キツネとカミサマ   作:ろんめ

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4-51 説得は厳しく、誘惑は甘く

 

「……ごめん」

 

『全く、一向に声が聞こえないので何かあったのかと思ったのですよ』

 

「ええと、そっちから何か言ってくれるかなぁ……って思ってて」

 

『まあいいのです、そっちの状況を説明するのです』

 

「分かったよ。ここはどうやら――」

 

 

 博士に、この屋敷の大まかな場所と、昨日の晩の出来事についてなるべく簡潔に話した。時間をかけすぎると怪しまれる危険があるからだ。それと飛べないから自力での脱出も不可能だと伝えておいた。

 

「……大体こんな感じかな」

 

『なるほど……』

 

 研究所で調べれば、この屋敷の詳しい場所についても知ることが出来るだろう。その気になれば博士たちがここに乗り込むことも不可能ではないと思う。当然その隙に逃げ出すことも不可能じゃない。けど……

 

『コカムイ、お前は何がしたいのですか』

「……どういう意味?」

 

『今回だってイヅナに連れ去られることを防ぎたいなら、我々と一緒に行けばよかったのです、前からずっと、お前が本当にしたいことが分からないのです』

 

 そう語る博士の声はどこか涙ぐんでいるように聞こえる。

 

 

 ……僕がしたいこと。

 

 

「そりゃ、いっぱいあるよ。でも……そうだな、仲良くなりたい。それに、イヅナにも、色んなフレンズと仲良くなってほしい。………勝手すぎる、かな?」

 

『……ええ、とんでもなく。でも、悪くないと思いますよ』

 

「そっか、ありがとね」

 

『お礼などいりませんよ、それで、今すぐにでも我々はそちらに行けますが?』

 

 どうやら博士は心の準備ができているようだ。頼めば一晩もかからずにこの事件は収束する。

 

「いや、しばらく様子見してて。手を出さなきゃ、調べててもいいからさ」

 

『何かするのですか?』

 

「うん、例え僕がここから出られるようになっても、イヅナは変わらない」

 

 きっと新しい方法で、(カミサマ)を手に入れようとするだろう。

 

「だから、ここで説得する。形だけでも、心を入れ替えてほしいから」

 

 目覚めてからたった数年とはいえ、今までの経験によってできた人格は簡単には変えられない。けど、変わるための足がかりくらいは、ここで作ってあげたい。

 

 きっとそれも難しい。しかし、やるしかない。

 

 

『分かりました、何かあれば、また連絡するのです』

「うん。じゃあまた」

 

 通信を切った。

 

 その後は、しばらく屋敷の中を調べて回った。

 

 庭はとても広く、屋敷ごと壁で囲まれている。キツネの姿なら登れるかもしれないけど、試しはしなかった。庭は鮮やかな植物、小さな川と池、石庭のある枯山水と、日本のお屋敷にあるような要素がぎっしりと詰まっていた。

 

 部屋の数も多く、見ていく中で最も目を引かれたのは刀だった。後ろに掛け軸があり、その手前にある刀掛けに厳かに鎮座するように置かれていた。多少興味が湧いたけど、触れる気にはなれなかった。

ふと振り返ると逆側の壁にも同じように刀がもう一本置いてあり、驚くと同時に物騒だな、と感じた。

 

 

 

 そうこうしているうちにかなり時間が経ったようで、イヅナが僕を呼ぶ声が聞こえた。

 

「ノリくーん! ご飯できたよー!」

 

 跳ねるように楽しげな声で、思わずふふっと笑ってしまった。遅れても悪いからすぐに行こう。赤ボスはいない方がいいと思うから、目立たないところに隠れてもらった。

 

「お待たせ、一体何を作ったの?」

 

 声を掛けながら部屋に入ると、横に二人分の膳が置かれ、その上に料理が乗せられている。その膳の一つの前に座っていたイヅナは、僕に気づくとスッと素早く立ち上がって駆け寄ってきた。

 

 

「ノリくん! えとね、今日作ったのは、筍の味噌汁と、サバの味噌煮とお浸しと――」

 

 料理の名前を一つ一つ並べ立てる声は喜びに満ちていた。僕にご飯を作ることがそんなに嬉しいことなのかと疑問に思ってしまうくらいに。

 

 

……しかし、

「鼠の天麩羅、ね……」

膳の真ん中に堂々と置かれたそれは僕の目を強く引いた。

 

 狐へのお供え物と言えば油揚げが有名だが、それは元々代用品だったらしい。初めのうちに供えられていたのは鼠の天麩羅だったそうだ。しかし天麩羅は保存や作りやすさなどに難があり、いつしか代用品として油揚げが用いられ、やがてそれが主流となった、ということみたいだ。

 

 しかし、なんでこんなことを知っているんだろう。……サンドスターのせい、かな。記憶がどうとか、って言ってたし。

 

 解決できない疑問の原因をサンドスターに丸投げしたあとは、イヅナが作った料理を頂いた。

 

 一言でいえば本当においしい。詳しく語るのは難しいからやめておくけど、とにかくおいしい。他の言葉が浮かんでこないほどに。でも、もし博士たちに食べさせたら、と考えると楽しみな反面、少し恐ろしい。

 

 ……でも、イヅナが博士たちのためにここまでのものを作ってくれるのかな? 嫌味でもなんでもなく、純粋にそう疑問に感じた。

 

 

 

 

「ノーリくん!」

 

 昼食を食べ終わると、イヅナは手っ取り早く皿を片づけて、僕の右腕にくっついた。キラキラと目を輝かせて、ギューっと抱きついている。

 

「ど、どうしたの?」

「別にー?こうしてたいだけだよ」

 

 その言葉は本当で、イヅナは何もせず、ただ僕にくっついているだけだ、それだけで、何より満足そうだった。

 

「……動きにくい」

「じゃあ、動かなくてもいいんだよ? ずっと、ずーっと、ここにいてくれたら、とってもうれしいな」

 

 それも、きっとイヅナの本心だ。イヅナは外に出ることを望んでいない。この閉じた世界の中で、(カミサマ)とずっと一緒に過ごすことだけを願っている。

 

「でも……」

 

 今は、その願いを叶えることはできない。僕は、まだこの島で僕ができることは気づいていないことも含めてたくさんあると思う。それに、まだこの島に来る前の記憶を取り戻していない。

たとえそれが『狐神祝明』の記憶ではないとしても、『狐神祝明』になる前の『自分()』が、どうして全てを忘れたいと思ったのか。それを知りたい。

 

 

イヅナを手でゆっくりと引き離した。

 

「でも、ずっとここにはいられないよ」

「……なんで? 何が足りないの? 欲しいものがあるなら、私が――」

 

「無理だ。僕がこの屋敷に閉じ込められている間は、それは絶対に手に入らない」

「……やだよ、行かないで」

 

 それはきっと、自由って呼べるんだ。束縛されることなく、自分の望んだことをできる。イヅナは、僕からそれを奪おうとしている。

 

「どうしてそんなにここから出ようとするの? 私が何でもしてあげるのに……」

 

「『何でも』……ね。それも、僕をここに留めるため? そんなのいらないよ」

 

 したいことがあるなら自分でやりたいし、自分でできるから。

 

「そんな……嫌、置いてかないで……」

 

 少しきつい言い方になってしまったから、フォローはしてあげなきゃ。イヅナを傷つけるのが目的じゃないんだ、イヅナにも、もっと多くのものを見てほしい。色んな事をしてほしい。イヅナが外の世界で、そうできなかったことを知っているから。

 

「やだ、どうして……? やめて、いなくならないでよ……!」

 

「僕は、屋敷(ここ)から出ていく。だけど、君を置いていくつもりもないよ」

 

「……どう、いうこと?」

 

 イヅナの心はボロボロだ。ボロボロになって、『カミサマ』に縋り続けている。だから、ここで手を差し伸べるんだ。イヅナが、自分を取り戻すために。

 

「一緒に行こうよ、絶対そっちの方が楽しいからさ……僕が楽しくしてあげるから」

 

「でも、私……」

 

 多分イヅナの心は揺れ動いている。それでもあと一押し足りない。納得してもらう方法はないものか――

 

 

 

 イヅナの決心もつかず、僕は良い手段を考え出すことが出来ず、停滞した状態のまま時間が刻一刻と過ぎ去っていく。僕の思いは伝えたが、彼女の気持ちに踏ん切りをつけさせる”言葉”、それは一体どこにあるんだ?

 

「……やっぱり、できない」

「イヅナ?」

 

「私、悪いことしたんだよ。もう戻れないよ、だってセルリアンに襲わせるなんて、でも死なせるつもりじゃなかったんだよ? だから、許して……あぁ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――」

 

 まずい、思っていたよりも傷は深かったんだ。

 

 とっさにイヅナの所まで駆け寄り、両肩を掴んで少し揺さぶった。

 

「イヅナ、気を確かに、落ち着いて」

「ごめんなさい、ごめんなさい、私、う……うぅ……」

 

 こうなったら後のことは後、今を何とかしよう。そう決意しイヅナを抱き寄せた。

 

「うぇ、ノリくん?」

「……大丈夫、僕はイヅナの味方でいるよ」

 

 背中をゆっくりと優しくさすって、もう片方の手で頭を撫でた。そして耳元で、穏やかに声を掛け続けた。

 

 しばらくそうしているとイヅナも多少落ち着きを取り戻したようで、昂っていた呼吸も心音も平常に戻りつつある。

 

 これで落ち着いて話ができると。……そう、油断した。

 

ビタン! でも言うような音と共に畳に体を叩きつけられた。何事かと思えば、イヅナに押し倒されたらしい。手首をガシッと押さえつけられ、身動きが取れない。

 

「な、何を……?」

「えへへ、ノリくん……もう、限界」

 

 イヅナは手首から手を離し、今度は僕の首にかけた。

 そして、少しずつその手に力をかけていく。

 

「……ぅ、イヅナ……!?」

 

 突然首を絞められた苦しみと、さっきのような状況になった時に必ず襲ってくる動悸が重なって、上手く抵抗できない。

 

 イヅナと目が合った。焦点が合っていない。何かをつぶやいているけど、意識が混濁しているみたいで、支離滅裂で話にならない。

 

 とにかくこのままじゃまずい。言葉は届かない。この手を振りほどかなければ。野生開放をして、少し持ち直した。腕に力が入るようになり、どうにか手をはがして起き上がることが出来た。

 

 僕は危機を脱した。でもイヅナはまだ正気を取り戻していない。

 

 もう一度、今度は強く肩を揺さぶって声を掛けた。

 

「イヅナ、落ち着いて」

 

「私、ノリくんと一緒に、邪魔なのは、いらないから、やだ、捨てないで……」

 

「イヅナ!」

 

 ビクッと肩を震わせてイヅナは目を見開いた。自分がさっきまでしていたことに気づき、わなわなと震えて縋りついてきた。

 

「あ、ああ…………」

 

 おかしな行動は止まったけど、落ち着いたようには見えない。

 

「ご、ごめんね、その、どうすれば」

 

 その証拠にイヅナは手が落ち着きなく動き、しまいには服を脱ごうとさえした。

 

「ま、待って! ほら、深呼吸、落ち着いて?」

 

「う、うん……ふ、すー、ふぅー……」

 

 何度か深呼吸を繰り返して、ようやく本当の落ち着きを取り戻してきたみたいだ。

 

 

 

 

「大丈夫?」

 

「……なんとかね」

 

 それはいいことだけど、イヅナの顔が上気していることが少し気になる。

 

「ごめん、取り乱しちゃって、で、その、ね……一緒に、寝てほしいんだ」

 

「……え!?」

 

 謝罪と共に飛び出した斜め上の頼みに仰天し、一度収まった『動悸』が再び起こり始めた。

 

「私、何でもしてあげる、って言ったでしょ、ノリくんのためなら、この体だって――」

 

「す、ストップ!」

 

 動揺のあまりいつもと違う言葉が出てしまった。……ああ、それはどうでもいいんだ。とにかく今はダメだ。

 

「だ、ダメだよ、ダメだって……」

 

 思考がまとまらず、同じ言葉を繰り返すのみ。拒絶の意志だけは伝わってくれれば楽なんだけど……

 

「気にしなくていいよ、初めてだもん、緊張するよね」

 

 一切伝わっていなかった。

 

「そうじゃなくて、まだ互いのこと、深くまで知らないのに……」

「だから、深くまで知るために、ノリくんが、欲しいんだ」

 

 説き伏せる手段が見つからない、こうなったら力づくで拒否しても罰は当たらないはずだ……多分。

 

「それに……さ」

「な、何?」

 

 急にイヅナの表情がイタズラっ子のようになった。小悪魔のような顔への変化に戸惑っていると、イヅナは、僕の心を深くまで抉る刃を放った。

 

「私、気になるな、ノリくんにとっての、『心の奥深くの自分』って、何?」

 

「……ぇ?」

 

「ノリくんに、深い自分を作る時間なんて、なかったよね」

 

「あ、ぁ……」

 

 一か月前に生まれた『心』に、全てを消されて生まれ変わった『僕』に、確かにそんなものなんてない。だから、それを作ろうとしているのに。

 

「だから、さ、思い出作りだよ。この島での、一番大きな『体験』……ね? 素敵じゃない?」

 

膝から崩れ落ちた。イヅナが抱きかかえた。体は動かない。糸が切れてしまった。『刃』に切り裂かれてしまった。イヅナが僕の服に手を掛けた。抵抗する理由を、失いつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

――だけど、一つ、たった一つ。

 

 言葉にするのも忌まわしいものだけが、イヅナを受け入れることを拒んでいた。

 

……『嫌悪』。

 

 今気づいた。これは好意を()()()()()事への嫌悪だ。なぜかは分からない。忘れてしまっても、何か『深く』残るものがあるのかもしれない。

 

 そんな嫌なものだけが、僕の心の最後の支えになっていた。こんなものいらない。かなぐり捨ててしまいたい。だけど、僕が『僕(自分)』を手に入れるまで、全てを思い出すまで、これは大事にとっておこう。

 

 

 

「それは、できないよ」

 

「ダメなの?」

 

「……ごめん」

 

 イヅナは僕の服を整え、手を引いて一歩下がった。

 

「いいの、無理に誘ったのは私だから」

 

 残念そうに言いつつも、諦めた雰囲気は感じられなかった。イヅナは部屋から出ていってしまい、三時ごろの屋敷には、なんとも言い難い、重い空気が漂っていた。

 

 

 

 

 その夜、イヅナは昼と同じように食事を持ってきてくれた。だけど目を合わせようとせず、膳も昼より離して置いていた。

 

 食べ終わった後、イヅナに片づけさせるのが申し訳なく思い。自分で食器を片づけた。持っていこうとするとき、イヅナは引き留めるように手を伸ばしかけた。

しかしその手は伸び切らずに引かれ、彼女が僕に声を変えることもなかった。

 

「なるべく早く、話を付けないと……」

 

 皿を洗いながら、そんなことをつぶやいていた。

 

 

 

「じゃあ、私は別の部屋で寝るね」

 

「うん、僕はちょっと風を浴びてくるよ」

 

「……冷やしすぎないようにね。……おやすみ」

 

「…………おやすみ」

 

 

障子を開けて、縁側に出た。思った通り、風が心地よい。

 

空を見上げると、小さな星々と共に、少し欠けた月が浮かんでいた。

 

「月が、綺麗だね」

 

その呟きに、言葉を返す者はいなかった。

 

 

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