剣に生きる   作:moti-

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残響遺影戦地・■■■■ - 2

 剣を振るうのに理由はあるのだと思うが、自分にはその理由がわからない。ただ何かの衝動に突き動かされるように、体は剣を振るうことを求めている。別に……戦闘狂などの類ではない。ただ、剣の重さが体にぴったり合っているように、どこか心地よいのだ。

 

「──いちにー、さんし……ごーろく……」

 

「よ、おはよう」

 

 基本的に剣を振るうときは場所を用意する。その場所は病院の側に用意されたトレーニング用の施設だ。周りをフェンスで囲み、その内側には狭い、人が三人ほど入れるスペースが存在するだけ。距離感を気にしていないと周りの人を傷つける、トレーニング施設としては稚拙なものだと思う。だがここを使う人は俺かアレスの二人くらいなのでそんなに問題はなかったりもする。

 

 流れを見ている。剣を振って、描かれる軌跡を自分の視界がなぞっていく。剣が静止し、思考が再開した。

 

 剣を振るのは好きだ。何も考えないで済むから。何も考えないで済むからこそ、考え事に熱中できる。

 

「お前がここにくるのは久しぶりだよな」

 

 アレスの言葉を聞き流しつつ、剣だけに視界を集中させる。それを見ていたアレスが、ラフな服装のまま背負っていた袋の紐を解いて中から骨で作られた槍を取り出した。それを調子を確かめるように振ったアレスはよし、とだけ呟いてから、

 

「武術ってのは体を使うもんだよな。人間は生きているだけで脳みそを使うもんで、ただ体を動かしているときは充足感で満たされるために悩みを洗い流せるもんだ。……さて、聞くぜ。お前、どうしたんだ?」

 

「…………」

 

 ……別にどうしたと言うことはない。ただ、思うのだ。自分の手で振るう剣は、自分の意思に収斂される。今まで殺すだのを言ってきたが自分が人を殺す気になれば自分は人を殺すのだろうか? と思って、その感覚を拭うために剣が無性に振りたくなった。

 

 剣を振るう間は自分を忘れることができていたのだ。現実逃避のルーティーン、欲求不満を押し込め忘却するための適応行動。その堕落を知っている。堕落は毒だ──知ってしまったのだ、その味を。悪魔的なその毒を啜って、自分の翼が溶かされて灰に帰した気分で最悪だ。

 

 死にかけてから思い出した。入院してから自覚した。復帰してからは墜落し続けていた。その起点は、きっと自分に醒めてきたからだろう。

 

「……例えばさ、女になった男がいるとする」

 

「おう」

 

 槍の調子を確かめながらアレスは視線を向けずに応答した。

 

「そんなやつが実は案外重荷を背負っていてさ。で、そっから荷物の重さに耐えきれずに潰れそうになってる。そんな場合って、どうしたらいいと思う?」

 

 ()()()()()()()()()

 

 戦うことが嫌いじゃなかった。ただ、痛いことが嫌だった。譲れないものがあるけれど、最近ふと思い直して、「自分がそれを背負い続ける理由はあるのか?」と思った。

 

 別に英雄じゃない。別に英傑じゃない。強くもないし取り柄もなくて全くの普通の人間だと知った。段々と周りに厄介なネタが増えすぎて、ふと現実を見たのだ。

 

 ──根本的に世界と言うのは一人の人間で変わるようなものではない。

 

 自分がやらなきゃだれがやる、と言うことはない。自分の代替は案外ありふれていて、例えば自分の身近に代替品が存在しているのだ。それをまじまじと見せつけられて、だんだんと戦う意味がわからなくなっていった。剣を極める道を続けることは変わらない。ただ、だれかから予約された因縁と言うものを放って、ただ自分は当たり前のように剣を振ることを続けて、今も昔もこのままずっと進んでいく。

 

 逃げ出したいと思っていた。

 

「──バカ野郎が」

 

 アレスがそう言ったのに、自分はその言葉の意味がわからなかった。意味は理解しているが、何故いまそれを持ち出したのか、それを理解することができなかった。……剣が止まる。アレスは槍を突きだすことを続けながら言う。

 

「だれかと分け合えば済む話だろうが」

 

 直後の言葉に思考は停止した。ショートを起こすようにして回路全てが掻き壊れて、そうしてそれを時間をかけて修復していき──ようやく、言葉を用意できた。

 

「……死ぬかもしれなかったら?」

 

「死ぬことは恐怖じゃねぇだろ。俺たち(ハンター)って人種はそんなもんじゃねぇか」

 

「分け合う相手がいなかったら?」

 

「孤独な人間なんて存在しねぇよ。人間ってのはだれかと関わり合って生きるものだろうが。お前が俺にそうしたみたいに、だれかは絶対助けてくれんだよ。……相手を探すことが難しい? とりあえずその場合は聞け。少なくとも助けられた経験がある俺は助けることに全力になってやる」

 

「……例えば、世界の存続を賭けたものだったり、例えばシュレイドの再来だったり、そんなことが起こったら?」

 

「知るか。黙って背負わせろ。俺はそういう人間だ。勝手に出しゃばって勝手に退場して勝手にそのうち生き返る、無責任なヒーローでいてやるよ」

 

 なんでこんなに聡いのかなぁ、と思った。それを飲み飲んで、ただ黙る。黙っていたのに何故か閉じた口の合間から声が漏れた。それを揺れる吐息で隠して、

 

「セルレギオス狩りにいこ」

 

「お、そうだな」

 

 そんな感じで狩りに行くことが決定した。

 

 

 

 

 セルレギオスと言うモンスターは相当戦いやすい部類に入ってくる。

 

 足の肉質が弱く、斬撃がよく通るので転倒させやすい点がセルレギオスを戦いやすいモンスターと言う評価にさせている。野生の世界だとセルレギオスの弱点の腹部を狙えるモンスターは少ないのでこれはハンターを警戒しない種族になっていると言える。

 

「そんなの関係ないんだけどな」

 

「必殺あるのみ」

 

 そうアレスと二人で言葉を交わし合って、いえーいとハイタッチをする。ナナシは今日はいない。ナナシは別の依頼に出ているのだった。

 

「武器壊さないか? 大丈夫か?」

 

「ん? あー、大丈夫だよ。鱗に当たるとかがないと折れることはないだろ。とりあえずこの一回で作れるくらいの素材が集まれば嬉しいんだけどな……そんなことないだろうなぁ。あー、強い武器がほしい」

 

「狩れ」

 

 そんな話をしつつ、制限が排除された旧砂漠に踏み出した。ベースキャンプから出れば、砂の量が目に見えて減っている砂丘に出る。

 

 小型のモンスターが存在しないことからバルファルクよくやった、と心の中で呟きながら、暑さに耐えるためにクーラードリンクを飲んだ。

 

「最近は体力が落ちててなぁ」

 

「走れば元に戻んじゃね?」

 

「何というか、たぶんこれ男のときの体の動かし方のクセが出てるんだと思うわ。最高効率で体を動かせてないわ。明らかに弱体化してるもん」

 

「そこらへんは俺にはなんとも言えねぇからな。師匠にでも習ってみたら?」

 

「そうするわ。流石に、ね……?」

 

 砂に足を取られないように歩きつつ、足裏から暑さを感じた。靴を履いているのにそれを超えてくるのは面倒だ。だから暑い区域は嫌いなのだ。

 

「あのさー」

 

「うん?」

 

「お前のその性別って元に戻るの?」

 

 その言葉にどうなのだろう、と軽く考える。おそらく戻るとは思うが……しかし、それならこっちの体に慣れすぎるとめんどくさそうだ、と思う。体に慣れる前ならいいのだが、ミラルーツに現在訴えてみても効果はないだろうからなぁ、と考え、戻らない可能性は普通に高いのか、と思い。

 

「お前は戻ってほしいのか? どっちなんだ?」

 

「別に? どっちの姿だってお前はお前だしな。俺はどっちでもいいよ。もっと言えば俺はお前の姿には特に頓着しねぇよ。お前がお前であるうちは、例えば竜になっても肯定してやるから」

 

 こいつの好感度中々高いな? と思うが、よく考えればこいつからすれば自分は一番に近い友人なのか、とふと思い至る。ならこの好感度も納得だった。

 

 エリアを移動すると、砂は減って乾いた大地が現れる。ただ実際は砂の上部が固まっているだけで、そこを破壊すれば砂が現れるだろう。蟻地獄のように中心に向かって吸い込まれていくだろうから気をつける必要がある。だが幸いセルレギオスはこのエリアにはいなかったのでそのまま真っすぐ、次のエリアへと向かっていく。

 

「教習所時代からお前のことを知ってるからだが、お前って意外とさ、子供っぽいところあるよな」

 

「……はぁ?」

 

 アレスが唐突にそんなことを言ってきたので一瞬足が止まった。軽く横を向いてアレスの顔をみるとこちらに視線を合わせずにアレスは言う。

 

「感情に出やすいしさ、意外にかっこいいことが好きだしさ、そんで意外に熱血主義でさ、実は友情を重んじてるんだよ。だからお前は子供っぽいんだと思う。()()()()()()()()

 

 その言葉がやけに引っかかるので軽く頭を回して、何が引っかかっているのかを考える。自分ではそんなことを思ったこともなかったのでそう言われてもよくわからない。……心当たりを探していると最近で当てはまるものがあった。

 

「……バルファルク」

 

「……は?」

 

「いやさ、なんか……」

 

 バルファルクと戦って負けたとき、だれかに抱きしめられたことを覚えている。子供をあやすように頭を撫でられた気がした。あれは砂漠が見せた夢だったのかもしれないし、あるいは実際にあったことかもしれない。

 

「……子供だったなぁ、って」

 

 あのときの自分を思い返すとそのようにしか思えなくなってくる。しかしそれは自分だけが知ることだ。アレスにはわからないこと……なので話題はこれで終えることにした。両方が話すことも無くなって、

 

 そして、

 

 エリアを超える。

 

 そこにはセルレギオスが存在した。屍肉を食らっている姿があった。蝿が集っているそれを、顔を突っ込んで食らっている。それを見て、まず剣を抜く。多少遠目から見てセルレギオスが食っているものがやけに小さく見えた。それに疑問を抱きながらも、今はそれは関係がない──戦いを始めるために剣を抜いた。

 

 アレスも背からランスを引き抜いて未だにこちらに気づかないセルレギオスを睨んでいる。アレスと視線を一瞬合わせて、直後にアレスは盾で顔を覆いつつ突進する──セルレギオスが物音に気付いた。

 

 咆哮が空間に響くのをアレスは盾で受けつつ、勢いのままランスを突き出して、セルレギオスを転倒させる。足を抉ったのが遠目でもわかる。たぶん再生するけど、と思いつつ剣を抜いたまま接近して、

 

 足が止まった。

 

 足が止まった──見てはいけないものを見てしまった。見たくないものを見てしまった。知らなければ幸せだったそれを見てしまった。

 

 

 腐臭が風に乗って届く──腐ったその死体は、間違いなく人間の形をしていた。

 

 

「──……いや、マジかよ」

 

 アレスがこちらの視線をたどって、目を見開く。

 

 それだけ、死を知らなかった自分たちにとってそれは衝撃的だった。

 

 人は死ねば死ぬ。それは当然だった。しかしそれを知っている人間なんてものは非常に少ないもので、死ぬと言うことを目の当たりにして、思考が停止した。

 

「──やっべ」

 

 気を取られてばかりではいられない、と思いつつ視界から死骸を外してセルレギオスに走っていく。転倒から起き上がったセルレギオスは跳躍ひて、地面を爪で削りつつ回転して攻撃アレスを攻撃しようとする。それをバックステップしてアレスは回避し、地面に降りたセルレギオスへと突きを放つ。

 

 自分がやることは単純で、間合いまで踏み込んでから切るだけだ。距離を詰めて剣の斬撃が通る間合いまで詰め、翼脚と片脚を上げたセルレギオスの、その体重を支える足──その爪を、上から振り下ろす剣で切り飛ばした。そしてバランスを崩し、支えていた足側へと倒れ込んでくるセルレギオスの巨体に下敷きにされないようにバックステップする。

 

 そしてその首の鱗と鱗の隙間へと斬撃と通して簡潔に首を切断した。

 

「……殺すこと自体は、簡単なんだけどなぁ……」

 

 自分の精神が未熟だと言うことを理解した。

 

 人の死体を見るのは初めてだった。今まで殺してきたのは竜だけだった。

 

 人を殺したことはなかったし、人の死体も見たことはなかった。その死体を見て自分を投影してしまったし、自分が死んだらどうなるか……と言うのを考えさせられた。

 

 自分が死んだら、こうなるのだろうか? そう思って死体を見る。その死体は、ひょっとしたらどこかで見たことのある死体だったかもしれない。

 

「……だから死って怖いよな。死の前例を見ちまったんだから」

 

「……だね。こうして刻々と腐っていくんだ。それはとても恐ろしいよ」

 

 アレスの言葉に答えて、

 

 剥ぎ取りナイフを取り出した。

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