キツネとカミサマ   作:ろんめ

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Ⅷ-200 戦う、もう失わないために。

「…まだ座ってる気? いつまで落ち込んでるの?」

「いえ…ご、ごめんなさい……」

 

 オイナリサマは動かない。

 幾ら口で謝られても、行動が無いんじゃ困ったものだ。

 

「あーあ、どうしよっかなぁ…」

 

 ノリくんを助けるために、早く結界の中に入らなきゃいけない。

 

 一番の方法は、すぐそこで蹲っているオイナリサマに手伝ってもらうこと。

 だけど現在の彼女を見ていると、中々に難しそう。

 

 オイナリサマに協力を仰げば、万一の事態が起きても最悪、最後のライフラインだけは残る。

 

 私はそう考えていた。

 

 でも、現実はそう甘くなかった。

 

「神依さん…神依さん…」

 

 オイナリサマの輝きは、イナリアンに奪われた。

 こんな形で彼女が潰されるなんて、夢にも思わなかったよ。

 

「……イヅナさん」

「ん、なに?」

「私は、神依さんの隣に立つのにふさわしいのでしょうか…」

 

 …は?

 

 何を今になって。

 散々、力で好き勝手に自分の想いを通しておいて。

 

「そんなの、本人に聞くしかないじゃん」

「…そう、ですよね」

 

 カラカラと、鬼灯を揺らすように笑って、奪われた中身は空っぽ。

 

 そんな様子が彼女には堪らなく似合わなくて、心に芽生えた違和感と怒りが抑えられなくて……ついつい、言ってしまった。

 

「今の貴女にこんなことを言うのも酷だけど……良い御身分だね? 好き勝手やっておいて、何かあったらそんな風に()()()()()してればいいんだもん」

「わ、私は…」

 

 震えて頭を抱えるオイナリサマ。

 

 だから。

 違うでしょ。

 

 『()()()()()()』。

 

「甘ったれないで。例え輝きを奪われても、貴女はこの状況を打開できる力があるんだから」

 

 カギ括弧付きつきのオイナリサマは、ここには居ない。

 こんな奴を頼りにする義理も、私にはない。

 

「イヅナさん、どこへ…?」

「どこかから、中に忍び込めるかもでしょ?」

 

 確かに、『オイナリサマ』が一番の頼りだ。

 

 だけど。それでも。

 こんな状態の神様なんかに、私は祈ろうと思わない。

 

「私は何も待つ気はないよ。ま、精々早く立ち直ってね? ”守護けもの”の『オイナリサマ』」

 

 

 言いたいことは言った。

 

 

「―――私、は」

 

 

 私はもう、知らないよ。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「―――ふぅ、割と重かったな」

「か‥神依、君…」

 

 背負った身体を布団に下ろすと、それと同時に目を覚ました。

 

 意識を取り戻し、いきなり起き上がろうとする祝明を抑え、俺はそっと毛布を掛けながら言う。

 

「おう、お前はゆっくり休んでろ。怪我してるかもしれないしな」

「ダメだよ、早く行かなきゃ…」

 

 だが祝明は諦めない。

 布団を蹴飛ばし、ゴロゴロと不格好に転がって、よたよたと不安定に足を踏みながら立ち上がる。

 

「行くって、何しに?」

「戦うなら、今しかないよ…」

 

 俺は呆れた。

 頭でも打って戦闘狂になったか?

 

 どうであれ止めるしかない。

 肩を掴んで揺さぶり、若干語気を強めてたしなめる。

 

「お前、今の状況分かってるのか?」

「当然、しっかり理解してるよ」

 

 ニコニコ笑いながら、心にも無いことを言う。

 誤魔化そうとしたって、お前の様子を見ていれば分かる。

 

 現実を見ずに、無謀を働こうとしてることくらい。

 

 だから、俺はもっと踏み込んででも祝明を止める。

 

「してないだろ。負けたばっかりだぞ、”勝てない”って思い知らされたばっかりだぞ…?」

「まあ…そうだね」

「だったら…!」

 

 おかしい。

 

 俺の方が正しい、そのはずなのに。

 

 なのになんで、こんなに説得することが辛いんだ。

 

「でも今、このチャンスをを逃したら…()()()勝てなくなる」

「…どういう意味だ?」

 

 解ってる。

 

 本心では待っている、祝明の反論を。

 

 臆病な俺の論理武装を、全て解き放ってくれと願っている。

 

 

 でも、()()()()なんて、俺にはもう―――

 

 

「アイツ――イナリアンは確かに強いよ。だけど、無限のエネルギーを持ってるわけじゃない。オイナリサマとの戦いで、確実に消耗しているんだ」

 

 祝明は語った。

 実際にアイツと戦うことで気づいた感覚を。

 

「アイツは時々攻めあぐねてた。僕が無防備になったタイミングでも、時折唇を噛みながら見逃していた」

「だから、本調子じゃないと…?」

 

 得意げに頷く祝明。

 その神経がまるっきり理解できない。

 

 どちらにしたって、勝てないのは確実なんだろ…?

 

「今戦えば…後回しにするより、勝てる確率が高くなる」

 

 勝率が高くなる?

 

 戯言を。

 確かにゼロじゃないだけマシかもな。

 

 でも、何千分の一だ?

 

 どれだけの無茶を重ねて、ようやく掴める勝利なんだ?

 

 …騙されるかよ、そんな甘言なんかに。

 

「そもそも敵いやしないだろ? 俺も、お前も…」

()()()、手を組むんだよ」

 

 なんだ、その手は。

 こんな愚直に、真っ直ぐに突き出してきやがって。

 

 ……取れって言うのか?

 

「僕が、イヅナに教えてもらった妖術で神依君に取り憑く。そうすれば僕たちは、二人分の力を合わせて戦える」

「そんなこと、言われたってな…」

 

 どれだけ考えを巡らせても、その手の意味は解らない。

 

「どうして、そこまでするんだ……? こんな事しなくたって、お前は出られるんだぞ?」

 

 だから、優しく弾いた。

 

 なのにまた、手は差し出される。

 

「ねえ神依君。これはね、君にとってのチャンスでもあるんだよ」

「……俺に、とっての?」

 

 深く頷いて、祝明は続ける。

 

「今戦えば、変えられるよ。嫌なんでしょ、こんな現実。立ち向かわなきゃ、今なら、それが出来るんだよ……!?」

「っ……」

 

 

「ねぇ神依君。これ以上、振り回されていたい?」

 

 

 全く…卑怯な質問しやがって。

 そんな風に聞かれたら、頷ける訳ないだろう?

 

「……嫌だね、そんなの」

 

 

 決めた、俺は戦う。

 

 

「ちょっとくらい抗ったって、罰は当たらないよな」

「罰なんて、跳ね返しちゃえばいいんだよ」

「ハハ……そうだな」

 

 

 差し出された祝明の手を、俺は固く握りしめた。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「あ、カムくん……おや?」

「…どうした、黒イナリ?」

 

 境内に入るや否や、冷え切った黒イナリの声色。

 彼女は俺に指を突きつけ、中にいる祝明に話し掛ける。

 

「残念ですが、隠れていても分かりますよ」

「残念ながら、祝明は隠れてなんて無いぜ」

 

 見せつけるように、俺はサンドスターで槍を形作る。

 どうしてか懐かしい形だ、祝明は良いチョイスをしたな。

 

「俺()()は、戦いに来たんだからな」

「……ふふ、なるほど」

 

 額に手を当て、わざとらしく呆れて見せる黒イナリ。

 

 次の瞬間には目を見開き、人を食う様な狂気的な表情で、しゃらしゃらと鈴を転がす。

 

「…カムくんは、()()()に騙されているんですね?」

「悪い狐はお前だろ、散々暴れてくれやがって」

 

 コテン、首をほぼ直角に倒す。

 

 手で引っ張ってすぐに戻し、両手で頭を抱えて、今度はわなわなと声を震わせてヒステリックな叫びを披露してくれた。

 

「ワタシは、カムくんの為に戦ったんですよ! どうして分かってくれないんですか…!?」

 

 何度も聞いたよ、()()()って。

 オイナリサマもそう言ってた。

 

 けどな…そんなの、もう散々なんだ。

 

「……ま、言い訳は後で聞かせてもらうよ。俺たちが勝った後にな」

「本当に残念です。まさかこの手で、貴方を傷つけなければならないなんて…」

「御託は良い、()()()

 

 構える。

 

 合図を唱える。

 

「おいで……()()()()

『分かったよ、神依君』

 

 返事は貰った。

 

 

 さあ、決戦の始まりだ。

 

 

「うおおおおっ!」

 

 まずは初撃。

 

 最速で踏み出し、全速力のスプリント。

 走りの勢いと腕の振りかぶりを乗せ、俺でも視認に困る速度で槍を下から振り上げた。

 

「ふっ…」

「まだまだ…!」

 

 振り上げた後は勿論…叩き落としだ。

 

 槍の先全体を使って圧し潰すように、か細い槍に詰め込んだ質量全てを利用する感覚で―――

 

『神依君、下がってっ!』

「了解…くっ!」

 

 攻撃を止めて飛び退くと、立っていた場所に降るのは斬撃。

 

「あら、不意を突いたと思ったのに…」

「あ、危なかった…!」

 

 祝明が声を掛けてくれていなかったら、今頃俺は真っ二つ。

 

 黒イナリの奴、いよいよ容赦なく俺を制圧する気だな。

 

 無論、そう来なくては。

 相手を本気にさせられなければ、例の()()()()も使えっこない。

 

「では、今度はワタシの方から参りますね?」

 

 言い終わるのと同時に、黒イナリは姿を消す。

 一瞬見えた魔法陣からして、転移の術だろうか。

 

 見回してみても姿はない、俺にはすっかりお手上げだな。

 

 

 だから…任せたぜ。

 

 

『…左後ろ、木の陰から!』

「分かった…!」

 

 右足を軸にターンし、槍の柄で防御。

 

「飛び道具か…!」

 

 寸前まで迫っていた矢を、食らうことなく弾き飛ばした。

 

「これも防ぎますか。なら…」

「させるかっ!」

「うっ…!?」

 

 次の矢を番えている間に接近。

 遠距離武器も詰められてしまえば木偶の坊だ。

 

 槍先と、脚。

 

 まずは黒イナリに二撃、先制攻撃を叩き込めた。

 

 黒イナリは咄嗟に脱出し、森の中へと姿をくらました。

 

『一旦下がって、建物を背に仕切り直して』

「ま、深入りは危険だよな…!」

 

 背後からの追い打ちを警戒しながら、見晴らしのいい神社付近で構えなおす。

 

「…調子は良い方だな」

『ここまではね。崩されないように、気を抜かないでね』

「当たり前だ」

 

 会話を交わしながら、油は断たない。

 

「祝明は掴んだか?」

『近くにはいない、治療してるのかも』

 

 視認できる範囲は俺が。

 死角や遠くは祝明が。

 

 

 二人分の視覚を利用した共同作戦、今のところは順調だ。

 

 

『…来る。刀を持ってるね』

 

 お、いよいよ第二陣か。

 

『覚えてる? 刀との戦い方』

「ああ、付け焼刃だけどな」

『なら大丈夫、足りない分は僕がサポートする』

「へへ、頼もしいこった」

 

 祝明が、頭の中でカウントダウンを始める。

 

『5…4…3…』

 

 ゼロになる時が、出現の時。

 その瞬間を、俺たちは見逃さない。

 

 

『―――0』

 

 

「ワタシは、絶対負けない…!」

「そろそろ休みな、満身創痍だろっ!」

 

 茂みから飛び出した狐の懐、刀さえ振るえない超至近距離に飛び込む。

 

 完全に先手を取った。

 主導権は俺たちの手の中だ。

 

「でも、その距離なら槍だって…」

「ああ、そうだな」

 

 

 だから、()でやる。

 

 

「ぐぅっ……!?」

「喰らえ…吹っ飛べっ!」

 

 全力を込めて、黒イナリを木の幹に叩き付ける。

 間髪入れずに横の蹴りを入れ、石畳の上に転がした。

 

「さて、そろそろ終わりか?」

「ま、まだまだ…!」

『まだ余力はあるみたい、くれぐれも…』

 

 ああ、油断なんてしないさ。

 きっちりと、倒せる内にやってやる。

 

 黒イナリはよろよろと、刀を構えなおして立ち上がる。

 

「ちっ、案外やれそうじゃねぇか」

 

 無防備に起きるならもう一撃くらい入れてやろうと思っていたが、俺の予想以上にコイツはしぶとい。

 

 アレを使うタイミングも、吟味しないとマズそうだな。

 

「カムくん…ワタシが、そんなに嫌い?」

「嫌いも何も、セルリアンだろお前」

 

 ついに始まった泣き落とし。

 茶番に付き合うつもりもないしと、適当に煽りの言葉を返す。

 

 直後、その選択を後悔した。

 

「だから何? カムくんだってセルリアンじゃんっ…! オイナリサマはフレンズだけど、やったことはセルリアンより悪辣じゃないっ!」

 

 跳ね返されたド正論。

 この時ばかりは、ほんの少し戦意が削られてしまった。

 

『……あれ?』

「どうした、祝明?」

『ううん、まだ推測だから…話せない』

 

 今のアイツの言動に、何か首を傾げる所でもあったのか。

 

 まあいい。

 そういう部分はブレーン様にお任せしよう。

 

 

『口調も変、内容も不思議。どうして、イナリアンが……?』

 

 

 答えには近づいてるみたいだな。

 

 だから、俺は俺の仕事を。

 一刻も早く、アイツを制圧しないとな。

 

「さあ、そろそろ終わりにしようぜ?」

「……いえ、そうは行きません」

「よく言うぜ、ボロボロの癖に」

 

 オイナリサマに勝った。

 確かに凄まじい戦績だが、如何せんそれにエネルギーを使いすぎたな。

 

 だからこのまま、堅実に連携を重ねれば勝てると、俺はそう確信していた。

 

 

「もう見つけましたよ、貴方達の()()は」

 

 

 だが、黒イナリは不敵に微笑む。

 

 

「へぇ、弱点って?」

「ブレーンは彼、戦いはカムくん。脅威は連携速度。ならば…」

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 呟きと共に、発動される妖術。

 

「……えっ?」

「………の、祝明?」

 

 次の瞬間、俺の目の前には祝明がいた。

 

「しまっ…神依君っ!」

 

 憑依が解除されたのか。

 

 だが慌てはしない。祝明は咄嗟に手を伸ばす。

 

 その手を掴めば、もう一度取り憑くことが出来る。

 

 

 ……でも。

 

 

「ぐあっ!?」

「そんなこと、許すはずないですよね?」

 

 黒イナリに、止められる。

 

「さて、形勢逆転です」

 

 パチパチパチ。

 

 仕事終わりの三拍子。

 軽く手を叩いて、黒イナリはゆっくりと距離を詰める。

 

 何より俺の心を嬲るため。

 

 最後の柱を、跡形もなく折ってしまうため。

 

「く、来るな…」

 

 思惑通り、俺の心はまた潰れかける。

 きっと、取り返しがつかなくなるまであと数秒。

 

 そこに手を差し伸べたのは…やっぱり、アイツだった。

 

 アイツはいきなり、自慢の推理を披露する探偵のように、物語りを始めた。

 

「神依君、勝てるかどうかは君次第。君が()()()()()に掛かってるんだ」

「は…どういう意味だよ?」

 

 またまたチンプンカンプンな言葉。

 だけど祝明の物言いは確信に満ちていた。

 

 アイツは、とても得意げに話しかける。

 

 まるで、犯人を問い詰める探偵のように。

 

「ねぇ、そこの黒いオイナリサマ」

「なんですか?」

「ずっと不思議に思ってたんだよね。どうして貴女がここに、こんな風にして存在しているのか」

 

 ゆったりと体を起こして、黒イナリを見上げて、祝明は問いかける。

 

 

「ねぇ、もしかして貴女って……()()()()()()()()()()()()()()?」

「…っ!?」

 

 

 まるで、何気ない日常の疑問を解き明かした幼子のような。

 

 そんな無邪気さに満ちた目で――

 

 

「どうして、それを…!?」

 

 

 ――祝明は、核心を穿ち貫いた。

 

 

 

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