「……あれ?」
お昼寝をしていたはずだけど、いつの間にか起きてしまったみたいだ。どんな夢を見たんだっけ……覚えてないや。
「ん……むにゃむにゃ……」
左腕にしがみついたキタキツネは、まだ深い夢の世界の中だ。キタキツネが起きるまで僕も動けないし、この際だから二度寝しよう。
そう思って目を閉じた……んだけど、もう一度眠りに落ちる前にユサユサと振り起こされた。
「ノリアキ、寝ちゃダメ……!」
「キタキツネ、起きてたんだね……でも、その……」
起きて早々、眼前にキタキツネの顔があった。と言うか、視界がキタキツネの顔で塞がれていた。
「か、顔が近いよ……?」
「……んっ」
ピタッと、互いの唇が一度軽く触れて……
「ん~~っ!」
長く、深い、接吻が、一方的に行われた。
舌が中まで攻め込んで来て、口の中を余すことなく舐め回されるオマケ付きだった。
名残惜しそうに唇を離した彼女の顔は林檎のように紅潮し、息は荒くなり、首元に暖かい空気が触れて、くすぐられているような気分だ。
キタキツネの頭に手を伸ばして、柔らかな狐耳に触れた。
「ひゃっ!」
触り方が悪かったのか、キタキツネは耳をピョコっと揺らしてビクンと跳ねた。
「あ、ごめん……」
「だ、大丈夫、だよ」
元々赤かった頬が茹で上がったように血色を強め、キタキツネ自身は両手で耳を押さえて悶々としている。
「ねぇノリアキ、ギュってして?」
僕を正面から見つめて、大きく腕を広げた。潤んだ瞳が、今まで見たこともないほど綺麗だった。
そんなキタキツネが抱き締めてと願うのだから、
キタキツネを強く抱き締めて、2人でゴロンと横になった。背中に回ったキタキツネの手が、白い僕の狐耳へと伸びた。柔らかい感触が、何より心地良かった。
そして、一緒にお昼寝の続きをした。
――島。大きな島。
真ん中の辺りに山があって、何故か島の中に様々な気候帯の地域がある。山からはキラキラと輝く不思議なものが昇り、まさにこの島のトレードマークだ。
僕はフワフワと浮いていて、空から島を見下ろしている。ちょびっと念じるだけで地面に降り立ち、歩き回ることさえできる。ちょうど、夢の中で図書館に到着した。
図書館の本棚を漁る博士と助手。後ろを向くとイヅナがいて、もう一度前を向くと二人は消えていた。振り返ると、もうイヅナもいなかった。
とどのつまり――僕は今『夢』の中にいる。
「っ……!」
そのことに気づいた瞬間に視界が開け、周囲の様子がハッキリと見えるようになった。
明晰夢、って言うんだっけ。寝ている時くらい、ゆっくり休ませて欲しいんだけどな。
「まあそう言うなよ、さっきまでお楽しみだったろ?」
「……何も言ってないんだけど」
そんなやり取りと共に現れたのは神依君だ、きっと彼がこの夢を用意したんだろう。別にいらないけど。
寝ている時くらい頭を休ませてほしいのにな。
「ハハ、ちょっとぐらい話そうぜ? どうせ長い時間じゃないんだ」
「……長くないって、どれくらい?」
「俺の見立てだと……大体10分だな、この現実みたいな夢の寿命だ」
「そう……おやすみ」
「って、おいおいおい! 夢の中でまで寝る奴がいるか!」
「むにゃむにゃ……」
「ハァ、仕方ないな、折角頑張ったっつーのに……」
神依君が何か独り言を言っているけど、段々とよく聞こえなくなる。
グラグラ、ユラユラ……
「げ、嘘だろ、もう
意識が朦朧としてきたけど、神依君の目論見が失敗したことは何となく理解できた。そんなところで視界は霞に包まれて、”明晰夢”はまた”ただの夢”に逆戻り。
もう一度夢を見れるなら、今度はキタキツネがいる夢がいいな。
「んぅ……キタキツネぇ……んん?」
目が覚めた直後、違和感と共に妙な不安を覚えた。なんとなく
「キタキツネ、いない……」
眠りに就く前には確かにいたのに、今その姿はどこにも見当たらない。
「どこ、どこ……!?」
別段気に病むことではない筈なのに、少しキタキツネがここを離れているだけなのに、なんで動悸が激しくなるんだろう。どうして手の震えが収まらないんだろう。
「探さなきゃ……!」
”キタキツネを見つけなければ”という強い衝動に駆られ、頭で考えるよりも先に足が部屋の出口に向かって動き始めた。
怖い、怖い、怖い……! 今になって漸くギンギツネが異様なほど焦っていた理由を理解し、それに共感してしまっている。
『おい祝明、落ち着けって! 俺が夢ん中で余計なことしたのは悪かったけどさ……』
「うるさい……!」
僕の気持ちを鎮めようとする神依くんの呼び掛けも、今の僕にとっては雑音と何ら変わりない。この時の僕は、必要とあらば地球の裏まで飛んで行きかねない程に乱心していた。
しかし不幸中の幸いか、丁度部屋を飛び出したところで一心不乱の捜索劇は終わりを迎えてくれたのである。
「うわっ! いてて……」
「わわっ……」
部屋に戻ってきたキタキツネと部屋のすぐ前で正面衝突。お互いに尻もちをつき、キタキツネが持っていた籠入りのジャパリまんが数個床に転がった。
さて、”捜索劇”は終わったけど、”乱心”の方は残念ながらまだ終わっていない。キタキツネにぶつかったことに気づいたときの狼狽えようと言ったら、まあ何とも情けない。
「あっ……! ごめん、キタキツネ、怪我してない? ジャパリまんも転がっちゃって、ごめん、起きたらキタキツネが居ないから焦っちゃって……」
「うぅ……大丈夫、落ち着いて、ノリアキ」
「え、あぁ、うん……」
キタキツネが宥めてくれたお陰で、幾ばくかは平静を取り戻すことができた。それでもまだ落ち着かないから、とりあえず床に転がるジャパリまんを拾って籠の中に入れることにした。
何も考えずにただ手だけを動かす。すると、不思議と気分が落ち着いてくる。
「……ふぅ」
――落ち着かなきゃ、僕がこんなザマじゃ駄目だ。
予想に反し、ジャパリまん拾いは心の平穏に大いに役立ってくれた。……これから先、これ以上のトラブルなんて幾らでも起こるだろう。この程度のことで狼狽していては話にならない。
「落ち着いた?」
「うん、なんとかね」
「よかったぁ、えへへ……!」
籠を脇によけて、キタキツネは僕に抱きついた。さっきよりキタキツネがご機嫌になったように見えるのは気のせいだろうか。
「ノリアキ、お腹空いてない?」
キタキツネはジャパリまんを手で小さく千切って差し出した。
「ありがとう……あっ」
それを受け取ろうと手を伸ばすと、キタキツネはジャパリまんを引っ込めてしまった。僕が手を引くともう一度差し出して、取ろうとすると再び引っ込められた。
「……ノリアキ」
キタキツネは人差し指で自分の口元にトントンと触れた。
もしかしてと思い、雛鳥のように口を開けてキタキツネの持つジャパリまんに顔を近づけた。
「……えへへ」
優しい手つきで口の中へと運ばれるジャパリまん。ゆっくり口を閉じたけれど、キタキツネの指が口から離れようとしない。指を噛むといけないからジャパリまんを咀嚼することもできず、変な感覚だ。
「むぐ……もぐ……」
舌を使ってどうにかジャパリまんを飲み込むことはできた。その分の空きが中に出来て、キタキツネの指が口の中を撫でまわした。
このままでは止めてくれそうに無いと思い、仕方なくキタキツネの指をペロペロとしばらくの間舐めていると、満足したように指を引っ込めてくれた。
そしてそのまま、僕の唾液がついた指を口に咥えた。
「んふふ……」
様子を見る限り、僕と同じように舐めているんだろう。まあ、幸せそうな顔をしているしいいか。
ひとしきり
「ねぇノリアキ、ここで何したの?」
「何って聞かれても、殆ど来てないから……」
「じゃなくて、
ああ、キタキツネは僕が軟禁されていた時の話を聞きたいらしい。
「特にこれといったことは……料理を食べさせてもらったくらいかな」
「りょ、料理……!?」
僕の想像以上に、いや予想外にキタキツネは動揺している。
『ま、初めての奴にとっては難しいからな』
『……どういうこと?』
『……それくらいは自分で考えるといいぜ』
あっさりと神依君に見捨てられてしまったけど、この際だから考えてみよう。
キタキツネがイヅナとのことを尋ねたのは対抗心からだろう。何をしたか聞いたってことは多分……同じことをするか、或いはそれ以上のことをしたいから。
そして、料理と聞いて驚いたのはつまり……そういうことか。
兎にも角にも、こんなことでキタキツネの気分を落とすなんてナンセンスなことだ。
「ねぇキタキツネ、そんなことより2人でこの部屋を調べてみようよ」
「そんなこと……? そ、そうだね」
キタキツネの手を引いて半ば無理やり部屋探しに取り掛かった。そして意外にも、キタキツネは積極的に探索に食い付いてくれた。きっとゲーマーの血が騒いだに違いない。
しかし、彼女がとんでもない物に興味を示すとは思わなかった。
「ノリアキ、これなに?」
キタキツネは軽く反った細長い形の物を手に取った。
「ああ、それは”刀”って言うんだ、そこを握って引っ張ってごらん?」
「う、うん……わっ!」
鞘から抜き取られた刀は、光を反射して銀色に鋭く光った。と同時に、キタキツネの目が
「キレイ……!」
「それは、何かを斬るときに――」
「ノリアキ、これ持ってみて!」
半分押し付けられるような形で、僕は刀を手にした。
キタキツネの目は輝いている。いやむしろ血走っているというべきか、彼女の瞳は猟奇的な光を湛えていた。口角を上げ歪んだ口と、その隙間から見える八重歯がなんというかまあ……可愛く見えた。
「ねえねえ、構えてみて!」
口調が若干変わって、さっきまでより活力的になったみたいだ。
一先ず、言われるまま適当に刀を構えてみる。
「えへへ、かっこいい……!」
「確かに、格好いい刀だね」
「ううん、ノリアキがかっこいいの……!」
「そ、そっか……」
口から一筋のよだれを垂らすキタキツネ。その姿を見ると彼女の言葉を否定できなくなってしまった。この表情が見られなくなることが、凄く惜しくて。
「でも、何か足りない……」
キタキツネはこれ以上の何かを欲して、部屋を舐めまわすように観察した。程なくして、部屋のちょうど反対側にあるもう一つの刀を見つけた。
「あった!」
そこからの行動は素早かった。およそ10mほどある部屋の端から端までを数秒で往復し、気が付いたら目の前に2本目を持つキタキツネが立っていた。
彼女の目は、他の何よりも
「はい、2本持ってみて?」
「わ、分かった……」
刀を構えてみせると、それを見てキタキツネは更に恍惚とした表情になった。よく分からないけどまあ、キタキツネが満足しているならそれで十分だ。
『折角だ、名前でも付けたらどうだ?』
『名前?』
『ああ、あった方がいいんじゃないか』
名前、刀の名前か……
『「妖刀・
『……なるほど、もう片方は?』
『んー、「霊刀・
『……そうか』
名前の付け方がよく分からないからそれっぽいのを記憶の中から選んだけど、神依君は感心しているらしい。
まあ、よかった……のかな?
「あれ、ちょっと暗くなったね」
いつの間にやら太陽は大きく傾いて、もうすぐ地平線に沈んでしまう。早めに帰らないとイヅナとギンギツネも心配することだろう。
刀を元に戻そうとすると、キタキツネに止められた。
「ノリアキ、持って行こ?」
キタキツネに言われるまま僕は2本の刀を携えて、屋敷を後にしてしまった。
『なんだ、持ってくのか?』
『あ、あはは……』
断れない自分に呆れつつ、断りたくないとも思っている。
何だかんだ言って僕自身もこの状況を望んでいるのかもしれないと、最近そう思い始めるようになった。
「ノリアキ、飛んでくの?」
「……もうちょっと、歩いてから帰ろっか」
「ぁ……うん♪」