キツネとカミサマ   作:ろんめ

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4-40 見つけてサンドスター

『サンドスターの性質についての考察と推論』

 

『キョウシュウエリアにおいて、サンドスターは島の中央に位置する火山より噴出している。

 

 サンドスターの接触によるフレンズ化、気候条件の変動、サンドスター・ロウと関連したセルリアン(Cellien)の生成については他エリアと同様の現象が発生する。

 

 この報告では、キョウシュウエリアにおける実験、観測の結果などから、サンドスター及びサンドスター・ロウの性質について考察する。

 

 始めに結論を述べると、サンドスターの性質の一つに、「再現」というものがあると考えている。そして、サンドスターの中心ともいえる性質は、「記憶」ではないか、とも考えている。

 

 

 先の女王事件に関連し、現時点でセルリアンに保存と再現の性質があることは周知の事実だが、「再現」という性質に関しては、元々サンドスターが持っていたものではないか、と考えているのが今回の考察の前半だ。

 

 その根拠の一つ目が、フレンズ化である。

 

ご存知の通り、フレンズ化とは動物やその遺物がサンドスターに触れることによりヒト化する現象のことだ。

 

我々は、このフレンズ化という現象を動物がヒトの体を再現していると解釈した。

 

 また気候変動においても、サンドスターが気温、湿度、日射し等を再現する形で操作していると考えられる。

 

 そして、再現という性質は、普通フィルターを通して浄化されたサンドスターのみが持ち、サンドスター・ロウには備わっていなかったと推測できる。

 

 サンドスター・ロウにも再現の性質が備わっているならば、無機物がヒトの形をとることも不可能ではないからだ。現にフレンズ化が発生しない気候がサンドスターの影響を受けて、気候を再現していることがその根拠として挙げられる。

 

 セルリアンがヒトの形をとっておらず、他の再現と言えない形となっているのは、再現という性質を持たないサンドスター・ロウを体を構成する主物質としているからであろう。

 

 セルリアンが、輝きを奪うことなくして「再現」を行うことができないのも、サンドスター・ロウに「再現」の性質が備わっていないからと考えられる。

 

 更にこの仮説は、かつて存在したフレンズ型セルリアン、通称『セーバル』の存在によっても補強される。

 

 同個体はサーバルの持つ特別な輝きを奪うことによりセルリアンが変異することにより誕生した。その結果サーバルに酷似した容貌に変化することとなる。それが、サンドスターのみが持つ再現という性質に影響された結果であることは明らかである。

 

 変異した後の容貌が、他でもないサーバル――セルリアンが奪った輝きの元の持ち主――によく似ていることも、それを物語っている。

 

 

 

 ここからは、「記憶」の話をしようと思う。

 

 サンドスターの持つ性質の中枢を担っているものは、「記憶」であると我々は考えている。

 

 そこで大きな根拠となるのが、フレンズ化における傾向だ。

 

 まず、同じ種のフレンズは、同じ容姿となる。

 この特徴に、我々は注目した。

 

 なぜ、同じ種のフレンズは同じ見た目となるのか。同じ動物に、同じ「サンドスター」という物質が触れるのだから当然、という考え方が今までなされてきた。しかし同じ種と言えど、個体ごとに差はある。今までの考え方を貫き通すのは非合理的だろう。

 

 そこで唱えるのが、今回の仮説だ。

 

 もしサンドスターが、それぞれの粒子の中に同一の「記憶」を内包しているとしたらどうだろう。

 

 フレンズ化の際、その種に合わせた記憶が引き出され、それをもとに「再現」という性質を発現させているとしたら、このような傾向にも説明を付けることができる。

 

 また、フレンズはフレンズ化の直後から言葉を話すことができ、自らの体をヒトと遜色ない精度で動かすことができる。

 

 言葉や会話、体の動かし方、これらはヒトの場合、普通幼少期から何年もかけ記憶するものだ。それらをフレンズ化直後に行うことができるのは、サンドスターからそれらに必要な「記憶」を引き継いでいるからと言えるのではないだろうか。

 

 

 サンドスターに内包されているであろう「記憶」、もし実際に存在しているのであれば、その記憶はヒトの文化に大きく影響を受けていると言わざるを得ない。

 

 ヒトの言葉を扱えることはもちろんのこと、種によってはヒトの間で語り継がれてきた”伝説”の中の特徴を持っているフレンズもいる。また、ツチノコなどの未確認生命体のフレンズも存在している。

 

 これらの存在もまた、「記憶」がヒトの影響を受けていることを示唆し、サンドスターが持つ「記憶」の存在の証左になっているといえよう。

 

 先ほど述べた「セーバル」について、「サーバル」と記憶を共有しているような出来事がいくつかあったと報告を受けている。サンドスター、すなわち「輝き」のやり取りによって、サーバルの記憶が一部移動したと考えられる。

 

 元々セルリアンは輝きを奪うだけの存在だったが、輝きの中にはサンドスターだけでなく「記憶」というものも含まれていた。記憶をセルリアンが体内でサンドスターに変換しているのか、あるいは逆であるのかは定かではないが、「サンドスター」という物質と「記憶」という現象の間に、深い関連性がある可能性は高いとみている。』

 

 

 

 

 

 

――パークガイド権限では閲覧できない、サンドスターについての資料。

 

 どういった経緯、思惑で閲覧を制限したのかは定かではないけど、それほど重要な情報だったと分かる。未知の物質の情報が、悪意ある第三者の手に渡らないようにしたかったのだろう。

 

「記憶……か」

 

「……? その言葉に、何か思い当たりが?」

 

「いや、なんでもないよ、博士」

 

「……本当なのですか?」

 

「……強いて言うなら、僕、全部忘れちゃってるから」

 

「あ…………そ、そうでしたね」

 

 博士は気分を落とした。言い方が悪かったのか、申し訳なく思わせてしまった。

 

――イヅナの、記憶を操る能力が……サンドスターに影響を与えられたなら……?

 

 次なる情報を得るために、一つ下の『サンドスターの保存』についてのファイルを開いた。

 

『サンドスターの保存

 

  本実験は、以下の四項目を調査するために行われる。

 

1.サンドスター、及びサンドスター・ロウの性質を保ったまま保存することの可否

2. 1が可能な場合の、保存に用いる容器

3. 1が可能な場合の、保存に適した環境

4. 1が不可能な場合の、サンドスター・ロウの危険性を低下させる方法』

 

 このファイルに連なって、多くの実験記録が保存されていた。

 

 その一つ一つを詳細に記述していては数万文字に及んでしまうと考えられるから、必要と感じた部分を要約して以下に記そう。

 

 

 

 まず、サンドスターの性質を保ったまま保存すること、これは可能のようだ。記録を読む限り、研究所から少し離れた海岸沿いにもう一つ建物があって、現在そこでサンドスターとサンドスター・ロウの保存が行われているらしい。

 

 次に、保存するときの容器、これは非常にユニークなものが使われていた。植物だ。海水を染み込ませた植物のツタを凍らせて、それを使いサンドスターを包むことによって保存する。

 

 この島の保存施設でもこの方法が採られており、氷が解けないように極低温で保存する必要があるため冷凍コンテナのような作りになっているらしい。

 

 海水に浸し、凍らせることによって強固さが増すと考えられていたが、実験によって、セルリアンの出現率を抑えられるかもしれない、という可能性が浮上した。それによりこの方式が発案され、承認された。

 

 記録を読む限り、セルリアンの出現を抑えるという効果は明確に立証されたわけではないが、実際に出現していないので問題なしと思われているようだ。

 

 そしてサンドスターの保存に成功したため、どうやら4番の実験は行われなかったようだ。

 

 とこんなことを記録から読み取り、他の部屋を調べていた博士たちを呼んで話した。

 

 

「ヒトは、こんな実験も行っていたのですね……」と助手は驚いている。

 

「サンドスターの保存……」

 

「セルリアンをどうにかすることはできなかったけど、ここまで進めた実績はあるってことだね」

 

 

 ここで、博士が言った。

「しかし話を聞くと、海水がセルリアンに有効であることは証明されていないようですね?」

 

「実験の機会が少なかったのか、セルリアンが海を避けるから実行に移せなかったか……想像するしかないね」

 

 

 もう少し詳しく調べてみよう、まだ何か分かるかもしれない。

 

「まだ調べるのですか?」

 今の博士の言葉は、「まだサンドスターの保存について調べるのか」という意味だろう。記録が多いことも相まって、かれこれ1時間は読み続けている。

 

「これに他より厳重なロックが掛けられてたってことは、それだけ重要な何かがあるはずなんだ」

 

「……では、我々は他の部屋を見てくるのです」

 

「あれ、調べ切ってないうちに呼んじゃった?」

 

「気にしないでいいのです、では行ってくるのです」

 

 そう言って博士は部屋に入り、助手はその隣の部屋に入った。

 

「じゃあ、ボクも行きますね」とかばんちゃんは2階に上った。

 

 

 

 

 

 

 ファイルを閉じて、更に下に表示された記録をしばらく見て回ると、気になる記述を見つけた。

 

『実験の最中、ツタを出し操る技能を持つセルリアンが出没した。討伐のため手元にあった海水を掛けたが、溶岩になることはなかった。』

 

 ツタを出すセルリアン……研究所の近くに現れたセルリアンの特徴と合致している。何か実験と関係しているかもしれない。それを調べるためには……

 

「海岸沿いに保存施設があるって書いてあったよね、それを見に行こう……赤ボス、場所は分かる?」

 

「マカセテ、データベースカラ位置情報ヲダウンロードシテ、案内スルヨ」

 

「ありがとう、じゃあ博士たちの様子も確かめないとね」

 

 

 まず、博士のいる部屋に入った。

 

 その部屋は壁も床も天井もさっきいた部屋と同じように真っ白で、さらに綺麗になっているように見える。ベッドがいくつかあって、よく見ると奥の棚に薬品の類があって、ベッドも医療用であると分かる。どうやらここは医務室のようだ。

 

「おや、終わったのですか?」

 

「うん、まだやることはあるけど、みんな集めてからね……で、ここは医務室、なのかな」

 

「恐らくは……ここで、怪我人の治療をしたのでしょうね」

 

 棚の薬品をいくつか手に取ってみたが、用途が分かるのは消毒液や包帯などの怪我の処置をするための道具だけだった。

 

「ここにあるのは治療用のものだけだね」

 

「実験に用いるようなものなら、助手のいる部屋にあるそうなのです」

 

「そうなんだ、じゃあ調べ終わったらコンピューターのある部屋に集まってね」

 

「分かったのです」

 

 

 

 部屋を出て、すぐ隣の扉に入った。

 

 その部屋はなるほど、確かにいかにもな実験室だった。理科室で見るような机が4つほど並び、こちらも奥に棚がある。そこには懐かしのアルコールランプやエタノール、塩酸、ヨウ素液etc……とにかくたくさん置いてあった。

 

「お前は使い道が分かるのですか?」

 

「まあ、学校の実験で使ったものくらいならね」

 

「”がっこう”……ヒトがほぼ必ず通うと言われている施設ですね」

 

「ほぼ必ず、っていうのは僕の国の話だけどね」

 

「それはいいとして、知ってる物について片っ端から教えるのです」

 

 助手にせびられ、ほとんど無くなった記憶をなんとか絞り出して置いてある道具の使い方を説明した。存外、小学校でだけ使ったようなものはほとんど忘れかけていた。

 

「ふぅ……疲れた」

 

「では、私は前の部屋に戻っているのです」

 

「わかった、僕は2階行ってくるね」

 

 

 助手と一緒に部屋を出ると既に博士も部屋から出ていたようで、二人は合流してそれぞれの調査の結果を報告している。

 

 

 

 2階に上ると、そこは下の階の部屋と違って、職員がくつろぐために作られた場所であると一目見て分かった。

 

 ドリンクバーには多くの種類の飲み物が用意されていて、イスもゆったりとできる造りになっている。寝転がれるソファーもあり、研究に疲れた職員がここで疲れを取っていた様子が想像できる。

 

「あ、コカムイさん、調べものは終わりました?」

 

「うん、おかげさまでね……ここは、休憩所かな」

 

「そうみたいです、広くてのびのびできますし、あっちにゲーム機もありましたよ」

 

「へぇ、ゲームねぇ……」

 

 キタキツネが喜びそうだけど、ここまで来ることを面倒くさがりそうだなー……と考えながら、かばんちゃんが指さした方に歩いていった。

 

 ゲーム機があったのは、仕切りを隔てた仮眠室の中だった。そこの少し低いテーブルの上に、それらは置いてあった。

 

 4つの、折り畳み式携帯ゲーム機。ご丁寧にすぐそばに機数分のゲームソフトまで用意されている。当然、充電器も数がそろっている。

 

「わあ、すごい」

 

 持ち運びできるなら、キタキツネがわざわざここに来る必要もないし、確かこの機種には通信機能もあったから、一緒に遊べることだろう。肩に下げてきた鞄に4セットまとめて放り込もうとした。だけど入りきらなくて、仕方なく本体を1つポケットに入れた。

 

 そして、かばんちゃんのいるところまで戻った。

 

「じゃあ、下に降りよっか」

 

「あ、はい」

 

 

 

 かばんちゃんと共に1階に降りて、これからの予定を話すことにした。

 

「ひとまず、海岸沿いにあるっていうサンドスターを保存してる建物、そこに行こうと思うんだ」

 

「なるほど、確かに気になるのです」

 

「赤ボスに案内してもらう予定だけど、みんなで行く?」

 

「我々はついていくのです」

「当然なのです」

 

「ボクも、一緒に行きます」

 

「じゃ、行こっか、案内よろしくね、赤ボス」

 

「マカセテ」

 

 

 赤ボスに先導され、僕たちはサンドスターの保存施設に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、彼らが見えなくなった頃、研究所の扉が開かれ、中に入る者がいた。彼女は純白の尻尾をなびかせ、音を一切立てずにそこまで歩き、静かにメインコンピューターの操作を始めた。

 

『こちらは、ジャパリパーク中央研究所キョウシュウ支部です。御用は何でしょうか?』

 

「うーんと、そうだね……じゃあ……ゴコクエリア研究所の記録を、見せてほしいな」

 

『分かりました』

 

 彼女はモニターに表示された記録のリストを見て、ある記録に目を止めた。

 

 しばらく思案したのち、コンピューターにこう言った。

 

「時間、ないよね……印刷、してくれるかな?」

 

『分かりました』

 

 

 

 プリンターから出た紙をホチキスで留めて一通り目を通し、ハッとしたかと思うと、先ほどの「時間がない」という言葉はどこへやら、彼女は椅子に座って悠々とその資料を読み始めた。

 

 その目に微かな悲しみを湛えながら。

 

 


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