キツネとカミサマ   作:ろんめ

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5-66 雪の中にも15分

 

目を覚ますと、真っ暗な部屋にいた。

 

体を覆うような温かみと、手首と足首に走る圧迫感が、眠気を誘い、また同時に眠りから僕を引き上げようとしていた。

 

「ん、うぅ……」

 

朦朧としたままの意識の中で、何が起きたのかを懸命に思い出そうとした。

 

そうだ、雪山の宿に来て、紅茶を飲んで、その後は……?

確か、キタキツネと台所に行って……眠り薬で……

 

なんとなくだけど、思い出せた。

とにかく、非常にまずい状況であることは確かだ。

すぐにここから出て、外がどうなっているか確認しなければならない。

 

「ぐ、かなりきつく縛ってるね」

 

しかし、腕は後ろ手に組んだ状態で縛られ、足もガッチリと固定されて自由に動かせない。

 

そしてもう一つ、僕の動きを阻害する暖かい何か。もうこれは、確かめるまでもないだろう。

……キタキツネだ。

僕の胸に顔をうずめているから、狐耳が口元にツンツンと触れている。

 

そんなキタキツネは僕を強く抱きしめ、スヤスヤと幸せそうに眠っている。

僕をこんな状態にしてここに連れてきたのも、間違いなくキタキツネだろう。

 

「はぁ……イヅナは、どうしてるかな?」

 

キタキツネがこんな行動を起こしたとなれば、イヅナは絶対に黙っていないはず。

一度テレパシーを繋ごうと念じてみるも、反応がない。

 

何も返ってこないのは、イヅナが寝ている時か気を失っている時か……

どうあれ、今イヅナが頼りにならないことは分かった。

 

 

だったら、まずは自分でどうにかしなければ。

 

まず、部屋を観察した。

暗いせいで内装はよく見えないけど、宿の中であることは間違いない。

外の吹雪の音が、ここからでも聞こえている。

 

……数秒経って、キツネの姿になれば夜目が利くのではないかと思い出した。

すぐに姿を変え、辺りを見回した。

 

予想通り、視界が開けて宿の和風な内装がよく見えるようになった。

 

しかし、この姿でキタキツネに抱きつかれていると例の温泉でのことを思い出してしまい、何だか血の気が引いてしまった。

 

 

「……うぇ、あ、おはよう、ノリアキ。気分はどう?」

 

もぞもぞと動き、目元をこすってキタキツネが目を覚ました。

 

「あんまり、良くはないな……」

「そっかぁ……何がいけないの?」

 

「とりあえず、この縄を解いてくれるとうれしいな」

「……ダメ。そうしたら、逃げちゃう」

 

「……そっか」

 

予想通りの答えだった。

一瞬引きちぎってはどうかと思いついたが、身動きが取れなくて無理だったし、野生開放したとしても僕にそんな力はない。

 

「……せめて、足だけは」

「ダメ」

 

食い気味に否定されてしまった。

最近は、段々とキタキツネも押しが強くなってきたように感じる。

 

「えへへ、ノリアキ、素敵……」

 

頬を上気させ、息を荒くし、恍惚とした表情で僕の()に手を伸ばした。

 

思わず目を閉じ顔を逸らした。

それでも、彼女の手から逃れることはできない。

 

どうしよう、どうすればいい?

 

無理やり逃げ出す方法は使えない、物理的にも精神的にも。

イヅナの時と同じく、話をして解放してもらえるように図ろう。

 

それと、今回はあまり悠長にしていられないかもしれない。

イヅナが一体どうなってしまったのか、無事である保証はない。

 

とりあえず、会話をしよう。

 

「ねえ、他にやり方は無かったの……?」

「……こうしないと、ノリアキが取られちゃう」

 

「でも、その……動けないよ」

「ノリアキがボクだけを好きになってくれたら、外してあげる」

「ええと、そうじゃなくて……」

 

「大丈夫、ノリアキなら分かってくれるって信じてるよ」

「これじゃ、ゲームできないよ……?」

 

キタキツネはいつかのように首を傾げ、悪戯っぽく笑った。

 

「ゲームは後でいいよ、いつでもできるもん。ノリアキの方が大事だよ」

 

ゲームを出しにして解いてもらおうと考えたけど、当てが外れた。

三度のジャパリまんよりゲームが好きなキタキツネがここまで言うほど、僕は……ああ、頭が痛い。

 

 

とにかく今は部屋から出るために、自力で縄を抜けなければならない。

話がどっちに転んだとしても、キタキツネ自身から僕を解放しようとはしないだろうし、出してもらえることになっても随分後のことになるだろう。

 

「イヅナ……」

 

こんな状況だ、返事のないイヅナのことはやはり心配になり、つい声に出てしまった。

 

もう察しが付くだろう、今のキタキツネの目の前でイヅナの名を出すことの意味を。

そして案の定、気が付いたときにはもう遅かった。

 

「ノリ、アキ……?」

 

キタキツネの手がわなわなと震え、次に両手で顔を覆い隠した。

表情は見えず、怒っているのか泣いているのか分からない。

ただ、静かな部屋にガチガチと歯を鳴らす音がしばらく響いていただけだ。

 

「そっか……」

 

やがて音も止み、キタキツネは顔から手を下ろした。

彼女は目を閉じて、強く唇を噛み締めていた。

 

ゆっくりと瞼を開くと一筋の光が頬を伝い、その瞳からは一切の光が失われていた。

 

「アハハ……やっぱりノリアキはイヅナちゃんの方が好きなの?」

 

「そうじゃなくて、キタキツネ、イヅナをどうしたの?」

 

「ノリアキ、ボクのこと嫌いなの? なんで、ボクのどこがダメなの? ねえ……ねぇ!」

 

肩を揺さぶってこちらに語り掛けてくるだけで、全く話が通じない。

キタキツネは相当取り乱している、目の焦点も合っていないように見えるし、錯乱のあまり舌も回っていない。

 

「落ち着いて、僕はただ……っ!?」

 

言い切る前にキタキツネに唇を塞がれた。

口の中にキタキツネの舌が入ってきて、僕の口の内側を舐め回した。

両手両足を封じられているから抵抗なんてできなかった。

 

「ぷはっ、はぁ、はぁ……」

「え、えへへへ……んん…!」

 

一度顔を離したと思えば、キタキツネはまたすぐ同じように唇を重ねた。

僕の感覚も麻痺してしまったのか、蛇のようにうねって口の中を蹂躙するキタキツネの舌は先ほどよりも甘く感じられた。

 

それから、何分が経ったのだろう。

キタキツネが満足し唇を完全に離したころには、互いの口の周りは混ざった唾液でどうしようもなく汚れていた。

 

「えへ、とっても甘いね……」

 

キタキツネが耳元で囁いているが、返事をする気力はなかった。

 

「汚れちゃってる、拭いてあげるね」

 

ハンカチで口元を拭いてくれた。

もしかして、僕を眠らせた時に使ったハンカチなのかな? どうでもいいや。

 

キタキツネは同じハンカチで自分の口周りの唾液も拭き取った。

 

「えーと、お腹すいたでしょ、ジャパリまん持ってくるね」

 

お腹をさするジェスチャーをしてから立ち上がり、部屋から出ていった。

かと思うとすぐに扉の影から顔をひょっこりと出して言った。

 

「大人しくしててね?」

 

それだけ言うと、今度こそ本当に行ってしまった。

 

 

「大人しくだなんて、できないよ……」

 

今のこの状態に甘んじることなんてできない、早くここを脱出してイヅナを探さなければ。

念のためにもう一度テレパシーを送ったけど、残念なことに今回も返事は戻ってこなかった。

 

それに、どれだけ力を込めても縄は千切れそうにない。

やっぱり一度従順になって、チャンスを窺うべきなのだろうか。

 

そう思い始めたころ、棚の後ろから青い希望の光が見えた。

 

「もしかして、赤ボス……?」

 

僕の問いかける声に応えるように、赤ボスが棚の影から現れた。

 

「ノリアキ、助ケニ来タヨ」

「ちょうどよかった、赤ボス、この縄なんだけど……」

 

「マカセテ、除草機能ノ応用デ、ロープモ切断デキルヨ」

 

その言葉通り、赤ボスはカッターを精密に操り、固く結ばれた縄をまるで豆腐を切るように切断してしまった。

 

こうして、ようやく僕は自由の身となった。

 

「ありがと赤ボス、イヅナの様子は分かる?」

「ゴメンネ、ボクニモ分カラナインダ」

「そっか、じゃあ僕が探さないと……」

 

自由になった以上、これ以上この部屋にいても危険なだけだ。

外でキタキツネが待ち伏せしていないことを確認し、部屋から飛び出した。

 

「ここからどうする……ギンギツネは、ダメ、だな」

 

紅茶を飲んだあの場にはギンギツネもいた。

僕が台所から戻らなかったら不審に思うはず、なのに今まで音沙汰がないのは、ギンギツネもキタキツネと協力しているからに違いない。

 

「だとしても、肝心のイヅナがどこにいるか……」

 

手掛かりが欲しいなら僕が眠らされた台所に行くのが最初だ。

しかしキタキツネはジャパリまんを取りに行くと言った、鉢合わせる危険が大きい。

 

「赤ボス、ジャパリまんってどこにあるの?」

「……台所ニハ、置イテナイヨ」

「意外だね、でも好都合かな」

 

ジャパリまんがないなら、バッタリ会う可能性は低くなる。

 

すぐに向かおうと一歩踏み出したその時、ドッと眠気に襲われ、膝をついた。

 

「うぅ、何これ……!?」

 

もしかしなくても、眠り薬のせいだ、あの強力な薬はまだ効果が残っているらしい。

 

「でも、行かなきゃ」

 

落ちてしまいそうな意識をギリギリで保ちながら進み、気が付くと台所に到着していた。

眠気のせいで道中の記憶はすっぽりと抜け落ちている。

 

「とりあえずで来た、けど……何もないか……」

 

置いてあるのは紅茶のセット、包丁や泡立て器などの調理器具だけだ。

 

「包丁、か……」

 

眠気でどうにかしていた僕は、なんとなく包丁のある方へと歩いて行った。

イヅナを探さなければいけないと分かっていたのに、今にも意識は夢の世界に沈んでしまいそうだ。

 

 

「っぐ、う……!?」

 

そんな意識は、鋭い痛みによって瞬時に現実へと引き戻された。

 

痛みの元を辿ると、そこは左腕だった。

痛みの原因は包丁だ、左腕に突き刺さっている。

じゃあ、誰が刺したのか? それも簡単だ、見るとしっかりと包丁の柄を握っている。

 

――僕の右手が。

 

「フーッ、フー……はあ」

 

反射的に包丁を引き抜くと、傷口から血があふれ出てきた。

 

「アワワワワ、ノリアキ、大丈夫? すぐに手当てを……」

「大丈夫、むしろ、目が覚めたよ」

 

「デ、デモ……」

「気にしないで、フレンズは治癒能力高いんでしょ、すぐ治るって」

 

今はこんな傷よりも、イヅナを探す方が先だ。

どこでどうなっているか分かったもんじゃない、一大事にでもなったら大変だ。

 

その点、キタキツネは錯乱しているだけだから、後でギンギツネが上手く取りなしてくれることを願おう。

 

「でも、まだ少しボーッと……まあいいや」

 

再び沈みかけた意識を横薙ぎの傷一つと引き換えに呼び戻し、イヅナを探すため包丁を置いて台所を後にした。

 

 

「ノリアキ、どこ行くの……?」

「……イヅナを探すんだよ」

 

配慮も誤魔化しもなく、単刀直入に言い切った。

何か反応があるかと思ったが、キタキツネは先刻のような慌てようを見せることは無かった。

それでも、吊り上がった口角は隠しきれていなかった。

 

「イヅナちゃんは見つからないよ」

 

そんな表情のまま、さも当然かのようにキタキツネは告げた。

 

「見つからない? 一体どうして?」

「だって、()()()()()()()()()()()()()()

 

「真っ白……?」

 

正直に言ってその言葉の意味するところを理解しかねる。

確かにイヅナは髪も尻尾も服も白ずくめだけど……それが一体?

 

「えへへ、でももうどうでもいいよね、戻ろう、ノリアキ?」

 

キタキツネは僕の方に歩き出し、こちらに向かって手を伸ばした……しかし彼女の動きは止まり、突如にして後ろに強く引っ張られた。

 

「もうやめて、キタキツネ!」

「ギンギツネ、今までどこに……」

 

ギンギツネはキタキツネを羽交い絞めにして動きを封じた。

キタキツネはそれを振りほどこうと激しく抵抗している。

 

「なんで、放してよギンギツネ! 助けてノリアキ、ノリアキ!?」

「お願い、正気に戻って、こんなの間違ってるわ!」

「違う、違う……! ボクは、ただ……」

 

しばらくしてキタキツネは抵抗を止め、ガックリと項垂れ、膝から崩れ落ちた。

 

「キタキツネ……」

 

一時の沈黙がその場を支配した。

キタキツネは徐に立ち上がり、よろよろと体を不安定に揺らしながらどこかに歩いて行ってしまった。

 

キタキツネが見えなくなると、ギンギツネが話しかけてきた。

 

「その、本当にごめんなさいね、キタキツネもだけど、イヅナちゃんのことも」

 

「イヅナに何があったか知ってるの?」

 

そして、ギンギツネから僕が眠らされた後の話、キタキツネに頼まれて今回のことに協力したことを聞いた。

 

「ごめんなさい、私があの時止めていれば……」

「今は気にしないで、それよりイヅナを見つけないと」

「え、ええ……って、それどうしたの!?」

 

指を差された左腕を見てみると、流れ出た血で服の袖が真っ赤に染まっていた。

 

「ん、ああ……左腕(これ)? 後で手当てするよ」

「でも血がいっぱい……」

 

「大丈夫……大丈夫だから、それよりイヅナはどうなったの?」

「え? ああ……キタキツネが外に連れて行って……その後は分からないわ」

「外のどこかに置いてきた、ってことか」

 

ようやくキタキツネの言葉の真意を掴むことができた。

『白いから見つからない』というのは恐らく雪の中に置いてきたからだろう。

 

「赤ボス、外はどうなってる?」

「吹雪ハアル程度落チ着イタヨウダヨ」

「なら、また激しくなる前に見つけないと」

「だったら私も……」

 

「いや、ギンギツネは残って。連れ帰ったらイヅナを温めないといけないし、キタキツネも心配だから……」

「……そう、ええ、分かったわ、早く戻ってきてね」

「うん、行ってくる」

 

 

 

かくして僕は念のためのスコップを持って、宿を飛び出した。

全方位に神経を張り巡らせ、イヅナらしき反応がないか念入りに調べた。

 

キタキツネは空を飛べない。

僕が眠っていた時間は分からないけど、そこまで遠くに行く時間は無かったはずだ。

ましてや激しい吹雪の中で、イヅナを抱えた状態で。

 

そう思い宿の付近を見て回っているが、イヅナらしき影は見えない。

やっぱり、念のために持って来たスコップを使うことになるのだろうか。

 

「近くに隠すなら、そうなるよね……」

 

遠くに隠せず、それでも適当にはできない。

もし僕がそんな状況で隠すなら、雪の中に埋める。

いずれ本人にも見つけられなくなるが、この場合それでも構わないと考えていただろう。

 

埋められたものを探すなら空を飛んでいても仕方ない、僕は雪面に降り立った。

 

「赤ボス、不自然に雪が荒らされてたり、雪が固くなってるところを探すよ」

「ワカッタ」

 

今度は直感だけでなく、足の触覚、そして視覚を限界まで研ぎ澄ませて探し始めた。

ちょうど雲が晴れてきて、日光が雪に反射して非常にまぶしい。

それでも、今やめるわけにはいかない。

 

 

「……この辺り、雪も固いし他と比べて変わった様子だね、赤ボス、一度掘ってみよう」

「ウン」

 

イヅナを傷つけないようになるべく水平にスコップを入れて雪を掘り始めた。

最初のうちはスコップで丁寧にやっていたけど、段々まどろっこしくなってサンドスターの爪で掘り起こし始めた。

 

冷たい、指先が痛い、本当にここで合っているのか?

何故だろう、そんなことを考え始めたころに光明は見えてくるものだ。

 

「あっ、これって……!」

 

雪の隙間から、白い布が顔を出した。

これは、おそらく袖の辺りだ。

 

「イヅナ、やっぱり……!」

 

その後は指先の痛みも左腕の痛みも忘れ、夢中になって生き埋めになったイヅナを掘り起こした。

しばらくして全身が雪から救い出されたが、イヅナの体は冷え切り、雪のように白い肌は血の気を感じさせないほど不健康に白んでいた。

 

すぐさまイヅナを抱え上げ、宿にいるギンギツネの所に向かった。

 

「おかえり……イヅナちゃんひどい状態ね、任せて、すぐに温めるから」

「任せて、いいの?」

 

「ええ、しっかりやるわ。貴方も、早くその腕を治療した方がいいわよ」

「あ、ああ……じゃあ、手当てしてくる」

 

赤ボスの案内のもと薬箱を見つけ、傷口に消毒をして包帯を巻いた。

ついでに包丁は付いた血を洗い流しておいた。

 

 

手当てを終えてイヅナの許に行くと、すでに処置を終え宿の浴衣を着せられ、血色の戻った肌のイヅナが()()()()と眠っていた。

 

「ひとまず、これで安心よ」

「……うん、ありがと、ギンギツネ」

 

「それで、もう空が暗いけど今日はどうするの……?」

「……あはは、どうしようかな」

 

穏やかに眠るイヅナの姿を見て安心するのと同時に、先のことを思い浮かべると表現しようのないのない暗雲が心の中に立ち込めるのだった。

 

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