「…やれやれ、彼女はもっと頑張ってくれるかと思っていたんだがね。どうやら、とんだ見込み違いだったようだ」
白衣の男は画面上に映る少女たちを見ながらにべもない表情でそう呟いた。
(…いや、彼が私の想定以上だった、と言った方が正しいかな?これは、私自ら出向くことになるかも知れないねえ)
それが白衣の男にとって嬉しい誤算だったのかは定かではない。
だが、白衣の男はにんまりと口角を持ち上げ画面を食い入るように見つめていた。
(まあ、いい。さあ、もっと見せてくれたまえ。君の実力はこんなものでは無いのだろう?彼と同じ一族の者ならばね…)
門番のフレンダを退けたゼロは躊躇なく施設内へと入り込む。
内装は研究所のような場所だが、意外と中はがらんとしていて、あまり人の気配が感じられない。
これだけの施設ならば警備員の一人もいようものだがそういうこともなく、また先程研究員らしき男たちが中へ入っていったようにも見えたが、彼らの姿も見当たらない。
(…おかしい。何故、誰もいないんだ?)
世間では、学生は夏休みの真っ最中だというが、大人…それも、こんな研究所に勤めている所員には関係のないことだろう。
不思議に思いながら進んでいくと 、いよいよ怪しげな区域に入ってきた。
一見すると普通の廊下に見えるが、違和感というか物々しさが段違いである。
いよいよ敵の本丸に乗り込んだ…そんな感じである。
(…ん?)
中を歩いていた時、ゼロはふと何者かの気配を感じた。
一人、いや二人だろうか。
先程のフレンダという少女とよく似た気配である。
「…誰だ?隠れてないで出て来やがれ」
ゼロは声を張り上げる訳でもなく言った。
すると、その気配は案外すんなり正体を現した。
フレンダと同世代の二人の少女であった。
「…私たちに気付くなんて、あなた、一体何者?」
二人の内、大人びた外見の方が尋ねてきた。
「フレンダを倒しておいて、今更ただの中学生…なんて言わないわよね?」
やはりというか、彼女たちはフレンダという少女の仲間のようだ。
ゼロは少女の言葉に応えず、観察するようにじっと二人のことを見つめる。
「…無視ッスか?超ムカつきますね」
もう一人の幼い外見の方が口を開いた。
外見だけなら、先程のフレンダという少女と同年齢くらいだろうか。
だが、彼女たちが見た目通りのいたいけな少女ではないということを、ゼロはフレンダとの一戦で痛いほど見に染みている。
だから、恐らく戦闘が避けられぬということも薄々感じていた。
「お前らもやるってのか?」
ゼロはようやく口を開いた。
「止めておけ。お前たちじゃ俺には勝てない」
「ああん?」
突如、大人びた外見の方の少女が声を荒げた。
まるでチンピラのような口調になると、顔を凄ませる。
「フレンダをやったからって調子に乗んなよ中坊!
「おいおい、女の子がそんな乱暴な口の聞き方したら、せっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」
「うっせえ!男みたいな言葉使ってるてめえに言われたくねえよ!」
そう言えば今の自分は女の子だったな。とゼロは思い出し、少し笑う。
「何がそんなに可笑しいんだあ?舐めてんのか?ああ?」
ゼロのその態度が自身を馬鹿にしたものと思ったのか、目の前の少女は見るからに激昂した。
彼女が急に態度を変えたのは、きっと仲間がやられたからという理由もあるのだろう。
「ああ、悪いな。そう言えば俺は今女の子なんだなあと思ってな」
「ハァ?何言ってんだてめえ?」
「…さっきは不本意ながら戦ったが、俺はあまり誰かを傷つけたくはない。頼むから黙ってここを通してくれないか?」
「それマジで言ってんのか?」
二人の少女は顔を見合わせると憐れみを含んだ眼差しをゼロに向ける。
「…半殺しで済ませてやろうかと思ったけど、気が変わった。絹旗、こいつ殺すぞ」
「超オッケーです」
ゼロの言葉が気にでも触ったのか、そう言って二人の少女はより強い敵意を表した。
先程のフレンダという少女といい、何が彼女たちをそんなに戦いへ駆り立てるのか。
「…何故、そんなに俺と戦おうとする?何か理由でもあるのか?」
ゼロは尋ねる。
「ここで互いに傷付けあったところで何にもならないだろ?」
ゼロはゼロで最後の最後まで可能性は捨てない 。
あくまで言葉での解決を望む。
だが。
「うるせえんだよ!」
少女の一人、大人びた外見の方が声を張り上げた。
「中坊が偉そうに説教か?舐めんのも大概にしろよコラ」
苛立ちを込めて少女は言った。
明らかに先程よりも敵意と殺気が強まっている。
ゼロの言葉が何か彼女の逆鱗にでも触れてしまったのであろうか。
「やるしか、ねえのかよ?」
ゼロは仕方無しに構えた。
本音を言えば、ゼロは守るべき地球人と戦いたくなどない。
だが、目の前の少女たちはそれを許してはくれないようだ。
先程のフレンダという少女はゼロを侮り油断していたのか、能力を使う素振りも見せなかったので簡単に倒せた。
だが、彼女たちはそうもいかないだろう。
特にあの大人びた外見の方の少女は只者ではない雰囲気を醸し出している。
「超気を付けて下さい麦野。アイツはフレンダを倒してます」
先程、絹旗と呼ばれた幼い外見の少女が言った。
麦野と呼ばれた少女は黙って頷く。
「さっきはフレンダが世話になったなあ…」
そう言うと、麦野の周囲に何か光のようなものが現れた。
ゼロは危険を察知し、身構える。
「その礼、今返してやるよ!」
その言葉と共に麦野の周囲に浮かんでいた光のようなものの一つがゼロ目掛けて光線状に放たれた。
「!!」
瞬間、ゼロは横に飛んでそれを避ける。
すぐに大きな音が耳に入った。
チラリと背後を確認すると、壁が無残に破壊されていた。
どうやらあの光線が麦野という少女の能力のようだ。
そのスピードと破壊力はなかなかである。
ゼロの身体能力だからこそ造作もなく避けられたが、並みの人間であれば直撃は免れなかったであろう。
「…チッ、お前もあのフレンダって奴みたいにマジで殺る気なのかよ!」
「殺すっ…て、言っただろうがあ!!」
「馬鹿野郎!」
ゼロは拳を握り締めると、フレンダの時と同様にその身体能力を持って麦野の間合いへ素早く入った。
無駄のない一連の動きとそのスピードに麦野は思わず目を見張る。
今度は多少の手加減を加えてゼロは拳を振るおうとした。
その時、絹旗と呼ばれていた少女が麦野の前へ立ちはだかる。
ゼロは構わず攻撃を続けた。
「何!?」
ゼロの拳は絹旗の目前、何も無い空中で静止してしまった。
正確には、見えない壁のようなものに止められたとでも言うべきか。
「今です、麦野!」
絹旗が声を掛けると、麦野は既に攻撃のスタンバイを終えていた。
「蜂の巣になりなァ!」
麦野が声を張り上げると、ゼロに向かって強烈な光線が放たれた。
ゼロとは対照的に手加減などはされておらず、明らかな殺傷目的である。
「くそっ!!」
それでも、人間を遥かに超越したゼロの身体能力は目前で放たれた光線を避けることに成功した。
「…おい、マジかよ?この至近距離で避けやがったぞ」
「…超不可解です」
二人の少女は驚きで目を見開いていた。
あの状況下で麦野の攻撃を避けるなど、凡そ人間業では無いからだ。
「ッ!!」
一方、ゼロの方も無傷とまではいかなかった。
光線は僅かに腕を掠り、肉体へ傷という形で現れる。
ゼロは思わず負傷箇所を手で押さえた。
(くっ、ルイコの体に傷を付けちまった…)
痛みよりも、借り物の肉体を傷付けてしまったことにゼロは少なからずショックを受けていた。
ゼロの自然治癒力であれば何れ跡形も無く消えるだろうが、そういう問題ではない。
(あのキヌハタ…とか呼ばれてた奴。俺の拳を止めたのはあいつの能力なのか?)
ゼロは思案する。
物理的な攻撃を再度行っても、また同じことの繰り返しになる可能性は高い。
ウルトラゼロアイを使えば変身せずとも光線技を使用出来るが、それさえ防がれるかも知れないし、仮に効いてしまったとしたら威力が大き過ぎる。
(なら、これしかねえな…)
ゼロは覚悟したかのように目を閉じて腕をクロスさせると、集中し強く念じ始めた。
何をするのかと、目の前の少女たちは身構える。
僅かな沈黙の時。
「ウルトラ念力!」
次の瞬間、ゼロは目を見開いた。
「な、何だァ!?」
「あ、頭が超痛いです…!」
すると、目の前の少女たちは同時に頭を抱えて蹲りだした。
「悪いな!こっちの方は手加減出来ねえぞ!」
ゼロは額の部分に力を込めながら言った。
ウルトラ念力は宇宙人や怪獣相手ですら通じてしまう程の強力な技である。
人間の状態でも使用することが可能で、ゼロの父ウルトラセブンもかつてはこの技で未熟だった頃のウルトラマンレオの窮地を何度も救った。
そんな取って置きの技なのだから、ただの地球人に耐えられるものではない。
仮に絹旗という少女の能力が攻撃を防ぐバリアのようなものだとしても、この超常的な力の前では意味を成さない。
実際に、ウルトラ念力を受けた二人は苦しそうに地面へ膝をつけている。
「…くっ!」
思わずゼロは顔を歪める。
これだけ強力な技なのだから、当然その反動も大きい。
ノーリスクという訳にはいかないのだ。
「…もう、分かっただろ?大人しく退いてくれ」
ゼロは尚も呼び掛けた。
これ以上続けるのであれば、互いの生死に関わってくるだろう。
それはゼロにとって決して本意ではない。
「ざ…けんな…!」
麦野は歯軋りしながら搾り出すように声を上げる。
この状態で未だに戦意を失ってはいないようだ。
絹旗の方も苦しみながらも屈したというような様子ではない。
何がこの二人をそうさせているのか。
今、ウルトラ念力を解けば、また彼女たちは襲い掛かってくるだろう。
だが、解かなければ最悪二人の命を奪いかねない。
ゼロは苦悶の表情で彼女たちを見つめる。
そんな時であった。
「…やれやれ、結局この私自ら出向くことになるのか」
その言葉にゼロは思わず振り向いた。
見ると、いつの間にかゼロの背後に白衣の男が立っていた。
「お前…何者だ?」
ゼロは白衣の男の気配をまるで感じ取ることが出来なかった。
彼相手にそんなことが可能なのは余程の達人か或いは特殊な能力を持っているか。
少なくとも只者でないことは確かであろう。
ゼロはウルトラ念力を解き、白衣の男へと体を向けて対峙した。
白衣の男はそんなゼロを通り越し、背後にいる二人の少女たちへ向けて声を掛ける。
「やはり、君たちでは足止めにすらならなかったか。これでも、多少は期待していたんがねえ」
白衣の男の言葉に二人の少女たちは申し訳なさそうに俯いている。
「…まあ、想定の範囲内ではあるのだがね」
「俺の質問に答えろ。お前は一体何者だ?」
ゼロの再度の問いに白衣の男は声を上げて笑った。
「ハッハッハッ、君もある程度は察しがついているのではないかね?」
「…この星の人間じゃ無いな?」
「御名答!」
そう言うと、白衣の男は瞬時にその姿を変えた。
全身が黒く、僅かに光る黄色く大きな目が不気味である。
「私の生まれ故郷はシリウス系第7惑星のプロテ星。つまり、私はプロテ星人だ。そして、君は彼と同じ種族の者なんだろう?かつて私と戦ったウルトラセブンとね」
プロテ星人はそう言って体を揺さぶった。
笑っているのか、それとも挑発しているのか。
彼の黄色い空虚な目からそれを察することは難しかった。