【完結】ピッツァ!ピッツァ!ピッツァ!   作:忍者小僧

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8、デメトリオ

「まさか、夏の定番イベントを消化する日がやってくるとは……」

 

地元のスーパーの2階の紳士用品売り場で、男性用水着を手に取りながらつぶやいた。

チョビに海に行こうと誘われはしたものの、ここ数年来泳いだことがない。

海パンがなかったので買いに来たわけだ。

季節は夏真っ盛り。

あんまり人のいないぼろいスーパーだけど、サマーレジャー特集なるものが開催されていた。

微妙にダサい感じの安っぽい水着が並んでいる。

いや、これでいいんだよ俺は。

かっこつけるほど男前じゃないからな。

駅前まで行けば少しお洒落なモールとかもあるんだけど、子供の頃から通い慣れてるスーパーのほうが好きっていうか落ち着く。

 

「やっぱサーフパンツが無難だよな」

 

そう言いながらグレーの下地に椰子の木が描かれた一着を手に取った。

夏らしいデザインだ。

これでいいだろう。

レジに持っていこうとすると。

 

「なかなか眼の付け所がいいねー」

 

聞き覚えのある声が耳元でささやいた。

 

「うひっ」

 

思わず変な声を上げて振り返ると、チョビの友達の杏ちゃんがいた。

 

「やっ。お兄さん。奇遇だねー」

 

なんか謎の芋っぽいおやつを食べながら手をふってきた。

本当に偶然か?

この子の性格的に、なんかたくらんでいてもおかしくなさそうだ。

っていうかここ、紳士用品売り場なんですけど。

 

「何でこんなところにいるの?」

 

俺が疑わしげに問いかけると杏ちゃんがあっけらかんと答える。

 

「いや、たまたま駅前で見かけたから、尾行してみた」

 

何やってんだよ君は……。

 

「ここんとこ安斎がさ、なんか嬉しそうにニヤニヤばっかしてるんだけどさー。訊いても教えてくれないから。こりゃお兄さん関係でなんかあるんだろうなってね」

 

そう言って、俺の手にある水着を指差す。

 

「海行くの?」

「まぁね」

「安斎と?」

「そ、そうだよ」

「お兄さん、やるねー」

 

口元に手を当てて杏ちゃんがニマニマと目を細める。

俺はため息をついて言った。

 

「ただの保護者代わりだよ」

「またまたご謙遜」

 

本当だっての。

子供と海行くのに、それ以上の他意があるかよ。

 

「あ、そうだ。お兄さん今暇?」

「まぁ、暇っちゃ暇だけど」

「それじゃせっかくだしちょっと付き合ってよ」

「え? 何に?」

「私の水着選び」

「もしかして、一緒に来るの?」

「違うよ。夏休みになったら友達とプール行くからさ。それ用の」

 

杏ちゃんに背中を押されて、女の子向けの水着コーナーへ。

うっ。

数人だけどお客さんがいる。

チラッと俺のほう見たぞ。

こ、これは恥ずかしいかも。

 

「なにキョドってんの?」

「いやほら、男がこういうコーナーってちょっと変じゃないか?」

「付き添いのお兄ちゃんって感じで振る舞っとけば大丈夫でしょ」

 

そう言いながら杏ちゃんが水着を一枚手に取る。

 

「こんなのどーかな?」

 

どれどれ。

その水着を見て絶句した。

ほとんど紐じゃねーか!

むしろどうやって着るんだよ。

 

「セクシーでしょ」

「あ、あほか! 子供が着てどうする!?」

「アンバランスな意外性の魅力とか発揮されちゃうかもね」

 

小さな体をくねらす。

こいつ、絶対にからかってやがる。

 

「頼むから普通の水着を買ってくれよ」

 

俺がそう言うと、杏ちゃんがちょっと真剣な表情で問いかけてきた。

 

「それじゃさ、お兄さん的にはどういう水着が好きなの?」

 

おおぅ、唐突だな。

俺は水着売り場をチラッと見る。

いろんな種類があるな。

女の子の水着なんてまじまじと眺めたことがないから、どれが良いとかわからないぞ。

そりゃ俺も男だから、ちょっとセクシーなビキニとかは好きか嫌いかで言えば好きだけど。

杏ちゃんぐらいの歳でそういうのもどうかと思うし。

その時、やや子供っぽい雰囲気のワンピースの水着が目に留まった。

ピンクの花柄でいかにも可愛い感じのやつ。

杏ちゃんの雰囲気だと、こういうのがむしろ似合うんじゃないだろうか。

変に大人ぶったの買うよりも良いだろう。

 

「これなんかどうだ?」

 

俺がその水着を指差すと、杏ちゃんがじろじろと眺めた。

 

「ちょっと子供っぽくない?」

 

不満そうに問いかけてくる。

確かにそうかも知れないが、無難といえば無難だろ。

 

「そういうのの方が好きだよ。女の子っぽくて」

 

あえてそう言った。

これで紐の水着を買うのは回避できるだろう。

 

「ふぅん。わかった」

 

そうつぶやいて、杏ちゃんが水着を携帯で写真に撮った。

 

「何してるの?」

「ん? 候補に入れとこうと思って」

「今買わないのかよ」

「私、買い物については慎重派だから」

 

意味ありげに笑ってそう言った。

 

「ところでさぁ」

 

ちょいちょい。

杏ちゃんが俺にしゃがめと合図する。

 

何だよ、いったい。

目線の高さぐらいにしゃがむと、俺の耳元でささやいた。

 

「さっきの紐みたいな水着。特別にお兄さんの前でだけ試着してあげよっか?」

「な、なに言ってるんだ!?」

「あははは。うろたえてる」

 

ひとしきり笑うと、俺の手元に食べかけのお菓子の袋を押し付けた。

 

「それあげる。海では安斎によろしくー」

 

ぴゅーって擬音が出そうな勢いで走り去っていった。

 

「台風みたいな子だな」

 

一人残された俺はつぶやく。

ってか何くれたんだ。

杏ちゃんがくれたお菓子の袋にはこんな文字が。

 

〝茨城銘菓 干し芋〟

 

意外に渋いの食べてるな。

 

 

* * *

 

 

さてそれから一週間ほどが過ぎて、約束の日がやってきた。

県外の海に行くわけではないので、集合は昼前ぐらい。

俺は待ち合わせ場所の駅前へ。

海とか行くの本当に数年ぶりだから、妙に緊張する。

一応、通気性のある麻のシャツを着て、リュックサックに水着とか、サンダルとか入れてきた。

あ。

いたいた。

チョビはすでに駅前の変なモニュメントの前で待ってくれていた。

その服装は……いつもと少し違っていた。

夏らしい、ふわっとした雰囲気の白いワンピース。

襟首のところには薄いブルーで刺繍がしてある。

麦藁帽子をかぶり、少し大きめのボストンバッグを抱えたチョビは、まるで家出中の名家のお嬢様みたいにも見える。

俺はドキッとしてしまった。

服装だけじゃない。

表情とか、雰囲気にもだ。

モニュメントにもたれかかって俺を待っているチョビの表情は、いつもの明るい子供っぽいものと少し違っていた。

かすかなアンニュイ感っていうか。

俺の横で、はしゃいでいるときとぜんぜん違う。

一人でいるときはこんな感じなのか?

思ってたよりも大人っぽいというか。

た、たまたまだよな。

たまたま。

そうに決まってる。

俺はわざと明るく声をかけた。

 

「お待たせ、チョビ子!」

「あっ! お兄さん!」

 

俺に気がついたチョビが、ぱぁっと笑顔になった。

あ、いつもどおりの元気な表情だ。

なんか安心した。

そうなると、ちょっとからかいたくなってくる。

 

「麦藁帽子かぶってるんだな、今日は」

「う、うん。日差しが強いから」

「虫取り網を持ってたら最強だな」

「私は男の子じゃないぞ!」

 

がおっと吠えられた。

 

「冗談だよ。それで、今日はどこまで行くんだ? 県内とは聞いてたけど」

「じゃーん! ここだぞ!」

 

チョビが自慢げに旅行雑誌を開く。

行き先は知多半島か。

なになに?

 

〝この夏初登場! 巨大海上ウォータースライダー〟?

 

「プールみたいなウォータースライダーが海水浴場に設置されてるんだ」

 

待ちきれないという様子でチョビが言う。

へぇ。

普通に楽しそうだな。

 

「電車で最寄り駅まで行って、そこからバスに乗るみたいだぞ」

「オッケー。それじゃ行こうか」

「うん!」

 

二人で切符を買い、駅構内へ。

列車はすぐにやってきた。

おっ。

意外に空いてるな。

並んで座れそうだ。

 

「ここ、とーった!」

 

ぴょんっと、チョビが座席に腰掛ける。

 

「お兄さんはここね」

 

自分の横の座席をぽんぽんとたたく。

 

「はいはい」

 

俺は苦笑して隣に座った。

お嬢様っぽい服装しててもいつもと変わんねーな。

 

「おっと」

 

座ろうとしたら、チョビのふわっとしたワンピースのスカートを巻き込んでしまいそうになる。

 

「ごめん、チョビ子。ちょっとスカートの裾を持ってて」

「あ、そ、そっか」

 

慌ててチョビが裾をまとめる。

 

「こういう服、あんまり着ないからわかんなかったぞ」

「確かに珍しいよな。どうしたんだよ」

「え、えと。それは」

 

顔を赤くして俺を見る。

なんだなんだ。

一呼吸おいて、チョビが呟くように言った。

 

「せ、せっかくお兄さんと遠くにお出かけだから」

「え?」

 

今、俺とだから、って言った?

自分の言葉の意味に気がついたのか、チョビは慌てて訂正する。

 

「あ、いや、ち、違って! そ、そう! この服、お母さんが買ってくれたんだけど! ちょっと恥ずかしくて着る機会がなかったから! も、もったいないなって!」

「そ、そうか」

 

俺は納得したように頷く。

 

「確かに、着なかったらもったいないもんな」

「そ、そう。そうなんだ」

「で、でもこれからはたまに着たらいいと思うよ。普通にすごく似合ってるし」

「ふぇっ!?」

 

その一言に、チョビが湯気を立てた。

 

「に、にに似合ってるだなんてそんな……」

 

下を向いて、指と指をあわせながらつぶやく。

 

「が、がさつな私には、似合わないぞ。さ、さっき待ってる間もすごく恥ずかしかったし」

 

それでちょっと憂い顔だったのか。

 

「そんなことないって」

 

俺はチョビの頭をぽんぽんと触った。

 

「お前ほら、このドリルなツインテールとかお嬢様っぽいじゃん。なんちゃってだけど」

「なんちゃっては余計だっ」

 

あ。手をはねのけられた。

 

 

* * *

 

 

窓の外の景色が、だんだんと郊外っぽくなっていく。

地元を離れて遠くまで来てるんだなーって実感する。

ところどころ、観光名所とかの看板も見えてきたし。

あまり遠出はしないタイプなんだが、テンション上がってきたかも。

 

「そういうと、チョビ子は海とか良く行くのか?」

「小学生の時以来だぞ」

「そうなのか」

「友達とプールとかは行くけどな」

 

そういうと杏ちゃんがプールに行くって言ってたっけ。

 

「だから、今日は本当に楽しみなんだ。おにぎりも作ってきたぞ! 海に着いたら一緒に食べよっ」

 

ボストンバッグを指差す。

なんかいいなぁ、そういうの。

やがて、列車に揺られていると。

 

〝海岸前駅~、海岸前駅~〟

 

駅員さんのアナウンスが入る。

おっ。

ここだな。

 

「降りるか」

「うん!」

 

駅舎を降りると、かすかに潮風っぽいものが感じられた。

海が近い証拠だ。

ベンチとかのデザインも、ひなびた雰囲気の味のあるものになっている。

ミントグリーンの屋根が可愛い感じの小さな駅舎を出ると、夏の太陽が俺たちを照りつけた。

暑いけど、どこか心地よい。

 

「ここからバスに乗るんだよな」

「あ、あれじゃないかな?」

 

チョビが指差した先には古びた雰囲気のポールが。

バス停留所だ。

ところが。

 

「よ、読めねぇ」

 

停留所の時刻表が経年劣化で一部読めなくなっていた。

 

「ふっふっふ、大丈夫だぞ、お兄さん」

 

チョビがドヤ顔で携帯電話を取り出す。

 

「こういうときは、インターネットに情報が載っているはずだっ」

 

おぉ、使いこなしてるじゃねーか。

チョビが、まだ少しぎこちない動作で携帯を操作して、画面を切り替える。

と、そのとき。

操作をミスったのか、一瞬、別の画面に。

 

「あ、あわわわわっ!」

 

大急ぎでチョビが携帯を閉じる。

 

「み、見たか?」

 

恐る恐るという感じで問いかけてくる。

 

「え? いや? 一瞬だったからよく見えなかったけど」

「そ、そっか」

 

ほっとしたようにチョビが息をつく。

 

「チョビ子、お前なんか見られて困るようなのでも保存してるのか? もしかして、なんか恥ずかしい画像とか?」

 

わざと俺がふざけたように言うと、真っ赤になって否定する。

 

「そんなわけないだろ、変なこと言うな!」

「そんなに否定したら逆に怪しいぞ〜」

 

そんな風に遊んでいるとすぐにバスがやってきた。

ぜんぜん携帯で調べる意味なかったわ、これ。

 

 

* * *

 

 

海水浴場の最寄のバス停に着いた。

 

「結構な人だな」

 

さすが夏。

さほど有名なビーチではないのに、かなり混んでいる。

当たり前だが、ほとんどがカップルか家族連れ。

俺とチョビみたいにちぐはぐな年齢の二人組みというのは珍しい。

ってか、カップル多いな。

くっ、リア充どもめ。

自慢じゃないが俺は海でデートなんてしたことないぞ。

 

「お兄さん、どうしたんだ?」

 

チョビが心配そうに覗きこんできた。

 

「いや、ちょっと周りを見てただけだよ。カップルばっかだなって」

「そ、そうだなっ!」

 

チョビがなぜか嬉しそうに答える。

 

「ふ、2人で海に来たらカップルだもんな」

「ま、歳が近けりゃな」

「うぐっ」

 

一転して暗い表情に。

 

「わ、私とお兄さんは?」

「ん? どう見えるかってことか?」

「う、うん」

 

なんだろう。

カップル……は無理があるだろ。

大学生と中学生だぞ。

犯罪だ。

かと言って、家族連れでもないよな。

親子には見えないだろ。

兄妹というには顔が似てないし。

 

「歳の離れた従兄妹とか?」

 

無難な答えを出すと、チョビが拗ねたようにつぶやいた。

 

「お兄さんのバカ」

「おま、言うに事欠いて。いつも補習受けてるのは誰だよ」

「そ、そういう意味じゃないぞ!」

 

じゃ、どういう意味だよと、問いかけようとしたら、チョビがワンピースのスカートに手をかけた。

たくし上げて脱ごうとしている。

 

「え? ちょ? なにやってるの?」

「ん? 海に入るから、水着にならなきゃ」

「お前、やっぱバカだろ! なんで人前で脱ぐんだっ!」

 

思わず手で覆い隠そうとする俺。

避暑地のお嬢様みたいなワンピースの女の子が唐突に脱ぎだしたから結構な注目を集めている。

特に男ども。

俺は思わず周囲を威嚇する。

み、見るんじゃねーぞ!

するとチョビが慌てて俺に言った。

 

「お、お兄さん、心配しなくていいから。下に水着を着て来てるから!」

 

あ、ホントだ。

ほっとするも少し残念な気分。

優雅なワンピース着てても中身はチョビ子か。

いや、そりゃそうなんだけど……。

 

チョビが洋服の下に着ていたのは、可愛らしい花柄がプリントされた、少し子供っぽい水着だった。

スーパーで俺が杏ちゃんに勧めたのに似ていなくもない。

だが、いかにもな子供用ワンピース水着ではなく、ちゃんと上下に分かれていて、大胆な露出ではないが、おへそが見えている。

腰のあたりにはパレオが巻いてあって、ほんのりと優雅な避暑地感も。

普通にすげー可愛い。

 

「ど、どうだ? お兄さん」

 

さっきまでの男前な脱ぎっぷりはどこへやら。

もじもじとして、問いかけてくるチョビ。

いや、似合ってるよ、すごく。

 

「あ、その」

 

だが、いざとなると、気の利いた言葉が出てこなかった。

いや、仕方ねーだろ。

俺、女の子と水着で遊んだこととかねーし。

こういうときなんて褒めたらいいのかわかんねーんだよ。

 

「だ、だめか……?」

 

あぐ。

黙っていると、チョビがなんとも不安そうな眼で俺を見つめてくる。

俺はちょっと頬を赤らめて言った。

 

「か、可愛いと思う」

 

その一言が限界だった。

 

「あ、ありがとう……」

 

お互いぼそぼそと呟いて、頷きあう。

なんか微妙な空気感になってしまい、しばしお互い無言に。

その時、チョビのお腹が鳴った。

 

「ひゃっ」

 

恥ずかしそうにお腹を押さえるチョビ。

俺は吹き出した。

 

「何だよ、お腹減ったのか」

「い、いや、そのっ」

「昼前に電車に乗ってそのまま海まで来たものな。まずは腹ごしらえしようぜ」

「う、うん」

 

そんなわけで二人並んで浜辺に座り、おにぎりを食べる。

うん、めっちゃ美味い。

チョビのやつ、おにぎり作るの上手いな。

こう、なんてーの、お米がふわっとしてるっていうか。

 

「美味いな、このおにぎり」

「そ、そうか?」

「あぁ。なんかこう、おにぎりってどれでも一緒かと思ってたけど、ちょっと違うっていうか。美味く作るコツとかあるのか?」

「そ、そりゃまぁすっごく愛情こめて握ったかんな

 

最後の部分がよく聞き取れなかった。

俺は思わず聞き返す。

 

「ごめん、チョビ子。もう一回教えてくれ」

「や、やっぱり内緒!」

 

なんかまた拗ねられてしまった。

 

 

* * *

 

 

腹ごしらえを終えると、海へ繰り出す。

水を掛け合って遊んだりした後は、いよいよ本日のお目当ての海上巨大ウォータースライダーへ。

こうやって見ると、見上げるほどデカイな。

こりゃ海でないと設置できないわ。

近所のプールとかだとはみ出しちまう。

 

「さっ、並ぼう、お兄さん」

 

チョビに促されて待機列へ。

やっぱ込み合ってるな。

15分ほど並ぶと、俺たちの番がやってきた。

 

「お一人で滑られますか? それともお二人で滑られますか?」

 

黄色いキャップを被ったスタッフのお姉さんに問いかけられる。

ん?

順番に滑るだけのものじゃないのか?

 

「一緒に滑ることもできるんですか?」

 

興味津々といった様子でチョビが問いかける。

 

「はい。大丈夫ですよ」

 

スタッフさんが笑顔で答える。

 

「それならもちろん二人一緒がいいぞ!」

 

チョビ子がさも当然といったように言った。

するとスタッフさんが滑り方の説明を始めた。

 

「では、ご一緒に滑る場合の滑り方の説明をいたしますね。まず、男性の方ここに座ってください」

 

スライダーの起点の位置に座らされる。

 

「女性の方、男性の方の股の間にすっぽりと挟まるように座ってください」

「え?」

 

チョビの焦った声が。

 

「お、お兄さんの、あ、足に挟まれて座るの?」

「はい。そうしないと危ないですから」

「あ、え、えと、で、でも……」

 

チラチラと俺の足……というか股間を見るチョビ。

おい、意識しすぎだろ。

でもまぁ、チョビも思春期なお年頃だしなぁ。

嫌がってるならやめておくか。

 

「どうする? チョビ子。一人で滑るか?」

「う、ううん!」

 

勇気を振り絞るように首を振るチョビ。

 

「い、一緒に滑りたい!」

 

そう言って俺の足の間に腰を下ろす。

きゅっと引き締まった小さなお尻が、俺の体にちょこんと触れた。

だが、ぴったりと密着するのには抵抗があるのか、微妙な距離を保っている。

それでもかなり恥ずかしいらしく、うつむき加減でもじもじ。

そんなチョビにスタッフのお姉さんの無慈悲な言葉が炸裂する。

 

「もっとくっついてくださいね」

「え、えぇぇぇ」

「危険防止のためですので」

「こ、これぐらい、か?」

 

消え入りそうな声で呟きながら、チョビが少しだけ俺にお尻を近づけた。

 

「あ、もっとです♪」

 

スタッフのお姉さんがニッコリ笑顔で言う。

この人、楽しんでないよね?

 

「あ、あぅぅぅ」

 

踏ん切りがつかないチョビ。

真っ赤になってあたふたしている。

しょうがないなぁ。

あんまり手間取っていると後ろのお客さんにも迷惑だし、何よりちゃんと密着しておかないと危ないんだよな。

 

「チョビ子、ちょっと我慢しててくれよ?」

 

俺はそう言って、後ろからギュッとチョビを抱きしめた。

 

「ふ、ふぇっ!!? お、お兄さん!!?」

「あんまり触られるのは嫌かもしれないけど。ちゃんとした体勢でないと怪我するかもしれないから」

「それでオッケーです♪」

 

いい笑顔のスタッフのお姉さんに太鼓判をもらい、いよいよ滑ることに。

 

「男性の方、手はしっかりと女の子のお腹に回してくださいね」

「は、はい」

 

俺は指示に従ってチョビのお腹に手を回す。

う、うわっ、柔らけーな。

なんかこう、ふにっとしててすべっとしてて、でもスポーツやってるからかきゅっと引き締まってる。

って、てかダメだろ、俺。

何ドキドキしてんだよ、チョビ子は子供だぞ。

首を振って、邪念を吹き飛ばす。

よしっ、大丈夫だ。

 

「それではどうぞー」

 

スタッフのお姉さんの合図で滑り出した。

思ったよりもスピードが出ている。

ウォータースライダーってこんなに早いものだっけ?

あ、そうか。

二人で滑ると体重が加算されるから速度も上がるのか!

 

「ひゃー! すごいぞっ!!」

 

さっきまで赤くなって黙っていたチョビが歓声を上げる。

普段戦車道やってるからスリリングなものには耐性あるのか。

な、なんか男の俺のほうがビビってるとカッコ悪いな。

変な声を上げるのは堪えよう。

と、そんなことを考えた矢先、スライダーの角度が変わった。

やべっ。

手が離れそうになる。

俺は慌ててチョビの体を強く抱きしめなおす。

 

「お、おおおおお兄さん!!?」

「ご、ごめん、ちょっと手が離れちゃって」

「あ、いいいや、わ、わかってる」

 

自動首振り人形みたいにコクコクと頷くチョビ。

その瞬間。

 

ざっぱーん!!

 

俺たちは海に着地した。

 

「ぷはぁっ!」

 

水面から顔を出したチョビが、濡れた子猫みたいに体をぶるぶるとさせる。

 

「け、けっこうスピードが出てたな」

「うん! 楽しかった!」

 

チョビは嬉しそうだ。

 

「あ、そうだ。お兄さん、けっこう怖がってただろー?」

 

ちょっと意地悪そうに問いかけてきた。

 

「うぐっ、そ、そんなことはない」

「耳元で息をのむ音が聞こえたぞ?」

 

こ、こいつ。

大人をからかいやがって。

 

「ま、まぁなんだ。そこそこドキドキはしたかもな。こ、声は出してないぞ。声を出すほど怖くはなかった」

「あはは、でもちょっとは怖かったんだな」

 

チョビがケタケタと笑う。

 

「くそっ。お前のほうは全然平気だったのかよ」

「スピードには慣れてるからな!……まぁ、その、べ、別の意味ではドキドキしたけど」

「ん? どういう意味だよ」

「し、知らなくていいの!」

 

ぷいと顔を背ける。

なんだよ、時々こういう反応するよな、こいつ。

話題を変えるか。

 

「おっ。チョビ子、見てみろよ、あれ」

 

俺は海の向こうに見つけたものを指さした。

それは一隻の学園艦だった。

それ一つで街ともいえるような巨大な船が、海岸線にぼんやり浮かんで見えた。

 

「どこの船かな」

「ちょっと遠すぎてわかんない」

 

チョビが残念そうに答えた。

 

「チョビ子が好きなイタリア軍風の学校……アンツィオだっけ。それも確か学園艦なんだよな?」

「お兄さん、覚えていてくれたのか!?」

 

チョビがきらきらと目を輝かせる。

 

「そりゃまぁね。お前と一緒にいると、自然に多少戦車道のことも詳しくなるよ」

「ありがとう! すごくうれしいぞ!」

 

ついさっきのちょっとツンとした態度はどこへやらだ。

まったく、見ていて飽きないやつめ。

はしゃぎつかれた俺たちは、浜辺に移動する。

学園艦の遠影を眺めながら、会話を続けた。

 

「俺は陸の育ちだからあんまり知らないんだけどさ。学園艦って学生寮みたいな感じなのかな」

「地元じゃない子からしたらそんな感じみたい。親元を離れてアパートとかで暮らしながら学校に通うんだ」

「地元?」

「学園艦育ちの子。親が学園艦の街でお店やってる人とか」

「なるほどね」

 

陸の育ちと全然違うんだろうなぁ。

俺がそんな人生に思いをはせていると、チョビが続けた。

 

「学園艦には戦車道の名門が多いんだ。黒森峰、プラウダ、聖グロリアーナ……」

「お前の好きなアンツィオは?」

「か、かなり弱っちいんだ。強くなってほしいぞ……」

「そっかぁ」

 

ふと、先日のアズミの言葉が思い浮かんだ。

チョビが隊長に向いてるっていう。

 

「そういう弱いチームの隊長になって強く育て上げるっていうのも、やりがいがあるかもな」

「え?」

 

チョビが俺を見た。

 

「いや、ふと思ったんだよ。お前さ、時々すっげーリーダーシップを発揮するときあるだろ。俺と一緒にいても。こう、引っ張ってくれるというか。もともとはアズミが言ってたんだけどさ。お前、隊長に向いてるかもって俺も思うよ」

「は、え、へぁ……」

 

口をぽかんと開けて、目をぱちくりとさせたチョビが、変な声を発する。

こいつ、褒められなれて無いなぁ。

時間差で我に返ると、俺の背中をぽかぽかと叩いてきた。

 

「も、もうっ! お兄さん! おだてるのは禁止だぞっ!」

 

明らかな照れ隠し。

可愛いやつめ。

 

「で、でもまぁ、その。あ、アンツィオなら、その。わ、私の学力でも頑張れば合格できるかもしんないし。そ、その。お兄さんがそう言ってくれるなら、け、検討しとくぞっ」

 

早口でそう、まくしたてる。

 

「ははは。がんばれよ」

 

俺がつむじをポンポンと触ると、

 

「だ、だからそれも禁止~っ!」

 

と、身をよじった。

 

「そ、そろそろ行こっ!?」

 

話題を変えたいのか、チョビが立ち上がる。

 

「行くってどこへ?」

「ゆ、夕食!! お腹減ってきたぞ」

「確かにな。もうこんな時間か」

 

海まで遠かったから、もう17時だ。

帰る時間も考慮するならそろそろ食べてもいいだろう。

 

「あのさ、チョビ子。実は、行こうと思ってる店があるんだ」

 

俺はそう言って、スマホを取り出した。

 

「え? そうなのか?」

「あぁ。いつも通り、ピザでいいよな?」

「うん! ピザがいいぞ」

「よかった。この店なんだけど」

 

俺はスマホで検索した情報を見せる。

イタリアン料理・グロッソ。

バスの窓から、ちらりとそれらしい店が見えたから調べておいたのだ。

大体の場所で検索したらビンゴ。

イタリアンの店だった。

こじんまりとした地元密着のお店みたいだけど、観光客で混んでるよりもむしろいいだろう。

 

「お兄さん、お兄さん」

「ん?」

「どうしてその店にしようと思ったんだ?」

 

どうしよう。

言うべきかな。

ちょっと恥ずかしいんだが。

ええぃ、乙女か俺は。

言っちまえ。

 

「いつもチョビ子に店選んでもらってばっかだろ。初めて会った時も、お前に助けられたし。さっきの話じゃないけどさ、俺もたまにはその、引っ張りたいっていうか。ちょ、チョビ子のために、み、店を選びたくなってだな……」

「~~~っ!!!」

 

その言葉に、チョビが見る見るうちに笑顔になっていく。

 

「も、もうっ! お兄さん! もうっ!」

 

びっくりするぐらい、にまにましながら俺の背中をぽかぽか叩く。

 

「ちょ、おま、いつもより力入ってないか?」

「そ、そんなことないぞ!」

 

ぽかぽかぽかー。

い、痛いからその照れ隠しはやめろよ。

 

 

* * *

 

 

そんなわけで、グロッソへ。

ビーチからは少し離れてるけど、歩けない距離じゃないのでてくてく徒歩で向かった。

 

「おぉ」

 

遠くからだとちんまりと見えたが、近づくと結構貫禄のある店だ。

古い洋風建築の一軒家をそのまま店にしたっていうか。

ヨーロッパ風の水銀燈みたいなのが軒先に設置されていて、お屋敷の扉みたいな木造のドアを照らしている。

 

「な、なんかドラキュラが出てきそうだぞ」

「お前、お店の中で絶対にそれ言うなよ」

 

ちょっとおっかなびっくり、ぎぎぎっと音の鳴る木製の扉を開く。

すると、店内も薄暗かった。

 

「ひっ」

 

チョビが俺のシャツの裾をつかむ。

あれ、意外のホラー系は苦手か?

 

「いらっしゃいませ」

「うわっ」

 

び、びっくりした。

真横から唐突に声をかけられた。

チョビのやつを見ると俺の後ろに隠れてガタガタしている。

いや、安心しろ、ただの店員さんだ。

 

「お二人様ですかな?」

 

白髪にひげを生やした、魔術師みたいな爺さんの店員が問いかける。

 

「は、はい」

 

俺は頷いた。

 

 

* * *

 

 

窓際の席に案内される。

海が見える、いい席だ。

白いテーブルシーツの敷かれた机に配された、これまた木製のレトロな椅子に座ると、小さな音でコンチェルトが流れ出した。

デジタルの音質じゃないなと思って目をやると、爺さんがレコードプレイヤーをセットしていた。

少しノイズをはらんだ、しかし心地よくて温かみのある音が店内に満たされる。

ようやく少し落ち着いたチョビがひそひそと言った。

 

「お、お化け屋敷に来ちゃったのかと思ったぞ」

「ま、まぁ、俺もちょっとビビった」

「どうぞ、メニューです」

「うぎゃーっ!」

 

チョビがビックリして両手を上げる。

爺さん、ねらったようなタイミングだな。

 

「ご、ごごごめんなさい。悪口じゃないんです」

 

平謝り。

一方爺さんは飄々と笑っていた。

 

「古い店ですからね。お嬢さんを驚かせてしまったかな」

 

髭をなでながらつぶやく。

 

「ちょっと待っていてください」

 

そう言って奥へと引っ込むと、キャンドルを一本持ってきた。

疑似のキャンドルではなく、本物だ。

 

「これで少しは明るくなりますかな?」

 

爺さんが火をつける。

すると、キャンドルが美しい青色に輝いた。

 

「わぁっ。色付きのキャンドルだ」

「職人さんの手作りなんです。この色はアクアマリンといって、なかなか出せないんですよ」

「へぇ」

 

ゆらゆらと揺れる光は幻想的だ。

窓から見える海もあいまって、別世界にいるような気持ちになる。

 

「本当に綺麗だな、お兄さん!」

「あぁ」

 

すっかり笑顔になったチョビが、メニューを開く。

 

「どれにしようかな~」

 

マルゲリータ、クアトロ・フォルマッジ、マリナーラ、チチネッリ。

定番のメニューの中に、一つ聞きなれない名前があった。

 

「「デメトリオ?」」

 

小さく説明の記述がある。

 

〝作れるときのみ。黄色いピッツァ〟

 

あ、怪しい……。

 

「お兄さん、これにしよう! これ!」

 

チョビが目を輝かせる。

しょ、しょうがないなぁ。

俺は手を挙げて、爺さんに合図した。

 

「あの、これってありますか? 作れるときだけって書いてありますけど」

「はい。本日は大丈夫ですよ」

「やった! それじゃこのピザで! ラージサイズを分けようよ、お兄さん!」

 

冒険しすぎだろ。

っていうかどんなピザか聞かなくていいのか?

 

俺の胸中を察したのか、チョビがちっちっちと指を振った。

 

「こういう時、わざわざ味を聞くのは野暮ってもんだぞ」

 

すると爺さんが補足してくれた。

 

「当店の看板メニューですので、お味は安心ください」

「だってさ、お兄さん」

「わ、わかったよ」

 

ラージピザ一つだけってのもあれだから、デザートコースっていうのを注文する。

飲み物と自家製アイスがついてくるらしい。

暑いしちょうどいい。

海を眺めたり、おしゃべりをしたりして待つこと10分ほど。

出来立てのピザが運ばれてきた。

それは……本当に黄色かった。

 

「う、うわっ、こんな色のピザ初めて見たぞ」

 

チョビがおっかなびっくり、生地の耳の部分をつんつんする。

 

「確かに。乗ってる具自体はシンプルなんだがな」

 

そうなのだ。

そのピザは、スタイルとしてはごく平凡なマルゲリータに近いものだった。

もちっとした生地の上に、黄色いソース。ところどころ、白いとろけたチーズが混じり、そしてルッコラのようなものが乗せてある。

ただ、黄色いのだ。

どういうことなんだ、これ。

 

「た、食べてみよう、お兄さん!」

「そうだな!」

 

俺たちは手を合わせる。

 

「「いただきまーす!」」

 

はむっ。

 

「ん!!」

 

なんだ、これ。

味としては、スタンダードなトマトソースのピザに近い。

でも、ほんの少し違う。

トマトソースなら酸っぱいんだけど、このピザにはほんの少しだけ甘みがある。

でも、先日の桃のピザみたいな、違う具材で付け加えられた甘さじゃなくて。

ソースそのものに、酸っぱさと辛さと甘さの複雑なハーモニーがあるっていうか。

いや、これ、普通にめっちゃおいしいわ。

見ると、チョビも満足げに頬を緩めていた。

もう2切れめに突入している。

 

「大当たりだったな、チョビ子」

 

俺がそう問いかけると、チョビは笑顔で頷いた。

 

「お味はいかがでしたでしょうか?」

 

食べ終えたタイミングで、デザートとドリンクを持ってきた爺さんが問いかけてきた。

 

「すっごく美味しかったぞ、お爺ちゃん!」

 

チョビが笑顔で答える。

お爺ちゃんって、おい。

だが、爺さんも満面の笑みだった。

 

「そうかそうか、それはよかった」

 

ため口になってる。

孫娘としゃべってる感覚になってる?

 

「あの、黄色いソースって、どうやってるんですか?」

 

俺は、気になって仕方がなかったことを問いかけてみた。

教えてくれないかな。

こういうのって企業秘密かもしれないし。

だが、爺さんはあっさりと種明かしをしてくれた。

 

「それはね、黄色いトマトを使ってるんですよ」

「黄色いトマト」

「そう。黄色いトマトは、いいものは糖度が高いんです。だから普通の赤いトマトで作ったソースよりもほんの少し甘みが増すんですよ。ただ、良いものが取れた時しか作れないからね」

 

そうか、それで作れるときだけなのか。

 

「こういう黄色いピザをデメトリオっていうんですか?」

「あぁ、そういうわけじゃありません」

 

爺さんが遠い目をした。

 

「この黄色いピザは、別に決まった名称があるわけじゃないんです。デメトリオってのは人の名前です。このピザを教えてくれた、イタリアのね。私は若いころイタリアで修行していて。その頃に友人だった男です……」

 

遠い友人の名を冠されたピザ。

 

「さ、アイスが溶けてしまわないうちに食べてください」

 

そう言って、爺さんは厨房に去っていった。

そうだな、溶けないうちに食べるか。

アイスも美味しいな。

ほろ苦い味というか。

バニラアイスに、なんかソースがかかってるな。

 

「お、おにいしゃんっ!」

「へ?」

 

唐突に声をかけられた。

顔を上げると。

う、うわっ!

近い!

チョビがなんか、身を乗り出して俺にくっついてる!

な、なんだなんだ!?

ってかお前、赤くないか?

 

「おにいしゃんはぁ、あの、その、なんれいつも、わたしとぉ、いっしょにあしょんでくれるのら?」

 

へ?

なんて言ってるの?

ってか、明らかに様子がおかしくないか?

チョビの変な言葉は続く。

 

「おにいしゃんはぁ、ぴ、ぴざはぁ、しゅきか?」

 

お兄さんは、ピザは好きか?って言ったのか?

い、一応頷いておこう。

 

「ぴ、ぴ、ぴざとぉ、わたしと、どっちがしゅきなのら?」

 

何を言ってる、何を。

ってかこいつ、酔ってないか?

いったいなぜ……ま、まさか。

俺はアイスをもう一度見る。

この、かかってるのって……。

 

「お、遅かったか」

 

爺さんが厨房から飛び出してきた。

 

「申し訳ありません。その、女の子のアイスにもいつもの癖でリキュールをかけてしまいまして!」

 

おい!

 

「よ、弱いリキュールなのですが。まさかこんなに酔うとは……」

「と、とりあえず、水持ってきてください」

「は、はい」

 

爺さんが再び厨房に走っていく。

 

「こたえて、くりぇないのか?」

 

うぉ。

いつのまにかチョビがぴったり横にくっついていた。

 

「わたしはぁ、ぴざ、も、しゅ、しゅきらけど、お、お、おにいしゃんのほうが……も、もっとぉ……」

 

ばたんっ。

そこまで言うと、ぶっ倒れた。

 

「すぴー」

 

寝てやがる。

なんかいい夢でも見てるのか、気持ち良さげな寝顔だ。

ちょっと安心した。

いつのまにか机の上のキャンドルも消えていて、急に静けさがやってきた。

救急車を呼ぶほどではなさそうなので、爺さんの好意でお店の休憩室を使わせてもらう。

チョビを寝かせて回復を待つ間、俺はぼんやりと海を眺めた。

学園艦はまだ、水平線の向こうに停泊していた。

ふいに、チョビの将来のことが胸をよぎった。

もしもチョビが来年高校に合格して。

それが、学園艦の学校だったら、あぁいう船での生活が始まるのか。

あれ?

それって。

俺とチョビのこういう毎日も終わっちまうってことじゃないのか?

そのことに思い当たると、急に変なもやもやが胸の中に満たされだした。

今日見たいろんなものが頭にぐるぐると浮かぶ。

いくら綺麗でもいつかは消えてしまうキャンドル。

〝期間限定〟のピッツァ。

遠くの友人。

あぁぁ、なんだよ、変なつながり方をしそうじゃねーか。

俺は首を振る。

なんだよ、俺。

なんなんだよ、この気持ち。

ちょ、ちょっと、おかしいだろ。

あぁぁぁ、でも。

すっげーもやもやする。

 

そんなことを考えているうちに、けっこう夜が更けてしまった。

これ、一応チョビの親に連絡しといたほうがいいかな。

あんまり遅いと心配するだろうし。

俺が電話して大丈夫だろうか。

いや、しかし、緊急事態だしな。

意を決して、携帯を開く。

だが。

 

「うぁ、電池切れだ!」

 

しまった。

海岸のルートとか、この店とか、いろいろ検索に使いすぎたか。

爺さんに充電器を借りようとしたが、機種が合わなかった。

どうしよう。

……。

 

「チョビ子、すまん」

 

謝りながら、チョビの携帯を開く。

待ち受け画面を見て、俺は固まってしまった。

 

「え、え?」

 

チョビの携帯の待ち受け画面の画像。

それはどう見ても俺の写真だった。

ど、どういうことだよ。

チョビの携帯の待ち受けが俺って。

いくら俺が鈍いバカでもわかるよ。

それって、その……。

 

俺は、無言でいったん携帯を閉じる。

なんか、見たらいけないものを見てしまった気分だった。

 

 

 

※※※※※※※おまけ・アンチョビのターン※※※※※※※

 

 

 

海に行く少し前のある日。

アンチョビが家で恋愛小説を読んでいると、携帯にメールが届いた。

杏からだ。

添付ファイル付き。

アンチョビが携帯を手に入れてからというもの、頻繁に杏はメールを送ってくる。

オモシロ画像が添付されていることもざらだ。

おかげでアンチョビも、添付ファイルの開き方はすっかり覚えた。

 

「角谷のやつ、また私を笑わせる気だな」

 

軽い気持ちでファイルを開いてから、ピシッと固まった。

添付ファイルは一枚の写真。

純一の写真だった。

それも、真剣な顔つきでなにやら水着を選んでいる様子だ。

 

「な、ななな! お兄さんの写真!? し、しかも水着コーナー!?」

 

慌てて携帯を閉じる。

だが。

数秒後、またそっと開いてしまう。

杏からもう一通メールが来ていた。

 

『やっほー。お兄さん見かけたから隠し撮りしちゃった。待ち受けにでもしたら?』

 

「な、なななに言ってるんだ!」

 

思わず携帯相手に叫びつつ。

やっぱり画像を保存してしまうアンチョビ。

 

「ど、どどどうしよう」

 

悩むこと数十分。

結局、待ち受けにした。

 

「はぁ、はぁ……。なんて事をしてくれるんだ、角谷のヤツは」

 

肩で息をしながら呟く。

と、またもやメールが。

 

「も、もうお腹いっぱいだぞ」

 

メールのタイトルは〝耳より情報〟。

怪しい事この上ないのだが。

悩みつつも開いてみると、こんな文が。

 

『あとさー、お兄さんに水着勧められたよ』

「ふへっ!?」

 

アンチョビはガバッと携帯に食らいつく。

ど、どういうことだ!?

慌ててメールに返信。

 

『なんでお前が水着を勧められるんだ!』

『まーまー、落ち着きなよ。これも安斎のためだから』

『私のため?』

『そっ。お兄さんの好みの傾向を調査しようと思ってね』

『ど、どんなのが好みだったんだ!?』

『こんなん』

『なっ!!?』

 

送られてきた写メに絶句した。

花柄の子供っぽいワンピース水着だ。

こ、これがお兄さんの好み!?

 

『嘘じゃないだろうな!?』

『ほんとだよー。それを名指しで勧められもん』

『わ、わかった。ありがとう』

 

パタンと携帯を閉じる。

そしてアンチョビは頭を抱えた。

うぁぁぁ、予定が崩れたぞ!

実はアンチョビは、勇気を出して大人っぽい水着を買って、お兄さんにアピールする予定だったのだ。

な、なのに!

子供っぽい方が好みなのか!?

わ、私としては、お兄さんとお似合いな感じの大人になりたいのに!

でもでも、お兄さんの好みとズレていたら本末転倒だ!

 

「あぁぁぁぁ、ど、どうしよう……」

 

悩みに悩んだ末。

アンチョビは、可愛い感じの花柄の水着を買った。

しかし、せめて形だけはワンピースではなくセパレートを選んだ。

やっぱり、ちょっとでもお兄さんに大人っぽく見られたい。

そんな想いがこめられていた。

 

 

 

(つづく)




いよいよお話も進んでまいりました。
次話では、二人がもっと近づけたらと思います。

余談。店名グロッソはイタリアンロックの名盤「コンチェルト・グロッソ」が由来です。
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