もしマーリンが6章でやる気をそれなりに出したら   作:カキツバタ

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前悔出来たら苦労はしてない

森を抜けた先にある、何処にでもある小さな農村。

都からは遠く、訪れる者などいない閉じた世界。

川のせせらぎと麦の穂をわずかに揺らしていく穏やかな風、広がる草原に色とりどりの花々。木々の隙間から顔を出すリスやシカに川の中を自由に泳ぐ魚達。

 

煉瓦造りの小さな家で家族と過ごす、暖かで幸せな、なんでもない大切な日々。

 

それが私の全てだった。

 

空を自由に舞う鳥を見て、幼い私はふと思った。

 

────ぼくも、あんなふうにいきたいな。

 

しかし、このときの私はこの小さな世界しか知らなかった。

名前も知らない勇敢な誰かが恐ろしい魔物を倒した。

森に住む心優しい動物達しか知らない少年からすれば、そんな話はお伽噺と同じこと。

まるで絵空事のようで、そんな世界が森を抜けた先にある等とは思ってもいなかった。

 

少年は自由を求めると同時に、この小さな世界を自分の全てであると信じて疑わなかった。

胸の内に夢物語を描きながらも、それは叶わないのだと何処かで諦観にも似たものを抱いていたのだ。

 

もし、ものがたりみたいなせかいがどこかにあるのなら、それはなんて────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#

 

剣戟の音がなり響く中、二人の男が対峙していた。

 

「ランスロット卿……」

 

「やはり、貴卿はそちらの道を選びましたか」

 

ランスロットは落ち着いた様子で対峙している騎士──パーシヴァルを見据える。

 

「……本当は、迷いなどありませんでした。王は変わられた。私は一人の円卓の騎士として、王の行いを認める訳にはいきません」

 

「……ええ、貴卿は間違ってなどいない。しかし、私は王の行いを否定することは出来ない。王の選択はいつも正しかった。これが最善であった。それを……認めざるを得なかった」

 

怒り、悔しさ、悲しみ。それらが混ざりあった言葉に表せない感情をみせるランスロット。

パーシヴァルは彼を見て言う、

 

「……それならば、何故そのような顔をされているのですか。今の貴方は、まるで────」

 

 

 

まるで、罪を裁かれる罪人のようだ。

 

 

 

「……私は嘗て王を裏切った。己の愛に目がくらみ、騎士としての誇りを損ない、結果として王を破滅へ導いてしまった」

 

 

────許されることでは、ないだろう。そう、許されない筈だったのだ。

 

アーサー王の秘密を知りながらもグィネビアは彼の王の妻であることを受け入れた。

アーサー王もまた、男として彼女を愛そうとした。

 

────いつからでしょうか、その愛は私にとって重荷となり私を縛る鎖となっていました。

 

そう、グィネビア()は言った。

王として国や民を愛そうとしたアーサーと、人としてのささやかな愛を求めたグィネビアの思いはすれ違い、しかしそれに気がついた時には離れられない程にその鎖は絡み合ってしまっていたのだと。

 

男は苦悩していた。

まだ間に合う。この手に握るべきは我が王への忠誠を誓う剣。その思いは変わらない。彼女の手を握るということはそれらを裏切るということに等しい。

王に仕える騎士として、円卓の騎士の一員としてそれは許されることではないだろう。

しかし、男は己の心に嘘を付くことも出来なかった。グィネビアへのこの想いが恋慕であることを否定することは出来なかったのだ。

 

 

 

そして、一人の女としてのささやかな愛を求めたグィネビア()の想いに、ランスロット()は応えたのだ。

 

 

だが、この時男は気がつかなかった。

己の選択が王を破滅の路へ導いていたことに。

 

『ランスロット卿……貴様……!!王妃を……!』

 

『────ッ!お逃げ下さい王妃!!ここは私が』

 

『ランスロット!!』

 

『早く!!』

 

『……これほどまで円卓の騎士を揃えて、何の用ですかアグラヴェイン』

 

『下らぬことを……貴様を不義密通の罪により罰する。卿らは王妃を追ってくれ』

 

『はっ!』

 

『……彼女をどうする気だ』

 

王妃を追おうと駆け出した騎士。

一歩、二歩。そして三歩目を踏み出そうとした足は……地に着くことなく、消えて無くなった。

 

『ガッ……ァァァァアアア!!!!?!?!?』

 

余りの痛みに敵前でありながらも叫び、悶え苦しむ騎士。ランスロットは彼の頭蓋に容赦なく剣を突き立て言う

 

『……初めからわかってはいたのです。この身は許されることなどないと。故に裁かれるのであれば、私はそれを拒む資格は無いと。……しかし彼女を、彼女の想いを踏み躙ることは許してはならない。

……怒りだ。私は今、嘗て無いほどの怒りを感じている。

────彼女の為ならば、私は世界すら敵に回してみせよう』

 

 

 

#

 

 

『これで……終わりです、アグラヴェイン卿』

 

そう告げるランスロット。彼の剣、アロンダイトはアグラヴェインの心臓を貫き、そこから溢れた血が刃から柄へ、そうしてランスロットの手にこぼれ落ちた。

彼の全身は血でまみれていた。しかし、そのほとんどが返り血だった。円卓の騎士達が相手だ。当然、彼が負った傷は一つや二つでは済まなかったがそれでもこの人数差をひっくり返す程の立ち回りを見せたのは円卓最強の騎士と呼ばれる所以か。

 

『ラン……スロット。私は……卿、を、決して……許さない』

 

『……それで良いのです。貴方は王に仕える騎士として誰よりも正しかった。

 

さらばだ、アグラヴェイン卿』

 

 

それから、地獄のように日々は過ぎていった。

不義の罪で処刑されそうになった彼女を救う為だけに多くの円卓の騎士達を、嘗ての同胞をこの手に掛けた。許されざる罪であると知りながらもそれを背負い、戦い続けた。

私が剣を向けると皆は口々に言った。『どうしてこのようなことを』『何故、貴方ともあろう騎士が』

私は彼らに無言で剣を降り下ろした。

ガレスとガヘリス……特にあの兄妹には残酷な仕打ちをしてしまった。彼らは王妃の処刑を快く思わず、敢えて丸腰で警護にあたっていたのだという。

しかしその時の私はグィネビアを救うことに必死で、ただひたすら立ちはだかる者を切り伏せていた。私は愛に盲目であったが故に、私を慕い刃を交える意志すら持たない彼らを殺してしまったのだ。

 

ついに王はランスロットとグィネビアを討伐せよとの御触れを出した。王を裏切ったランスロットからすれば当然のこと。しかし、誤算があったとするならば人望の厚かった彼を多くの者が慕い、円卓の騎士の約半数程がこの命に従わなかったことか。

王を裏切っただけではなく結果として己が円卓の騎士を決定的に分裂させてしまったランスロットはさらに強い罪悪感に苛まれた。

 

────許してほしいなとどとは思わない。私が犯した罪は余りにも大きすぎた。許される筈がない。故に、私が望むのは断罪だ。

 

 

 

……だというのに、何故貴方は

 

 

『……すまなかった、ランスロット卿』

 

 

そんな顔を、そんな言葉を私に向けるというのでしょうか

 

 

 

死ね、と言ってくださればどれほど安心したことか。

地獄に落ちろ、と言ってくださればどれほど喜んだことか。

許さない、と言ってくださればどれほど救われたことか。

 

なんて、残酷。

王は男に、彼が一番望まない言葉を告げたのだ。

 

 

# 

 

「はぁああ!!」

 

「────ッ!」

 

パーシヴァルは強大なパワーでランスロットをはね除ける。

 

「ふっっ!!」

 

「ぐっ……!」

 

 

 ランスロットは熟練の技術でもって巧みにそれをいなし、出来た一瞬の隙を突く。

 

が、パーシヴァルもそれに反応し無理矢理体勢を変え、ランスロットの一撃を紙一重で避けた。

 

 

「……流石はパーシヴァル卿。予想以上の動きだ」

 

 全力をもってしても簡単には崩れぬ拮抗。ランスロットの口をついたのは純粋な賛辞だった。

 

 

 肩で息をし、何とか呼吸を整えているパーシヴァルを見据える。

 

 ────パーシヴァル卿は……素の戦闘力や技術だけ見れば私には劣っている。しかし、彼の咄嗟の判断力と勘は並ではない。仮に攻め立てたとしても粘られるだろう。

とはいえ彼が倒れるのも時間の問題。

しかし、その程度の実力差は彼も理解しているはず。それでも全力で挑んで来たのだ。

ならば私が為すべきことは一つ。

 

「貴卿に敬意を、パーシヴァル卿。であれば我が全力を以て卿を倒してみせよう」

 

一歩を踏み出した次の瞬間、ランスロットの姿が消えた

 

 

「────っ!!」

 

 

 

 

#

 

 

 

 

 

「ぐ……!」

 

 完全に眼が追い付かない。

気づいたときには既にそれは真横にいた。目の端で何とか捉えたアロンダイト。頭の内からけたたましく鳴り響く警報。意識を手放さん勢いでそれに身を任せた。

 

 飛び散る鮮血。身体全体で避けるような余裕などありはしなかった。首を目一杯後ろに下げるのが精一杯。その勢いに任せ上体を倒し後方へと回避する。

しかし、

 

「────縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)

本来であれば光の斬撃となる魔力をあえて放出せず、対象を斬りつけた際に解放する剣技に寄った宝具。 

膨大な魔力は切断面から溢れ、その青い光はまさに湖のようであった。 

 

普通ならば過剰負荷に耐え切れず斬り付ける前に剣が砕け散ってしまう、斬り付けるまで持ったとしても剣を使い捨てなければならないため本来なら不可能なのだが、「決して壊れることがない」アロンダイトを得物としているからこそ成し得る絶技である。 

 

いつの間にか目の前にいたランスロットが剣を振りかぶる。パーシヴァルにはもう真っ向から受け止めるしか手段は無かった。

 

「ぐがっ、ぁっ………………!」

 

────致命的だった。彼の宝具は間違いなく霊核を砕いていた。

 

「これで……終わりです」

 

「……貴方は……後悔、しているのですか?」

 

なんとか肩で息をしながらパーシヴァルは言う。

その身体は霊核を砕かれ、これまでの剣戟で痛々しいほどに傷でまみれていた。

 

「…………」

 

一方、沈黙するランスロットもまた目立った傷こそ無いが所々に剣による傷が見られ、大きく体力を削がれていた。

 

「私には、貴卿のことはわかりません。貴方の選択が正しかったのかも。……ですが、一つわかることはあります」

 

そう言って、パーシヴァルは笑う。

 

「貴方に、そんな顔は似合いませんよ」

 

 

────そう。変わらない日常、諦観を覚えた少年の人生を変えてくれたのは、間違いなく貴方なのですから。

 

 

#

 

まるで、夢をみているようだった。

 

この辺りでは見たことのない屈強な馬。

それに乗っているのは黒い人のような形をしたもの。

 

『あなたは、天使様なのですか?』

 

そんな言葉が口を突いて出た。

だってそうだろう。こんな人は見たことがない。いるとするならば僕たちにいつも恵みを与えてくださる天使様だろう。

 

するとその天使様は立ち止まり、馬から降りると頭の鎧を取って微笑んだ

 

『いや、我々は騎士だ』

 

いつか母が語っていたことを思い出す。

 

『この森の外には、騎士っていう王様に仕える強い人達がいて、すっごく恐ろしい魔物から私達を守ってくれているのですよ。貴方のお父様も、騎士なのですよ』

 

絵本のような夢物語の登場人物が、そこにはいたのだ

 

『お父様?』

 

『いや、私は君のお父上ではないよ……もしかして、君がペリノア王の……』

 

そう言って少年の顔をまじまじと見詰める男。

 

『……ああ、良い瞳をしている』

 

少年の頭を撫でると、男は微笑んだ。

 

どうやら騎士様達は戦いの後、帰路の途中で偶然この地へ足を踏み入れたらしく随分と疲労の色が見えたため我が家で一晩を過ごすことになったという。

 

明かりもなく、大空に溢れんばかりに星が輝く夜。

誰もが寝静まった静かな草原で、少年は星を眺めていた。

 

『どうしたんだい?こんな夜遅くに』

 

声のする方を振り向けば、先程の騎士様が立っていた。

 

『星を、みてるんです』

 

そう答えると、騎士様はおもむろに僕の横に座って星を眺めていた。

 

『騎士様は、星みたいです』

 

『……そうかな』

 

『きらきら輝いていて、手が届きそうで届かない』

 

『そんなことはないさ。騎士だって色恋に悩むし、酒を飲んで下らないことばかりしている』

 

『そういうことじゃないです』

 

むっ、と少し拗ねるように言う少年に騎士様は微笑む。

 

『でも本当さ。私には好きな人がいてね。でも彼女は私なんかが手を出してはならないような人なんだ。でも私は彼女のことが諦められなくて思い悩んでる。ほら、大したことはないだろう?』

 

『だからそういう問題じゃ……

でも、想いは伝えた方がいいんじゃないですか?きっと伝えない方が後悔するから』

 

『────』

 

『あぁ、僕もあなたたちと同じだといいのに、同じように輝いて立派だといいのに』

 

僕がそう呟くと、騎士様は暫くの沈黙の後、おもむろに一本の剣を取り出して言う

 

『……もし本当に君が望むのなら、この剣を取りなさい。これは簡単に動物や、人すらも殺せてしまうものだ。この剣を握る覚悟が、この閉じた平和な世界から飛び出して血でまみれた自由な世界で生きていく覚悟があるのなら。

────君は、立派な騎士になれるだろう』

 

その声の真剣さに、思わず身震いする。

人を殺す。その言葉の重みが恐ろしかった。

この剣を、握るべきではないのだろう。そうしてこの世界で平和に暮らして行くべきなのだろう。

 

でも、それが例え間違いだったとしても────

 

 

 

────僕はこの選択を、後悔しないだろう。

 

 

#

 

「嘗て私は、貴方に憧れて騎士となった。……しかし、騎士となってから何度も苦しい思いをしました。あのまま平和に暮らしていれば、と考えたことすらありました」

 

「…………」

 

「それでも、私はあの日の選択を後悔しない。それは、私が信じた路だから。

────そして今も、私は私の信じる路を歩みます」

 

「────聖者の祝福(ロンギヌス)

 

パーシヴァルがそう呟いた途端、槍から眩い光が溢れ出した。

ランスロットが瞼を開くと、そこには満身創痍であった筈のパーシヴァルが立っていた。彼の身体に刻まれていたランスロットの宝具によって負った筈の傷は塞がっていた。

 

神の子を刺した事により、魔槍と聖槍の属性を併せ持った槍。 

 聖人であるパーシヴァルが振るう限り、これは聖なる槍となる。 

この槍の本質は罪や穢れを清算するところにあり、使い方によっては不治の傷を治すことが可能となる。

 

「……貴卿はあの日、私を星のようだと言った。しかし私には、卿の方が輝いて見えるよ」

 

そう自嘲気味に呟いて再びアロンダイトを構え、パーシヴァルへ向かっていった。

 

#

 

────ある意味、当然といえば当然だった。

ロンギヌスがあるとはいえ相手は円卓最強と謳われる騎士。一騎討ちで勝ち抜くには技術も経験も足りなかった。唯一勝ちの目があるとすれば咄嗟の判断力や勘であったが、戦いが長引くほどそういった第六感的なものは上手く機能しなくなる。

 

隙を見て的確に急所に迫る剣。それに対応しきれずに振るった槍は僅かに剣の軌道を逸らすも、剣は彼の左肩を抉るように傷つけた。

 

さっきは避けられた筈の攻撃が避けられない。

それは無意識の内に焦りとなり矛先を鈍らせる。

 

────遂にアロンダイトはパーシヴァルの霊核を貫いた。

 

「……ああ、終わりですか」

 

そんな事実を、私は不思議と受けとめられていた。

 

「パーシヴァル卿。貴方は本当に高潔な騎士でした。……眩しいくらいに」

 

「貴卿の息子……ギャラハッドほどではありませんよ」

 

懐かしむようにパーシヴァルは言う。ランスロットも少し頬を緩ませ、

 

「……あぁ、本当に誇らしい息子だよ」

 

こうして言葉を交わせるのも最後。伝えなければ。今も己の決断に悩み苦しんでいる、円卓最強の騎士と呼ぶには余りに人間味に溢れる彼にこそ。

 

「……これから貴卿が行う事は、許されることではない」

 

「……わかっている」

 

「ですから一つだけ……もし、貴卿が悩んだのなら己の信じる路を選んで下さい」

 

パーシヴァルの言葉にランスロットは驚いたような顔をみせ、俯きがちに言う。

 

「……私はそうやって彼女を選び、王を破滅に導いたというのに、ですか?」

 

「ええ。だって、ランスロット卿は王や円卓の騎士達への罪悪感こそあれど、

────彼女を愛したことに、後悔なんてしていないのでしょう?」

 

「────」

 

「……私に未来を与えてくれた騎士よ、貴卿とまたお会い出来て、こうして剣と槍を交わせて、嬉しかった」

 

そう言って穏やかに微笑むと、パーシヴァルは光の粒となり消えていった。

 

 

 

 

 

#

 

 

 

 

 

 

ある時、女は言った

 

『何故、私の手を取ってくださったのですか?』

 

男は笑ってこう言った

 

────愛しているからさ

 




遅くなりました。

今回はランスロットとパーシヴァル回。余り見ない組み合わせですが、書いていて楽しかったです。
今回も設定捏造多めですがご了承下さい。

あと、遅くなっておいてアレですがこれから更に忙しくなるので更新が遅れます。
しかし、最後まで書き上げる予定ではあるので気長にお待ちいただければと思います。

円卓内乱は後2・3話で終わって士郎側に戻って聖都戦争篇に入る……と思います。

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