それから、時は流れて。
冬が終わり、春がやってきて、4月5日。
俺は静岡の清水港にいた。
住んでいる愛知県からはお隣の県だが、何気に清水港に来たのは初めてだったりする。
次郎長で有名なところだっけ?
港はきれいに整備されていて、植樹された桜の木がきれいな花を咲かせている。
富士山も見えるし、風情たっぷりだ。
そんなことを考えていると、海の向こうで、ぼぉぉぉっと汽笛が響いた。
海上には巨大な船。
アンツィオ高校の学園艦だ。
俺は威風堂々たるシルエットを見上げながらつぶやく。
「アンツィオって栃木の高校じゃなかったのかよ」
「ちっちっち。甘いなお兄さん」
俺の隣でチョビが指を振った。
「栃木に海はないんだぞ!」
結構なドヤ顔だ。
それで清水港が寄港地ってわけか。
「静岡だと近いからな。会いやすいぞ」
そう言って、きゅっと俺の手を握る。
「その……寄港するときは必ず連絡するから。会いに来てくれるよな?」
ちょっと心配そうな瞳で俺を見つめてくる。
「バイト頑張って金を貯めるよ。清水までの電車賃ぐらいなら何往復しても大丈夫なぐらいにな」
「よかったぁ!」
チョビが胸をなでおろす。
その胸は……結構でかくなっている。
っていうか、背もさらに伸びた。
真新しいアンツィオ高校の制服は、白いブラウスに紺のネクタイ。
ちょっと短めのスカートの下に清楚な白いタイツを履いている。
見慣れた中学時代のセーラー服と違うから、なんか新鮮だ。
「な、なんだよ」
じろじろと見られていることに気が付いたチョビが照れ臭そうに口を尖らせた。
ここは素直に褒めておくか。
「似合ってるぞ、制服」
「んなっ!?」
ぼんっと音を立ててチョビが赤くなる。
ストレートに褒めたほうが、こいつの反応は面白い。
「に、にに似合ってるって、そ、そっか、そうだな、イタリア好きの私がアンツィオの制服着てるんだ。に、似合って当然だ!」
そう言いつつ、ふぁさぁっと黒マントをひるがえす。
「どうだ、お兄さん! かっこいいだろ!?」
俺は苦笑い。
マントはもちろん、制服には含まれていない。
出会った頃に着ていた軍服コスプレのやつだ。
っていうかそれ、まだ持ってたのか。
なぜ今日着てくるんだよ。
「カッコいいかもしれんが、中二だな」
「こ、高校生だっ!」
がぉっと吠える。
「わかってるよ」
ぽかぽかと叩いてきそうなチョビの頭を抑えて、手が届かないようにすると、ふてくされたように言った。
「結局、お兄さんの背丈に追いつかなかったなぁ」
「半年でそれだけ伸びたら十分だろ」
「だって、まだつむじに触られちゃうんだもん」
「それはしょうがないよ」
去年の冬にしたチョビとの約束。
チョビの背が、俺につむじを触られないぐらいまで伸びたら、キスをするという約束。
「ふんっだ」
拗ねたようにツインテールの毛先をいじる。
「お前さ、髪の毛の量が多いから重量で背が伸びないんじゃないの?」
「んなわけあるか!」
また吠えられた。
子犬ほどよく吠えるからなー。
と、そんなことをして遊んでいると。
『入学式に参加予定の生徒は学園艦に乗ってくださーい』
学園艦からアナウンスが聞こえてくる。
そう。
今日は、アンツィオ高校の入学式だ。
「それじゃしばらく、お別れだね」
「あぁ」
チョビが俺と向かい合う。
向かい合うのだけど。
何かをぐっとこらえるように、うつむいている。
モスグリーンの見慣れたつむじが、以前よりも、少し高い位置にある。
こうやって見つめると、本当に背が伸びた。
もちろん、男の俺と比べると低いけれど、もう出会った時のような小さな女の子という印象はしない。
「どうしたんだよ、チョビ子」
俺を見つめたまま、じっと動かないチョビに問いかける。
さっきまで波止場で騒いでいた他の新入生たちは、徐々に学園艦に乗り込びはじめた。
「ほら、行かなきゃ。入学式が始まちゃうぞ。お母さんたちだって先に行ってるんだろ?」
俺が促すと。
泣きべそをかきそうな表情でチョビが顔を上げた。
「や、やっぱり、お兄さんと離ればなれになりたくない」
おいおい。
今ここでそれを言うか?
お互いの夢を追う。
それは。
もう決めたことじゃないか。
「チョビ子……」
そんなんじゃ駄目だぞ、と言おうとした時。
突風が吹いた。
港に植えられた桜が、花吹雪になって散る。
それに目を奪われた瞬間。
唇に、柔らかいものが、触れた。
「あっ」
つま先立ちで背伸びしたチョビが、俺にキスしていた。
「え、えへへ」
照れたようにはにかむと、こんなことを言う。
「我慢できなかった」
が、我慢できなかったって、おい。
「まだ、つむじには触られちゃうけど。背伸びしたら唇が届くぐらいには背が伸びたからね!」
そう宣言するチョビの表情は、もう泣きべそをかいてなんていない。
俺と向き合ったまま、数歩後ろに下がると。
ぐっと拳を突き出した。
「お兄さん、大好き! 学園艦に乗っても、愛してるぞ!」
そう叫ぶと、学園艦に向かって一目散に駆け出した。
まだ港に残っていた生徒も、学園艦へのスロープを上っている生徒も、みんな興味ありげにこちらを見ている。
俺はため息をついた。
――まったく。
初めて会った時から変わんない。
恥ずかしいやつめ。
けど、俺もなぜだか、ニヤニヤが止まらない。
ノリと勢いで突っ走る、このまっすぐな女の子のことが、大好きでたまらないからだ。
(おしまい)
これで完結になります。
ここまでお読みいただいて、本当にありがとうございます。
ラブコメを書くのが苦手だったのですが、読んでくださった皆さまの励ましの言葉に助けられて、完結まで書ききることが出来ました!
本当に、本当にありがとうございます!
また、明日の夏コミ(2日目南イ43aピザデリック)で、挿絵をつけた冊子版として配布いたします。もし宜しければ、ぜひお立ち寄りください。