心から感謝いたします。
本当に励みになります!
その日も俺は、バイト先のゲーム会社でデバック作業に没頭していた。
今回のゲームは、ヒロインが多い。
めちゃくちゃ多い。
全部で40人もいる。
教室が一つ埋まりそうな勢いだ。
ってかタイトルも、『転生したら女子校の学年主任でクラス全員に惚れられていました』だからな。
一人の原画家さんがすべてのキャラを描く余力がなかったのだろう。
複数の原画家さんに発注したから、画風の異なるキャラクターが混在している。
塗りでなんとか統一感を出そうとはしているのだが……。
「これって違和感ないのかなぁ」
思わずそんな言葉をつぶやきつつ、左クリックを繰り返す。
俺のつぶやきが聞こえていたのか、隣の席の新見さんが話しかけてきた。
30代ぐらいの小太りのおじさんなんだけど、たまに繁忙期にだけデバッグの手伝いにやってくる謎の人だ。
「違和感はあるかもしれないけど、これだけいろんなヒロインがいればユーザーの好みには幅広く対応できるから」
「まぁ、それはそうですね」
俺は左クリックを続けつつ答える。
おっ。
新しいキャラの登場だ。
背が低めのツインテールか。
『せ、先生のことなんか認めないかんな!』
小生意気なしゃべり方で、べーっと舌を出す。
強がってる感じだけど、ちっこいから全然怖くないな。
むしろ可愛いぐらいだ。
ふむ。
ちょっと雰囲気がチョビに似てるかも。
「樋口君さ、気に入ったキャラとかいる?」
なおも新見さんが問いかけてきた。
この人、おしゃべり好きなんだよなー。
俺はやれやれとため息をつきつつ答える。
「そうですねぇ、今のこのキャラとか普通に可愛いと思いますよ」
以前ならもっと別のキャラを気に入ってたかもだけど、なんかチョビと似てるなと思ったら、ほほえましく思えてきた。
「あれ、珍しいね」
新見さんが言った。
「何がですか?」
「いや、前は樋口君さ、優しいお姉さんキャラが好きだって言ってたじゃないか」
「あ、なるほど」
そういやそうだな。
っていうか、元来はそうなんだけど。
チョビと似てるなって思わなかったらこのキャラとか、気にも留めなかったと思うし。
「まぁ、たまには心境の変化もあるんですよ」
俺はそう言った。
「新見さんこそ、どのキャラが好きなんですか?」
「僕? 僕はこの、万年発情ビッチギャル一択さ!」
「さいですか」
おっさんが目を輝かしている。
苦笑いするしかねーな。
* * *
そのあとも黙々とデバッグに没頭すること数時間。
数キャラを攻略した。
言葉のおかしいところや、つじつまの合わないところ、スクリプトの間違えているところなどを細かくメモしていく。
攻略したキャラの中に、チョビに少し似たキャラも入っていた。
なんか、モヤモヤした。
チョビにちょっとだけ似たキャラが、攻略対象になっている。
いらっとくる。
おいおい、何考えてんだよ、俺は。
これは全く関係ない、ゲーム内のヒロインの一人、チョビじゃないんだぞ。
名前も違うし、顔も髪型も違う。
ただちょっと雰囲気が似ているだけだ。
それなのに、こんなにイライラするのはどうしてなんだろう。
しかしまぁ、うちの会社がコンシューマ専門の会社でよかったよ。
これがもしもエロゲーだったりしたら。
耐えられなかったかもしれない。
* * *
それからしばらくしたある日。
携帯電話に着信があった。
チョビからだった。
チョビ子として登録してあるその番号は、0565の市外局番。
画面をタップすると、チョビの元気な声が聞こえてきた。
「お兄さん、こんにちはっ」
「おう、こんにちは。小遣いは貯まったか?」
「たっぷり貯まったぞ」
鼻高々にそう宣言する。
チョビから電話がかかって来たってことは、彼女のお小遣いが貯まってピザを食べに行く余裕ができたということだ。
基本的に、こっちから電話を掛けるってことはしないようにしている。
さすがに家にかけて家族が出たりしたら面倒だからな。
「店は決まってるのか?」
「もちろん。角谷に良い店を教えてもらったんだ」
「角谷?」
誰だそれ。
「角谷杏って言ってな、私のクラスメート。背が小っちゃくて子供みたいなんだけど、頭がいいんだぞ」
子供のアンチョビが子供みたいって言ってもなぁ。
「中学に上がってから、水戸から引っ越してきたんだけどな、さばさばした感じで、なんか気が合うんだ」
「へぇ」
クラスメートか。
「ときどき私のことからかうひどいヤツだけどな」
電話口の向こうでチョビが唇をとがらせる。
まぁそれは理解できるぞ。
こいつをからかうのは癖になるからなー。
なんていうの。
ほら、反応が楽しいし。
「それで、今度のお店だけど」
「おぅ」
「学校のそばの商店街にあるお店なんだ。角谷が教えてくれた情報によると、ランチのセットがすごくお得らしいから、土曜日のお昼に最寄駅に集合しよう!」
* * *
そんでもって土曜日。
暑くなってきたのでいつものパーカーは封印して、ユニ○ロで買ったポロシャツに着替えて電車に乗った。
チョビが指定してきた駅は、俺の自宅からは乗換えを挟んで6駅ほど離れていた。
いかにも地元の人しか使わないであろう小さな駅だ。
知らない駅で降りるのはなんか新鮮な気分だ。
3番出口は……あった。
なんか張り紙がしてあるぞ。
〝商店街直結出口はこちらです〟か。
階段を下りると、表示どおりの商店街が広がっていた。
「おぉ、結構広い商店街だ」
地方都市の商店街なんて寂れているのが定番だけど、どうしてなかなか活気にあふれている。
いかにも下町という雰囲気の威勢のいい店主たちが声を上げてお店の宣伝をしているし、行き交う人も多い。
ここがチョビの学校の最寄駅か。
元気なイメージに合ってるかもな。
「やっほー、お兄さん」
声のほうを振り向くと、颯爽と手を上げたチョビがいた。
その服装は……制服だった。
深緑のスカートに白い色のセーラー服。
夏服仕様なのだろう、腕の部分は半袖になっているが、きゅっと裾を絞ってあるのがちょっと可愛い。
「よ、よぉ」
「あれ、何だその反応」
「土曜日なのになんで制服?」
「だって今日は土曜日学習日だったからなー」
どこか自慢げに答える。
「指定された生徒は追加で授業をしてもらえるんだ。私は特別ってわけ。いっぱい勉強したぞ」
いや、それって成績が悪いからだろ?
「なぁ、チョビ子」
「なんだい、お兄さん」
「1+1言ってみろ」
「うがー、馬鹿にすんな! 2だ!」
「そんじゃ、3250+258+600は?」
「へ? え? さ、3800ぐらい?」
「やっぱ馬鹿だな」
俺がやれやれとため息をつくとチョビがぽかぽかと叩いてくる。
ぜんぜん痛くない。
「それにしても」
俺はまじまじとチョビを眺める。
「いつもその制服で学校に通ってるのか」
「へっへーん、似合ってるだろ」
くるりと回って見せるチョビ。
うん。
まぁ普通に可愛い。
ってか顔は良いからな、こいつ。
「制服だと恥ずかしがらないんだな」
「うん。だってこれは毎日着てるし」
「そういうものなのか」
「じ、自分で選んだコーディネートとかのほうが見られると恥ずかしいんだ」
なるほどね。
センスがダイレクトに反映されるからって所かな。
「それで、例のお店ってのは?」
「この商店街の中にあるんだ。行こう、お兄さん」
「はいよ」
地元だからか、どこか意気揚々と歩くチョビ。
肩で風を切ってという表現がぴったりだ。
ただし、ちっこいからぜんぜん強そうじゃないけど。
途中、見知っているお店を紹介してくれる。
本屋の前を通ると、
「お兄さんお兄さん、ここの本屋さんな、漫画の入荷日が一日早いんだぞ」
ペットショップの前を通ると、
「お兄さんお兄さん、ここのワンちゃんが可愛いんだ。私はこっそりアルマートって名前で呼んでるんだぞ」
うどん屋の前を通ると、
「お兄さんお兄さん、ここのうどん屋さんのおじいさんは帽子を脱ぐとうどんみたいに頭がつるつるなんだぞ」
などなどといちいち説明をしてくれる。
お兄ちゃんに甘える妹という感じだからだろうか、そんなチョビを行き交う人々が微笑ましげに見ている。
な、なんか気恥ずかしいな。
「ちょ、チョビ子。はしゃぎすぎ。目立ってるぞ」
「え、そ、そうか?」
俺の言葉にはっとしたように赤くなるチョビ子。
「でも、せっかくお兄さんが地元に来てくれたからいろいろ教えたいんだ」
「ま、その思いは伝わってるよ」
「そ、そっか」
そんな風にして商店街を10分ほど歩くと、通りの先にイタリア国旗の旗がはためいているのが見えてきた。
「着いたぞ、あれだ!」
チョビがぴょんっと飛び跳ねて旗を指差す。
いかにも下町な雰囲気の商店街にはためくイタリア国旗はちょっとした異彩を放っている。
変な意味で悪目立ちしている域だ。
不釣合いというかなんというか。
だが、店の前までやってくると、意外に古い店舗であることがわかる。
壁に描かれたピザと太陽の絵は経年劣化でかなり色が薄くなっている。
〝みんなのピザハウス トレ!〟とペンキで書かれた看板も昭和な感じ。
店名の横には、ピザを差し出す笑顔のおじさんの絵が描かれている。
これは、既存の店舗を買い取って改築したのではなく、本当に昔からある店だな。
「歴史がありそうだな」
俺がつぶやくと、チョビが満足げに答える。
「うん。角谷の情報によれば、この商店街でずっとやってるお店なんだって。地元に愛されてるから間違いのないお店だって言ってたぞ」
そう言いながら、意気揚々と扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
笑顔のおじさんが出迎えてくれた。
ってか、看板の絵の人そっくりだな。
本人か?
あれ?
でもあの看板はボロボロだったから、年月を考えればもっと歳を取ってそうだけど。
「か、看板の人だっ」
同じことを考えていたらしいチョビが声を上げた。
するとおじさんが笑って答えた。
「あはは。あれは僕の親父。30年もお店やってるうちに、親父にそっくりになっちゃって」
* * *
店内はものすごく細長かった。
商店街の店舗という限られたスペースを活用して工夫した結果だろう。
通路と称しても遜色のないような場所に椅子と机が並べられている。
しかし、椅子も机もボロボロではなく、丁寧に大事に使用されていて、古くても汚いという印象はない。
店内はお客さんで込み合っている。
たまたま空いていた奥の方の席に通された。
「はい。これがメニューね」
フランクな雰囲気でおじさんがメニュー表を置く。
「二人で来たなら、上のセットがお勧め。断然お得だよ。決まったら呼び鈴鳴らしてね」
そう言って、厨房へと戻っていった。
「どれどれ」
二人で、メニュー表を覗き込んだ。
おじさんが言っていたお勧めというのは……。
〝仲の良い二人はこれで決まり スペシャル・ペア・セット〟
内容はというと。
15ヶ月熟成パルマ産生ハム、生野菜サラダ、特別サイズの特大ピザ(お好きなものをお選びいただけます)、お飲み物とのこと。
ふむ。
これで一人1280円か。
確かにお得感があるな。
これでいいだろう。
「なぁ、チョビ子。これにしとくか?」
するとチョビ子はなぜか顔を真っ赤にして何やらぶつぶつつぶやいていた。
「ぺ、ぺ、ぺ、ペアセット? お兄さんと私がペア。し、しかも仲が良い二人って書いてある」
「お、おい、どうしたんだ?」
「はっ! あぁぁ、いや、なんでもないぞ」
「相変わらず変なやつだな。で、ペアセットでいいよな?」
「はぅ!?」
「ど、どうしたチョビ子」
「あ、あぁぁ、いやその、ま、まだ少しペアっていうのは早すぎないか?」
「へ? なんで?」
「なななんでって、だって、お兄さん。ペアだぞ。ペアなんだぞ」
「お、おぅ」
いったい何が言いたいんだよ、こいつ。
「ペアって言うと、あれだ。二人で頼むやつだ。だ、だだだ男女でそんなのを頼むと、そ、そそそそれってつまり、そのぉ……」
「お前、もしかして……」
あぁ、なんかぴんと来た。
「カップルセットみたいなのと間違ってないか?」
「へぁ!?」
チョビがおかしな声を上げた。
「これはただのペアセット。二人で来たらで誰でも頼めるんだよ。親子でも、兄妹でも、友達同士でも」
「あ、あれ? そ、そうなのか?」
チョビの反応を見ていると、ついついからかいたくなってくる。
「お前さぁ、この前の公園のときも思ったけど」
「な、なんだよ」
「意外におませさんだよなぁ」
ニヤニヤしてそう言うと顔を真っ赤にしたチョビがぽかぽか叩いてきた。
「もー! ば、馬鹿にするなー!」
そんな感じで戯れていると後ろから声をかけられる。
「あのぉ、そろそろご注文はお決まりかな?」
「「ひゃぁぁ!!」」
び、びっくりした。
店員のおじさんが苦笑いして伝票を持っている。
しまった、狭い店内だから、丸聞こえだったか。
「ちょ、チョビ子。ペアセットでいいよな?」
「う、うん」
恥ずかしかったのか、小さくなってうなづくチョビ。
「それじゃ、このペアセットで」
「はい、承知しました。ピザはどれにするのかな?」
おじさんが問いかけてくる。
えぇっと、ピザは二人でひとつだな。
ここはチョビに選ばせてやるか。
「チョビ子、好きなの選んでいいぞ」
「え? 本当か?」
「あぁ。お前が教えてくれた店だしな。食べたいのを頼みな」
「ありがとう!」
目を皿のようにして、ピザ一覧を見つめるチョビ。
その中に気になるものが見つかったようだ。
「ビスマルク?」
「え?」
「いや、ピザってさ、イタリアなのに、どうしてドイツ風の名前がって」
「本当だな」
「気になるけど……でも、イタリア軍好きとしては他の国は……うむむ」
チョビが目を細めて悩む。
が、決心がついたのか、かっと目を見開いて言い放った。
「でもまぁ3国同盟だしな! これにしよう! おじさん、ビスマルクで!」
「はいよ」
おじさんがうなづいて戻っていった。
* * *
果たして、出てきたのは少し特殊なピザだった。
というのも、生地の真ん中に目玉焼きが乗っているからだ。
ぷるっぷるの卵は、それだけで食べたくなるほどに新鮮でおいしそう。
だが、ピザの上に鎮座しているとなると、事情は変わってくる。
「これは……どうしろと?」
俺は思わずつぶやいた。
しかも今回のピザ、今までと違って、切れ目が入っていない。
自分で切れということだろう。
ピザを切るための丸いピザカッターが付属している。
とはいえ、これって切ったら卵がぐちゃぐちゃになるよな。
どうしよう。
店員のおじさんに訊こうかと思ったが、さっき団体客が入ったらしく忙しそうに厨房を動き回っている。
一人で回してるっぽいしなぁ。
「どうしたんだ、お兄さん?」
俺が逡巡していると、チョビが問いかけてきた。
そわそわした雰囲気。
もう食べたくて仕方がないという様子だ。
「切らないなら私が切っちゃうぞ♪」
楽しげにそう言って、ピザカッターを手に取る。
「あ、ちょ、チョビ子、ちょっと待って」
「はへ?」
俺が静止しようとするも時すでに遅し。
チョビは豪快にカッターを生地の真ん中に投入。
「うりゃっ!」
ざくっと生地を切り裂いていく。
「あ、あれれれ?」
が、楽しそうな様子はすぐに戸惑いへと変貌。
そりゃそうだ。
カッターを入れた部分から、割れた黄身がどんどんと零れ出してくる。
「ひ、ひぇぇぇ。どろどろになっちゃったぞ」
涙目で俺を見る。
「ど、どうしよう」
「もうしょうがないよ。切り目入れちゃったし。とりあえず、そのまま切っちゃいなよ」
「わ、わかった」
指示通り、カッターを進める。
が、またもや難所にぶつかった。
「き、切れない」
なんと、生地に対して耳の部分がパリパリに硬すぎるのだ。
チョビは、なかなか切れない耳に悪戦苦闘。
「へぁ!!」
なんか滑稽な声を上げてようやく耳の部分を切断した。
「はぁはぁ、大変だったぞ……こ、これはドイツ軍の罠なのか?」
チョビは変なことを言っている。
が、すぐに気を取り直していつものようにお気楽に言った。
「ま、落ち込んでいてもしょうがないからな。残りも切っちゃおう」
そんなわけで、自己流に切り刻んだビスマルクが完成した。
特大サイズだけあって、本当に大きい。
たっぷりのチーズに、太い角切りベーコンと、これまた極太のアスパラガス。
そしてど真ん中にでっかい半熟の目玉焼き。
物量がことごとくとんでもなくて、たっぷり感がある。
野性味あふれる雰囲気だ。
「「それじゃ、いただきまーす」」
二人声を合わせて一切れづつ手に取る。
おぉ本当に耳の部分がめちゃくちゃ硬いな。
っていうか、曲げることができねぇ。
……ぺろん。
耳の部分の硬さに対して、生地そのものはめちゃくちゃ柔らかくできているらしい。
持ち上げると生地の部分だけが下を向く。
すると、たっぷりと乗った具が下に落ちそうになってしまう。
「おぉっと」
俺はあわててフォークで生地の先っぽを押さえ込んだ。
セーフ。
何とか落とさずにすんだぜ。
これ、気をつけないとな。
「なぁ、チョビ子。具が落ちそうになるから……」
注意しようとすると。
「ふぇぇぇん。お兄さぁん……」
すでに具を落っことしたチョビ子が涙目だった。
「あーぁ、めっちゃ汚しちゃって」
「あ、あぅぅぅ」
恥ずかしそうにチョビがお皿を両手で隠そうとする。
「何してるんだよ、お前」
「だ、だって、その。ぐちゃぐちゃになっちゃってて、き、汚いから」
あぁ。
それで見られたくないわけね。
こいつ時々、妙にしおらしいんだよなぁ。
「まぁ気にすんなよ。お前のせいってわけでもないし」
「で、でも、その。女の子なのに、こんなに汚して食べてるの見られるの、恥ずかしいぞ……」
その物言いに思わず笑いそうになる。
「ははは。チョビ子もちゃんと女子なんだなぁ」
「う、ううううるさいっ」
俺は苦笑しながら、チョビにアドバイスする。
「これさ、正しい食べ方かどうかわからないけどさ。たぶんフォークを使えばこぼさずに食べられるよ」
「フォーク? ピザなのに?」
「なんかの本で読んだけど、イタリアではナイフとフォークで食べる場合もあるらしいぜ? ほら、こうやって」
俺は新しい一切れを、フォークを使って丸めて見せる。
耳の部分は硬すぎるけど、逆に生地そのものはすごく柔らかいので、くるくると耳の方向に向かって包んでいくことができた。
「おぉぉぉ! なんか、タコスみたい」
チョビが感嘆の声を上げる。
「ほれ。この状態で食べてみな」
「う、うん!」
俺がうまく丸めたピザを、チョビがはむっと食べる。
「どうだ?」
問いかけるまでもなかったか。
チョビは嬉しそうに目を輝かせていた。
「おいしい! すっごくおいしい! 耳の部分がパリパリで硬いのに、生地はふわふわに柔らかくって、これどうやって焼いてるんだろう!? それに、チーズと卵が交じり合っていて、そこにアスパラのしゃきっとした食感が混じってきて!」
興奮して一気にまくし立ててくる。
「ははは。笑顔が戻ってよかったよ」
「お、お兄さん、ありがとう。食べ方を教えてくれて」
「たまたまだよ。さてと、俺も残りのを食べるか」
と、フォークを使って次のピザを丸めようとすると、チョビが何かに気づいたように唐突に狼狽した。
「お、おおお兄さん」
「どうした?」
「さっきのピザもそのフォークで?」
「そうだけど?」
「か、かかかか」
「か?」
「間接キスじゃないかー!」
爆発しそうな勢いで頬を赤らめる。
俺は苦笑いした。
「大丈夫だって。口に入れてるわけじゃないんだから。丸めるのに使っただけだぞ」
「そ、そそそうだっけ?」
「あぁ。最初も、落ちそうになった具を抑えただけだしな」
「そ、そうなのかぁ……」
ほっとしたような残念なような声色でチョビがつぶやく。
「そんな、お前が嫌がるようなことはしないって」
俺がそう言うと、チョビが頬を赤らめたまま何かをつぶやいた。
「あ、い、いやべつに、その。い、嫌なわけではないんだぞ……」
「ん?」
「き、気にしないでくれ~」
よくわからないが、チョビがまたぽかぽかと叩いてきそうだからそれ以上の詮索はしないでおいた。
* * *
その後。
食後のドリンクにかっこつけたチョビがエスプレッソを頼んで、苦すぎて飲めないというハプニングも交えつつ、おいしくピザを食べ終えた俺たちは〝ピザハウス トレ!〟を出た。
手には一枚の福引券を握り締めて。
店員のおじさんがくれたのだ。
「本当は5000円のお会計で一回福引なんだけどね。せっかくだからあげるよ」
ありがたいぜ。
福引会場は商店街の中ほどにあった。
暑さにだれた雰囲気の半ズボンのおっちゃんが空き店舗に机を置いて団扇をパタパタさせていた。
「お願いします!」
チョビが元気よく福引券を渡す。
「よぉぉし! 良いの当てるぞ~!!」
勢いたっぷりにぐるぐるとガラガラを回すと。
赤い玉が出た。
からんからん。
半ズボンのおっちゃんが鐘を鳴らした。
「おぉぉ! 当たったのか?」
俺も思わず色めき立つ。
「は、ハワイなのか?」
チョビも興奮した声を上げるのだが。
「4等、カラオケ〝歌いたい広場〟フリータイムチケットいちまーい!」
意外にしょぼい賞なのだった。
どれが当たっても鐘鳴らしてるだけかよ。
* * *
その後、商店街をぶらぶらしていると、チョビが俺の裾を引っ張った。
「ん? なに?」
「あ、あのな。さっきのチケット」
「あぁ。カラオケ。もちろんチョビ子が使っていいよ。杏ちゃんだっけ? 友達と行ってきなよ」
「あぅ……」
チョビが裾から手を離す。
が、しばらく歩くと、また裾を引っ張られた。
「あ、あの。お兄さん」
「どうしたの?」
「チケット」
「ん?」
立ち止まったチョビが、しばしの沈黙の後、意を決したように言った。
「い、一緒に行きたいぞ」
え?
それって、カラオケを俺とってことか?
ちょっと戸惑ってしまう。
カラオケといえば、個室だ。
二人っきりでか?
いいのか、それ?
いや、もちろんやましいことをする気はないけどさぁ。
俺が返答に困っていると、チョビが言葉を続けた。
「いや、あの。せ、せっかく二人で食べたピザで当てたチケットだから。二人で行くのがいいかなと、お、思ったんだ!」
チョビはすごく真剣な表情をしていた。
そういうことなら、断るのは断るのでフェアじゃないかもしれないな。
「わかった。それじゃ、今度一緒にカラオケに行こうか」
「う、うん!」
嬉しそうに、こくこくと頷くチョビを見ていると、まぁ良いかと思えてくるのだった。
※※※※※※※おまけ・アンチョビのターン※※※※※※※
登校したアンチョビは元気よく教室の扉を開けた。
「おっはよー!」
仲の良いクラスメイト数名が口々に「おはよう」とか「今日も元気だね」とか答える。
アンチョビは、窓際の席に座っている小柄なツインテールの少女に手を振った。
「角谷、おはよっ」
「随分とご機嫌だねぇ」
少し間延びしたさばさばとした声。
飄々としているが、どこか心の奥を読みきれない不思議な雰囲気と、東海地方では珍しい北関東風のアクセント。
去年、水戸から転校してきたクラスメイトの角谷杏だ。
付き合いは比較的短いが、妙に気が合う。
アンチョビにとっては気の置けない悪友の一人であり、いろんな悩みを打ち明けられる相手でもある。
「まぁね! 角谷が教えてくれたお店のピザがおいしかったからな。改めてお礼を言っておくぞ」
「そりゃよかった。でもそれだけじゃないんじゃない?」
ニヤリとして杏が不敵に笑う。
「ん?」
「〝チョビ子〟としては、お兄さんにたっぷり甘えられたのがよかったんじゃないのってことさ」
その一言にアンチョビがぴきっと硬直する。
お兄さんのことはよく話題に出しているけれど、あだ名のことは言ってない。
面白いほどに慌てふためき、杏に詰め寄った。
「うぇっ、ちょ、ちょっと待て角谷、ど、どどどうしてその呼び方を知っているんだ?」
「だって私、あの店にいたからねぇ」
唐突のとんでもない宣言。
「お店の奥がL字型になってるんだよ。そこにもちょっとだけ席があってね。ちょうどチョビ子がいた席からは死角になるんだけどねぇ。こっちからは丸見えなわけ」
「な、ななななな」
ということは、全部見られていた?
あの日の店内での出来事を?
「いやぁ、見せつけられたよ。お芋のピザを食べながら観察してたんだけどさ。お兄さんとラブラブだね」
「ぬぁっ!?」
思わず変な声を上げてしまうアンチョビ。
「ら、ラブラブってなんだ? ラブラブって。私とお兄さんは、その。兄妹みたいな感じで。ら、ラブとかそんな……」
「いやいや、ペアセットで大騒ぎしたり、間接キスを意識したりとかさ。聞いてるこっちが照れるような会話だったよ」
「う、う、う、うぎゃーっ!!!」
恥ずかしさが限界に達したらしい。
アンチョビは真っ赤になりながら、変な声を上げて教室を出て行った。
「あ。逃げた。ってかもうすぐ先生きちゃうぞー」
そんな声をかけるが、アンチョビはもう見当たらない。
「……ま、いいか」
杏はやれやれと肩をすくめる。
「じっくり観察して〝お兄さん〟が変な人じゃないってのは確認できたし」
水戸から取り寄せた干芋をカバンから取り出すと、かじりながらつぶやいた。
「私も少しだけお兄ちゃんが欲しくなっちゃったかもねー」
(続く)
お店の名前、トレ!はイタリアのロックバンド「フォルムラ・トレ!」から。
トレは3の意味で、お店的には親子3代で来てくれたらという意味で名づけたという設定です。
あと、3話目の最後にちらっと入れておいた携帯電話のエピソードを入れたかったのですが、入りきらなかったので次回ですね。
次はカラオケ個室でドキドキな感じを書きたいです。
あと余談ですが、友達キャラが角谷杏なのは、アンツィオ戦で、杏とアンチョビが知り合いっぽい会話があるからなんです。杏は水戸出身ですが、高校で大洗に入るまでの経歴ははっきりしていませんので、今作では親の都合で中学時代の一時期豊田市にいるという設定にしています。