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励みになります。
今回は幕間として書いておきたかったエピソードですので短編です。
とある放課後。
いつも戦車道の本を買っている商店街の本屋さん〝しらかば書房〟の片隅で、アンチョビは頬を赤くしていた。
「す、すごい本を発見してしまったぞ」
呆然とつぶやく。
そんな彼女の目線の先には、面置きされた一冊の小説が。
どことなく平凡な雰囲気の男性をツインテールの少女が見つめるイラストが描かれたその本。
タイトルは『不器用姫と鈍感王子』。
帯には〝お兄さん、私の気持ちに気づいてよ!〟と銘打たれている。
先程たまたま書店の片隅に置かれたその本を発見してから、アンチョビは気になって仕方がなかった。
だって、タイトルとか、帯とか、表紙とか。
まるで私とお兄さんのことみたいじゃないか。
いや、姫ってのはアレだけど。
と、とにかく。
ほとんど小説は読まないけど。
この本は読んでみたいぞ!
だが、アンチョビはその本を手に取るという一歩が踏み出せずにいる。
少し恥ずかしそうに、ちらっとレジを見る。
そこには、いつもの店員さんがいる。
優しそうで知的な雰囲気の眼鏡のお姉さんだ。
私がいつも月間戦車道を買うと「戦車道やってるの? 頑張ってね」とほほ笑んでくれるお姉さん。
唐突に恋愛小説なんて持っていくと変な顔をされるんじゃないだろうか。
うぁぁぁぁ。
どうしよう、どうしよう。
アンチョビは頭を抱える。
あ、あきらめようか。
恋愛小説なんて、私の柄じゃないし。
っていうかいつも、弟と共同の少年漫画とかしか読まないし。
一瞬そう思って、くるりと踵を返すのだが。
結局アンチョビはまた先程の恋愛小説をチラリと見てしまう。
よくよく見ると、この本って一冊しか置いていない。
売り切れたらもう入荷しないかもしれない。
そうなると、手に入れることができなくなるかも……。
ど、どどど、どうしよう……。
悩みに悩んだ末に、アンチョビは結局その本をレジに持っていくことに決めた。
少し、いやかなり恥ずかしいので戦車道の本に挟んでレジに持っていこうかとも考えた。
だが、それはそれでなんだか姑息なような気がする。
アンチョビは恥ずかしがり屋だが、こそこそとした行動は好きじゃないのだ。
ほ、欲しいなら、堂々と買うしかないじゃないか。
と、突貫だぁ!
心の中でそう叫ぶ。
だが、実際には頬を真っ赤に染めて消え入りそうな声で
「こ、これくだしゃい……」
緊張のあまり少し噛みつつも恋愛小説をレジのお姉さんに差し出した。
「いつもありがとう~。今日も戦車道の本かな?」
ちょっと間延びした、のんびりな声でお姉さんがそう答える。
差し出された本を受け取ってつぶやいた。
「あら」
いつもと違う種類の本であることに気が付いたようだが何も言わずに優しく微笑んだ。
「620円になります」
「は、はいっ」
あわてて財布を開けるアンチョビ。
「あ、あわわっ」
手が震えて小銭を盛大にぶちまけた。
* * *
「か、買ってしまったぞ……」
帰宅すると即座に自室に閉じこもる。
生まれて初めて買った恋愛小説を、ベッドに寝転んで何度もルームライトにかざす。
一ページ目をめくってみた。
読みやすいテンポのいい文章で、主人公の女の子とお兄さんの出会いが描かれている。
最初はちょっと頼りない年上のお兄さんだと思っていたのが、一緒にいるうちにどんどんと心惹かれていく。
そんな女の子の心理描写が、いろんな出来事を交えて丹念に描かれている。
「そうだ、そうなんだ、なかなかお兄さんは気づいてくれないんだ……」
「あぅぅぅ、そんな誤解したまま離れ離れになるなんて」
「気持ちに気づいてくれ、お兄さん!」
「はぅぅぅぅ、そ、そんな優しい言葉かけられてみたいぞっ!」
ページを繰るごとに感情移入して、独り言をつぶやくアンチョビ。
気が付くと。
最後まで読み終えてしまっていた。
「はー、面白かった」
感嘆のため息。
生まれて初めて読んだけど。
恋愛小説ってこんなに面白いものだったのか。
ちょっと前まではクラスの友達が読んでいるのを見かけても全然興味がわかなかったのに。
それが今はこんなにも素敵なものだと思えるなんて。
どうしてこんなにも気持ちが変化したのだろう。
そ、それってたぶん。
いや、その、たぶんじゃなくて確実に。
「お、お兄さんと、出会ったから、だよな」
そうつぶやいて、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い隠した。
はぅぅぅぅぅ。
く、口に出して言うと恥ずかしい!
恥ずかしすぎるぞっ!
いつものようにベッドの上でゴロゴロと転がる。
と、その時。
可愛らしい音でアンチョビのおなかが鳴った。
「あ、そういうと小説読むのに夢中で晩御飯食べてなかったぞ!」
時計を見る。
もう22時だった。
「えぇぇ、22時? ば、晩御飯は?」
あわてて自室のドアを開けると、プレートに乗せられた夕食が置いてあった。
メモ用紙が添えてある。
〝なんかまたねーちゃん、悶えてるみたいなので、夕飯は置いておきます〟
弟の字だ。
めっちゃ気を遣われている。
ってか、あきれられている?
ふるふると震える手でメモ用紙を握りアンチョビは叫んだ。
「み、見てたんなら声かけてくれー!!」
* * * 余談 * * *
「ま、また来てしまったぞ……」
数日後、アンチョビは再びしらかば書房に立ち寄った。
少しもじもじとしながらも、勇気を出して例の恋愛小説が置いてあった場所へ。
他にも似たような小説がないか探したくなったのだ。
すると。
「あれ? 前はこんなのなかったような」
いつの間にか、手書きのポップが出来上がっていた。
そこには……〝店員Mおすすめ 女の子向け恋愛小説〟の文字が。
「こ、これって!」
アンチョビはあわててレジに目をやる。
いつものお姉さんと目が合う。
お姉さんが、優しそうな笑顔で小さくウィンクしたのだった。
(つづく)
アンチョビが恋愛小説を好きになるきっかけを書いておきたかったので、幕間として書かせていただきました。
次回は、海のお話になります。