【完結】ピッツァ!ピッツァ!ピッツァ!   作:忍者小僧

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アンチョビといろんなピザを食べたいなぁと思い、書いてみました。
アンチョビのしゃべり方、難しいです。
違和感があればご指摘お願いいたします。

なお、アンチョビが中学時代の設定です。
まだ学園艦に乗っておらず、愛知県にいます。


1、アチューゲ

「やばいな。間に合うかな」

 

その店に着いた瞬間、後悔した。

細い路地に連なる行列。

まさか、こんなに人気の店だとは思わなかった。

 

「チョイスをミスったかな~」

 

つぶやきながら腕時計を見る。

13時15分。

お昼時をはずしたつもりだったんだけどな。

今日は、大学の講義は午前中で終わったのだが、15時からアルバイトがある。

この店の位置からバイト先まで、急いで20分ぐらいはかかる。

遅刻すると先輩に、めっちゃ叱られるんだよなぁ。

 

「けど今日は絶対にここで食べるって決めてたし……」

 

盛大にため息をつく。

めったに行くことのないイタリア料理店なんかに足を運んだのに、この結果だ。

俺は一人暮らしの苦学生だ。

ちょっとでもお金を浮かせるために毎日大学からバイト先まで徒歩30分の距離を歩いている。

その路程にこの店“イタリアンバル ラ・コラゾン”がある。

前を通るたびにピッツァのおいしそうな匂いが俺を誘ってくるのだ。

おしゃれな店が似合う男じゃないから敬遠してたんだけど。

一度だけでいいから入ってみたいと思っていた。

今日は勇気を出してこの店でランチを食べると決意してきたのだ。

どうする?

あきらめて別の店にするか?

自問してから首を振った。

いや、今日はここで食べると決めていたんだ。

いまさら別の店ってのはなんかむかつく。

よしっ、ちょっとでも急いで行くか。

あれこれ逡巡している時間がもったいない。

さっさと列に並ぼう。

 

そう思って小走りに列に加わろうとした瞬間。

 

「わっ」

 

女の子とぶつかりそうになった。

 

「な、何するんだよぉ」

 

ちょっとボーイッシュなしゃべり方。 

気の強そうな、生意気な雰囲気の女の子が俺を睨む。

ちっちゃいな。

まだ中学生ぐらいか?

でもまぁ……可愛いし、胸は結構あるな。

思わずそんなことを考えていると、女の子が言った。

 

「変な奴」

 

俺は苦笑する。

一応俺は20歳の大学生だ。

背もそこそこ高い。

明らかに年上の男相手に、物怖じしない子だな。

 

「悪かったよ。ごめんな」

 

そう返して、路地裏の列へと進む……のだが。

ん?

女の子もついてくる。

なんだ、なんだ。

まだ何か文句があるのか?

おっ。

目が合った。

 

「さっきから何?」

 

女の子が口を尖らせた。

いや、それは俺のセリフだ。

 

「知らないよ」

 

そう言い捨てて、歩を進める。

すると女の子も同じようにすたすたと歩く。

向かっている方向は同じ。

これってまさか。

またお互いに顔を見合わせる。

どうやら向こうも合点がいったみたいだ。

そうとなれば、一歩でも先に出なくては。

俺があわてて早歩きになると、女の子も負けじと早歩きになった。

ほぼ一直線に並んだ状態で列へと向かう。

もう少し。

よしっ、最後尾だ!

列の一番後ろに滑り込もうとした瞬間。

お互いのつま先がガチンと触れ合った。

 

「わ、私のほうが先だかんな!」

 

女の子が俺を睨んだ。

俺も思わず言い返す。

 

「俺のほうが一歩早かった!」

「それはお兄さんのほうが靴が大きいからだろ!?」

「それでもちょっとだけ先なのは事実だ!」

「大人の癖にずるいぞ!」

「俺は今日急いでるんだよ」

「私だってそうだし!」

 

そんな会話を繰り広げていると、前に並んでいたおばさんがくすくすと笑いながら言った。

 

「ふふふ。仲良いのね。でも兄妹喧嘩はほどほどにね」

 

げっ。

こいつと兄妹だと思われたぞ。

女の子も、うへっと心外な表情をしている。

俺は仕方なく肩をすくめた。

 

「わかったよ。しょうがないな。お前が先でいいよ」

「ほんとか?」

「ああ」

「やった! ありがとう!」

 

女の子はぴょんっと先に出て列に並んだ。

そして振り向くと。

べーっと舌を出していたずらっぽく言った。

 

「私の勝ちだね!」

 

こいつ……ムカつくガキだな。

 

 

30分は経っただろうか。

だいぶ列は減ったのだが、まだ店内には入れなかった。

俺は目の前の女の子の後頭部……ひらひら揺れるドリルっぽい形のツインテールを眺めながらため息をついた。

すると女の子が振り返った。

 

「ちょっと、この列長すぎないか?」

 

んん?

俺に話しかけてるのか。

まぁ、暇だしな。

相手してやるか。

 

「そうだな。俺も、ここまでの人気店だとは思わなかったよ」

「お兄さんはこの店、来たことあるのか?」

「ないよ。初めて。お前は?」

「私も実は初めてなんだ」

 

ふぅん、と思った。

よくよく考えたら、イタリア料理なんてどちらかといえばお値段が高めの料理だ。

こんないかにも子供な女の子が一人で来るのは違和感がある。

 

「何で急にここに来ようと思ったんだよ」

「ちょっとまぁ、理由があってね」

 

女の子は訳ありげにつぶやいた。

そのとき、店員さんが外に出てきて告げた。

 

「おあと団体の六名様、それからその後のお二人様、お一人様、お入りいただけます」

 

おっ!

一気に進んだ。

っていうか前にずらっと並んでたの団体客か。

ええっと、団体が六人で、それから二人、あと一人だから……。

 

「お前までかよっ!」

 

思わず突っ込んだ。

ちょうど目の前の生意気な女の子までだったのだ。

意中を察して女の子がふふんと笑った。

 

「ご愁傷様ってやつ?」

「くそー」

 

言いながら時計を見る。

13時50分。

ちょっとヤバいかも。

俺は店員さんに問いかけた。

 

「あの。次って何時ぐらいに入れそうですか?」

「そうですねぇ……」

 

店員さんが店内をチラ見して言った。

 

「先に入られた方にコースの方も多いですし、お一人様やお二人様用の席はすべて埋まっていますので……さらに20分程度はお待ちいただくことになるかと」

 

俺は頭の中で計算する。

えっと……バイト先まで20分かかるとして、15時から20分引いて14時40分には絶対にここを出なくちゃならない。

今から20分後に店に入れるとなると、14時10分ぐらいだから30分あるな。

 

「あの、料理って注文したらすぐに出ますか?」

「それがあいにく」

 

店員のお姉さんが申し訳なさそうに言った。

 

「今日は大変込み合っておりますので、ほとんどのお料理がご提供まで15分から30分ほどいただいております」

 

詰んだ。

ほぼ無理だ。

もしも少しでも提供が遅れたらバイトに間に合わない可能性がある。

俺はがっくりと肩を落とした。

 

「でしたら間に合わないので、今日はやめておきます……」

 

意気消沈してそうつぶやいたとき。

前に並んでいた例の生意気な女の子が言った。

 

「ねぇ」

「なんだよ」

 

俺は悔しげに女の子を見る。

 

「お兄さん、そんなに入りたかった?」

「まぁ、そりゃね」

「ふぅん……」

 

しばしの逡巡の後、意外な提案をしてくれた。

 

「それなら、相席したげよっか?」

「え。マジで?」

「うん。別にいいよ。困ったときはお互い様だしね」

 

ちょっと照れくさそうに鼻を掻く。

こいつ、神か。

意外にいい奴か。

 

「それじゃ、店員さん。私とこのお兄さんと二人一組に変更でお願いします」

 

颯爽と店員さんに告げる。

その言い方が妙に面倒見のいい雰囲気で俺はちょっとドキッとした。

 

 

店内は熱気にあふれていた。

見回して俺は思わず驚嘆する。

ちょっと南国リゾート風の白を基調にしたフロア。

大理石風の衣装を施された壁。

調理場の手前には、ピザを焼くための窯が見える。

演出なのか本当に使っているのかわからないが、壁際には薪が並べられている。

いかにもイタリア料理店といったそういう意匠もかっこいいのだが、何より驚いたのは、壁に取り付けられた巨大なスクリーンだった。

自宅では到底設置できないような、巨大なスクリーン……いったい何インチあるのだろう。

そこに、なにかのスポーツの解説映像が映し出されていた。

よくよく見ると、見世物の棚には白い皿が並べられていてその皿にサインが施してある。

また、スクリーンのそばには、どこかのスポーツチームのものだろうか?

紋章のようなものが刻まれた旗が張ってあった。

 

「いやー、間に合ってよかった」

 

女の子が満足げに言った。

 

「間に合ったって?」

「ふふん。まぁまぁ、まずは注文しちゃおうよ」

 

不敵な笑みを浮かべて女の子が手を上げた。

 

「店員さーん」

 

店員のお姉さんがすぐにやってくる。

 

「私は、このお任せピッツァ。えっと、本日のスープとデザート付きのセットで。お兄さんは?」

「え、あ、えと」

 

しまった。

何にも考えてなかった。

 

「そ、それじゃ。このアチューゲってので」

「かしこまりました」

 

店員のお姉さんが丁寧に頭を下げて去っていく。

なんか適当に頼んでしまった。

女の子が、興味津々といった様子で俺に問いかけてきた。

 

「アチューゲって?」

「いや。俺も知らない。適当に頼んだだけだから」

「何だ、つまらないの。慣れてそうでちょっとカッコ良かったのに」

 

おぉ……。

唐突にカッコいいとか言われたよ。

いや、俺自身がカッコいいって言われてるわけじゃないのはわかってるけどさぁ。

照れ隠しのつもりで、そっけなく答える。

 

「並んでるときに初めてって言ったじゃんか」

「そういえばそうだったね」

「お前こそ、ピザが目当てって訳じゃなさそうだな」

 

その問いかけに女の子が待ってましたとばかりにニヤリと笑う。

 

「良くぞ訊いてくれました!」

 

そして着ていたニットをガバっと脱ぎだした。

 

「うわっ。ちょ、こんなところで何してるんだよ!」

「へ? 何が?」

 

ニットの下は白い下着……ではなくて、白いTシャツだった。

でかでかと大きな文字で『進め! 戦車道!!』と書いてある。

 

「ここの店、戦車道ファンの集う場所としてちょっと有名でね! 今日は試合の中継イベントがあるから、それを見に来たってわけ!」

 

戦車道か。

聞いたことはある。

女の子が乗りこんで戦車で試合をするんだったか。

ややニッチだけど、そこそこ人気のあるスポーツだな。

学校によっては力を入れてるところもあるって聞くし。

 

「よっぽど好きなんだな」

「まぁね!」

 

自慢げに女の子がうなづいた。

そんな様子もなかなか可愛い。

 

「見るだけ? それともお前もやってたりするのか?」

「んぅ……」

 

俺の問いかけに、少しだけ悩ましい顔つきをする。

 

「いや、やってる。やってはいるんだけどさぁ」

「けど?」

「いまひとつ芽が出ないんだよね。この辺ってあんまり熱心な学校もないし。私としてはさぁ。高校とかに入ったらもっと履修とかでも戦車道に力入れてるところに行きたいんだけど。でもそういう学校は大体お嬢様学校だったり特殊な教育やってたりで偏差値も高かったりするから」

 

女の子がへたっと机に身を投げ出す。

 

「が、学力が……」

 

なるほど。

足りないのか。

俺は思わずくすりと笑った。

すると女の子は唇を尖らせる。

 

「あぁ~、今バカにしたな?」

 

拗ねた抗議の声。

 

「し、してないよ。っていうか学校って単語が出てきて気がついたぞ。お前、今日平日だろ。学校は?」

「し、知らないっ」

 

女の子が目をそらした。

こいつ……サボったな。

試合見るために。

 

「お前……そんなんだから偏差値足りないんじゃないのか?」

「う、う、うっさい!」

 

そんな風にして会話を楽しんでいるとあっという間に時間が過ぎて。

テーブルにピザが運ばれてきた。

女の子が頼んだ本日のピザセットは、具のいろいろ乗った赤いトマトソースのピザと、野菜のスープ、それからデザートにあとでティラミスがやってくるらしい。

一方、俺が適当に注文したアチューゲは……。

まだ来なかった。

 

「申し訳ありません。もう少しお待ちください」

 

店員さんが本当に申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「いえいえ、大丈夫ですから」

 

俺は手を振った。

 

「当店、15時までのランチタイムはドリンクフリーですので。ご自由にドリンクをお飲みになってください」

 

そう告げて店員さんが去っていった。

女の子に目を移すと。

ピザに手をつけずにじっとしている。

 

「どうした食えよ?」

「いいのか?」

「別に俺を待たなくていいよ。ピザなんて冷めたらまずいだろ」

「あ、ありがとう!」

 

妙な律儀さで一礼してから、女の子がピザを一切れ手に取る。

持ち上げると、とろりとチーズが伸びた。

うわっ。

美味そうだ。

これは目に毒だな。

ドリンクでも取ってくることにしよう。

俺はそそくさと立ち上がった。

 

ドリンクバーは、ちょっと凝ったものだった。

置いてある飲み物は、ルイボスティーに生絞りレモネードにミックスベリージュースにトロピカルフレイバーのアイスティー。

そういった聞きなれない飲み物が、おしゃれな透明なガラスの器に入れられている。

どう注ぐんだ、これ?

四苦八苦して、右側にあるボタンを押したらガラスの下部が開いてドリンクが注がれることがわかると、とりあえず生絞りレモネードを入れてみた。

その場で一口飲んでみる。

うげっ。

これ不味いな。

ってか甘すぎだろ。

しかし入れちゃったからなぁ。

しょうがないか。

コップを持って席に戻ると、女の子がくすくすと笑っていた。

 

「どうした?」

「お兄さん、その場で一口飲んでただろ」

「え、まぁ」

「なんか子供みたいだし」

 

ほっとけ。

その時、店内に歓声が響いた。

 

「始まった!」

 

女の子が、がばっと身を乗り出す。

俺もつられてスクリーンに目をやる。

スクリーン上に、青々とした大地を並んで走行する幾台もの戦車が映し出された。

解説者らしき女性が、それぞれのチームの特徴を語るアナウンスが入る。

俺は女の子に問いかけた。

 

「なぁ、これってどうなったら勝ちなん?」

「フラッグ車ってのがあって、それを撃破したら勝ち」

「どれがフラッグ車?」

「旗が立ってるやつ」

「なるほど」

 

女の子の返事は簡潔だ。

それだけ試合に集中しているのだろう。

俺も、とりあえず見ることにした。

スクリーン上に、どの戦車がどのように動いているかがレーダーみたいな図柄で映し出される。

なるほど。

片方のチームは走行できる道ごとに戦車を配置しているな。

通れなくしているのか?

素人の俺には戦術はよくわからんなぁ。

女の子に訊こうかとも思ったが止めておいた。

邪魔するのも悪いしな。

 

 

その後、(素人の俺から見ると)試合は短時間であっけなく片がついた。

最初片方のチームが、相手側のふさいだ道を突破したかに見えたのだが、どうやら誘い込まれただけだったみたいで、先走りしすぎた先方隊が囲まれて一網打尽に。

その後は陣形が総崩れになってしまい、混戦に。

ふと遭遇した折にフラッグ車を撃たれて終わった。

 

「お待たせしました」

 

試合が終わるのを見計らったかのように俺のピザが運ばれてきた。

えっと、なんて名前だっけ。

 

「アチューゲになります」

 

俺の心を読んだかのように店員さんが名称を告げる。

そうそう、そんな名前だったな。

目の前に置かれたピザは白い色をしていた。

見たところ、具もほとんど乗っていない。

なんというか、簡素だな。

しかし。

俺はメニュー表をチラ見する。

さっきの本日のお任せピザよりも高価なんだけど……。

俺が悩んでいると、女の子が

 

「食べないのか?」

 

と訊いてきた。

女の子はもうすっかりと自分の分を食べ終えている。

 

「いや、食うよ」

 

俺は一切れ、手に取る。

持ち上げると、かなり濃厚なチーズの匂いが漂った。

何だろう、この匂い。

普通のよくあるチーズの匂いとは根本的に違う感じ。

そして口に運ぶ。

薄手の生地はパリッとしていて、それでいてやわらかさを兼ね備えている。

その主張しすぎない優等生的な生地の上に、どろりとした特濃のチーズが覆いかぶさっていた。

たっぷりとオイルを引いて焼いてあるのか、それともチーズから溶け出したのか、チーズに混じって味のよくしみこんだ油分が口の中に、じわっと広がる。

 

……これは美味い。

 

俺は単純に驚いていた。

デリバリーのピザとかパン屋の出来合いのピザとは違う食べ物だ。

チーズは濃厚なのだが、嫌味がなくどこかあっさりとしている。

それを支える生地も品のよいすっきりした生地だから相性がいい。

しかし、それだけではない。

なんだろう。

チーズの奥に、もっと別の味が隠れているような。

不思議な味だ。

ツナ?

なんだか魚のような。

でも、ツナの味とも少し違う何か…………ん?

 

気がつくと、女の子がこちらをじっと見ていた。

物欲しげな目で。

ってか、今にもよだれが垂れてきそうだ。

彼女の皿に目を移すと、先に来ていたピザはもう完食済み。

 

「しょうがないなぁ。一切れ食べていいよ」

 

俺は苦笑して言った。

女の子が、はっとして顔を赤らめる。

 

「あ、い、いや、べべべつに欲しいわけでは」

「あ、そう?」

 

ちょっとそちらへ突き出してみたピザの皿をこちらに戻すと女の子はあからさまに残念そうな表情に。

 

「あぅぅぅぅぅ」

 

俺はそんな彼女に言った。

 

「遠慮しなくていいよ。相席になってくれたお礼ってことで」

「ほ、ほんとか?」

「おう」

 

その言葉に女の子の目が輝いた。

 

「で、では遠慮なく!」

 

俺のピザを一枚とって。

はむっ。

っとかぶりついた。

 

「!! おいしぃ~!!!」

 

満面の笑み。

俺も思わずうれしくなってくる。

 

「こ、これ。これすごく美味しいな!」

 

女の子は感動を伝えようと必死に俺に語りかけてくる。

 

「さっきの私のピッツァも美味しかったけど、これ格別! なんてピッツァだったっけ!」

「えっと、たしかアチューゲだな」

 

さすがに覚えたぞ。

 

「これ、チーズの味だけじゃなくて、何か入ってる! その隠し味がすっごく美味しい!」

「あ、それ俺も思った。何が入ってるんだろう?」

「見てみようよ! メニュー表に具材が書いてあったはず!」

 

そういえばそうだっけ。

俺は机に立てかけてあったメニュー表を開く。

アチューゲは……。

あった。

 

「なになに。チーズベースのピッツァ。リコッタ・チーズ、モッツァレラ・チーズ、アンチョビ・ペースト、パルミジャーノ、ブラックペッパー」

「なんだそれ、暗号か?」

 

女の子が、うへぇって顔をする。

確かに。

一般的に生活していたらまったくわからん食材だ。

グルメなやつならわかるのかもしれないが、少なくとも俺はどれもぴんと来ないな。

俺はスマホを取り出した。

 

「ちょっと待ってろ。調べてみる」

「おぉ、珍しく頼もしいね!」

「うっさい」

 

ふむ。

リコッタとモッツァレラはどちらも結構あっさりした味のチーズで、アンチョビ・ペーストはカタクチイワシをペースト状にしたものか。

んで、パルミジャーノってのは……おっ、これもチーズか。

ってか、それなら同じように語尾にチーズって付けとけよ。

そんな適切なのかどうかわからない突込みを心の中で入れる。

 

「3種類のチーズを混ぜてるみたいだな。リコッタもモッツァレラもパルミジャーノも全部チーズだわ」

「へぇ~!」

 

女の子が感心したように声を上げる。

 

「だからこのアンチョビ・ペーストってのがたぶん隠し味だな」

「アンチョビってどんな食材だっけ?」

「カタクチイワシらしい。ちょっと魚っぽい味しただろ?」

「したした! ツナ缶みたいな!」

 

同じこと考えてやがったか。

 

「そっかー! アンチョビかぁ! 私この味すっごく気に入ったぞ!」

「もう一切れ食うか?」

「いいの? 食べる食べる!」

 

そんなわけで、結局俺たちは一枚のアチューゲをほぼ半分こした。

この時にはもう、目の前の女の子のことを生意気なクソガキだとは思わなくなっていた。

それどころか、笑顔が可愛くて、ちょっとさばさばしてしゃべりやすい友達みたいな女の子だと感じ始めていた。

 

「いやぁ、美味しかった!」

 

俺のピザを半分食べ終えて女の子がおなかをさする。

 

「お前、結局半分食いやがったな」

「な、なんだよ。そっちが良いって言ったんだろ?」

「冗談だよ。この食いしん坊」

「むぅぅぅ」

 

女の子が膨れっ面をする。

が、すぐに笑顔になって言った。

 

「そうだ。『お前』ってのはやめてくれよな。ちゃんと名前があるんだから」

「ん? あぁ、わかった。なんて名前だ?」

「安斎千代美だ」

 

俺はその名前を聞いて思わず吹き出した。

 

「な、なんだ?」

 

女の子が問いかける。

 

「いや、ぴったりな名前だなと思って」

「??」

「さっき、アンチョビが好きって言ってただろ。名前が同じじゃん」

「あっ」

「安斉千代美で、アンチョビ。お前のこと、チョビ子って呼んでいいか?」

「やや、やめろー!」

 

恥ずかしいのか女の子……チョビが手をぶんぶんと振る。

 

「お、お兄さんこそなんて名前なんだ。絶対笑ってやる」

「俺? 俺は樋口純一だけど」

「ふ、普通だ……くぅぅぅ」

 

チョビは悔しそうに可愛いうなり声を上げた。

 

 

そんなこんなで二人で食事を終えて。

そろそろ時間がやばかったのでお会計に。

と思ったら思わぬトラブルが起こった。

 

「な、ななななない!」

 

チョビが真っ青な顔でポケットを探る。

 

「へ? 何が」

「さ、財布! 財布がないんだぁ!」

 

え。

マジで。

 

「ちょっと落ち着け。カバンも見てみろ」

「さ、さっきから見てるぅ……」

 

床に布のバッグを置いて開いてみせる。

確かに、なさそうだな。

 

「うわぁぁぁ、もしかして、戦車道Tシャツとか用意するのに夢中で財布入れるの忘れてたかも……」

 

やっぱバカだな、こいつ。

俺はやれやれと肩をすくめた。

 

「しょうがねーな」

 

5000円札をレジに置いた。

 

「お会計まとめてで」

「はい。承知いたしました」

 

レジのお姉さんが微笑んだ。

 

「え、え、ちょ、ちょっと待て!」

 

チョビが慌てて俺の腕をつかむ。

 

「それはだめだ! 財布を忘れたのは私の責任だ!」

「だったらチョビ、ここから帰れないぞ?」

「う、うぅぅぅぅ」

 

真剣な表情でしばし悩んだ後。

消え入るような声でつぶやいた。

 

「か、貸してもらうことにする。必ず、返すからな」

「わかったよ」

 

会計は5000円でおつりが来た。

ランチタイムだしそんなもんだろう。

大学生とはいえ、アルバイトもしている身だ。

多趣味だから金欠気味ではあるが、まぁ大丈夫な金額だ。

店を出ると、チョビが俺に向かって言った。

 

「さっきのお金、絶対返すから」

「ん、あぁ」

 

俺は適当に答える。

最初はちょっとアレだったけど、結果的には楽しい時間が過ごせた。

早く店には入れたのもこいつのおかげだし。

別にわざと騙して奢ってもらおうとしているようには思えないし。

この時には別におごってもかまわないという気分になっていた。

だが、チョビは俺に小さなメモ用紙を渡してきた。

 

「なにこれ」

「わ、私の住所と電話番号。ちゃんとお金返すっていう証拠」

 

律儀だなぁ。

 

「だから、その。お兄さんの電話番号も教えて。近いうちにお金返す連絡するから」

 

正直な話、このとき、適当にあしらうこともできた。

1200円ぐらいのことだ。

連絡先の交換なんてしなくてもよかった。

だが俺は、思わずスマホを取り出していた。

 

「わかったよ。番号交換する?」

「うん。でも、スマホ持ってないから、交換できない」

 

よく見ると、メモ帳に書かれた番号は家の番号だった。

まぁ中学生ならそんなもんか。

 

「紙貸して」

 

チョビから渡されたメモ用紙に、俺は自分の番号を控える。

それを彼女に渡した。

 

「あ、ありがとう。必ず電話するから」

 

頭を下げるチョビと別れて街路を歩きながら、鼻の頭を掻いた。

どうにも、変なことをしちまった。

どうして俺は電話番号を渡した?

……。

…………。

正直、心の奥底で、理解していた。

もう一度チョビと会える機会がほしくなったからだ。

それが目当てで、俺は彼女に番号を渡したのだ。

先ほどの二人で過ごした時間。

妙に楽しかった。

チョビは俺よりもかなり年下だけど、話が合わないとか、子供を相手にしてるとか言う気持ちにはならなかった。

女の子といるというよりは、冗談やふざけたことを言い合える友達といるような心地よさ。

なんていうんだろう、こう、会話がドライブしてるような感じ。

そういうのを久しぶりに感じた。

大学に入ってから、あまり馴染めなくて、バイトばっかしてたからなぁ。

友達に飢えてるのかも。

うん、そうだ。

きっとそうだよな。

そういうことにしておこう。

 

俺は一人納得して、ポケットに手を入れてすたすたと行く。

急がないと、バイトに遅れちまう。

商店街に差し掛かったとき、どこかの店が流しているポップソングが耳に入ってきた。

それはちょっと切ない恋の歌だった。

俺は思わず立ち止まった。

唐突に出会った二人が戸惑ったり悩んだりするような内容を、センチメンタルな声の女性ヴォーカリストが歌っていた。

普段はそういう甘ったるい歌ってあまり興味ないんだけどな。

なぜかその日は、妙に聞き入ってしまった。

うん。

なかなか悪くない歌だな。

一人うなづく。

おっと。

時間がやばい。

俺は再び、バイト先へと走り出した。

 

 

※※※※※※※おまけ・アンチョビのターン※※※※※※※

 

 

家に帰ってから、安斎千代美ことアンチョビは身悶えしていた。

 

「お、大人の男の人と相席でお昼食べちゃったぞ……」

 

くぅぅぅぅ。

思い出すだに頬が熱くなる。

何だ、何なんだこれは。

アンチョビはまだ15歳。

男性と付き合った経験がなかった。

というわけで、もちろん、家族以外の男性と二人きりでテーブルに着いたこともない。

自分から誘ったこととはいえ。

想定外の出来事だった。

 

「うぅぅぅ。なんか恥ずかしい。私、変な事しなかっただろうか」

 

さっきから何度も何度も自問自答している。

だが、いくら考えても答えなど出るはずがない。

相手の行動を変ととるかどうかなんて感性の問題。

正解などないからだ。

しかも相手は年上だ。

まったく予想がつかない。

 

「ば、馬鹿らしい。もう、考えるのはやめ!」

 

そうつぶやいて枕に顔をうずめるのも何度目だろうか。

考えることをやめようとしても、やめることができない。

ついつい今日の出来事を反芻してしまう。

ついつい戦車道を熱く語ってしまったこと、遠慮もなしにピザを半分もらってしまったこと、お金を貸してもらったこと。

 

「~~~~~!!!!!」

 

言葉に鳴らない声を出し、足をじたばたとさせる。

は、恥ずかしい。

恥ずかしすぎる。

失態だらけじゃないか。

なにやってるんだ、私。

カッコつけて相席して、その挙句が変なことばかりしてしまった。

アンチョビには、弟がいる。

学校でも頼りのある姉御肌で通っている。

だが、年上の男性相手の免疫はからっきしだった。

まさか、こんなにテンパってしまうものだとは。

でも……。

 

「優しいお兄さんだったなぁ……」

 

ぼそりとつぶやく。

先に食べていいよと言ってくれたり。

自分のピザを半分、分けてくれたり。

お金を貸してくれたり。

アンチョビの「失態」は、逆を言えば純一の「手助け」だった。

ついつい、脳裏に純一の顔が浮かんだ。

アンチョビの頬がなおさら熱く火照る。

おかしい。

こんなのおかしいぞ!

べ、別にそんなにカッコいい人でもないのに。

ごく普通の、どこにでもいそうなお兄さんなのに。

あぅぅぅ、何なんだよ、これは~。

そのとき、後ろから声がした。

 

「姉ちゃん。さっきから何してるの?」

「ふへ?」

 

思わず変な声を上げて顔を上げる。

後ろを振り向くと、弟が扉を開けていた。

 

「あの、夕飯出来てるってさ。お母さんが」

「わわわ、わかったから!」

 

どうにも調子を乱されてばっかりだ。

 

「変なの」

 

つぶやいて部屋を出て行く弟の後姿を見送って、アンチョビはため息をついた。

 

「こ、こんなの私らしくもない。ご飯食べて忘れよう」

 

ご飯……。

今日のお昼のピザ……。

こ、今度、お金返すのにまた会うんだよな、お兄さんと……。

はっ。

ま、また思考が戻ってる!

 

「うぁぁぁ。なぜなんだぁ!!」

 

アンチョビは、頭を抱えるのだった。

生まれはじめた未知の気持ちに、戸惑いが隠せなかった。

 

(続く)

 

 




さていかがでしたでしょうか。
全11話ほどを予定しています。
今回執筆に当たり、OVA・映画見直したのですが、アンチョビの台詞って限られてるし、後輩としゃべってるのがほとんどなんですよね。
年上の男性としゃべってるところが想像つかない……。
一応、少しボーイッシュに書いているのですが、違和感あればご教授ください。
なお、キャラクターの肉付けにあたり、オフラインの友人3名および、ハーメルンさまで執筆活動をなさっておられる井の頭通勤快速様にアドバイスをいただきました。
ここに謝辞を述べます。

あと、このお話は、アンチョビがまだ学園艦に乗っていない、愛知県に住む中学時代のお話です。

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