キツネとカミサマ   作:ろんめ

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4-47 狐の複製品

 火口から噴き出るサンドスターが、月の光に照らされ満天の星の下に輝いている。今夜は満月だ。雲一つ浮かんでいない夜空に、燦燦と、有象無象の星たちとは比べ物にならないほど明るく、そこにある。

 

 火口近くに降り立って、ヒトの姿に戻った。イヅナはこの先の、少し小高い所にいるはずだ。

 

 

 

 想像通り、イヅナはそこにいた。こちらに背を向けて立っている。純白の尾が月光を反射して、一段と綺麗に見える。

 

「――イヅナ」

 

 名前を呼ぶと、ゆっくりと振り向いた。イヅナの顔には驚きの色が見える。

 

「ノリくん、な、なんで……?」

 

「ちょっと、確かめたいことがあってね」

 

 一歩ずつ、距離を詰めていく。少なくとも、飛びついて捕まえられる距離まで。

 

「え、えと、この前はごめんね? わ、私、気持ちが抑えられなくなって……」

 

「大丈夫、気にしてないよ、それより……」

 

 

 

 

 

「なんで、セルリアンをけしかけたりしたのかな?」

 

「……え」

 

 イヅナは驚いていることに変わりはない。しかし、その目はより強い驚愕の感情に染まって見えた。

 

 1、2歩イヅナは後ずさって、若干しどろもどろな声で話し始めた。

 

「し、知らない……そんなの……」

 

 あくまで白を切るみたい。そりゃそうか、でも、引き下がるわけにはいかない。このまま、逃げ続けさせるようなことはしちゃいけない。

 

「雪山と湖畔にね、セルリアンが出てきたんだ。同じ形で、同じ色のね」

 

「そ、そんなのただの偶然だよ!」

 

 確かにここまで聞いただけなら偶然なんだけど、まだ言い終わってないよ。焦るのは分かるけどせめてもう少し聞いてから反論してほしいな。

 

「まあまあ、そんなに焦らないで? そのセルリアンの形が普通じゃなかったんだよ」

 

「…………」

 

 イヅナは頬を膨らませて黙っちゃった。はたから見ればかわいいけど、やったことの規模が可愛くない。

 

「前にゆうえんちに行った時に見た、紫のセルリアン……覚えてる?」

 

「……」

 

 声は発さずに、コクリと頷くのみだった。

 

「それと同じ()のセルリアンが、さっきも言ったように雪山と湖畔に出たんだ」

 

 ここまでは、食い気味に反論してきたこと以外に目立った反応は見られない。

 

――予定通り、切り込んで話を聞くことにしよう。

 

「イヅナでしょ、そいつらを送ったのは」

 

「――っ」

 

顔が強張った。その表情は悲しいのか、怒っているのか、いい感情でないことは確実だが。

 

「……ち、違う……私に、そんな力……」

 

「図書館で、僕に君の記憶を見せたとき、イヅナ、何したっけ?」

 

「そ、それは」

 

「セルリアンを出して、そこからカードキーとか(イヅナの記憶)を出したんだったよね」

 

 あの時、なぜいちいちセルリアンを出してから僕に渡したのかは分からない。だけど、今大事なことはイヅナにはセルリアンを出すことが出来るということだ。

 

「『フレンズになってから、できるようになった』……とかなんとか言ってたよね」

 

「そ、その時は確かにやったけど、今回のは違うんだよ?」

 

 

 しぶとい、まだ認めないつもりみたい。気が付くとイヅナとの距離が離れていたから、少し歩みを進めてさっきよりも近づいた。

 

 その行動はイヅナにとって恐怖を煽るものだったようで、半歩後ずさろうとしていたけど、ギリギリのところで踏みとどまっていた。

 

 

 さて、当然この場で認めてもらわないといけないんだけども……どう外堀を埋めていくべきか、()()()はもう持っている、だけど最初に切ってもイヅナがしらばっくれるようなことがあったら手が無くなる。

 

 事実を説明しながら根拠を一つ一つ示して、とどめに()()を使う。基本的な方法だね、それで十分だ。イヅナはバレないように頑張ったみたいだけど、一対一の話し合いで相手を煙に巻く方法は使っていない。

 

 

「一つずつ、話していくよ、それで、全部聞いてから……認めて、ほしいな」

 

「…………」

 

 イヅナは目をそらした。

 

 今はそれでも構わない。最後に、しっかりこっちを見て認めてくれればそれでいい。

 

 イヅナは、この島の『友達(フレンズ)』に憧れて、友達になりたいと思った。イヅナの記憶を見ていく中で、それを知った。だから、それを叶えるために、イヅナがのけものにされるなんてことは絶対にあってはならない。

 

 寂しいんだ、怖いんだ、だから間違えたんだ。変えなきゃ、それがイヅナのためだから。……僕にしかできない。落ち着いて、ゆっくりと、少しずつ。

 

 

 

 

――深呼吸をした。

 

 

 勾玉を二つ出して、イヅナに見えるように持ち上げた。

 

「これ、セルリアンの石の中にあったんだ」

 

 何も持っていない方の手で、イヅナの首に下げてある赤い勾玉を指さした。

 

「その赤い勾玉と、同じ形だね」

 

イヅナは無言で勾玉を掴み、隠すような仕草を取った。

 

「実験をしたんだ、これにサンドスターを集めると、セルリアンになった」

 

「……それが、何?」

 

 イヅナの口調、というか話し方がいささか刺々しいものになっているように感じる。ちょっぴり心に来るものがあった。

 

「そして、ね。この石からできたセルリアンは、『赤くなれ』と念じたら赤くなった。つまり、『形』や『色』を自在に調節できる可能性がある」

 

 形と色の部分を強調していった。それはつまり、そういうことだ。

 

「い、言いがかりだよ!」

 

「だったら……だったら、この勾玉の形状の一致はどう説明するの? それに、勾玉なんて持ってるのはこの島で僕たちだけだよ」

 

「……で、でも、偶然、だよ」

 

「偶然かぁ……便利な言葉だね」

 

「……っ」

 

 どうしても逃れたいなら僕にでもなすりつければいいのにとは思うけど、それは気が咎めたりでもするのだろうか。

 

「わ、私、やってないよ、珍しいこととは思うけど、ありえないことじゃないもの」

 

「じゃあ、研究所に出たのと()()()()セルリアンが、他二箇所にも出た……って言いたいの?」

 

「そ、そう!」

 

 またもや食い気味な返事だ。でも今の言葉で()()することが出来たから、まあ良しとしよう。言い換えれば、言質を取れたということだ。

 

 イヅナは知らない。研究所に出たセルリアンに、ツタを出す能力があることを。

 

 

 

 

「そもそも、セルリアンを送り込むような理由なんてないよ!」

 

 なるほど、次は動機の話か……心当たりはある。別に話してしまってもいいんだけど、それをイヅナが望むかどうかは……きっと望まない。そもそもこんな話はしなくても問題はないから、適当に流しておこう。

 

「それを言っちゃったら、他のみんなにそんな理由なんてないよね」

 

「……だったら、誰もやってないってことになるよ」

 

「でも、イヅナにはある」

 

「ないよ!」

 

「いや、あるよ。でも聞きたい? あんまりいい話じゃないと思うよ」

 

「分かんないだけじゃないの……?」

 

「あはは、ええと、そうだね……『なぜセルリアンを雪山と湖畔に送ったのか』……それが動機と深く関係してるんだよね?」

 

「っ……し、知らない」

 

 言葉でどう言おうと、態度や仕草を見れば何を考えているかはおおよそ予想がつく。まあいいや、どうやら予想通り動機の話はしない方がよさそうだ。どこで()()するか分かったもんじゃないからね。

 

 

 次の話を切り出して……そろそろ終わりにしたいんだけどな。

 

「その話は置いといて……2か所にセルリアンが出たって言ったけど、それ以外の場所でそんなセルリアンが出たって話は一切ないんだ」

 

 イヅナは声を返しこそしなかったけど、こっちをまっすぐ見ている。話を聞く気にはなっているみたいだ。

 

「つまり、二つのセルリアンは雪山と湖畔とでその場で生まれた、ってことになる」

 

「……それで?」

 

「じゃあ仮に生み出した人が居るとすると、その人は雪山と湖畔を行き来したってことになるんだ」

 

「そんな人、いないよ」

 

 イヅナは否定を続ける。しかしその声に勢いはなく、一度否定したから続けているくらいの感情しか感じない。動機の話のせいかな。だったら悪いことをしてしまった。

 

「……『いた』って体で話すよ? するとその2地点をなるべく短時間で移動することが出来ないといけない」

 

「……うん」

 

「この場合では、『空を飛べる』っていうのが当てはまるんだ。博士たちやイヅナのようにね」

 

 現時点では僕も当てはまるんだけども……ややこしくなりそうだから話には出さないでおこう。

 

「そしてもう少し踏み込むと、イメージしてセルリアンを生み出す以上、あのセルリアンの『形』を知っていなきゃいけない」

 

 空が飛べて、かつ研究所に出た紫のセルリアンを見たことがある……その条件で絞り込むと――

 

「イヅナと博士……この時点で容疑者はこの二人に絞られるんだ」

 

 

 容疑者なんて言葉は、責め立てる意味合いが強すぎて使いたくないけど、身も蓋もない言い方をしてしまえばそういうことになる。

 

 そして、『この時点で』という言い方をしたってことは、さらに選択肢を減らす方法があるということだ。

 

 しかし、次の言葉を発する前に、イヅナが割り込んで話し始めた。

 

「じゃあなんで、私が怪しいの? 私、何にもしてないよ……?」

 

「……セルリアンが持っていた能力」

 

「……能力?」

 

 さっきのやり取りで十分に察していたけど、やはり知らないか。

 

「研究所にいたセルリアン、そいつは『ツタを操る』能力を持っていたんだ、なぜかは知らないけどね」

 

「つ、ツタ? 何のこと?」

 

「でも、昨日雪山と湖畔に現れた2体にその能力はなかった」

 

「そ、それが……?」

 

「そしてその2体の”石”の中に、勾玉が入っていた」

 

 

「とどのつまり、昨日の2体は研究所に出たセルリアンの形を真似た『複製品(コピー)』だったってことだよ、それを作ったのがイヅナ、君だ」

 

 そして、そんな粗雑な複製品(コピー)を作ることが出来た存在も、イヅナ以外にはいない。

 

「イヅナ、君がコピーを作ったのは、動機はどうであれ自分の仕業であることを隠すためだ、そのために()()セルリアンを真似たものを生み出した」

 

「ち、ちが――」

 

 言い返そうとしたイヅナを手で制止して、続けた。

 

「もしツタを操る特性を知っていれば、その能力を付け加えたはずだよ」

 

「だから違うの! だって、博士にだって……!」

 

「博士には無理だ。博士は、あのセルリアンがツタを出すことを()()()()()

 

今までの条件をすべて合わせて考えれば、もう答えは明白だ。

 

「『研究所のセルリアンを見たことがある』、『空を飛んで移動できる』……そして、『ツタを操る能力を知らない』、この三つを満たすのは、イヅナ、君だけなんだ」

 

 

 研究所のセルリアンを見たことがなければ、あの形を真似ることはできない。

 

 空を飛べなければ、午前中のうちに雪山と湖畔にセルリアンを生み出すことはできない。

 

 ツタを操る能力を()()()()()()、それを付け加える以外の選択肢はない。

 

 

「正直に言ってね、移動方法とかは蛇足なんだ、だって……」

 

「違う、私は、私は……」

 

「あのセルリアンを実際に見たことがある者の中で、ツタについて知らないのはイヅナだけだから」

 

 これの説得力を増すために、今までダラダラと話していただけだ。この証拠だけで、既に『犯人』は決まっていた。これも容疑者と一緒で、使いたくない言葉だったんだけど。

 

 

「だったら……」

 

「……?」

 

 イヅナは崩れ落ちて、ぺたりと座ってうなだれた。

 

「私はどうしたらいいの……? 無理だよ、もう戻れないよ……気持ちがどうにかなっちゃって、止められなくて!」

 

「大丈夫、まだ戻れるから、だからまず謝れば――」

 

「ダメだよ! あんな、あんな……許してもらえるわけ」

 

「例え許してもらえなくても、謝らなきゃ! 『許してもらえないかも』なんて逃げる理由にならないよ!」

 

 これは、助言か? 励ましか? はたまた追い打ちか?

 

 分からないよ、僕までこんなに感情的になっちゃって……でも、さっき挙げたもののどれだとしても、最後までやり通す義務がある。我儘だ。でも、やらなきゃ。

 

 

「いや……いやッ!」

 

 突然勢いよく立ち上がって、振り向いて逃げようとした。咄嗟に腕をつかんで留めようとした。

 

「待って、逃げ、ないで……!」

 

 強い、何て力だ。是が非でも逃れようとする意志を感じる。

 

 だけど、今度こそは、逃がさない。

 

「やだ、離して、やなの! だめ、やめて!」

 

 子供のようにぐずって逃げようとし、力がさらに強くなった。

 

「……ぁああ!」

 

 こっちも、本気になるんだ。キツネの姿に変わって、野生開放した。体に力がみなぎる。しっかり腕をつかんで、もう離さない。

 

 

数十秒の間そんな攻防が続いて、まだまだ長くなりそうと思ったその時。

 

イヅナがふと、こちらを見た。本当に何気ない一瞥だった。

 

しかし、イヅナの視線は僕から離れなかった。

 

 

「……っ、うわわ……」

 

 突如としてイヅナから力が抜けて、その反動で一気にこっちにもたれかかった。後ろに倒れかけて、しかし野生開放のおかげか踏みとどまることができた。

 

 我に返り様子を見ると、イヅナが僕に抱きついている。

 

 イヅナが顔を上げた。その顔は、ただの喜びではない。恍惚とした、妖しい笑みが、その顔に浮かんでいた。

 

 いつもとは違う、すこしねっとりした口調で、イヅナは言葉を紡いだ。

 

「え、えへへ……ノリくん、どうしたの? その耳と尻尾」

 

 指摘を受けて、そういえばついさっきキツネの姿になったんだ、と意識した。

 

「え、よく分からないけど、この姿にもなれるようになって――」

 

「うれしいっ!」

「うわわっ!?」

 

 突然イヅナがその全体重を僕に預けた。突然の重心の変化に対応できず、尻もちをついてしまった。イヅナも一緒に倒れ込み、僕の膝の上に乗っている。

 

「そっくり、私とホントにそっくり……!」

 

 僕の耳を、尻尾をもふもふと撫でて、イヅナの口角は先ほど以上に吊り上がった。

 

 

 この状態はいつまで続くのか、と昨日の温泉のことを思い出しながら考えていると、全身から力が抜けていく。そのまま仰向けに倒れた。

 

「な、なんで……?」

 

「えへへ、ノリくん、私の『カミサマ』……こんな素敵な姿になってくれるなんて、やっぱり運命なんだね……!」

 

「う……うぅ……」

 

 なるほど、本当に耳と尻尾はそっくりだ。まるでイヅナの複製品(コピー)のように……となぜか僕は呑気に考えていた。

 

 

 

「私が、もっと素敵なところに連れて行ってあげるね!」

 

 額に水滴が落ちた。イヅナがうれし泣きでもしているのかと思ったら、水音はいくつにも増えて、やがてそれが雨音であることに気づいた。

 

 おかしいな、空を見てもはっきりと月と星が見える。雲一つありはしない。

 

「ふふ、雨だ……」

 

 そうか、今は太陽が出ていないからわかりづらいけど――

 

 

 これがいわゆる、天気雨(狐の嫁入り)ってやつか。

 

 

 イヅナに持ち上げられる感覚を覚え、朦朧とした僕の意識は、雨粒と共に地面に落ちた。

 

 

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