「黒子!」
御坂美琴は友人の名を叫びながら走っていた。
白井黒子の最後の力を振り絞った空間移動(テレポート)で、初春飾利と共に飛ばされた彼女であったが、飛ばされた場所は先程の現場からそう離れていない所であった。
その距離が如何に白井黒子がギリギリであったかを嫌でも伝えてくる。
御坂美琴はすぐに引き返し、白井黒子のいる場所へ向かって走り出したのであった。
「あの…馬鹿ッ!」
白井黒子が御坂美琴、そして初春飾利のことをどれだけ思って行動したのかは理解出来る。
だが、その結果彼女を失うかも知れないということを御坂美琴は許すことが出来なかった。
(お願い…、どうか無事で…、神様!)
普段は祈ることもない神にまで願った。
その時、白井黒子たちがいると思われる場所の辺りが一瞬強い光を放った。
「あれは!?」
あの場所で何が起きたのか。
御坂美琴は最後に残った力を全身に巡らせ、全速力で現場へと向かう。
(黒子…!)
ようやく現場に到着すると、そこにツルク星人の姿は無く、膝をつくウルトラマンゼロと心配そうにそれを見つめる白井黒子の姿が見えた。
(黒子…、良かった…)
白井黒子の無事を確認出来て、御坂美琴は一先ず安心する。
そしてすぐに、彼女の側にいる存在に向けて気を張った。
「アンタ…、黒子から離れなさい!」
御坂美琴はメダルを一枚取り出して構えると、ウルトラマンゼロに対して言った。
彼女にはまだ、ウルトラマンゼロが味方であるという確信が無い。
地面に膝をつき弱った振りをしながらこちらを狙っているかも知れない。
「お姉様!この方は私たちの敵ではありません!」
白井黒子が御坂美琴へ向けて言った。
間近でウルトラマンゼロの行動を見ていた彼女にはそのことが分かっていた。
だが、そのことを知らない御坂美琴は構えを解こうとはしない。
ただ、じっと二人のことを見つめている。
沈黙の時が訪れた。
「…ハァ、ハァ、御坂さん、やっと追い付きましたぁ」
少しして、息を切らしながら初春飾利がこの場にやって来た。
全速力で追ってきた為か、額の汗を拭いながらゼエゼエと呼吸を荒く繰り返す。
そんな彼女の登場が一瞬ではあるものの、この場の張り詰めた雰囲気を和らげたようであった。
「………………」
御坂美琴は無言でゼロへ向けていたコインとそれを持つ手を下ろす。
よくよく考えれば、この場にツルク星人がいないということは、何らかの理由で奴が去ったか、それとも倒されたかのどちらかである。
ほんの僅かではあったが、御坂美琴がツルク星人と対峙して感じ取ったのは、奴が性格上獲物を前にみすみす立ち去るようなことは、ほぼ無いということ。
かと言って、御坂美琴と初春飾利を飛ばして倒れてしまった白井黒子にツルク星人をどうにか出来るわけがない。
それを考えれば、自ずとあのウルトラマンゼロという人物が何とかしたのだという推測が成り立つ。
「アンタ、ウルトラマンゼロとか言ったっけ?…一体何なの?」
御坂美琴は険しい表情のまま尋ねる。
推測通りならば、彼が白井黒子を助けたというのは間違い無いだろう。
だからと言って「はい、そうですか」と信じる程彼女もお人好しではない。
正体の分からない相手だからこそ、知らねばならないのだ。
「佐天さんの体を借りてるって、どういう意味なの?」
御坂美琴の追求に対し、地面に膝をついていたゼロはゆっくりと立ち上がり、無言でコクリと頷いてみせる。
と、彼の体がいくつもの光の輪に包まれていった。
次の瞬間、ゼロは御坂美琴たちが見慣れている佐天涙子の姿へと変わった。
御坂美琴たちは先程、この逆パターンを目の当たりにしたが、改めて見ても不思議な現象で、二度目でも驚きを隠せないでいる。
そんな彼女たちを見つめながら、ゼロは先程の御坂美琴の質問に答えた。
「…言葉通りの意味だ。こうしてルイコの体を一時的に貸して貰ってる」
「貸して貰ってる…って簡単に言ってくれちゃってるけど、そんなことが出来る人間なんか見たことないわよ!」
御坂美琴は強い口調で言った。
それに対し、ゼロは「そりゃそうだろうな」と、さも当然な表情で頷く。
「ミコトの言う通り、俺はこの星の人間じゃない」
「この星の人間じゃない…って、アンタ宇宙人なの?」
「俺はM78星雲にある光の国からやって来た。お前たちから見れば宇宙人ってことになるな」
「M78星雲にある光の国…?そもそもM78ってオリオン座にある散光星雲じゃないの?」
「…まあ、お前らが知らないのも無理は無いな。ここはアナザースペース。星の位置も何もかもが俺たちのいる宇宙とは違うからな」
「アナザースペース?またワケの分からない言葉が出て来たけれど、何よそれ?」
「分かり易く言えばパラレルワールド…もう一つの宇宙ってところだな」
「パラレルワールドって…、宇宙人ってだけでも大事なのに」
話が壮大になり過ぎて、御坂美琴は思わず閉口する。
「あの…、そもそもどうして佐天さんの体を借りてるんですか?」
そんな中、初春飾利が素朴な疑問をぶつけた。
少し時間が経って、彼女の呼吸も大分整ってきたようである。
ゼロは少し神妙な面持ちになった。
「…これには少し事情があってな。さっきの宇宙人…ツルク星人って言うんだが、アイツの仲間が昨日ルイコを襲ったんだ。俺が駆けつけた時にはルイコは瀕死の重傷だった」
「ええ!?」
三人が同時に声を上げた。
友人の身にそんな事件が起きていたことを今初めて知ったからである。
「俺はルイコを助ける為にアイツと一体化した」
「?それが、どうして佐天さんを助けることになるんですの?」
「俺たちウルトラ族の自然治癒力は地球人よりも遥かに上だからだ。現に、一体化したことでルイコの肉体は快方に向かいつつある。まだ予断は許さないけどな」
「…俄には信じられない話ね。宇宙人が取り憑いたっていうよりも、佐天さんがマインドコントロールされてるって方がまだ現実味があるわ」
「別に取り憑いてるわけじゃないんだけどな。まあ、これに関しては今の所は信じて貰うしかないな」
ゼロの言葉は御坂美琴たちにとっては理解の範疇を超えたことばかりであった。
だが、実際に目の前にいる佐天涙子は彼女たちの知る佐天涙子とは明らかに違う。
振り返れば、今日一日彼女の行動は何か色々と不自然なところがあったように思えてくる。
「アンタ、私たちが佐天さんの体から出て行きなさい。って言ったら、出て行くの?」
御坂美琴が尋ねた。
「今は、出来ない」
ゼロは首を横に振ってそう答えた。
「まだルイコの肉体が完全に回復したわけじゃない。だから、今俺がルイコの体から出て行ったら、ルイコは助からなくなるかも知れない」
「そ、そんなあ…!」
ゼロの言葉に初春飾利はショックを受ける。
三人の中で佐天涙子と過ごした時間が一番長いのが彼女であった。
「も、もう元の佐天さんには会えないんですか!?」
「初春、落ち着きなさい。この方は『今は』って言いましたの」
白井黒子がそう言って初春飾利を落ち着かせる。
彼女にとっても佐天涙子は大事な仲間に変わり無い。
だからこそ、初春飾利が心配する気持ちはよく分かっていた。
「…そうでしたわね?」
そう言いながら白井黒子はゼロへ視線を向ける。
ゼロはコクリと頷いた。
「ルイコが全快したら、俺はすぐにでもこの肉体から出て行く。だから安心しろ。俺さえ出て行けば、ルイコはお前たちの知るルイコになる」
「…ほ、本当ですか!?」
「ああ。誓って本当だ」
ゼロは力強く言った。
その堂々とした様子が、初春飾利には何処か佐天涙子と被って見えた。
初春飾利はコクっと頷く。
「…分かりました。あなたのこと、取り敢えず信じてみようと思います」
「…有難う」
ゼロは一言、そう言って謝意を述べた。
照れ臭そうに鼻を啜ってみせる。
「…私もあなたのことを信じてみようと思いますの。助けて頂いたご恩もありますしね」
白井黒子もそう言って初春飾利に続いた。
ツルク星人の凶刃が目前にまで迫った時、ゼロは身を挺して守ってくれ、その凶行に怒りを露にし、戦ってくれた。
その剥き出しの感情から、ゼロという人物に悪い意味での裏表は無いのだろう。
白井黒子はそう判断したのであった。
「…言っておくけど、私はまだアンタを完全に信用したわけじゃないわよ」
御坂美琴が少しキツイ物言いでゼロに言った。
彼が白井黒子をツルク星人の魔の手から助けてくれたことは、状況から見てもほぼ間違いない。
また、佐天涙子を思う気持ちも嘘ではないように思える。
だが、それでも彼女にはまだゼロという人物を測るには材料が多くは無かったのだ。
「分かった。なら、信用して貰うだけだ」
ゼロはそう言って笑った。
兎にも角にも、こうしてゼロが学園都市へ来て最初の事件は終わった。
だが、これはまだ始まりに過ぎない。
そのことをゼロはよく知っていた。
(きっと、奴が関わっている…。間違いない!)
ゼロは強く拳を握り締めた。
そして、佐天涙子との約束を頭の中で反芻させる。
(『そう…ですか。なら、眠っちゃう前に、一つ頼んじゃっても、いいですか?』)
(『御坂さんたちを…絶対に…守って…くだ……』)
ゼロは御坂美琴たちを一瞥する。
(ルイコ、約束は守ったぜ。そして、これからも守ってやる。この地球が平和になる、その日までな!)
「ほう…」
白衣を着た中年の男が監視カメラに映った映像を見ながら呟く。
監視カメラに映っていたのは、とある路地裏の様子であった。
それを興味深そうに見ている男に対して、同じく白衣を着た別の男が声を掛けた。
「どうしました?何か珍しいものでも映っていましたか、主任?」
「…ああ。珍しい、というより懐かしい。と言った方が正しいかな」
主任と呼ばれた男はそう言って僅かに口の端を持ち上げた。
そんな彼を白衣の男が不思議そうに見つめる。
チラリと見た監視カメラの中には、壁や地面が所々破壊された跡が見えるが、能力者同士で喧嘩するとこのような光景が見られることもある。
あまりあるようなことでは無いが、特別珍しいことでも無い。
「…あまりサボらないで下さいよ。主任の研究もようやく大詰めを迎えたのですから」
白衣の男はそう言ってその場から去って行った。少しして、主任と呼ばれた男もゆっくりと監視カメラの映像に背を向け、先程声を掛けてきた部下と思われる白衣の男の後を追う。
(…まさか、こんなところで会うことになろうとはな。これも運命というものか)
その時、僅かに見えた影は一瞬だけ特異な形をしているように見えた。