『ちょ、ちょっと!!』
佐天涙子は思わず大きな声を出した。
ゼロは五月蝿そうな表情を浮かべている。
「ったく、今度は何だよ?」
『何だよ、じゃないですよ!!何しようとしてるんですか!?』
「何って、服が血塗れだから着替えようとだな…」
『ストーーーーーップ!!』
服を脱ごうとするゼロを必死で止める佐天涙子。
ゼロは仕方なくお腹まで捲り上げていた上着から手を離した。
「あのなあ…、血塗れのままずっとこうしていろって言うのか?着替えないと気持ち悪いだろうが。それにこのまま寝たらベッドまで血塗れになっちまうぜ?」
『だからと言って、いきなり脱ごうとしないで下さい!!あと、肌に触れるのも厳禁!!』
「おいおい、手を使わずにどうやって着替えんだよ!?」
『ゼロさんのエッチ!変態!スケベ!!』
「ハァ?俺は綺麗な服に着替えたいだけだ」
『そう言って、ドサクサに紛れて私の体を触るつもりですね!?ゼロさんの痴漢!!』
「てめえ…言うに事欠いて、それはねえだろ!!」
二人は大きな声で言い争う。
佐天涙子としては、やはり男性であるゼロに自身の肌を晒すのは嫌なのである。
女性として当然の感情であった。
彼女の場合、かなり特別なケースではあるが。
「…わーったよ」
観念したようにゼロは言った。
次に目を閉じて、両腕を挙げる。
『…?何してるんですか?』
「…黙ってろ。気が散る」
『ぶー』
可愛らしく頬を膨らます佐天涙子。
尤も、今は意識だけの存在なので、その可愛らしい仕草を直接お目に掛かることは出来ないのだが。
そんな彼女を尻目にゼロは集中力を高め、強く念じ始める。
次の瞬間、着ていた服が独りでに彼女の体から離れていった。
すぐに彼女の体は一糸纏わぬ姿となる。
『えっ!?えええええええええええ!?』
佐天涙子は自身が裸になったことよりも、今目の前で起きたことに目を奪われていた。
『な、何ですか、コレ!?』
「…ウルトラ念力だ」
『念力…って、つまり超能力ですか!?』
「だから、少し黙ってろって!」
そんな会話を交わしている内に、近くのクローゼットから下着や衣服が飛び出し、次々と彼女の体に着せられていく。
気が付くと、あっという間に着替えが完了していた。
「…ほらよ、何も見ず、手も使わないで着替えてやったぜ。これでいいんだろ?」
『え?え、え~っと。あ、ハ、ハイ』
佐天涙子は半ば空返事で答える。
この学園都市において、自分自身が能力者として落ちこぼれであることを彼女は嫌というほど自覚していた。
そんな自分が超能力を操っている姿をこの目で見たのだ。
今この体をゼロが利用し、先程の超能力がゼロの力であると分かっていても驚きと興奮を隠せない。
『私…今、能力を使ったんだ…よね?』
「お前のじゃねえ。俺の力だ」
『あ、うん。それはそうなんだけど、でも、他人から見たら私が使っているわけで』
「そういうもんか?まあ、別にいいけどよ。…ふぅ」
『あれ?ゼロさん、疲れてます?』
「ああ、ウルトラ念力は結構疲れるんだ。あまり使い過ぎると寿命を縮めることもあるしな」
『へ~…って、もしかして今、私の寿命減りました!?』
「安心しろ。お前の肉体は乗り物みたいなもんだから、ウルトラ念力を使った時の疲労やダメージは全て俺の方に来る。それに、どのみちこの程度じゃ寿命は縮まんねえよ」
『そ、そうですか』
「大体、着替えるのに毎回寿命減らしてたら、寿命がいくつあっても足りなくなるぜ」
『…すみません』
「ったくよ…」
と、ゼロはそのままベッドの上に突っ伏した。
うつ伏せの態勢のまま寝息をたて始める。
『…ゼロさん?』
「………………………」
『眠ってる…のかな?』
先程、ゼロはウルトラ念力を使用すると疲れると言っていた。
その言葉通り、体を休める為にゼロは眠りに付いたのであった。
『…ふあ~あ。何だか私も眠くなって来たな~。って、意識だけなのに眠くなるんだ。不思議』
佐天涙子は再び可愛らしい欠伸をした。
『私も寝ようっと。おやすみなさい…』
そう呟くと、段々と意識が深い海の底へ沈むような感覚を覚えた。
こうして、奇妙な同棲生活の1日目は終わりを迎える。
「おい、テメエ。ちょっと止まりな」
いかつい風貌をした少年たちが数名。
武装無能力集団(スキルアウト)と呼ばれる、言わば不良たちである。
彼らは一人の小柄で如何にも弱そうな人物へと狙いを定めた。
獰猛な猛獣の中へ紛れ込んだ草食動物一匹。
狩られてしまうのは、自然の摂理か。
夜の学園都市は、こうした危険も同居しているのである。
「…………」
声を掛けられた人物は何も言葉を発そうとはしない。
「おいおい、もしかしてビビっちゃってんのかあ?」
「へっへっへ、大丈夫大丈夫。金さえ寄越してくれれば、痛いことしないからさあ」
「そうそう、痛くな~い痛くな~い」
「ま、本当に痛くないかは、やってみないと分かんねえけどな!」
「キャッハッハッハ!」
スキルアウトの少年たちは一斉に笑い声を上げた。
相手は小柄でたった一人、見るからに弱そうである。
それに対して、彼らは六名。
それぞれ、大なり小なり喧嘩ごとを潜り抜けてきた経験があり、傍から見ても形勢は彼らにある。
少年たちはその人物を囲い込むと、ポキポキと指の骨を鳴らし始めた。
「さて。取るもの頂くとしましょうかね」
「恨まないでねえ。こんなところに一人で来るのが悪いんだよお」
「ま、社会勉強だと思いな!」
「授業料は安くねえけどな!キャハハハハ」
「それじゃあ、お前ら行くぞ!」
六人は一斉に「おう!」と声を上げ、小柄な人物を囲んだ。
と、その時であった。
「へ?」
ドサッ、と何か重たいボールのようなものが地面に落ちたような音が一人の少年の耳に聞こえた。
少し遅れて、今度はトタン板でも倒れたかのような重みのある音が聞こえて来る。
気が付くと、少年の足に何か水溜りのようなものが出来ていた。
恐る恐る下の方を見てみると、それは赤黒く濁った液体…人間の血液であった。
「…ギィヤアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
それに気付いた瞬間、少年は今まで出したことの無い声を上げた。
すぐに振り返り、その場から逃げ去ろうとする。
しかし、彼の目の前には、何時の間にかあの小柄な人物が先回りしていた。
「お、お、お前ぇっ!!い、一体何者だぁ!?」
「……………………」
小柄な人物は相変わらず言葉を発してはいない。
しかし、あまり灯りの無い暗闇の中でも、そいつがニヤッと笑ったのは何となく少年には分かった。
「ち、ち、ちくしょおおおおおおお!!!!」
少年は小柄な人物へ向けて右拳を振り上げた。
しかし、次の瞬間、少年の右腕の感覚が消え失せてしまった。
見ると、握っていた筈の右拳が無くなっている。
それから数秒後、再び地面へ何かが落ちる音が聞こえて来た。
少年は恐る恐るそちらへ視線を向ける。
するとそこにあったのは、先程までは自分のものであった右拳であった。
「うぎゃあああああああああああああああああ!!!!!」
強烈な痛みとショックで少年は地面へ倒れ込むと、断末魔の叫びを上げてのた打ち回る。
小柄な人物は、ゆっくりと少年の前まで歩を進めていく。
そして、右手で空を切るような動作を取った。
と、その少年の首も他の五人と同じように胴体から離れ、地面へ落ちる。
それを満足げな表情で小柄な人物は見つめていた。
彼の右手は何時の間にかナイフのような鋭利な刃物へ変わっていた。
「ユカイ、ユカイ」
小柄な人物はそう言ってニタニタと笑っている。
暫くして、彼はその場から立ち去って行った。
その去り際。
「…ウルトラマンゼロ。ワガ同胞ヲ殺シタ罪、スグニデモ償ッテモラウゾ」
ボソッとそう呟いた後、彼の姿は闇の中へと消えて行った。