すようにしなければ、もう声さえも出なかった。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「キタちゃん、起きてる?」

「あ、イヅナちゃん。…ギンギツネも」

 

 私が声を掛けるとキタちゃんはむくっと起き上がった。

 

 頬は血色良く赤らんでいて、トロンとしていた目つきもパッチリ。

 段々とキタちゃんの体調も快方に向かっているようだ。

 

「薬はちゃんと効いてるみたいだね。それとも、もう少し()()()()が良かった?」

「別に。暇だしゲームも出来ないし」

「…本当かしらね?」

 

 皮肉でも言おうとしたら、ギンちゃんに先を越された。

 

 良く思ってないのはやっぱりこの子も同じみたい。だからって、何かある訳じゃないけどさ。

 

「…それで、何の用? ホッキョクギツネは?」

「あら、気になるの?」

「朝ご飯から、ずっと見掛けなかった」

「そっか、心配?」

「…すると思う?」

「あははっ…」

 

 まあ、ホッキョクちゃんは用件にも関わるし、疑問のベクトルは間違ってない。

 

 ノリくんと同じ質問をしてきたのは驚きだしムカつくけど…まあ、捨て置こうかな。

 

「まあ、私は少し心配してるけどねぇ…」

「意外、どうして?」

「別に身の心配じゃないよ。あの子が()()しちゃわないか、気になってるだけ」

 

 一応、命の心配もしてない訳じゃない。

 

 ノリくんはあの子の自殺未遂に大きなショックを受けてたから、万が一のことがあれば更に対処が必要になっちゃう。

 

 一番手っ取り早いのは無理やりにでも記憶を消しちゃうこと。

 

 …だけど、ね?

 

 もしもそれが可能なら、極論キタちゃんとギンちゃんのことも忘れさせて良いってことになるの。

 だって、その前例が出来ちゃうんだもん。

 

 だから…難儀なものだよね。

 とりあえず、ホッキョクちゃんには死なないで頂きたいところかな。

 

「…で、何させてるの? ノリアキに隠す程大事なこと?」

 

 おっと、そうそう。

 本題はそっちだよね。

 

「勿論だよ。聞いて驚かないで? この島に…外からヒトがやって来たの」

「……」

「この島にヒトが居着けば、いずれこの雪山にも訪れる。その時、彼らは私たちをどうするかな? 放っておいてくれると思う?」

「…わかんない」

 

 頭を抑えて呟くキタちゃん。

 必死に答えを絞り出そうとしてるみたいだけど、まあ出ないよね。

 

 うん、それが正しい。

 

「そう、分かりっこないよね。そしたら…怖いよね? だから私は、その可能性を根っこから摘み取っちゃうつもりなの」

 

「…追い出すってこと?」

「当たり! そして幸いにも、()()()()()の算段は整ってるの」

「だから問題になるのが、『また来ることを防ぐ方法』ってことになる訳ね」

 

 結論はギンちゃんに取られちゃったけど、概ねそんな感じ。

 

「ノリくんには秘密だよ。余計な心配はさせたくないの」

「分かった、言わない」

「イヅナちゃん、それだけじゃないでしょ?」

「……分かってるから」

 

 …あぁ、言いにくい。

 

 でも、覚悟を決めなきゃダメだよね。

 全部ノリくんとの暮らしを守るため、この際余計なプライドは切り捨てなきゃ。

 

「…一緒に考えて欲しいの。アイツらを、永遠に締め出す方法を」

「うん、分かった」

 

 あっさり頷くキタちゃんに、安堵が一つとモヤモヤ一つ。

 

 ううん、気にしちゃダメ。

 私の葛藤は飽くまで私のモノなんだから、キタちゃんは関係ないもん。

 

 …よし、飲み込んだ。

 

「じゃあ決まりね! …でも、話し合いは後にした方が良いわ」

「ふふ、みたいだね」

「うんうん」

 

 ギンちゃんの言葉に私たちは揃って頷いた。

 言われるまでも無く、みんな足音に気づいていたから。

 

「キタキツネ、晩御飯のジャパリまん……あ、二人もいたんだね」

 

 お盆にご飯と飲み物を乗せて、ノリくんが部屋に戻ってきた。

 

「よいしょっと…何のお話をしてたの?」

「うふふふー…聞きたい?」

「…あ、どうせ秘密なんでしょ」

「あはは、バレちゃった」

 

 ふふ、と肩の力を抜いて、ノリくんはキタちゃんの口に千切ったジャパリまんを優しく宛がう。

 

 キタちゃんは頬を緩ませ、それを口にした。

 

「…別に、一人で食べられるんじゃないの?」

「こうしないと食べられない…って、駄々こねちゃって」

 

 困ったように笑いながら、ノリくんは次の一欠けをまた口元へ持っていく。

 

「…あっ」

「ふふ、残念だったね」

 

 私はその手からジャパリまんをもぎ取って、自分の口に放り込んだ。

 

「あぁ、欲しいならあげたんだけど…」

「…こうしたかったの!」

 

 まだ風邪だし、今回は目を瞑ろうかな…と、思っていた。

 けど、我慢出来なかった。

 

 出来なかったものは仕方ないよね?

 

「あはは、やれやれ」

「全く、二人とも子供で困っちゃうわね?」

「…説得力ないよ、ギンギツネ?」

 

 ギンちゃんは、手の中のジャパリまんに直接かじりついている。

 まるで飼い主に甘えるペットみたい。

 

 私もあんな風にしたいなぁ…

 

「…また後でね?」

「えへへ、約束だよ!」

 

 視線から察してくれたことに喜んで…私はその間ずっと、顔から笑顔が消えることが無かった。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「じゃあ、そろそろ真剣な話題にしましょう」

 

 ノリくんはお風呂に入りに行った。

 部屋には私たち三人と、しれっと帰ってきたホッキョクちゃん。

 

 なるべく今日が終わる前に、結論を出してしまいたいな。

 

「最初に、ホッキョクちゃんからお話を聞きたいわ。色々と、調べてきたんでしょう?」

「はい! でも…どれからお話すればいいんでしょうか?」

 

 チラッと見たのは私の目。

 何を話すのか、私に決めて欲しいみたい。

 

「じゃあ、これからの調査計画はどう? 調べたんでしょ?」

「はい。それでお役に立てるなら、お話いたします」

 

 ホッキョクちゃんの話を要約しよう。

 

 火山の調査は今日一日で終わり。

 明日から研究所の探索を再開するらしい。

 

 そしてそれの成否に関わらず、終わった後は各地域の調査を始めるらしい。

 

 研究所の再起動に掛ける時間は最大で三日。

 

 めいいっぱい足止めしても、その時間が経てば奴らはこの雪山にもやって来る。

 

「追い出すなら、明日から三日のうちってことだね」

 

 勿論、研究所の再起動に限界まで時間を掛ける前提。

 

 それに途中で諦めて地方の探索に変える可能性すらあるから、いよいよ何もかもが油断ならない。

 

「それで、追い出した後の話…だったよね」

「二度と来られないようにする方法…難しいわよね。だけど、手立てが無いわけじゃないと思うの」

「…そう?」

 

 私は早々に思考を放棄してしまったけど、ギンちゃんは何か策があるらしい。

 

 こういうところは敵わないね。

 だからこそ、私たちの()()にギンちゃんが自分を捻じ込めたんだし。

 

「キョウシュウは島。陸続きの場所と違って、取り囲む海さえ制圧すればすんなり行くはずよ」

「海を制圧って…随分と簡単に言ってくれるじゃん」

 

 荒唐無稽な立案に私が苦言を呈すると、ギンちゃんはまた口元を歪めて笑った。

 

「セルリアンを生み出せば良いじゃない? ()()だってあるし、不可能な話じゃないはずよ」

 

 「そんなことも出来ないのか」と言わんばかりの態度には若干の苛立ちを感じるけど…まあいい。

 

 こういう場面こそ論理的に、だよね。

 

「今のアイツらは、相当な覚悟を決めてる。例えセルリアンが出たとしても、きっと相応の準備を整えて討伐にやって来るよ」

「…あらあら。だったら、もう何をしても締め出すなんて不可能じゃないかしら」

 

 それは、ギンちゃんの言う通り。

 

 脅威を示しても引き下がらない。

 私たちの存在を明かして交渉なんてタブー中のタブー。

 

 言葉でも武力でもダメなら、本当に方法なんて…

 

「じゃあ…ボクたち()()じゃ無理なんだね」

 

 『だけ』。

 

 その二文字は、私たち以外の存在を示唆している。

 

「…含みのある言い方だね、キタちゃん?」

「手伝ってくれるか分かんないし、もしかしたら危ないかもだけど……いると思うんだ。この不可能を可能に出来るフレンズが」

 

 そんな強大な存在、私は一人しか知らない。

 

 だけど。

 

「……本気で言ってるの?」

「でも、ボクたちじゃ無理なんでしょ…?」

「…あはっ。そう、だね」

 

 ()()()()()、端から私の頭には無かった。

 

 そもそも可能とも思っていなかった。

 

 だけど…そっか。

 

 ここまで万事が休すなら、その手段に賭けてみるのも悪くないかもしれない。

 

「出来るの? 説得」

「出来なきゃ終わり。やって見せるってば」

 

 きっと、利害は一致させられる。

 だから全ては交渉次第。

 

「心配なら、私が交渉のやり方をレクチャーしてあげるわよ?」

「…じゃあ、お願いしようかな」

 

 私がそう答えると、ギンちゃんは意外そうな表情をした。

 

 でもその顔は、すぐに柔和な笑みへと変わっていく。

 

「…うふふ。なら頑張っちゃおうかしら」

 

 失敗できない、絶対に逃せない。

 だから、必要なことは全部する。

 

 今のこの島を守るため。私は覚悟を決め直す。

 

 

 …消えてもらうよ。調査隊さん。

 

 

 

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