キツネとカミサマ   作:ろんめ

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5-58 謝罪の言葉ときつねうどん

 

「こ、心の準備が!」

「あのセルリアンが来た時、二人は心の準備なんてできなかったじゃん!」

 

「ひ、引っ張らないで~!」

 

 僕たちは雪山の温泉宿の前で、バカみたいな問答を繰り広げていた。

 

 宿まで着いたは良いものの、入ろうとした途端に飛び降りて逃走を試みた。僕もとっさに引き留めようと引っ張った結果、数分にわたる無駄な格闘が幕を開けた。おかげでそこらは足跡まみれ。

 

「ぜぇ、ぜぇ……この期に及んで……」

「で、でも、怖くて……」

 

 気持ちは分からなくもないけど、それを言ったらいきなり不思議なセルリアンが目の前に現れた二人は――こりゃ水掛け論か。

 

「ほら、覚悟を決めて、何かあったら僕がフォローするから」

「う……うん、ノリくんと一緒なら!」

 

 それにしても、中々やかましく格闘してしまった気がするけど、ギンギツネとかが出てくる気配はない。声というのは案外響かないものだ。

 

 

 

「お邪魔しまーす……でいいのかな」

 

 数日ぶりの温泉宿は、初めに静寂で出迎えてくれた。耳をすませばゲームの音くらい聞こえてこないかなあとしばらく聴覚に神経を注いでいたけど、やっぱり何も聞こえなかった。

 

「今日は留守みたいだねー、また後日」

「多分奥にいるよ、ほら行くよ」

 

「……はーい」

 

 入ってすぐのところにあるゲーム機の筐体が置いてあるコーナー……ここにキタキツネはいなかった。思い出せば携帯機をプレゼントしたからそれで遊んでいるに違いない。

 

 入口近くにいないとしたら十中八九奥の部屋にいるはずだ。いなかったら戻ってくるまで待つことにしよう。

 

「しばらく会ってなかったけど、元気にしてたかな」

「しばらくって、どれくらい?」

「大体……十日くらい」

「そんなに? どうしてだろう……?」

 

 その十日のうちの七日分は誰かさんによってお屋敷に軟禁されてて、軟禁される前の数日は同じ誰かさんが起こしたセルリアン騒ぎの調査やらなにやらで時間を食われて……大体そんな感じだったね。わざわざ言ったりはしないけど。

 

「うぅ……ごめんなさい……」

 

 わざわざ言ったりはしない。だけどイヅナの方が勝手に心の声を盗み聞きしてくるのだから、まあ仕方ない部分もあるんじゃないかな。

 

「悲しくなるくらいならいっそやめればいいと思うけど……」

「そんなの嫌! いつだってノリくんの想いを聴いてたい! それに……」

「……それに?」

 

 経験則からして、まともに聞いても理解できる論理じゃないだろう。でもまあ、だからといって「聞く意味なし」と切って捨ててしまうのは可哀想だ。

 

 無理に覚悟を決めさせて謝らせようとしてるんだ、これくらいは真面目に聞いてあげないと、と思いイヅナの言葉を待っていると、イヅナは僕の歩く道を先回りして目の前に立ち、上目遣いでじっとこちらを見た。

 

「それに、例えノリくんに世界の何よりも嫌われても、私はノリくんが大好きだから」

「……うぇ?」

 

「えへへ~、大好き~!」

 

 いきなり抱きついてきた。顔が若干赤くなっているのを見るに言っていて自分でも恥ずかしくなっちゃったのかな。かくいう僕も少し体が熱い、めまいになりそうだ。

 

 

「挨拶もなしに、何をお熱くやっているのかしら」

 

 後ろから、前に三日ほどお世話になった時に聞きなれた声が聞こえた。奇しくもその声の調子は前と同じような窘める感じの声。

 

「久しぶり、ギンギツネ……見えなかったから、どこかに行ったのかと思ったよ、キタキツネは元気?」

「ええ、あの子はいつも通りゲーム三昧よ……で、いつまで抱き合ってるの?」

「あ、ああ、ごめん」

 

 ギンギツネが現れてもイヅナは一向に僕から離れようとせず、とうとう言われてしまった。僕が引き離すと哀愁を込めた目と共にテレパシーであんな言葉やこんな言葉を……頭が痛い。

 

 恐る恐るギンギツネの顔を見ると、怒りとも呆れとも取れない、むしろどこか虚無の感を覚えるチベットスナギツネのような表情をしていた。キツネだけに。

 

「もっと慎みのある人だと思っていたんだけど」

「あはは……それは褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 何もないと思われたその表情の中に、ほんの一瞬悲しみの色が浮かんだように見えた。しかしハッとしてもう一度ギンギツネの顔を見ても、その色が再び現れることはなかった。

 

「キタキツネはどこに?」

 

 尋ねると、ギンギツネは入口から見て右側の方向に向き直り、その先にある部屋の襖を指さした。

 

「あそこの二つ並んだ部屋の奥の方にいるわ」

 

「ありがと、じゃあ行こっか」

 

 その部屋に向かおうとすると、後ろからギンギツネに呼び止められた。

 

「ちょっと、キタキツネの前でその……お熱くやらないでね」

「あ、熱く……? どうしてそんなこと……」

「それはそう、その……教育に悪いから」

 

 ひとしきり意味不明なことを口走った挙句、不安げな様子を見せながらどこかに立ち去ろうとするギンギツネ。とっさに呼び止めた。

 

「待ってよ、どこ行くの?」

「どこって、どうして?」

「ギンギツネも一緒に来てよ、大事な話だから」

 

 そう言ったら、突拍子もなく口をパクパクさせて狼狽し、プルプル震える手で僕を

指さして大声を出した。

 

「だ、大事な話って、一体何の挨拶なの!?」

「え? 挨拶じゃなくて、前に出たセルリアンのことだけど」

「……ああ、そうなのね」

 

 前にもまして理解に苦しむギンギツネの言動について、これ以上考えることは諦めた。気が付けば、さっきまでのやり取りの間にイヅナがケロっとできるくらい平常心に戻っている。これから謝る自覚があるのか甚だ疑問だ。

 

 

「入るわよ、キタキツネ」

 

「ん…………! ノリアキ!」

 

 ともかく、キタキツネとも久しぶりに会い、これで雪山セルリアン事件の当事者は揃ったことになる。

 

 キタキツネは僕に気づくと、寝転がっていた体をビクッと起こして素早く立ち上がり、数回瞬きをするうちに目の前まで駆け寄ってきていた。僕の手を握って身を乗り出してじっと目を覗き込んでいたけど、数秒経って自分のしていることに気づいたのか顔を赤らめ一歩下がった。

 

 無論、その行動をイヅナがよく思っていないのは言うまでもない。

 

「え、えっと、久しぶり……どうしてたの?」

「色々あったんだけど、それについてイヅナから申し開きがあるから聞いてほしいな」

 

「申し開きじゃないよー……」

 

 そっか、申し開きだと言い訳みたいな意味になっちゃうか、まあいいや。

 

 イヅナは二人の前で正座した。二人もそれにつられてイヅナの前に座った。僕は少し離れてゆったり座った。

 

「え、ええと……その……」

 

 早速言葉に詰まったイヅナはテレパシーで助けを求めるのみならずチラッとこちらに視線を向けた。テレパシーが第一手段として選ばれている辺り、相当の信頼を置いているんだなと感じる。

 

『一思いに言っちゃえば、あとは何とかなるよ』

 

『……わかった』

 

 

 

 宿に着いてから何回目のやり取りか、ようやく話す気になってくれた。

 

「この前、雪山に出た紫のセルリアンを、あれをここに送ったのは、私なの。……危ない目に遭わせて、ごめんなさい」

 

「………」

「え、どういうことなの!?」

 

 その後、セルリアンを送り込むに至った動機や、僕を屋敷に連れ去った時の顛末をイヅナは事細かに、僕が話せる以上に詳しく話した。そして再び、「ごめんなさい」という一言で締めくくった。

 

「……ひどい」

「そういう事情で……」

 

 二人の表情は複雑という一言で説明できる。イヅナに対してどのような感情を持っているのか、その詳しいことについては分からないが、複数の感情の中で揺れていることは確かなようだ。

 

 ギンギツネは自分やキタキツネを危険にさらしたことへの怒りと、そこまでにある意味で追い詰められたイヅナへの憐憫……だろうか。ひとえに複雑といっても二つの感情とは限らない。ギンギツネの目には別のことへの懸念も見て取れる。

 

 対するキタキツネは……よく分からない。というよりも、僕の心のどこかが理解することを拒んでいるようだ。どうやら温泉であった例の出来事がまだ記憶に強くこびりついているらしい。つまり、キタキツネは……

 

「……どうしましょう」

 

 ギンギツネが言葉を求めるようにこちらを見た。彼女としてもイヅナをどうするかについては決めかねているみたいだ。

 

「そう、だね……イヅナもこうやって謝ってるから、あとは煮るなり焼くなり好きにすればいいと思う」

「……の、ノリくん?」

「煮る? 焼く? さ、流石にそんな……」

「いいじゃん、やろうよギンギツネ」

 

「嘘、キタちゃんまで?」

 

 ほんの冗談というかことわざだったんだけど、キタキツネのノリが案外良いのは驚いた。しかし、本当に煮たり焼いたりするのは可哀想だ。

 

「冗談だって、だけど何か頼みごとがあるならできる範囲でやってあげるよ」

「そ、そうだよね、冗談、冗談……」

 

 思ったより傷は深いみたい。ごめん、イヅナ。

 

「そう言われてもねぇ……」

「そうだ、()()()()? っていうの、もっと食べてみたい」

 

 ふむ、料理か。今まで通りカレー系統のものを作っても味気ない、何かいいアイデアはないかな……

 

「じゃあ、きつねうどんとか、どう?」

「……いいかもね」

 

 ここに来てから麺類は食べたことがないからうってつけだ。それに「きつねうどん」という名前もいい。そうしよう。問題は食材の準備だけど……

 

「赤ボス」

「マカセテ、図書館ナラ明日ニハ準備デキルヨ、ココダト明後日ニナッチャウケド……」

 

「じゃ、図書館で作ろっか」

 

「それはいいけど、私たちはどうやって図書館まで? バスはないみたいだけど……」

「僕たち二人が飛べるから、一人ずつ運べば四人で飛んでいけるよ」

 

「飛べるって便利ね」

「あはは、本当にそう思うよ」

 

  こうして、セルリアン事件のお詫びとして、きつねうどんを二人に作ってあげることになった。図書館で作るから、きっと博士たちにもせびられるだろうけど。

 

 

 

「じゃあ、今日は泊まっていって構わないわよ」

「ノリアキ、ゲームしようよ」

 

 それも悪くない。どうせ今日は予定もないから。でも、帰らないと心配されるかも。

 

「赤ボス、ロッジのかばんちゃんに『今日は雪山に泊まります』って伝言できる?」

「モチロンダヨ、ボクニマカセテ」

 

 赤ボス、前よりも多くのことが出来るようになっている気がする。これももしや研究所の復活が影響している可能性がある。本当に興味深い場所だ。落ち着いたらもう一度…………あ。

 

「待って、やることがある」

 

「じゃあ、ゲームできないの?」

 

「大丈夫、すぐ戻ってくるから」

「え、どこに行くの?」

 

 イヅナが怯えた目で見つめてくる。テレパシーで知ってるならわざわざ聞く必要なんてないのに、よほど信じたくないらしい。

 

「湖畔まで行って帰ってくるよ、この勢いでプレーリーたちにも謝っておこうよ」

「そんなぁ……」

 

 

 ”みずべちほー”から飛んできた時のように、お姫様抱っこでイヅナを運んだ。

 

 

 湖畔で起きたことは、いちいち事細かに書いても凡長になるだけだから、ここにあらましだけを記しておくことにする。

 

 キタキツネたちにしたのと大体同じようにイヅナはプレーリーとビーバーに謝った。結果は丸く収まった。むしろ雪山の二人よりも柔らかい態度だったと感じる。

 こちらの二人は家に籠っていて、間近でそのセルリアンの脅威を味わっていないからかもしれない。

 

 ついでにと湖畔の二人も明日のきつねうどん祭りに誘ったけど、断られてしまった。他に何かすると言ってもいらないと言うから、何かあった時に手伝いか何かをすることにしよう。

 

 そういえば、湖畔の二人の家の内装がどこか前と変わっている気がしたけど、何分二人と親交が深いわけではなかったから、多分気のせいか模様替えだと思い追及はよしておいた。ただ、少し広くなったような、あとベッドらしきものが増えたような、そんな印象を受けた。

 

 それは置いておくとして、ひとまずイヅナはセルリアン事件に巻き込まれた四人に謝って、ひとまず許してもらえた形だ。これで少しでもイヅナが過ごしやすくなればいいと思うけど、果たしてどうだろうか。

 

 

 

 今日の夜は雪山の宿に泊まったが、特に何もなかった。本当に何もなかった。

 

 夜分遅くまでキタキツネとこっそりゲームで遊んで、二人に厳しく叱られたとかそんなことは絶対にない。決して。

 

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