久しぶりの更新にもかかわらず、読んでくださって、暖かい言葉をかけてくださって、本当にありがとうございます!
翌朝。
すっきりとした気分で目覚めると、チョビの声がした。
「おはよっ、お兄さん」
可愛い顔で、のぞき込んでくる。
「もうお昼前だぞ?」
少しいたずらっぽく、にひひっと笑った。
「そんなに寝てたのか、俺」
「うん。疲れてたんだと思って、起こさなかった」
「そっか。ありがと」
鼻腔をくすぐる、香ばしい匂いがした。
淹れたての珈琲の香りだ。
珈琲メーカーはあるけど、ろくに使わずにほったらかしだった。
「お兄さん、起きたら飲むかなと思って」
そう言って、はにかんだように笑う。
すごく嬉しかった。
誰かに珈琲を淹れてもらうって、こんなに素敵なことなのか。
丸テーブルを起こして、その上に二人分のマグカップを置く。
暖かい珈琲を胃に流し込むと、一気に目が覚めてくる。
っていうか、美味いなこれ。
安い豆しか置いてなかったはずなんだけど。
チョビが淹れてくれたからだろうな。
「えへへ。モーニングコーヒー、淹れちゃったな」
楽しそうにチョビが笑う。
なんかエッチだぞ、その言い方。
「一緒に飲も?」
ちょこんと俺の前に座って微笑む。
その姿はとても可愛いのだが……。
「なんでメイド服?」
思わず突っ込んでしまった。
いや、いっそスルーしようかと思ったんだけど。
「あ、や、これはっ」
チョビが恥ずかしそうにスカートの裾を引っ張る。
「か、角谷が、お兄さん喜んでくれるからって、朝早くに届けにきたんだ」
「え、うちまで?」
「そ、そうなんだ。びっくりしたぞ」
杏ちゃん、相変わらず神出鬼没だな。
「2時間ほど前にな。急にドアベルが鳴ったんだ。宅配便かなと思ったら角谷で。
〝お世話するならこれでしょ!〟って言って押し付けられた」
だからって着るなよ。
俺はまじまじとチョビを見つめる。
「な、なんだよ」
照れくさそうにチョビが赤くなった。
「いや、普通に可愛いぞ」
「ふへっ!?」
さらに赤くなりやがった。
〝そ、そそそんなことはないぞー!〟とか叫んで着替えちゃうかと思ったんだけど。
「わ、わかった。そ、そそそれなら、今日はこの服でいることにする」
ちょっと嬉しそうだった。
マジか。
家にメイドさん(しかも中学生)がいる。
この非現実感、プライスレス。
というか、ふと気が付いた。
「チョビ子、学校は行かなくていいのか?」
「期末が終わったからもう冬休み」
「あ、そうか」
ほっとした。
男の家に泊まって休んだなんてシャレになんないからな。
コーヒーを飲む俺を見て、チョビが微笑んだ。
「なんだよ?」
「髪がぴんってはねてるところが可愛いぞ、お兄さん」
うあ。
寝起きだからな。
慌てて頭を抑える。
チョビにカッコ悪いところ見られちまった。
っていうか、いつもは俺がからかう側なのに、なんか調子がくるってしまっている。
「ちょ、ちょっと洗面所で直してくる」
「あ、私がやってあげる」
そう言ってチョビがブラシを取り出した。
はなっからそうするつもりだったんだろう。
よく見るとすでに水を入れた霧吹きまで用意している。
「座ったままでいてね」
しゅっしゅっと霧吹きで水を俺の髪にかける。
それから、指で髪に触れると、丁寧にブラッシングしてくれた。
自分でやるよりもすごく心地よい。
というか、こいつって家事とか上手いよな。
弟の面倒を見てるから、慣れてるのかな。
「はい、出来たぞ」
「あ、ありがとう」
なんか妙に感心してしまった。
「チョビ子って、結構家庭的だよな」
「ふぇっ!?」
その一言にチョビが盛大に反応した。
顔を赤くして、嬉しそうに身をよじる。
「そ、そそ、そうかな?」
「あぁ。将来いい奥さんになると思うぞ」
なんとなく言ったその一言が効いたらしい。
真っ赤になって立ち上がったチョビが拳をぐっと握り、何やらつぶやく。
「お、奥さん。ということはお兄さんのお嫁さん。も、もっと、家庭的な所見せなきゃ!」
こっちを振り向いて宣言する。
「よ、よしっ。それじゃ今からお掃除してあげるぞ!」
なんかスイッチが入ったらしい。
掃除をしてくれるのはありがたいな。
任せっきりも悪いので「手伝おうか?」と訊いたのだが、
「お兄さんは座っててほしいぞ」
と断られた。
しょうがないので、壁に背中を預けてぼんやりとチョビを見つめる。
小さな体で一生懸命、俺の部屋のかたずけをしてくれている。
背伸びして、ぱたぱたと高いところをはたきではたく様子が可愛い。
「お兄さん、こっちの隅っこも掃除するから、バッグ動かすね」
そう言ってバイト先に行くときに使っているバッグを持ちあげた。
……のだが、その時にちょっと足を滑らせたらしい。
「うきゃっ」
変な声を上げてチョビが転んだ。
「だ、大丈夫か!?」
「あ、いたたた。だ、大丈夫」
こけたときに打ったおでこをさすりながらチョビが答える。
「あ。ご、ごめんなさい。バッグの中身が出ちゃったぞ!」
そう言って、慌てて、こぼれたものを拾おうとする。
「別に気にしなくっていいよ。壊れるようなものが入ってるわけじゃないし」
そう言ってから、気が付いた。
ちょっと待てよ。
そのバッグって。
「あ、ちょ、チョビ子っ!」
「ん? なんだ、これ」
チョビが、床に落ちている長方形の箱を拾い上げる。
「アニメっぽい絵?」
「あぁぁぁぁぁぁ!」
遅かったかっ!?
「!!???」
箱を手にしたチョビが、見る見るうちに赤くなった。
「ふひゃぁっ!!」
大慌てでそれを投げ捨てる。
そして俺のほうを振り向いて叫んだ。
「な、な、なんか! エッチな絵が描いてあったぞ!!?」
「あちゃー」
俺は天を仰いだ。
それ、俺が開発してたギャルゲーだ。
完成したのを1つもらって、バッグに入れて帰ったんだった。
風邪で倒れたりして完全に忘れてた。
「お、おぉぉぉ兄さんっ! な、なななななんであんなのものが入ってたんだっ!?」
そういうのに免疫がまったくないのだろう。
チョビは大騒ぎだ。
俺は頭を抱えた。
やべっ。どうしよう。
これまでずっと秘密にしていたことが、とうとうバレちまった。
チョビはエッチだと言っているが、一応18禁ではない。
とはいえ肌色が多い作風なのは事実だ。
……腹をくくるしかないか。
俺は、息を吸い込んだ。
パッケージを拾うと、赤くなって目をぐるぐる回しているチョビに頭を下げた。
「ごめん、チョビ子。驚かせちゃって……」
その一言に、チョビがこちらを見る。
まだちょっと不安そうだったが、ぐっと混乱を抑えているような表情だった。
「あっ、お、お兄さん……」
少し迷ってから。
「こ、こっちこそごめん」
チョビも俺に謝った。
「え? なんで?」
「だ、だって。お兄さんの持ち物なのに。わ、私っ、驚いて、すごく失礼なことしちゃったぞ」
投げ捨ててしまったパッケージを見る。
が、すぐに頬を染めて目を逸らすと。
「え、エッチなのはその、よ、よくわからないし恥ずかしいけど。お、男の人って、そういうの、ひ、必要なんだよね?」
消え入りそうな声でもごもごとつぶやく。
「だ、大丈夫っ! お兄さんのなら、私、嫌とか思わないからっ!」
いかにも無理をした感じでガッツポーズするのだった。
チョビ。
こんなに気を使わせてしまって、俺は情けない男だ。
気丈に俺を受け入れようとしてくれている。
そんなチョビにいつまでも隠し事をしておくべきじゃないよな。
「違うんだ、チョビ子」
「ち、違うの?」
「あぁ。その……よく聞いてくれ。も、もしかしたら、聞いたら逆に軽蔑しちゃうかも、だけど」
俺の脳裏に、以前したことのある妄想が浮かぶ。
〝お、お兄さんは変態さんだったのか?〟
涙目で、俺がギャルゲーを作ってるってことをなじるチョビ。
大好きなチョビからそんな言葉、聞きたくない。
もしも、事実を話したら、そんな結果が待っているかもしれない。
けど……。
チョビは昨日俺に、自分の隠し事を教えてくれた。
アンツィオからスカウトされていたことを。
今度は、俺が勇気を出す番だ。
「こ、このゲームは、さ……」
声が震える。
けど、逃げたくない。
ちゃんとチョビと、向き合いたい。
「お、俺が参加して、開発したものなんだ!」
やっとのことで、打ち明ける。
「え!?」
チョビが、驚いたような表情になった。
小さな可愛い口が開く。
「そ、それって…………」
出てきた言葉は。
「…………ゲームだったのか?」
俺はずっこけた。
* * *
テーブルの上に置かれたゲームのパッケージ。
俺がバイトしている会社で開発した新作『転生したら女子校の学年主任でクラス全員に惚れられていました』だ。
それを囲むように、俺とチョビは対面で座っている。
改めて説明をすることになった。
「いいか、チョビ子。これはギャ……」
「ギャ?」
「こほん、恋愛シミュレーションゲームというものなんだ」
「恋愛?」
その単語にチョビが食いつく。
「あぁ。若干その、サービスカットはあるが、それは本筋じゃない。健全な全年齢作品だ。やってみたらわかるが、ちゃんとヒロインとの恋愛を楽しむゲームなんだ」
「そ、そうなんだ……」
驚いた表情でチョビがパッケージを手に取る。
「弟がやってるゲームと全然違うからわかんなかったぞ。こんな長方形の箱もあるんだな」
ま、そのサイズはパソコンのギャルゲー特有だからな。
というか、もしチョビの弟がこんなのやってたら何とも言えん気分になるぞ。
「ひゃっ」
裏表紙のパンチラCGが目に入ったのか、チョビが顔を赤らめてパッケージを机に戻す。
「ま、まぁ、お兄さんを信用することにする。こ、これは、その……ちょ、ちょっとエッチだけど、エッチじゃないゲームなんだな?」
言いえて妙だな、おい。
「一応はそういうことだ」
「これをお兄さんが作ったの?」
「俺一人じゃないよ。みんなで。20くらいの人が関わって作ったんだ」
「20人も?」
「あぁ。こんな感じの作品だけどさ、作るってことの大変さは同じだし、みんなで真剣に一生懸命作ってる」
「なんか、戦車道と似てるね」
「戦車道と?」
「う、うん。戦車道も、みんなで作り上げる競技だから。チームの仲間、戦ってくれるライバル、大会を運営する人たち。みんなで作るっていうの、なんか、わかる気がする」
「そっか」
「お兄さんは、どういう役割をしたの?」
「一応は、お話を書く役だな」
「小説みたいな?」
「お、おう。シナリオだけどな」
チョビが身を乗り出してきた。
なぜかキラキラに目を輝かせている。
「す、すごい! お兄さんって、小説家さんだったのか!?」
「あれ、チョビ子お前、小説好きだっけ?」
「昔はあんまり読まなかったけど。……さ、最近はけっこう読むぞ」
なぜかちょっと俺をチラ見しながら頬を赤らめて言う。
勉強嫌いだから本とか読まないやつかと思ってたわ。
「だから物語を書くのって尊敬する……って、ちょっと待って」
急にジト目になる。
「じゃぁ、後ろに載ってるちょっとエッチなシーンもお兄さんが書いてるの?」
「うぐっ」
痛いところを突きやがる。
「そ、それはまぁ、し、仕事だから仕方なくだなぁ」
「……ふぅん」
し、視線が冷たい。
「でも、これ本当にエッチなやつじゃないんだぞ。有名なディレクターさんがプロットを書いたから。最後はちゃんと泣けるから」
「本当に本当か?」
「本当だって」
「私でもプレイできる?」
「へ?」
予想外の質問が来た。
「そ、そのぉ……」
ちょっと恥ずかしそうにしながら、チョビが言った。
「も、もしも、あんまりエッチじゃないなら。お兄さんの作ったゲーム、やってみたいぞ」
「え、あ、それは、えっとぉ……」
思わず答えに詰まる俺。
18禁じゃないのは事実だけど。
俺が書いたシナリオをチョビに読まれるのはちょっとなぁ。
は、恥ずかしすぎる。
「で、できればやめてほしいんだけど」
「なんでだ?」
「いや、エッチじゃないけど、これ子供用じゃないから」
「こ、子供じゃないし」
「ほら、ここにCERO15って書いてある。15歳以上推奨って意味だ」
「私15だぞ」
「うぐっ」
論破されちまった。
「お兄さんが作ったゲーム、やってみたいんだ」
チョビが真剣な瞳で俺を見つめてきた。
その表情は、からかっているわけでも何でもない。
「だって、それが。お兄さんの〝夢〟なんだろ?」
吸い込まれそうな美しい、純粋な瞳が俺を見つめる。
「私はお兄さんの〝夢〟を知りたい。それを共有したいんだ」
そんなことを言われると断れない。
俺は肩をすくめた。
「しょうがないな。わかったよ。それじゃこれ、貸してやるよ」
「ありがとう!」
「持って帰って家でやんな」「それじゃ、さっそく一緒にやろ♪」
「「え?」」
お互いの声が重なる。
「一緒にやる気なのか?」
「当たり前だろ? せっかくやるなら一緒がいいぞ」
何の迷いもない瞳で俺にそう言ってくる。
純粋無垢って怖いなー。
自分の作ったギャルゲーを女の子と一緒にプレイとか、どんな羞恥プレイだよ。
「た、頼むから家でやってくれよ」
「うち、パソコンないもん」
「マジか」
「あ。角谷がパソコン持ってたな。角谷の家でやらせてもらおうかな」
「ひぃー!」
杏ちゃんにこんなん見せたらそれこそなに言われるかわかったもんじゃない。
被害がさらに広がっちまう。
これはもう腹をくくるしかないか。
こうして俺は。
中学生の女の子と二人っきりでギャルゲーをプレイする羽目になったのだった。
* * *
パソコンゲームのやり方どころか、パソコン自体触ったことがないというチョビは、机の上にノーパソを置いてやると目を輝かせた。
「こ、これがパソコンかっ!」
「電源ボタンはこれな」
「押したいっ!」
えいっと力強く電源を入れる。
ウィンドウズが立ち上がり……人気アニメキャラの水着イラストの壁紙が現れた。
「……お兄さん?」
うっ。
めちゃ視線が冷たい。
「ま、まぁ気にすんな。ほら、これを押してインストールだ」
「インストール?」
「ゲームをパソコンに覚え込ませるってこと」
「こう?」
「そうそう」
ぎこちなくマウスを操作してインストールは無事終了。
いよいよ、ゲームが始まる。
全画面表示にしてっと。タイトル画面が現れた。
「す、すごいタイトルだな、これ」
あきれ顔のチョビが言う。
『転生したら女子校の学年主任でクラス全員に惚れられていました』
まぁ、確かにすごいタイトルだ。
「なんでタイトルが文章なんだ?」
「そういうものだから」
「転生ってなんだ?」
「転生は転生だ」
「どうして転生すると惚れられるんだ?」
「理由はない」
「ちゃ、ちゃんとした作品なのか不安になってきたぞ……」
チョビが、うへって顔をする。
い、いちおう売れ線な内容なんだけどね?
「それで、これってどう始めるの?」
「とりあえずマウスを使って……」
〝初めから〟を選ぶ。
「あっ、画面が変わった!」
「あとはクリックして、下に出てくる文字を読むだけだから」
基本的に紙芝居だからな。
……しばらく様子を見ていると。
「な、なんか出てきたぞっ」
チョビが狼狽える。
「あー。これ、選択肢だな。好きなの選びな?」
「す、好きなの?」
「そっ。どういう行動をとりたいか」
「わ、わかった! えいっ!」
やたら力いっぱいに左クリック。
「あーあ。間違えたな。好感度下がったわ」
「うぎゃー。なんでだー!」
そんな風にちょこちょこ突っ込みを入れつつ遊ぶ。
やがて、共通ルートが終わり、ヒロインを選ぶ画面が来た。
「お、お兄さん、これは?」
「ルート選択ってやつだな」
「ルート?」
「どの子と恋愛するか選ぶわけ」
「?? どの子とも恋愛できるのか?」
「そりゃそうでしょ。そういうゲームなんだから」
「えーっ?」
チョビが嫌そうに眉を顰める。
「なんか浮気っぽくてやだぞ、それ」
そういう観点もあるのか。
「まぁ、各ルートのヒロインは一人だけだから」
「で、でもぉ……」
まだ納得いかない感じのチョビ。
「なんでそんなに気にするんだよ」
「だ、だって……」
「ん?」
ちょっと照れた声でつぶやいた。
「主人公の男の人が、ちょっとお兄さんに似てるんだもん」
共通ルートを書いたのは俺。
無意識に自分に似ていたのか?
な、なんか急に気恥ずかしくなってくるな。
俺は取り繕うように言った。
「き、気にせず選べよ。制限時間なくなっちゃうぞ」
「え、そ、そうなのか?」
いや制限時間なんてないけど。
「だ、だったらこの子にするっ!」
ぽちっとチョビが一人のヒロインのシルエットをクリック。
そのキャラは。
例の、チョビに少し似たちびっこキャラだった。
うぐっ。
まさかこいつを選ぶとは。
ヒロイン40人もいるから確率は低いと思ったんだけどなぁ。
そんなことを考えていると、チョビが何か小声でつぶやいた。
「…………なんかこの子が、一番共感できたから。お兄さんに似た主人公と結ばれるなら、この子がいいぞ」
* * *
ヒロインのルートを選ぶと、物語はイチャイチャ色が強くなってくる。
物語中盤はまさにラブコメ的展開のオンパレードだ。
お着替え場面に遭遇するといったラッキースケベイベントや、二人で手をつないだりする赤面イベント、あるいは体を密着させちゃったりする場面もある。
チョビはいちいち場面ごとに盛大な反応をする。
「うぎゃっ、な、なんでお風呂を覗くんだー」
「ててて手をつないじゃったぞ、年の差がある二人なのにっ」
「うわわわわっ、そんなにくっつけたら、い、いろいろと当たっちゃってるぞ!?」
こいつ、面白いな。
わたわたと大騒ぎしてプレイするチョビは、後ろで見ていて飽きない。
と同時に。
だんだんチョビの顔が画面に前のめりになっているのが分かった。
「…………」
次第に言葉数も少なくなり。
集中してプレイしているのがわかる。
物語は、終盤に差し迫っていた。
このゲームは、最初はギャグテイストのハーレムものっぽい感じで荒唐無稽に始まり、中盤でラブコメ色が強くなる。
そして終盤では、それまでのギャグっぽい描写の間に実は緻密に張り巡らされていた伏線が一気に放出して、シリアス展開になっていくのだ。
ディレクターの長澤さんがどうしてもTRUEルートづくりにこだわっていたのは、そのためだ。
ただの萌え作品ではなく、読み応えのあるプロットになっている。
そのプロットの構成力を、果たして俺が的確に書くことができているのかなのだが……。
真剣に読み進めるチョビを、俺もまた、はらはらして見守った。
読み終えたとき、チョビはどんな感想を言うだろうか。
* * *
今、チョビの目の前のノートパソコンのディプレイには、エンドロールが流れている。
様々な問題やすれ違いを乗り越え、とうとう結ばれた主人公とヒロインが、キスをしているイラストが、セピア色で背景に固定されている。
クライマックスの印象的なイラストだ。
やがてエンドロールも終わり。
THE ENDの文字が現れた。
なのだが。
チョビは、そのまま微動だにしない。
ど、どうしたんだ?
すると。
チョビの小さな肩が、ふるふると震えだした。
「お、お兄さん……」
振り向くと。
チョビの顔は涙でべちゃべちゃだった。
「か、感動したぞぉ」
書き手にとっては最大級にうれしい言葉。
「ほ、ほんとうか?」
恐るおそる、確認する。
女の子にこういうゲームをプレイしてもらって、しかも感想を聞くなんて生まれて初めてだ。
もしかして、気を遣ってくれているのかもしれない。
でも。
俺の問いかけに、チョビがうなづいた。
「ほんとうに感動したんだ」
ちょっと顔を赤らめて、言う。
「さ、最初は、その。もしかして、エッチな作品だったらどうしようとか、心配だったんだけど。だんだんちゃんとした恋愛になってきて。そんで、最後はすっごく複雑で!」
興奮冷めやらぬように、感想をまくしたてる。
「こ、このお話、お兄さんが書いたんだよねっ!?」
「ま、まぁね」
プロットはほとんど与えられたものだけどな。
それでも自分でアレンジした部分もあるし、書くという努力はしてきたつもりだ。
「す、すごい!」
チョビが満面の笑顔で、俺に抱き着いた。
「う、うわわっ」
どしーん。
勢いよく抱き着かれたから、二人して床に倒れ込んでしまう。
だが、チョビはお構いなしだ。
「お兄さん、お兄さんの〝夢〟、ちゃんと私、わかった!」
すりすりと顔を体をこすりつけてくる。
「この〝夢〟に向かって走ってたんだね!やっぱりお兄さんはすごい! 」
「す、すごくなんかないって」
「いいや、すごいぞ!」
「俺から見たらチョビ子だってすごいよ。戦車道って〝夢〟があるんだから」
「そ、そっか」
嬉しそうに笑う。
「それじゃ、二人一緒に、素敵な〝夢〟を追いかけてるんだな!」
なんだか、霧が晴れたような気分だった。
ずっとチョビに言えなかった俺の夢。
後ろめたいんじゃないかと、隠していた夢。
それが、チョビに理解してもらえた。
それどころか、認めてもらえた。
そのことが、すごくうれしかった。
それと同時に俺は、気がついた。
チョビに対して感じていた、なんとなく後ろめたい理由。
それはきっと、〝夢〟を語れなかったからなんだ。
まっすぐに戦車道っていう夢を語るチョビが俺はまぶしかった。
アンツィオのスカウトの事を隠していたとしても、それは夢そのものを隠したことにはならない。
一方の俺は。
夢そのものが何なのかをずっと語れないでいた。
俺は頭をかいた。
いつもチョビのこと、子供だってからかっていたけれど。
子供なのは、俺の方だったのかもな。
* * *
それからあとは。
昼ご飯を食べていなかったことを思い出して、かなり遅めのお昼ごはん。
何がいい?と訊いたら「ピザ!」と即答だった。
「そう言うと思ったよ」
俺はにやりと笑った。
「もしかして! 冷凍ピザでもあるのか?」
チョビが目を輝かせる。
「そういうわけじゃないんだけどさ」
俺は立ち上がった。
キッチンへと向かう。
「実は昨日、チョビ子のおじやを食べたときからやってみたかったことがあるんだ」
「??」
どういうこと?っていう風に、チョビがこてんと首を真横へ傾ける。
ここが腕の見せ所だ。
毎朝の朝食にと買い置きしていたトーストを用意する。
そして俺は、そのトーストの上に、昨日のおじやをぬっていく。
米粒があまり残らないように、よくつぶして。
その上に、チーズと胡椒をトッピング。
「え? え? どうするんだ?」
はらはらとして俺を見ているチョビが聞く。
「まぁ見てな」
チョビが作ったリゾット風のおじやをぬったトーストを。
トースターにぶち込んだ。
「こうやって、トースターでこんがり焼けば……」
ちんっ。
焼きあがった音がしてから、取り出すと。
「チョビ子のおじやを使ったピザ風トーストの出来上がりだ!」
「す、すごいっ!」
チョビが感嘆の声を上げる。
「ま、一人暮らしの知恵ってやつだな」
基本的に料理は出来ないけど。
こういうアレンジだけは気がついたら得意になっていた。
「さ、食べてみようぜ」
「う、うん」
さくっ。
口に含んだ瞬間。
「「うまいっ!」」
俺たちの声が重なった。
濃厚なリゾットソースに、チーズが絡み、そこにトーストの淡白さが混じっていて、バランスよく調和している。
昨日食べたときに思ったんだよな。
トマトソースにかつお出汁が混じりこんで変な味になってたけど。
それを打ち消すような強い味を加えたら、案外いい感じになるんじゃないかって。
チーズがそれを担ってくれたわけだ。
チーズとトマトソースなら相性は抜群だし、そこにちょっとだけかつお味が入ってくると、隠し味として活きている。
「な、チョビ子の料理、失敗じゃなかっただろ?」
「うんっ!」
俺たちは夢中になってピザトーストを平らげる。
もっと食べたいぞとかい言いながらチョビのやつ、追加で焼いたりしている。
「お兄さんのアイディア、すごいなぁ。魔法みたいだぞ!」
嬉しそうにトーストをかじるチョビを見て、俺は苦笑した。
――魔法なんかじゃない。
俺はほんの少し、手を加えただけ。
チョビが作ってくれたおじやがあったから、できたことだ。
「ん?」
俺に見つめられていたことに気づいて、。チョビが顔を赤らめた。
「も、もうっ。食べてるとこあんま見んなよぉ」
俺は笑った。
チョビと一緒にいると、本当に楽しい。
どんな料理でも、美味しくなる。
しいて言うなら。
「……それが魔法かもな」
チョビには聞こえないようにつぶやいた。
* * *
「しかし、あの女の子、もうちょっと主人公に優しくしなきゃダメだと思うぞ」
ピザトーストを齧りながら、チョビが言った。
「ん? ゲームのヒロインか?」
「そうそう」
こくこくと頷く。
「好きな人に素直になれない女の子の典型って感じ」
したり顔でそんなことを言い出した。
「やきもち焼いたり照れ隠しとかですぐに主人公のお兄さんの足を踏むんだもん。年下なのに。あんなことしてたら嫌われちゃうぞ」
「ぶふっ」
俺は思わず噴き出した。
「うわわっ、だ、大丈夫かお兄さん」
「だ、大丈夫、大丈夫」
わ、笑っちまったじゃねーか。
「ど、どうしたんだ急に」
「いや、お前がそれを言うかって思ってさ」
「??」
「もしかしてというか気が付いてないんだろうなぁ」
俺は笑いながら言った。
「あのヒロイン、ほぼ、お前だぞ」
「うぇっ!?」
チョビがピザトーストを落っことしそうになる。
「わ、わ、私?」
「そっ。キャラ設定見たとき、似てるって思ってさ。そうしたら書いてるとどうしても、お前が思い浮かんでくるんだよ」
「な、な、な」
チョビが真っ赤になってわなわなと震える。
「わ、私はあんなことしないぞっ!」
「嘘つけ! 何度俺の足踏んでるんだよ」
「うぐっ」
「振り返って自分の行動を考えてみろ」
「うぅぅぅぅ~」
悔しそうにうなるチョビ。
それから、はっと気が付いたように言った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ヒロインが私だとして」
「うん?」
「主人公はすごくお兄さんっぽいということは……実質上、私たちのお話じゃないかっ!」
「ま、まぁ、そうとも言えるな」
「そ、そそそれが日本全国で発売されるっていうのか?」
あ。
考えてみたらそうか。
「す、すっごく恥ずかしいぞー!」
チョビの叫び声が、狭いアパートにこだました。
※※※※※※※おまけ・アンチョビのターン※※※※※※※
朝の陽光が窓から差し込むアパートの一室。
元気なアンチョビは目覚めるのが早い。
一方で、病み上がりの純一はまだスヤスヤと眠っている。
そんな純一の寝顔を見つめながら、アンチョビは、ほぅとため息をついた。
「お、お兄さんの寝顔……かっこいい……」
いや、実際にはごく平凡な顔立ちなのだが。
アンチョビからすると補正がかかっていてとても素敵に見えるのだ。
恋する乙女なので、それは仕方のないことだろう。
「うぅぅぅ、このまま何時間でも眺めていたくなっちゃうぞ」
というか、今の時点ですでに何十分か経過していた。
本当は早めに起きて、朝食を作ってあげたりしておこうと思ったのだが。
目が離せないのだ。
「うぅん……」
純一が寝息のような声を立てた。
「も、もしかして寝苦しいのか?」
風邪が治ったばかりの純一のことが心配になる。
だが、純一の表情は穏やかだ。
だ、大丈夫みたいだな。
寝息に注目したことで、アンチョビの視線は思わず純一の唇へと移動していた。
お兄さんの唇。
ちょっとがさがさとしているけど、そこが男の人っぽくて、逆にどきどきする。
私よりも、ずっと大きい。
この唇に、キスしたらどんな感じだろう。
「って、だめだろ。そんな妄想!」
顔を赤らめて自分を恥じる。
今一瞬、今ならキスできるとか思ってしまった。
あぁぁぁぁ、なんて不純なんだ私は。
寝込みを襲うなんて最低だ。
せ、背が伸びたらキスしてくれるって、約束したじゃないか。
「お、お兄さんを見てたらおかしくなっちゃう!」
そう言って、顔をそらそうとするのだが。
「ち、ちらっ」
ついつい、横目で純一の唇にまた視線を送ってしまう。
み、見てるだけなら。
想像するだけなら、いいよね?
そんなことを考えた瞬間。
ドアベルが鳴った。
「うっひゃぁっ!」
アンチョビは飛び上がる。
「び、びっくりした。宅配便かな?」
急いでドアのほうへ。
何か大事なものかもしれないし、お荷物取っといてあげよう。
お兄さん、ほめてくれるかも。
っていうか、代わりに宅配便を受け取るのってなんだか奥さんっぽいぞ。
「くふふふ」
にまにましながらドアを開けると、そこには杏がいた。
「やっほー、チョビ子」
「…………」
ばたん。
ドアを閉じる。
するとまたドアベルが鳴った。
せっかく寝てるお兄さんが起きちゃうかも!
しょうがないので再び開ける。
「どう? 一夜を過ごした感想は」
「な、なんで急に来るんだ!」
「いやぁ、ちょっと差し入れをって思ってさ」
杏は大きな紙袋を提げていた。
「差し入れ?」
「そっ。見てみて」
「こ、これは!?」
袋の中身はメイド服だった。
といってもデザインはヴィクトリア王朝風とかではなく、メイド喫茶系。
かなりのミニスカートだ。
「これのどこが差し入れなんだ!」
思わず突っ込む。
「いや、それを着てたら純一さんが喜ぶと思って」
「そんなわけがあるか!」
「それがあるんだよなー」
杏は不敵に微笑んだ。
「私の調査じゃ、お兄さんって若干オタクっぽいからね。こういうの好きなはずだよ」
「ほ、本当か?」
「本当だって。それに男性の10割はメイド服が好きらしいし」
しれっとそんなことを言いながら袋を押し付けてくる。
冗談を言っているようにしか見えないが、杏は侮れないやつだ。
お茶らけているように見えていつも本質を突いている。
「い、一応受け取っておく」
アンチョビは、半信半疑ながらも受け取った。
「そんじゃね」
渡すものだけ渡すと、杏は手を上げた。
「もう帰るのか?」
「もちろん。用事は済んだしね」
そう言って、部屋の中に目をやる。
純一は、平穏に寝ているようだ。
「なぁ、角谷?」
「ん?」
「お兄さんの様子を見に来てくれたんだろ、本当は?」
「べっつにー」
「私一人じゃ手に負えないようだったら手伝ってくれるつもりだったんじゃないのか?」
「さぁね」
手をひらひらとさせ、来たときのようにふらっと去っていった。
ドアが閉まった後。
手渡されたメイド服を広げてみる。
「こ、これはやっぱり、す、スカートが短すぎるぞ」
ちょっと動いたら見えちゃうじゃないか。
「で、でも……」
せっかく杏が持ってきてくれたものだ。
そ、それに、お兄さん、本当に喜んでくれるかも。
しばらく悩んだ後、結局着替えるアンチョビであった。
いかがでしたでしょうか。
リゾット風おじやをアレンジしたピザ風トーストは、まかない料理で実在するようです。
お店のゴージャスなピザではありませんが、仲の深まった2人には、こういう身近なもののアレンジピザも良いかと思い書きました。
2人が追いかける夢も互いに理解し合えて、物語としては1つの着地点になったかと思います。
次回は、エピローグ的なエピソードになります。
ここまでお読みいただいて、本当にありがとうございます!