キツネとカミサマ   作:ろんめ

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0-35 イヅナの思い出 中編

「やっぱり、見つからなかったかぁ……」 

 

今日で、私が目覚めてから1年、案の定、私の主になってくれる飯綱使いは現れなかった。

 

「ま、そんな落ち込むなよ、俺はこうなると予見してたけどな」

 

「ポン吉……」

 

「おかげで俺の懐もこれ以上ないほど潤った!」

 

「なっ、賭けてたの!?」

 

 この化け狸、他人の事情――人間に例えるなら就職事情――を金づるとして……

 

「ハハ、冗談だ、でもお前も予想できなかったわけじゃないだろ?」

 

「……そうだけど」

 

 要は、私が強すぎて主が見つからない、嫌味に聞こえるかもしれないけど、実際にそういうことなんだ。

 

「ま、そう焦るな……お前は半端な存在じゃない。だったら数千年に一度の力を持つ人間だってお前の所に現れてくれるだろ」

 

「そ、それって……!」

 

 やっぱり私には運命の――

 

「……頭の中がピンク色だな」

 

「何よ! ……でも」

 

 この1年の間、ポン吉にはこれ以上ないほどお世話になった。他の子――ポン吉以外の妖怪や幽霊――は、私を怖がって誰も近づいてくれなかった。神社に参拝してくれる人も、私を見ることができる人はいなかった。できることといえば私からちょっと悪戯を仕掛けるくらいだ。その後神主様に叱られた。

 

 それは置いといて、ポン吉はそんな私の心の拠り所の1つになってくれた。神主様でも、未だだれか分からない運命の人でもない、妖怪の友達の一人として、私と接してくれた。

 

 

「ポン吉のおかげで、少しは、寂しくなかった……ありがと」

 

「…………イヅナ」

 

 

 ポン吉がゆっくり近づいてきて……手を私の顔にかざして……デコピンをした。

 

 

「うう、いてて……」

 

「なんだよしんみりとしやがって、まだ1年だろ? これから長いんだから、そういうことは今生の別れの時にでも言ってくれよ」

 

「……ふふ、うん、そうする」

 

「というか、1300年生きてても寂しさとか感じるんだな」

 

「だ、だって眠ってた時のことは覚えてないし……」

 

 だから、今自覚している私――『イヅナ』という存在は少し前に()()を迎えたと言える。

 

 

「……そうだ、未だいない主の件で神主様がお前に話があるってさ」

 

「わかった……というか、ポン吉は大丈夫なの?」

 

「俺か? 俺の主は神主様だ、お前が目覚める前までな」

 

 さらっとポン吉が衝撃の告白。いつもポン吉は大事なことを物のついでのように言うのだから困ったものだ。

 

「……だから、お前とこんな風に何気なく話せるのも、神主様に力を分けてもらったおかげなんだ。……だからお礼なら、神主様にまとめて言っておきな……じゃあな、イヅナ」

 

「そっか、じゃあ行ってくるね」

 

 ポン吉の力じゃなくて、あくまで神主様の力。それを気にしているのか、ポン吉の背中は少し(うれ)いを帯びているように見えた。

 

 そしてこの時、ポン吉が「じゃあな」と私に言ったことを気にも留めなかったし、その意味も分からなかった。

 

 

 

 

 今の時間は正午、この時間帯、神主様は境内の掃除をしていることが多い。

 

「神主様、お話って何ですか?」

 

「来たか、寝坊助……いや、イヅナよ」

 

「……神主様?」

 

 聞き間違い? いやそんなはずはない、確かに今神主様は私のことを『イヅナ』と呼んだ。初めて寝坊助ではなく、神主様が付けてくれた名前で呼んでくれた。

 

「せっかく()()()()()()()お前に付けてやった名前じゃ、今日ぐらいはそれで呼んでやらないと、って思ってな」

 

 今日、ぐらいは……?

 

「イヅナ、、前々から思っていたことじゃが、お前を飯綱使いに任せるには、お前は強すぎる。この神社の看板として置いてやろうとも考えたが、こんな狭いところに縛り付けるのは好まぬ」

 

「神主様、それって……」

 

「イヅナよ、独り立ちし、自分の意志で生きてゆくのじゃ」

 

「…………」

 

「安心せい、お前は強い、1人で十分やっていける」

 

「そんな、私、ここに――」

 

「駄目じゃ!」

 

 強い、威圧するような声。

かつて私を叱った時も、こんな声は出さなかった。

 

「行ってこい、イヅナ。立派にならぬうちは、ここに来るのではないぞ」

 

 私は……私は――

 

「…ぅ……神主様……」

 

 辛い、寂しい、でも、覚悟を決めなきゃ。

 

「今まで、ありがとうございました……」

 

 

 

「――行ってきます」

 

 ポン吉に別れは言えなかった。だけど、ポン吉が私に言った言葉を思い出して、すでに神主様から聞いていたんだな、と気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あてもなく、ただどこへというわけでもなく、私は1年間過ごし慣れ親しんだ神社を飛び出した。

 

 

 初めに都会に行ってみた。

ひしめく人混み。

天高く並び立つビルの森。

レールの上を定刻通り走る列車。

 

 人々の中に、神も、妖怪も、幽霊も、心の底から信じている者はいなかった。

 

無神論、科学による否定、「いたら面白い」という娯楽としてのオカルト。

 

華やかで、賑やかで、その国の先端を行っている、中心都市。

きっと人間はここで暮らしたり、買い物をしたり、友人や恋人と遊んだり――

 

人間にとっては、これ以上ないほど楽しいところだろう。でも私にとって、そこは息苦しい場所である以外に存在のしようがなかった。

 

 私は、人と機械にあふれた都を去った。

 

 

 

 

 やはり私には、地方の信仰が深い土地でのびのびと暮らすことの方が向いているのかもしれない。

 

以前住んでいた神社がある土地、それよりもずっと田舎と呼べる地域にやってきた。

 

 緑にあふれ、空気も水も澄んでいて、時間が過ぎることへの焦燥は人々から感じられなかった。もっとも、都会の人々と比べての話だけど。

 

 この村には神社が2社あった。2つの建物は村を挟んで対極の位置に存在していた。この村の神社はお稲荷様を祀っているものと、あとよく分からないものを祀っているものがあるみたいだ。

 

 この村の人たちの生活、食事、祭事――挙げられることは尽きないだろう。けれども私にとってはそんなことはどうでもいいこと。

 

 私の目に留まったのは神社の扱いだった。2つあるうちの、お稲荷様を祀っている方――その神社は境内の掃除がなっていない、どころか一切していない。それなりの大きさがあるにも拘らず全く手入れがされていない。その分の労力はもう1つの神社にのみ費やされているようだ。

 

 ここの人たちはいい人が多いのかもしれない。神のことも信じているのかもしれない。だけど稲荷を軽視するところに定住しようとは思えない。

 

ふと私がこの神社を再建させてあげようかとも思ったけど、やっぱりやめた。

 

 その後いくつか街や村を巡ってみたけど、私が気に入るものは見つからなかった。

 これは不運だろうか、もしくは私の高望みだろうか。

 

 

 

 

「はあ……」

 

 私はとある港の岸壁に腰掛け、足をゆらゆらと揺らしていた。もちろん幽霊だからやろうと思えばすり抜けるし足もないようなものだけど。

 

もう黄昏時、沈みかけている太陽が水面に反射してとても美しかった。

 

「……海の、向こう側」

 

そうだ、何もこの国にこだわる必要なんてないじゃないか。

 

こことは言葉も文化も何もかも違うけれど、だからこそ私に会った場所が見つかるかもしれない。

 

 

そう思って、私は海を渡ることにした。

 

 

 

 

海の上をユラユラと漂って数時間、私は海の真ん中――海に真ん中なんてあるのかな? まあいいや――に、いくつかの大きな島の集まりを見つけた。

 

「なんだろ、ちょっと寄ってこっかな」

 

 どの島に降り立とうか、建物は少ないながらもポツポツと点在している、だけど興味を惹かれるものはなかった。結局、よく目立つ大きい火山のある島に降りることにした。

 

 

「っとと、どんな場所かな?」

 

 人の気配は感じない……植物が多くて、和やかな空気だ。元居た陸地と変わらぬ景色、唯一異なるのは仰いだ山頂から虹色のキラキラした何かが天に昇っていることだけだ。

 

 多分探せば誰かいるはず、空を飛んで探してみよう。

 

 私が降りたところは港、火山の方を向くと右手に森や平地、左手に褐色の地面と草、多分サバンナ……とかいうところだ。その奥には深緑の木々が生い茂っている様子が見える。……きっとジャングルだ。

 

人が居そうなのは……右手の方向かなぁ……

 

 さてさて、そちらにしばらく飛ぶと、開けた場所と木でできた建物が見えてきた。きっとこの中に誰かいるはず!

 

私は扉をすり抜けてその建物の中に入った。

 

 中を見ると……いた……だけど、何かおかしい。

確かにヒトのように椅子に座って何かを書いているけれど、頭からは動物の耳が生えていて、ヒトの耳もついている。少し視線を下に落とせば、尻尾も生えている。

 どうやら、ここの住人も一風変わった人たちのようだ。

 

「オオカミさん、マンガはどうですか?」

 

「アリツカゲラか、うん、いい感じだよ……ジャパリまん? ありがとう、頂くよ」

 

 さっきまで何かを書いていた方はオオカミ、そしてオオカミに話しかけたのはアリツカゲラというらしい、そして机の上にあるのはマンガらしいから、『書いて』ではなく『描いて』と訂正することにしよう。

 

 その後も会話をこっそりと聞いたけど、彼女たちの不思議な姿の理由は分からなかった。あの山のキラキラが……と予想することはできるけど、いまいち確証がないからもっと明確な証拠が欲しい。

 

 どこかに資料館でもないかな、と思いながら私はその建物から立ち去った。

 

 

 

  森から離れるように移動し、次に着いたのは雪山、その麓には旅館らしき建物があった、おそらくここにもあの不思議な動物の耳や尻尾を持つ人がいることだろう。

 

 しかしてその中にいたのは、金髪と銀髪の狐の特徴をもった2人だった。

 

「キタキツネ、いつまでゲームしてるの?」

「えぇー、もうちょっとー……」

「朝からそう言い続けてもう昼過ぎじゃない……」

 

 まさか狐がいるなんて……それはそうとして、『キタキツネ』や『ギンギツネ』は動物の種を表す名前だ、それでお互いを呼んでいるということは、この子たちのほかに『キタキツネ』、『ギンギツネ』はいないということになるのかな?

 

 そう考えると『アリツカゲラ』はよく知らないからいいとして、『オオカミ』は示す範囲が広すぎる気がする…………もしかして略して呼ばれていた? そう考えるのが自然だ。

 

 しかし、ここにもこの子たちのことが分かるようなものは置いてなかったから、次を目指すことにした。

 

「……あれ?」

「どうしたの、キタキツネ」

「……だれか、いたような気がする」

 

 

 

 

 

 

 ここで進む方向を大体直角に曲げて、次に到着したのは水辺の土地だった。

 

 水が広がっていて、少し飛び出したところに何かが建設されている。まだ完成していないようだ。

 

 覗いてみると、似た格好をした5人組が歌ったり踊ったりしている……これは、人間たちの言うところの『アイドル』というものなのだろうか?

 

 どちらにせよここに探し物はないと思うし、早く次に行きたいからすぐにそこは立ち去った。

 

 

 

 

 そして再び、森が見えてきた。

今度はその奥に何やら高い建物が。もしかしたら期待できるかもしれない。

 

 そしてその期待通り、そこは図書館だった。図書館となれば、私の欲しい情報が手に入るに違いない。

 

 そこにはフクロウが2人、もしかして司書さんなのかな? まあ話しかけても聞こえるはずはないから、勝手に本を漁ってしまいましょう。

 

 

 

 しばらく、まあ大体3ヶ月程度そこに入り浸って、そこにあった本のあれやこれやを引っ張り出して読んでいった。

 

 そのおかげで、フレンズ、サンドスター、セルリアン等々、この島で過ごして行く上での基本的な情報はあらかた手に入れることができた。

 

そのうちこの島にも愛着がわいてきて、ここで暮らしてもいいかな、と思い始めるようになってきた。でも、私は霊だからみんなに話しかけることができなくて寂しい。

 

 そこで、みんなと話せるように生身の体が欲しい、私は考えた。みんなと同じフレンズになれば、みんなと友達になれるに違いない、と。

 

 そのために、私は火山の噴火に目を付けた。サンドスターが沢山火山から噴き出すその日、火山に赴いてそれを浴びればフレンズになれるはず。

 

 

 そこで、私はしばらく火山の近くで待機し、その日を待った。

 

 

 

 

 

そして、その日はやってきた。

 

 

轟音、地面の揺れ。

 

それとともに虹色の輝きが天高く舞い上がった。

 

私はその中の塊の1つに近づき、ゆっくりと手を伸ばして――

 

 

 

 

 

――すり抜けた。

 

 

 理解ができなかった。何度も手を伸ばし、その度に手は空を切った。

 

ああ、そうなのか、霊である私には、霊でなくなることすら許されないのか。

 

 

 空しい気持ちで、まだ一縷の望みを持ったまま、サバンナへと飛んでいくサンドスターを追いかけた。

 

着地点の近くに、誰かいる。その近くに、何か落ちている。

 

より低くまで降りると、それが帽子であることが分かった。サンドスターはそれに吸い込まれるように落ちていく。

 

 

 

そしてその帽子に触れた瞬間、そこから影が伸び、紛れのない”ヒト”が生まれた。

 

「あ、あれは……?」

 

背中にかばんを背負い、少しおびえている彼女は、サバンナの向こうへと歩みを進めていく。

 

「……アハハ……」

 

 フレンズの誕生、私がなれなかった存在。

 

憧憬、嫉妬、羨望。

 

そんな気持ちをごちゃまぜにしながら、私は彼女のあとについていった。

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