「これ……光ってる?」
それが、うどんを見て出てきた最初の感想だった。
感想と言うよりも事実に近いけど、
『こりゃまた、恐ろしい料理が出てきたな』
『……ヤバい?』
『父さんが作る料理ぐらいにとんでもない見た目の代物だな』
『あはは、見た目だけで済んでくれるといいけど……』
「ノリアキ、食べないの?」
「ああ、まずはゆっくり見てから、ちゃんと…食べるよ」
落ち着け、落ち着いて考えよう。
料理を知らないキタキツネならともかく、イヅナも一緒に作ってる。
食べられない訳はないし、光っているのにも理由があるはずだ。
……多分、サンドスターが入ってるんだろう。
「…いただきます」
もう食べるしかないと、意を決して麺を少しすすった。
「…おいしい」
「でしょ、2人で頑張ったんだから!」
「イヅナちゃん、くるしい…」
きっと相当な力で抱いているに違いない。止めようかと思ったけど、その前にキタキツネは解放された。
それにしても、このうどんは美味しい。
何だかよく分からないけど、とにかく美味しい。
「…もしかして、何か入れた?」
「分かる? とびっきりの隠し味だよ!」
こんなに光り輝いて強い自己主張をする隠し味なんて本当に珍しい。でも…おいしいからいいや。
『あぁ、毒されてるな』
『…気にしないで』
冷めないうちに食べてしまおうと、黙々と口の中に食べ物を放り込んでいく。
「ん…ごちそうさま」
「えへへ、満足してくれた?」
「うん、2人ともありがとね」
「……うん」
キタキツネはイヅナの後ろに隠れてこっちを見ている。いつの間にか仲良くなったのかな? 簡単に解決できる確執じゃなかったと思うけど。
今その話を出すのは無粋と思い、思い出した時に聞くことにした。
「ノリアキ、喉乾いてない?」
「また、何か淹れてくれるの?」
「な、何がいいかな…?」
別に飲める飲み物なら何でも構わないんだけど…”何でもいい”って言ったらむしろ困らせてしまうかもしれない。
「じゃあ、紅茶をお願いするよ」
「わかった…!」
「…あれ、イヅナは行かなくていいの?」
「私は、大丈夫」
一目見て分かるほどの苦い顔。まだ紅茶は怖いみたい。そりゃあ、2回も紅茶の被害に遭ってるんだもんね。
『…
『あはは、そうじゃないことを祈るよ』
紅茶が来るまでにはそれなりに時間があるだろうし、少し辺りを散歩することにしよう。
「あ…」
「心配しないで、すぐ戻ってくるから」
「…うん」
『いいのか、置いてって』
「1人になりたかったから」
『そりゃ残念だったな、俺がいるぜ』
「あはは…っ、うぅ…!」
強烈な吐き気。それと共に襲い掛かる倦怠感。
どちらもあの料理を食べ終わったころから現れ始めていた。
『大丈夫か、やっぱり何かまずいものでも…?』
「問題ないよ、
症状の原因はサンドスター、これは疑いようのない事実だ。なぜなら、頭の中に流れ込む2人の記憶が今の症状を引き起こしているのだから。
「流石に、2人分が一気に来ると、辛いね…」
誰かから取り出したサンドスターを取り込むと、その誰かの記憶を見ることができる。
今までに何度か体験したけど、2人のサンドスターを混ぜるとこんな副作用が起きるとは。
「う、そろそろ…収まったかな」
もう、全身汗だくだ。
喉もカラカラ、本当に紅茶が飲みたくなった。
『こんな状態で聞くのもアレだが、どんな記憶だったんだ?』
『イヅナの方はいつも通りだよ。キタキツネは…言い表しがたいね』
『…それって』
『別に、何かあったわけじゃないよ。逆に、
彼女の記憶を、その中のキタキツネの一日をもう一度思い起こした。
…朝起きて、ジャパリまんを食べて、ゲームをして、夜になったら温泉に入って、またゲームをして、寝る。
また起きて、食べて、遊んで、入浴して、寝る。
次の日も、次の日も、同じように、ずっとそれを繰り返しているだけ。
それ以外に表現のしようがない。
だって、それしかしていないんだから。
記憶の世界に色がない。楽しいはずのゲームも、ずっと一緒に過ごしてきたギンギツネも、その周りに多少色が戻るのみだ。
『色が無いってことは、色すら覚えないほど…ってことか』
『もちろん、それだけじゃないんだけど…』
そう、そんな記憶にも鮮やかな色が戻り始める瞬間があった。
それは、かばんちゃんがゆきやまの旅館を訪れた時。微かに、しかし確実に世界全体が、失った色を帯び始めた。
そして、僕がジャパリパークに訪れてから。
キタキツネと会って、時々ゲームとかをして遊んで…そうしていくうちに、少しずつ記憶は色彩を取り戻していった。
『なるほど。で、今は?』
「あはは…
『…つまり、ほとんどが白黒の景色に?』
「…うん」
一体いつの記憶からかな?
神経を張り詰めて探っても、その瞬間が掴めない。
気が付けば、記憶は再び色褪せたものに変わっている。。
『ぶっちゃけ、悩む意味なんて無いと思うがな』
『そう、かもね』
もうこんなことは忘れて、気分を入れ替えよう。
「何がいいかな…そうだ!」
思い出したように1冊の本を取り出す。
”ジャパリパーク全図”、長い間存在すら忘れていた気がする。
『なんだ、そんなもん持ってたのか』
『思ったより使い道がなくってね…』
かと言って博士に返すのも惜しい。もっと役立てる方法があるなら、喜んでそうするんだけどね。
「…”ゆきやま”」
開いたページには、そこに住むフレンズのことが書いてある。
キタキツネの情報も載っているし、その下には”パークガイドさんの一言”という欄がある。
”お耳と尻尾が素敵なフレンズさんです。人見知りな性格なので、優しく接してあげてくださいね!”
『ハハ、傑作じゃないか』
「こっちは、ギンギツネか」
”この子もお耳と尻尾がモフモフで素晴らしくて可愛くて最高です! クールだけどおっちょこちょいなのも素晴らしいです!”
『…ま、個性的な紹介文じゃないか?』
「物は言いようだね…あ、もしかしたら」
目を閉じて、もう1回記憶を遡る。
記憶の中に、そのパークガイドの姿があるかもしれない。
「う…ダメか」
その人の姿が出る前に、映像はぶつ切りになって消えてしまう。研究所に行けば、昔ここで働いていた人のリストは見られるのかな。
…大して興味があるわけじゃないけど。
「…ノリアキ、こんなところにいた」
「ごめん、もうできたんだね」
「…はい」
やって来たキタキツネにのの場で紅茶を手渡された。
「ありがとね、わざわざ…持ってきてくれて」
すぐにひとくち口に含めば、紅茶の香りがいっぱいに広がる。
前から思ってたけど、質のいい茶葉なんだろう。
このパークの畑を作った職員は実にいい仕事をした。
あのセルリアンがいなきゃ、今でも――
「…あれ?」
視界がグルグル、頭がモヤモヤ、脚に力が入らない。
「もし、かして――」
足に掛かった紅茶の熱を最後に、何も感じない深い眠りに落ちていった。
「…すぅ、すぅ」
「大成功…! やっぱり
「キタちゃん? 何やってるの…って!」
「こ、これって、キタちゃんまた―」
「しー…ノリアキが起きちゃうよ」
「そうじゃなくて、また薬なんて入れて!」
「イヅナちゃんが見張ってたら、入れられなかったんだけどな~」
「もう、どうするの? ノリくんはこの通りぐっすりだし」
「
「お、お世話?」
「そうそう、ちゃんとお布団に寝かしつけてあげるんだよ」
「そ、そうね、ノリくんは寝ちゃったもの、私たちの力が必要だよね」
「でしょ、だからイヅナちゃんはまずカップをお願い! ボクがノリアキを運ぶから」
「…ちょっと待って、待ってよ!」
「イヅナちゃん、その紅茶ノリアキの飲みかけだよ」
「ノリくんの!? …って、全部こぼれてるじゃん!」
「……」
「あれ、キタちゃんもう行っちゃったの? もう…早く洗わないと」
「…止めるべきだったのでしょうか?」
「放っておきましょう。おいしいものを食べてこその人生なのです」
「…そうですね。しかし、それは私のセリフなのですよ」
「いいではありませんか。…どうぞ、今日のジャパリまんは格別です」
「…まあ、今日の所はこれで我慢しましょう」
ジャパリまんを頬張り、遠くから響く喧噪に耳を傾けた。