2週間以内の更新を心がけていきたいと思います。
チョビと出会って、一緒にピザを食った日から、はや3週間。
〝あ、ありがとう。必ず電話するから〟
そう言って俺の渡した電話番号を大切に握り締めた少女から、未だ電話は来ない。
約束を守る律儀な雰囲気があったから、ちょっとだけ裏切られた気分だった。
とはいえ、たった1200円のお金を返してほしいというわけでもない。
バイトもしている大学生としては、別に無理やり子供から取り返そうと思うような金額でもなかった。
だから俺から電話をかけて「お金返して」というのは違うと思う。
しかし。
なんかもやもやする。
何なんだろうな、これ。
「アイツといると、なんかワクワクしたんだよなぁ……」
独り言をついついつぶやいてしまう。
俺には兄弟がいない。
もしも、歳の離れた妹がいたらあんな感じなのだろうか。
妙に気が合ったような気がしたんだよなぁ。
だから尚更、約束の電話がかかってこないと、ちょっとした虚しさを感じてしまうのかもしれない。
楽しいって思った気持ちが俺の一方通行だったような。
「まぁ、そんなもんかぁ」
机に突っ伏した。
あ。
ひんやりと気持ち良い。
そんな俺のほっぺたを、細い指がつねった。
「いたたた! な、何すんのさ、アズミ」
「今、講義中。寝るのはよくないと思うよ?」
声のほうを向くと、隣の席の大人っぽい雰囲気の女の子が、やれやれといった表情で俺を見ていた。
実は今、大学の講義中なのだ。
「最近、なんかジュン君、元気ないよね。何かあったの?」
「あ、それ。私も気になる」
アズミのさらに奥から二人の女の子がひょこっと顔を出した。
赤茶けたロングヘアーの子がメグミで、メガネの気の強そうな子がルミ。
いわゆる仲良しトリオってやつだ。
噂ではバミューダ3姉妹とか呼ばれているとかいないとか。
俺とはこのファジー理論の履修が一緒。
以前たまたま席が近くなって以来、なぜかちょこちょこ絡んでくる。
大学でもひときわ目立つ美人さん3人に絡まれているとほかの男子生徒の視線が痛い。
俺みたいな、あか抜けない男に絡んで何が楽しいのやら……。
「いやいや、何にもないよ。何にも」
俺は冷や汗をたらしながら手のひらをひらひらさせた。
下心ではないにせよ、女の子(それも中学生)からの着信を待っていたとか、口が裂けても言えねぇ。
「え~? 怪しいなぁ」
メグミがジト目で俺をにらむ。
「ジュン君って、講義が終わるとすぐにどっかに消えちゃうし。なんか隠し事がいっぱいありそう」
「なに言ってんだよ。それはバイトに行ってるだけだから」
「へぇ、バイト? バイトってなんの?」
ルミが興味津々といった感じでたずねてくる。
「たいしたことじゃないよ。コンピューター関係」
「え? コンピューター? 学部と関係ないよね」
「たまたまだよ。知り合いのツテでバイト探したらそういうのだったってだけ」
「ふぅん」
納得しきらないといった表情でルミがつぶやくが、俺は無視してスクリーンのほうを向く。
視聴覚室を使ったファジー理論の講義は、前面に設置された大きなスクリーンに教授が作ったパワーポイントが映し出されるスタイルだ。
「ほら、授業中でしょ。そっちこそ教授に怒られちゃうよ」
俺がそう言うと、「つまんないの」という3姉妹の声が聞こえてきたが、苦笑いして講義に集中することにした。
* * *
正直なところ、大学にはあまり馴染めていない。
なんとなく大学には行かなきゃならないのかなと思って入学したはいいが、講義にもサークル活動にも没入できなかった。
あまり通わないでいるうちに単位をろくに取得できないまま20歳を過ぎてしまった。
だからこの講義は、本来は1回生が取る講義で、アズミたちも実は年下だ。
向こうは知らないかもしれないけどね。
正直なところ、俺の生活はバイト中心に回っているようなものだ。
* * *
講義をぼんやりと聴き終えると、一人で食堂に立ち寄った。
別に食事をとるわけでもなく、缶コーヒーをひとつ買って、端っこの席に座る。
カバンから読みかけのラノベを取り出して読もうとすると。
携帯電話がぶるぶると震えていた。
「もしかして」
ディスプレイに映し出された番号は非通知だった。
「……何だ、またか」
いらっとしてつぶやく。
ここ数日、連続で非通知の電話がかかっていた。
嫌がらせかよ。
いつもなら無視をするところだが、期待してディスプレイを見ただけに虫の居所が悪かった。
一言怒鳴ってやろうか。
まさか取るだけでお金を請求されたりはするまい。
俺は通話ボタンをタップする。
「こらっ!」
「うひゃぁぁ!」
あ、あれ?
受話器から聞こえてきた声に聞き覚えがあるような。
「ごごご、ごめんなさい、ごめんなさい。お金借りっぱなしでおおおお怒ってますか?」
……チョビだ。
これチョビだ。
「あ、いや。怒ってないけど」
「ほ、ほほほ本当か?」
かわいそうなぐらい動揺してチョビが聞き返す。
電話口で震えてるのが目に見えるようだ。
「いや、本当だって」
「で、でも。今さっき〝こら〟って」
「それはいたずら電話と勘違いして……ってか何でお前の電話、非通知なんだよ」
「ふぇ? 非通知?」
チョビがきょとんとした声で答える。
あぁ、もしかして家の電話が非通知設定になってるのに気がついてないのか。
たまにそういう家あるからなぁ。
「お前の家の番号な。こっちのディスプレイには非通知って出るんだわ。それで、不審な電話と勘違いした」
「あ。それじゃ、何度かかけたけど出てくれなかったのも」
「やっぱお前か。いたずら電話だと思ってたんだよ」
「よ、よかったぁ~」
心底ほっとした声を出す。
「お、お兄さんに嫌われちゃったんじゃないかと心配したぞ」
「急に嫌ったりなんかしないって」
「でも、すごく遅くなっちゃったから」
「あ。そうだ。お前、3週間もどうしてたんだよ」
「その……お金を稼いでたんだ」
「へ?」
お金?
「うちさ、弟もいるからお小遣い少ないんだ! それにその、戦車道グッズとかでお金つかっちゃった直後だったから」
「あぁ~そういうことか」
「うん」
「でもどうやってお金を? 中学生はバイトできないだろ?」
「お母さんの家事の手伝いしたりとか、お父さんの肩を叩いたりしてこつこつ貯めたぞ!」
チョビが自慢げに言う。
なんか微笑ましいな。
俺の脳裏に、家でチョビがお母さんと一緒に料理したり、お父さんの肩を叩いたりしている映像が浮かんだ。
それじゃ、何処かで会って返してもらうか。
お金は返してもらっても、代わりにコーヒーぐらいご馳走してやってもいいしな。
そんなことを考えていると、電話口のチョビが意外なことを言った。
「だから、来週の日曜日。隣町の駅前のデパートのレストラン階で待ち合わせでいいか?」
「え?」
「そこにすっごくおいしいピザ屋さんがあるんだ。今度は私が全額出すから、お兄さんは財布持ってこなくても大丈夫だぞ!」
あれ。
いつの間にか。
お金を返すんじゃなくてピザをピザで返すことになってるぞ。
* * *
次の日曜日。
俺はいつものパーカーを着て隣町の小さなデパートへ。
懐かしいな。
子供のころ、よく母親に連れてきてもらった。
屋上遊園が好きだったなぁ。
大学に入ってからはもっと都会のテナントビルとかショッピングモールとかに行くようになってたから、本当に久しぶりだ。
自動ドアをくぐって中に入ると、いかにも古めかしい館内照明に不思議な郷愁を感じる。
地方都市の小規模なデパート。
こういうのって段々、淘汰されていくのかなぁ。
レストランフロアは……5階か。
エスカレーターで5階へあがる。
お昼時だというのにあまり人がいない。
みんな、もっとおしゃれな施設へと移ってしまっているのだろうか。
そんな閑散とした中に、ひときわ目立つものがあった。
黒いマントを着込んだ少女だ。
ってか、チョビだ。
何だその格好。
「あっ、お兄さん!」
俺を見かけたチョビが嬉しそうに走りよってくる。
そういうところは子犬チックで可愛いな。
「よぉ。お待たせ。ってか何、その服装」
「これ? カッコ良いだろ~!!」
自信満々のドヤ顔で黒いマントをひるがえす。
あ、中は軍服っぽいデザインなんだ。
「もしかしてそれって、戦車道のコスプレ?」
「コスプレ言うな!」
チョビがくわっと突っ込みを入れる。
「これは由緒正しいイタリア軍の軍服をアレンジした服なんだぞ」
そう言って、したり顔で指を振った。
「これからピザを食べに行くのにうってつけってわけ」
「さいですか……」
「お兄さん、わかってないなぁ」
いや、多少なりとも可愛い私服を期待した俺が馬鹿でしたよ。
「それで、ここがそのお店?」
「そっ。イタリア料理店〝ダル・ポッツォ〟。50年もここにある老舗なんだってさ!」
まるで自分のことのように自慢げにチョビが両手を広げて説明する。
50年か。
確かにこのデパート自体が古いもんな。
それだけ長い間、経営が成り立ってるってことは、地元で愛されてる店なんだろう。
〝ダル・ポッツォ〟の入り口は、いかにも無味乾燥なデパートのレストランの食品ディスプレイという雰囲気。
古めかしい食品サンプルが透明なケースに並べられていて、歴史を感じさせる。
しかし、デパートのレストランって高いっていう印象なんだが。
大丈夫なのか?
俺はチョビをちらりと見る。
彼女は意気揚々と「さぁ行くぞ~」とか言って店に入っていく。
「うわぁ……」
中に入って思わず感嘆の声が漏れた。
入り口の地味な雰囲気とは打って変わって、店内の内装が凝っている。
木の板を張り巡らせて仕上げられた丸みを帯びた壁は、まるで船の中にいるように感じさせられる。
事実、そういうイメージなのだろう。
船の窓風の丸い窓が、壁に等間隔に並んでいる。
店内はデパートの照明同様、薄暗い。
だがその薄暗さが逆に独特の雰囲気を醸し出していた。
まるで深い海にもぐった船の内部にいるような気分になる。
大海原を行く、豪華客船。
テーブルごとに配された古めかしい擬似キャンドル風のライトも実に味わい深い。
「か、かっこいい」
チョビが感激したようにつぶやく。
「俺もそう思った」
同意すると、嬉しそうにこちらを見上げて微笑んだ。
「さぁ、お兄さん、座ろう! あ、私あの大きな窓のそばの席が良い!!」
はしゃいで駆け出そうとすると、店員の老紳士が恭しく言った。
「お客様。私どもがご案内いたしますので」
「あ、あぅぅ、ごめんなさい」
チョビが顔を赤くして立ち止まった。
老紳士の粋な取り計らいか、チョビが所望していた大きな窓のそばの席に案内された。
席に着くと、擬似キャンドルの灯がひときわ大きくなった。
「うわっ! すごい!」
チョビが目を輝かせる。
「どうやったんだ、今の」
「実際の火じゃないんだよ。これ。中の灯りは遠隔操作できるようになってるんだろうね」
「へぇ~」
そんなことを言っていると、老紳士がメニューを持ってきた。
無言のまま、洗練された動作で羊皮紙のメニューを置く。
俺はざっと目を通すと……。
け、結構高いな。
ともすれば先日のイタリアンバルよりも高いメニューも多いんじゃないか?
「なぁ、チョビ子」
「ん? 何だ?」
「結構高いけど、本当に大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫! 1500円までなら、なに頼んでも良いよ」
「わかった」
まぁ足りなかったら自分で出すけどね。
そもそも、俺が先日おごったのは1200円だ。
それ以上のものを注文するつもりはない。
ふむ……。
このマリナーラ(1150円)ってのが美味しそうだな。
「俺は決まったぞ。チョビ子は決まったか?」
「うん! 決まった。って言うか、来る前から決めてたんだ。このDPS(1980円)ってのにする!」
「有名なの?」
「この店を教えてくれた友達のお勧め」
「へぇ」
こちらの会話が聞こえていたのか、老紳士がやってきた。
「ご注文はお決まりですか」
「はい。えっと、俺はこのマリナーラのレギュラーと」
「私は、このDPSのレギュラーで!」
「かしこまりました。では、ドリンクはいかがいたしましょうか」
「「へ?」」
二人して顔を見合わせる。
ドリンク?
セットなんて頼んでないけど。
「えと、ドリンクとは?」
「当店、ワンドリンクオーダー制となっておりまして……」
老紳士が申し訳なさそうに言った。
マジですか。
そういう店があるとは聞いたことがあったけど、まさか大当たりするとは。
俺はあわててメニュー表のページをめくる。
あ。
本当だ、明記してある。
そんでもって、ドリンクのお値段は……。
……ん?
ウォーター、350円?
え?
「まさか、頼まないと水も出なかったりします?」
「左様です……」
老紳士が頭を下げた。
一方、チョビは……。
「え、えぇっと。お水が350円で、×2で700円で、DPSが1980円で、マリナーラが1150円で……」
必死に計算していた。
「2830円! なーんだ大丈夫! ぜんぜん余裕だっ!」
そして盛大に間違っていた。
「アホか! 3830円だ!」
「うぇ? ほ、本当か?」
「お前、本当に頭悪いなぁ……」
「うぐぐぐ、言い返せない」
ひとしきり悔しがった後、チョビが顔を真っ青にする。
「で、でも……3830円だと、お金が足りない……」
「マジかよ。お前いくら持ってるんだ?」
「3500円……」
微妙に足りないな。
「330円ぐらい俺が出すよ」
「そ、それはダメだ!」
チョビが即答する。
「今日は借りを返すために来たんだからな! そういうのは絶対にダメだ!」
「それじゃ俺がもっと安いのに……って、マリナーラより安いのって、マルゲリータ(1090円)だけか。ほとんど無意味だな」
「わ、私がもっと安いのにするから」
「でも、DPSってのが食べたかったんだろ?」
「う、うん……」
なんか良い方法ないかな。
こいつも納得するようなの。
俺はメニュー表を睨み……ひとつ思いついた。
「あの、店員さん」
「はい」
「このお店って、ラージサイズってどれぐらいですか?」
そう。
メニュー表には、レギュラーサイズ以外にラージサイズの値段も書いてある。
レギュラーサイズに少し上乗せという程度だが、大きさは如何ほどだろうか。
老紳士の店員が、よく気づいたといわんばかりに微笑んだ。
「はい。当店のラージサイズは、お二人でお分けするすることが十分に可能なほどの大きさとなってございます。非常にお得であるかと」
「よしっ!」
ということは……。
チョビが食べたがっているDPSってのは……ラージサイズが2480円。
これなら水代700円を足しても3500円に収まる。
「わかりました。では、DPSのラージサイズをひとつ、あと、お水を二つください」
「かしこまりました」
恭しくお辞儀をして、老紳士が厨房へと去っていった。
ふぅ。
緊張した。
二人で一枚しか頼まないのってマナー違反じゃないかと心配だったが、特に問題なかったみたいだ。
「お、お兄さん……」
ふるふると震える声でチョビが俺を呼んだ。
「ん? なんだ?」
「…………そ、その」
顔を真っ赤にして俯いている。
そして、消え入りそうな声で言った。
「あ、ありがとう……」
「気にすんなって」
俺はサムズアップした。
* * *
ひと段落ついたこともあって、そこで唐突に会話が途切れてしまった。
なんかチョビは赤くなって、もじもじしたままだし、調子が狂ってしまう。
店内が静か過ぎることも原因のひとつだった。
前のイタリアンバルは込み合っていたからなんとなく会話がしやすいような雰囲気だったが、この店は客がほとんどいない。
というか、目に付く限りでは俺たちだけだ。
おかげでなんだか、お互いの声が響くような気がして、妙に照れてしまう。
俯いてもじもじとするチョビを見て、ふと女の子と二人きりなのだということを強烈に意識してしまいそうになった。
これって一歩間違えればデートじゃないか。
しゃべりやすい友達みたいな雰囲気だから忘れていたけど。
子供とはいえ、チョビもれっきとした女の子なんだよな……。
そんなことを考えていると、ふと顔を上げたチョビと目が合ってしまった。
お互い急いで目をそらす。
と、そんな時。
ステルス能力でも備わっているのかってぐらいに無音で老紳士が俺たちの机に一本のボトルを置いた。
「あ、あの、これは?」
おしゃれなガラス瓶に入ったそれは、海外のビールか何かのようにも見える。
「イタリア製のスパークリング・ウォーターでございます」
老紳士が小さくウィンクした。
「ほかの方には内緒ですよ。お水の代わりにサービスです」
そう言って、ワイングラスを俺とチョビの前に置いた。
「す、すぱーくりんぐうぉーたーって、なんだ??」
首をかしげるチョビに、俺は言った。
「炭酸入りの水みたいなもんだよ。おっ、これ、天然の発泡水なんだってさ」
「え? ソーダみたいな感じか?」
「ソーダから甘さを引いた感じかな」
「へぇ……っていうか、ソーダの泡って天然に存在するものなのか?」
「有馬の鉄砲水とか知らないか?」
「??」
チョビが首をかしげる。
「まぁそういうのがあるんだよ」
言いながら俺は、チョビのワイングラスに水を注ぐ。
グラスの中でしゅわわわっと微泡がはじけた。
「お。おぉぉぉ、なんか面白いぞ」
チョビが目を輝かせる。
「飲んでみろよ、しゅわしゅわするぞ」
「の、飲んで大丈夫?」
「危険なものをお店が出さないから」
恐る恐る、グラスに口をつけるチョビ。
はじめはゆっくりと、だが、すぐにごくごくと飲み始める。
「これ! おいしい! 普通の水とぜんぜん違う!」
「それじゃ俺も……おっ!」
それは驚くほどに口当たりのいい発泡水だった。
ウィ○キンソン炭酸とか能○天然水ソーダとかとは、何かが根本的に違う。
泡が自分を主張していないのだが、しっかりと舌や喉にしゅわしゅわ感が感じられる。
なんだ、このスーパー・スムースな飲み物は。
思わず軽く一杯飲み干してしまうと、目の前でチョビがニヤついていた。
「お兄さん、飲み物飲むときはなんか子供みたいだよね」
「うっさい!」
そのとき。
テーブルの上に、注文のピザが運ばれてきた。
おぉ! でかい。
これがラージサイズなのか!
大き目のフライパンよりもまだ一回りか二回りぐらいありそうな大きさだ。
これなら確かに二人で分けてもお腹が一杯になるな。
同じことを考えていたのだろう。
チョビが俺に向かってVサインをした。
「さて、熱いうちに食べようか」
「そうだね!」
二人お互いにうなづいて、目の前の一切れに手を伸ばした。
DPSは、不思議なピザだった。
トマトソースを平たく塗って焼いた生地の上に、ルッコラと、トマトとチーズが乗っている。
トマトとチーズはどちらもダイス状にカットされている。
だが。
それらが、〝焼かれた形跡はない〟。
普通、チーズは生地の上で焼かれてこそ、あのトロッとした形状になるわけなのだが。
このピザにおいてはそれはそのままダイス状の形を保ってサクサクの生地の上に鎮座している。
トマトも同様で、舌に触れると、その果実みのみずみずしさが感じられるほど。
俺は思わずつぶやいた。
「まるでアツアツのピザの上にフレッシュサラダが載ってるみたいだ」
「あ! 上手いな!」
チョビが微笑んだ。
「なんか、すっごく不思議な味! 熱いのと冷たいのが口の中で一緒になるみたい!!」
その言葉に俺もうなづく。
「そんでもってさ。トマトソースは濃厚なんだけど、上の具材がすっごく新鮮でさわやかだから、全体としてはすっきりした味になってるな!」
「うんうん!」
チョビが納得したようにうなづく。
一切れ食べ終えて、発泡水を喉に流し込んだ。
う、美味い!
ピザと合わせると、なおさら淡白な水の透明な美味しさが感じられる。
俺たちは夢中で手を動かして、大きなピザをあっという間にほとんど完食してしまった。
今、お皿の上に残されているのは一切れだけ。
「あれ? 残っちゃったぞ」
チョビがつぶやく。
「何切れだったのかな。二人で割れない数だっけ」
「ちゃんと見てなかった」
「どうするかな……」
と。
相変わらずチョビは、物欲しそうな目で最後の一切れを見つめている。
……この食いしん坊め。
俺は笑いながら言った。
「それ。お前が食べなよ」
「え、そ、それは悪いぞ」
「どうして?」
「だって。この前もピザ分けてもらったし。私ばっか貰ってるような気がする」
「育ち盛りなんだから食べとけよ」
「こ、子ども扱いすんなっ!」
言いながらも、チョビの目は最後の一切れに釘付けだ。
「いいから。ほら」
俺はその一切れを手にとって、チョビの小皿に置いてやった。
「冷め切っちゃうぞ」
「お、お兄さんの、ゆ、指で触ったピザ!?」
「ん?」
チョビがなにやら顔を真っ赤にしている。
あ、もしかして俺が触ったピザは嫌だったかな。
思春期の女の子だし、そういうのには敏感かも。
俺は娘に疎まれる父親の気分を味わいながら問いかけた。
「悪い。指が触れたのは嫌か?」
するとチョビはぶんぶんと手を振って否定した。
「あ、あぁ、いや、ち、違うんだ! 嫌とかじゃない! む、むしろドキドキするというか」
何か呟くと、キッとピザを見つめて宣言する。
「そ、それじゃ、貰っちゃうかんな?」
「あぁ。どうぞ」
意を決したように最後の一切れをぱっくっと食べる。
「!!」
「どうした?」
「お兄さん、これ、すごい!」
食べ終えたチョビが身を乗り出した。
そして満面の笑顔でうっとりとつぶやく。
「上に載ってたチーズが、ピザの熱で溶けてトロッとしてた! 時間がたったら味わいが変わるんだ~」
嬉しそうなチョビを見て、俺もついつい頬が緩んでしまった。
* * *
会計時に、発泡水のお礼を言いつつ、老紳士に問いかけた。
「そういえば、DPSって何の略なんですか?」
「ダル・ポッツォ・スペチャーレの略でございます。当店〝ダル・ポッツォ〟の看板商品ですので」
なるほどね。
どおりで携帯で調べても出てこなかったわけだ。
* * *
「今回のお店も美味しかったな! お兄さん!」
満足げにお腹をさすりながら、チョビが笑う。
俺たちは店を出て、今はゆっくりとデパート内を歩いていた。
「あぁ。大当たりだった。チョビ子のチョイスのおかげだよ」
「へへへ~」
思わず頭を撫でたくなってしまったが、すんでのところで思いとどまる。
いくら妹みたいとは言え、それはさすがにまずいよな。
そんな俺の動作に気がついたのか、チョビが俺を見上げた。
「ん? どうしたんだ? お兄さん?」
キョトンとした顔が可愛い。
「あぁ、いやなんでもないんだ」
俺はドギマギして答えた。
「ふふ。やっぱ変な奴♪」
初めて会ったときにも言われたセリフ。
チョビにとって俺って、ちょっと話しやすい変なお兄さんって感じなのかなぁ。
「あっ。そういえば」
俺はふと思い出した。
「このデパートに来たときからさ、見てみたい場所があったんだった」
「どこどこ?」
「屋上遊園。今でもあるのかなって」
「屋上遊園……ってなんだ?」
こ、これが世代間ギャップか。
「デパートの屋上に遊園地があるんだよ」
「本当か? 何それ、行ってみたいぞ!」
チョビが目を輝かせた。
* * *
屋上遊園は、デパートの中以上に廃れていた。
機械で動く遊具のほとんどが壊れたまま放置されていて、店員さんもいない。
張り紙が貼ってあった。
『屋上遊園地を長らくご愛顧いただきありがとうございます。当園は、本年7月いっぱいをもって閉鎖し、今後はルーフトップ・ビアガーデンとして生まれ変わります』
……。
なんか、少しだけ郷愁を感じた。
子供のころに親につれてきてもらっただけだし、ずっと屋上遊園のことなんて忘れていたけれど。
それでも、妙に切ない気持ちになる。
「お兄さん、元気だしなよ」
チョビが俺の背中をつついた。
「べ、別にそこまで悲しんでないよ」
「あははは」
笑って、遊具のひとつへと駆ける。
子供用のパンダの乗り物に腰掛けて問いかける。
「小さいころのお兄さん、このパンダに乗ったのかな?」
「たぶんね。ここの乗り物はほとんど全部乗ったと思う」
「全部?」
「うん。うちの親が何回も連れてきてくれたからなぁ」
するとチョビは、少しだけさびしそうな表情をした。
「いいなぁ。うらやましいぞ。私はお母さん、あんまりどこにも連れてってくれないんだ。弟が年近いから。そっちの面倒ばっか見てて。私はいつも、ほったらかし。年上に甘えたりする機会、全然なかった」
そう言って、俺をじっと見た。
「だから……その。お兄さんと会うの、すっごく新鮮なんだ。うち、お兄ちゃんっていないから。なんかこう、お兄ちゃんがいたらこんなのかなぁって感じがした。だ、だから、さ……」
そこで少しだけ言葉を言いよどむ。
意を決するように顔を上げて、言った。
「えっと。その、さ。も、もしよかったら、またピザを一緒に食べに行かないか?」
チョビはそう言い放つと、真っ赤になって火照った頬に自らの手を触れた。
照れ隠しみたいに、早口で言葉を続ける。
「や、その。ふ、深い意味はないんだぞ? 二人で食べるピザってすごく美味しいんだなって気がついたから! また食べたいなって! そ、それだけ! それだけだかんな!」
わたわたと手を振る。
そんな様子が妙に可愛い。
ちょっと意外な提案だったけど、すごく嬉しかった。
俺も、チョビと食べるピザはすごくおいしいって思っていたからだ。
「俺もおんなじこと考えてたよ」
微笑んでそう答える。
「チョビ子と食べるピザ、すごくおいしいよ。また食べに行こう」
「ほ、本当か?」
「もちろん」
そう言うと、チョビの表情がぱぁっと明るくなった。
「そうだよな! やっぱり二人で食べるピザっておいしいよな!」
それから、聞き取れるか聞き取れないかぐらいの声でつぶやいた。
「あとまぁ、その。お兄さんとしゃべるのって、す、すっごく楽しいし……」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもない! なんでもないぞ!」
チョビがぶんぶんと両手を振った。
「ならいいけど」
確かに何か言ったような気がしたんだけどなぁ。
俺がいぶかしんでいると、チョビが問いかけてきた。
「あ、そ、そうだ! お兄さん、次に行くピザ屋さんどうしようか? なんかいいお店知らないか?」
あからさまに話題を変えようとしていないか?
でもまぁ、これ以上追及するのも野暮なような気がするので、話題に乗っかってやるか。
ピザ。
ピザ屋ねぇ。
どっかあったかな。
「俺も別にピザに詳しいわけじゃないからなぁ……あ。そういえば」
「心当たりあるのか?」
「バイト先のすぐ近くに、こじんまりとしたイタリア料理店があったような……」
と、思わず言ってから後悔する。
しまった!
この会話の流れだと……。
「それじゃそこ行きたい!!」
あちゃー。
やっぱそうなるよな。
俺は軽々しい自分の言葉を恨む。
「あ、あぁ、でもさ。行ったことないから。味の保障はできないぞ?」
「そんな時はそん時だよ! それに、お兄さんと二人で食べたらどんなピザでも楽しく食べられるし!」
うわぁ。
そんな嬉しいこと言われたら断れないじゃん。
俺が迷っていると、チョビがしゅんとした表情で俺を見つめた。
「……い、嫌なのか?」
俺は思わず首を振った。
「い、嫌じゃないよ。大丈夫。次はそこへ行こう」
「やった! それじゃ約束! 絶対だよ?」
「あ、あぁ」
何とか作り笑いを崩さなかったが、俺は内心では冷や汗だらだらだった。
* * *
翌日。
大学の講義の後、いつもどおりバイト先へと向かう。
およそ30分の道のりをてくてくと歩き、大き目の交差点を渡る。
あまり手入れのされていない小さな公園の脇に、バラック小屋のような建物が。
ボロッちいが、これでも俺のバイト先の社屋なのだ。
波状ストレートの扉の上に、手書きで〝有限会社 FOCUS〟の文字。
ため息交じりに扉を開けると、壁一面に貼ってあるカラフルなポスターが目に飛び込んできた。
そのポスターには、アニメチックな絵柄で、女の子が数人描かれている。
女の子たちはみんな媚びた表情で、大きな瞳を潤ませている。
しかも服装は、ほぼ半裸。
右上に『みんな一緒にギュッとして?~妹はおにいちゃんに夢中3~ 10月23日発売予定!』の文字。
「こ、このこと、チョビ子にバレたらやばいよな……」
俺はそのポスターを見上げながら、呆然としてつぶやいた。
そう。
俺のバイト先。
有限会社FOCUSは、ちょっと(?)エッチなゲームの開発会社なのだ。
※※※※※※※おまけ・アンチョビのターン。ピザを食べに行く前日※※※※※※※
タンスを開けて、アンチョビはため息をついた。
か、可愛い服が……ない。
普段の洋服はどちらかといえば機能性重視の簡素なデザインものが多い。
おしゃれに興味がないわけではないのだが、どちらかといえば姉御肌な自分のキャラ的に、可愛い服を買うのは気恥ずかしい。
それでついつい、似たような少しボーイッシュなものばかりが揃ってしまっている。
「うわぁぁぁ。こういう時のために、スカートぐらいちゃんと買っておけばよかったぞ!」
一人頭を抱えて身もだえする。
明日は、純一とデパートにピザを食べに行く約束の日。
お金を返すという名目はあれども、妙に気の合う年上の男性と二人っきりのお食事なのだ。
それなりの服装をしたいという気持ちはある。
だがよくよく考えてみると。
気合を入れすぎるというのもおかしいのではないだろうか。
そんな心配がむくむくと沸き起こってくる。
で、デートというわけでもないんだし。
あくまで借りを返すためであって、可愛い服装をする必要なんてなくて。
い、いや、でも。
お、男の人と二人っきりで食事って、やっぱりデートになるんじゃないのか!??
「で、ででで、デート?」
その単語をつぶやくと、頭の中が爆発しそうになる。
うぁぁぁぁ。
やばい。
このままではおかしくなってしまう。
「あぁぁぁぁぁ、ど、どうすればいいいんだぁぁぁ」
気恥ずかしさに床をごろごろと転がっていると、ふと、タンスの奥にたたみこまれている一枚の洋服が目に付いた。
「あ。これって……」
手にとって広げる。
ふわっとした素材の優雅な白いワンピース。
スカートの裾の部分に、淡い色彩で花柄が刺繍されている。
去年、母親が「ちーちゃんも、こういうの一枚ぐらい持っておきなさい」と誕生日に買ってくれたものだ。
それ以来一度も着ていないのだが……。
すっごく女の子らしい服。
き、着てみよう、かな?
恐る恐る、ワンピースのボタンをはずした。
* * *
「こ、こここれは……」
鏡の中に映る自分を見て、赤面した。
普段絶対に着ないような白いワンピースに包まれたアンチョビは、やや長めの巻き髪のツインテールも相まって、さながら避暑地のお嬢様のようだ。
似合っているかいないかといえば、確実に似合っている。
いや、むしろ、少し強気そうな瞳とのギャップの効果もあって、普段のボーイッシュな服装よりも素敵ですらある。
だが。
アンチョビ自身にとっては、別人のように見える自分自身が怖くもあった。
鏡の中に映っている自分は、自分じゃないみたいだ。
くるり、と鏡の前で回ってみる。
スカートがふわりと揺れる。
ゆるやかなドレープがひどく甘美だ。
〝こ、この服で会ったら、お兄さんは、どんな反応するだろう?〟
そんな想像がふと頭をよぎる。
褒めてくれるだろうか。
も、もしかしたら……か、可愛いって言ってくれたり……。
すると、一気に恥ずかしさがこみ上げてきた。
「うわぁぁぁぁ、もう! やめ、やめ! 私らしくないぞぉ!」
そう叫んで、ワンピースをがばっと脱ぎすてる。
「こういうのは、わ、私には絶対に合わないよ、うん!」
自分で自分に言い聞かせるようにつぶやいて、幾度も肯首する。
「わ、私といえば、戦車道。大好きなイタリア軍風の洋服が、一番似合ってるよな? うんうん」
そんなこんなで。
照れ隠しも相まって。
可愛い服どころか、イタリア軍服風の衣装を選んでしまうアンチョビであった。
(続く)
大学側で愛里寿ちゃんも出したいけど、ちょっと時系列が合わないので思案中。
ちなみに、ピザ屋さんダル・ポッツオは、イタリアのバンド、ピッキオ・ダル・ポッツオから。