「博士、右に!」
「こっちですか!? くっ、厄介な…!」
海のセルリアンとの交戦が始まって十数分、未だ膠着状態が続いている。
片や空中を飛び回る
片や神出鬼没の触手を操るセルリアン。
触手を斬り落とそうと試みれば別の固い触手によって阻まれ、触手がフレンズを襲えばこちらもまた妨害に遭う。
6つの目は互いの死角を補い合いつつ戦っているが、もはや数えるのも諦めるほどの触手に決定打は持てていない。
逆も然り、無数にある触手とて限られた空間では敵を討ち取ることができない。
攻撃力、機動力、その他様々にこの戦いを表現する方法は存在する。
しかし現状では、そのどれもが戦力の拮抗を表すもの以外の何物でもなかった。
まだ手はある、しかし、ある意味手詰まりだ。
博士と助手が野生開放すれば、些かは有利に戦局を運べるであろう。
しかしサンドスター切れになれば、一気に不利となるやもしれない。
セルリアンにも、多少は力の余裕があることだろう。
だがその力を攻撃に振り切ってしまえば、防御が疎かになる危険もある。
体力勝負ならば、果たしてどちらが勝っているのだろう。
フレンズの増援、なら大波や海上の敵にどう対処するのか。
不安が思考を縛り付け、駒を進める手を止める。
「…助手、
「ふっ! 油断も隙も……ないですね!」
挟むように叩きつけられた触手を右に避けて、お返しにと叩き切る。
それを読んでいた別の触手が横から割り込み、助手にぶつかる寸前博士が現れ緊急脱出。
こんな攻撃の応酬が、数十回と繰り返された。
「キリが無い…」
ダメージが無いわけではない。
この刀で数本の触手は既に斬り落とした。
だけど数本、それを斬るために消費した体力とおよそトントン。
こんな状況で、先に崩れ始めるのはいつだって
「少し、というかかなり、心に来るのです…」
「博士…気を確かに」
セルリアンは気楽だ。
ただ本能の赴くままに、フレンズを狩っているだけだから。
例え攻撃が当たらなくとも、次があるだけ、苛立つだけ。
「本当、羨ましいよ」
すれ違いざまの一閃で、更に触手を斬り飛ばした。
「大丈夫だよ博士、ちゃんと攻撃はできてる」
「え、ええ…へこたれてなるものですか」
とはいえ、やっぱりジリ貧だね。
『ノリくん、一度私と代わって?』
『…大丈夫?』
不安だけど、イヅナなら大丈夫。
自分に言い聞かせながら、それ以上は聞かずに交代することにした。
体が虹色の光に包まれて、それが消えると
「…イヅナ!?」
「今は詳しく聞かないでね? 私も戦わないとだから」
「はあ…そうですか」
2本持っていた刀を1本鞘に納めて、ゆったりとした姿勢で構えた。
セルリアンはというと、いきなり姿が変わった私たちを警戒しているみたいで触手の先をいくつも向けてきている。
「うふふ…私は、ノリくんよりも
言い終わるのとほぼ同時に、触手が私めがけて迫ってくる。
待ってくれるなんて優しいね、容赦はしないけど。
「届かないよ…そんなもの」
黒いセルリアンを海に引き摺り下ろすときにも使った縄。
シンプルな妖術で、まだ本調子じゃない私でも使える数少ない術の1つ。
全力を出せるようになるまでは…10年くらい待ってほしいな。
縛られた触手は文字通り格好の的。
それぞれ刀で切り裂いて、沢山の残骸を空中に散らした。
「2人とも、ボーっと見てないで手伝って?」
「え? …ああ、悪かったのです」
最初の一撃は上手くいったけど、次からはすんなりと決めさせてくれないはず。
博士たちと一緒に撹乱しつつ攻撃しないと防がれる、それくらいの力を持っている。
そうじゃなきゃ、とっくにノリくんが倒してるはずだもん。
私たちが予想した以上に、アイツは黒いセルリアンを取り込んで大きく力を増したんだ。
なら、こっちも強くならなきゃ。
「博士、助手…野生開放をして」
「ですが、最後まで体力が持つかどうか」
「賢いんでしょ? 引き際くらい見極めてよ」
「…そうですね、この際後のことは後に考えましょう」
セルリアンは余分な体を削れば足りないサンドスターを工面できる。
でも、私たちはこの身一つで戦っている。
持久戦になったら、私たちが不利になることは火を見るよりも明らか。
短期決戦とはいかないだろうけど、本当の手詰まりになる前に打てる手を打つ。
大丈夫、ノリくんと私なら絶対に負けない。
「我々も、そろそろ牙を剥くとしましょう」
「この島の長の力、とくと味わうがよいのです」
2つの影が、残像となって音もなく視界から消える。
その次の瞬間、無防備になっていた触手が2本はじけ飛んだ。
「あはは、派手にやるんだね…!」
「やる以上、加減などしないのです」
そう言いながら、博士はもう1本切り裂く。
さらに迫って来る触手の間をくぐり抜け、華麗な身のこなしで周囲を綺麗に
『体力不足とか…杞憂だったのかも』
『そんなことないよ、ノリくんの心配は無駄じゃない』
この立ち回りもセルリアンの注意が私に向いていたからできたこと。
そして今度は博士たちに注意が向いた。
だったら…!
「私のことも、忘れないでね?」
私たちのそれぞれが攻撃力を得たことで、セルリアンへの一方的な攻勢を掛けられるようになった。
博士たちの余裕が持つ限り、この流れが止まることはない。
『…イヅナ、博士たちが』
『うん、少し疲れが見えてきたね』
相も変わらず私たちの優勢で、海岸沿いには沢山の
…なんでこんな回りくどい言い方をしたかというと、全部が固まって溶岩になったわけではないからだ。
体の青い部分は固まって溶岩になったけど、黒い部分は全く以てそのままに残っている。
それはきっと、黒い部分は取り込まれた方のセルリアンに由来するからだろう。
そして海のセルリアンの体は、地上で固まる。
ならどうして黒い方は海で固まらなかったのか…
考えれば疑問は尽きないけど、生憎思考に没頭できるほどの余裕はない。
ちょうど今も、体力が無くなってきた博士たちへの対応が必要だ。
『着実に傷を与えてはいるけど…まだ
『それどころか、近づくのさえまだ難しいんだよ』
やっぱり体力勝負は無謀だと再確認した。
ただでさえ、あのセルリアンがもつ持久力は半端じゃないんだ。
「そろそろ、ペースを戻す頃なのです」
「イヅナ、お前たちは大丈夫ですか?」
「当然、2人分あるからね…!」
私は普通のフレンズよりも量が多いから、正しくは…まぁ、4人分くらいあるのかな。
も、もちろん! ノリくんのおかげで9人分くらいの力は出せるよ!
うん…当たり前。
「それはそれは…少し分けて欲しいですね…」
「…ダメだよ」
「分かっているのです」
ノリくんと私の大事なサンドスターなんだから、誰であっても分けてなるものですか。
…おっとっと、少し気がそれちゃった。
セルリアンはどうしてるのかな。
「ゴォォォォォ……!」
――
初めて、セルリアンの声…と呼ぶべきものを聞いた気がする。
そしてその声は荒波のように粗暴で、海ではなく空気を揺らす咆哮だった。
「ふ、不穏なのです…」
何をするつもり?
また大波を起こすつもりなら思い通りにはいかない。
ここまでの戦いで沢山の触手を失ったからね…海を叩こうにも前のような威力は出せない。
じゃあ、何処までの波なら出せるのかな?
「怖いは怖いけど…」
「……え?」
…違った。
動きが違った。
セルリアンは全ての触手をまとめ、今度は海の中に忍ばせた。
原理が違った。
セルリアンは叩いて海を揺らすのではなく、下から掬いあげるように波を起こした。
高さが違った。
この波はさっきよりも高く、私たちのいる高度まで届いた。
水平距離を犠牲にして高さを稼いでいたんだ。
「また、煩わしいものを……」
「うわっ、放すのです!」
「…博士?」
そして何より、目的が違った。
波しぶきが晴れると、触手に巻かれながらもがく博士の姿が目に入った。
「まさか、博士を捕らえるために……博士!」
「待って、助手!」
止めても聞かない、分かってた。
この状況で助手が躊躇するはずない。
私だって、ノリくんがこんな目に遭ったら迷わず飛んでいく。
でも焦ったら…セルリアンの思うつぼだよ。
「くっ、うぅっ!?」
ほら、捕まっちゃった。
私は焦ったりしない。
無策で相手の手の内に入るなんてことは絶対にね。
…さて、どうしよう。
見捨てるのは流石にかわいそうだし、戦力が減ったら困るのは私たち。
どうにかして助けてあげないと。
「まだ多いんだよねえ……」
セルリアンは体の形を自由に変えられるから、本体の大きさを引き換えに触手を補充できると思う。
いくら斬っても減らないと思ったら、これが真相なのかもね。
『イヅナ、どうするの?』
『まずは様子見…焦っても仕方ないよ』
『だけど…時間が』
『ダメ、私たちも捕まっちゃいけない』
最悪、見捨てるっていう選択肢も存在しないわけじゃ――
「……ダメだよ!」
『……ノリくん?』
…まだ、見捨てられない。
ここで諦めたら、僕は僕を名乗れない。
『待って、危ないんだよ!』
二刀流…これが僕の戦い方だ。
直線を描いて触手の森に飛び込む。
邪魔をするなら、斬り捨てるだけだ。
『ノリくん、落ち着いて!』
僕はイヅナと違って妖術を使えない。
だから、触手は避ける。
避けて、斬って、突き進む。
『ねぇ……ノリくん…』
それに縄を扱えなくとも、狐火がある。
セルリアンは確かに、狐火に目を奪われた。
僕の体以外にも動くモノを用意してやれば、触手の動きも錯乱する。
『分かんない…どうして…?』
そう、決めた、ずっと決めていたから。
さっきも言ったでしょ?
『あ、はは……そうだったね』
2人を縛るものから解き放ち、無理やり引っ張ってセルリアンの勢力圏から脱出した。
一度地上に降り立ち、木陰に潜んで安全を確保する。
「た、助かったのです…」
「今回ばかりは、感謝しきれませんね」
「はぁ、はぁ……だけど、一難が去っただけ…
2人を助け出すために、随分と体力を使ってしまった。
この感じじゃ、今度は僕が捕まってしまいそうだな。
「本格的に、辛いのです…」
「そろそろ、陸地のフレンズにも手伝ってもらいましょうか」
「ええ、波は怖いですが、我々で運べる人数ならまだ何とか…」
博士たち2人がこの先の戦いについて話し合っている間、
僕たちはこれまでの戦いを振り返っていた。
『ごめん、忠告を聞かなくて…』
『いいの、ノリくんが決めたことなら、私はずっとついて行くよ』
『…なぁ、今更だが、大丈夫か?』
『神依君! 今まで何を?』
『…考え事だ』
イヅナが戦っている最中にも話しかけたけど返事が無くて、心配だった。
『考え事って…どんな?』
『いや、まぁそうだな…俺は、一体どうするべきかって思って』
『どうするも何も、神依君は神依君らしく…』
『らしく? …ハハ、良く言えるよな』
『っ…!』
どうしてそんな、棘のある言い方を…
『あ、いや、悪い…ごめんな』
『神依君こそ…大丈夫なの?』
神依君の悩み…そうだ、ずっと僕の話ばかりで、神依君のことなんて、記憶にある
『すぐ終わらせる…聞いてくれるか』
『…聞くよ』
もしかして、ちゃんと聞くのは初めてだろうか。
彼の口から直接、その心に抱える思いを聞くのは…
「誰ですかっ!?」
「…?」
博士の叫び声で現実に引き戻された。
悪いけど、話を聞くのは後になるみたいだ。
『ああ、気にすんな…倒してからな』
深呼吸をして、博士が声を掛けた方向を見つめる。
誰が…来たのかな。
「あ、お前は…!?」
奥の木陰から、そのフレンズの姿がひょっこり覗く。
キツネ色の長い髪を揺らし、耳と尻尾をピンと立て、
「キタキツネ、どうして…?」
いつかのように小首を傾げ、一切悪びれもしない様子でキタキツネはその言葉を口にする。
「…えへへ、来ちゃった」
「『来ちゃった』じゃ、ないよ…?」
キタキツネが抱える緑色の塊に気を引かれながら、彼女を窘める。
しかし僕は、彼女が運んできたその塊こそが希望の道標であることを、まだ知らなかった。