キツネとカミサマ   作:ろんめ

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幕間 イヅナの記憶編
0-34 イヅナの思い出 前編


『カミサマって、なに? カミサマは、私たちを守ってくれるの?』

 

 初めてカミサマというものについて知ったとき、こんな質問をした。

 

『何かと思えば、中々難しい質問じゃな。……そうじゃな、守るというよりかは――』

 

あれは、私が『目覚めて』すぐのことだった。

 

 

 

 

 私はイヅナ、知っていると思うけど、化け狐だ。狐の妖怪といっても様々な種類がある。その中でも私は、管狐と呼ばれる憑き物の一種らしい。

 ただここの神主様によれば、私はちょっとした事情のせいでただの管狐とはわけが違うみたいだけど。

 

「神主様、おはようございます!」

 

「おはよう、寝坊助にしては早い朝じゃの」

 

「も、もう寝坊助じゃないですよお……」

 

 

 私たちがいる神社は、とある町のはずれにある。その町は大きくはないけど、ここに訪れてくれる人は少なくない。私は霊体だから、私の姿を見ることができる人はそう多くはないけれど。

 まあこの神社の仕事は忙しすぎず、それなりに細々とやっていけているらしい、それでもこの神社にお仕えしている人はこの神主様1人だけだから、最近辛い仕事が増えたと愚痴を言っていた。

 

 

 当然、この神社に居つく化け物の類は私だけではない。他の幽霊の子もいるし、時折妖怪もちょっかいを掛けようとやってくることがある。来るたびに神主様が退治するのだが、時々我慢強い妖怪が何度もやってきてそのままなし崩し的に数年ほど住み着いてしまうこともあるみたいだ。神主様曰く、こんな風に化け物が住みつくことのある神社は珍しいみたい。それも、神主様の体質に原因があると聞いている。

 

 

 ちょうど今は、妖怪になった化け狸が一匹住んでいる。ここに住み着いたのは私が目覚める前のことで、神主様からは『ポン吉』と呼ばれている。その名前の由来は何か聞いてみたら、ただ適当にそれっぽい名前を付けただけだった。『イヅナ』というしっかりした名前をもらえた私は幸運なのだろう。実際ポン吉に「お前みたいな名前が欲しかった」と言われたことがある。でも神主様は『寝坊助』としか呼んでくれない。

 

 

 さて、そろそろ私が神主様に『寝坊助』と呼ばれている理由を語らなければいけない頃合いだろう。それについて説明するには、私たち化け狐の一生について話すことから始めなければならない。

 

 化け狐の一生、それは動物霊が生まれることから始まる。動物霊は自我を持たない、ただそこに存在しているだけ。

 だがしばらくすると、その動物霊たちも自我を持つようになる、いわば物心が付くようなものだ。この出来事を『目覚め』と言って、『目覚める』とは自我を持つことなのだ。

 しかし、この段階でそれぞれの違いが現れ始める。

 

 一般に動物霊として誕生してから数十年から百年ほどで目覚め、それぞれの特徴をもった個体に変化していく。具体的なところは省くが、この段階で目覚めることができない個体が現れる。こんな霊は、そのうち消滅してしまう。

 

 

 そのボーダーラインはおよそ200年、これを越えても目覚めない個体はいずれ消滅するとみなされ見捨てられてしまう。

 

 私も、200年経っても『目覚めない』個体の1人だった。ただ他と違っていたのは、その後およそ1300年、消滅しないままここに残り続けたことだ。

 

 この神社に生まれた今の神主様が赤ちゃんの時から、いや神主様の遠いご先祖の時代から私は動物霊として存在していたことになる。

 

そして、ようやく自我を手に入れたのがここ数週間のことだ。自分の存在をはっきりと認識して、自由に体を動かせる。霊体だけど。

 

 眠っているうちになかなか私は知る妖怪は知る有名な存在になっていたみたいで、同じく私の存在を知っていたポン吉は、「天変地異が起こるぞ」とあたりに言いふらしていた。迷惑極まりない。

 

 およそ1300年、目覚めずに眠っていたというのが、私が寝坊助と呼ばれている所以である。

 

 

 はて、つい数日前ようやく自分を認識した者がなぜこんなに流暢に自分の身の上話や周りの話をできるのだろう。実を言ってしまえば分からない。ただ、神主様の説明は聞いてすぐに理解できた。他の狐は飲み込むのに数週間かかることも珍しくないらしく、神主様は「強い力を持つが故、眠りが長くなったのかもしれぬな」と言っていた。

 

 実際、強い力を持つ狐霊は200年ギリギリまで眠っていることがあるらしい。妖怪の類は長く生きれば生きるほど強い力を持つようになる。力の増え方は眠っていても目覚めてからも変わらないが、目覚めが遅くなればなるほど伸びしろが長くなる。

 

 ちなみに1300年という歳月も、私の妖力量を神主様が計って試算した数値だ。その昔からここに神社があったわけではないからね。

 

まあどちらにせよ、他の子と比べて気の遠くなるような歳月を眠って過ごしていたことになる。

 

 いくら強い力を持つとはいえ、起きてすぐのときは眠気のようなもやが頭にかかっていて、おかげで私は能力を不完全なまま誰か――たしか少年だった気がする――にかけてしまった。後にそのことを神主様が知るとカンカンになり、3日の間目が合うたびに説教をされたこともあった。

 

 

 ……能力、そう、能力だ! それについても説明しておく必要があるに違いない。霊はある程度以上の力を持つと、個体特有の能力を持つようになる。特有と言っても十数年に一度のペースで同じ能力を持つ個体が現れるといわれている。

 

 勘がいい人はもう分かっているかもしれないけど、私が手に入れた能力は普通のものではなかった。

 

 『記憶』……ヒト、動物を問わず――もしかしたら無機物にも――記憶に干渉することができるらしい。

 

 だから、前述した不完全なままかけた能力、それはその人の記憶に影響を与えたんだと思われる。

 

 

 

「なあイヅナ、知ってるか?」

 と話しかけてきたのはポン吉だ。

 

「…………」

 

「待て、記憶を覗こうとするな」

 

 バレてしまった。

 

「……主のこと?」

 

「なんだ、もう見ちまったのか? まあそうだ、お前もそのうち見つけなきゃいけないぞ」

 

「……うん」

 

 管狐は、目覚めてから数年のうちに主を見つけ、使えるのがしきたりだ。その主というのはいわゆる『飯綱使い』という職業の人たちのことだ。

 

 

「ただ、お前は難しいかもしれないな」

 

「ポン吉もそう思う?」

 

「ああ、寝坊助イヅナに仕事は難しいな」

 

「だから、も、もう寝坊助じゃないんだって!」

 

 

 神主様にも、私が主を見つけるのは困難だと言われている。

 

 第一に、少し有名になりすぎたみたい。1300年も眠っていた霊が目覚めたとあればその話は瞬く間に伝わる、遠くにも私を知る者がいるらしい。

 

 そしてもう一つ、能力が強すぎること、つまり能力が主にとって不都合になる可能性が高いらしいのだ。記憶に干渉されては主の側がいいように扱われるかもしれないし、何か起こった時にこちらに疑惑の目が向くことも少なくないみたい。

 

 そんなことも重なって並大抵の飯綱使いは尻込みしてしまい、私の主に名乗り出る者は当分現れないだろう、というのが神主様の見解だ。

 

 

 

「ま、神主様は優しいからお前もここに置いてくれるだろ」

 

「……そうだね」

 

「それにしても驚いたぜ、神主様も俺も、向こう1000年は寝続けるんじゃないかって思ってたからな、神主様が言うには、何かがお前の魂を『刺激』した結果、目覚めちまったんじゃないかってさ」

 

「……うん」

 

「おいおいなんだよ、そんな落ち込んで」

 

「この神社、人は来てくれるけど、他の幽霊のことかは全然いないな……って」

 

「ああー……そりゃアレだ、お前が強すぎるんだな、能力然り妖力然り、とんでもないオーラ放ってるから、あまりそういうのに敏感じゃない人は来るけど、敏感に反応する(あやかし)とか動物は寄ってこないんだ」

 

「……神主様は?」

 

「神主様とかはそういうのに慣れてるからな、お前の気に当てられたりはしないさ」

 

「……そっか」

 

「寂しいのか?」

 

「寂しいよ、でも、大丈夫……ふふふ」

 

「ハァ…………」

 

「な、なんでため息なの!?」

 

「なんでってお前、例のアレだろ?」

 

「そ、そんな言い方しないでよ、だって、私の……運命の人、なんだから」

 

「……呆れるな」

 

 

 なんでか呆れ顔のポン吉のことは置いておくとして、私の運命の人、それは前にも言った『私が能力を掛けた男の子』だ。

 

 神主様に聞いた、「どんな者も、能力が不安定なうちはよほどのことがない限りそれを行使することは少ないのじゃ」と。

 

 それはつまり、彼に能力を使う『よほどのこと』があったということだ。そしてそれはつまり、私の運命の人であるからに他ならない。

 

そう話せば、

 

「もう1万年寝ていた方がいいのではないか?」と神主様に言われ、

「ハハハ、天才狐の考えは分からないな」とポン吉に揶揄され、

ともかく散々な言われようだった。

 

 

 でも、そうに違いない、彼のことを思うと何か分からないとても不思議な感情が身をよぎる。他とは違う特別を感じる。

 記憶を操る私の記憶があいまいではっきり誰とは分からないのが残念だが、私の感覚すべてが運命を感じている。理屈で説明できるものじゃないけど、運命なんてそんなものに決まってるよ。

 

 

 

 

「お前、本当に信じてるのか?」

 

「うん、彼は私にとって『カミサマ』みたいなものなの」

 

「……それを聞いたら神主様怒るだろうな」

 

「いいの、私にしか分からないことだもの」

 

「だろうけどな、まあ、やりすぎるなよ?」

 

「え……何を?」

 

「ま、俺にとっても何となくだが、その運命の人について語ってるとき、その時のお前の妖力が――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――とんでもなく、どす黒く見えるんだよ」

 

 

「……アハハ、冗談でしょ」

 

 

真っ黒なわけないじゃない、こんなに純粋な思いで、こんなに真っ白な狐なのに。

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