「セルリアンは…?」
「この先なのです」
セルリアンに見つからないよう、林の中を進む
「見えた…アレか!」
「では、手筈通りにやるのです」
ボートに乗ったコカムイさん、そしてボク達と分かれて進む助手たち4人の動向を確かめながら様子をうかがう。
「どうだ、セルリアンの様子は」
「派手な動きはありませんね」
博士とヒグマさんが前の方に出て危険を確かめてくれている。
そのうちに、陽動に使う紙飛行機をサーバルちゃんと一緒に増やしていく。
「セルリアンが移動しそうになったら、それで気を引くのですよ」
「うん、沢山あるから任せて!」
「しー、アイツに聞かれるかもしれないだろ?」
「ご、ごめんなさい…」
サーバルちゃんはしょんぼり。
…それでも、紙飛行機を折る手は止まらないみたい。
「ところでかばん、ライオン達はいつ着くのですか?」
「どうでしょう…少なくとも、まだ掛かると思います」
「だろうな、前と状況が違う」
念のためラッキーさんにライオンさんたちへの連絡をお願いしていた。
杞憂に終わってくれればいいけど、ボクには嫌な予感がしていたから。
何か…とんでもなく悪いことが起きる気がする。
「かばんちゃん、大丈夫? 顔色悪いけど…」
「かばんと言えど、不安くらい感じるでしょう」
「うん…大丈夫だよ」
ボクが暗い顔をしていたら、サーバルちゃんも気分が沈んでしまう。
先のことを考えるのも大事だけど、まずは目の前のセルリアンに集中しよう。
「…なあ、かばん」
「はい、何ですか?」
「いや…前に島の外に行くと言ってたが、それはどうなったのかと思ってな」
「ああ…海にセルリアンが出たせいでうやむやになっちゃいましたからね」
「でも、倒したら外に行けるね…!」
嬉しそうなサーバルちゃん。
さっきヒグマさんに怒られたことを気にしてるのかな、少し控えめになっている。
「そうか、代わりの船もあるしな」
「コカムイの奴、壊さなければいいのですが」
「コカムイ君に限ってそんなことないよ!」
あ、また声が大きくなってる。
気になってヒグマさんを見たけどよかった、今度は何も言わないみたい。
「アイツに限って…? サーバル、お前そんなにコカムイと仲が良いのですか?」
「それは、ええと…わかんない」
「一つ忠告しておくと、無闇に近寄らない方がいいのですよ」
「え、どうして!?」
コカムイさんに近づかない方がいい…?
一体どういうことだろう?
「博士、ボクにも教えてください、どうして――」
「……動きがあったのですよ」
「…あ!」
海辺でさっきまで大人しくしていたセルリアンが急に体を動かし始め、その巨躯がどしんどしんと音を鳴らし海から離れていく。
「海から離れるみたいですね…」
「あまり離れられても困るのです、足止めしましょう…サーバル」
「え、私?」
体をこわばらせるサーバルちゃんに博士が言う。
「その紙飛行機、今こそ出番なのですよ」
「そ、そっか!」
「さあ、掴まるのです。空から奴の気を引きましょう」
博士が伸ばした手を、サーバルちゃんはガッチリと握りしめた。
「気を付けてね、サーバルちゃん…」
「大丈夫、夜行性だから!」
「ええ!? あ…行っちゃった」
「夜行性だから…?」
どうしてかヒグマさんは最後の言葉に悩んでいる。
「きっと、サーバルちゃんなりの元気付けですよ」
「そうか、今は昼なんだがな…」
…まあ、そっとしておこうかな。
ところで、サーバルちゃんは今どの辺りにいるんだろう。
木葉の隙間から空を見上げると、青空を背景に2人の姿が見えた。
「博士、どこに投げればいいの?」
「セルリアンの目の前を通って、海に届くように投げるのです」
「うーん…でも、ここからじゃ…」
「場所を変えましょう、あっちがいいですかね」
セルリアンはまだサーバルちゃんに気づいていないみたい。
きっと音を立てずに羽ばたける博士のおかげだ。
「えいっ」
控えめな声と共に投げられた紙飛行機は綺麗な軌道を描き、セルリアンの正面を通り過ぎて海に落ちた。
目論見通り、セルリアンは紙飛行機に気を取られ海の方に数歩戻っていった。
サーバルちゃんたちも気づかれていない。
「やったよ、かばんちゃん…!」
「流石だね、博士もありがとうございます」
「この程度は当然なのです」
戦いになることなく時間稼ぎができた。
もう一度隠れて、今度こそボートがやってくるのを待つ。
「キンシコウ達も順調にやっているといいが」
「…ヒグマさんも、信じてるんでしょう?」
「…ああ、勿論だ」
「――はあっ!」
パッカーン……と、小さなセルリアンが砕け散る。
かばん一行と分かれた私たちは、周囲のセルリアンを取り除き、近くのフレンズを避難させるという大きな仕事をこなしている。
「ここのセルリアンはこれで終わりですね」
キンシコウが額の汗を拭き、辺りを見回して言う。
このポーズはいい…参考にさせてもらおう。
「この手際、流石はセルリアンハンターといったところだね」
「褒めていないでオオカミももっと手伝うのです」
「そうは言っても長い戦いだから、体力の温存は大事だよ」
「そうですね、焦らず、怠けず…しっかりやりましょう!」
さて、慌ただしい仕事は一段落した、しばらくは周りの警戒と
「はてさて、応援はいつ頃来るのかな?」
「かばんも、いつになく慎重ですねぇ…」
「予想外がいくつも重なりましたから、仕方ないのかも」
「ええ、それは分かっているのです、ですが……」
そこまで言って、助手ははっとしたように口をつぐんだ。
「助手さん、どうかしました?」
「いえ、気にしないでください」
どうやら失言をしかけたみたいだね。
私の予想では…”かばんの悪い予感が当たっていたら、増援が来ても勝てないのではないか”、と言おうとしたと思う。
士気を下げる発言は問題外だから、避けるのも当然。
尤も予想が外れていればそれこそ私の勝手な杞憂だ。
…しかし、私も推理漫画を描いている身。そう易々と見込み違いはしないと自負している。
「セルリアンの気配をあっちから感じるね」
「ではその方向に向かいましょう」
コカムイ君、それにイヅナちゃんも、戦闘力では未知数であると言わざるを得ない。
きっといい方向に転ぶはずだ。私はそう信じている。
「だから…任せるとしよう」
「何がですか?」
おっと、助手に聞かれてしまったようだね。
「え? ああ、今のは独り言で」
「今度はお前も戦うのです、さあ、前線に立つのですよ!」
「わわ、参ったなぁ…」
仕方なく、先頭に立って気配を辿ることにした。
さあ、この戦いの結末はどうなるのか…実に恐ろしい分、興味も湧いて溢れてくる。
『ホラー』というのは、恐怖を楽しむものだからね。
ああ、楽しみだ。
「…まだ見えませんか、師匠?」
「そろそろだと思う…いた」
海岸に黒いセルリアンの姿を確認したら、僕はボートを減速させ岸に寄せて身を隠した。
「と、突撃しないんですか?」
「タイミングが大事だからね。探偵には、時機を待つ忍耐強さも必要だよ」
「な、なるほど…!」
それはさておき、状況を確認しよう。
ここからはセルリアンの姿だけが見える。
目は海を向いていて、石は背中に確認できる。相当な大きさだ。
「…もう少し、近づいてみるよ」
「ノリくん、気を付けてね」
ボートから陸に飛び移り、木々の隙間からもう一度海岸を見渡した。
「思ったより、大きいな」
攻撃も相当な威力だろう。
あの長い尻尾を叩きつけられたらひとたまりもないに違いない。
「でも、あの尻尾は
…うん、イメージはバッチリだ。
ただ、セルリアンには陸の方を向いてもらわないといけない。
注意を引くのは博士たちに任せるとして、僕たちも覚悟を決めよう。
「…いけそう?」
「うん、図体は大きいけど、この作戦なら大丈夫」
アクセルに足を乗せた。
「合図は、必要ないんですか?」
「まあ見てて…行くよ!」
一気に踏み込み、ボートは大きな水しぶきを上げて加速する。
モーターの音と水の音が混ざりあい、海岸にひと際大きな開戦の号令が鳴り響いた。
「っ! かばんちゃん、この音は…」
「どうやら、始まったようですね」
「みんな、行きましょう」
「よし、やるとしよう」
「師匠、これって…」
「そう、今の音が合図だよ…キリンも構えておいて」
「わっかりました!」
爆音に反応したセルリアンはこちらを凝視している。
しかし海のお陰でアイツが僕達に攻撃する手段はほとんどない。
どの足も、どの部位も、海水に浸かればたちまち使い物にならなくなる。
セルリアンが海岸にいる限り、僕らは反撃のタイミングを自由に決めることが出来るのだ。
「ほら、博士たちも来たよ」
もしセルリアンが逃げるなら、博士たちが足止めをする。
必ずこの場で仕留める、逃がしはしない。
「イヅナ、準備は良い?」
「ふふ、もちろんだよ♪」
じゃあ、まずは軽く挑発して注意を引くことにしよう。
「キリン、そこの石をセルリアンに投げて」
「はい!ふぅ……とりゃあ!」
キリンはあらかじめ用意しておいた拳大の岩を掴み、全身を使ってセルリアンに投げつけた。
反動でボートが横に揺らいでしまったがその分の威力は出たみたいで、セルリアンの目の下に食い込み小さな窪みが生まれた。
「へへん、やりました!」
「…よし、もう少し近づこうか」
平行に進んでいたボートの進路を変え、セルリアンの目と鼻の先まで近づいた。
…セルリアンに鼻が有るかどうかは疑問だけど。
「う…この距離で見ると怖いですね…」
「怖がる必要はないよ、これからコイツを海に引きずり落とすんだから」
セルリアンが唸る。
言葉も表情もないが、その立ち振る舞いからは敵意がひしひしと感じられる。
しかしそれだけだ。
海という大自然の防御があるため、セルリアンに僕達を攻撃する方法はおよそ
「そろそろだよ…!」
ここで、セルリアンは横を向いた。
予想通りだ、正面を向いていたら
そう、セルリアンに残された唯一の手段は他でもない、尻尾だ。
尻尾だけは、セルリアンが
そして尻尾で攻撃せざるを得ないこの状況が、僕らにとっての最大の勝機だ。
「…来たっ!」
黒い大槌が風を切って横薙ぎに迫る。
「私が、ノリくんを守る…!」
それと同時に、イヅナが妖術を使う。
海のセルリアンの腕を捕まえた縄が同様に奴の尻尾にも絡みついた。
「一気に引っ張りましょう!」
「面舵一杯、全速前進!」
陸に背を向けアクセルを限界まで踏み込み、尻尾からセルリアンを海に引き込もうとボートの全力を出す。
「ふぬぬー、私も頑張りますよー!」
キリンは縄を掴みすかさず野生開放、持てる力の全てをそこに注ぎ込んでいる。
「…ぐっ」
「お、重いよ…」
それでも、必死に踏ん張るセルリアンを落とすにはまだ足りない。
だから、陸にいる博士たちに目で合図を送る。
「……」
「…! そうですか」
博士が親指を立てた。…遠くて見づらい。
「さあ、セルリアンの体力を削りましょう」
「よし、分かった!」
「行くよー!」
遠目にセルリアンと戦う博士たちの姿が見える。
三方から攻撃を受けるセルリアンだが、まだ屈する気配はない。
「…ううっ!」
それどころか、尻尾を振り回し逆にこちらを転覆させるつもりらしい。
奴にそんな脳が有るかどうかは知らないが。
「し、師匠、どうしましょう!?」
「……イヅナ」
一旦離して。
「あ…わかった」
ボートとセルリアンを繋ぐ縄が塵となって消え、一先ずの転覆の危機は脱した。
でも、予想以上の力だ。
まさかボートの最高出力と力持ちなキリンの野生開放を合わせても動かないとは。
「いてて…どうすれば…」
縄が消えたせいで尻もちをついたキリンが野生開放を解きながら呟く。
「…ノリくん」
「まだ手はある…セルリアンのバランスさえ崩せれば…」
再びアクセルに足を乗せる。
この海を、
「師匠、大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫。強いて言うなら…水しぶきに、気を付けてね」
「…え?」
「さあ、もう一回行くよ!」
「あわわ、急発進したらー!?」
慣性に従って仰け反るキリンを支えつつ、大周りにセルリアンへと近づいていく。
「ここで……こう!」
アクセル全開、一気に曲がる!
「食らいなよ、セルリアン!」
ボートは大量の海水を巻き上げ、大きな波がセルリアンを襲う。
全体に掛かるほどの波ではなかったが、足には十分な量が掛かって硬質化、セルリアンは力を弱めた。
「師匠、来ます!」
だがセルリアンもこの攻撃で吹っ切れたのか、海水に構うことなく足を振り回して更に水を飛ばす。
そしてそのほとんどは、セルリアン自身に更なる傷を与えた。
ここらが
「イヅナ!」
「オッケー!」
隙をついてもう一度妖術を発動、しっかりセルリアンの前足を捕まえた。
今度こそボートを海に走らせ、奴を沈める。
「このまま…落ちろ!」
「もう、逃がしませんよ!」
このセルリアン、やはり重い。
しかしバランスを崩したセルリアンに抵抗はできない。
されるがままに引き摺られ、海中へとその巨体をうずめていく。
沈み、固まり、動けなくなり、波打つ1つの大岩と化す。
かくして、黒いセルリアンは無事に討伐されたのだった。
「…終わったの?」
「うん…もう、終わったよ」
「じゃあ、私たちも戻りましょう!」
陸に戻る途中、海に沈んだセルリアンをもう一度見ることにした。
虹色の粒子をばらまきながら溶岩化するセルリアンは、その核である石だけを水面から覗かせている。
「こうして見れば、綺麗なんだけどな」
「あはは、ノリくんったら」
海のように深く、青々としたセルリアンの核が海に浮かんでいて――
――そしてそれは何の前触れもなく、海中から伸びた腕によって無残にも貫かれた。
「……何?」
「あ、あの腕はもしや…」
…1つ、たった1つだけだ。
海の中からこんな風に攻撃できる存在なんて。
「海のセルリアン…!?」
僕の呟きに答えるように、セルリアンは海から他の腕も空中に伸ばした。
その腕は10…20…30…もっとあるようにも見える。
やっぱり、余力を隠していたんだ。
水面から伸びる腕は沈んだ黒いセルリアンを丸く取り囲んでいる。
一体、何が始まるんだろう?
答えは案外簡単だった。
「嘘、食べてるの…?」
海のセルリアンは、無数の腕で包み込み黒いセルリアンを丸呑みにしてしまった。
すると、捕食者の体にうっすらと黒い模様が浮かび始める。
十中八九、黒いセルリアンを取り込んだ影響だろう。
ずっと海上にいても危険だから陸に戻ろう。そう思いアクセルを踏もうとしたその時。
「……?」
ボートが、揺れているような気がする。
「師匠、何か来るような気が……うわぁ!?」
フワッと視界が揺れた気がして、それはボートが
「ノリくん!」
「イヅナ、キリン…!
セルリアンに打ち上げられたボートから急いで脱出した。
その直後、2本の腕によってボートは真っ二つに叩き折られた。
「あ、あのままだったら…」
「まだ、終わってない」
イヅナの言葉通り、
大小問わず何本もの触手が絶え間なく僕らを捕まえようと迫ってくる。
「早く逃げよう…!」
刀を抜き、細くて斬れそうな触手は容赦なく斬り捨てる。
そしてすぐに、セルリアンの触手が届かないであろう高さまで飛んで上った。
「2人ともケガはない?」
「大丈夫です!」
「ノリくんのおかげだよ…」
ボートが壊されてしまったこと以外に被害はなかった。
だが下を見ると、まだセルリアンの攻撃は終わりではないらしい。
今まで隠されていた触手がほとんどすべてと言っていいほど水面から顔を出し、絡まって交わって太い1本の触手のような形になった。
――そして、その触手を海に強く叩きつけた。
「何をしてるんだろう…?」
一度だけではない、何度も何度も強く海を叩き、次第に海が
「…まさか」
これから起きることを察した僕は陸地に降りようとする。
でも、後ろから引き止められて体が動かなくなった。
『こ、これって…』
この感覚は、間違いない。
イヅナの妖術で自由を奪われたんだ。
『ダメだよノリくん、もっと自分を大事にしなきゃ』
声も出ない、呼び掛けることもできない。
また、セルリアンが海を叩いた。
揺れる水面は荒れ狂い、やがて大波がそこに生まれた。
これでとどめだと言うように、一際大きく海を叩いた。
大波は濁流と化し、辺り一面を呑み込んだ。