目の前に広がった、天都君の記憶の中の惨劇に、そしてそれを物語る彼の言葉に、彼のこの強烈な記憶をいとも容易く封印したイヅナの力に……
とにかく多くのことに、僕は言葉を失っていた。
「これが、あの夏の出来事だ、今から……大体2年前の話だな」
「この思い出が、ずっと、僕を……」
今まで形の見えなかった恐怖、だけど今はっきりとその姿を見た。
この記憶が原因になっているなら、トラウマの発動スイッチにイヅナやキタキツネが関わっていることが多かった理由も説明できる。
恋と、嫉妬と、惨憺たる悲劇……一つの形の、破滅。
「天都君が忘れようと思ったのも、分かる気がするよ」
「ああ……だが、まだ続きがあるんだ」
「続き……!?」
「安心しろ、もう恐ろしいことは起こらないぜ」
それを聞いて少し安心した。
だけど、それなら残りに話すこととは一体何なのだろう?
「まあ、後は二回目にあの白い狐に会うまでの2年間、俺がどう過ごしてたかって話がほとんどだ」
確か、イヅナの記憶では”二度”、天都君の記憶に封印を掛けていた。
イヅナの言う通り彼に掛けた封印に綻びがあり、何らかの原因で思い出してしまった、そう考えるのが妥当だろう。
「ま、今すぐ続きに行ってもいいんだが、区切りがいいし今度はお前から少し聞きてぇな」
「ぼ、僕が? でも、何を話せばいいか……」
「そうだなぁ……お前の記憶をいくつか漁ったんだが……」
「な、何やってるのさ!?」
そういえば、ここは記憶の空間だった。
彼が僕に記憶を見せられるなら、逆に記憶を覗かれてもおかしくないんだ。
ああ、天都君が時々話をして、残りの時間ずっと黙っていたのは記憶を覗いていたからか……
「ふむ……聞くなら最近の話だな」
「……天都君」
言葉遣いも性格も違う。
彼が記憶を失くす前の僕だなんて今でも信じられない。
もしかして、記憶以外の何かもイヅナに弄られたんじゃないかな。
だってほら、こんな記憶の空間を認識できるようついさっき弄ってもらったばっかりだし。
「んー、やっぱ
もう一度よく見てみると彼の瞳は黒い。
キツネの姿を手に入れて以降瞳が赤く染まってしまった僕との大きな違いだ。
「おい狐神君、何か自己申告で話したいことはないか?」
天都君は、僕にないものを持っている。
彼が生きた人生は僕よりずっと長いし、社会も知っているし、きっと外に帰る
「おーい、聞いてるのかー?」
「……」
「――おい!」
「うわわっ!?」
どうやら、また考え込んじゃっていたみたい。
「ごめん、聞いてなかったよ」
「ハァ、まあいいぜ……そうだ、この際重い話はナシにしよう」
彼なりの配慮の形なんだろうけども、そもそも僕は早く続きが聞きたい。
「そう言われても、別に話したいことなんてな……」
「じゃあ俺から聞こう、そうだな、好きな食べ物は何だ?」
「ええと……」
好きな食べ物かぁ……ここに来てからジャパリまんばっかり食べてるからなぁ……
美味しかった料理と言えば、イヅナが作った稲荷寿司とか、鼠の天麩羅とかが美味しかったな。
あと果物だと林檎かな……
でも、狐にお供えするはずの物を狐のイヅナが作っちゃっていいものかな?
「……ええと、あれ?」
「あと趣味ってあるか?」
「こ、今度は趣味……?」
趣味なんて呼べるものは……ゲームくらいしかないか。
時々キタキツネと格闘ゲームで遊んでいるけど、未だに完全勝利できた試しがない。
それに対してキタキツネはと言うと、一旦波に乗ると一切手が付けられなくなる。
しかも調子が良くなると止めようと言っても聞いてくれなくて、止めさせようとしたギンギツネと半刻程にわたる鬼ごっこを繰り広げた。
あの時のキタキツネの目は恐ろしかった……ゲームに対する想いは、僕への執着心と通ずるものがあるように感じる。
……って、あれれ?
「じゃなくて、何なのさこの質問!?」
「すまん、嫌な質問だったか?」
「嫌じゃないけどさ、まるで初対面の時にするような質問で……」
「だって、初対面だろ?」
そもそも、対面するはずがないと言うのは野暮なのかな?
「そんなこと、僕の記憶を覗けばいいじゃない」
「……おいおい、なんか自分の内側を覗かれることへの感覚が麻痺してないか?」
「いいんだよ、防げないんだから、慣れなきゃ」
防げる方法があるなら、是非ともご教示願いたい話だけど。
「でも、テレパシーを悪用されてるんだろ?」
「イヅナは、そう言ってたね」
「だよな、じゃあ俺が、そのテレパシーを繋がれないように手伝ってやるよ」
「……できるの、そんなこと?」
適当を言ってるようにしか聞こえないけども、どうしてもって言うのなら試してみてもいいか。
「詳しい原理は聞くな、だけど任せろ、しっかりイヅナの野郎を止めてやるぜ」
「イヅナは女の子だよ……」
「……そんなの気にするな!」
あはは、天都君って明るいな。
そんなことを考えていると天都君が僕の横まで歩いてきて、肘で脇腹をつつかれた。
夢の中なんだから瞬間移動でもすればいいのに。
「わわ、どうしたの?」
「なぁ、ぶっちゃけた話、あの二人についてどう思ってるんだ?」
軽い調子で口にしているけど、その様子に似合わず中々重い質問だ。
「ええと、一言じゃその、うまく表現できないよ」
「聞き方が悪かったか、なら単刀直入に……好きか?」
「うぇ!? べ、別に、嫌いじゃない……けど」
「もっとはっきり、な?」
「や、やめてよ! そもそも、あんな話の後によくこんな質問できるね……?」
僕がそういうと、天都君の顔から一瞬にして表情が抜け落ちた。
ぎょっとして一歩間を空けて様子を見ると、胸に手を当て、目を閉じて何か考え事を始めた。
「ま、そんなケチケチせずに教えてくれよ?」
しかし十数秒後、その様子を忘れさせるように明るい声と表情が戻ってきた。
「まだ、自分の気持ちがどっち側なのか分かんないんだ」
「だとしても、心に決めるなら早いほうがいいぞ」
「やっぱり、そうなのかな……」
「ああ、確実に。後回しとか、変に放っておくと碌なことにならないぞ、
「っ! ……あは、は、説得力、すごいね」
「ハハ……まあな」
――涙。
天都君の頬に一筋走った淡い光。
二人を目の前で失った悲しみ、手を取れなかった後悔、止められなかった自責の念。
「ごめん……天都君」
記憶の中にも、天都君の激しい感情が色濃く残っていた。
心の底から悔やんで、悲しんで、耐えきれなくなって、偶然とはいえ全てを忘れることになった。
それを、僕は蘇らせてしまったんだ。
「謝るなよ、俺の記憶がお前を苦しめてたってことなんだろ、気にする必要なんてない」
「本当に、そうなの?」
「ああ……おほん、それよりだな」
わざとらしい咳払いと共に天都君の声色が一変して、彼は話題を切り替えるように促した。
「そのだな、”天都君”ではなく、名前で、”神依”と、そう呼んでくれないか?」
「えっと、神依……君?」
「そうそう! 予想通り、名前の方がしっくりくるな」
呼び方を変えてほしい……か。
かつて、僕が赤くなる前の赤ボスにした頼みと同じだ。
しかも、今と同じく出会った直後の頼みだった。
「いつまでも後悔し続けても仕方ない、切り替えようぜ、
「うん……ありがとう」
神依君は、きっと優しい。
でも、真夜さんと雪那さん、その二人の想いのどちらにも応えることは叶わなかった。
優しい彼を雁字搦めにしてしまったもの、それを、この先で知ることができるのかな。
「さ、呼び名も決まったところで、今まで生きてて一番驚いた話、とかどうだ?」
「生きてて……って僕はまだ――」
「おいおい、確かに短い間だけどな、お前は絶対ハプニングの渦中に何度もいたって断言してやれるぞ!」
「あ、ははは……」
天都君と話していると何だか調子が狂うな。
元気……なのかな、僕よりも勢いがあって、言葉に力がある。
きっと、僕に無くて、天都君に有るものが分けているんだ。
なんだろう、好みだとかの些細なことじゃなくて、もっととても大きなことだ。
「しかし、俺は
……18年。
それだ、僕たち二人を決定的に分かつもの。
生きてきた年月と、その間に積み重ねられた経験。
……そしてそれの上に成り立つ、『自分』。
「天都君って……ううん、なんでもない」
「んー、自己完結されても困るけどな、ハハハ」
僕がずっと追い求めて、作り上げようとしていたもの。
彼が持っていた、彼のもの。
僕が手にすることの叶わない、存在証明。
自分自身を認めてあげることが、僕にはできない。
「いいから天都君、早く話の続きを聞かせてよ」
「おう、そろそろ行くか」
語る過去も、何もかも持ち合わせてなんていない。
「第二編のはじまりはじまり……ってな」
でも