キツネとカミサマ   作:ろんめ

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5-60 すっぱい想いをまぜてとかして

 

「むむう……」

 

茶葉とティーポットを交互に眺めて、キタキツネが不思議そうな顔をしている。

 

「あれ、どうしたの?」

「紅茶って、ホントにこの葉っぱからつくれるの……?」

 

今度は茶葉と本にある紅茶の写真を見比べ、信じられないといった表情でこちらを見た。

 

「一回淹れてみれば分かるって」

 

とはいえ、紅茶を淹れた経験なんてない。淹れ方に関しては赤ボスに全幅の信頼を寄せて、やるだけやってみることにしよう。

 

 

 

「ええと、まずは水を汲んで火にかける……」

「沸騰シタラ、スグニ火カラ離シテネ」

 

「わあっ!? ひ、火……?」

「あ、ごめんキタキツネ、沸かすときは離れてていいよ」

 

やっぱり、フレンズは火が苦手な子が多いんだな。

 

「ノリアキは、平気なの?」

「あはは、まあね」

 

僕はキツネの姿でも火が怖くない。イヅナも火は平気だ。

狐よりもヒトに寄っているからかな。イヅナに関しては、狐火を出すような妖怪が火を怖がると言うのも変か。あれ、霊だったっけ。

 

「それにしても珍しいね、キタキツネが手伝いたいって言うなんて」

「そう……かな?」

 

キタキツネはお世辞にも活発な性格ではない。別に活発なのが良いというわけではないが、我先にと手を挙げるのを見れば、何かあるのかと勘繰りたくなる。

 

「ボク、ノリアキに何も恩返ししてなかったから……」

「恩返しって、何か……あの時の?」

 

一番に思いついたのは、例のセルリアン騒ぎの時に助けたことだ。

 

「そ、それもあるけど……」

 

何かを言いかけて口ごもるキタキツネ。

その姿を見て一瞬、イヅナのようにテレパシーが使えたら、と思ってしまった。

僕も、なんだかんだ言ってテレパシーの存在に甘えようとしているのかもしれない。

 

「他に何かしたかな?」

「えと、その、ゲーム……」

 

……なるほど。

 

「そっか、研究所から持って来たゲーム機の――」

「そ、そうじゃなくて!」

 

珍しくキタキツネが声を張り上げ、僕の目の前までやってきた。

数秒経ち、キタキツネは我に返ったように元の調子に戻った。

 

「あ、ごめん……大きな声出しちゃって……」

「いいよ、僕もおかしなこと言っちゃったみたいだし、その、続き、聞いてもいい?」

 

キタキツネの気持ちを汲み取れなかった、本当にまだまだだ。

 

「うん……ノリアキと一緒にゲームができて、とっても楽しかったから……ありがと、って伝えたくて」

 

「一緒にかあ……他の子とやったりとかはないの?」

 

薄々そうとは思っていたけど、案の定キタキツネは首を振った。

 

「ないよ……初めは興味を持ってくれる子もいるけど、みんな一回きりで飽きちゃう。だから、ずっとゲームで遊んでくれる人は、ノリアキが初めてなんだ」

「……そうだったんだ」

 

キタキツネも、ずっと寂しい思いをしてたんだ……イヅナのように。

初めて、キタキツネの感じていたことを、言葉で聴くことが出来た。

 

前に彼女のそれらしい感情を目の当たりにしたのは温泉の……

ああ、なんで好き好んで嫌なことを思い出そうとするのか。

このことについてこれ以上考えていると、目の前のお湯のように沸騰してしまいそうだ。

 

「僕も、キタキツネとゲームするのが――」

「ノリアキ、”お湯”ガ沸イタヨ」

「………ありがと」

 

どんな時でも、どんな雰囲気になっても仕事を全うする有能ロボット赤ボスの呼びかけで、僕はすでにお湯が沸いていることに気づいた。

 

「……っ! 火だ……」

 

さっきは夢中で火に気づかず僕に近づいたキタキツネも、気づいて怯えながら後ろに下がった。

 

 

 

「じゃあ、このお湯をティーポットに……」

 

残念ながらティーバッグじゃないから、茶こしを使って茶葉が入らないように慎重に入れる。

 

「葉っぱは入れないの?」

「あはは、入れたら飲みにくくなっちゃうよ」

 

本当に葉っぱを入れたことはないから、実際のところは分からないけど。

 

程なくして、ティーカップは紅茶でいっぱいになった。

 

「後は、これをカップに注ぐだけだね」

「あ、ボクがやりたい。まだ、何もしてないから」

 

「それもそうだね、じゃあ後はお願いしようかな、赤ボス、カップへの注ぎ方を適当に再生して」

「マカセテ」

 

赤ボスがキタキツネに注ぎ方を教えている。

フレンズへの過干渉は厳禁というルールがあるから、『注ぎ方の音声を再生する』という体を取っているけど。

 

さてどうなるかなと見ていると、キタキツネはこっちに向かってきた。

そして僕の体を半回転させ、背中を押して厨房から追い出そうとする。

 

 

「え、ええっ?」

「後はボクがやるから、全部任せて?」

「そ、そう言われても……」

 

キタキツネが背中を押す力がなくなり、僕は振り返った。

 

「いいから、任せて?」

「……大丈夫?」

「うん、ボクがしっかり持っていくから」

 

真っすぐに僕を見つめる目はとても真剣だった。

だけど、その目を見ていると、威圧されるような心地でもあった。

 

「……分かった」

 

まあ大したことではないからと、結局キタキツネに仕上げを任せて僕はみんなの所へと戻った。

後から思えば、ここで無理を言ってもキタキツネを見守っていれば、それから起こることを止められたんだ。

 

――だけど、止めることが正しかったと言い切ることは出来ない。

 

 

 

 

「おや、紅茶はどうしたのですか?」

「キタキツネがすぐに持ってきてくれるよ」

 

そう伝えると博士は不安げな顔になった。

 

「大丈夫なのですか、少しどんくさそうですが」

「あはは、せめておっとりって言ってあげて?」

 

「……もってきたよ」

 

お盆に乗った6つのティーカップ。

少しよろめいて、中の液体もユラユラ揺れている。

 

カップは丁寧な円の形に並べられ、まるでリボルバーの弾倉のようだ。

そのせいなのか、ふと頭にロシアンルーレットという言葉が浮かんだ。

 

「ありがと、じゃあ……」

「……ボクが配っていい?」

 

ここまでやらせたなら、と配るのもキタキツネに任せた。

今更僕が配っても何ら変わりはしないだろう。

もう、()()()は仕込まれていたのだから。

 

 

間もなくして、全員に紅茶が配られた。

 

「ふむ、見た目は悪くないのです」

「これが紅茶なのね……」

 

「不思議な匂い……」

カップを持ち上げ、イヅナはそう言った。

 

「いただきます」

 

紅茶を一口含んで、飲み込んだ。

おいしい。アップルティーじゃないのが残念だけど。

 

「じゃあ私もいただきまーす」

 

続けてイヅナも紅茶を口にした。

そして、それは起こった。

 

「っ……!?」

 

イヅナの体が突如硬直した。

ティーカップが地面に落ち、中の紅茶が撒き散らされた。

 

思わず体が動き、崩れ落ちたイヅナに駆け寄っていた。

「イヅナ! 何か――」

「す、すっぱーい!?」

 

「……え?」

 

何が起きたのか、イヅナが何と言ったのか、理解するまでにコンマ一秒遅れてしまった。

みんなも、イヅナが何を言っているのか分からないようだ。

 

「すっぱい……のですか?」

「私のは、そんな味じゃないけど……」

 

どうやらイヅナの紅茶だけが変な味だったようだ。

なんでだろう。確かめようにも、もう紅茶は土にじっとり染み込んでいる。

 

「うぇ、けほっ、こほっ……」

 

イヅナは何度もせき込んでいる。見ていていたたまれない。

 

「どうしよう、口直しでも……」

 

と手を伸ばして掴んだのは僕のティーカップだった。

 

「あー、でも飲みかけ……」

「の、ノリくんの飲みかけ!?」

 

イヅナは突然元気に動き出し、持っていたカップを慎重にひったくってガブガブとボクの飲みかけを飲み干した。

その時に気管に入ったのか、またゴホゴホ咳をしている。

だけど、さっきよりはマシになったようだ。

 

「……やれやれ」

 

 

その後は特に何もなく、飲み切ったカップや道具を片づけた。

ここでもキタキツネは積極的に手伝ってくれた。

横でキタキツネがカップを洗っているのを見ると、なんだか妙な気分だ。

 

「でも、一体なんでイヅナのだけ……?」

 

答えは殆ど分かっているはずなのに、独り言のように僕はそう言った。

 

「……日頃の行いが悪いからだよ」隣でキタキツネが言った。

 

僕は彼女に何も言うことが出来ず、そのまま片づけは終わってしまった。

その後、僕は調味料が置いてあるところを調べた。

 

「やっぱり、減ってる……」

 

僕の予想通り、酢が入った瓶はその量を減らしていた。

更に言えば、博士が離して置いた酢の瓶は再び他の瓶の中に紛れていた。

 

恐らく、イヅナの紅茶だけに酢を入れたんだ。

そして酢を入れられるのも、酢が入った紅茶をイヅナに渡せるのも……

 

「はぁ……」

 

憂鬱な気分だ。

彼女は、どうしてこんなことをしたのだろう。

必死で記憶を辿るうちに、一つ思い出した。

 

博士が酢を飲んだ時、遠くから彼女がこちらを見ていたことを。

もしかしたら、それを飲んだ博士の反応を見て、嫌がらせをしようと……?

もし今日紅茶を淹れなくても、いずれこうなったのかどうかは分からない。

 

だけど、例えば、酢じゃない、もっと危険な毒のようなものが手元にあったら、キタキツネは……それを入れるのかな。

 

「はは、まさか、そんなわけ……」

 

恐ろしい想像がグルグルと頭の中を駆け巡る。

根拠なんてない、ただの想像だ。

だからこそ、根拠を以て否定することもできなかった。

 

 

「ノリくん、どうしたの?」

「イヅナ……!」

 

気づいたら後ろにイヅナがいた。

まずい、イヅナに感づかれるわけにはいかない。

もしこれを知ったら、一体どんな行動に出るか分かったものではない。

 

「な、なんでもないよ」

 

テレパシーで読み取られないように全力で念じながらそう答えた。

 

「本当に? ううん、嘘でしょ。隠そうとしてるのバレバレだよ」

 

やっぱり隠し事はできないか。

でも、読み取られさえしなければ、()()隠そうとしてるかまでは分からない。

 

せっかく丸く収まろうとしてるんだ、ここで騒ぎを大きくだなんてしたくない。

 

「あ、はは……気のせいだって」

「様子が変だよ、何を隠してるの? 私に話してよ」

 

 

ダメだ、ようやく平穏になろうとしてるんだ。

 

今日はもうロッジに戻って、またかばんちゃんやサーバルとかとも一緒におしゃべりをするのも悪くない。

 

そうだ、久しぶりに砂漠に行って、ツチノコと外について話すのもいい。

 

ジャングルに行って、じっくり見て回るのも悪くない。

 

平原で、お城とかお屋敷のするのも乙かもしれない。

 

だから、だから……

 

 

「あ、分かった! キタちゃんなんでしょ? 私の紅茶をあんなのにしたの」

「ち、違う……」

 

「もう、なんでそんなに青ざめてるの? 私怒ってないよ。あのおかげでノリくんの飲みかけがもらえたんだから!」

 

そうだ、怒ってない、もうひどいことなんてしないはず。

嫌がらせって言っても、可愛いものじゃないか。気にする必要なんてない。

ないんだよ、なのに、笑う膝が、早くなる拍動が抑えられない。

 

 

「だから私、キタちゃんにお礼してこないと――」

「っ、やめて!」

 

イヅナがどこかへ行こうとしているわけではなかった。

なのに、僕はイヅナの手首を掴み、どこにも行けないように引き留めた。

 

「……あはっ、うれしい」

 

かなり強い力で握っているにも拘らず、表情を歪めることはなく、痛みを我慢している様子もない。

むしろ、口角を吊り上げ顔をほころばせている。

 

「……とにかく、僕が話を付けるから、イヅナはロッジに帰ってて」

「そこまでキタちゃんをかばいたいの?」

 

「……話は、聞かなきゃ」

「わかったよ、ノリくんはそういう人だもん。今日はロッジでノリくんを想いながら一人で寂しく寝ることにするね」

 

「……別に、話が終わったら戻るよ」

 

 

 

キタキツネたち二人を連れて雪山に戻ろうかというその時、博士に袖を引っ張られた。

そのまま連れられ、離れたところで話をした。

 

「コカムイ、あの紅茶のことですが……」

「……ああ、災難だったね」

 

「ですが、あんなことが出来たのは……、っ」

 

咄嗟に手を出して博士の言葉を止めた。

 

「大丈夫、どうにかするから」

「いつもそんなことを言って、お前は……ちゃんと私の目を見て話すのです!」

「…………」

「そうですか……もう、知らないのです」

 

行ってしまった。

代わりに助手がこちらにやってきた。

 

「博士は拗ねているだけですから、心配はいりませんよ。……ですが、他に言い方はあったはずです」

 

「……うん、次に来たら、謝るよ」

 

助手にも、目を合わせることができなかった。

 

 

……ああ、僕は何をして、何を守ろうとしているんだろう。

協力してくれるはずの博士に対して、何もかも隠してばっかりだ。

 

このままでは、自分をも見失ってしまう。

そう思っていても、博士を追いかけて謝りに行くことはできなかった。

 

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