キツネとカミサマ   作:ろんめ

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Ⅶ-187 とても静かな今朝でした

 …アレから一週間、決行の日。

 

 その日私は珍しく、普段よりも早くに目を覚ました。

 

 布団をどかせば夜明けの間際、二度寝も出来ない微妙な時間。

 

 仕方ないから時間を潰して、すっかり眠気を取ってから行こうと思ったけれど……なんと、縁側には先客がいた。

 

 ノリくんだ。

 

 縁側にゆったりと腰掛けて、ぼうっと空を眺めていた。

 

 ノリくんは私の姿に気が付くと、とても驚いたように目を丸くした。

 

「…イヅナ、もう起きたの?」

「ノリくんこそ、こんなに早いなんて珍しいね」

 

 すかさず返すと、肩を竦めた。

 

「あはは、いっつも遅いからね。…甘やかされちゃって」

 

 暖まるものが無いからかな。

 物寂しそうな目をしていたノリくん。

 

 私は隣に座って、腕に尻尾を絡ませて暖めてあげた。

 

 ノリくんはぐるんと巻かれた尻尾を撫でて、満足げに微笑んだ。

 

「…変な夢を見たんだ」

 

 私の手をぎゅっと握って、ノリくんは話を始めた。

 

「夢の中で、この宿に居たんだけどね……なんだか、様子が変でさ」

「…うん」

 

 ノリくんの手を握り返して、私はただ頷く。

 そっと尻尾も撫でてあげて、話しやすいようにゆったりと待つ。

 

 ぱくぱくぱく。

 

 しばらく声を出しかねて、ようやく二の句が紡がれた。

 

「……誰も、いなかったんだ。イヅナも、キタキツネも、ギンギツネも、ホッキョクギツネも。……怖くて、静かな宿が」

 

 震え。

 硬く捕まえられた右手が軋む。

 

 私にはただ、静かに続きを待つことしか出来ない。

 

「それでしばらく探し回って……あはは、足を滑らせたのかな? 温泉に落ちたような感覚がして、そして目が覚めたんだ」

 

 ノリくん……やっぱりまだ、不安で一杯なんだ。

 

 あぁ、私の所為だよね。

 

 記憶も全部消しちゃって、沢山沢山追い詰めて、一人で生きられないように歪めちゃって。

 

「…大丈夫、いつだって私がついてるよ」

 

 だから、私の責任。

 いつまでも隣で支えてあげなきゃ。

 

「……ありがとう、イヅナ」

「うふふ、気にしなくて良いんだよ。ノリくんの為だもん」

 

 それとなく体重を預けてくれたノリくんの体をぎゅうっと抱き締めて、二人で一緒に転がった。

 

「わわ、イヅナ…?」

 

 戸惑うあなたを上にして、冷たい床から守ってあげる。

 腕で捕まえて逃がさない、もがいたって絶対に離してあげない。

 

「ちょ、ちょっと…力が強いよ…?」

「…ぇ……あ、ごめん」

 

 あーあ、やっぱり抑えられなくなっちゃってる。

 

 緊張してるのかな、今日は決行日だから。

 

 ……はぁ、私が何かするわけじゃないのに。

 

 

 

 体を起こして背を伸ばして、肺から空気を全部抜く。

 

 おずおずと距離を取っていたノリくんは、こちらへ遠慮がちに質問を投げかけてきた。

 

「ねぇイヅナ。一つ…聞いてもいい?」

「ん…何かな」

「いや、違ったらごめんね。だけど、何か隠してるような気がして」

 

 ……あは。

 

「そう見える?」

「何となく…最近、出掛けることも多いし」

 

 私を見つめるノリくんの目は、複雑な猜疑心に塗れていた。

 

 信じたいけど、私ならやりかねない。

 そんな感情がありありと見て取れる。

 

 だけど、ある意味では嬉しい。

 

 ノリくんは私を見抜いてくれた、隠し事があることを探り当ててくれた。

 

 ありがとう…でも、教えられないかな。

 

「………」

「やっぱり…言えないことなんだね」

 

 刺々しい沈黙の風が肌を刺す。

 ノリくんの悲しげな目を見ていると、辛くて直視なんてしてられない。

 

「イヅナ、何をする気? まさか、三人を――」

「約束する」

 

 言葉を切って宣言する。

 

 ノリくんの気持ちもよく分かるよ。

 だから、こんな無駄な心配をこれ以上させたくない。

 

 

「キタちゃんにも、ギンちゃんにも、もちろんホッキョクちゃんにも。私は一切危害を加えない。……信じて」

 

 

 肩を掴んで、視線を真っ直ぐに合わせて言い切った。

 面食らったようにぱちくりと瞬きをして……ノリくんは不安そうにもう一度、私に尋ね返す。

 

「……本当、だよね?」

「うん、私の本心だよ」

 

 その質問は、やっぱり不安から生まれた。

 だからそれが跡形も無く消えるように、自信をもって答えてあげないと。

 

「そっか、わかった」

 

 信じたい想いを両手に、胸元の勾玉に祈りを捧げるように、ノリくんは深く頷いた。

 

 そして瞼を開け、ニコッと笑ったかと思うと……優しく私の唇を奪ってしまう。

 

「あっ……」

 

 離れて見えた悪戯っぽい笑みは、かつて私がノリくんに向けた顔みたいで。

 

「……いじわる」

 

 ああ、もう。

 クラクラしちゃったじゃん。

 

 

 

「じゃあ、ちょっと早いけど行ってくるね」

「あ、待って!」

「……?」

 

 名残惜しいけど時間は早い。

 

 指で唇をなぞり、口づけの感触を思い返しながら私が飛び立とうとしていると、思い出したように呼び止められた。

 

 振り返った先のノリくん――少し前の悪戯っぽさは蜃気楼のように消え失せ、普段の可愛い調子に戻っている。

 

 指と指を突き合わせ、控えめに言葉を切り出した。

 

「多分、なんだけどさ…()()()()、今日で終わりだよね?」

「そうだね…うん、多分そうなる」

 

 頷くと、パアッと顔が明るくなった。

 そして今度は、まくしたてる様な喋り方に変わる。

 

「じゃあ…さ、今日は早く帰ってきて? あ、出来たらで良いから…」

 

 積極さと控えめさ。

 二つの要素が丁度良く混ざったような物言い。

 

 グイグイと行きたいけど、断られるのが怖くて強気になれない気持ち。

 

 あぁ、やっぱりノリくんは可愛いなぁ。

 

「いいよ、必ず明るい内に帰って来る!」

「あ、いや、出来たらってだけで…」

「もう、そんなこと言わないで?」

 

 人差し指は「静かに」の指。

 

 ぴとっと押さえて私のターン。

 

「絶対にそうするよ。だって、ノリくんのお願いだもん!」

「…うん、待ってるね!」

 

 

 とても静かな今朝の模様、これ以上なく晴れやかだった。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「……あれ」

 

 一直線に火山まで飛んで着けば、件の木の下で佇むオイナリサマの姿がある。

 

 ふわあと欠伸を漏らした神様。

 今日は神様も早起きみたいで、心なしか機嫌も良さそう。

 

 …もしかしたら、彼女にも良いことがあったのかもね。

 

「おはよう、オイナリサマ」

「……イヅナさんですか。おはようございます」

 

 声を掛けると、面倒くさそうに返事をされた。

 別にいいけど、眠たげなのは何とかしてよね。

 

「ねぇ、例の果物ってあれで完熟してるの?」

 

 枝を大きくしならせる、見るからに重そうな果実。

 

 何十個とぶら下がって艶やかに赤を照り返す姿はとても壮観、まあ見るからに完熟している。

 

 けれどやっぱり普通の果物じゃないし、何を隠されるか分かったものじゃないから、一応尋ねてみた。

 

「ふふ」

 

 オイナリサマは私の問いに深く頷く。

 満足の意の表情が、顔にぺったりと張り付いていた。

 

「申し分ない成長度です。朱雀の心臓を肥料にした甲斐がありました」

 

 おぉ…こわ。

 

 歯牙にも掛けず打ち倒した上、剰え()()呼ばわりまでして……いや、出来てしまうなんて。

 

 背筋が冷たくなっちゃう。

 火山だし、雪山よりずっと暖かいはずなのにな。

 

「計画に支障はないってことね。分かった」

 

 ともあれ、安心した。

 実を言うとこの一週間、ずっと不安で気が気じゃなかった。

 

 ありえないと分かっていても、調査隊(アイツら)が戻って来ないか怖くて怖くて。

 

 やっと、その不安から解放されるんだね。

 

「で、いつ始めるの?」

「すぐしましょう。私はイヅナさんを待っていただけですから」

「……意外、私にも役目があるんだ?」

「ええ、とっても大事な()()()()()です」

 

 突如任命された謎の役職。

 その意味を、私はすぐに知ることとなる。

 

「…ちょっと、何してるの!?」

「すぐに分かりますよ」

 

 思わず大きな声が出た。

 果実を一つ摘み取って、向こうに放り投げてしまったから。

 

 案の定、重力に引かれた赤い果実は岩の上に落ちる。

 

 脆い果肉は落ちる勢いに耐えられず、ぐしゃぐしゃに崩れてしまった。

 そして果実の中から沢山の輝きが溢れ出る様は、さながら決壊したダムのよう。

 

 …決壊したダムを見たことが無いのは、内緒だよ。

 

「で、これが何なのかな…」 

 

 

 ダムが壊れた後の様。

 水溜まりならぬ輝き溜まり。

 

 

 そんなのを作って何になると思ったけど……現実は、驚くほど貪欲にやって来た。

 

「あ、セルリアン…!」

 

 そうだった。

 セルリアンは、輝きを求めて徘徊してるんだった。

 

 あんなエサの海……見逃すはずがない。

 

「……まさか、そういうこと?」

「その通りです。ですからイヅナさんには、近寄るセルリアンの退治をお願いしたいのです」

 

 計画実行の本番。

 

 幾つ果実を使うかは分からないけど、間違いなく今より多くの輝きが放出される。

 

 セルリアンがそれを放っておく?

 バカ言わないでよ、来るに決まってる。

 

 例えオイナリサマでも、儀式の最中に襲われちゃかなり面倒。

 

 それで、私が必要ってことなんだね。

 

「理解したよ…でも、変じゃない?」

「変、とは?」

 

 オイナリサマは首を傾げた。

 何が変か分からない訳もないのに。

 

 やれやれ、とことん面倒は嫌いみたいね。

 

「あの木だよ。アレが一番輝いてるじゃん。なんで襲われないの?」

「…まあ、端的に言うなら…『()()()()()()()()()』ですね」

「…濃い?」

 

 確かにくどいくらい光ってるけど。

 

 別にそれが、セルリアンが襲わない理由になるってのかなぁ…?

 

「まあ…水は必要だけど、多すぎると溺れちゃう。熱も必要だけど、高すぎると干からびちゃう。そんなものだと思ってください」

 

 輝きも、眩しすぎたら近寄れない。

 確かに…道理に外れた説明ではないかな。

 

 だったらいっその事、果実も襲えなかったら楽だったのに。

 

「じゃあ、それで納得するよ」

「早く始めましょう、時間が勿体ないです」

 

 …まあいっか。

 

 それが必要なら、やるまでだもん。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 火口の真上。

 

 ふわりと浮き上がったオイナリサマは、空中で幾つもの果実を握りつぶしていく。

 

 サンドスターが溢れ出し、彼女の身体を囲むように立体的で幾何学的な紋様を形作っていく。

 

 魔法陣……ううん、それよりもずっと高度な術式。

 

 あんな精度で作れるなら、セルリアンに妨害される心配なんて無用だと思うんだけど……

 

「まぁ、精密()()()()()…ってこともあるか」

 

 単に集中力の問題なら、それはそれで重大になり得る。

 どうであれ、任された仕事に手を抜く気はない。

 

「さて、早速お出ましみたいだね」

 

 山麓の方から、沢山のセルリアンが火口へと這い上がって来る。

 

 私は空を飛んで、狐火や風の刃で次々と消し飛ばしていく。

 

 戦闘力の差は圧倒的。

 けど、決して簡単な戦いじゃないみたい。

 

「あはは、多いね…すごく」

 

 一言で言えば”四面楚歌”。

 そう、ここは山頂なんだ。

 

 地の利は有れど、相手はあらゆる方向から昇って来ることが出来る。

 

 道なんて有ってないようなセルリアンの移動法なら尚更、制限なんて無い。

 

 軍を立てての戦いならともかく、一人で縦横無尽に駆け巡る戦いに適した戦場では決してない。

 

 山頂を守りつつなんて条件が増えちゃったらもう…”大変”の一言で済ませて良いのかも分かんないよ。

 

「オイナリサマ、後どれくらい!?」

「五分…持ちこたえてください」

「ああもう…わかった!」

 

 体力も妖力も十分。

 大丈夫、問題は精神だけ。

 

 …そう、思ってたけど。

 

「あー……キミみたいなのも来ちゃうんだ」

 

 岩山を越えて姿を見せるは、小山の如きセルリアン。

 

 平地ならとても巨大に見えたろうけど、ここでは残念ながらただ少し図体が大きいだけ。

 

 まあ、きっと強いことに変わりはないけど。

 

「…さっさとしよ」

 

 もう考える時間も無駄。

 セルリアンなら倒すだけ。

 

「…せいっ!」

 

 セルリアンの眼前に狐火を出しながら、横っ飛びで視界から外れる。

 

 我ながら素早い動きだからね、アイツは私の居場所を見失った。

 

 そして私はもう…アイツの弱点を見つけてる。

 

「よし、これで決まり!」

 

 勢いよくかかとを入れて、小山の怪物は爆発四散。

 

「ふぅ、案外楽勝だったね」

 

 さて、強敵も倒しちゃったし、そろそろ準備も終わってくれるとありがたいんだけど……

 

 

「イヅナさん、こちらへ」

 

 

 …やっと、その時が来たみたいだ。

 

 

「何すればいい?」

「こちらに手をかざして、少し力を込めるだけで十分です」

 

 

 言われるまま、妖力を紋様に流していく。

 

 

 段々と、虹色の紋様が白い光を帯びてくる。

 

 

 ……あ、()()()()だ。

 

 

 溢れ出す光が、ついに臨界点を越えるとき。

 

 

「……わっ!?」

 

 

 一瞬だった。

 

 中心から広がる光が……私を、火山を、立ち上る輝きを。

 

 

 この島を、包み込んでいく――――――

 

 

 

 

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