キツネとカミサマ   作:ろんめ

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4-49 夢と現

 ……ここは、どこ?

 

 

 あれは信号だ。並ぶのは、住宅だ。まっすぐと続いているのは、道だ。

 

 青い空だ。緑の葉が美しい並木に、虫が止まっている。

 

 燦燦と輝く太陽の光が、アスファルトに反射して眩しい。しかし、暑くはない。温度は、感じられない。

 

 試しに葉っぱを触ってみた。何も感じない。本当に触っているのかな。

 

 コツコツ、と靴で地面を鳴らしてみた。音は聞こえる。

 

 そうだ、と思いついて、右のほっぺをつねってみた。

 

 痛くない。どうやらここは、夢の中。

 

 

 でもここは、僕の知っている場所じゃない。僕の知る世界は、ジャパリパークだけだ。イヅナに全てを忘れさせられ、名前を与えられ、連れてこられ、過ごしたみんなの島だけだ。

 

 この場所は、街だ。文明がある。ヒトが居る。でも、きっとフレンズのみんなはいない。フレンズのみんなが言うところの、『ヒトの縄張り』だ。

 

 ふと振り返ると、長い階段の上に鳥居が見えた。あれは赤いのかな? 夢の中のせいか色が若干くすんで見える。

 

登って何があるのか確かめたいと思った。だけど、明晰夢であることとは裏腹に僕の体はそちらの方向へは進まなかった。仕方なく、僕は学校に行くことにした。

 

 

 

 学校だ。時計がある。今は何時だ? ……時計が読めない。

 

 昇降口に入ると、何となく自分の靴箱が分かった。開けると内履きがあった。履き替えた。自分の教室も同じように、どこにあるかが分かった。

 

 

 教室に入った。誰もいない。黒板に書かれた日付は……何日だ? よく見たら、何も書かれていない。

 

 きっと今は、夏休み。だからここには、誰もいない。

 

 

 ――はずだった。

 

 だけど、そこにはいた。誰か、女の子が、倒れていた。

 

 教室の後ろの方だった。頭が窓の方を向いて倒れている。

 

 誰だろう、僕の、『自分』のよく知っている人である気がする。だけど誰だろう。うつ伏せに倒れているから、顔が見えない。顔を見ようとしても、近寄れない。

 

 それどころか、どんどんその子の姿がぼんやりとしていく。

 

 誰、誰、誰?

 

 

 

 

 

 

 ――教室には誰もいなかった。

 

 ただ、ボロボロになって、綿の飛び出したぬいぐるみがあるだけだ。

 

 

 

 

 僕は、何だか別の教室に行きたくなった。だから、一つ上の階に行った。上の階の方が、高い学年だ。なぜか知っている。

 教室に入った。誰かが座っている。

 

 女の子だ。彼女はこちらを見ている。悲しそうだ。何かしてしまったのかな。

 

 僕は教室を歩き回っていた、とりとめもなく。なんだか止まっている気にはなれなかった。

 

 だけど不思議だった。座っている女の子は、ずっとこっちを向いていた。

 

 僕がそちらを向くたびに、彼女と目が合った。

 

 誰だったんだろう。

 

 教室を出るときには、もうその子は見えなかった。

 

 

 

 

 

 そうだ、公園に行こう。公園には大切な友達がいる。

 

 僕がそこに来るように呼んだんだった。どうして忘れていたのかな。

 

 彼はブランコで揺られていた。楽しそうだ。小さいころから、ずっとこんな風に遊んできたんだった。彼女と一緒に、3人で。

 

 彼は僕に気づくと、ブランコから降りてこちらに歩いてきた。

 

 彼は僕に話しかけている。だけど、その声は聞こえない。僕も、声を出せない。

 

 仕方なく、シーソーで遊ぶことにした。

 

 

 上がって、下がって、動かなくて、上がって、浮かんだままで。下がって、降りて。

 

 楽しかった。久しぶりに、子供に戻れた気がした。

 

 ()は彼にかくれんぼをしようと言おうとした。声は出なかった。

 

 残念、でもブランコは2人分ある。

 

 脚を畳んで、伸ばして、勢いを付けて。

 

 地味だ。地味だけど、()はこういうのが好きだ。

 

 ゆーら、ゆーら。

 

 

 遊び終わった。神社に行こう。さっきは入れなかったけど、今ならいける気がする。

 

 そして、公園の出口に差し掛かった時、

 

『困ったら、いつでも言えよ、オレは、()()()()は、いつだってお前の、そう、――――の大事な大事な親友だからな』

 

『……自分で言うのか。』

 

 振り返ると、彼はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 階段を一歩一歩上がる。

 

 身長の3倍はある鳥居をくぐる。

 

 神社だ。

 

 奥に本堂が見える。そして、その手前に女の子がいる。

 

 お祈りしているのかな?

 

 女の子が合わせていた手を離して、こちらに振り向いた。

 

 あれ、誰だっけ、知っている気がするんだけど。

 

 その子は笑っている。寒気がする笑顔だ。何かをあざ笑っているみたいな表情だ。

 

 その子はゆっくりこっちに近づいてきた。

 

 彼女が近づくほどに、『俺』の記憶は氷解するように解けだして蘇っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ――はあ、なんでだ。完璧に忘れたつもりだったんだけどな。あいつも妙なトラウマ抱えちまってるのか? 難儀なことだ、『俺』じゃないくせに。ただ、今『俺』がこんな風にものを考えられるのも、ある意味そのおかげなのかもな。

 

『どうして、忘れちゃったの?』

 

『いんや、覚えてるぜ? 忘れているのはアイツだからな』

 

『でも、あの子が生まれたのは……』

 

『ああ、そうだな、だが、もういいだろ? お前も、俺の記憶(一部)だ』

 

『あら、うれしいことを言ってくれるのね』

 

 別にそういう意味で言ったわけじゃねえんだけどな。

 

「……リくん」

 

 『俺』が、逃げちまったからか?

 

「……ノリくん!」

 

 まあ、もう潮時か。

 

『じゃあな』

 

『もう行っちゃうの? 早く、思い出してね……?』

 

 

 

『――カムくん?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っはぁ……はぁ……」

 

 頭痛がする。何があった? 何か、夢を見たような……

 

「大丈夫、ノリくん? 具合はどう?」

 

「……?」

 

「ごめんね、私が力不足なせいで、うなされる羽目に……」

 

 そんなことを言われても、今の僕の体調とイヅナの力の因果関係がよく分からない。

 

「力不足ってどういうこと?」

 

「ノリくんのその症状はね、記憶の『綻び』のせいなんだ、私が掛けた記憶の封印の、ね」

 

「記憶の封印……それって、この島に来る前の記憶?」

 

 僕が、僕になる前の記憶。それの封印に綻びが生じて、夢を見たり、気分が悪くなったりしているってことなのか。あれ、どんな夢だったっけ、忘れちゃった。ロッジで倒れたときも、もしかしたら夢を見ていたのかもしれない。

 

「そうなんだ……最初に『キミ』に封印を掛けたとき、私はまだ『寝ぼけ』てて、力も不完全だったの、だから、不安定な封印になっちゃったんだ」

 

 不安定な封印……寝ぼけてやった仕事は適当になってしまう、ということか。でも、いまいちピンとこない。

 

「でも、確かもう一度掛けたよね? この島に来る直前に」

 

「ああ、それなんだけど、新しく封印を掛けた、ってわけじゃないんだ?」

 

「と、いうと?」

 

「最初に封じた記憶をAとするね、その後にBという記憶も封じようと思った。その時にBを封じる”術”を新しく掛けるわけじゃないの、Aを封じた術を『拡張』して、『AとBを封じる術』に変えるんだ」

 

 つまり僕の場合は、不安定な術を拡張し、すべての記憶を封じるように変えたってことだ。

 

「つまり、不安定な術を拡張したから、不安定な部分も受け継いだんだね、でも

新しく掛けられない理由でもあるの?」

 

「……うん、この術は一人につき一つしか掛けられない、だから拡張以外の方法はなかったんだ」

 

 

 確かにそれなら全て理屈が通るはずだ。何もおかしなことはない()()()。でも、違和感を覚えている。なんでだろう、何か見落としているような……

 

「……あ、だとしてもさ、一度解いて、もう一度掛ければ……」

 

「そしたら、どうする?」

 

「……え?」

 

 冷たい目だ。不安に飲み込まれて、どうしようもなく恐れている。

 

「もし思い出したら、ノリくんはまた忘れたいと思う?」

 

「……思わないよ」

 

 そう答えるとイヅナは微笑んだ。だけど、悲しい笑みだ。無理して笑っているから、少し引きつっている。

 

「だから、その方法は使えないの」

 

「掛けられる側の意志が、影響するの?」

 

「うん、今の私の力じゃね、忘れることを『許容』していないと、封じることはできないの、『拒絶』されたら無理だし、普通の人は忘れてもいいなんて思ってないから」

 

「今の、ってことは……」

 

「しばらくして力が強くなれば、多分できるよ、私、まだ目覚めたばっかりだもの」

 

「そ、そっか」

 

 

一瞬暗示をかけていることと矛盾しているのではと思ったけど、暗示で『覚えさせる』のと『忘れさせる』のは別物だ、と納得できる。だから特に問題はないはずなのに……なんだろう、この感覚は。さっきのイヅナの言葉の中に、とんでもない事実が隠れている気がする。どれだ、どうしてだ?

 

 

 僕は、イヅナに記憶を封じられて…………あ――

 

「『忘れてもいい』と思わなきゃダメってことは、さ……ここに来る前の『僕』は、そう思ってたってこと?」

 

「……そういうことになっちゃうね」

 

 すぐさま僕は、質問したことを後悔した。疑問に思ってもそれを心の中にとどめ、忘れるように努めるべきだった、と。一種の否定だった。僕が今まで思い出そうとしていた記憶は、かつての『(自分)』が忘れようとしていたものだった。

 

「……嘘だ」

 

 僕は、中身のない言葉を言って、心の外殻が割れてしまわないように抑えるのが精一杯だった。殻が割れてしまえば、絶望が心の奥深くまで染みわたってしまう。

 

「そうだよ、不安定なら、ちょっとの違いだって起こる、違う、違うに決まってる……」

 

 大丈夫、思い出して悪いことなんて何一つない。きっとイヅナの嘘だ。僕が思い出そうと思わないように、騙そうとしてる。

 

 でも、気分が落ち着かない。何かしていないといけないような感覚に押し潰されてしまいそうだ。

 

 

「あ、もうお昼だね、待ってて、今からお昼ご飯作るから……って、どこ行くの!?」

 

「ちょっと歩き回ってくるだけ、いいでしょ?」

 

「え、ノリくん、待って――」

 

 イヅナの言葉を待たずに障子を開け、そそくさと部屋から飛び出した、のはいいがその後何をするか考えていなかった。結果、イヅナに言った通り適当に歩き回っている。

 

「何か、何か忘れてるような……」

 

 言ってしまえばイヅナのせいで十数年の記憶を忘れているのだけど、そんな冗談ではなく、最近のことで何か大切なことを忘れている気がする。

 

「……赤ボス!」

 

 疲弊していたのか知らないけど、とにかく赤ボスの消息が分からないことを思い出した。イヅナと対峙していた時は一切行動は起こさせていなかったけど、一応後ろに連れてきていた。

 

「この屋敷にいるのかな?」

 

 おいていかれた可能性も十分ありえる。だけど、『赤ボスを探す』、という実に分かりやすい直近の目的を見逃しておけるほど、僕の心に余裕はなかった。

 

「探さなきゃ……!」

 

 実に明確で、必要性のある目標。それを追い求めて”未来”へ進むことに、すでに僕は満足感を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、そんな子供だましのような脆弱な満足感は、長続きせずに崩れることになる。

 

 

 なんのことはない、縁側に吊られている赤ボスを見つけただけだ。『赤ボスを見つける』という目標を迅速に達成した。たったそれだけのことだ。

 

 だけど、なんとか見出した『大変そうな』目標が『いとも簡単に』達成されたことは、どうしようもない不愉快な気分を呼び起こすのみだった。

 

「ア、ノリアキ……」

 

「……はぁ。赤ボス、どうしてそんなことに?」

 

「突然スリープ状態ニナッチャッテ、気ガ付クトコウナッテイタンダ」

 

 

 赤ボスの縄をほどいて下しながら、次の質問を続けた。

 

「ここがどこか分かる?」

 

「ゴメン、GPS機能ニエラーガ発生――」

 

「一番近いラッキービーストと通信」

 

「……エ?」

 

「できるでしょ? 一番近いボスと連絡して、そのボスのGPSの情報を受け取れば、大体どこかはわかるはずだよ」

 

 僕の言葉は、いつもと比べ物にならないほど早口だった。『目標』に対する不愉快さと、赤ボスに対する苛立ちが募り、右足で床を叩いていた。

 

 程なくして赤ボスの通信が終わった。

 

「エエト、ココハ『ヘイゲンチホ―』ダヨ」

 

「平原、か。道理で快適だと思ったよ」

 

 しかし平原にこんな建物は見当たらなかった。どういうことだ?

 

「ココハ、ライオン達ノ城ヨリ海辺ニ近イ「林の中」ニアル、『和風アトラクション』……ニナル予定ダッタ建物ダネ、事件ノセイデ、開放ノ前ニ廃棄ニナッタミタイダヨ」

 

「へぇ……」

 

 つまり砂漠の遺跡と同じタイプの施設ってことか。ジャパリパーク全図に載っていなかったのもそのせいか。それにしてもアトラクションらしき仕掛けが見られない。まだ遭遇してないだけか、作られる前に……ってことか。

 

「一応アトラクショントイウ”括り”ダケド、休憩所ニ近イ”コンセプト”デ設計サレタラシインダ」

 

「……やたらと詳しいね」

 

 その後に赤ボスに聞いたところによると、研究所と連携したおかげで今までよりも多くの情報を受け取れるようになったらしい。全く、その情報をもっと生かしてくれないものか。

 

 

 

「まあいいや、図書館近くのボスに通信、できる?」

 

「マカセテ」

 

 今は特に何かひどいことをされたとかはないけど、これからどうなるか分からない。イヅナもそうだし、僕にも精神衛生上よろしくない出来事が起こりつつある。博士と連絡して現状を伝えておくことは悪くない。

 

「ツナガッタヨ」

 

「……ありがとう」

 

 

 そして僕はしゃがんで赤ボスに顔を近づけ、そのスピーカーから声が聞こえてくるのをじっと待ち始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、

 

『コカムイ! これはどういうことなのですか!?』

 

 突然と聞こえてきた爆音に、顔を近づけたことを後悔した。

 

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