キツネとカミサマ   作:ろんめ

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4-52 『僕』はどこにいる

 

 昨夜の出来事もあり、僕は中々イヅナに対して込み入った話をすることが出来ずにいた。イヅナも気まずく思っているようで、あの日のように積極的にくっついてくることは……まあ、少なくなった。

 

 念のため、次の日から毎晩赤ボスに頼んで博士に通信をつないでもらっている。しかし進展がないため、「悪くない」とか「様子見」だとか、ごまかす言葉しか紡ぐことが出来なかった。

 

 

 そして、屋敷に来てから6日目、この島に来て32日目の夜。博士は早口で告げた。

 

『明後日で1週間になりますね、これだけかけて説得できないなら、あとどれだけかけても無意味でしょう。明日の夜、結果が出なければ、我々は屋敷に乗り込みます』

 

 それもそうだな、と思える話だ。しかしそれを言う博士の様子がおかしいように思える。

 

「博士、焦ってるの?」

 

『なっ……なんでもない、のです。むしろ焦るべきはお前ですよ』

 

 不自然な返答だったけど、追及しても仕方ない。

 

「分かったよ」

 

『では、他に何か?』

 

「あ、どうでもいい話だけどさ、今日でこの島に来て32日目、まあ、大体1か月なんだ」

 

『……もうそんなに、いや、まだ1か月でしたか』

 

 1か月、たったの1か月だ。こんな短い時間に、たくさんのことが起きた。……あはは、そうだよね。これだけの時間で、人格の『奥深く』まで作れるわけがない。

 

『1か月、お前が外で過ごした十数年からすれば、短すぎますね』

 

 博士は知らない。僕が全てを忘れて新しく生まれた、『生後一か月』の人格であることに。

 

「あ、はは……そうだね」

 

『気にすることはないのです、新しい思い出は作り放題ですから』

 

 僕にとっては、その新しい(唯一の)思い出が僕の全てだ。

 

「そう、だよね。……おやすみ、博士」

『おやすみです、頑張るのですよ』

 

 赤ボスをいつものように隠し、僕は布団で眠りについた。

 

 

 

 

 翌日、期限の日。6日目までと変わらない朝だった。

 

 「……今日で、終わらせなきゃ」

 

 やっぱり気まずいところもあるし、どうやって納得してもらおうか、そのビジョンが見えない。しかし、善は急げだ。

 

「朝ごはんの後に話そう、なるべく早く」

 

 そして、朝食の時間がやってくる。

 

 

「今日の朝ご飯はね――」

 

 イヅナが料理の名前を並べあげるが、思考に沈んでいた僕の耳には聞こえなかった。

 

「……ノリくん?」

 

「あ、なんでもないよ」

 

「そう?」

 

 訝しげな眼で見られた。そうだ、緊張のし過ぎもよくない。食事の時間ぐらい心を落ち着かせよう。どうせこの後嫌になるほど気を張り詰めるんだ。

 

「……今日も、鼠の天麩羅か」

 

 ご丁寧なことに毎日、毎食これが出ている。例えるなら……なんだろう。給食の牛乳みたいな感じだ。実際に給食を食べた思い出はないが、知識はある。

 

まあ、おいしいから文句はない。

今日の昼と夜もこれが出るのかな……と考えたけど、そうだった、今すぐ説得してここを出ていくんだから、多分これは食べられない。

 

 

「ごちそうさま。……イヅナ、話があるんだ」

「……!」

 

 食べ終わると同時、逃げる隙を与えず、話を切り出した。

 

「やっぱり、僕はここに閉じこもっていられない。それに、イヅナと一緒にいろんなものを見たいんだ」

「そう、考えは変わらないんだね」

 

 穏やかな表情を浮かべていたものの、どこか底知れない不気味さを感じた。まあいい、僕だけが思っていることを話しても仕方がない。

 

「イヅナはどうして、ここに閉じ籠ろうとするの?」

「閉じ籠りたいんじゃないよ、ノリくんと、一緒にいたいの」

 

 やっぱり、君の考えも変わらないんだ。だけど、安心した。その願いが変わらないなら、そこを説得の材料にできる。

 

屋敷(ここ)にいなきゃ、一緒にいられないのかな」

 

 閉じ籠らなくても、いくらでも方法はある。実際に、イヅナがフレンズになってから少しの間、かばんちゃんやサーバルも一緒に島を巡ったりできたんだ。

 

「確かに、屋敷(ここ)の外でも、一緒に過ごせるよ、でもね」

 

 そこまで言いかけて、口を覆って悲しそう顔をした……と思うと、笑った。いや、ニヤついている、指の隙間から、口角が恐ろしいほど吊り上がり、よだれが垂れているのが見えた。目やその周りの筋肉もヒクついているように見える。

 

「でも……()()()()()()と一緒にいることはできないでしょ?」

 

「ぇ……え? 僕、だけと……?」

 

「そう、外にいたら、別の子が寄ってきちゃうじゃない」

 

 待って、それじゃあ、ヅナは他に誰もいない場所がいい、っていうのか。……一瞬、説得は諦めて明日の博士たちの助けを待とうかとも考えた。

 

 でも、それじゃ意味がない。何のために1週間も待ってもらったと思ってるんだ。

 

 

「僕は、イヅナといろんなところに行きたい、博士たちと色んなことをしたいんだ、だから、ずっとここにいるなんてできない」

 

「……どうして、私も外に出そうとするの?」

 

「こんな場所に引きこもってたって何もできないよ、何も分からないよ!」

 

「知る必要なんてないの、ノリくんは、私といればそれでいいの」

 

 暖簾に腕押し、どうしようかな、と迷うような素振りさえも見えない。イヅナは、僕だけと一緒にいることしか考えていないのか……? 僕の話を聞こうと、外に出ようとするような『形』すらも、彼女は見せてくれない。

 

 イヅナの心を揺さぶる言葉って、一体何なんだ?

 

 

「じゃあ、私は準備があるから」

 

「じゅ、準備って、何の?」

 

「明日、博士たちが来るんでしょ? それに備えておかなきゃ」

 

「……! 聞いてたんだ……」

 

 気づかなかった、そうか、初日以外はキツネの姿になっていなかったから、イヅナが近くにいることに気づかなかったんだ。初日は通信をしている時、イヅナは料理をしていた。2日目以降、寝る前にした全ての通信は盗み聞きされていた。

 

 そもそも吊るされていた赤ボスを解放したんだから、それに気づかれたら通信を警戒されてもおかしくない。……こればかりは抜かったとしか言いようがない。

 

「別に、盗み聞きしようとしたわけじゃないんだよ……その、ノリくんの声を聴いたら、ぐっすり眠れるかな~、って思って」

 

 言い訳か? でも言いくるめようとしている風には見えない。話を逸らそうとしてるかもしれないから、本題を続けることにしよう。

 

 

「イヅナ、準備って何をする気?」

 

「どうしよっかなー……あ、セルリアンに見張らせるのもアリかもね」

 

「え、セルリアンに……!?」

 

 常識的に考えてセルリアンに見張りなどできるわけがない。そこら辺のフレンズか何かに気を取られてどこかに行ってしまうのがオチのはずだ。だから――

 

「『できるわけない』……って、思ってるの?」

「っ……」

 

 イヅナなら、それができるのか? セルリアンを作り出すだけでは飽き足らず、それを操るだなんて……

 

「できるんだ、私なら」

「そんなのどうやって――」

「私の能力(ちから)……記憶だけじゃない、サンドスターもなんとかできる力……具体的なのは省くけど、とにかく”できる”んだよ」

 

 もしかしなくても博士たちが危険にさらされることになる、このまま説得に失敗するなら、赤ボスでこの情報を伝えないと――

 

「でも、それは無理なんだよ」

「は……?」

 

 僕の心を読んでいるかのようにイヅナは会話をする。まさか、本当に……?

 

「……ふふふ」

 

 不敵で不気味で妖しい微笑みを浮かべ、イヅナはそれを持ち上げた。

 

「これ、なーんだ?」

 

 それは、赤ボスだった。

 

「アワワワワ……」

「……なんだ、捕まえてたんだね」

 

 なるべく動揺を悟られぬように、素っ気ない感じに言った。

 

「えへへ、びっくりしたでしょ……分かるよ」

 

 びっくりするほど無邪気な笑顔……そして無表情。可笑しな芝居を見ているような表情の変化に戸惑うばかりで、状況を変える策は頭の中に欠片も無かった。こうなると、もはや取り繕う余裕さえ失ってしまう。

 

「あ、ええと……」

 

「誤魔化さないで、もう何もないんでしょ、割り切っちゃっていいんだよ」

 

「そんなこと、できない」

 

 一人でここから出ていくのは、明日博士たちが来てからでもできる。例え負け戦でも、叶わぬ願いでも、せめて今日だけは、今日が終わるまでは諦めたくない。

 

 

「……うふふ、強情だね」

 

「……イヅナこそ」

 

 半ば吐き捨てるようにそう言った。

 

「でも、そこまでして何かをする必要ってあるのかなぁ?」

 

 しかし、強情と言えばイヅナの方も大概だ。まだ僕の心を折ろうとしているらしい。

 

「私なら、ノリくんの望むものを、()()()()どんなものでもあげられるんだよ?」

 

「だったら今、()()は一緒にこの屋敷から出ることだよ」

 

 結局は押し問答。手を変え品を変え言葉を変えどんなことを言い合っても、互いの主張は一切変わらない。自分がこうしたいから従えという千日手。感情論でしかないから、相手を納得させる()()は存在しない。だから、最後まで主張し続けるしかない。

 

 尤も、イヅナは初めのうちから僕の『外に出よう』という意思を潰して従わせるつもりだったけど。

 

 

 ――そして、まだそれを続ける気のようだ。

 

「違うよ、ノリくんが本当に欲しいものは、それじゃない」

 

「……何が分かるのさ」

 

 キツイ言い方になったけど、実際、イヅナに何が分かるのだろう。100歩譲って、10年以上の付き合いだったとすれば分かってもおかしくないと言える。だけどそうじゃないし、そんな長い付き合いが()にできたわけがない。

 

「分かるんだよ、ノリくんが何を考えてるか、手に取るように……ね」

「じゃあ、言ってみてよ、僕が何をしたいのか」

 

「え~っと、どうしよっかなー」

 

 あからさまにもったいぶっている、その目は奥の方を見通すような真っすぐな視線を向けていて、真剣にこっちを見ているようにも取れた。顔が”にへら”とだらしなく緩んでいたのであまりそんな感じはしなかったが。

 

「そんなに焦らないで? ……もしかして、焦らされるのは嫌い?」

 

 ……顔に出ていたのか。それにしても、ここぞとばかりにいろんな意味で煽ってくるものだ。落ち着け、口車に乗ってはいけない。それに言われっぱなしも癪に障るからちょっとだけ言い返してやろう。

 

「分からないから言えないだけじゃないの?」

 

 イヅナは一瞬驚いた表情を見せたけど、すぐに元の笑顔に戻った。

 

「そこまで急かすなら、仕方ないなぁ」

 

 イヅナは僕に近づき、ごく自然に抱きついた。そして、耳元で囁いた。

 

「『何もしないこと』、それがノリくんの望み、だよ」

「そんな訳ない、デタラメだ」

 

 こんなふざけた話があるか。でも同時にイヅナがさっき言った言葉の理由が分かった。

 

『そこまでして何かする必要があるのか』――

 

 その言葉は、このデタラメな主張を補強するための前準備だったんだ。

 

「デタラメじゃないよ、私、()せてもらったから」

 

「……何を」

 

「過ごす時の様子とか、記憶、とか色々ね?」

 

 この一週間、イヅナの方も探りを入れていたんだ。こんなバカげたことのために、よくやるものだ。

 

 しかし、過ごし方? 記憶? そこからどうやって『何もしないこと』が望みだなんて考え付くんだろう。

 

「ノリくんの記憶……私が、私の『記憶』をあげた後の数日、研究所に行く前に雪山に泊ってたとき、ほとんど『何もせず』に、ゆっくりしてたよね」

 

「え? いや、料理とかはしたし、それに――」

 

 記憶のことでショックを受けてて、中々アクティブに動こうと思えなかったせいだ。

 

「ここに来てからの数日はどう? 時々散歩したりはするけど、残りはほとんど座ってたり寝転んでたり、『何もしてなかった』。けど、とっても幸せそうだったよ」

 

「それは、休憩だって」

 

「1日の大半を使うことを休憩って言うのかなぁ? 私の説得も、気まずいってだけで後回しにしてたのに……ノリくんだって、ここでの暮らしが快適だったんじゃない?」

 

「それは……それでも」

 

「わざわざ辛い場所に行かなくても、私が、好きなだけ甘えさせて――」

 

「それじゃダメなんだッ!」

 

 

 叫ぶように言うと、イヅナは一瞬怯んだ。その隙にイヅナを突き飛ばした。勢いは無かったから、一歩遠ざかっただけだ。

 

「だって、何もしなかったら、誰とも触れ合わなかったら、僕がいた証拠ができない、無くなっちゃう。僕には何もないのに、どんな記憶も思い出も人間関係もこの体さえも僕のものじゃないのに」

 

「だから、私がノリくんがここにいるって証明して――」

 

「信じられないよ! イヅナしかいなかったら、イヅナがいなくなったら、何もなくなっちゃう」

 

「私は裏切らないよ、いつだってノリくんと――」

 

「そもそもイヅナが全部無くさなかったら、『僕』が無くなれって願わなかったら、こんなことにならなかった! こんなバカみたいなことで悩まなくてよかった、堂々と生きていられた! どこにもない、僕が生きた証拠がない、僕が誰か分からない、どこにいるか分からないっ! だから、だからだからだからだから! 作らなきゃ、僕がここにいるって証明しなきゃ、だから――」

 

 イヅナが一歩前に迫ってきた。

 

「ノリくん、私が」

「だから――邪魔しないでよッ!」

 

「ひっ……? の、ノリくん?」

 

「ッ、ハァ、ハァ……」

 

 へたりと力なく座り込んだ。もはやイヅナは僕に声を掛けることが出来なかった。そのまま、逃げるように部屋から出ていった。

 

……虚しい。行き場のない感情を八つ当たりのようにぶつけただけだ。

 

 本当に何もありゃしない。

 

 

 

 縁側に通じる半開きの障子の影から赤ボスがひょっこりと体を出した。イヅナに解放された後、心配になって見に来てくれたんだろう。

 

「ノリアキ、ダイジョウブ?」

 

 ノリアキ、ノリアキ……そうだ、僕は狐神祝明だ。ここにいる。ここにいるんだ……

 

 赤ボスを抱え上げ、離さないようにぎゅっと抱きしめる。赤ボスは何も余計なことを言わない。ただそこにいて、僕のことを認めてくれる。

 

「赤ボスは、いなくならないよね」

「……ウン、『パークガイドロボット』トシテ、ノリアキニツイテイクヨ」

 

「あはは、よかった」

 

 赤ボスだけは、大事にしないと。

 

 

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