「ノリくん! お誕生日…おめでとーっ!」
パァンッ!
イヅナが鳴らしたクラッカーから、色とりどりのリボンが舞い散る。
「え、えっと…」
「もう一年かあ、長いようで短かったね。思い出をたくさん作ってきたけど、今日は今までで一番……」
「ちょ、ちょっと、待ってってば!?」
全然わからん話の流れ。
僕は思わずイヅナを止めた。
「……ん?」
ことん。
可愛らしい擬音を立てて、イヅナは首を傾げる。
だけどそんな風にされても、僕にはやっぱり戸惑うことしか出来ない。
「イヅナちゃん、誕生日ってどういうこと?」
「そうよ。私たち、そんな話全然聞いてないわ」
ほら、キタキツネとギンギツネも困惑してる。
「……?」
ホッキョクギツネに関してはまあ……”誕生日”そのものを知らなくても、仕方ないのかな。
そんな三人にはお構いなし。
イヅナはただ僕だけを真っ直ぐ見つめて、うっとりとした表情で話し出した。
「今日はノリくんがこの島に来て365日目、つまり一年なの」
「うん」
「つまり今日はノリくんのお誕生日でしょ?」
そっか、誕生日。
僕が果たしていつ生まれたのか、色々と考える余地はあるけど……まあ、別に今日でいいのかな。
「…多分、そうなるね」
「そう。だから、お誕生日会を開くことにしたんだ!」
「そうなんだ…サプライズ?」
「うん、驚かせたくって」
だったら成功だね。すごく驚いたよ。
……クラッカーの音に。
ええと…さて、そんな感じに僕は丸め込まれた。
けれど僕以外の不満は残ってるみたい。
まずは、キタキツネが口をとがらせて文句を言い始めた。
「ねえ、だったらなんでボクたちに黙ってたの?」
「え? だって絶対に一番に祝いたいじゃん」
「ぐ…」
一番が良いから黙ってた……か。
何ともイヅナらしい答えだね。ちょっと安心しちゃった。
けど、やっぱりキタキツネには不服なのかな。
「………確かに、そうだね」
そうでもなかった。
というか、説得されちゃった。
でもまだ一言目だよ?
もしかして、そんなに共感できる考え方だったのかな。
「ボクも…ノリアキの一番になれるなら、それくらいする」
うん、そうらしい。
とりあえずこれで、キタキツネの不満は解決……かな?
あとは、ギンギツネとホッキョクギツネだけど……
「イヅナちゃんのことだし、もう準備も終わってるんでしょ? なら、今になって私からとやかく言うことは無いわ」
「……?」
ギンギツネは半ば諦めてて、ホッキョクギツネは…眠たいのかな?
ともあれ文句はないみたいだし……いいかな。
みんなの様子を見て、イヅナがうんうんと満足げに頷く。
景気づけにもう一つ、始まりの合図のクラッカーを鳴らした。
「よーし、話もまとまったし、早速始めよっか! 待っててね、キッチンにお料理がいっぱいあるから!」
「ああ、だからずっと立て籠もってたのね」
ギンギツネがそう呟いた頃、イヅナは既に部屋の外。
バタバタと走り回って、時に念力で空中に浮かせながら、次々にお皿いっぱいの料理をテーブルに運んで来る。
美味しそう。
確かにとっても美味しそうだけど。
……こんなにたくさん、食べられるかな?
それと、ある食材のせいで色合いがちょっとね…
「…油揚げ、やっぱり多いよね」
「好きなんでしょうね、こんな風に埋め尽くしたいくらいには」
「イヅナさん、今日は張り切ってますね」
感心しているホッキョクギツネ。
キラキラな目でトントンと並べられていく料理を眺めている。
長らくボーっとしてたけど、さっきの話は聞いてたのかな。
一応、聞いてみよっか。
「えっと、ホッキョクギツネ……わ、分かってる?」
「はい。なにか、ノリアキ様にとって特別な日でしょう?」
「……あはは、すっかり忘れてたけどね」
でも、お誕生日か。
改めて考えてみると、とっても不思議な感覚。
僕が生まれた瞬間ってきっと、あのロッジで最初に目を覚ました時だよね。
それを覚えてるなんて珍しい。
もっと言えば、生まれ方も普通じゃないし。
……それは、フレンズのみんなも一緒かな?
ホッキョクギツネを見た。
この子も、動物にサンドスターが当たって生まれたんだよね。
やっぱり不思議だ。
彼女を見つめる瞳に、好奇心が入りこむ。
ホッキョクギツネは僕の視線に気づくことなく、イヅナに視線を向けている。
しばらくの間じっと目で追い続けて、一言。
「…羨ましい」
「え?」
小さく呟かれた言葉に、僕は驚いた。
羨望と呼ばれる感情は、ホッキョクギツネとは縁の遠いものだと思っていたから。
彼女は一瞬僕を見る。
そして正気に戻ったように飛び跳ねて、しどろもどろな弁明を始めた。
「あ、いえ……イヅナさんは、一日も欠かさずに数え続けてきたんですよね。ずっと、今日の為に」
「うん…だと思う」
またイヅナに視線を向ける。
今度は分かった。
秘められた想いは憧憬だ。
「あぁ、やっぱり羨ましいです……そんなこと、わたしには最初から不可能でしたから」
「…そっか。そうだね」
ホッキョクギツネだけは、この島出身じゃないんだ。
この島の外で、ホートクで出会った。
だから、僕の最初の瞬間に立ち会えるわけもない。
出会いの瞬間から既に閉ざされていた可能性。
最初から僕と一緒に居られたイヅナに、いくら羨みの気持ちを抱いても何もおかしいことは無い。
「……でも、そこまで気にしてません」
ふんわりと強く、腕を抱き締められる。
柔らかな上目遣いで、彼女は頬を擦りつけた。
「今、一緒にいられる。それで、十分に幸せです」
「…そっか。ありがとう、ホッキョクギツネ」
みんな、僕を必要としてくれている。
でも僕はきっとそれ以上に、必要とされたがっている。
だからこの優しさに甘えてしまう。
溺れてしまう、温泉のように暖かなドロドロの中に。
お誕生日会はきっと、もっといつもより盛り上がるはず。
「もうすぐ始まりそう…楽しみだね」
「はい、そうですね♪」
「ちょっと、ホッキョクギツネばっかりくっつかないでよ!」
「あらあら、もうお熱くなってるのね…?」
「もう、私が準備してるのにみんな何なのー!?」
あれれ。
おかしいな?
この危なっかしい騒がしさが、もっと欲しい体になっちゃった。
―――――――――
「じゃあ、改めて”おめでとう”の言葉を……」
何処から出したかクラッカー。
大きさはなんと今日一番、中身も音も最大級。
そうだね、耳は閉じておこう。
ふぅと大きく息を吸ったら、その時までのカウントダウン。
「3、2、1……!」
さあ、ついに――!
「これ食べたい! ねぇノリアキ、取って?」
「…え? あ、うん……はい、どうぞ」
遮るようにキタキツネ、僕にジャパリまんを取ってもらおうとする。
味は質素ないつもの青。
パーティーなのに、コレで良いんだ……
「私がこれがいいわ。お願いできる?」
「う、うん…いいよ。はい、ギンギツネ」
それに続いてギンギツネ、こっちは天ぷら、見栄えが良いね。
「あ、あの、ノリアキ様……」
「…これだね、よいしょっと」
ホッキョクギツネはおずおずと、お魚の握り寿司を指差した。
「……」
「えっと、その…イヅナは、どれにする?」
「…これ」
涙目のイヅナ。
この子がこんなに目を赤くしたのは……キタキツネがイタズラで、稲荷寿司の中にワサビを大量に混ぜ込んだ時以来というもの。
勢いに押されて取っちゃった僕も悪いけど、かわいそうだなあ……
とりあえず、イヅナが指差した鼠の天ぷらは取ってあげた。
でも、どうしよう……
「ねえ、誕生日ってそんなに大事? ボクはよく分かんないけど」
イヅナの気持ちを知ってか知らずか――十中八九わざとだろうけど――キタキツネが挑発するような言葉を口にする。
「あはは、キタちゃんには理解できないよね? 大丈夫、期待してないよ」
イヅナもいつもの調子で煽り返して、視線はバチバチ。
結局、普段と大して変わらないご飯の席になっちゃった。
「もう、二人とも落ち着いて?」
「でもキタちゃんは…!」
「イヅナちゃんが…!」
この時ばっかりは口を揃えて、二人は互いを責め立てる。
分かるよ、気持ちが抑えられないこと。
だから、真ん中にいる僕がキッチリ収めないとね。
頭を撫でながら、二人をそっと宥める。
「お願い、今日は我慢してくれないかな? ね、せっかく豪華なご飯がいっぱい並んでるんだからさ」
「ん…」
「で、でも……」
イヅナは納得してくれた。
キタキツネは若干渋っているみたい。
じゃあ……アレ、やろっかな? 後が怖いけど…
「…キタキツネ、お口空けて」
「……あーん」
大きく開いたキタキツネの口に、半分に割った稲荷寿司を押し入れる。
出汁のよく染み込んだお揚げに、単純ながら美味しい酢飯。
一段と気合の込められた、イヅナ一番の力作だ。
「…おいしい」
「うふふ、当たり前でしょ? だって私が作ったんだから…!」
「そう、だったね」
美味しく食べてはいたけれど、”イヅナが作った”と言われると表情を苦くするキタキツネ。
でも手ごたえはあった、もう一押しだね。
「これを食べられるのだってイヅナのおかげだからさ、どうにか…抑えてくれないかな?」
パチンと手を合わせて、懇願のポーズ。
やっぱり最後は頼んで落とす。
単刀直入なお願いごとに勝る言葉は無いよ。
「…わかった。今日は、我慢する」
ほらね。
これで一件落着。
気を取り直して、お誕生日会を楽しもう。
「丸く収まったところで、私から一ついいかしら?」
「ど、どうしたのギンギツネ…?」
「ふふ、あーん」
大きく口を開けて、目の前で止まったギンギツネ。
困った僕が固まっているのを見かねて、今度は耳元で静かに囁いた。
「…私にも、キタキツネみたいに食べさせて欲しいわ?」
「あ、うん…」
やっぱり始まっちゃったよ、食べさせられ合戦。
まあ仕方ない。
今回はイヅナのお寿司の力で説得したけど、食べさせたことには変わりないもんね。
「じゃあ、これでどうかな」
ギンギツネのお口に、サクッと香ばしいかぼちゃの天ぷら。
あむっとくわえたギンギツネは……あ、あれ?
どうしてだろう。
いつまで経っても、食べようとするそぶりを見せない。
「……ん」
…と思ったら、天ぷらを口にしたまま顔をこっちに近づけてきた。
これって、反対側を噛めってことかな?
「む……んん?」
「ふふふ…!」
ギンギツネは笑顔になった。
勘だけど当たったみたい。
「な、なんて食べ方を…!?」
「ねぇ、ボクはそんな風に貰わなかったよっ!」
「あわわ…えっと、わたしはどうしたら…!?」
まあ、騒がしくもなるよね。
僕が心の中で腑に落ちていると、ギンギツネはどことなく不満げ。
こ、この先…
僕には、何をすればいいか分かんないけどな…?
すると、ただでさえ近いのに、ギンギツネはもっとにじり寄ってきて…!
「っ!?」
え、抱き付いてくるの…!?
いきなりの行動にびっくり。
でもそれだけじゃ驚き足りない。
間髪入れる隙もなく、ギンギツネは僕に全体重を預けてきた。
そんな風になったら、もちろん座ったままじゃいられない。
そのまま僕らは倒れ込んで、ついには上に乗られる形に…!
「ちょ、ちょっと…何やってるの!?」
ナイスタイミングの横槍。
ギンギツネを止めたのはイヅナだった。
「もうギンちゃん、好き勝手しないでよ!」
よしよし。
これでイヅナがギンギツネを説得してくれれば、きっと全部安泰だ。
「あら、じゃあ貴女もこっちに来れば?」
「え……?」
あれ、動揺してるような。
まさかとは思うけど、迷ってるのかな…
怖いし、一応
「えっと、イヅナ? ちょっと、助けてくれると嬉しいんだけど……」
天を仰ぐイヅナ。
苦しそうに呻いて、胸元で手を握って、地団太を踏む。
やがて、こちらを見る。
イヅナの目は、とても綺麗に赤らんでいた。
「……ごめんね、ノリくん」
…あはは。
もう、パーティーはめちゃくちゃだね。
―――――――――
「…はい、お茶ですよ」
「ありがとう……何も入ってないよね?」
「あ、当たり前ですってば!」
全力で否定するホッキョクギツネ。
まあ、当然だよね。
よくよく考えたら、お茶に何かおかしな混ぜ物をする方が稀だった。
「えっと、お疲れですか…?」
「そうだね、かなりもみくちゃにされたから…」
一線は越えてないけど、疲れたことに変わりはない。
楽しかったけどね、やっぱり体力が保たないんだ。
でも一年に一度だって思ったら、これくらいはしゃいじゃっても仕方ないのかも。
「明日から、また普段通りの毎日かあ…」
「あ、それなんですけど」
「…え?」
もしかして、まだ終わらないのかな?
「どうやら、他にも何かやるみたいですよ。確か遊園地で、『
「…そっか」
それはとっても、嬉しいな。
「じゃあ、今日は早く寝ないとね」
大丈夫かな。
楽しみすぎて、眠れなくならないといいけど。
「はい……ゆっくりお休みください、ノリアキ様」