キツネとカミサマ   作:ろんめ

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4-43 白狐はもう一人

 

「嘘、なんで……?」

 

 一体原因は何だ……? キタキツネを助け出そうとして飛び出したまではいいけど、その行動と今の状態が結びつかない。

 

「コカムイさん、セルリアンが――」

 

 いや待てよ、少し前にヘラジカと風船割り勝負をした時、無意識のうちに野生開放をしていた。とすれば、今まで眠っていたものが今表に出――

 

「コカムイさん!」

 

「っ!? え、えっと……何?」

 

「『何?』じゃなくて、セルリアンよ!」

 

 ギンギツネの指さす方を見ると、今までのやり取りをしているうちにこちらの位置に気づいたセルリアンが、ゆっくりとこちらに向かっている。

 

「これは、いったん逃げよっか」

 

 赤ボスを通して博士たちに連絡はしたから、ここは退いて遠くから様子を窺うだけにとどめよう。

 

 キタキツネをさっきのように持ち上げようとすると、キタキツネは抵抗して僕から一歩距離を置いた。

 

「あ、ごめん……何かしちゃった?」

 

 キタキツネは静かに首を横に振った。

 

「ギンギツネが、逃げられない」

 

「……ああ、そっか」

 

 

 ギンギツネはキタキツネを助けるために近くまで来ている。キタキツネを安全な場所まで連れて、戻ってきてギンギツネも……間に合うか?

 

 雪山はギンギツネにとって動きやすい地形だけど、この辺りは複雑な起伏があって時間がかかる。セルリアンはそれをものともせずに移動しているし、変形して攻撃もできる。順番に連れていくのは厳しいか……

 

「ただそうなると、ここでセルリアンを撃退するしかなくなる」

 

「……できるよ、絶対」

 

 キタキツネは自信に満ちている。なぜそんなことを確信できるのか、一切の見当がつかなかった。

 

「……な、なんで言い切れるの?」

 

「『勘』……だよ」

 

「キタキツネ、そんな変なこと言ってないで、まずあなただけでも逃げなさい!」

 

「ダメだよ、ギンギツネを置いていけない」

 

 セルリアンをも一度確認すると、ゆっくりではあるがさっきよりも確実に近づいてきている。

 

「もう一度セルリアンから離れよう、キタキツネ」

 

「大丈夫だよ……ねえ、ボクを持ってもう一回飛んで? できれば、降りやすいように」

 

「上から叩くつもり?」

 

「うん、上からなら、石も見えやすいから」

 

 ……この作戦で大丈夫か? しかし今取れるほかの手は、隠れてやり過ごすこと、順番に運ぶこと……ここで倒せば、危険は去る……リスクはあるが、やってみよう。

 

「ギンギツネは、ちゃんと隠れててね、それとキタキツネ、危なくなったら方法を変えるよ」

 

「うん」

 

「じゃあ、やろうか」

 

 

 キタキツネの腕の下に手を通して、手を離せばすぐに攻撃の姿勢を取れるような体勢にした。勢いよく飛び上がって、セルリアンの真上から様子を探る。

 

 

「石はどこだ……」

 

「……隠れてる?」

 

 上からは見えない位置に石を隠しているのかもしれない。

 

「こ、こっちからも見えないわ!」

 

 どうやら、下にいるギンギツネの側からも目視はできないようだ。じゃあ、ギンギツネの逆側からなら見えるだろうか。

 

「……ない」

 

 少し高度を落としてギンギツネと対角線上の場所に行って確認したけど、石は見えない。

 

 適当にセルリアンの注意を引き付けながら、もう一度高度を上げた。

 

「……体内に隠してるのかもね」

 

「……むむ、倒しにくいタイプの敵だね」

 

 ……やっぱり、ゲームに例えるんだね。

 

「一度セルリアンに傷をつけないと、石は出てこないかも」

 

「じゃあ、ボクを落として。ボクが一撃決めて、あいつの弱点を外に出す」

 

「キタキツネ、でも……」

 

「だいじょうぶ、勘でうまくできる……はず」

 

「……分かった」

 

 

 心もとない部分はある。だけどあくまでキタキツネがやることは石を露出させることだ。弱点が見えたら、僕が攻撃してセルリアンにとどめを刺す。

 

「……じゃあ、行くよ」

 

「うん」

 

 セルリアンの高さの3倍くらいの高度でキタキツネを離した。

 

 落ちていく。キタキツネが右腕を伸ばした。手の指の先からサンドスター――あるいはけものプラズム――が七色の光を放ちながらキラキラと舞っている。

 

 やがて落ちていくうちに足と頭の位置が逆になった。とっさに目をそらした。

 

 よく見ていないから想像だが、おそらくキタキツネはセルリアンに強烈な爪の攻撃を与えたのだろう。セルリアンの表面にできた大きな切断跡と、そこから覗く石がそれを物語っていた。

 

 そうしたら、あとは僕の出番だ。

 

「よしっ……決めるッ!」

 

 急降下してセルリアンに当たる直前に一回転。足に体重と勢いを全て込めて、いわゆる”かかと落とし”を無防備な石に容赦なく当てた。

 

 

「おお……『必殺技』だね」

 

「必殺技にしては……少し地味じゃない?」

 

「……ゲームの話? それよりセルリアンは?」

 

 セルリアンは石を完膚なきまでに砕かれ、今にもバラバラになって消えてしまいそうだ。少しずつサンドスターが霧散していき、どんどん小さくなってゆく。

 

「おかしいわね……普通のセルリアンならすぐに消えるはずなのに」

 

「……まだ終わってないってこと?」

 

「……第二形態」

 

 ボソッと聞こえたキタキツネの呟きは放っておいて、とにかくツタを出すことといいこの新種のセルリアンは油断ならな――――あれ?

 

「ねえ、こいつツタとか出した?」

 

「いえ、そんなことは無かったけど?」

 

 間違いなく同じ形状だ、同じ能力を持っていてもおかしくない。……そう考えているうちにセルリアンは全て霧となって消え、石が割れて消え去った。

 

 

「……ふう、なんともなかったようね」

 

「――っ!?」

 

 2人が安堵の表情を見せる中、僕は砕けた石の中から何かが零れ落ちるのを見て、思わず右手を突き出して『それ』をつかみ取っていた。

 

 

「……どうかした?」

 

 突然の行動を訝しんだキタキツネが尋ねてきた。

 

「ああ、何か落ちたように見えて」

 

 僕は手を開いて、握りしめた『それ』をキタキツネにも見えるように出した。

 

「それって……石?」

 

「勾玉……だよ」

 

 それは、真っ白な勾玉だった。白い勾玉が、セルリアンの石の中から零れ落ちたのだ。それは一切のくすみのない白で、もし雪の中に落ちていたら見失っていたに違いない。

 

「妙ね、普通はこんなものないわ」

 

「……だよね」

 

キタキツネは「きっとレアドロップだよ……!」と言いながら一気に詰め寄ってきた。

 

 今までにそんなことがあったとは聞いていないし、研究所にもそんな記録はなかった。キタキツネの言う通りレア……いや、超激レアと言っていいほど珍しいことだ。

 

 更にこの勾玉の形は、よく見覚えのあるものだった。今僕が首に下げている赤い勾玉――これは恐らく、イヅナが僕に持たせたものだ――と瓜二つだ。

 

「……もしかして」

 

 考えたくもない可能性だけど、そうであると論じるために必要な根拠は十分に揃っている……本当に嫌気がさすような可能性だけど。

 

「まあ、とりあえずの危機は去ったんだし、戻りましょ?」

 

「そうだね、二人とも、怪我はない?」

 

「うん、大丈夫」「ええ、おかげさまでね」

 

「――よかった」

 

 とりあえず歩いて旅館まで戻ることにした。途中で残したメモについて文句を言われた。

 

「というか何よあのメモ、私たち、漢字の方はさっぱりよ?」

 

「ひらがなは読めるんだね……キタキツネが字を書けるのも驚いたよ」

 

「げぇむのために、文字は大事だよ……漢字も書けないだけだもん」

 

 言われれば確かに、文字が読めなければゲームの説明も読みようがない。キタキツネにとっては必然的に身に着けるべき能力だったんだ。

 

 しかしそれよりも、左腕にある尻尾が触れる感触と強く握られる感覚が気になって仕方ない。

 

「……キタキツネ?」

 

 キタキツネはさっきからずっと左腕にくっついている。ついでに尻尾もぴょこぴょこと揺らしながら擦りつけている。上手くギンギツネの意識を誘導したり死角になるように移動しているのでギンギツネは気づいていない。

 

「ん、どうしたの?」

 

 とすっとぼけているが、その口角が微かに上がっているのを見逃しはしなかった。

 

 結局、旅館に到着するまでキタキツネはずっと僕の左腕にくっついているままだった。

 

 

 

 

 旅館に着くと、待たせていた赤ボスが出迎えてくれた。

 

「ノ、ノリアキ……?」

 

「あはは、そうだよ」

 

「……ソ、ソノ耳ト尻尾ハ、キツネノモノダネ」

 

 戸惑っているみたいだ。と言っても会話はしてくれるから、一応ヒトとして扱ってくれているのかな。

 

「なんか、急に生えてきてね」

 

「ボス、何か知らないかしら?」

 

 ギンギツネが聞くと……反応しなかった。

 

「……あ、そうだったわね」

 

「赤ボス、何か知らない?」

 

 今度は、無い首を横に振って答えてくれた。

 

「ゴメンネ、コンナコトハ初メテナンダ」

 

「ボスも知らないのね」

 

「あのキック、かっこよかった……!」

 

 キタキツネは妙なところに注目して盛り上がっている。

 

「キックといえば、飛んでたわね」

 

 そう、この姿になると飛ぶことができるようになった。十中八九イヅナの影響を受けているに違いない。フレンズ化の時にとり憑かれていたからだろう。

 

「……イヅナちゃんにそっくり」

 

「やっぱり?」

 

「……うん」

 

 

 すると、外で雪の上に着地する微かな音が聞こえた。ヒトの耳では聞き取れないほど小さい音だった。

 

「博士かな」

 

 キタキツネのところに向かう前に、図書館に連絡するよう赤ボスに頼んでおいた。確かにそろそろ到着してもおかしくない頃合いだ。

 

「さて、突然呼び出したのですからちゃんとした節め――」

 

 旅館の中に入ってきた博士は僕を見るなり言葉を失った。そして一歩遠のき、格闘するようなポーズを取って……威嚇、しているんだろうか?

 

「なるほど、再びコカムイにとり憑いて……何をするつもりですか?」

 

「ま、待って待って、とり憑かれてないよ!」

 

「嘘も大概にするのです! 第一その耳と尻尾は何なのですか?」

 

「え、ええ……?」

 

 どうしよう、完全に僕がイヅナにとり憑かれていると勘違いしている。どうにかして誤解を晴らさないと。

 

 とにかく何か話して場を持たせようとすると、キタキツネが喋った。

 

「ち、違うよ……? とりつく……? ってよく分からないけど、イヅナちゃんじゃないと思うよ」

 

「……ですが、その耳と尻尾――」

 

「――尻尾!」

 

思わず大きな声が出た。博士はビクッと反応してもう一歩下がった。

 

「ど、どうしたのですか?」

 

「尻尾だよ、尻尾を見て、ほら、一本しかないでしょ?」

 

「……え、当然じゃない?」

 

「……いや、一本ということは……勘違いだったようですね」

 

「分かってくれてよかった」

 

「しかし、なぜそんな姿に?」

 

「ええと……じゃあまず、さっき起きたことを説明するね――」

 

 例のセルリアンの出現と、狐の姿になったことについてなるべく細かく博士に説明した。

 

 

「そんなことが……」

 

「『キツネ化』って今は呼ぶけど、それが起きたきっかけが、野生開放の時と似ている気がしたんだ」

 

「野生開放と……?」

 

「ただ時間で収まったりはしないし、『キツネ化』と『野生開放』は別物みたいなんだ」

 

「……確かに今のお前からは、野生開放時特有のオーラは感じないのです」

 

「じゃあ、今野生開放してみたら?」

 

「……ふむ、より動物に近くなったことで、野生開放をしやすくなっているかもしれませんね」

 

 そ、そんな単純な話なのかな……まあ、試してみる価値はあるか。

 

 集中するために、立ち上がって屈伸をした。

 

「じゃあ、やってみるよ」

 

 目を閉じて精神を集中させる、深呼吸をして体に力を込めると、フッと体が軽くなるような感覚を覚えた。間違いなく、あの時の感覚と同じだった。

 

「――できた!」

 

「ふむ……」

 

 もう一度目を閉じ力を抜くように念じると、感覚は元に戻った。

 

「野生開放、できるんだ」

 

「あ、もう戻してしまったのですか、少し試したいこともあったのですが……まあ後でいいでしょう」

 

「それより、これを見てほしいんだ」

 

 ポケットから、白い勾玉を取り出して博士に手渡した。博士はそれを物珍しそうに観察し、僕に返した。

 

「それがセルリアンが落としたという勾玉ですか」

 

「博士はそんな話聞いたことある?」

 

「いいえ、生まれてこの方聞いたことがないのです」

 

 博士も知らない、ということか。やっぱり、ただの偶然では片づけられない。

 

「更に研究所の個体と同じ形とは……」

 

「でも、ツタは出さなかったんだ」

 

「不思議なこと……で済みそうにはありませんね」

 

「赤ボス、研究所に何か無いかもう一度行こう」

 

「……マッテ、研究所カラデータガ送ラレテキタヨ」

 

「……データ?」

 

 赤ボスに聞くと、研究員に付き添うラッキービーストはいつでも研究所と通信をしてデータをダウンロードできるようだ。僕の場合はカードキーを使ったことで権限が付与され、その機能を利用できるようになったそうだ。

 

「で、そのデータって?」

 

「セルリアンノ出現情報ダヨ」

 

「それが一体どうしたというのですか?」

 

 セルリアンは、さっき倒したんだ。いるとしても小さい個体か関係のないものだけだろう。そう考えるのが普通だ。だけど胸騒ぎがする。わざわざ赤ボスが教えるってことはもしかして――

 

「ノリアキ、サッキノ個体ト同ジ形ノセルリアンガ、『へいげんちほーの湖近く』ニ出現シテイルヨ」

 

「なっ、本当なのですか!?」

 

「博士、やっぱり偶然じゃないよ、これ」

 

「ええ、どうやらそのようです」

 

 

――かくして、その不安は現実のものとなった。

 

 

 

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