キツネとカミサマ   作:ろんめ

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6-78 憧れは海を越えて

 

砂漠に行った日はまた図書館でお世話になったから、ロッジに帰ってくるのは2日ぶりってことになる。

テレパシーを含めて一切の連絡を取っていなかったけど、図書館までイヅナが迎えに来たりとかはしなかった。

 

――仲違いってことになっちゃうのかな。

キタキツネとの関係も心配だけど、イヅナも捨て置けない状況にある。

 

『お前、結構ボロボロだよな』

『あはは、神依君もそう思う?』

 

2人とも受け入れる……か。本当にそんな結末が存在するのだろうか。イヅナとキタキツネの間の亀裂は勿論のこと、僕と2人の間にも何かドロドロしたものが生じつつある。

 

でもまだ何か起きたわけじゃないし、何か起きる兆候が強く見られたわけでもない。しばらくの経過観察だ……息を整えて、なるべく自然に扉を開けた。

 

 

「えっと、ただいまー……イヅナ、いる?」

「あっ、ノリくん……」

 

イヅナは目が合うや否や顔を逸らしてそっぽを向いてしまった。回り込もうとしてもその度に背中を向けられてしまう。

 

『拗ねてるな、こりゃ』

 

脳裏に響く神依君の声はどこか他人事のようだ。実際は他人事に近いんだけど、ちょっと悲しい。

 

「い、イヅナ? 何か不満なの……?」

「ん……」

 

下に垂れて力なく揺れる尻尾と、ペタリと座った狐耳が、イヅナも同様に落ち込んでいることを静かに語っている。

 

「ねぇ、ノリくん……そこまでして、私に隠したいことがあるの……!?」

 

静かに、それでいて力強く、どす黒い声色。でも一方で甘ったるい声にも聞こえてしまい、どっちが正しいのかは分からない。……熱でもあるのかな。

 

「そこまでして」と言うのは、例の、テレパシー防ぎのことだろう。

好き勝手に心を読まれることを神依君が不憫に思っての提案だったんだけど、イヅナはこの行動を違った意味でとらえたようだ。

 

『裏切りと感じたのか……余計なことしちまったか?』

『大丈夫、何とかなるよ、調整は出来る?』

『ああ、テレパシーの通り道を細くして防いでるから、その都度開けたり閉じたりすれば、祝明にもできるぞ』

 

それは好都合だ。イヅナとの関係が壊れるのは本意ではない。別の方法を示してある程度イヅナが心が読めるようにしよう。あるいは、僕からも時々干渉してあげるのがいいかもしれない。

 

「ねぇ、イヅナ、だったら提案があるんだ――」

「今は聞きたくないの、後に、して」

「あ……」

 

イヅナは奥の部屋の方に行ってしまった。

仕方ない、この話はイヅナが戻ってきてからにしよう。

 

 

 

「イヅナさん、大丈夫なんですか?」

「……? ああ、かばんちゃんか、大丈夫、時間が経てば話せるようになるよ」

 

何だか久しぶりに見た気がするかばんちゃんだけど、何やら机に資料のようなものを広げて、サーバルと一緒に読んでいる。

 

『でも、サーバルは読めてるのか?』

『……多分、読めてない』

 

「それ、どうしたの?」

「えっへん、研究所からもってきたんだよ!」

 

机から1枚取り上げて、読めもしない資料を得意げに突き出すサーバル。相変わらずの快活な様子に、ちょっぴり顔が綻んだ。

 

「これって、船の資料?」

「はい、セルリアンと一緒に沈めた船の”設計図”、ってものみたいです」

「けど、なんで設計図なんて……」

 

既に沈んでしまったものの造りを知って、一体何に使おうと言うのだろう。

でもそれは浅はかな考えだったと、次の言葉を聞いて悟った。

 

「ボク、やっぱりこの島の外に行ってみたいんです」

「……外に?」

「この島の他にもヒトが居るって分かったんですから、とにかく、一度だけでも会ってみたいんです」

 

かばんちゃんが外の世界に憧れていたなんて、一度たりとも考えもしなかった。僕が、もう外に戻ることを諦めてしまったせい、かな。……戻る場所なんて、()にはもう無いから。

 

 

「それで、船の設計図を……」

「船そのものが無くても動く仕組みが分かれば、船の代わりになるものを作れるかもしれないって、そう思ったんです」

 

確かにそれはその通りかもしれない。だけど、それを行うには多くのものが足りない。技術、材料、知識……既にある何かを使わなければ、船の代わりなど到底用意できるものではない。

 

「それで、何か掴めたの?」

「……いえ、まだ具体的には何も」

「なら、僕が乗ってきたボートを使えば或いは……」

 

イヅナが中の機械を抜き取っちゃったけど、戻せば多分動くはずだ。この島でまともに海を渡れそうなのはこれくらいしか無いように思える。あとは、ボートに燃料が残っているかどうかが大きな問題になるくらいか。

 

 

「でも、コカムイさんの船に乗って行っちゃったら……」

「気にしないで、島の外に行く予定はないし、まず動くかどうかの話だからさ」

「確か、イヅナさんが壊しちゃったんじゃ……」

「壊したというより、中の機械を丸々取っちゃっただけなんだ。だから、戻した後に動かせるか調べなきゃいけないんだけど、ボスはできる?」

 

尋ねると、腕時計の方のボスが答えてくれた。

 

「うん、内部の構造をスキャンすれば、稼働可能か調べられるよ」

 

なら、後でボートの所まで行って、ボスにスキャンをお願いすればいいだけだね。

 

『ボスって色々便利なんだな』

『これくらい機能が無いと、ここでは使い物にならないんだろうね』

『だろうな……昨日痛感したよ』

 

 

「じゃあ、もしボートが動かなかったらどうするの?」

「……コカムイさん、どうすればいいんでしょう?」

 

サーバルの言う通り、ボートが必ず動くという保証がない以上、他の手段も考えておく必要がありそうだ。

この島の中で船に流用できそうなもの……同じく機械であるジャパリバスなら工夫すればある程度の距離を渡るのは可能だろうか。

 

「バス、とかはどうかな」

「やっぱり、バスを使うの?」

「……サーバル、”やっぱり”ってどういうこと?」

 

すると、サーバルは「しまった」と言う風に手で口を押さえた。

 

「え、えっとね、外に行きたいかばんちゃんのために、バスで船を作るつもりだったの」

「サーバルちゃん、そうだったの?」

 

なんと、既にバスを船に改造するというアイデアはフレンズの中で出てきていたようだ。

 

「それって博士のアイデア?」

「そうだよ、コカムイくんが島に来る前からみんなで準備してたんだけど……」

「有耶無耶になっちゃった、ってことだね」

 

僕が島に来たのと丁度同じタイミングで海に現れたセルリアン。あんなものがいては安心して海へ飛び出すことができないから、島から出る前に、絶対にそいつを退治しなければならない。だけど、今はまだ手の打ちようがない。

 

 

「乗り物は、ボートかバスを改造するか、海のセルリアンは後回しにするとして……次は目的地、だね」

「目的地は決めてるんです、”ゴコクエリア”、そこに行くつもりです」

「ゴコクエリア……ね」

 

久しぶりに”ジャパリパーク全図”を開いて調べてみよう。

ここにキョウシュウエリアがあって、ゴコクエリアはかなり近い場所にある。

この島以外のエリアは正常に活動をしているらしいから、向かうならまず一番近いエリアに行くのが確かに合理的だろう。

 

今話をしてハッキリさせられるのはここまでだろう、それよりも気になることがある。

 

「ねぇ、もし外でヒトの住んでる場所を見つけたら、かばんちゃんもそこで暮らすの?」

「それは……分かりません。ボクが何処にいるべきなのか、まだ」

「えーと、難しい話は分からないけど、私はずっとかばんちゃんと一緒にいるよ!」

「サーバルちゃん……! ふふ、ありがとう」

 

 

いるべき場所……ね。

 

『……なんだ、しんみりしてるのか?』

『あはは、はは……』

 

居場所、僕がいる()()所……大丈夫、ここにある、イヅナが、キタキツネが、望んでいる、用意してくれている。

探しに行く必要なんてない。気にするな、考えるな。

 

――僕は、島の外に行きたいの……?

 

 

「別に、行かなくてもいっか」

「……コカムイさん?」

 

「っ、ああ……ボートの確認のことだよ、僕が行かなくても、ボスにお願いできるからってことでさ」

 

また、考えていたことが口に出てしまった。何か原因があるなら、見つけて治した方がいいかもしれないな。

 

「それじゃあ、ボートを早速見てきますね」

「うん、いってらっしゃい」

「あ、待ってよかばんちゃん!」

 

2人はバスに乗り、ボートの場所に向かったようだ。彼女たちが居なくなって、ロッジのロビーには僕1人が残された。

 

 

「イヅナと、そろそろ話せるかな」

 

なんだか、僕があの屋敷に連れていかれた時と状況が似ているような気がする。イヅナが落ち込んで、僕がイヅナを説得しに行く。

色々なことがあったけど、結局のところ何も変わっていないのかもしれない。

 

唯一何かが変わったとすれば、僕がそれを肯定しているということだけだ。

 

 

「おや、良いことでもあったのかい?」

 

イヅナの部屋に向かう途中、すれ違ったオオカミにそう声を掛けられた。

 

「良いことなら、これから沢山起こるよ」

「ほう、それはそれは……素晴らしいね」

 

言葉とは対照的に、オオカミの顔は晴れやかなものではなかった。

 

「そう言うオオカミさんは、悪いことでも起きたの? 複雑な顔をしてるけど」

「いいや……まだ、何も。悪い予感なら、幾らでもしているけどね」

「……そっか」

 

やり取りの中でオオカミの真意を推し量ることはできなかったが、彼女がそう言うってことは恐らく何か起こるのだろう。

 

 

 

「イヅナ、入っていい?」

 

ノックをして声を掛けても、中から返事は返ってこない。ドアノブを捻ると、鍵は掛けられていなかった。

 

「あ……は、入るよ……?」

 

ゆっくり扉を押し開けて、部屋の中を覗いた。厚いカーテンが閉められて真っ暗になった一室、そのベッドの上に、扉の隙間から入った光を反射して艶やかに輝く白いものがあった。

 

「イヅナ、寝てるの?」

 

扉を全開にして凝視すると、イヅナは寝ているわけではなくベッドに腰掛けているだけと分かった。イヅナは突然の光に眩しそうに目を細め、光の抜け落ちた目をこちらに向けた。

 

「ノリくん……」

「イヅナ、ごめんね、その……知られたら恥ずかしいような考え事も沢山あってさ、それで、僕から神依君にお願いしたんだ」

「うん、ノリくんにだって、隠したいことはあるよね……私、ノリくんに――」

「だ、だけど!」

「……?」

 

イヅナの思考が悪い方に流されていると感じて、少々無理やりに遮った。僕だって、ただ謝るだけのために来たわけじゃない。イヅナを悲しませるだけで終わりだなんて、絶対にあってはならない。

 

『テレパシーを通せるように、お願いね』

『任せとけ』

 

……よし。

 

「だけどさ、時々なら……まあ、構わない、よ?」

「え……えっ?」

「な、なんで驚いてるの……?」

 

イヅナは俯いて、手を顔の辺りに当てて何かをしている様子だ。しかし、暗くてよく見えない。

確かめようと一歩イヅナに近づいた途端にイヅナが僕に抱きついて――

 

「んーー!」

「んぐっ!?」

 

キスをした。強く、何よりも力強く、僕を抱きしめながら。

 

そして、何か液体が口の中に流れ込んでくる。

この味は……多分イヅナのサンドスターだ。

その証拠に、この島に来てからのイヅナの記憶がフワフワと僕の頭の中に流れ始めている。

 

「ぷはぁ……えへへ」

 

長い長い接吻を終えて、イヅナははにかむように笑った。

 

 

僕の頭の中は、少しやかましかった。

 

『何でこのタイミングで記憶を入れるんだよ!? 折角整理した頭の中がゴチャゴチャになるじゃねぇか!』

『……頑張れ、神依君』

 

 

そんな僕の脳内をよそに、イヅナの気分は非常に盛り上がっている。

 

「ノリくん、聞こえるよ、ノリくんの心の声が……!」

「あはは、やっぱり、ちょっと恥ずかしいな」

 

そして、僕の気分も昂っている。きっと今、僕の顔は真っ赤だ。

 

「えへへ……大好き、大好きぃ……!」

 

イヅナは僕を抱き締める。ガッチリと、もう2度と離すまいと、言いたげな様子で。でも、それは叶わない。

 

イヅナの腕が当たる部分が少し痛くなってきた頃、イヅナは一度僕から離れ、部屋の扉を閉めた。すると唯一の光源が断たれ、部屋は再び暗闇に包まれた。

 

「あれ、イヅナ……っ!?」

 

背中に、柔らかい感覚を覚えた。視界が良くないせいで余計に感覚が鋭くなり、思わず飛び跳ねそうになってしまった。

 

「えへへ……真っ暗だね、ノリくん。ここなら誰も、気づかないよ?」

「でも、い、イヅナ……」

 

今は神依君が頭の中に……!

 

『心配しなくたってデリカシーはある。俺は()()とするさ』

「じゃなくて、心の準備がぁ……!」

 

 

バタンッ!

 

 

「……?」

 

勢い良く扉が開く音。

確かにそれは、この部屋の扉の音だった。

 

「……あ」

「ぎ、ギンちゃん……!」

 

僕は体勢の都合で見えないけど、どうやら扉を開けたのはギンギツネのようだ。

 

「ご、ごめんなさい、後でまた……」

「いや、良いよ、急用なんじゃない?」

 

イヅナに抱き締められながら言うなんて不格好だけど……もう諦めた。

 

「そう、そうよ! キタキツネを見なかったかしら?」

「いや、今日は見てないよ」

「そんな、ロッジにもいないなんて……!」

 

8割方の事情は察した。だけど一応、ギンギツネに尋ねてみる。

 

「ギンギツネ、どうしたの?」

「どうしたもこうしたも無いわ……」

 

彼女から戻ってきたのは、予想通りの返答だった。

 

「いなくなっちゃったのよ、キタキツネが!」

 

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