【完結】ピッツァ!ピッツァ!ピッツァ!   作:忍者小僧

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5、マルゲリータ

大学食堂の窓際の席で紙パックのオレンジジュースを飲みながら、俺は悩んでいた。

今度、チョビと一緒に行くことになったカラオケのことでだ。

あの時は勢いに押されて頷いてしまったけど、良いんだろうか、二人きりでカラオケなんて。

どうのこうの言ってチョビは女の子だ。

個室で二人きりっていうのはどうなんだろうか。

いやもちろん俺が変なことをしなければいいわけなんだけど、こう、なんて言えばいいんだろうな。

無防備すぎるというか。

他の男に同じことを言ったら絶対に変な誤解されるぞ。

そういうと、チョビって学校に男友達とかいるんだろうか。

無邪気で元気な感じだし、見た目も、まぁ、その容姿端麗ってやつだ。

俺は5歳も年上だから子供に感じるけど、同年代の男子からしたらすっげー可愛い同級生って感じなんだろうな。

そんなことを考えながら、財布に挟んでおいたカラオケのチケットを取り出す。

カラオケかぁ。

チョビは学校帰りに友達と行ったりしてるのかな。

なんかこう、男女3人ずつとかで……。

ぼんやりとした絵面が浮かびそうになって、俺は頭をわしゃわしゃと掻いた。

あー、もう、なんだこれ。

最近の俺、ちょっと変だ。

通常モードに戻らねば。

 

くしゃっと飲み終えたオレンジジュースのパックを握りつぶし、ぼんやりと窓の外を眺めた。

うちの大学の食堂は生協棟の2階にあるから、ちょっと眺めがいい。

眼下をいろんな奴らが歩いているのが見えた。

友達同士でだべってるやつ、講義に遅れたのか走ってるやつ、男女でいちゃついて歩いているリア充。

そのどれも俺には無縁な連中だ。

大学ではほとんど友達も作っていないし、サークルにも属していないからなぁ。

ぎりぎりの日数だけ講義に出て、あとはこうやって講義の時間でも食堂の席で一人でネット小説を読んだりしてるのがほとんど。

あ、そうだった。

チョビのこと、年は離れてるけど久しぶりにできた友達みたいだって感じたから一緒にいたかったんだよな、俺。

なんか最近、ちょっと距離感がおかしくなってるかも。

き、気をつけねば……。

 

 

* * *

 

 

カラオケに行く日は意外にすぐにやってきた。

チョビ曰く「今度はタダ券だからな。お金を貯める必要がないぞ!」とのこと。

次の週の日曜日に駅前で待ち合わせをした。

相変わらずのポロシャツで駅前のロータリーに出ると、チョビがいた。

 

「お兄さん、こんにちはっ」

 

今日のチョビは、前と似たような半そでのTシャツだけど、柄とデザインが微妙に違う。

そして下はなんと……ひざ丈ぐらいのミントグリーンのスカートだった。

 

「おおぉ」

 

思わず変な声が出てしまう。

 

「え? なに? どうしたんだ、お兄さん?」

「いや、スカートだなぁと思って」

「へぁ?」

 

今度はチョビが変な声を出した。

顔を赤くしてスカートの裾を抑えながら俺を睨む。

 

「だ、だから何なんだよ」

「新鮮だなぁと」

「こ、この間だってスカートだっただろ?」

「あれは制服だろ? 私服の時は短パンだったじゃんか」

「あ、あぅ……」

 

よほど恥ずかしいのか、ぐいぐいとスカートの裾を下に伸ばそうとする。

伸びる生地じゃないんだからそんなことやっても伸びないと思うけど。

 

「い、いったん帰るっ!」

「え? どうしてだよ」

「なんかやっぱ恥ずかしいから。着替えてくる!」

 

踵を返してしまったチョビを何とか引き留める。

 

「ちょ、ちょっと待って。今から家に帰ってたらカラオケに行く時間が無くなっちゃうぞ」

「うぅぅ、で、でもぉ」

「ちゃかしちゃったのは謝るよ。むしろすっげー可愛いと思うから。着替えなくっていいよ」

 

俺がそういうと、後ろ姿のチョビがぴくんと反応した。

何やらしばらく葛藤のようなそぶりを見せたのち、くるりと振り向いた。

あれ?

さっきまでよりも、もっと顔が赤くなってるような。

 

「お、おおお、お兄さんがそういうなら、その、このままで行くっ!」

 

ほっ。

どうやら納得してくれたみたいだ。

 

「ところでさ、この『歌いたい広場』なんだけどな」

 

俺はチケットを財布から取り出す。

 

「どうやらよくあるカラオケチェーン店の『歌っちゃえ広場』とは別物のようだぞ」

「?? そうなのか?」

 

そうなのだ。

もらったチケットを家に帰ってよく見て気が付いたのだが、どうやらチェーン店と似た名前なだけの、この商店街にしかないお店みたいだ。

だから商店街の福引に入ってたのか。

 

「だからまぁ、その。どんなクオリティの店かは行ってみないとわからん」

 

個人経営っぽいカラオケ店とか、たまにやばい店あるからなぁ。

だが、俺のそんな心配をよそに、チョビは嬉しそうに言った。

 

「そんなの全然大丈夫だぞ。お兄さんと一緒ならどんな店でも楽しいし」

 

今度は俺が赤面する番だった。

無自覚にこっちが喜ぶことを言いやがる。

さらに追い打ちをかけられた。

 

「今月は本当に嬉しいな。チケットが当たったおかげで、お兄さんと2回も遊べるから」

 

それって、そんなに俺と遊ぶのが楽しいってことか?

女の子にそんなこと言われたの、初めてだ。

……やばい。

なんかまた、あらぬドキドキ感が胸を襲ってきやがった。

俺のそんな気持ちも知らずに、目の前のちっこい女の子は楽しそうに鼻歌交じりで歩いている。

くそっ。

なんかむかつく。

あのつむじをぐりぐりしてやりたくなるぜ。

ってかそうだ。

やってやろう。

 

「おい、チョビ子」

「ん? なんだ?」

「うりゃっ」

「うきゃっ」

 

俺はチョビのつむじをぐりぐりしてみた。

すると。

 

「お、お兄さん……きゅ、急に触れられると、そ、その……て、照れる」

 

真っ赤になってしおらしく振り向くチョビ。

あ、あれ?

予想と違う反応が。

俺の想像では「何するんだよぉ!」って牙を剥くはずだったんだけど。

あ、あぁぁぁ、なんかこっちが恥ずかしくなってきた。

 

「ご、ごめん」

 

なんか、謝る羽目になった。

 

 

* * *

 

 

それから歩くこと十数分、タダ券の「歌いたい広場」は、商店街のはずれにあった。

先日のイタリア料理店のあったストリートは、かなり賑わった通りだったけれど、それとはまた別に南側に伸びた細いアーケードの中間あたりに位置していた。

こちらの通りはかなり寂れている。

いつの時代のゲームなんだ?と問いたくなるような筐体が置きっぱなしのゲーセン(ある意味レアだが)や、ほとんど人気がない古本屋。

開いているのか閉まっているのかわからない半分シャッターの閉まった熱帯魚屋さん。

そんな店舗に挟まれて、色あせた手書きのペンキ文字で『みんなの楽しい歌いたい広場』と書かれた看板が見えた。

壁には、かろうじて人と認識できるへたくそな絵が、マイクを握っている様子が描かれている。

この前のイタリア料理店といい、ここの商店街は壁に絵を描くのが好きなのか?

思わず俺が絶句していると、チョビが目を輝かせて言った。

 

「おぉー! これがカラオケ屋さんなのか!」

「あれ? もしかして、カラオケって行ったことないのか?」

「うん。初めてだぞ」

 

あ、そうなんだ。

なんかほっとした。

 

「お兄さんは? もしかしてあるのか?」

「まぁ、そりゃね」

 

大学に入ったころ、誘われて数回は行った。

あんまり歌う歌がなくて居心地が悪かったから次第に行かなくなっちゃったけど。

 

「おぉぉ! さすがお兄さん」

「とりあえず入ろうか」

「うん!」

 

ぎしぎしと音のする扉を開ける。

今時自動ドアじゃないのかよ。

すると、大学生ぐらいのお姉さんが、受付カウンターに突っ伏して寝ていた。

なんじゃこりゃ。

 

「あ、あのー」

 

俺が恐る恐る声をかけると。

 

「んぉっ!?」

 

すっげー情けない声を上げてお姉さんが跳ね起きた。

あ、でもかなり美人だ。

 

「もしかしてお客様?」

 

そりゃそうです。

俺たちは頷いてチケットを見せる。

 

「あ。福引のタダ券だね! あんたらラッキーだね! お二階へどうぞー!」

 

やる気があるのかないのかよくわからない笑顔で階段を指さされた。

 

「あの。二階と漠然と言われても。二階のどの部屋ですか?」

「あっ。そっか。んーと、二人だから、205号室で」

「わ、わかりました」

 

なんなんだ、この適当な店員さんは。

俺はあきれ顔で、チョビに言った。

 

「205だってさ。ほら、上がるぞ」

「う、うん……」

 

が、チョビは何やら浮かない顔だ。

なんだ?

さっきまではしゃいでたのに。

階段を上るとき、チョビがぽつりと呟いた。

 

「お姉さん、美人だったな」

「ん? あぁ、そうだな」

 

俺がそう返答すると、チョビがさらに沈んだ声を出す。

 

「歳も、お兄さんと同じぐらいだ」

「そうみたいだけど。それがどうかしたのか?」

「う、ううん。なんでもない」

 

 

* * *

 

 

沈んでいたのもつかの間、二階に上がり、ドリンクバーが目に入ると、チョビはまたいつもの調子を取り戻した。

 

「ファミレスみたいなのがあるぞ!」

「あぁ。カラオケってフリードリンク制の店が多いからな」

「じゃ、じゃあ、これどれを飲んでもいいのか?」

「もちろん」

 

俺の言葉に、てててっとチョビが駆け出した。

 

「ねぇねぇお兄さん、私がおいしいドリンク作ってあげる!」

「へ?」

 

それってまさか。

止める間もなく、コップを手にしたチョビは、手慣れた動作で氷を入れて、そこにスプ〇イト、コ〇ラ、レモンジュースなどを調合していく。

すっげー楽しそうだな、おい。

ってか小学生か!

 

「出来たー!」

 

勇者の剣のようにおどろおどろしい色の液体が入ったコップを宙にかざすチョビ。

 

「はい。お兄さんの分」

 

それを俺に手渡してくる。

うへぇ。

お世辞にも美味そうに見えない。

だが、チョビも同じものを手にしているところを見ると悪戯でもなんでもなさそうだ。

俺は、恐る恐る一口飲んでみた。

あ、あれ?

 

「……結構いける」

「だろ?」

 

にひひっとドヤ顔のチョビ。

 

「ファミレスに連れてってもらうたびに、弟と二人で研究を重ねてきたかんな!」

 

な、なるほど。

 

そんな感じにドリンクを手に入れ、これまた安っぽいきしむ個室の扉を開ける。

すると中は……。

 

「ぼ、ぼろい」

 

思わずそんな言葉をつぶやいてしまうほどにボロボロだった。

っていうか、狭い。

めちゃ狭い。

これって二人用なのか?

一人用じゃないの?

だが、そんなふうに逡巡している俺をしり目に、チョビは嬉しそうに室内へ。

ぴょんっと飛び乗るようにソファに座ると、こっちを見た。

 

「お兄さん、早く早く!」

「お、おぅ」

 

俺が意識しすぎなのか?

頭を掻きながらソファに座る、と。

部屋が狭すぎるせいで、チョビと密着することになってしまった。

というかこれって。

チョビの膝小僧に、俺の太ももが触れてしまっている。

向こうはスカートだから、素肌だ。

ジーンズ履いといて正解だったよ。

暑いからって半ズボンとかだったら、素肌が触れ合っちまうところだった。

し、しかし。

なんかこう、艶めかしいな。

ひざ丈のスカートからちょっとのぞく膝小僧って、至近距離で見たらこんなに生々しいものなのか。

チョビ、足細いな。

男の俺の足とは、構造が違うっていうか……。

 

「…………」

 

と、気が付くと、チョビが俺をじっと見ていた。

や、やべっ。

膝小僧見ていたの、気づかれてるよな。

ってか、顔が近いぞ。

こ、こいつ、きれいな瞳してるよな。

めっちゃ造形が整ってるっていうか……。

あぁ、もう、何考えてんだ俺。

 

「隣は初めてだね」

 

チョビがしみじみとつぶやいた。

 

「へ、え?」

 

俺は間抜けな返事をする。

チョビが言葉をつづけた。

 

「その。いつもは、向かい合ってピザを食べてたから。こんなにくっつくのって、初めて」

「あ、あぁ」

 

俺はしどろもどろ返事をした。

 

「あの、も、もしもチョビ子が嫌だったら、その。お姉さんに言って部屋を替えてもらうぞ」

「う、ううん」

 

するとチョビは首をふるふると振った。

 

「このままがいい」

「そ、そっか」

 

そこで言葉が途切れて、沈黙。

俺たちは何をするともなく、手元のコップのジュースを飲む。

ほとんど飲みおえてから、ようやく俺は言った。

 

「う、歌おうぜ」

「そ、そうだね」

 

お互い、妙な空気感を払しょくしたくて頷きあう。

 

「ど、どうすればいいんだ?」

「そっか。チョビ子はカラオケ初めてだもんな。この機械で検索して歌いたい曲を入れるんだよ」

 

俺はデンモクを机の中央に置く。

 

「なんか歌いたい曲あるか?」

「えっと、その。初めてだから。ま、まずはお兄さんに歌ってみてほしいぞ」

「うぉ。まじか」

 

いや、そりゃそうなるか。

しかし困ったな。

実は俺、流行の音楽とか全然わからないんだよな。

基本的にテレビはアニメ以外見ないし。

あとは子供の頃から洋楽が好きなんだけど、こういう時洋楽を歌うのって、なんていうの?ほら、カッコつけたみたいに思われそうじゃん。

悩んだ末、結局、そこそこJポップっぽいアニソンをチョイスした。

(たぶん)無難に歌いきる。

 

「おぉ~!!」

 

真剣な顔で聞いていたチョビが、手を叩いた。

むしろ恥ずかしいからやめてくれ。

 

「ほら、次はチョビ子の番だぞ」

「あっ、あっ、聞いてたら選べなかったぞ!」

「待っててやるから」

「あぅぅ」

 

チョビは慣れない手つきでリモコンをいじる。

曲名で検索したり、歌手名で検索したり。

まぁどうせチョビのことだ。

『進め戦車道!』みたいな歌を元気に歌うんだろう。

そう考えると実に微笑ましいな。

 

「き、決まったぞ!」

 

チョビがそういってリモコンの送信ボタンをクリック。

イントロが流れ出した。

それは勇ましい戦車道の応援ソング……とは全く違っていた。

どっちかというとしっとりとしたメロディライン。

きれいな音のピアノにストリングスが絡む。

拙くて素朴な歌い方だけど、気持ちのこもった声で、チョビが歌いだした。

……これ、ラブソングだ。

意外や意外、チョビが選んだのは、女性目線の恋の歌だった。

初恋の感情を、切なく訴えかけるような内容の歌だ。

チョビはいかにも歌いなれていないようで、訥々と歌っていたけれど、その表情は真剣そのものだった。

真横に座っている俺の位置からだと、横顔しか見えなかったけれど、横顔のチョビは、すごく素敵だった。

年相応の子供っぽい顔立ちに、ほんの少しだけ思春期の少女の色っぽさが混じっていた。

俺は……見とれてしまった。

 

歌い終えて、ほぅっと息をつくチョビ。

上気した頬があでやかにすら見える。

俺は無意識のうちに拍手していた。

 

「チョビ子、上手いんだな、歌」

「そ、そうか?」

 

照れたようにチョビがはにかむ。

その表情も、俺の予想よりも少し大人っぽい。

俺は鼻の頭を掻いた。

この個室に入ってから、雰囲気が変になっちまっている。

戻さなきゃ、と思った。

わざとニヤついた表情を作っていった。

 

「でもさ、戦車道の歌とか歌うと思ってたよ。まさかラブソングだとはねぇ」

「ふぇっ!」

 

チョビが慌てて両手をわたわたと振る。

 

「ち、ちちち違うんだ、これはその。たまたまラジオで聞いて素敵な歌だったから、その!」

「わかった、わかった。でもやっぱり背伸びのおませさんだなぁ」

「ちがうったらぁ~」

 

いつもの調子でぽかぽかと痛くないパンチを繰り出す。

あぁ、よかった、いつも通りだ。

それからはお互い、ちょっとじゃれあいながら自由に歌を歌った。

チョビも戦車道の歌を歌ったりしたし、俺は俺で、チョビ相手ならいいかなと思って普通にアニソンを歌ったり。

気が付くとあっという間に一時間以上が経過していた。

 

「結構、歌ったなぁ」

 

俺がそう呟くと、チョビも呼応する。

 

「うん。すっごく楽しかったぞ」

 

その時、チョビのおなかが鳴った。

 

「あっ」

 

チョビが可愛らしい動作でお腹を抑える。

 

「い、いいい、今のなし! 聞かなかったことにしてくれ~!」

 

俺は笑って言った。

 

「気にすんなよ。お腹空いたんだろ?」

「う、うん……」

「それじゃ、なんか注文しようぜ」

「注文?」

「そ、カラオケって食事も注文できるからな」

「そ、そうなのか?」

 

机の脇に刺してあったメニュー表を開く。

 

「なんか食べたいのあるか?」

「ピザ……」

「え?」

「私、このピザがいい」

 

見ると、メニュー表には、うどんや担々麺、チキンバスケットなどに混じって、「当店名物さくさくピッツァ」の文字が。

うぅぅむ。

 

「あのな、チョビ子。頼んでもいいけど、こういう店のピザは期待しないほうがいいぞ」

「そうなのか?」

「どう考えても今まで食べたピザとは違うものだろうからな」

 

窯があるとは思えないし、500円だしな。

のくせにピザじゃなくてピッツァ表記なのが妙にむかつく。

 

「で、でもやっぱり、ピザがいいな」

 

チョビが俺をじっと見つめる。

うぅ、近いからやめてくれ。

 

「しょうがないな。それじゃ、とりあえず一つ頼んでみようか」

「うん!」

 

俺は備え付きの受話器を取ると、フロントに電話をした。

しばらくコールすると、さっきのお姉さんが起きぬけな雰囲気の声で対応してくれた。

こいつ、絶対また受付で居眠りしてたな。

 

「えっと、食事の注文で。ピッツァの……」

 

俺は受話器をいったん耳から外してチョビに問いかける。

 

「どれがいい?」

「それじゃ、マルゲリータで」

「オッケー。マルゲリータを一つお願いします」

 

するとお姉さんが受話器越しに言った。

 

「おっ。目の付け所がいいねぇ。うちのピッツァは美味いよ」

 

ほんとかよ。

 

 

* * *

 

 

10分もしないうちに、扉がノックされた。

俺が開けると、お姉さんがニヤニヤしながら皿を持っていた。

 

「密室でお熱いですねー」

 

なに言ってやがる、こいつ。

おい、チョビもいちいち赤らめるな。

 

「はい。当店名物の、さくさくピッツァね。お菓子感覚だからサクサク食べられるよ」

 

サクサクってそういう意味かよ。

お姉さんが出ていくと、二人でピザを見る。

一応ちゃんと木製のピザプレートに置いてある。

が、さすがにカラオケの500円のピザだ。

サイズはかなり小さいし、チーズもそんなにとろとろには見えない。

俺は、チョビをちらりと見た。

ちょっと心配だな。

これまでたまたま美味しい店ばかりうまく当たってきたからな。

今回は落胆しちゃうんじゃないだろうか。

そんな俺の心配をよそに、チョビはワクワクとした表情で俺に問いかけた。

 

「ねぇねぇ、食べていいか?」

「お、おぅ」

 

俺はあいまいに頷く。

 

「いただきまーす!」

 

すでに切れ目が入っているピザを一切れ手に取って、チョビが口に入れる。

むぐむぐと咀嚼して、ごっくんと飲み込んだチョビに俺は恐る恐る訊いた。

 

「ど、どうだ?」

 

するとチョビは。

満面の笑顔で答えた。

 

「こんなピザ、初めて食べたぞ! 生地がさっくさくだぁ!」

 

え?

まじで?

サクサク食べれるからってだけじゃなかったのか?

 

「ってことは美味しかったのか?」

「もちろん!」

 

チョビが嬉しそうに頷いた。

 

「ちょ、ちょっと待てよ。俺も食べてみる」

 

一切れ手に取って気が付いた。

これ、もしかして、パン生地じゃない?

そうなのだ。

これまでのピザは、しっかりと手でこねて作ったパン生地だった。

いかに、もっちりと柔らかくふっくら焼き上げるかで勝負をしていたはずだ。

ところが、このピザは全く方向性が違う。

ふっくら感の対極を行く、触れば瓦解しそうなほどの薄い幾重もの生地の層。

これ……パイ生地だ。

口の中に入れると、その予想が当たっていることが確信できた。

サクサクとしていて、厚みがあって、程よい噛み心地は実に心地いい。

そして、生地の上に乗っているのは、逆にもっちりとしたチーズと、半分に切られたプチトマト。

プチトマトの酸味が程よいアクセントになっている。

 

「本当だ。美味しい」

「だろ?」

 

自分のことのようにチョビが胸を張る。

俺は何度も頷いた。

 

「これさ、すっごく工夫してあるな。この小さなカラオケ店だと、窯は用意できないから。オーブンでも美味しく作れるように考えて、パイ生地にしてるんだな」

 

俺の脳裏に、ふふんって顔でピースサインの店員のお姉さんが浮かんだ。

いや、あの人が考えたのかどうか知らんけど。

 

「ね、ねぇ、お兄さん」

「ん?」

 

チョビが、何やら真剣な表情をしている。

 

「どうした、チョビ子?」

 

問いかけると、今度は逆にうつむいて、もじもじ。

いったいなんだ?

しばしの沈黙ののち、意を決したようにきゅっと目を閉じて、チョビが言った。

 

「あ、あのな。ピザ、一つ残ってるから」

「え? あ、あぁ」

 

確かに。

さくさくピッツァが一枚残っている。

あぁ、そういうことか。

俺は微笑んだ。

相変わらずの食いしん坊め。

 

「いいよ。チョビ子が食べなよ」

「そ、そうじゃなくてっ」

 

チョビが、う~っ、って表情をする。

 

「あの、い、いつも、最後の一枚とかもらってばっかだから。きょ、今日は、その、お兄さんに……」

 

ん?

俺にくれるのか?

 

「た、た、食べさせてあげるぞっ!」

 

え!?

 

予想外のセリフに俺が絶句をしていると、チョビがピザを手に取った。

うわっ、改めて見るとちっちゃい手だなぁ。

そんなことを考える間もなく、震えるそのちっちゃな手が、俺のほうへと突き出される。

 

「い、いいのか?」

 

チョビが、顔を真っ赤にして俺をちらっと見て。

恥ずかしいのか目線をそらすと、頷いた。

 

「た、食べて……ほしいぞ」

 

俺はというと。

相当に葛藤していた。

いいのか? これ。

た、確かに、ここは個室だから誰も見ていないし、むしろ向こうからやってくれてることだから、強要しているわけでもないんだけど。

こう、倫理とか倫理とか倫理とか。

だが、そんな悩みは、チョビの切なげな声に打ち砕かれた。

 

「お兄さん、は、早くぅ……」

 

そ、そうだな。

チョビは、俺に感謝の気持ちを表そうとしているんだ。

これは別にやましいことじゃないはずだ。

よ、よしっ。

行くぞ!

 

口を開けて、ピザを口に含もうとした瞬間。

唐突に扉が開いた。

 

「「!!!!!!」」

 

俺もチョビも飛び上がらんばかりの勢いでそちらを振り向く。

するとそこには。

見知らぬツインテールの女の子がいた。

チョビよりもさらに背が低い。

え? 

誰これ?

 

「やーやー、チョビ子」

 

女の子が右手をひらひらと振った。

 

「か、かか角谷! 何でここに!? っていうか、お前がチョビ子って呼ぶなぁ!」

 

知り合い?

角谷ってことは、この子が友達の杏ちゃんか?

 

「いやー、ほら。今日はお兄さんとカラオケに行くって聞いてたからさぁ。私も仲間に入れてほしいかなってね」

「いや、そうじゃなくて! なんで部屋と場所が分かったんだ! 言ってないはずだぞ!」

「だって『歌いたい広場』なんてここにしかないでしょ。部屋は受付のお姉さんに訊いた」

「な、なんで教えちゃうんだー!」

 

チョビが頭を抱える。

 

「それよりさ、3人だったら広い部屋に変えてくれるってさ。ついでにサービスもあるみたいだよ?」

 

 

* * *

 

 

結局押し切られるような形で、部屋を変更させられた。

移動中、杏ちゃんが俺に挨拶をしてきた。

 

「直接お目にかかるのは初めてだね。私、角谷杏」

「あ、あぁ。チョビ子から、名前は聞いてるよ」

「それなら話は早いね」

 

そう言って、じろじろと俺を見てくる。

にやりと笑って、ささやいた。

 

「妹候補としてよろしくねー」

「んなっ?」

「角谷、な、何しゃべってるんだ」

「大丈夫だって。お兄さん取ったりしないから」

「と、取るとか取らないとかじゃ」

 

わいわいと3階の広めの部屋に移動する。

入ろうとすると、杏ちゃんに止められた。

 

「樋口さんはちょっとストップ」

「へ? なんで?」

「さっき言ったサービスがあるからねー」

「わ、私は入っていいのか?」

「むしろ安斎は主役だから」

「ど、どういうことだ?」

「まーまー、いいからいいから」

 

そんな感じで、わけがわかんないうちに部屋から追い出され、ドアの入り口で待つことに。

中からはチョビと杏ちゃんの騒がしい声が聞こえていたが、何を言っているのかはよく聞き取れない。

10分ほどしたら、ようやく扉がノックされた。

 

「入っていいよー」

 

杏ちゃんの声だ。

 

「ほ、ほ、本当に入れちゃうのか?」

 

続いてチョビの声。

 

「大丈夫だって。絶対お兄さん喜ぶから」

「ほ、本当だろうな? 嘘だったらひどいかんな?」

「大丈夫、大丈夫」

「え、えと。入っていいのかな」

「どーぞー」

「ふぇっ、やっぱり心の準備が、うぎゃー、待ってくれお兄さぁん!」

 

なんかチョビがめっちゃ騒いでるが、さすがに外で10分待ってるのは退屈だったので、ドアを開けた。

すると。

 

「じゃーん!」

「み、見ないで……」

 

なんと、アイドル風の衣装の二人がいた。

杏ちゃんは自身満々の表情、チョビは真っ赤になって小さくなっている。

 

「え。なにこれ」

 

俺は茫然と呟く。

 

「ほ、ほら。お兄さん引いてるじゃないかー!」

「あれ? おかしいなー、喜ぶと思ったんだけど」

「突っ込みどころはいっぱいあるけど、とりあえずなんで俺が喜ぶと思ったの?」

「え? だって樋口さん、ちょっとオタクっぽいから。アニメとかゲームとか好きそうだし。アイドルっぽい服も好きかなぁーってね」

 

うっ。

ま、間違ってはいない。

まさかこの子、俺のこと調べてるんじゃないだろうな?

 

「あと、この服はこのお店のサービスね。コスプレ衣装貸し出しやってるんだー」

「か、角谷、もういいだろ? ぬ、脱ぐぞ?」

「ダメダメ。お兄さんに一曲歌ってあげなきゃ」

「うぇぇぇぇ!?」

 

そう言って杏ちゃんが勝手にリモコンを操作して、曲を入れる。

ノリのいいテンポのイントロが始まった。

 

「あ。この曲」

「安斎、この前好きって言ってたでしょ?」

「ま、まぁね」

 

どうやら、流行りの、女の子のアイドルグループの歌のようだった。

結構華麗な動きで杏ちゃんが踊りだす。

おぉ、普通に上手いな。

 

「ほらほら、安斎も歌わないと、お兄さんの視線独り占めしちゃうぞー」

「うぅぅぅ、もうヤケだー!」

 

そう叫ぶと、チョビも音楽に合わせて振り付けを交えて歌いだした。

二人は息ぴったりだ。

学校とかでこうやって遊んでるんだろうか。

そう考えると、なんか微笑ましいかも。

あ。

……短いスカートでくるって回ったから、今、ちょっとだけ、チョビの真っ白な下着が見えた。

…………み、見なかったことにしよう。

 

 

* * *

 

 

結局、そんな感じで数曲だけ歌うと、「じゃっ」と言って杏ちゃんは帰っていった。

いったい何だったんだ。

一見明るくて無邪気そうだけど、考えが読めないというか、荒唐無稽すぎる……。

はっきり言って、裏表のないチョビと真逆の性格だぞ。

 

 

* * *

 

 

カラオケボックスを出ると、もう夕方だった。

なんか今日はくたくたに疲れた。

夕日に染まった商店街を、二人並んで歩く。

 

「か、角谷のやつ、明日学校でとっちめてやる」

 

チョビが唇を尖らせる。

 

「なんか嵐のような子だったね」

「あいつはいつも無茶苦茶なんだ。やることが唐突だし。迷惑をかけられる身にもなってほしいぞ」

 

なんか友達っぽくていいな、そういうの。

 

「でも、無目的に見えてちゃんと目的があったりするから、侮れない奴なんだよな」

「それはなんとなくわかるかも」

 

俺たちは顔を見合わせて笑った。

 

「角谷はな、すっごく頭がいいんだ。前にほら、私、戦車道をやってるって言っただろ?」

「うん」

「戦車道の話とかも、よく聞いてくれるんだけどな、やってるわけじゃないのに、戦略とかちゃんと理解してくれるんだ」

「それはすごいな」

 

きっと理解力が高いんだろうな。

 

「そういうとさ、お前。その戦車道の成果はどうなんだ?」

「う~ん」

 

チョビがむつかしい顔をする。

 

「練習は日々やってる。試合運びの研究も。でも、結果が伴わないって感じかな」

「そっか」

「今日もほら、朝はこの雑誌読んでたんだ」

 

チョビがカバンから雑誌を取り出した。

月間戦車道と書かれた専門誌だ。

その表紙が……んん!?

これって。

 

「どうしたんだ、お兄さん?」

「あ、いや、その。表紙が、うちの大学だから」

「へ!?」

 

チョビが驚いた顔をする。

 

「ちょっとその雑誌、貸して?」

「ど、どうぞ」

 

手渡された雑誌のページをめくる。

すると、戦車道の近年隆盛著しい大学として、俺の通っている大学が特集を組まれていた。

それどころか、見知った顔が選手の一人として写っていた。

アズミだよ、これ。

大学でたまに顔を見たら声をかけてくれる女の子。

講義以外の時に何をしているのかは知らなかったけど。

戦車道やってたのか。

 

「あの? お兄さん?」

「あ、ご、ごめん」

 

俺はチョビに雑誌を返した。

 

「その雑誌、俺が知ってる子が載ってたわ」

「え!? ほ、本当に!?」

 

チョビが身を乗り出す。

目がキラキラと輝いている。

 

「ど、どの人?」

「えっと、この、アズミって子」

「あ、会わせて!!」

 

チョビが唐突に頭を下げる。

 

「お願いだ、お兄さん。私、なかなか戦車道の芽が出なくて。上手い人の話を聞いてみたいんだ!」

 

俺は頭を掻いた。

その気持ちはわからなくもない。

俺だって、同じような部分があるからだ。

ゲームを作る仕事に関わりたくてゲーム会社でバイトをしているけど、ちっとも芽が出ない。

任される作業といえば、デバッグばかり。

レベルが高い人のアドバイスを仰ぎたいのはわかる。

けど……。

俺はチョビを見る。

中学生の女の子。

う~ん、アズミにどう説明すればいいのか。

変な噂が立たなければいいけど。

 

「だ、ダメか……?」

 

悩んでいる俺に、チョビが涙目で言った。

えぇい、もう。

そんな目をしないでくれ。

 

「わかったよ。なんとか会えないか聞いてみる。ただ、友達って程じゃないから、過度な期待はしないでくれよ?」

「う、うん!!」

 

チョビが満面の笑顔で俺に抱きついた。

 

「お兄さん、ありがとう!!」

 

うわっ、っと。

相変わらず体温が高けぇ。

 

 

* * *

 

 

駅までの間、戦車道の話をした。

 

「へぇ、お前の好きなイタリア軍風の高校もあるんだな」

「うん。アンツィオって言ってね。結構、弱っちぃけどね」

 

チョビが苦笑いする。

 

「でも、そこでも入れたら本当に嬉しいかな。履修でちゃんと戦車道やってるってだけでも結構珍しいから」

「入るのは難しいのか?」

「うん。やっぱり、結果を出さなきゃいけないからな。推薦枠とかもあるにはあるけど」

「そっか」

 

と、駅前にたどり着いた。

それじゃ、帰るか。

 

「じゃ、チョビ子。またな。アズミには話はしておくから。またいいタイミングで電話をしてくれ」

「お、お兄さん!」

「ん?」

 

呼び止められて振り向く。

するとチョビが、何か小さなものを手に持って、差し出してきた。

ふるふると震えるその手に収まっているのは……真新しい携帯電話だった。

 

「あれ? チョビ子。それって」

 

チョビがつぶやく。

 

「ば、番号交換……して欲しいぞ」

 

消え入りそうな声でつぶやいた。

 

「おぉ、もちろんだ」

 

喜んでポケットから携帯を取り出す。

 

「買ってもらえたんだな」

「う、うん。めっちゃお母さんに頭下げたぞ」

「はははは」

 

様子が目に浮かぶ。

 

「でもなんでまた急に? 今まで別に欲しくなかったんだろ? どんな心境の変化なんだ?」

「あぅっ、そ、それは」

 

何やらチョビの顔が真っ赤になった。

 

そ、そんなの、お兄さんと連絡を取りたいからに決まってるじゃないかっ

 

何か呟いたが、よく聞こえなかった。

 

「よしっ。これで登録完了っと」

 

電話番号とメールアドレスを登録する。

 

「これでいつでも連絡できるな」

「い、いいい、いつでもっ!!?」

「ん? あぁ。そのための携帯だし」

「よ、よよ、夜とかでもいいのか?」

「別にいいよ。起きてる時間なら。メールだったら起きた時にまた見るし。気軽に連絡してくれていいよ」

「わ、わかった! 今度電話する! 約束だかんな!」

「お、おぅ」

 

気圧されるぐらいに力一杯の約束。

初めて手に入れた携帯電話がよほど嬉しいんだろうなぁ。

何とも微笑ましいことだ。

手をぶんぶんと振るチョビと、改札口で別れて、列車に乗った。

列車に乗りながら、ふと考えた。

アズミのことだった。

ただの大学の知り合いだとしか認識していなかったが、彼女、戦車道やっていたのか。

しかもちゃんと雑誌に載るぐらいの結果を出している。

チョビだってそうだ。

戦車道の履修がある高校に合格したいという明確な目的がある。

一方俺は?

ゲーム会社でバイトをしているが、あくまでバイトであって、明確な目的が定まっていない。

……こんなんでいいのかな、俺。

なんだか少し、複雑な気分だ。

 

「もう少し、自分のこと、考えなきゃいけないかもなぁ」

 

独り言をつぶやいた。

 

 

※※※※※※※おまけ・アンチョビのターン※※※※※※※

 

 

その日の夜。

アンチョビは携帯電話を握りしめて、ベッドの上で正座していた。

時刻は21時50分。

普段ならもう少ししたら寝ている時間だ。

 

「こ、この中にお兄さんの電話番号が……」

 

その事実を考えるだけで頭が茹るようだった。

そっと携帯を開き、電話帳を呼び出して、純一の番号を表示させる。

 

「~~~!!!」

 

数秒見つめると、なんだかいてもたってもいられなくなって携帯を閉じる。

先ほどからこの動作を繰り返している。

実は、さっそく今夜電話をしてみようかと考えてもいた。

今日の出来事を思い出しておしゃべりするだけでも楽しいだろう。

だが、妙に気恥しくなって、「あと10分。あと10分したら電話しよう」とか呟いているうちに気が付くと21時50分になってしまったのだ。

今度はこうなると、「よ、夜遅すぎないだろうか? お兄さん、怒らないかな?」とか別の心配が頭をもたげてしまう。

 

「うぁ~、やっぱりダメだぁ」

 

アンチョビはベッドに身を投げ出した。

お話はしたいけど。

今夜は、ちょっと電話をする勇気が出ない。

せっかく、念願の番号交換ができたというのに。

実のところアンチョビは、ひと月前にすでに携帯電話を手に入れていた。

純一のバイト先の近くの店でディアボラを食べた日。

公園で携帯電話を買ったことを告げるつもりだったのだ。

しかし、男女のキスに遭遇という予想外の事態にタイミングを逃してしまった。

その後もなかなか「番号交換しよっ」の単純な一言が言い出せなかった。

 

「あぅぅぅ、なんでなんだぁ~!!」

 

足をジタバタとさせる。

学校の友達相手ならむしろ自慢げに携帯を見せつけることだってできるのに。

純一相手だと、簡単なことも一苦労だ。

 

「で、でもまぁ、今日はやっと目的を果たせたんだからな!」

 

携帯を、胸元でギュッと握りしめ、仰向けになる。

 

「え、えへ、えへへへ」

 

ついつい、だらしのない笑みが漏れる。

やっと、純一と番号の交換ができた。

それだけでもう嬉しすぎる。

その日アンチョビは、携帯電話を握りしめたまま眠りに落ちたのだった。

 

 

 

(続く)


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