はぁ、と息を吐いて空を見上げる。紅く光るそれはどうやら、この間から消えていない。……これ、監視されてんのかな? と思いつつ、ともあれ龍歴院のギルドに帰ってくる。
「おはよう」
「いや、今は夜だぞ」
そうやって言葉を、立っていたナナシに返す。するとナナシは空を見上げてから、眩しそうに呟いた。
「こんなに明るいと、ね。あの光のせいで時間感覚が正確じゃない。こんな明るいのは……そうだね。火の茂る戦争中とかはこんな感じじゃないかな? まぁそんなときにはろくに寝れるわけがないんだけどね」
「ん? わからんぞ? 意外に頭休めるだけならできるしな。ただあくまでも休止ってだけだから真に疲れを癒やすことはできないんだがな」
「……そういう考え方、やっぱり君っておかしいんだよねぇ」
そうか? と思って自分の体を見下ろしてちみた。当然そんなので自分の本質や心なんてものは見えないので、特に意味はないことだった。ただそこに見えるのは自分的に丁度よいくらいのサイズの胸だった。
「服変えたい」
「イャンガルルガだろ? 受付に聞いた。どうだったんだい、所謂面倒な部類のモンスターの相手は」
んー、と軽く考えて、
「──ぶっちゃけ余裕」
「ふーん。まぁ……下位だし……これが上位なら君死んでるんじゃないかなぁ」
「わりと本気でこの間死を意識したんだからやめてくれ」
当然のことだ。自分はまだまだ弱い。雑魚、と言っても良いくらいだろう。だから思うのだ。剣の道を征くには死地くらいが丁度いいと。自分が死ぬ間際の淵まで足を踏み入れたい。そうして自分の剣を高みへと押し上げたい。力を、力が、万物を切断できるほどの力が、何にも負けない戦闘力が、世界で一番と言える殺傷力が、
──統合して無双無敗の
そこへと至りたいのだ。
のだが……それには遥かに遠い。たぶん軽く推測して、自分の実力ならばライゼクスにも勝てるか危ういだろう、と結論を出す。
自分、速攻戦を得意としてるかわりに持久戦に弱いのだ。ライゼクスとなるとぶった切れる気がしないし、殺しきれるかもわからない。こんなので上位に上がるなんて烏滸がましいにもほどがあると思う。思うが、それでも、
見定められたのだ──ならば期待以上を見せてやりたい。
「……ぶっちゃけるとね。君は一番僕たちの中では弱い」
「おう、そうだな」
それは自覚している。そもそも二人のように特別な能力はない。そして自力ではそれに目覚めることも、ない。視力がいいと言うのはただの長所だ。ならばこそ、自分は弱い。殺傷以外に取り柄もない。
例えばアレスは怪物的だ。ゲームで言うステータス、それの全てを高い水準で取得しているし、早熟だ。完璧主義でもなくただ向上心は強い。さらに異常なセンスから発現されるあの狩技の連続発動──そして同時にスタイルの同時使用。
この龍歴院ギルドで武芸百般と言えばおそらくあいつが筆頭に上がるほどの──
それはG級ハンター、アステオに見定められたことから確実と言ってもいい。
例えばナナシは感覚的だ。無意識の領域で相手についてを分析できる感覚的天才。しかしその天才はどれほどの積み重なりがあったと言うのを理解させるほどの膨大なデータを全て、用紙に書き記している。言語と言うツールを介さない無意識の領域の出来事を意識的に分析しているのだ。それ自体は特に変わったことではない。歩くなどと同じ理屈だからだ。
ただ、こいつの場合は理屈も道理も何もかも無視して察知したものを文章にする、と言う酷く難しいことを成しているのだ。呼吸の仕方を説明するのと同じこと──もっと進んで心臓を鼓動させる方法を説明するようなもの。それをどう動かしているかを説明しているようなもの。
それほどまでの天才が周りにいて、ならば自分はどうだ?
その剣は空間を裂くことをできない。雷を切れない。間合いを無視して斬撃を飛ばすことができない。流体を切るには無理がある。
平凡。ただ、ちょっと肉の切り方を知ってるだけの、平凡な人間だ。
「でもね。僕は君が恐ろしいんだ。実際相対した際、負けられない戦いであれば君はどうやったとしても
それはよくわからなかった。ただ、何について言っているのかはわかった──教習所時代だ。生命の輝き、剣の瞬き、誰かの嘶き、自分の囁き。自分が自分でないようだった、一つの物語の終焉を彩る──元凶の贖い。
それを思い出して、ああ。こいつが言うのなら、そうなんだろうなぁ、と思った。
「──やっぱ殺すなら鈍器じゃね?」
「それな」
「大抵の相手はどんなに下手くそでも殴ってるだけで殺せる事実」
「いや、でもそう考えると対人戦に於いて最強なのって機能性抜群すぎるスコップなのでは……?」
「それな」
「ハルバード……もいいけどな。シキの国の技術なら玉鋼で密度上げて鈍器みてぇにできるしな」
「薙刀も正直鈍器なんだよなぁ……つーかだいたい全部の刃物は鈍器だしな」
「初心者はろくに切ることもできんだろーが。そんことを考えろよボケ」
工房へと着いたらなんか話し合ってる。とりあえずよ、と挨拶だけすると、兄貴と呼ばれている男がこちらに気づき挨拶を返してきた。
「どうだったよ、あいつの相手」
「正直雑魚。わりと相性がいいからな」
ふーん、と言って兄貴は手をこちらに差し出してくる。それにとりあえず剥ぎ取ったぶんと報酬でもらったぶんのガルルガ素材をポーチから出して、手渡した。
それを見て、兄貴はへぇ、と声を洩らした。そうしてその素材を軽く、両手を上げるようにして持ち上げ、
「やっぱお前正解だわ、
「ん? いいのか? 結構高いんだろ?」
「俺が要らねぇっつってんだ。お前みたいな
ならその言葉に甘えることにする。
「完成には?」
「一時間もありゃあいいよ。耳栓ってのは実質アクセサリーだしな。そんなのに時間をかけるようなやつは職人辞めたほうがいいぜ」
「んー……じゃぁ、耳栓受け取ったら狩りにでもいこうか。準備してくるわ」
「おう、行ってこい行ってこい」
そう言って、そう言えばアレスを見てないことに気づく。そのことについて軽く周りを見渡してみると、兄貴と呼ばれる男は言いづらそうに、
「あー、あのアレスってやつは……たぶん今、狩り」
「あー、出かけちゃったかぁ。しょうがないね」
「おう。しょうがないな」
あははは、と互いに笑いあって、
「吐け。あいつ一体どこ行った」
「おい嬢ちゃんちょっとガチ過ぎねぇ? ガチ過ぎねぇ? さり気なく殺せるアピールするのやめねぇ?」
首を掴んでついでに剣に手をかける。当然冗談なのだが、実際あいつがどこに行ったかによってこの後の行動は変わってくる──たぶん推測できるのは、
「嬢ちゃんの家に行ったよ」
「クソがぁ──!!」
息を吐き出した。狩りに出た以上、余計なことを考えてはいけない──狩り、そう、狩りに出た。クーラードリンクを飲み干す必要のある場所へと来た。
旧砂漠、と呼ばれる場所だ。今回狩りに来たのはハプルボッカ。これは中々面倒くさいモンスターだ、と思う。クーラードリンクを飲んで、歩きながらそんなことを考えていた。
ところでアレスくんなら久しぶりにガチの喧嘩をした末に勝利した。過去と振る舞いが一切変わらないのは嬉しいが現在は女の体、そのことを知っていたと思うのだが……やはり常識が欠如してやがる、と思う。
ベースキャンプから出た瞬間に回避できない熱波が襲う。クーラードリンクで冷やしているぶんなんとかなるが、それがなければ動くと熱中症になって倒れるだろう。いや、この場合は熱射病なのだろうか? それについてはどうでもいい──とりあえず、なだらかな斜面を描いている砂地を踏んでいく。ここで倒れると地面くっそ暑いんだろうなぁ、と思いつつ歩く。
そして飛び退いた。
「──!?」
先程までいた場所からハプルボッカが大口を開けて飛び出てくる──回避に失敗したら死んでたな、と暑さのせいではないだろう汗と背中の凍えるような感覚を感じながら着地する。
完全に気配を察知できなかった──その事実にまず驚く。驚くし、そもそもハプルボッカと言う生き物はここまで迅速に対応するようなものじゃない。それがこうまで早く移動しているなど──
「ってこいつもかよ……!」
──黒い靄が、ハプルボッカの顔面を覆っているのを見る。こいつも獰猛化か、と思いつつ、ならばそのせいで凶暴になっているのだとひとまず片付ける。そうして剣を抜き、左半身を軽く引きつつ、右手に持った剣を目線の高さに合わせる。両腕は突破力がほしいときだけだ。それ以外には必要ない。
「どっちだ、上位か、下位か──」
咆哮が放たれる。それを作り上げられたばかりの耳栓がシャットアウトして、そのまま動じることもなく動くことができる。しかしその耳栓自体からひび割れるような音がしたので即座に相手のランクを判断する、
──上位。
「くっそ──ギルドぉ──! お前管理ガバかよぉ──!」
叫びつつ、動く。この分だと完全に壊れるまであと二回──それだけしか咆哮は防げないだろう。新調したばかりの装備があっと言う間に壊れるのに悲しみを覚えるが──しかしそんな場合ではない。もっと使い捨てるつもりで、今は、
生き残る。
咆哮の間に二度切った──しかし普段のモンスターと比べ物にならないほど硬い。それが自分が察知した、上位と言う推測をいよいよ確実にさせていた。咆哮から即座に旋回し、こちらに向いて噛み付こうとしてくる。それを納刀して走って、距離を普段より大きく取りつつ回避する。下手に近寄ればなにをしてくるかがわからない。とりあえず、相手の噛みつきは泳ぎながらだったので前方に進んでいる。そのぶんを即座に詰める──遠くに離れるとブレスが飛んでくる、と言う情報を買った。ハプルボッカ討伐経験者に酒をおごってもらったのだ。
ハンターの生の経験を教えてもらえた。その事実があるからなんとかできる──これ、その情報が特に生きるなぁ、と思う。
上位と下位の仕切り、それは簡単に言えば
つまり上位とは強い個体だ。成熟した、闘い慣れた個体と言ってもいい。全てが下位とは大違い。だからハンターはランクで分けられるのだ。
下位のティガレックスなどのあとに上位イャンクックなどが来るのには相応の理由があるのだ。
ハプルボッカの上位体──その中でも憶測してこいつは下位よりだろう。だがしかし下位のモンスターが上位にすぐに至ることはない。あり得ない。ならばこの状況は中々特異だと言える。
まぁ、人間が運営している以上ハンターズギルドにも間違いはある。このクエストが終わったら文句は言わせてもらうが、仕方ないことなのだ。
接近すると上半身を地面に叩きつけるようにして攻撃してくる。飛んでくる砂で視界を失わないように大きく距離を取った。
クエストリタイアなんてしようとしたら死ぬ。逃げようとしてもどこにも逃げられない。
ベースキャンプのすぐそばに出没したのだ。モンスター避けはされているとは言え、そこに乗り込んでこないと言う可能性は普通にある。
そもそもベースキャンプは大型モンスターが寄りつきにくいからそこに設置されてるのだ──そんな場所のすぐそばにモンスターが来ること自体が滅多にないことだが、実際キャンプが破壊された前例はある。なんなら村のバリケードを超えてモンスターが侵入してきた例だってある。故に逃げたとしてもおそらく、
フライングハプルボッカで食われて死ぬ。
それが辛い。
現状相手が逃げるまで耐え続ける必要があった。
「はぁ、はぁ──辛いね?」
地面に潜ったハプルボッカを、なんとなく、微かな地面の振動で察知して逃げるように走る。そうして横に飛び退けば、さっきまでいた空間をハプルボッカが食らうようにして飛んでくる。
そのまま反転して再度飛びかかってくる──基本的にこちら本人を精度高く狙ってくるのが問題だ。なんとか回避して、そして次のことまで考えなくてはいけない。
「ってまたかよ……!」
三度目、砂の頭だけを出して足を掬うように突進してくるそいつを跳躍して回避した。そのまま地面に潜られたため攻撃ができない。
「こいつ嫌いだわ」
言葉の直後に地面から飛び出てくる。大口を開けている──それに飲み込まれれば死ぬんだもんなぁ、と思いつつ、退避していた自分はそれを眺めていた。
地面に振動を残して着地したそいつは、ついに砂から出てきた──だがここで接近すると回転してこちらを攻撃してくるらしい。警戒してその場に留まっておく。
ハプルボッカの口に水が滴ったように見えた。
「クソがあぁ──!!」
ハプルボッカの正面から即座に離れつつ、そのまま接近する。近場が安置の遠距離ブレス……そんなの食らったら、たぶん首が吹き飛ぶ。今の装備はいつも同様のコートとズボンなのだ。頭は守られてないのだ。意識することが多くなりすぎるし頭防具つけよう、と思いつつ、接近して──今この瞬間は隙だ。そうしてエラの根本のそれに斬撃を滑らせ、そのままそこへと剣が入っていく。あとちょっとで切断と言うところでエラを仕舞われて完璧に切除はできなかった。
だが斬撃の最中に仕舞ったことで上部分は切り取れた──柔らかい部位だったら切断はできるらしい。ただ、今は取り敢えず離れる。
ヘタレな戦法だが命が優先だ。こう言うの、G級と呼ばれるハンターなら踏み込んで相手の行動の全てに反応し、攻撃の全てを受け流しそのまま攻撃に変えるんだろうなぁ、と思うと目指す場所は遥かに遠いと思い知らされる。
「取り敢えず……エラは取れた……な?」
走ってばっかりで少しだけ乱れた息を正しいリズムで呼吸することでなんとか鼓動を落ち着ける。汗が頬を這っている。目に落ちてきたら大変なので額の汗を拭った。それをしている間もハプルボッカから視線は外さない。
しかしハプルボッカは逃げるように地面へと潜っていた。その行動の真意が読めず警戒する。振動で居場所を割り出す──こちらがわに来ている。それに対応しようと飛び退いたところで、
「──ぁ」
空が見えた。
真っ赤に染まる──
「ぅ──ぉ──、ぉぁああああああ!?」
それを認識する。そして回避は不可能だと判断、防御以外に取れる手段がないことを理解する。故に現在一番危険な頭を庇いつつ、しかしその防御すらも突破されると直感が囁いている。
しかし動く時間がない、すぐ紅が世界を埋め尽くす──近くに来たことでその正体を理解した。
……その中心を視認できないほど膨大な龍属性エネルギー──!
それだけ看破して、しかし行動は取れない──地面へと落ちようとするその瞬間、
紅に世界は染め上げられる。
ほんとは午前には投稿できる予定だったんですけど間に合いませんでした、ごめんなさい