「黒子!!伏せて!!」
突如その場に響き渡った御坂美琴の声。
それが耳に入った瞬間、白井黒子の体は自由を取り戻した。
彼女の声に従い、すぐに身を屈める。
すると、その直後に超高速で何かが白井黒子の頭の上を通り過ぎていった。
それは、御坂美琴が得意とし、彼女の代名詞ともなっている超電磁砲(レールガン)である。
物体に電磁加速を加えて放つもので、彼女の場合はゲームセンターのコインを打ち出している。
通常の相手ならば、手加減していてもただでは済まない程の威力を秘めている。
そう、通常の相手ならば…。
「キキッ!」
二人の前に立つそいつは、一瞬で目の前まで迫ってきたそれをまるで虫でも払うかのように叩き落としてみせた。
地面へひしゃ曲がったコインが転がる。
無論、そいつ自身は何処も傷付いてはいない。
「何よ…コイツ」
御坂美琴は思わず息を飲み込む。
周囲への影響や白井黒子のことを考えて多少は手加減をしていたものの、だからといってそんな簡単に払われるような代物ではないという自負はある。
それをいとも容易くやってのけるとは、目の前の生物はビジュアル通りの怪物であった。
「お、お姉様!」
すぐに白井黒子が彼女の元へ駆け寄った。
先程は危険に首を突っ込むなと忠告はしたが、やはり学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5) である御坂美琴は頼れる存在に変わりない。
御坂美琴は視線を怪物に向けたまま、黒子に話し掛けた。
「大丈夫、黒子?」
「ええ、何とか…。でも、お姉様はどうしてこちらへいらしたのですか?」
「佐天さんを捜してて偶然見つけたの」
「そうでしたか…」
結局の所、御坂美琴も白井黒子と同じ考えで行動していたのであった。
そして、それはもう一人。
「あ、白井さん。御坂さん」
背後から聞こえてくる可愛らしい声。
振り返らずとも初春飾利であることが二人には分かった。
彼女もまた、彼女なりに佐天涙子の足取りを追って、ここに辿り着いた模様である。
そして、同時に御坂美琴と白井黒子の前に立ちはだかる怪物に気が付く。
「え?何…えっ!?」
あまりに異形の存在を前に初春飾利も頭の中で軽くパニックを起こしていた。
理解が全く及ばず、言葉も上手く出て来ない。
「初春さん、逃げて!」
御坂美琴が叫ぶ。
初春飾利はまだ頭の中の整理がついていなかったが、ここは彼女の言葉に従うべきであると判断し、来た道を戻ろうとする。
が、しかし…。
「えっ!?」
初春飾利が振り返ると、先程まで前方にいた筈の怪物が、すぐ目の前に立っていた。
そして、御坂美琴と白井黒子は驚愕する。
先程まで対峙していた相手が消えてしまったからだ。
つまり、怪物は一瞬で初春飾利の背後まで移動したことになる。
まるで、白井黒子の使う空間移動(テレポート)でも使用したかようであった。
小さい子供のような見た目に反して、並みの身体能力ではない。
「ひ、ひっ!!」
初春飾利は声にならない悲鳴を上げ、思わず後ずさった。
怪物は体を僅かに揺らしながら、キッキと笑う。
「今日ハ運ガイイ。地球人ノ女子供ヲ三人モ殺セル」
怪物がカタコトながら、初めて知的生命体らしいことを口にする。
だが、その内容に関しては知性の欠片も無い、ただの殺戮衝動であった。
「サテ、誰カラ殺ソウカ?」
まるで、上等なワインでも吟味するかのように、怪物は三人を見つめている。
絶対的な捕食者の余裕。
それが、今のこの怪物からは感じられた。
「…ざけんじゃないわよ」
御坂美琴は呟く。
目の前の怪物は、超能力者(レベル5) では無いにせよ、学園都市でも有数の実力者である白井黒子ですら恐怖した存在。
当然、彼女も少なからず恐怖心を抱いていた。
だが、それでも尚、彼女は退かなかった。
超能力者(レベル5) としてのプライドも多少はあったが、それ以上に目の前の怪物から友達を守りたいという純粋な思いがあったからだ。
「キキッ。オマエ、バカカ?地球人如キガ、ワレワレツルクノ民ニ、カナウワケナイダロ」
「るさいわね!そんなこと、やってみなくちゃ分からないじゃない!」
「キキッ。ソレジャア、オマエガ最初ノ獲物ダ!」
と、怪物は刃になっている両の手をクロスさせ、構えた。
先程までとは違い、完全に戦闘態勢に入っている。
放つ殺気も桁違いで、気をしっかり持っていないと眩暈がしそうであった。
「二人は…私が守る!」
御坂美琴はその確固たる決意を敢えて口にする。
そうすることで、少しでも自分自身を鼓舞し、目の前の敵に立ち向かえるようにしたかったからだ。
おかげで恐怖心は消えないが、戦意は喪失してない。
戦うことが出来る。
後ろの二人を守ることが出来る。
御坂美琴は新たなメダルを取り出すと、それを構えた。
「はああああああああ!!」
全身の力を一点に集中し、今度は全力で目の前の敵へと撃ち放った。
渾身の一撃。
「!!」
流石の怪物も、これははたき落とそうとはせず、素早い身のこなしで避ける。
通り過ぎた超電磁砲は後方の壁に直撃すると、大きな音と共にコンクリートの壁面を砕いた。
「ハァ、ハァ…」
御坂美琴は息を乱し始める。
怪物はチラッと後方を見た後、少し苛立ったように「チッ」と舌打ちのような音を出した。
「…地球人ガ。下ラナイコト、シヤガッテ」
「…どうしたの?さっきみたいに叩き落としてみなさいよ」
「何ダト?」
御坂美琴は僅かに口の端を持ち上げていた。
渾身の一撃は当たらなかった。
しかし、先程は避けもしなかった怪物が、わざわざ避けたのだ。
それは、当たればただでは済まないと、怪物自らが言ったようなもの。
ある意味では一矢報いたとも言える。
「貴様…殺ス。八ツ裂キニシテヤル!」
怪物は憤慨した。
どうやら、先程の一撃は怪物の怪物なりのプライドを少なからず刺激したようだ。
わなわなと体を震わし、目が一気に血走る。
一方、御坂美琴は既にかなり体力を消耗していた。
普段であれば、如何に先程の一撃がフルパワーであったとしてもここまで疲弊することはない。
やはり、理解の範疇を超えた異形の者との戦いは、相対するだけで体力も精神も削られてしまうようだ。
それに、いくら超能力者(レベル5) だったとしても、彼女はまだ中学生なのである。
戦闘において、相応の訓練やシミュレーションを受けたプロフェッショナルでは無いのだ。
今こうして立っているだけでも相当な精神力であると言えよう。
「キキッ!!」
「!!」
怪物が動き出した。
先程と同様に目に見えぬ程の素早い動き。
御坂美琴も全身に電気を迸らせることで通常よりも早く脳へ電気信号を送らせるようにする。
そうすることで身体能力を高め、怪物の動きに備えたのだ。
しかし、それでも相手の方が速い。
「死ネ!」
彼女の首に怪物の刃が触れる。
「ッ!!」
その時、それよりも早く御坂美琴の手に何かが触れた。
次の瞬間、怪物の刃は空を切る。
皮膚や肉が裂ける感触も辺りに漂う血の香りも無い。
御坂美琴の肉体はそこから完全に姿を消していた。
「ナニィッ!?」
怪物もこの事態には驚きを隠せないでいた。
僅かな動揺。
その直後、強力な電撃が怪物の体を襲った。
「!!?」
怪物は思わずよろめく。
受けた肉体的ダメージ自体はそれ程大きなものでも無かったが、それよりも精神的な動揺が大きかった。
怪物はゆっくりと振り返る。
すると、そこには先程まで目の前にいた御坂美琴が、何時の間にか背後に立っているのが見えた。
彼女はハァハァと肩で息を切らしながらも、ようやく怪物に一太刀を浴びせたことで、先程のように僅かに笑みを浮かべていた。
「…今、何ヲシタ?」
「ハァハァ…、そんなの教えるワケ無いでしょ」
そう言ってのける御坂美琴のすぐ側には白井黒子がいた。
彼女は御坂美琴の手をしっかりと握り締めている。
「…有り難う、黒子。ナイスタイミングだったわよ」
「いえいえ」
二人は小声でそうやり取りをした。
そう、怪物の刃が御坂美琴に迫った時、白井黒子は彼女の手を握り、空間移動(テレポート)で一緒に飛んだのであった。
少し時間が経ったことで、黒子の恐怖も最初よりは薄れ、何時の間にかこうして何とか能力を使用出来るまでは回復していた。
「…本当ならば、お姉様と初春を連れてここから一時退却といきたいところなのですが、今の私ではこれが精一杯ですの。申し訳ございません」
白井黒子は残念そうにそう言った。
今でも恐怖心で思考が乱されそうになっている。
それでも短距離ながら演算し、空間移動(テレポート)が可能となったのは御坂美琴の存在が大きかった。
「謝ることなんか無いわよ、黒子」
御坂美琴は一言、そう言う。
白井黒子がいなければ、先程の怪物の一撃で文字通り終わっていた。
こうして生きていられるのは、彼女のお陰に他ならない。
そして、同時に確信する。
このままでは、三人まとめてやられてしまうだろうということ。
自分自身すら守りきれないのに、あの怪物相手にどうやって二人を守り続けられるのか。
「キキッ、貴様ラガ何ヲシタノカハモウイイ。ソレヨリモ…」
少しして、立ち直った怪物はそう呟いた。
そして、ゆっくりと後ろを振り返る。
怪物の視線の先。
それに気付いた二人は同時に声を上げた。
「初春!!」
「逃げて!!初春さん!!」
だが、その声も空しく、初春飾利は逃げるどころか腰を抜かしてその場にへたり込んだままであった。
怪物は動かぬ獲物をニンマリと見つめ、こう言った。
「狩リノ続キダ!」
「止め…ッ!!」
怪物を止めようと動き出した御坂美琴と白井黒子であったが、それよりも怪物の方が圧倒的に速かった。
「!!!!」
初春飾利は悲鳴すら上げられず、目を閉ざし、死を覚悟した。
怪物の刃が今度は初春飾利へと迫っていく。
「オラアアアアアアアアアア!!」
その時、威勢のいい掛け声と同時に、その場へ何かが飛んで来る。
それは、飛び蹴りの態勢をした佐天涙子、つまりゼロであった。
「グッ!!?」
もろにその一撃を受けた怪物は思わず仰け反り、後ろへ下がってしまう。
一方、ゼロは綺麗に地面へ着地すると初春飾利の元へすぐに寄った。
「大丈夫か!?」
「え…?佐天…さん?」
「…どうやら怪我は無いみてえだな」
初春飾利の全身を軽く見回してそう確信すると、ゼロは怪物の方へ向き直った。
怪物はギリリと今度は歯軋りのような音を立てる。
「貴様、一体何者ダ?」
「てめえみたいな奴に名乗る名前はねえな。それよりも…」
ゼロはそう言いながら空手のような構えを取ると、目の前の怪物を思い切り睨み付けた。
「ルイコの友達に手を出しやがったこと…ただじゃ済まさねえからな!!」