キツネとカミサマ   作:ろんめ

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Ⅶ-183 願い奉り白尾の狐

 シャラン…シャラン…

 

 静かに、そして荘厳に、鈴の音が境内に響く。

 美しく転がすような音色は、この場所でこそ神秘を纏う。

 

 ――私は、丘の上の神社に訪れていた。

 

「…反応なしか」

 

 ガラン、ガラン。

 

 ”ここにいるよ”と伝えるために、私はもう一度、さっきよりも強く鈴を揺らした。

 

 それでも、オイナリサマが出てくる気配はない。

 よく考えてみれば…それが普通なんだけどね。

 

 しかし困った。

 

 これが本場の門前払いかな。

 交渉の土俵にすら立てないんじゃどうしようもない。

 

「いない筈は無いし、無視されてるってことなのかなぁ…」

 

 寧ろその可能性が一番高い。

 

 きっと今頃、オイナリサマは神依君に夢中だ。

 ()()()を境に全く外で姿を見せなくなったらしいしさ。

 

 ちなみにその日、大きめのセルリアンがこの丘の近くに現れたらしいけど…

 

 ギンちゃんは”ここの神様”との関連を疑っていた。

 私としては、どうでも良いかな。

 

 いつかも分からない出来事の話より、今この瞬間オイナリサマが姿を見せないことの方が重大だから。

 

「はぁ…どうしたものかなぁ…?」

 

 文字通りこれじゃ話にならない。

 

 強行突破で結界の中に押し入ろうものなら殺されても不思議じゃないし、オイナリサマが自ら外に出るように策を練る他にない。

 

 勝算があるとすれば何だろう?

 

 真っ先に思いつくのはお供え物。

 やっぱり神様だし、物を捧げてご機嫌を取れば…

 

 

 ――なーんて、まどろっこしいこのこの上ない。

 

 

 そんな遠回しなのは御免だ。

 いつかノリくんがやったように、私は言葉で引きずり出してやる。

 

「ねぇ、お話しない? ヒトがこの島にやって来たの。ここも近いうちに調べられるよ」

 

 返事の代わりに吹く向かい風は、まるで「帰れ」と呼びかけるよう。

 

 もちろん、引き返すつもりなんてさらさらない。

 

「ヒトはちっぽけだけど、集団になると何を起こすか分からない。その結界だって、絶対に安全とは限らないよね」

 

 オイナリサマは、結界という名の安定に引きこもっている。

 

 だから、それを崩す。

 その術は詭弁でもいい。

 

 絶対的な安心に浸かった者は、それが揺らいだ時にのみ執着を見せる。

 

 それが心地よいほど強く、生まれ持った独占欲が強いほど激しく。

 

 

 だから、ほら。

 

 

 風が揺らいだ。

 

 

「考えてみて…ヒトの脅威を半永久的に取り去る策があるの。オイナリサマの力があれば、それが実現できる」

 

 もちろん、揺さぶって不安を与えるだけじゃダメ。

 

 十分に打撃を与えた後は、安心させてあげるの。

 失う恐怖を一瞬でも知れば、取り戻した安寧にはより一層強く執着する。

 

 私は経験で知っている。

 

 だってそうして、ノリくんの心も少しずつ毒に浸していったから。

 

 

 ふふ。

 

 

 …成功だ。

 

 

「…それで、私にどうしろと?」

「手伝って欲しいの。この島を守るために。だって…守護けものでしょ?」

「…あぁ、そんな括りで呼ばれるのはいつぶりでしょうか」

 

 漸く姿を見せたオイナリサマに、私は単刀直入にお願いを伝えた。

 

「ついて来てください。ハリボテの神社ですが、物は揃っていますから」

 

 それは吉と出る。

 オイナリサマだって、神依君との時間を奪われすぎるのを嫌う筈だし。

 

「そこでじっくりと、『策』とやらについて聞かせていただきましょう」

「ありがとね、オイナリサマ」

 

 …だけどオイナリサマは、『じっくり』と言った。

 

 

 どうしてだろう?

 この件を、それなりの脅威として見てくれたのかな?

 

 もしくは…おっと、こっちは良いや。

 

 他人の()()()()に、おいそれと首を突っ込むのも悪いからね。

 

 

 ――ともあれ、第一段階はクリア。

 

 

 私はオイナリサマとの交渉の場を手に入れた。

 

 むしろ、彼女を引きずり出した時点でほぼほぼ勝利しているとも言える。

 

 

 ここからは、悪しきヒトに打ち勝つための作戦会議の時間。

 

 大丈夫。

 もう、負けやしない。

 

 そうして最後の対談は、静かに静かに始まった――

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「……ん、んぅ~」

 

 眠たい眼をこすって身体を起こし、這いずるようにベッドから離れた。

 壁掛け時計を見上げると、まだまだ今は早い時間。

 

 それでも…身体を走った内なる冷たさに、二度寝をする気持ちなんて起こりません。

 

 これまでに無い緊張が、眠気を吹き飛ばしてしまったのでしょう。

 

「何時でも合図を受けられるようにしなければいけませんからね」

 

 声にして耳に言い聞かせ、少し強引にやる気を出します。

 

 …よし。大丈夫。

 

 硬く決意を込めて捻ったドアノブは、驚くほどに軽かった。

 

 

 

「――では、失礼します」

「…おや、もう行ってしまうのかい?」

「はい。わたしにも、”やるべきこと”がありますから」

 

 船に戻って、調査隊の皆さんの監視をするのです。

 

 イヅナさんが予防策は張っていますが、一応。

 

 確かな安全を手に入れる前に何かが起こらないように。

 

「そうか……じゃあ私は、とびっきりに面白いお話を用意しておくよ。次にキミが来てくれた時の為にね」

「ありがとうございます。いつかまた、機会があれば」

 

 …きっと、ありませんけど。

 

「じゃあ、行きましょうか。アイネさんも向こうで待っているはずですよ」

「そうですね、ミライさん」

 

 ロッジの扉が閉じた時、背を押す風がパタリと切れる。

 

 わたしにはその感覚が、まるで縁の途切れ目のように感じられた。

 

「ホッキョクギツネさんは、この部屋で休んでて良いですよ」

「すみません…わたしが、まだ怖がっているせいで…」

「気にしないでください、我々が好きでやっていることですから」

「…はい、ありがとうございます…!」

 

 そんな無価値な対話を終えて、ミライさんは部屋を出て行く。

 

 窓からしばらく外を見守っていると、彼女が数人を引き連れて森へと足を踏み入れていく姿を目にした。

 

 しっかりと見失うまで見守って、視線を部屋に戻す。

 

「さて…暇になりましたね…」

 

 なんとなく、ポケットから箱を取り出す。

 昨日火山で拾った、泥まみれだけど美しい小箱。

 

 わたしはあの後ちゃんと洗って、外側はピカピカになっています。

 

 内側は汚れていませんし、乾かなかった時が怖かったので放置しました。

 

 

「それにしても、一体何が入れられていたんでしょう…?」

 

 

 柔らかいクッションが詰められていて、乗せた指をふわふわと押し返します。

 

 上品な手触りの布は、やっぱり大切なものを仕舞っておくための入れ物のようで……

 

「……ん?」

 

 中をまさぐる指先を、つんと刺すかのような角。

 

 二本指でそれを引っ張ってみると、なんと四角く折りたたまれた紙が出てきたのです。

 

 好奇心の赴くままに、わたしはそれを開いてみました。

 

「なるほど、これは…!」

 

 手紙でした。

 それも、わたしの知っている人物に向けられた。

 

 文面はどうでも良いのです。

 宛名が非常に大事なんです。

 

 でも…そうですか。

 

 やっぱりこれも、関係があるのでしょうね。

 

「さて、いかが致しましょう…?」

 

 身も蓋も無いことを言ってしまえば、わたしが率先して何か働き掛ける理由はありません。

 

 飽くまで最優先は今の任務で、それを疎かになど出来ませんから。

 

 けれどそれとはまた別に、ほんの少し同情の心が湧いてきているのも事実です。

 

「…機会があれば、ですね」

 

 呟いて、思わず笑いました。

 

 今朝森で吐き捨ててきた”機会”という言葉を、まさかこんなにも早く使うことになるとは思わなかったから。

 

「……ふぅ、面白いですね」

「何が?」

「それは…っと、いきなりですね。交渉は終わりました?」

 

 突然出てきたイヅナさん。

 驚きはそっと抑えつつ要件を尋ねます。

 

「バッチリ説得してきたよ。むしろ向こうの方が乗り気だったかも」

「では、始めますか?」

「んー…まあ、そうなるけどね」

 

 歯切れの悪い口ぶりと、頬を掻く指。

 陶器のように白い手の先が、今日は荒れているように見えました。

 

 ええ、失敗できない作戦です。

 

 彼女もきっと内なる緊張に苛まれているのでしょう。

 

「大丈夫ですよ、わたしはイヅナさんを信じています。きっと、成功させられますから」

「…あはは、励ましてくれるの?」

 

 嘲るような笑みを浮かべたイヅナさん。

 でもその顔は徐々に歪んで、そのうち彼女は俯いて……

 

「………ありがと」

「いえ。わたしは無力ですから…これくらいは」

 

 何より、あの人の為ですもの。

 

 

「だけど…さ。ホッキョクちゃんは何も感じないの?」

「と、言うと?」

 

 指の先を突き合わせ、まごまごと振舞うイヅナさん。

 

 滅多に見せない遠慮がちな姿に戸惑っていると、細々と言葉を口にし始めました。

 

「…必要とは言え、()()()の力を借りるんだよ? ホッキョクちゃんは、絶対良い思い出とかないじゃん」

「ええ、そうですね」

「……いや、だからって、どうにかなる訳じゃないけど」

 

 一瞬だけ目を合わせ、彼女は気まずい様子で外を向いた。

 

「珍しいですね。イヅナさんが心配だなんて」

「ホントだよ。私おかしくなってるのかも」

 

 緊張のあまり気を配れなくなる…という話は聞いたことがあります。

 

 イヅナさんは逆なのでしょう。

 

 内に秘めた不安がとても大きいからこそ、外に目を向けて自分の心を直視しないようにする。

 

 今更ながらわたしも、胸が重くなってきたのを感じます。

 

「確かに、あの方のせいで嫌な想いを沢山しました。”死んでしまいたい”…そう思うくらいには」

 

 けれどこの胸に落ちた重しは、決して歩みを妨げるものではないのです。

 

「だけど、もうノリアキ様が居ます。こんなわたしを受け入れてくれています。だから…大丈夫です」

 

「…あはは」

 

 あっけらかん。

 

 向こうの椅子に、落ちるように座って。

 

「そう言われたら、もう何も返せないよ」

 

 憑き物が落ちたような顔で、彼女は笑った。

 

 

 ……ガチャッ。

 

 

「ッ!?」

 

 ドアの開く音に反応して、一瞬で姿を消したイヅナさん。

 

 相変わらずの早業に驚嘆しつつ、わたしは普通を装いながら扉の向こうを見つめます。

 

「あれ、お話する声が聞こえた気がしたんですが…」

「…ずっと一人でしたけど」

「そうですか」

 

 自分で聞いてもカチカチな声。

 これは氷河より硬いでしょう。

 

 けど幸運にも、ミライさんも同様に焦っているみたい。

 

 わたしの異変にも全くの違和感を抱いていません。

 

「…って、そうじゃなくて! …うぅ、やっぱりここにも居ませんよね」

「誰か、探しているんですか?」

 

 何気なく質問をして、直後に後悔した。

 ミライさんの目がギロリとわたしを見つめたから。

 

「アイネさんですよ! 先に研究所の調査に行ったと思ったのに、向こうにも姿が無かったんです…!」

 

 焦燥は激しく、ミライさんは手の甲に血管を浮かべてガシガシと頭を掻きむしる。

 

 まるで追われるような彼女の姿が…わたしには見ていられなかった。

 

「心当たりは、あります」

「ほ、本当ですか!?」

 

 イヅナさんに確認は取れた。

 わたしが一時欠けたとしても、問題なく作戦は行われるでしょう。

 

 今まで散々押しつけられてきたのです。

 

 …今日ぐらいは、わたしのわがままも許されますよね?

 

 

「行きましょう…火山に。アイネさんは、間違いなくそこにいます」

 

 

 

 

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