「……ん?」
佐天涙子は長い眠りから目が覚めたかのような感覚を覚えた。
確か、自分は謎の怪物に襲われて命を失った筈である。
だが、こうして感覚が存在するということは生きているという何よりの証拠であった。
「助かった…の?」
鋭利な刃で体を貫かれた感触は未だにその胸に残っている。
自らが流した血に塗れたあの光景は、夢でも妄想でもなく、紛れも無い現実であった。
その上、襲われた場所は人通りのあまり無い路地である。
どう考えても手遅れになる可能性は高かった。
少し前に彼女が趣味で調べていた都市伝説の一つに、この学園都市にはどんな怪我や病気でも治す「冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)」と呼ばれる医者がいるという話があったが、まさかその医者に助けられたのだろうか。
『おう、起きたか!』
彼女の抱いた疑問をその声が打ち消した。
「え?だ、誰!?お、男の人!?」
声の雰囲気、そして喋り方から、声の主が女性であるとは考えにくかった。
佐天涙子は思わず目を見開き、周りを見渡す。
そこは病院の一室ではなく、紛れも無い自身の部屋であった。
目だけを動かして室内をざっと見回してみるが、声の主と思われる人物は確認出来ない。
「そ、空耳…かな?」
『空耳なんかじゃ無いぜ』
「ま、また聞こえた!!も、もしかして能力者!?」
ここは学園都市。
精神感応(テレパス)の使える能力者は決して珍しくない。
「で、出て来なさい!!姿を見せないなんて、ひ、卑怯よ!!」
佐天涙子はそう言いながら、室内に置いてある金属バットを手に取ろうとした。
そこで、彼女はある違和感に気が付く。
「え?体が、動かない…?」
意識はあり、視界も開けている。
それなのに、指一つ動かすことが出来ない。
まるで脳が体の動かし方を忘れでもしてしまったかのようであった。
「う、動いて…動け!!」
奇妙な感覚の中、彼女は必死に自身の肉体へ指令を送る。
それでも先程と同じように、体はピクリとも動かない。
まさか、怪物から受けた傷が元で全身が動かなくなってしまったのだろうか。
だが、それならばどうやってあの場所からここまで移動したと言うのか。
佐天涙子には空間移動(テレポート)など使うことは出来ないし、それ程の能力者は学園都市にも数える程しかいない。
あんな人通りの少ない場所に偶然そんな能力者がやって来て彼女を救った、などとは考えづらい。
「動け!!!!」
思わず大きな声を上げる。
と、その時、彼女の体が徐に動き始めた。
一瞬、喜びそうになるも、すぐにまた疑問が浮かんできた。
何故ならば、その動きは彼女の意図した動きでは無かったからだ。
「えっ?ど、どういうこと…」
『それは俺がお前の体を借りているからだ』
先程の声がそう答える。
佐天涙子は頭の中がパニック状態に陥った。
「借りてる?私の体を?」
『ああ。だから、今この体は俺の意思で動いている。今のお前は意識のみの存在なんだ』
「え?ええ?一体、どういうこと?」
『…覚えてるか?お前はあの時、瀕死の状態に陥っていた』
「瀕死…」
そのことは今もまだ体に残る感触が彼女に教えている。
いや、正確には脳内に残る感触、だろうか。
『あのままでは、一分と持たずにお前は死ぬ運命だった。だから、俺がお前と一体化することで、失われそうになっている命を繋ぎ止めているんだ』
「一体化…?命を繋ぎ止めている…?」
『これしか方法が無かった。勝手に体を借りたことは謝る。完全に治療が済んだら、この体はすぐにお前へ返す』
「あなたは…誰?」
『俺か?俺の名はウルトラマンゼロ』
「う、ウルトラマン…ゼロ?」
ウルトラマンゼロ。
そう名乗る者が彼女へと話したことは、とても信じられないようなことばかりであった。
だが、実際に動かすことの出来ない自身の肉体と今も生々しく残る怪物に刺された時の記憶がそのことが真実であるということを彼女へ薄々と感づかせていた。
「ね、ねえゼロさん。あなたは一体、何者なんですか?体を借りるって、普通の人間には出来ませんよね?もしかしてそういう能力者なんですか?」
『俺は、こことは違う次元の宇宙からやって来た』
「え?つまり、ゼロさんって宇宙人なんですか?」
『…お前たちから見れば、そうなるな』
「宇宙人…」
宇宙人が自身の肉体を借りている。
あまりに荒唐無稽ではあるが、理屈としては納得がいく説明ではあった。
実際にこうして彼女の目の前でその光景を見せられているのだから、否が応にも納得せざるを得ない。
「ゼロさんは何故この星に来たんですか?」
『意外に飲み込みが早いな、お前』
「そ、そりゃこうして実際に体を乗っ取られてたら信じるしか無いじゃないですか!」
『乗っ取ってるって人聞きの悪いことを言うなよ。後でちゃんと返すって言ってるだろ』
「そんなことより、先程の質問に答えて下さい!」
『ああ、何故俺がこの星へ来たのか…だったよな?それは、とある宇宙人を追っていたからだ』
「また宇宙人ですか!?…それって、私がみたあの怪物ですか?」
『あいつはツルク星人。残忍で殺戮を好む危険な奴だ。だが、俺が追ってたのは奴じゃない』
「え?それってどういう…」
ゼロの言うことが正しいのならば、この星にはあの怪物とは別の“宇宙人”が存在するということになる。
『俺も驚いたぜ。まさか、奴がこの星に潜んでいたとはな。奴を倒すことが出来たのは不幸中の幸いだったぜ』
「え?あの怪物、ゼロさんがやっつけたんですか?」
『ああ』
「へー」
佐天涙子は感心していた。
自身を助けてくれたことといい、あの怪物を倒したことといい、どうやらゼロは悪い宇宙人では無いようである。
『ツルク星人を倒したからと言って、まだ安心は出来ない。俺の追っている奴はまだこの星の何処かにいやがるからな』
「その宇宙人の居場所は分からないんですか?」
『ああ、悔しいが、奴が今何処にいるかは俺にも分からない。この星へ降り立ったところは確認出来たんだがな』
「そう…ですか」
あの怪物みたいな奴がまだこの星に存在しているとゼロは言った。
もしかすると、学園都市の何処かに潜んでいるかも知れない。
そう思うと、恐怖に思わず身震いしてしまいそうになる。
「…私、これからどうなっちゃうんですか?今の私って意識だけの存在なんですよね?」
『ああ、そうだ。だが、俺がこの体から出て行けば、すぐ元に戻るから安心しろ』
「そうなんですか!?じゃ、じゃあ、ちょっと試しに出てってくれないかなー…なんちゃって」
『今俺がお前の体から出て行ったら、お前は間違いなく死ぬぞ?俺が命を繋ぎ止めてるって言っただろ?』
「そ、そっかー。そうですよねー、ハハハ…、ハァ…」
佐天涙子は思わず溜め息を吐く。
実際はその行為さえ意識の中の出来事で、現実の彼女は溜め息を吐いてはいなかった。
完全に自身の意識と肉体が剥離していると嫌でも気付かされてしまう。
「あの…もう一つ聞いてもいいですか?」
『何だ?』
「ゼロさんって、その…男の人、ですよね?」
『何だ藪から棒に。俺が女に見えるのか?って、今の体は女だったか』
「…ですよねー」
『俺も何度か人間と一体化したことはあるが、女と一体化したのはこれが初めてだ』
「…変なことしないですよね?」
「ハァ?するわけねえだろ、そんなこと!」
ゼロが怒ったように言った。
何時の間にか彼は佐天涙子の肉体を通して喋っていた。
だから聞こえるのは自身の声である。
自身が喋った覚えの無い言葉を自身の声で聞く。
佐天涙子は意識だけの存在ながら、軽い頭痛と眩暈がしたような気がしていた。
「ま、これから暫くはお前の体を借りさせて貰うことになるが、そこのところよろしくな!」
『うー…』
「何だ?その不満げな声は。こうして体だって治してやったってのによ。ほら、見てみろ。傷一つ無いだろ?」
『わーーーーーーーー!!服を捲るな!!』
「うるせえなあ!お前のその声、俺には聞こえるんだぞ!」
『お、女の子の肌をそうやって晒すのは良くないですよ!』
「だーーっ!!面倒臭えなあ!!」
そう言ってゼロは近くのベッドへドスンと大股開きで座り込む。
『わーーーーーーーー!!足、足!!足閉じて下さい!!』
「あーん?誰も見てないんだし、別にいいじゃねえか」
『ゼロさんが見てるじゃないですか!!』
「スカートじゃないから問題無いだろ」
『あります!!大体、女の子はそんな風に座りません!!』
「…本当に面倒臭いなオイ」
ゼロはポリポリと頭を掻きながら、少し後悔したかのような表情を浮かべる。
「…わーったよ。なるべく女らしく振舞うように努力はする。だから、一々耳元で叫ぶな。頭が痛くなる」
『絶対ですからね!』
と、佐天涙子はふと思い出したかのようにゼロへ尋ねた。
『…そう言えば、傷を治したって言いましたよね?』
「言ったな」
『じゃあ、ゼロさんが出て行っても問題無いんじゃないですか?』
「確かに傷は塞がった。だが、今はまだ意識と肉体がちゃんとくっ付いていない。この状態で俺が出ていったら、同時にお前の意識も消える可能性がある」
『そうなんですか…』
「そう上手くはいかないってことだ。悪いが、少しの間、我慢してくれ」
『…はい』
ゼロの言っていることが本当なのかどうかは今の彼女には分からない。
ただ、確かに意識と肉体の結び付きが弱くなっているような感覚はある。
それはゼロが自身の体を使用しているのとはまた違ったものであった。
「…すまなかった」
突然、ゼロは二度目の謝罪の言葉を述べた。
先程に比べて、より深刻な様子である。
『ど、どうしたんですか?体を借りてることに関しては、まあ完全に納得はしてないですが、今のところは仕方ないって思ってますよ?』
「俺がもっと早く辿り着いていれば、お前がツルク星人に殺されかけることも、こうして一体化することもなかったかも知れない」
『…ゼロさん』
ゼロはそのことをとても後悔しているようであった。
表情に悔しさを滲ませている。
それを見た佐天涙子はそんなゼロへ思わず声を掛けた。
『それはゼロさんの責任じゃないですよ。悪いのは全てそのツルク星人って奴なんですから。それに、ゼロさんはそいつをやっつけてくれたじゃないですか』
「お前…」
『佐天涙子』
「え?」
『私の名前です。何時までも“お前”ってのは何か他人行儀過ぎますし』
「…そうか。有難う、ルイコ」
『私の体、大事にして下さいね!』
「ああ、勿論だ!」
こうして、奇妙な同棲生活は始まりを告げたのであった。