自分──ナナシは案外忙しい。意外に知られていないが、自分の仕事は忙しい。忙しいのは常に市場についてを計算しているからだ。常に脳みそを利用しているのであれば当然疲弊するし忙しいと言えるだろう。なので忙しいらしい。
簡単に頭の中のものを紙に書き出していく。頭の中で一瞬で導き出された計算を、自分の指が出せる最高速で書き溜めていく。実はこの作業が案外難しい……頭のなかにあるものを理論建てて表現するには厄介な論理化が必要になる。小説の執筆だってそれがなければ時間をかけずに一冊が完成するだろう。だがそれができないのが人間、なので頭を悩ませるのは仕方ないことなのだ。
仕方ないことなのだ……。
正直なはなし、書くより楽に文章を打ち出せるツールを作成しようかな、と思っている。頭の中に既に構想はあるのでそれ通りに実際に作ってみる必要はあるが……いや、そもそもそんなものを作るためには金がいる。それが足りない。なのでこんな構想も意味がないのだ。
折角とっておいた構想をリセットして自分の頭の中の容量にスペースをあける。これで暗算のための容量ができた。完全に先程まで考えていたことは忘れてしまったが、たぶんたいしたことのない理論だ。数十秒もあれば再構築できるだろう。
女になった友人ことハグモがユクモに出荷されてから少し。アレスも積極的に活動を始め、自分も仕事に熱を入れ始めている。趣味の時間はとらない、──そもそもない。なので自分はこうして計算していることが趣味になるのだろうな、と思う。
いや、べつに趣味が一切ないとは言わないのだ。あるにはある。だがそれは、
──難しいよなぁ……
ということで現在は封印している。根本的な話をすれば金が足りない。それさえあればそっちに打ち込むだろうが……金欠というのは想像以上につらいものだ。
まぁもともと金欠生活だったので豪勢の欠片も知ってはいないが。
そろそろハグモはユクモから帰ってくるだろうか? ならそのときに休暇を取ろうか。別にこの仕事は軽く休む程度なら全然問題ない。そもそもここまでマイナーなことを考えている情報屋など自分以外にはいないのだ。ならばそのことでそこまで焦ることはない。どうせ
ただ予測は予測。単純に打ち砕かれるもの。ならばこの計算は外れる可能性が高い。
「──どうなるかな、主人公くん」
そう呟いてみて、
ふと殺気が飛んできた方向に目を向ける。
それは以前から自分を目の敵にしている少女だ。その白い髪が、明らかに世界から浮いている。そんな少女をみて湧き上がってくるのは
『あなた如きが
──うるさいな。君だってどうなんだよ。
自分には彼を語ることはできないが、それは彼女のほうもそうだろう。ならば自分にだけ言われるのは間違いなくおかしい。あいつだって彼について何もわかっちゃいない。
意図的に触れないでいたことだ。自分が敢えて忠告しなかった、彼女の話。ありえるだろう可能性のうち、最悪の場合の一つ。そのときに、
──耐えられるかな?
ベルナ村に帰還した。
龍歴院について一番はじめに、普段座っているテーブルへと向かっていく。クエスト完了の報告はユクモのほうからすでに届いているはずだ。報酬も向こうのほうから渡されたので、自分は報告しないでいいだろうと思った。
いつも座っているテーブルではナナシが持っている紙と睨み合っている。その姿を見て久しぶりだと思った……思った。思っただけで実際はそうたいして久しぶりでもないのだからなんというか、変な感じがある。
「ただいま」
「やぁ、おかえり」
その言葉を聞いてから自分はナナシの正面に座る。机に置かれた紙の中から適当に一枚を引き上げて、そうしてその内容を読んだ。
そこに書かれていたのは古代林の変調だ。最近増えてきた獰猛化モンスターの調査なのだろう、特に獰猛化個体が多かった古代林をピックアップしてその環境を以前と比較しているらしい。
「そもそも獰猛化の原因ってなんだっけ」
「獰猛化って部位の過剰発達だろ? まだ解明されてないけどいくつも仮説があるよ。例えば有力な一つ、オストガロアの粘液には骨素材を強固にする性質がある。骨って筋肉とか、そこらすべての根源だからね。その骨が発達したせいで他も引き摺られるように発達を遂げたって意見が多いよ」
「ふーん……まぁ、たしかにプロセスとしては正しいよな」
竜という非常に強い生き物とはいえ、そこには必ず理由がある。例えばリオレウスが炎を吐けるのはある器官が存在するからだ。テオ・テスカトルという古龍が爆発を起こせるのも体の鱗粉に火をつけているからで、つまりなにかが起こることには必ず説明可能な理由がある。
獰猛化というのもそうやって説明できなければおかしいのだ。
そもそも、黒龍というもの以外についてはわりと理屈が通る。魔境のほうになってない限りさ理屈は通るのだ。魔境のほうはわりと意味のわからない行動を平然とやってのけるモンスターが多いのであれは別世界としてカウントする。
これがどういう理由で起こったものだとしても、黒龍ほどの域に突っ込んでなければ獰猛化には必ずプロセスがある。なら証明できて、証明できるならば対策を考えることだってできる。或いは危機を察することだってできるだろう。
なので解明することは非常に重要になる。
この獰猛化というものに人間がならないという保証はないのだから。
知は力というが、たしかにその通りだと思う。自分ですらもそう思うのならばギルドの上部はもっといろいろなことを考えているだろう。それだけ獰猛化というのは重大な案件なのだと思う。
「……そういえばだけどアレスは?」
「あいつは狩りのはず。ひょっとしたら帰ってきてるかもだね。姿を見てないからなんとも」
この集会所はなんというか、ユクモのほうより落ち着く。自分の慣れた場所だからだろう。やっぱパーソナルスペースって大切だな、と思いつつ、そろそろクエストにいきたい欲があることに気づく。ユクモのほうでは実はそんなに狩りができなかった。最後の方は頭脳労働ばかりしていたので体を動かしたい欲が強いのだ。
ナナシは仕事中、アレスがいたらちょっと実験的に、サポートしてほしかったのだが……仕方ないか、と思う。
「──なんだ? 俺がどうかしたのか?」
そんな声がかかった。聞き覚えのある声だ。それがだれのものだというのは見なくても理解できる。
振り向いて、予想通りにアレスがいることを確認した。防具を着ているので狩りにでも向かうつもりだったのだろうか、それとも形式的に着てきたのだろうか? わからないので聞いてみることにする。
「よ、アレス。何やってたんだ?」
「おう、久しぶり。ちょっと久々に稽古つけてもらってた」
稽古、というとアステオだろうか。だがそれならアレスの体力は残っている……かもしれない。無理強いはしないが、とりあえず提案としてアレスに向かって言葉を放った。
「なんか狩りに行こうぜ」
「あ? ……あー、ナナシも来るか?」
「ん、了解。行けるよ。けどちょっと待ってね、装備着てくるから」
ナナシがそうだけ言ってマイルームのほうへと走っていった。その姿を少しの間だけ眺めてから食事を取ることを決める。
古代林がある。
最近異常環境が目立つ場所だ。そんな場所が今回向かう狩場になる。簡単に剣に視線を下ろして、思考を一旦リセットする。戦闘用の思考に変換していく──これは最近やっているルーティーンみたいなものだ。そのまま二人に視線をやる。
「準備大丈夫かお前らー」
「僕は君より早く準備を終えてるよ」
「すまん待って。……よし、いけるぞお前ら」
そんな言葉にそもそもお前待ちだったんだよ、と返しつつ古代林──夜の其処を歩いていく。ベースキャンプを出て、月が眩しいと感じられる。水面に光が反射しているからだろう。
今回のクエストはリオレウス、リオレイアの狩猟。同時狩猟はこれが初になるはずだ。乱入されることはあったが、そうでない同時狩猟は始めてだろう。
今回やることはわりと命の危険があることなのでアレスがこちらにつくことになっている。分配すると自分とアレスがリオレウス、ナナシが一人でリオレイアと戦う、ということに決定した。普通なら別に心配することもないのだが……何故か、何故かここら一帯が危険区域とでもいうように、体がここから立ち去ろうとしている。
アレスとナナシにはその兆候が見られないので自分の気の所為だろう、と思いたいが──
「いた」
その声に考えごとで曖昧になっていた意識を現実に引き戻す。ゆっくりと降りてくるのはリオレイアだ。つまりナナシの相手、そう処理して、自分らはリオレウスを探すためにそこでナナシとは一度分かれる。ナナシが武器を抜く音を聞き取り、戦闘が始まろうとしていることを悟った。
走って開けた場所から木々の中へと入っていく。古代林や森丘では木々の背が高いため、飛竜が森の中に現れることも意外にあったりする。飛行能力の制限がされないからだ。
「右と左と正面、どこにいると思う?」
「正面だ。巣があるからいてもおかしくない。そうじゃないにしても巣に踏み込んだらやってくるからな」
ハンターとして、卵を壊すことはしない。しないが……戦術的にそれを利用することはある。
そのやり方は、正直そんなに好きじゃなかった。
エリアを移動すると、こちらを睨んでいるリオレウスが発見できる。新しいスタイルがこいつに通用するか、というのを考えながら、
「サポートとしくじったときのリカバーよろしく……!」
「おうおう、存分にやってこいよ」
──踏み込んだ。
まだ剣は抜かない。踏み込んで、距離を詰めるだけだ。剣の間合いは理解している。それの外で剣を抜くのは駄目だ、動きが遅くなるから。現状の自分の実力なんてそんなものでしかない。剣を持つと動きが阻害されるほど稚拙なものだ。
リオレウスがブレスを放ってくる。それを目に見えているルートに従いつつ、距離をとって走る──リオレウスのブレスは一瞬通り過ぎるだけでも火傷するほど高温だ。それは自分の喉を焼き焦がすほどの威力を持っている。なので、腕の動きを鈍らせないために少し距離を開けて回避する。
下位段階のリオレウスは連続でブレスはしない。が、完全に接近しきる前に咆哮の体制を取られた──それを、
降りてくる顔を踏んで、跳躍することで回避した。
いや、回避はできていない。鼓膜を破るほどの咆哮を、そもそも跳躍なんかで回避できるはずがない。
「みーみーせーんっ」
だが、それは対策することができるものだ。戦闘を有利に進めるための策を用意していないほうがおかしい。当然、自分も持ってきている。
以前砕け散った耳栓だが、ユクモに向かう前に用意してもらっていた。それを今も利用しているだけ。
体重を前方にかけることで頭から落下していく。近くに翼があるのを確認した。そのまま降りて、
すれ違う瞬間に腰から剣を引き抜いた。
翼膜に刃が通っていき、リーチ的に切断できないことを悟る。そのまま振り抜いて体を回転させつつ、踵で着地を成功させる。滑りそうになるのを軽く地面を蹴って立て直しつつ、間近にあった足の根本、骨にひっかからない部分へと刃を通していく。
竜を殺して作られた武器が、竜を殺すための役目を果たそうとしている。そんなに押し通すような力は要らない。そのまま、流すために腕に剣を追わしていき、
そのまま片脚を失ったリオレウスが転倒する。
「──ふ、っ」
勢い殺す逆向きへの力に任せ刃を逆向きに振るう──背中へとゆっくりと入っていく剣が、腹までをぶち抜いてそのまま尻尾の根本まで切断した。
帰りの竜車にのんびりと揺られている。
ナナシは意外にあっさりリオレイアを狩猟できたようだ。まぁ、そりゃあそうだよなぁ、と思う。自分もリオレウスの狩猟をあっという間に終えることができたのでよかったかなぁ、という感じだ。
「たぶんこれでハンターランク上がるんじゃないかなぁ……」
「……そういえばお前、今回どういうスタイルチェンジしてたんだ? 全くわからなかったんだけども」
「んー? 別に大したことはしてないよ。ただ単純に」
そのまま言葉を続けようとした瞬間、
地面が割れた。
地面が割れた──そのまま、竜車の前方と後方を切り離し
「ぅ、──おぉぉぉぉ!?」
咄嗟にそれを掴んだ。割れた竜車に絡みついてそのまま地面の中へと沈んでいくそれに引き込まれてように自分も地面へと潜っていく。
唐突な出来事。それに驚き、状況を整理する間もなく、
とある空間へと出る。
導入にずっと迷ってました。次回で下位編はラストです。
暑さで死んでまたしばらく間隔あく可能性もありますがなるべく早く投稿したいと思います。